アイリ「何で……何で最後まで引っ張って来ないの……!」ロブ「ガハハハ、まさか逃げ出すとは思わなかった」
仲間と再会する前にロブに見つかったマーガレット船長。
そしてこの町にはやはり、マリーの手配書を見た事がある人も居るみたい。
「ところでお前の名前マーガレットじゃなくマリーじゃなかったっけ?」
「シーッ。賞金無しだけど手配されてるんですよ、私も」
「プーッ! なーんだ、お前も海賊だったのか、最初に遭った時に言ってくれたら良かったのに」
「海賊じゃないよ! うちは本当にただの商船だよ……私の手配なんて何かの間違いなんだから」
私とロブが下らない話をしながら街を歩いて行くと。ああ……大路の向こう。四辻の広場の真ん中の、石造りの池の前にアイリが居る。顔はにこにこしてるんだけど……あの腕の組み方は怒ってますね。
そりゃあそうだよ……さっきだって私の顔を知ってるっぽい男の子に追い掛けられたし……この港は安全じゃないもの。アイリさんは私の事を心配して怒ってくれているのだ。
いくら急いでバットマー艦長を尾行したいからって、あんな風に何の相談もせず居なくなるのは、やり過ぎだ。
私の事を叱ってくれる人って、もうアイリさんくらいしか居ないんだよね……ばあちゃんはもう居ない。あとはジスカール神父くらいだけど、故郷は今は遠くにあって……だめだ、泣きそうになって来た。
とりあえず今は、アイリさんにきちんと叱られよう。
ロブは私より先に小走りでアイリさんの方に向かっていた。
「おーい。居たぞーお前んとこの船長ー!」
アイリは腕組みを解き、笑顔で手を振る。
「ありがとう、ロブ船長ー!」
私も足早に歩いて行く。何と言って謝ろうかと思いながら。
その時である。
「あ。おーいマリー」
アイリに向かって真っすぐ歩く私に、90度左から、誰かが声を掛けて来た。私がちらりと見ると、その……建物と建物の間の細い路地の向こうからこちらにやって来るのは……
お父さんだった。
ぎゃあああぁあああ!?
アイリは30m前方の広場の中央でこっちを見ている。
父はそうとは知らず能天気に朗らかな笑顔で手まで振りながら、私の居る大路と交差する細い路地をこちらにやって来る……そして腐れ外道のラーク船長が、アイリから見えるようになるまで、あと10m……
私に選択肢は無かった。
「マリーちゃん……!」
視界の片隅で、アイリさんの顔色が変わるのがはっきり見えた。
私は90度向きを変え路地に向かって全力でダッシュし、大路から見えなくなった所で唇に指をかざす。
「いい所で会った、父さんちょっと相談が」
父は朗らかに笑いながらこちらにやって来る、喋るなというのが解らないらしい。
アイリは間違いなくこっちに来る。路地に入る直前、こちらに走り出して来るのが見えた。
私は走りながらポケットからさっきロブに貰ったばかりの胡桃の殻を一つ取り出し、建物の壁に打ち付ける。殻の先から、火花が散った。
「マリー?」
「うるさい!」
そこへやって来た父の肩を私は空いている方の手で叩き、そのまま全力疾走で横を通り抜ける。勘のいい父はそれで理解して180度反転し、私について来る。そうしている間に、私が手に持った胡桃の殻から、黒煙が噴き出す。
「ゴホッ、何だこれ」
「いいから走れェ!」
私は黒煙を吹き出す胡桃の殻を持ったまま路地を全力で走る。父もついて来る。やがて細い路地の細い四辻が現れる……私は一瞬立ち止まり、四辻の真ん中に胡桃の殻を置く。
「こっち!」
そして私は、まだ目を白黒させている父の手を引き、角を左に曲がって尚も走って逃げる。
◇◇◇
やってしまった……
私は父を連れゴミ溜めのような場所に潜んでいた。周りには壊れた木箱や樽、廃材が詰まれている。
「あのさマリー、何があったの? 何で父さん、逃げなきゃならなかったの?」
「さっき、すぐそこにアイリが居たんだよ! アンタ今アイリと会って謝罪する気持ちはあんのかよ!!」
「えっ……ええええっ!? そうか、それでマリーは父さんを助けてくれたのか」
無いのか……謝罪する気は……まあ。謝って許される話ではないし、私も正直謝罪を薦める気持ちは無い。アイリだってもうラーク船長には遭いたくないと思う。
だけど、どうしよう……折角味方としてアイリや不精ひげ、カイヴァーンを連れて来たのに。これでは鬼ごっこの鬼を増やしたようなものだ。
「コホン……父さん、マリーに相談したい事があるんだ……ああ! でもその前に。マリー、これを見てくれ」
私が横目で見ると。父は懐から何かを取り出した。ペンダント? 銀色の鎖に銀の台座、その先に三つ爪に抱えられた黒真珠の粒が一つ……
「マリー。お前ももう16歳だろう?」
「あの、お父さん、アイビスでは今年法律が変わったの、これからは誕生日が来た時に年齢が上がるんだって、だから私は12月まで15歳よ」
「そうなの? まあいいや。お前もそろそろ一人前のレディと言っていい年頃だろう? 父さんからのプレゼントだ。マリー。この歳まで育ってくれてありがとう」
父はそう言って、ペンダントを私に差し出した。
「本当は誕生日にあげたかったんだけど、会えなかったからな。ハハハ。昨日も何でか渡す機会が無かったし」
たちまち溢れだした涙が、私の視界の全てを滲ませる。私は父の顔を見上げながら、それを受け取る。
父が私にこんな素敵なプレゼントを……驚きで声も出ない。お父さん、私こんな高価な物じゃなくていいんだよ、お父さんのプレゼントなら何でも……
「あのな、それで相談なんだけど、その……マリー、お前って今、商船の船長をやってるんだよな? ロイ達と一緒に……それで、ちょっと、その……お……お金を貸してくれないか?」
私はペンダントを父に突き返す。
「金が要るならこれを売りなさい」
「こっ、これは! マリーへの大切なプレゼントだから!」
「さっさと質屋に持ってけよ! 金も無いのにこんなの買うな!」
たちまち乾く涙と、こみ上げる怒り……
正直な所、私はいつかこんな日が来るのではないかと心の何処かで覚悟していた。私に輪を掛けて能天気で金銭感覚の緩い父。リトルマリー号を離れて一年、どこでどんな生活をしているのかは解らないが、定めし金に困っている事だろうと。
「違うんだ、決して遊ぶ金とかそんなものが欲しいんじゃなくて、その、父さん仕事でちゃんとした服が必要になったんだけど、今の恰好は見ての通りで」
「ゲスピノッサからくすねた金とそれで買ったジュストコールはどうした!」
「こ、声が大きいってば……あの。父さんあの後、ヴィタリスに行って来たんだ」
「えっ……?」
名前を偽り、客船や貨物船を乗り継ぎ、知り合いの多いパルキアやレッドポーチを避け、遠回りで密かにヴィタリスに戻った父は、ジスカール神父とだけ面会し、自分は生きているが、村の皆にはまだ秘密にしてくれるよう頼んだと言う。
「おふくろの墓参りもして来たよ。勿論神父さんにもちゃんと礼を言った。だけどさ、今までろくに仕送りもせず、母親の死に目にも会いに来なかった男が立派なジュストコールを着てるのはおかしいだろ? だから父さんあの服を手放して、代わりに慎ましい服を買ったんだ」
私は小さく溜息をつく。それなりに信憑性のある話だ。
ゲスピノッサからくすねたのも、ポケットに入る程度の硬貨だったのかしら。それならそろそろお金が無くなってても仕方ないよなあ。お父さんだって、ジスカール神父に会ったら幾らか寄付をしただろうし。
「……そうなんだ。だけどお父さん、そもそも何故死んだふりをしているの?」
「一年前の事だ。父さんタルカシュコーンという港で、レイヴン海軍の船を」
「待って、誰か来る!」
「ええっ!? え……誰も来ないじゃないか。父さんな、海軍の船を一人で」
「あ゛あ゛あ゛あ゛聞こえないあ゛あ゛あ゛あ゛」
「何で耳を塞いで変な声出してるの! 本当に誰か来るからやめてよ!」
私は屈んでいた樽の影から、父の手を引いて立ち上がる。
「解った! お金は渡せないけど服なら買ってあげる!」
「なあマリー、頼むからちゃんと話を聞いてくれよ」
「私今考えなきゃいけない事がたくさんあって頭の中ごっちゃごちゃなの! 御願いだからこれ以上問題を増やさないで!」




