トムソン「今の、あの手配書の女の子じゃないの!?」
一人でフォルコン号に戻って来たマリー。
アイリや不精ひげは何をしてるんですかね、私、一旦船に戻ろうって言ったじゃん……と、これはマリーの言い分。
お姫マリー姿で、私は一人でボートを漕ぐ。
こんな姿でボートを漕ぐなど目立たないはずも無いと思ったのだが、結局の所誰にも咎められず、私は桟橋に戻った。
「覆面男を連れた美女? 見てないなあ」
町に戻った私はまず仲間と合流しようと思ったのだが、私の怪しいレイヴン語も相まって、情報は思うように集まらず、アイリ達はなかなか見つからない。
私も自分の手配書の事を忘れてしまった訳ではない。むしろ大変に恐れているし、本当の事を言えば今すぐ船に乗って逃げ出したい気持ちもある。
ふと見れば。宿屋のような建物の外壁に、掲示板が掛けられている。幸い私の手配書は無かったが、フレデリクの手配書はここにもあった。
それにしてもこの、私と全く似てないフレデリクさん、一体誰なんですかね? 何となく、どこかで見た事があるような気もするんだけど。
その時。まじまじとフレデリクの似顔絵を見ていた私は、誰かが横から私の顔をまじまじと見ている事に気づいた。そっと横目で見やれば……私と同じ年くらいの男の子のようだが。
……
私は口笛を吹きながら男の子に背を向け、軽くスキップしながらその場を離れる。まずいですよ。どこか他所で私の手配書を見た子だったらどうしよう。
◇◇◇
案の定追い掛けて来た男の子をどうにか撒いた私は、露店の古着屋で帽子を買った。鍔が広く少しは顔の印象を隠せそうなやつだ。
それから少し花を購入して帽子を飾る。これで手配書とは違う雰囲気になっただろう。
そうして尚も、アイリ達を探して歩いていると。
「あっ、マーガレット船長!」
そう叫んで駆け寄って来たのは、アイリでも不精ひげでもカイヴァーンでもなく、ロブ船長だった。一目で私と解るとは……この仮装、意味が無かったかしら……でもあの人にはこの服で遭遇した事があったんだっけ。
「やっと見つけた! ふー、やれやれ……ぽっちゃり系の俺にこんなに長い距離を走らせるなよ……あれ、いつの間に着替えたんだ?」
「わざわざ走り回って探しててくれてたの? いいとこあるじゃん貴方」
お姫マリーを着てる時は性格もお姫マリーになっている、私はそう言って笑う。
「なーに、怖い魔女に怒られて仕方なくな! 俺のせいでマーガレット船長が逃げたって言われたしな。ガハハ……だけど何で逃げたんだ? さっき」
「逃げてないよ! 私はバットマーを尾行したかったんですよ。だけど反対されたら困るし、尾行なら私一人の方がいいと思ったから、まあ逃げましたね」
それから、私は海軍ヤードの門前で見た事を話す。
「ガハハ、頑固で融通が利かねえからなあいつ。ざまあ見ろ」
「ざまあ見ろじゃないよ、バットマーはアンソニーさんを解放しようとしてくれてるんだよ、昔の部下に馬鹿にされてまで」
そうしてロブの案内でアイリ達との待ち合わせ場所に向かって歩いていると、途中に材料店のような建物が現れる。私はちょうどそこに少し用があった。こういう店は小娘一人では入り辛いものだが。
「ちょっと買い物に付き合いなさいよ」
「ええーっ。お前の魔女に、お前を見つけたら真っ直ぐ連れて来いって言われてるんだけどなあ……つーか見た目によらず凄いんだなお前、本物の魔女なんて初めて見たわ俺。どうりで俺のストームブリンガー号が敵わない訳だ」
「アンタの船は自爆しただけじゃない」
材料店に入った私は短銃用の装薬と弾丸を少々買い求める。タコとの戦いで焼きついて壊れた短銃は、ウラドが密かに修理し復活していたのだ。
「なあ船長! 俺にも少し硫黄とか硝石とか買ってくれないか?」
「まあ、少しならいいけど」
こういう店では私みたいな小娘が何か買おうとしても、売って貰えないものである。それでロブに代わりに買って貰うのだから、多少そんな事を言われるのは仕方ないと思うのだが。
「ちょっと待て! どんだけ買うんだよ!?」
「おやじ、粉木炭も一袋、あと貝殻粉末と砂鉄、それから苦土と緑青もくれ」
「あいよ」
ロブは景気よく訳の分からない材料を次々と購入する。って、金払うの私だよ!
「何してくれるのよそんなに買って!」
「まあ、まあ。とっておきなんだぞ、これは。普通は人に造ってやったりしないんだけど、お前は特別だ!」
ロブは材料店の裏の作業場を借りて、元々細かく挽かれている材料をさらに細かく挽き、混ぜ合わせ、胡桃の殻やら小瓶やらに慎重に詰めて行く。
「花火でも造ってるの? いきなり爆発したりしないでしょうね」
「大丈夫、たまにしか失敗しないから」
私もその間に装薬と弾丸を取り分けて、小さな紙切れに包んで行く。
「ところでマーガレット船長、お前なんでアンソニー船長を助けようとしてるんだ? お前はコンウェイの人間じゃないしレイヴン人ですらないだろ?」
「世界一のロブスターを食べさせてくれたお礼よ。それに、漁獲した海老やロブスターを取り上げられるのはおかしいじゃない……」
短銃には一回分の装薬と弾丸を装填し火蓋を閉じておく。火打石は一応外しておこう。それからスカートの内側、太ももにつけたストラップに隠して……ちょっとお行儀が悪いよね、ばあちゃんが見たら怒るだろうなあ。
「そんな事くらいで、わざわざ助けようとしてるのか……って、よく考えたらお前は俺の罰金だって払ってくれたんだもんな! ほんとに全くなんていい奴なんだお前って。グスン」
「それはもう言わないで気が滅入るから……アンソニー船長についてアンタが知ってる事をもう少し教えてくれない? 私は実際、ほとんど知らないのよ。アンタは付き合いがあったの?」
残りの弾丸と装薬は、お姫マリーの可愛らしいポーチに入れておく。私の方の準備はこれで終わってしまった。
「コンウェイの溜まり場で愚痴りあったり喧嘩したりする仲さ、あそこに居る奴は全員がそうだよ、お互いにな。あいつは俺にもう海賊は諦めろって言ってたけど、俺は何としても新しい船が欲しくてさ、カリカリに改造したストームブリンガー号で、乾坤一擲、一番いい船をかっぱらう機会を狙ってて……おっとこいつは俺の話だった! ガハハハ」
「……アンタの船に乗ってた人達はどうなったの」
「うーん……普通に考えて、今頃二、三人ずつ別の軍艦に乗せられて働かされてるんだろうな……ま、仕方無ェ、海賊やって失敗したらそうなるんだ、ガハハ」
ロブは口で笑いながら、眼鏡を上げてハンカチで目元を拭う。泣きながらでも笑う人なんだな。きっとそういう人生を送って来たのだろう。
「ああ、何の話だっけ、アンソニーだな。どんな事が聞きたいんだ?」
ロブによれば、アンソニー船長は若い頃に奥さんを病気で亡くしていて以降は独り身だった。そしてハリーを養子にしたのは10年ほど前だという……そうだ。ハリーさんも一緒に捕まってるんですよ。やはり留置所には居なかったらしいけど。
「ハリーさんって今何歳くらいかしら?」
「アンソニーが海賊から足を洗った時期に養子にしたんだけど、その頃はまだ少年って顔だったな……今はもう23、4じゃないか」
「ハリーさんもコンウェイの人ですよね?」
「いや、あいつと母親はプレミスに住んでたんだ、だけど母親を亡くして身寄りを失ったハリーがコンウェイの叔父のアンソニーを訪ねて来て」
そうこう言ううちに作業は終わったようだ。ロブは出来上がった物のいくつかを自分の鞄にしまい、いくつかを私に差し出して来る。
「このくらいの玩具じゃ、お前が俺にしてくれた事とは全く釣り合わないけどな! ま、何かの足しにはなるだろ! ガハハハ」
「本当に、ポーチの中で爆発したりしないんでしょうね」
「余程運が悪くなければ大丈夫さ」
それ、爆発したら「運が悪い」で済まされるやつじゃん……とはいえ、こういう物は前にも何度か見た事があるし、興味があるか無いかで言えば、あると言える。
「さて……バットマー艦長にも言われたんです、控え目な行動を心掛けないと。今度こそアイリ達が待ってる所に案内して下さい」




