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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
強襲のパスファインダー
26/107

アイリ「ちょっ……何これええぇえ!?」カイヴァーン「あーっ!? やられた!」

傲慢でうるさい、威張りくさった男バットマー。

だけどマリーは何かが気になった。

 やがて司法局の建物の角を周って衛兵が現れると、群衆は知らない顔をして退散して行く。


 バットマーはしばらく辺りを見回していたが、近づいて来た衛兵に事情を尋ねられると、肩をすぼめて何事か答える。

 衛兵は続けていくつか質問をしたようだが……やはりバットマーは元気無く項垂うなだれたり、首を振ったりして、何かを詫びていた。


 司法局の役人が書類を持って扉を出て来て、バットマーに手渡す。この海尉艦長はまさか、書類のお使いの為に一人でここに来たのだろうか。

 バットマーは終始慇懃(いんぎん)な態度で書類を受け取る……役人の方からも二、三、騒ぎに対するお叱りがあったようだ。


 何だかあの人、私の分も役人に謝ってるように見えてしまう。

 役人や衛兵達が去ると、艦長はまだ残っていた近所の人々にも短くお詫びを言い、小走りで立ち去って行く。



 私は立ち去ると見せて、建物の影からその様子を覗いていた。

 アイリは私の腕を抱えたまま、少し怒っている。


「もういいじゃない、あんな乱暴者! いきなり女の子の襟を掴んで物みたいに投げて」


 私は溜息ためいきをつく。また悪い虫が騒ぎだしたのだ。アイリ、不精ひげ、カイヴァーン、そして眼鏡の大男、皆が私を見ている。


「一旦船に帰りましょう。さてアーノルドさん。貴方をどうするか決めないと!」


 私はアーノルドこと眼鏡の大男、ロブに真っ直ぐに指を突き付ける。皆の視線がロブに向く……私は一歩引き下がる。


「えっ……えええっ!? どうするかって、勿論船に連れてってくれるんだよな? いやいや見ろってこの俺の腹、すごいもんだろ? 俺のパワーの源だ、だけどこいつは重くて、歩くときには苦労するんだ!」


 驚いた事にロブは一度で私の意図を理解し、大袈裟おおげさな手振りと滑稽こっけいな仕草で皆の目線を引き始めてくれた。


「だけど俺、こう見えても結構身軽なんだぜ、ほらっ、ダンスだってこの通り! そら一、二、三、そら一、二、三、すげエだろ!」


 その間に私はアイリに捕まれていた腕をそのへんに立て掛けられていた使い古しのカカシとり替え、バットマー艦長を追って走り出す。大勢でついて来られたら、尾行に差し障るのだ。



   ◇◇◇



 バットマー艦長は港湾の一角の、煉瓦塀で囲われた地区へとやって来た。


 広い正門には体格のいい海兵隊員が四人居て、厳重な警備をしている……私もさすがにここに入るのは無理だろう……ああ、バットマー艦長は海軍基地(ヤード)に入って行ってしまう……尾行もここまでか。そう思いきや。


「待て。お前は入れない」


 バットマー艦長は正門前で海兵に止められてしまった。


「何故だ。私はモスキート号の海尉艦長バットマーだぞ」

「現在ヤードは王国艦隊の関係者以外の出入りが禁じられている。地方艦隊所属のお前は駄目だ。今は皆忙しいのだ、仕事が無いなら自分の駐屯地に居ろ」

「大事な用事があるのだ、海峡第二艦隊司令のヴィクター提督に御取次願いたい」

「警備艇の海尉風情が何を言っているのだ、帰れ、帰れ!」


 私はレイヴン語があまり解らないし、そもそもかなり離れた所から覗いているので声そのものも良く聞こえないのだが、何故か、士官であるバットマーが兵卒である番兵に酷くあしらわれているのだけは解った。


「話ぐらい通してくれたっていいではないか!? お前達だって王国海軍の一員だろう、我等海軍全員の名誉に関わる事なのだ! 頼むから通してくれ!」

「くどい! それ以上騒ぐなら憲兵に連行させるぞ!」

「解った、では私が通ったのを見なかった事にしてくれ、私もお前達が通したとは言わん」

「か、帰れと言うのが解らないか! ええい、やめろ!」


 しまいにはヤードに押し入ろうとするバットマー。四人の門番はそれを押し留める。私はその隙に、さらに門から近い物陰へと移動する……そこへ。


「……エバンズ!」


 バットマーが叫ぶ。エバンズ? はて、どこかで聞いたような聞かないような……私がそんな事を考えている間に、ヤードの内側から、やはりレイヴン海軍の上級士官の軍服を着た若い男と、それを取り巻く三人の男が歩いて来るのが見えた。


「バ……バットマー、先輩」

「ちょうど良かったエバンズ、いえ、エバンズ艦長。どうかお聞き下さい。先日王国艦隊が海賊として拿捕したというコンウェイのロブスター漁師の身内が、抗議の為に司法局プレミス支部に現れたのです」


 バットマーは後から現れた若い男に敬意を示し、そちらに向き直る。一方エバンズと呼ばれた若い男の方は、10歳以上年上に見えるバットマーに横顔を向けたままうつむく。


「その漁師の事はたまたま私も知っておりました。アランデル船長はかつては王国の正式な許可を得た私掠船長で、レイヴン国王の敵だけと戦う、勇敢な協力者でした。しかし戦争が終わり私掠免許が失効すると、すぐ地元漁師に師事し漁業を一から学んでおりました。警備艦隊の資料を見る限り、あの男が無許可の私掠船操業をしていた時期はありません。逮捕は何かの間違いです」


「先輩……いや、バットマー君。確かに私はかつて、君が艦長を務める戦列艦に乗り組んでいた士官候補生だった。しかし軍隊には制度と秩序という物があるのだ。田舎郷士の師弟関係とは違う」


「勿論であります。貴方は今や王国艦隊の艦長、私は警備艦隊の艇長です。しかし今私が報告させていただいた事は、その事とは関係がありません」



 私はやっと思い出す。エバンズって、アンソニーさんを捕まえたという海軍艦長の名前じゃなかったっけ。もしそうだとしたら……どういう事?



「バットマー君。君の職権では警備艦隊の資料しか見られないのだろう? その……海賊は他の場所で問題を起こしたのだ。王国艦隊の資料には、きっとその証拠がある」


「ならばそれを抗議者達に提示すべきです、我々には逮捕の理由について市民に説明する義務があります」


 バットマーが食い下がると……エバンズは苛立ちを隠さず舌打ちする。


「……君のそれは何だね。無邪気な正義感か? 正直者だと神に認められたいのか? 非常に目障りで、迷惑だ……」


「エバンズ艦長?」


ひとがりで他人の立場を考えない、貴様のその思い上がりにはうんざりだ! そんな事だから一度は旗艦艦長まで出世したのに、今は大きなボートに板を張っただけの船で寝起きしているのではないのかね……ハッ! モスキート()とは良く言ったものだ、貴様もその部下も……ふ、はは、は」


 次の瞬間、バットマーはエバンズに掴みかかる。レイヴン語はよく解んないんだけど、なんだか私も腹が立つ。

 しかしこの場には屈強な四人の門番と、エバンズの部下の三人の士官が居る……バットマーがエバンズの腕を掴んだのはほんの一瞬だった。バットマーはたちまち七人の男に組み伏せられ、うつ伏せに地面へと押し付けられてしまった。


「私の事は何とでも言えッ! しかしモスキート号の海軍兵達は、この海岸線の平和を守る為、日夜血の汗を流し、怠らず勤めているのだッ……! エバンズ! 貴様だって決してこれでいいとは思っていないはずだッ! グロリアス号に乗り込んで来た時の貴様はそんな目をしていなかったッ!」


 男達に踏みつけられ、髪を掴まれて頭を地べたに押し付けられながら、バットマーは叫んでいた。


―― ザッ……!


 バットマーの頭から落ちた軍帽を、エバンズは憎々しげに踏みつけた。


「何がグロリアス号だ……愚か者が!」


 エバンズはさらにバットマーに捕まれた袖をはたき、ほこりを払うような仕草をしてから叫ぶ。


「反逆罪だ! ヴィクター提督に連絡を……いや、閣下は今忙しいので私が処理しよう。その男は営倉にぶち込んでおけ。時間が出来たら軍法会議に掛けてやる」



 私は思わず物陰から飛び出していた。

 何故だろう。レイヴン語もろくに解らないのに。だけど私はこういうのが一番嫌いなのだ。正しい事を言った者が、真っ当に努力した者が報われず、酷い扱いを受けるのが許せない。


 前からはエバンズがやって来る。二十代半ば、金髪で細身の、世のご婦人達が好みそうな優男やさおとこだ。これがバットマーの上司なのだろうか? エバンズは私の方など見ようともせず、ただ憎々しげに唇を歪めたまま、れ違い、町の方へと歩いて行く。


 バットマーを抑えつけた男達のうち、海軍士官の制服を着ていた者達は、立ち上がってエバンズを追い掛けて行く。こちらは、ちらりと私を見る者も居たが、誰も気に留めた様子は無かった。


 それから、門番をしていた海兵隊員の一人が、まともに私の顔を見た。しかし彼は突然現れた貴族の少年のような格好かっこうをした小娘に困惑し、目を逸らす。


 私は組み伏せられたバットマーから3mくらい離れた所で足を止める。

 少しの間。誰も動かず、誰も声を発しなかった。



「お前はッ……な、何故こんな所に居るッ!?」


 最初に声を発したのはバットマーだった。その声を聞いた海兵隊員達は、組み伏せたバットマーと私を何度も見比べ、やがて私に、レイヴン語で質問した。


「お前は何だ。この男の知り合いか」

「あ……いえ……いや、はい」

「どっちなんだ」

「はい、知り合い」


 私は思わずうなずいてしまった。すると海兵は。


「この男はひどく酒臭い。どうせ酒が醒めたら全部忘れているのだろう……知り合いならさっさと、この男を連れて帰ってくれ。全く仕事の邪魔だ」


 そう言って立ち上がり、バットマーから手を離した。

 バットマーは四つん這いになったまま、しばらくは立ち上がらなかったが、やがて左右の海兵達に言う。


「お前達はそれでいいのか、名誉ある仕事なのだろう、基地(ヤード)の入り口の門を警備するというのは」

「やかましい、さっさと立ち去れ酔っ払いめ」


 私は海兵達を見上げる。何だよ、一生懸命仕事をしてる艦長に対して、偉そうに……そう思ったのだけど。

 海兵達も皆一様に顔色を悪くしていた。唇を噛み締めている人も居る。これが、一兵卒である彼等に出来る精一杯の抵抗なのだ。


「私は酒など飲んでいない! エバンズ艦長の命令だろう、さっさと営倉に連れて行け!」


 しかし、立ち上がったバットマーは堂々と彼等の間に歩み寄り、そんな事を言い出す。当然海兵さん達も困惑の表情を浮かべる。

 ああ。何と言う面倒くさい人だろう。

 私には何か、面倒くさい人間を掘り当てる才能でもあるのだろうか。


「私は酒など飲んでない、酔っ払いはみんなそう言う! いいから来い!」


 先程のお返しではないが、私は片言のレイヴン語で叫び、バットマーの後ろ襟を掴んで後ろに引っ張る。

 こんな大男は私一人では動かせないのだが、海兵達もすぐに協力してくれた。


「何をするお前達! 私は酒など飲んでないと言うのが解らんか!」

「ああ、間違いなく酔っ払いだ」「余計な事は言わんでいい」「帰りはあっちだ」


 私と海兵達は煉瓦の塀に沿って20m程、バットマーを引きって行く。


「ええいもういい、自分で歩けるわ!」


 そこまで来てバットマーはようやく海兵達の腕を振り払い、私が差し出した軍帽をもぎ取って、正門に背を向けて歩き去って行く。


「もうこの件でここに来るなよ、それは無駄(・・・・・)だからな」


 海兵達も持ち場である正門の方へ戻って行く。

 私は溜息ためいきをつき、再びバットマーを追い掛けて行く。

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本作はシリーズ六作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[良い点] またややこしいことになってきましたねー、しかもマリーちゃんが絶対ほっとけないやつ。 今回はもうちょっとこじんまりとした問題かとおもってましたが、読んでるほうとしては面白くなってきましたね。…
[一言] >その間に私はアイリに捕まれていた腕をそのへんに立て掛けられていた使い古しのカカシと摩すり替え マリーちゃんさりげなくすげえ事しとるw次は奇術師かな? バットマー艇長色々と苦労背負い込んで…
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