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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
強襲のパスファインダー
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ハモンド「閣下、ブレイビスより火急の知らせが……」プリチャード「ハハ。もう何が来ても驚かんぞ」

ブレイビスで数日前、前回のような話がありました。いよいよフレデリク卿の大計(・・)によるストークの反撃が始まるようですが、マリーはその事を何も知らず、マリーが何も説明しないのでフォルコン号の皆も何も知りません。


時間と空間が戻ります。勇んでコンウェイを出港したマリーの、数時間後。

 私は数時間前に笑顔で手を振った艦尾の柵にぶら下がり、後悔していた。


「ぐえぇえ」


 今日は割合に波が高く、私は今もリバースした所だった。しんどい。気持ち悪い。やっぱり私は断じて船乗りなどではないのだ。


―― まーかーせーろぉぉぉお!!


 何であんな事言うかなあ。任せろって何を? アンソニーさんを助けるのを? ハハッ。相手はレイヴン海軍ですよ、自分一人逃げ切る事だって出来るかどうか。



 不精ひげの提案で、フォルコン号はごく沿岸近くを通ってプレミスに向かう。その方がまだレイヴン海軍に呼び止められる可能性が少ないそうだ。


 行きに見た時もそうだったが、この辺りの陸地は崖と野原ばかりで畑や集落も少ない。たまに小さな入り江に割と大きな、そうは言ってもこちらと同じくらいの大きさの船が居て驚くが、あれも海賊団なのだろうか。ただの漁船であって欲しいものだが。



 コンウェイを出港して5時間。次第に地図上のプレミスが近づいて来る。


 フォルコン号は、今度はウラドの提案で帆装を変える事になった。特徴的な大きなガフセイルを畳み、予備の帆桁(ヤード)を釣り上げ横帆を増やして、パッと見はレドンダ船のような姿になっている。

 問題は甲板でデカい顔をしている11門の18ポンド砲だ。とっととどこかで鋳潰いつぶして貰えば良かったわね……速射が可能な代わりに撃つとすぐ壊れるという、大海賊ファウストの置き土産である。

 こちらはアレクの提案で樽や空き箱などを使い、二、三個の荷物が置いてあるだけに見えるよう偽装してある。あんなので誤魔化ごまかせるのかしら。


 はぁ……


 今さらだけど。皆、どうして私の言う通りに働いてしまうのか。


 今回なんか明らかに危ないのは解ってるんだから、私が何を言おうが船をロングストーンに向けちゃったっていい訳でしょ。ウラドが舵を切り、不精ひげが帆の向きを変えれば、私には何も出来ません。それで素人船長が騒ぐようならアイリに抑えさせればいい。何ならしばらく船牢に放り込んでおけばいいのだ。


 船酔いの素人船長が艦尾の柵にぶら下がったままそんな事を考えていると、ロイ爺がやって来る。


「船長、そろそろ船がプレミス港の哨戒圏内に入ると思うんじゃが……本当にこのまま入港するのかね」


 本当にこのまま入港して大丈夫なんですかね? 私もそれが知りたい。だけどさすがに私がそんな事を言う訳にも行かない。


「何度考えてもマリー・パスファインダーにはレイヴンに追われる心当たりが無いんですよ。何かあるとしたら父、フォルコン・パスファインダーの事なんでしょうけど、それは聞かれたら正直に話します、私が知ってる範囲の事を」


 うそなのだ。本当に知ってる事を話すとなると、父が実は生きていて、幽霊船と一緒に奴隷商人を退治した話もしないといけなくなる。異国の裁判所でそんな話をする度胸は私には無い。


「しかし、スヴァーヌで遭ったマカーティ艦長は船長を知っておったようじゃが」

「あの男が知ってたのは、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストという名前の別の船乗りなんです。コンウェイにも人相書きがありましたけど、私とは全然別人でしたよ。元々は少女小説の脇役の名前ですからね、私以外の誰かが偽名に使ってても不思議はないですよ、何せ何かの間違いじゃないですかね」


 うそなのだ。マカーティが知っていたのはファウストと組んでランベロウを誘拐したアイマスクの小僧の事なので、私で合っている。


「ふむ……では堂々としていれば大丈夫、船長はそう考えるんじゃな?」


 いえ、何か無事にプレミスに入り無事にプレミスから出られる名案があれば教えて下さい、御願いします。私は頭の中ではそう考えていたが口に出せなかった。



 やがて船はプレミスの手前の最後の岬を回る為、進路を南東に変える……海岸は緩やかな崖が続くばかり、丘の上も、ポツン、ポツンと集落や農地が点在するばかり……本当に大きな港が近くにあるんですかね?


 商船である事を示す無地の旗をバウスプリットと艦尾に掲げ、フォルコン号は岬を回り、東へ進路を変える……するとようやく、大小の船が南北に行き交うのが見えるようになった。


 船酔い知らずではない、貴族マリーの服を着ている私は、よろめきながら静索(シュラウド)を登る……最近は船酔いをしながらも、このくらいは出来るようになって来た。


 地図によればこの先は幅3、4km、奥行き5kmの湾になっていて、プレミス港はさらにその奥の湾にあるという。私はそこで、望遠鏡を覗き込む。


「うわぁ……!」


 居た。レイヴン海軍だ……! 50mは余裕で超える大型の戦列艦やガレオン船が、この手前の湾内にも10隻ばかり錨泊びょうはくしている。

 さらに3,40m級のフリゲート艦、2,30mのコルベット艦、カッター艦、ずんぐりとした旧式のキャラック船も含め、様々な軍艦や軍用艦が漂っている。

 何隻居るのこれは……パルキアやグラストにもこんなには居なかった。ウインダムより多い……しかもこれは、まだプレミス港では無いんでしょ?


「俺達、この間を進むの?」


 見張り台に居たカイヴァーンは、別の望遠鏡を袋に戻しながらつぶやく。確かにこれは嫌だ。今からでも回れ右をするべきか……


「こんなに船が余ってるなら、何でフルベンゲンにもう4、5隻派遣してくれなかったんですかねェ。そうすれば私やカイヴァーンが戦わずに済んだのに」

「姉ちゃんはどのみち戦ってたんじゃないの?」

「そんな事無いよ! 戦力が足りてたら遁走とんそうしてましたよ私は!」

「じゃあ、あの女の子と親父さんは戦力が足りないおかげで助かったんだな」


 フルベンゲンの山中での出来事か。

 助けたっていう程の事じゃないけど、私は成り行きから、私と同じマリーという名前の女の子と、そのお父さんに手を貸す事になった。そんな事もありましたね。

 あそこで死んでいたと思えば、このくらいの事なんでも無いかなあ。よし解った。開き直ってドーンと行こう。


―― パーン! パパーン!


 えっ、銃声? どこか遠くで銃声が鳴った……気のせいかしら? 私はカイヴァーンに聞いてみる。


「今、銃声が聞こえなかった?」

「今のは近かったな。さっきから結構な頻度ひんどで聞こえるよ、港の方だったり、船の方だったり……みんな血の気が多いんじゃないの」


 やっぱり、ヴィタリスに帰りたい。



 周りは海軍だらけだが、民間船も居ない訳ではない。一度だけ、縦列で進む二隻のバルシャ船の商船とすれ違った。


「悪い事は言わねェ、この港はやめとけー」


 すれ違いざま、向こうの甲板から多分ファルケ語でおじさんが何か叫ぶのが聞こえた。私はファルケ語が解らないので、笑顔で手を振りかえしておいたが。



   ◇◇◇



 プレミス港は湾奥の河口の中にあるのだが、河口の両側には岬があってその間の水路は幅が300mしかない。そして両岸には当然のようにたくさんの大砲が備え付けてあり、守備兵の姿もある。

 これ、入る時は勿論、出る時もここを通らないといけないのよね? やっぱり引き返そうか。いやいや、今まわれ右をしたら滅茶苦茶怪しまれる。


 岬を通過すると再び湾内がひらける……良かった。アイビスの旗をつけたキャラック船も停泊してるじゃないか。他にもきっと各国の商船が……えーっと……居ないわね……大きな港なのに外国商船は珍しいのか……


「ねえ不精ひげ」

「俺は止めたぞ」

「私まだ何も言ってないじゃん!」

「それは悪かった。それで?」

「プレミスがこんな港だって、どうして教えてくれなかったの」

「やっぱりそんな話じゃないか……」



 さて。商船用の埠頭ふとうらしきものも見えるし、地元の商船らしき船もぽつりぽつりと見えるのだが……海軍も港湾役人もまるで近づいて来ない。


「帆を畳んで下さい。このまま勝手に投錨する訳にも行かないでしょ」


 私は貴族マリーの姿のままなので、具合はずっと悪い。ここが危険な港かどうかとは関係なく、早く上陸したいんですけどね。


 そのまま、30分が過ぎた。


「来ないじゃんボート! 治安の行き届いた大拠点じゃなかったの!? レイヴン海軍は何やってんのよ!」


 私は、元レイヴン海軍だという事はほぼ自白した格好の不精ひげに八つ当たりをぶつける。すると見かねたウラドがすぐに間に入って来た。


「船長、ニックはレイヴン海軍ではないので……」

「知ってますよ! 誰かに言いたかっただけですよ!」

「悪い、ウラド……船長、言うまでもないけど様子がおかしいぞ、これは。俺の勘では海軍で何かあったんだと思う。集団脱走か、反乱か……そういうたぐいのものかもしれない」


 不精ひげの勘は普段はあまりあてにならないんだけど……いや、たぶん不精ひげは、勘ではなく経験で物を言っているのだ。

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本作はシリーズ六作目になります。
シリーズ全体の目次ページはこちらです。

>マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[良い点] うそなのだ。 この5文字がまた良いですね。染みるなあ。 [一言] 混沌とした状況こそマリーさんの真骨頂。 騒動を心待ちにしています。
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