フォルコン「船長は自分勝手であれ。思いつきで行動しろ」マリー「船長は自分勝手であれ。思いつきで行動しろ」
町の人々もマリーの行動を歓迎し、後押ししてくれました。
海賊、いや船乗り達も、マリーが手配人と知ってもマリーに味方するようです。
私は艦長室で、コンウェイの広場の掲示板から盗んで来た自分の手配書を見ていた。気持ち悪い程よく描けているとは思うが、やっぱり私の目はこんなにぱっちりしていないと思う。
ペンドルトンさんが持っていた手配書は、これとはまた別のポーズと角度で描かれていたような。人相書きが二種類あるのかしら……ちらっとしか見えなかったけど、とにかくげんなりする話である。
―― トン、トン、トン
誰かが艦長室のドアをノックする。私はそっと手配書を懐に収める。
「どうぞ」
「出航準備が出来たわよ、船長……これから航海なのにその服?」
扉を開けて現れたアイリが少し驚く。私はオレンジ色のジュストコールとキュロットの組み合わせ、私の中での呼称は貴族マリーに着替え、きちんと髪をセットしていた。この服には船酔い知らずの魔法は掛かっていない。
「ええ。今日はこの服です」
私は壁に掛けておいた二角帽を手に、艦長室から歩み出る。
甲板やマストの各所には猫を含めた乗組員全員が揃っていた。私の船酔いはもう始まっていて、少々眩暈がする。
フォルコン号の操舵輪の近くには、アレクが背が低い私の為に作った20cmくらいの踏み台が置いてある。これがフォルコン号の正式な指揮台だ。私はその小さな箱馬の上に立ち、宣言する。
「出航しますよ。不精ひげ、いつも通りに宜しく」
「抜錨~」
今も覆面をしたままの不精ひげはいつも通り、間延びした合いの手を入れ錨索を引き上げ出す。
「船長、次の目的地はどこなの? この港では何も仕入れなかったのよね?」
アイリさんが至極真っ当な事を尋ねて来る。本来一番にその事を聞くべきロイ爺は黙って舵を執っている。むしろ鼻歌混じりに、暢気そうに。私が居ない時はロイ爺が船長なんですけど、そんなんでいいのかしら。
「おあつらえ向きの西風ですねェ」
私はそう呟く。錨が海底から上がると、甲板にも何となく、フォルコン号が戒めから放たれた事が伝わって来る。
「船長、水運組合には船長が行ってくれたんだよね?」
「ええ」
アレクの質問に私は答える。うそです。行ってません。
「それで。どこに行くのよ船長。まさかロイ爺も太っちょも知らないの?」
アイリさんが眉間に皺を寄せ、腕組みをし出す。そうですね。話さないといけませんね。
私の航海術の教科書は父の航海日誌とファウストの著書だ。その、まるで似た所の無い二人の船長が一致して書いていた事がある。船長は次に何をするか乗組員に知られてはいけないらしい。それは必要が無い限り、直前まで隠すべきであると。
「ロイ君、ちょっと皆を集めて貰えますか」
◇◇◇
「そういう訳で。私はプレミスに向かいます」
フォルコン号の指揮台の前に全員を集め、町の人々の期待と船乗り達の苦境について説明した後で、私はそう言った。
アイリさんは私が提出した私の手配書を目を見開いて凝視しながら、口をへの字に結びぷるぷると震えている。ロイ爺も覆面男もウラドもアレクも、私ではなくアイリが持った私の手配書の方を覗き込んでいる。カイヴァーンだけは、腕組みをして目を細めて余所見をしている。
「だめよ。今すぐロングストーンに戻りましょう、それから内海の南岸あたりで何年か大人しくしてたらいいじゃない」
アイリさんは、いつもの私を叱る時の毅然とした言い方ではなく、何かを御願いするような口調でそう言った。ロイ爺も口を開く。
「船長……わしも今回ばかりはアイリさんの言う通り、引き下がるべきだと思うんじゃが……」
「喧嘩をしに行く訳じゃないですから。アンソニーさんを解放し、没収された物を返して貰えるよう御願いしに行くだけです」
そこで不精ひげが珍しく前に出て来た。この男は普段はほとんど私のする事に注文をつけてくれないのだが。
「船長、プレミスはアイビスで言えばパルキアのような町だ。レイヴン海軍の大拠点で治安も行き届いている、この田舎町の連中のようには行かないよ、いくらなんでも危険過ぎる」
不精ひげの言葉には重みがあった。彼自身、以前はその一員だったのだろう。
「船長は十分この町の海賊達や町の人に良くしてやったと思う、資材を買う為の金を代わりに集めてやって、資材自体も友達価格で売り渡したんだ、もう十分だよ、町の人だってそう思ってるはずだ」
「彼等はもう海賊じゃありませんよ、不精ひげ君」
私は指揮台の上で踵を返し、皆に背を向け、手を後ろで組む。
不精ひげは口籠っていたが、まだ食い下がって来た。
「あの、アンソニー船長の事なら俺に任せてくれないか……見たんだろ、俺の知り合い……チューダー艦長に頼んでみるから、あの人は元海軍艦長で、プレミスの海軍司令部にも知り合いが居るから」
私はそれには答えず、指揮台を降りて艦尾楼への短い階段を上がる。
乗組員達の反応は二つに分かれたようである。カイヴァーン、ウラド、アレクは黙って出港時の自分の配置に戻って行った。ロイ爺とアイリと不精ひげはついて来る。
私は艦尾楼に立ち、艦尾の手摺り越しにコンウェイ港を見渡す。フォルコン号は既に波止場から20m程離れ、艦首を湾外へ向け終えていた。
ここに来た時は、この港は船の墓場のように見えた。実際、廃船となって解体を待っている船体も多くあるのだが、ここは決して墓場ではない。
古びた工具や廃品では代用出来ない資材を新しい物に変えたのだろう。たくさんの船から、威勢のいい槌音が聞こえて来る。
ああ。船乗り達が修理の手を止めてこちらを見ている。
船乗り達だけではない。波止場にも、マリー証券を買ってくれた町の人々が見送りに来てくれている。
私はそんな船乗り達や町の人々に軽く手を振る。
人々が、返事を返してくれる。
「マリー船長! 気をつけろよー!!」
「アンソニー達をきっと救ってくれー!!」
「ありがとうー! マリー船長!」
私は断じて、船乗りなどという怪物ではない。
私の祖母コンスタンスは私に様々な事を教えてくれた。その中でも一番繰り返し繰り返し教えられた事が、船乗りとだけは付き合うなという事だった。
アイリさんも言っていた。船乗りはあらゆる男の中で最低だと。そういう事を、私も決して忘れてしまった訳ではない。
しかし。
こうして艦尾に立ち人々の視線と歓声を一身に受けた時に、湧き上がり、胸に溢れ、血を滾らせるこの気持ちの事を、私は何と呼んだらいいのだろうか。
「まーかーせーろぉぉぉお!!」
燃え盛る船乗り魂に突き動かされるまま。私は叫び、二角帽を取り、ゆっくりと大きく、全身で振りかざす。
小さな男の子達の一団が飛び上がって喜ぶ。町のおじさんおばさん、兄さん姉さんがますます歓声を上げる。
むさ苦しい海賊共、いや船乗りさん達が少年のような笑顔で拳を突き上げる。いかめしい船長達も満面の笑みを浮かべ叫んでいる。
「頼むぞー! マリー船長!」
「お前こそ! 男の中の男だー!」
銅鑼声な上レイヴン語なので何を言ってるかはよく聞き取れないが、きっと皆私の船出を祝福してくれているのだろう。
私は、港の人々の視線と歓声を一身に受ける事に酔い痴れていた。
「ど、どうしたのロイ爺、ぼろ泣きじゃない、ほら、ハンカチ使う?」
「いや……マリーちゃんがあまりにフォルコンそっくりになって来たもので……」
後ろでアイリとロイ爺が何か言っている。不精ひげは諦めて自分の配置に戻って行ったらしい。
ぶち猫だけが私の足元まで来て、のぼせ上った私の顔を見上げていた。
私は振り返って叫ぶ。
「帆を揚げて下さい! フォルコン号、マリー・パスファインダー、出陣ですよ!」




