男共「ええっ!? エイヴォリー艦長の元で働ける訳じゃないのか!?」エイヴォリー「皆さんの配属はプレミス海軍司令部が決めますので……」
水夫狩り? いや、演説と説得で、レイヴン海軍の海兵志願者を集めていた不精ひげ。
マリーの父フォルコンはかつてレイヴン海軍から船を盗んだそうですが、その事はマリーには関係がありません(震)
マリー本人とレイヴン海軍の因縁と言えば、マカーティに追い掛けられた事ぐらいですが、そのマカーティとは後に共闘してます。
だからまあ、不精ひげがレイブン海軍の為に働いたとしても、許せない行為みたいな話ではないんですけど……
東の空には上弦から満月に向かう途中の月が出ていた。西の空は次第に紫から深い青へと変わって行く。
私は松明を手に三人の先頭を歩いていた。カイヴァーンがそれに続き、覆面男は一番後ろからついて来るようだったが。
「あの、船長。勝手に抜け出して本当に申し訳ない」
不精ひげがカイヴァーンを追い越して来て、後ろからそう言った。私は立ち止まり、振り返る。
「で? どうしてぶち君を連れて行ったか話してくれる気になったの?」
肩を丸め俯き気味で私を見ていた、覆面の奥の不精ひげの細い目が、一瞬限界まで開く。
「なッ……! 待ってくれ船長、猫は本当に勝手について来たんだ、俺も困ったし船に帰れとも言ってみたんだけど、そんなの猫に通じる訳もなくてだな!」
「そう……一度猫を返しに船に戻ろうかとも思ったけど、それでは間に合わない用事だったから、先を急いだのね……」
私がこの方角から打って来るとは思わなかったのだろう。不精ひげはいつも通りの無表情を装っていたが、かなり焦っているのは伝わって来る。
ぶち君はカイヴァーンの背負い袋に潜り込んでいる。ここまで、猫の足には辛い距離だったのではないか。
「いいのよ不精ひげ、言いたくなければ何も言わなくても」
これは本音である。私は再び前を向いて歩き出しながらそう言った。
私も最初は不精ひげが水夫狩りの真似をするなんて只事では無いと思った。だけど私は不精ひげが何か、フォルコン号や仲間達にとって不利益な事をするとは全く考えていない。
そして不精ひげはこの通りフォルコン号に戻ってくれるという。だったら別にいいや。言いたくない事は、言わなければいい。
私は本心からそう思ってたんだけど……ちょっと今の私の物の言い方、良くなかったような気がする。
「信じてくれ、猫を連れてったのは今日の昼頃までにはフォルコン号に戻るつもりだったからで、取引には少し時間がかかるって聞いていたから、本当に悪気は無いんだ、ただ」
「何も疑ってないわよ、いいから元気よく歩きなさいよ、キリキリ歩けばコンウェイまで三時間で着くわ」
「あの……下らない話なんだけど、聞いて貰っていいか」
不精ひげはそのまま、私とカイヴァーンの間で歩きながら、ボソボソと聞き取りにくい声で話し出す。
「ブライズ……エイヴォリー艦長は船長も見たか? レイヴン海軍でも女性の士官は珍しいんだ、まして現役の艦長となると、他に居ないんじゃないかな……俺はあの人を知っていて……まあ、俺が一方的にファンなだけだけど」
私は松明を持って歩き続けたまま、少しだけ振り向いて不精ひげの様子を見る。
「彼女を最後に見てからもう十二、三年経ってるんだけど……驚いてね。ずいぶんやつれて、疲れた顔をしていて……まるで昔とは別人のようで」
いろいろ困った。私は何も聞き出すつもりが無かったのに、勝手に謎が増えて行く。
あの女艦長さんが酷くやつれて疲れていると? 私にはとても健康そうな方に見えたのだが。
十二、三年前とは別人って当たり前では? 私だってその頃はさぞや可愛かったんじゃないですかね。
そしてファンって……そんな単純な理由だと言われると、かえってあれこれ想像してしまう。
「この辺りには昔の知り合いも居たから……少しは手伝いが出来るかと思って。水夫狩りは誰もが嫌がる仕事なんだ」
昔密かに応援していた女艦長さんの為に、誰もが嫌がる水夫狩りの仕事が早く終わるよう、遊説して志願兵を募った……それで実際に三十人もの志願兵を集めちゃうのは凄いんじゃないの? 追い剥ぎや博徒も集めて行くなど大したものだ。
「だけど海軍も決して悪い事ばかりじゃないんだ、戦争が無ければ数年で解放されるし恩給も貰える、軍で身に着けた技術や人脈で郷里で新しい仕事を始める奴も」
「私まで海軍に勧誘する気? もういいってば、アイリさんが寝る前に帰らないと夕食が極光鱒の干物になるよ!」
◇◇◇
宵の口からの強行軍で、私達はコンウェイに戻って来た。町は既に寝静まっているようだが、港の方には色々な灯火が見える。灯台も、きちんと仕事をしている。
「いい加減顔を上げなさいよ不精ひげ」
「あ……ああ……上げてるつもりなんだけどな……」
静かな町を早足で歩き、町の広場を通過し……良かった、私の手配書はもう無い……私達三人は波止場へと辿りついた。
「あれ? あれはアンソニーさんの船ですよ」
波止場にはフォルコン号を含め何隻もの船と船の形をしたがガラクタが停泊しているのだが、そのうちの一隻、アンソニーさんの改造コグ船の周りに、人だかりが出来ているのだ。まさかもう商売を終えて戻って来たの?
アンソニーさん、あの大量の海老が売れたならさぞや鼻高々で戻ったのだろうと思ったのだが。
「一体どういう事だよ! 説明しろよ!」
「なんでそうなるんだよ、理屈に合わねえ!」
船の周りに集まっている海賊共が、たいまつや酒瓶を片手に怒っている……一体どうしたんだろう。
「船長、関わらない方が」
「何言ってんの不精ひげ! ちょっと通して下さい、アンソニーさん、何があったんですか!」
私は不精ひげが止めようとするのを振り切り、おじさん達の間を掻き分けてコグ船の前に出る。
「ああ……マリーちゃんか……あの……すまねえ!」
そこに居たのはアンソニーさんの部下達だった。アンソニーさん本人の姿は見えない……
「船長が逮捕された……ロブスターも取り上げられちまった」
「え……えええ!?」
「それだけじゃねえ、まだ金を払ってねえ資材もいくらか没収された……網や篭はここに残して行ったおかげで助かったが」
「どうして!」「どうして!」
私は隣に居た別の海賊のおじさんと同時に叫んでいた。この筋骨隆々の角刈りの人は確か、出航の時に野次を飛ばしていたガストンさんだ。
「俺達だって解んねえよ! プレミスに向かう途中でフリュート船に出くわして、かなり近くを通りそうだったけどアンソニーは避けなくていいって言ったんだ、普通の商船に見えたから……そうしたらそいつがいきなり海軍旗を揚げて止まれと」
私とガストンさんは一瞬、顔を見合わせる。
「それで!?」「それで!?」
「まさか洋上でも水夫狩りをしてるのかと船長が抗議したんだが、向こうの……エバンズって艦長が、アンソニーには海賊行為の疑いがある、取り調べをするから金目の物は預かるって……船長と、甥のハリーも連れて行かれた」
◇◇◇
憤懣やる方ない男共は、そのまま彼等の居間である取引所になだれ込んで行った。。
私は一旦フォルコン号に戻る事にした。
「遅かったわね。また戻って来ないのかと思ったわ」
アイリさんはそんな事を言いながら、ちゃんと私の夕食も作ってくれていた。本当にいつも申し訳ない。
「それで? 何があったの、今日は」
私はまずアンソニー船長の顛末から話す。
「まあ……よく我慢して帰って来たわね、海賊を引き連れて海軍に殴り込みに行かなくていいの?」
「アイリさん、私を何だと思ってるんですか」
勿論、アンソニー船長の逮捕の事は我々にも大いに関わりがある。例えば海軍が没収して行った資材の一部は、まだ代金を貰っていないパスファインダー商会の資産なのだ……だけど私にはちゃんと常識がある。
「海賊の皆さんだってそこまではしませんよ……水車をつけてた変な船の海賊、あれだって逮捕されて連れて行かれましたし、本来海軍が海賊を捕まえるのは当然の事、日常の光景なんじゃないですかね」
私は話しながら、アイリさんが作った挽肉ステーキを頬張る。カイヴァーンも一緒に食べている。ぶち君の鰯もアイリさんはわざわざすり身にしてくれていた。
不精ひげも覆面をつけたまま、静々と挽肉ステーキを口に運んでいたが。
「で? こっちの覆面男はどうして戻って来なかったの? マリーちゃんに捕まらなかったら、今日も帰って来なかったのかしら」
「あの……アイリさんも聞いてくれ」
「あー! それはもういいから! 不精ひげは人助けをしてたんですよアイリさん、夕方の隣町で見つけたんです、そこから急いで歩いて帰って来たから……酔いも醒めちゃったでしょ不精ひげ、いいのよ? 二日分のエールを飲んだって!」
ぼそぼそと答えようとする不精ひげを遮り、私は腕を振って誤魔化すが、アイリはカイヴァーンの方を向く。
「カイヴァーンは教えてくれるわよね?」
カイヴァーンは小さくなった挽肉ステーキを名残惜しそうにフォークで突っついては引っ込めていたが、上目使いにアイリを見て答える。
「教えたら挽肉ステーキもう一個くれる?」
「ごめんね……もう生肉は使い切ったわ……」
不精ひげは溜息をついて俯く。
私の中では不精ひげの秘密に対する好奇心より、私や皆が秘密を知った時に不精ひげがどうするのかという事への心配の方が優勢になりつつあった。
この男がレイヴン海軍士官ジャック・リグレーだったとして。彼がジャック・リグレーに戻る気になってしまったら、私はどうすればいいのだろう。
「ごちそうさまでした。今日は私も疲れちゃった、先に寝かせて貰います。おやすみなさい」
私はそう言って、艦長室へ向かう。