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海賊マリー・パスファインダーの手配書  作者: 堂道形人
海賊達の黄昏

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チューダー「何という後ろめたさだ。ビール一杯などでは全く割りに合わん」

第一作第一話からのレギュラー、不精ひげ。もちろん様々な冒険を共にして来た仲間です。

マリーも以前作中で回想していましたが、そもそもマリーがバニーガールになってまで船に乗る事にしたのは不精ひげのせい、いやおかげなのです(第一作「旅立ち」の章)。不精ひげがリトルマリー号を売る事をマリーに相談していれば、マリーはそれを断って航海を水夫達に任せ、一人で田舎へ帰っていたでしょう。

「さようならあ」「どうかお気をつけてー」


 三人の案内人はここで解放する事にした。白々しく手を振るおじさん達。どうせ山賊に戻るのだと思うが、手配人の私はレイヴン司直に協力出来る立場ではない。


 不精ひげの足取りは追いやすくなった。十人以上の男達と一匹の猫を連れて歩く覆面男である……その様子は道中の目撃者達の記憶にはっきりと残っていた。


「来たぞ。海軍の勧誘だって言うから村の入り口で追い払ってやった」


「峠の追い剥ぎ連中が捕まってたな、海軍もたまには役に立つじゃねーか」


「うちの六男坊がついてったよ、海で一旗上げるって言ってね」


 そして猫を連れた謎の覆面男は途中の旅の宿で酒宴を開き、さらに志願者を増やしたそうだ。


「覆面をした妙な奴だったが、勇壮な演説をぶち上げて、酒場にたむろしてた博徒だのごろつきだの、近在の親不孝者共をまとめて連れて行ったな。大したもんだ、あれは」


 宿の御主人はそう言って、そろそろ夕方なのでと一泊する事を勧めてくれたが、私とカイヴァーンは先を急ぐ事にした。



   ◇◇◇



 トレリムは森の中から突然現れた小さな港町だった。深く入り組んだ河岸に、少なくない船やボート、筏が並んでいる。

 この港は位置的にはコンウェイ港の入口の二つの城塞の間を通り、さらに河口湾を奥へと進み、河をさかのぼった所にある。周辺の錫鉱山から集められた鉱石は、この港から積み出されるようだ。



 私とカイヴァーンが丘の方から降りて来ると、河岸ではちょっとした騒ぎが起こっていた……あれ、あの軍服姿の女の人は昨日コンウェイに現れた水夫狩りの艦長ですよ、お名前はなんでしたっけ、うちの船に来た時に名乗ってくれたのに。


「あの、まずはレイヴン海軍を代表して、祖国の為に立ち上がって下さった皆さんを歓迎致します、私はヘッジホグ号艦長、ブライズ・エイヴォリーと申します」


 そうそう、エイヴォリー艦長ですよ……同性の年上を捕まえてなんですけど、綺麗できっちりしてるのにどこか可愛らしい方ですね、今も思いがけない僥倖ぎょうこうに出会い、喜んでいるというよりは困惑しているように見える。


 エイヴォリー艦長を囲んでいるのは、服装も背格好も様々な男達だ。みんな金は無さそうだが若く元気に見える。あれがみんな水兵志願者なのかしら……三十人以上居るわよ? 正直、コンウェイでレイヴン海兵隊が大騒ぎをして無理やり連れ出して行った男達より少し多いと思う。


「エイヴォリー艦長! どうか私を艦長の船の乗組員にして下さい!」

「あっ、ずるいぞ! 俺も! 俺もエイヴォリー艦長の船がいいです!」

「待てよ、俺も!」「俺だって!」


 男達の中には緊張の面持ちを浮かべ静かにしている者達も居たが、鼻の下を伸ばしデレデレとにやけながら早速自分を売り込もうとする者共も居た。


「と、とにかく今は皆さんを私の船に御案内します、プレミスへ行きましょう、支給品などはそこでお渡しする事になっておりますから……」


 エイヴォリー艦長は少し慌てた様子でそう言ってから、居住まいを正し、一つ咳払いをして続ける。


「コホン。レイヴン海軍兵となるからには、艦長と士官、それに先任航海士の指示には従って下さい。まずはそちらのボート二隻に分乗していただきます」



 男達は、ある者は緊張の面持ちでうなずき、ある者はデレデレとにやけながら、河岸に停泊している二隻のボートに乗り込んで行く。ヘッジホグ号は河を下った先に居るのかしら。

 私とカイヴァーンはその様子を倉庫らしい建物の影で見ていた。


「不精ひげのアニキ、居ないな」


 その場には不精ひげは居なかった。代わりに一人、海軍志願兵には見えない老人が居て、ボートに乗り込む男達に一声ずつ掛けている……男達の方もその老人に何か一言ずつ返しているような。


「おふくろに言っといてくれよ、次に帰って来る時は戦列艦の艦長だってな!」

「ああ、必ず伝えるよ」

「俺はコルジアの金塊輸送船をとっ捕まえて来るぞ!」

「ハハ、コルジアとはもう停戦しとるぞ」

「……今度こそ、誰かの役に立って来る」

「自分の命も、大切にな」


 男達や老人が何と言ってるのかは、聞こえないし解らない。


 それで、この三十人ばかりの海軍志願兵を集めたのは不精ひげなのか? 何故不精ひげがそんな事をするのかという疑問は一先ず置いといて。実際、不精ひげにそんな事が出来るのか?

 不精ひげはぼんやりとした怠け者だ。何事にも手を抜きつつ卒なくこなす。

 一方で一角ひとかどの豪傑でもある。ぱっと見にも背が高く、肩幅も広い、海戦になっても地味に強い。

 出来る出来ないで言えば、出来るような気がする。私には絶対に出来そうもない、人を奮い立たせ操る術を、不精ひげは持っているような気がする。

 まあ不精ひげに限らず、フォルコン号の乗組員は本当に有能な人ばかりだよね。ロイ爺もアレクもウラドもアイリもカイヴァーンも、本当はもっと待遇が良くて能力も生かせる仕事があるような気がするんだけどなあ。

 みんなどうして、私なんかに付き合ってくれるんだろう。



 私がそんな事を考えているうちに、男達は二隻のボートに乗り終えていた。


「ありがとうございます、チューダー艦長。こんなにたくさん志願兵を連れて来て下さるとは思いませんでしたわ」


 エイヴォリー艦長は老人と何か話していた……こちらは声も小さく、恐らくレイヴン語だったので、何を話しているのか全く聞き取れなかったが。


「艦長はよしてくれ、昔の話だ……いや……この老人が何かの役に立てたのなら良かった」


 しかしエイヴォリー艦長が、あの老人に何か感謝しているらしい雰囲気は伝わって来る。あの男達を連れて来たのは猫を連れた覆面男ではなく、この老人なのか?

 エイヴォリー艦長は最後にもう一度敬礼をして、ボートの方へ走る。老人は手を振り、背を向けて立ち去る……


「どうする姉ちゃん? あのじいさんに話を聞いてみる?」

「ちょっと待って……念の為後をつけてみよう」



 確証は無いが、今の男達はやっぱり猫を連れた覆面男が方々から集めて来た連中だと思う。だけど覆面男はエイヴォリー艦長に直接会いたくはなかったのだろう、それであの老人に、艦長への引き渡しを依頼したのではないか。


 老人は河岸を離れ、小さな作業場が並ぶ通りを歩いて行く……錫鉱石の一部はこの町でも加工されているようだ。

 夕闇迫る作業場では、職人達が今日の片付けをしている。


「よう艦長(キャプテン)、さっきのありゃ何だ?」

「昔の仕事の名残さ、ハハ」


 老人も町の知り合いから艦長(キャプテン)と呼ばれている。海軍の関係者なのかな。


 職人達の居る通りの外れには小さな酒場もあったが、老人はその前でも知り合いに手を振り、そのまま素通りして行く。私とカイヴァーンはそのままついて行く。


 やがて老人は一軒の長屋に着き、その扉の一つの中へと消えた。


「家に着いちゃったぞ。いいの?」


 私はここに到ってもまだ二の足を踏んでいた。あの老艦長に聞けば不精ひげが何をしていたか解るような気もするのだが、同時にジャック・リグレーやら何やらの事も解ってしまうような気がするのだ。

 それは不精ひげが私には隠しておきたい事で、ロイ爺やウラドにもそう頼んでいる事なのだと思う。


「まあ……家は解ったから、何か聞きたくなったら戻ってくればいいわ。もう少し不精ひげ本人を探してみましょう」


 私は来た道を戻りだす。この後はどうしよう。今からコンウェイまで歩いて帰るのは辛い。道は15kmくらいあったように思う。この町には旅籠はたごはあるのか? 最悪、郊外の道中宿に戻れば寝床はありそうだが結構遠い……


「アーオゥ」


 考え事をしていた私は、猫の声を聞きふと顔を上げる。カイヴァーンも顔を上げる……小さな酒場の外の、焚火を囲んだベンチの端に、黒い鉢割れ模様のぶち猫が地元の職人達に混じって座っている……ってあれ、ぶち君じゃん!


「あの、船長」


 さらに焚火から少し離れた所でテーブル代わりの空き樽を囲んで立ち、ビールか何か飲んでいる男共の一人は、私が作った孔雀を模した覆面を被っている……


「黙って出掛けたのは悪かったけど、二度も素通りする事無いだろ」


 不精ひげは、ついさっき素通りしてしまった職人通りの外れの酒場に居た。


「そこに居るなら一声掛けなさいよ! 隠れてたんじゃないの!?」

「普通にここに居たし、声だって掛けてたぞ……俺、そんな存在感無いか……?」

「そんな派手な覆面被っててどうしたらそこまで存在感消せるのよ……完全に風景に同化してるじゃん!」

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