ペンドルトン「へへへ、さっそく船長室に飾るとするか」
作者も10年以上ロブスターなんて食べてません。どんな味だったかなあ。
午後にはアレクは再びアイリを手伝う為、町に戻って行った。アイリさんは結局戻って来なかったけど、大丈夫なんだろうか。
大丈夫かと言えば不精ひげだ。まるで連絡も無いし、ちょっとその辺の波止場をぶらぶらしてる人に聞いても、見ていないと言う。あの覆面を被ったままなら相当目立つと思うのだが……覆面は脱いでしまったのか、波止場付近には居ないのか。
「やっぱり俺が探しに行って来るよ。ぶち猫も居ないし」
「カイヴァーンもレイヴン語出来ないでしょ、無理だよ……私も出来ないけど」
この海峡を根城にしている船乗りや港湾関係者は多少なりアイビス語も解るし、意思疎通くらいは出来るのだが、普通の町の人となるとそうも行くまい。
「姉ちゃんだって気合いで何とかしちゃうだろ、言葉なんて気合いだよ気合い。ヨーナスやエッベだって俺が話してる事ちゃんと解ってくれたぞ」
「じゃあ二人で行こうか? 手配書の事も誰も言って来ないし」
喉元を過ぎれば熱さも忘れると言うが、私はもう自分の手配書を見た衝撃からだいぶ立ち直っていた。だけどあの手配書の人相書き、今着てる真面目の商会長で描かれてたような。一応、服は着替えようかしら。
「姉ちゃん、一応船酔い知らずの服にした方がいいんじゃないの? あれ着てる時の姉ちゃん熊より強いだろ」
「熊はルードルフが倒したんだってば……じゃあ着替えて来るから待ってて」
◇◇◇
今着れる船酔い知らずはお姫マリーとありえないやつだけなので、着るのはお姫マリーになる。今日はカイヴァーンが一緒だからマスケット銃も要らないだろう。
カイヴァーンは一応、私がレブナンで買い、後でプレゼントしたシンプルで武骨な短銃を腰のベルトに提げていた。本当はウインダムでもっとかっこいいのを買ってたんだけど……なくしてしまったのだ。
「じゃあちょっと行って来ます、ロイ爺もウラドも留守番宜しくね。もし不精ひげが戻って来たら……そうね、マストに白い吹き流しを上げて」
「心得た」
「船長もあまり遅くならないうちに戻って来ておくれ、わしとウラドだけでは心細いからのう」
ウラドは腕組みをして頷いたが、ロイ爺はそんな冗談を言う。大ベテランと豪傑のコンビで何が心細いんですかね。
波止場を歩いて行くと、水運組合の建物が近づいて来る……あそこでも聞いてみようかしら? だけどあそこの港湾役人さんは今朝、私の手配書を貼っていた……ぎゃっ!? そのおじいさん役人が事務所から出て来ましたよ! 何か……人相書きのような物を持って!
私が近くの樽の影に隠れると、カイヴァーンも何も聞かず木箱の影に隠れる。
「あれって……もしかしてまた私の手配書……」
おじいさんはやはり、辺りを見回しながら掲示版に手配書を……貼ろうとして一度思い止まり、それを後ろ手に隠す……おじいさんの前を、三人連れの水夫が通り過ぎる。
そして水夫達が十分離れたのを見計らって、今度こそ手配書を貼る為小さな釘とハンマーを取り出す。そこへ……別の水夫、いや、昨日取引所にも居た船長らしい筋骨隆々のおじさんが、後ろから大股に歩み寄る。
「ようじいさん、仕事か? 珍しいな、俺が手伝ってやろうか?」
「ペ、ペンドルトン、大した事は無いんじゃ、気にせんでくれ」
「ほう、手配書か……うん? だけどこの手配書は何かおかしいな? 肝心な事は何も書いてないようだし、この人物は手配されるような人じゃないからな。見たら解るだろ?」
「わ、わしはその、あの」
ペンドルトンさんという大柄なおじさんは、おじいさんの背中に丸太のような太い腕を回し、笑い出す。
「ガッハッハ! いい、いい、心配すんな、この間違った手配書は俺が捨てておいてやるから」
おじさんはそう言って、おじいさんから手配書をひったくり、自分の懐に仕舞う……樽の影から一瞬見えたその手配書は、やはり私の人相書きがついた物らしい……しかも町の広場にあった物とは、ポーズや表情が違うっぽい……
「ペンドルトン、あの、それは」
「いやぁー礼には及ばん、及ばん、さーて飯でも食いに行くか、じゃあな」
おじさんはおじいさんの肩から手を離すと、背中を向けて取引所の方へ大股で歩み去って行く……
ど……どういう事? 私は思わず樽の影から出て、水運組合の入り口の掲示板の方に近づいていた。カイヴァーンも何の質問も疑問もなく、私について来る。
掲示板には……フレデリク含め何枚か他の手配書が貼ってあるが、私の手配書は貼っていない。
その時。おじいさん役人が振り向いた。
「あ、あの……」
「ひいッ!? わ、わしゃ知らん! 何も知らんぞぉぉ!」
私を見たその高齢の港湾役人さんは深い皺の刻まれた目を限界まで見開き、そう叫んだかと思うと、事務所の中へとすっ飛んで行った。
◇◇◇
「この港の連中は姉ちゃんと取引する事に決めたから、役人にちょっかいを出されると困るって事じゃないの。海賊と姉ちゃんの癒着に役人が負けた格好」
「いいんですかね……それで」
「ふつう。海賊あるある」
いや私は海賊じゃないから! そう言おうかとも思ったんだけどカイヴァーンにそれを言うのはちょっと悪いかなとも思ったので、私はその言葉を胸にしまう。
「だけど姉ちゃんは海賊じゃないし。堂々としてればいいじゃん」
なのにカイヴァーンの方がそれを言った。私は溜息をつく。
「私とアンタのお父さんが海賊なのよ、レイヴンではね」
「ええっ!? じゃあ俺も手配書に書かれたい! フォルコンの息子カイヴァーンって!」
「……そういうのも、海賊あるあるなの?」
それはさておき。
私達は昨日この辺りを通ったかもしれない覆面男について、町の人に聞いて回っていた。カイヴァーンの言う通り、レイヴン語が良く解らないままでも何とかなるものだ。アイビス語が解る人も多いし、私自身レイヴン語もちょっとずつ解るようになって来た。
覆面男を目撃した人は少なからず居た。ほとんどの人は、男は港を離れ郊外に向かうように見えたと言う。それから、猫を一匹連れていたとも。
覆面をした男というだけなら赤の他人の可能性もあるけど、猫まで連れているなら不精ひげに違いないよね。
町を出て、岩肌の間を抜ける道を歩いて行くと。
「おう、坊やに嬢ちゃん、どこへお出掛けだい?」
「いい服を着てるねぇー、おじさん達、ちょっとお金に困っていてねぇー」
三人組の山賊は現れた瞬間にカイヴァーンに折り畳まれて大人しく土下座をしてくれたので、私はそのまま道案内を頼む事にした。
「覆面野郎なら確かに見ました、猫も連れてました、はい」
「一人で歩いてたんでちょっとお金を借りようと思って声を掛けてみたんですけど、たちまち逆さに地面に叩きつけられまして……あっしのこの顔の傷、その時に猫にやられたやつです」
「野郎、あたしらをボコボコにした上で海軍に入れなんて言うんですよ、海軍に入れば飯も食えるし船を降りる時には恩給も貰えるって、だけどあたしら、海軍に入るくらいならこのまま山賊を続けて、時々強い旅人にボコボコにされる方がマシだと思ったんで、土下座をして勘弁して貰いやした」
山賊共の案内で辿り着いた錫鉱山では、今朝コンウェイの町で見掛けた人達が働いていた。
「覆面の奴ならここにも来て、熱心にレイヴン海軍の事を話してたぞ。俺は海軍なんか御免だが、真面目に話を聞いていた奴も居たな」
鉱夫は知識と技術、それに体力があれば水夫などとは比べ物にならない程稼げるという。
しかし知識も技術も体力も、誰もが満足に持っているとは限らない。鉱山の周りは集落のようになっていて、一流ではない鉱夫や、鉱夫相手のサービス業で生計を立てている貧しい人々も住んでいる。
不精ひげと思われる覆面男は、ここに来た時には三、四人の志願者を連れていて、ここを離れる時には全部で十人を超える志願者を連れて行ったという。
レイヴン海軍の関係者とは顔を合わせる事すら避けてた不精ひげは、レイヴン海軍の水夫狩りに追われて船を離れたと思っていたのに……今度は自分が、コンウェイ郊外の山中でレイヴン海軍の為の水夫狩りをしていたというのか?
どうしちゃったんだろう、不精ひげ……




