アラン「あちらの立派な方が陛下ですよね?」ヨハン「今、小指で鼻を掘られた方が陛下だ」
レイヴンの首都ブレイビスからアイビスの首都レアルまでは、直線距離で340kmほど。ブレイビスからコンウェイまでより近いです。
第六作最終話は、何故かこのアイビス王都でのお話です。
アイビス国王、アンブロワーズ・アルセーヌ・ド・アイビスは、三枚の手配書を代わる代わる見ていた。どれも海の向こうの隣国、レイヴン王国で発行された物である。
「そちらがブレイビスで昨年末に配布された物です。12月25日頃には街角に貼られていたと思われます」
手配書には三枚とも別の姿を描いた、鉛筆画の人相書きがついている。アンブロワーズはその人物を知っていた。これはリトルマリー号の本来の船長、マリー・パスファインダーの似顔絵に間違いないし、手配の氏名もそのように書いてある。
「何故、レイヴンがマリーちゃんを探しているの?」
「それは勿論、彼女の父の行動によるものではないかと」
「パンツ一丁のフォルコン君だっけ。だけど父親がそんな事をしたからって、罪も無い娘を追いかけ回すのはおかしいでしょう。冗談じゃありません。彼女はアイビス国民です。レイヴンの大使を呼んで抗議しないと」
「報告はまだございます。こちらを御覧下さい」
この件の報告をしていた修道騎士団長のデュモンは、天鵞絨張りの薄く広い箱を、傍らに控える侍従に渡す。侍従はそれを国王の隣に居るユロー枢機卿に渡す。
枢機卿は箱を開け、四枚の紙を取り出し、一瞥してから、黙って国王に差し出す。そうしてようやく、アンブロワーズ国王がその新たな四枚の紙を見たのだが。
「何ですって……賞金3,000枚ってどういう事ですか!」
国王は四枚の手配書を次々にめくる。四枚のうち三枚は先ほど渡された手配書と同じ物だが、最初の三枚の「情報募集」とだけ書かれていた所に、上からスタンプで賞金額が押されているのだ。残りの一枚はまた別の図柄の似顔絵が描かれていたが、これもマリーの似顔絵に間違いない。
「あいつらこんな物まで配ってマリーちゃんを追い掛け回しているのか! この手配書はいつから配られているんですか!?」
「恐らく1月5日頃から、ブレイビスの市中に出回り始めた模様です」
「その間に起きた事と言えばあの観艦式ですよ、奴らは私の誘拐をマリーちゃんが阻止した事を逆恨みして、こんな賞金を掛けたと言うのか!」
激高したアンブロワーズは、手配書を四枚まとめて破ろうとしたが。
「……」
急にその手を止めて。
「エド、その箱いただいてもいい?」
「ええ、どうぞ」
気が変わったのか、ユロー枢機卿が持っていた、デュモンがこの手配書を国王に提出する為に用意した箱を無心する。
「まあだけど、今すぐレイヴンに軍事的報復を……なんて訳にも行かないね。マリーちゃん、そういうの嫌がりそうだし」
「宜しいのですか陛下。確かに一人の少女の為に戦争を始めるのは如何かとも思いますが」
アンブロワーズは天鵞絨張りの箱に、七枚の手配書をそっと収める。
「まあ、この件では冷静にレイヴンと話し合いをする必要がありそうだ。タルカシュコーンの件も笑ってほったらかしにしてあったけど、向こうが望むならちゃんと話をする事にしよう。エド、手配を御願いしていいかな」
箱を受け取りに来たミシュラン侍従長を遮り、アンブロワーズはその箱を自分の膝の上に載せたまま枢機卿の方を向く。
「御意」
枢機卿は礼をして退出しようかと振り返ったが、デュモンがまだ何か言いたそうにしているのを見ていぶかしむ。
「デュモン卿、まだ何か報告があるのかね?」
「は……これはその……まずは猊下に御覧頂いた方が宜しいかと思うのですが」
デュモンが声を落としてそう言うと、アンブロワーズはムッとして顔を上げる。
「ここは私の家の私の部屋ですよ。確かにエドは私の親友だけど、エドに見せて私には見せないというのは意地悪が過ぎないか、怖い顔の騎士君」
「も、申し訳ありません陛下」
デュモンは酷く恐縮したように頭を下げ、侍従にまた別の、極東渡りの黒塗りの薄い木箱を渡す。これもデュモンが国王に書類を渡すだけの為に自腹を切って用意した高価な箱である。
侍従はそれを国王陛下の元へ直接持って行くが、受け取ったアンブロワーズは箱ごと枢機卿に渡す。
「まあ彼も心配してるようだから、エドが先に見てよ」
「は、それでは」
国王より全幅の信頼を寄せられるエドゥアール・ユロー枢機卿は、受け取った箱を開く。中から出て来たのはやはりマリー・パスファインダーの手配書であった。しかし今度は賞金が金貨12,000枚になっている。
これは国王には見せない方がいいと判断した枢機卿は思わず国王の顔を見る。しかしアンブロワーズ国王は既に枢機卿の真後ろに居た。
「レイヴンは私に喧嘩を売っているのか! いい加減にしなさい、生死を問わず金貨12,000枚ですって!? マリーちゃんは狩りの獲物のタヌキではありませんよ! 交渉は中止だ、私の剣と盾を持って来なさい!」
「どうか落ち着いて下さい、陛下」
「私があの男色野郎と一騎打ちをすればいいのだろう! 国王同士タイマンでケリをつけてやるよ、私の船を出せッ、奴に私の靴底を舐めさせてやる!」
いきり立つアンブロワーズは大声でそう号令する。侍従達は慌てて国王の周りに集まるが、集まるだけで何も出来ない。
そこへデュモンは平伏したまま、いきり立つアンブロワーズに聞こえるよう、はっきりとした声で奏上する。
「これは未確認情報なのですが、マリー・パスファインダーは1月6日の深夜のプレミスで、千人以上の精兵を率いてレイヴン海軍の陸上施設に奇襲を仕掛けたのだそうです。守備兵は総崩れとなり、港は再編成の為二日間使用不能になったとの事。レイヴンの次期第一海軍卿と目されるスペード侯爵の側近より聞き出しました。プレミス艦隊は何事も無かったかのように装っておりますが、マリー・パスファインダーがあの港で何等かの軍事行動を起こし爪痕を残したのは間違いないと思われます」
アンブロワーズもユローも、デュモンの報告に呆気に取られている、そこへ。
「陛下、ブレイビスの大使より火急の知らせが!」
風紀兵団に復帰し別の用事で王宮を訪れていたトライダーが、ブレイビスのアイビス大使館から派遣された外交官を伴い、謁見室に現れた。
「彼自身もそれを目撃したのだそうですので、是非彼本人からお聞き下さい」
トライダーはそう言って国王から遠い所で平伏しようとする使者を、国王のすぐ近くまで連れて行く。
「ヨハン、悪いんだけど私今それどころじゃなくてね」
「さあアラン君早く」
話を遮ろうとする国王に構わず、トライダーは使者の若い外交官に促す。
「お、恐れながら申し上げます! ブレイビスに古の伝説の空飛ぶ怪獣が、ドッ、ドラゴンが現れました! ドラゴンはブレイビスの上空を堂々と飛び回り、口から火を吹いて町の各所を襲い、レイヴン王宮にも火を放ちました、私一人の戯言ではありません、三十万のブレイビス市民が目撃したのです!」
アンブロワーズ国王は、少しの間口を開けてポカンとしていたが。
「え。えぇぇぇー?」
ようやく、そう答えた。
ここまでお読み下さいまして誠にありがとうございます。マリー・パスファインダーの冒険と航海、第六作「海賊マリー・パスファインダーの手配書」はこれにてお開きとさせていただきます!
私はイギリスの海洋小説「海の勇士リチャード・ボライソー」シリーズのファンなのですが……今回の舞台は私にとって聖地巡礼という意味合いもございました……
「コンウェイ」はボライソー先輩所縁の港町、ファルマスをモチーフにしております。
「プレミス」は現在も軍港として名高いプリマスです。物語には名前しか出て来ませんでしたが「ノーラ」はポーツマスで、ノーラ所属の若い艦長であるマカーティはマークスの顔を知らなかったとか、細かいネタもございます、まあ、オタクな作者が一人でニヤニヤする為の設定だったのですが……
第六作は全体にそんな、私の一人遊びの部分が出過ぎたような気も致します。反省し次に生かして行きたいです。
毎回の事ですが次作公開時にはこの第六作の奥付けページを作ります、どうかブックマークはつけたまま、ブックマークはつけたままでお待ちいただければ幸いです! マリーの冒険と航海はまだまだ続きます、どうか次作も引き続きお付き合い下さい!
そして皆様どうか御願い致しますこの小説を読んで少しでも、少しでも良い時間であったと思えたら! 何卒、評価を、評価をぽちっと、何卒御願い致します!
時間の無駄だったと思われた方は……申し訳ありませんでした……次は良い小説と出会える事をお祈り致します……
さらにお時間のある方は、是非是非! 感想を、感想を残して行っていただけると、作者の凍えるハートに小さな灯が点ります! 「おもしろかった」の一言だけでも結構です、是非是非、感想をお寄せ下さい!
ご来場、ありがとうございました。




