テリー「可愛い子だな……も、持って帰っちゃおうかな……」
とうとうフレデリクではない、マリーの手配書が現れてしまいました。
悪い事はしてないつもりなんだけどなー(棒)
この話は三人称で御願い致します。
四十年前、コンウェイはレイヴン海軍の重要な錨地だった。最盛期には数百人の守備隊と哨戒用の艦船が常駐していた時期もある。
当時のこの町では海軍が治安を守っていた。判事も海軍士官が兼任していて民間の訴訟も海軍事務所で裁いていた程である。
そして海軍にとっては協力者であり、町の人々にとっては景気のいい旦那衆だった海賊達は、大手を振って町を闊歩していた。
しかし国際情勢が変化するにつれてこの地の防衛は重要ではなくなり、この港の海軍機能はプレミスに移転した。それでもしばらくの間、レイヴン海軍とこの地域の海賊はお互いの領分を守り、利用し合いながら上手くやって来た。
十年前。海賊嫌いの新たな王は海賊からかつての特権を取り上げた。仕事を失った海賊達は次第に貧しくなり、地域の経済は停滞し、まともな商船はますます近づかなくなった。
そうして町に残ったのは、かつての栄光を思い出させる石碑と、港湾を見下ろす立派だが無用の城塞、そして燻る男達だけだった。
そしてコンウェイの水運組合はこの港以上に寂れていた。
当然というか、海賊共は水運組合には属していない。彼等は勝手に港に出入りし、勝手に錨地を占有し勝手にドックを作り、港湾使用料は払わない。
「どうしろと言うんじゃ……」
そんな寂れた水運組合の事務所で、組合長の老人トレバーは深く項垂れていた。組合長と言ってもこの事務所に正規の職員は彼一人しか居ない。
彼の目の前には一枚の手配書があった。マリー・パスファインダー、航海者、剣士、銃士。賞金は掛かっていないが、情報提供者には謝礼を進呈する……一昨日の夕方。零細海賊の一隻が僅かな手間賃の為に運航しているプレミスからの定期便で届いたものだ。
手配書はブレイビスで印刷されたもので、司直用の指令書がついていた。
『この人物は王国に多大な被害を与えた海賊フォルコン・パスファインダーの身内であり、可能な限り速やかに確保すべし。彼女の居場所を特定する有益な情報には金貨10枚を、実際に彼女を確保した者には金貨100枚を提供するように』
中央からの指令書にはそう書いてある。それでその金貨は誰が出すのか?
水運組合の金庫にはそんな金は無い。金貨10枚なら二か月に一度の自分の給料日にはあるかもしれないが、自分の給料が無くなる。金貨100枚は絶対に無い。
しかし中央からの指令を無視するのは反逆罪である。トレバーにはこの手配書を指定の場所に貼りつける義務がある。気の進まない彼は、手配書は明日貼ればいいと思いその日はそのまま帰宅した。
そうしたら翌日、そのマリー・パスファインダーがコンウェイ港に来てしまったのだ。
今手配書を貼れば、海賊共がすぐに情報提供料をせびりに来るに違いない。しかし水運組合にそんな金は無い。
では手配書を貼らずにおくか? しかしそれでマリー・パスファインダーが手配されていると知っている誰かが彼女を捕まえ、自分が手配書を貼っていなかった事がバレたらどうなるのか? 自分はきっと反逆罪で逮捕される。
悩みに悩んだトレバーは、結局昨日も手配書を貼らずに過ごした。
マリー・パスファインダーは港に上陸し取引所に行った。彼はそれを事務所の窓から覗いていた。
金の無いコンウェイの問屋が買えるのは定期船で運ばれて来る小麦や酒だけで、フォルコン号が持ち込んだ高価な資材や工具など買える訳が無い。フォルコン号はすぐに港を出て行くはず……トレバーはそう踏んでいた。
しかしフォルコン号は出港しなかった。取引所で一悶着を起こしたマリー・パスファインダーは、意地でも資材と工具を売る為、この港に留まるらしい。
そして翌早朝、ようやく決心したトレバーは三枚ある手配書のうち二枚を貼った。一枚は町の中央広場に。もう一枚は水運組合の事務所から離れた波止場の片隅の掲示板に貼った。
最後の一枚は水運組合前の掲示板に貼るつもりで、まだ持っている。
レイヴンでは伝統的に地域の安全は住民の自警団が守る事になっているのだが、コンウェイの自警団の構成員はほとんどが海賊か海賊の仲間である。
海賊共が、フォルコン号とその船長を捕まえる方向で動くなら。その流れに乗るべきだろう。自分は報奨金を寄越せと海賊に迫られるかもしれないが、ここには無いからプレミスに突き出せという一点張りで逃れるしかない。
しかし。
「トレバーさん、あの手配書、貼るって言ってたのにまだ貼ってないの?」
昼近くなって出勤して来た、水運組合の助手の壮年女性、キャサリンは事務所に入りトレバーを見るなりそう言った。
「て、手配書なら、北ドックの掲示板と町の中央広場に貼ったわい」
トレバーはそう答える。しかし。
「町の中央広場にも北ドックの前にも無かったわよ? 当のフォルコン号が入港してるのに。さっさと貼った方がいいんじゃないのかねえ……? じゃないと、あんたがフォルコン号を庇ったって話になるんじゃない?」
「まっ……待てッ、わしは確かに貼ったんじゃ! そんなはずは無い!」
◇◇◇
話は少し遡る。ちょうど一週間前、コンウェイから400km離れた、レイヴン王国の首都ブレイビスの一角にて。
「隊長、先日配布された掲示したマリー・パスファインダーの手配書なのですが……配布された三種類三枚ずつ、計九枚が全て無くなっています」
若い兵士は俯き加減に、そう隊長に報告した。
住民による自助努力が基本のレイヴンでも、首都ブレイビスにはよく整備された衛兵組織があった。ここはそのブレイビスの衛兵の第八分団の詰所である。
「……賞金稼ぎが持って行ったんじゃないのか?」
「九枚全部でしょうか……? それに手配書破りの罰金は金貨10枚ですよ」
部下の報告を聞き、分団の隊長は首を傾げ、腕組みをして思案する。
「参ったなあ。そもそもどうして特別賞金までは掛かっていない、子供の参考人の手配書が三種類もあったのか。おまけにあの人相書きは酷く出来が良かった」
「大海賊の娘という事で、警戒されているのでしょうか……」
「仕方無い、とにかく一応上に報告して来よう」
◇◇◇
しかし。同様の報告はブレイビスの各分団からも、後にはノーラやプレミスといった他の都市からも、手配書を発行したブレイビスの司法局に寄せられていた。
「貼って半日もしないうちに全部盗まれました」
「通りすがりの若い男が素早くひったくって逃げるのを見たという証言が」
「あの少女は何者なんですか? こんな事は初めてですよ」
◇◇◇
先日の会議からちょうど十日後。マリー・パスファインダーの手配書が配布されてから四日後。司法局の一室には、先日集められた顔ぶれが再度集められていた。
会議を主催する司法局の事務高官の顔には、焦りの色が浮かんでいた。
「我々司法局は外務局の訴えを甘く見ていた。考えたくない事だが、海賊フォルコンの娘マリーは侮れない勢力を持っている可能性がある……我々が配布した人相書きが各地で盗難に遭っている。ブレイビスの各所だけではない。ノーラやプレミスでも」
外務高官はそれを聞き、軽く机を叩き、居丈高に言う。
「だから私は言ったのだ、参考人などとしみったれた事を言わず、賞金を懸けた指名手配にしろと! ランベロウの愚か者に組みする訳ではないが、タルカシュコーンで我々に煮え湯を飲ませた相手を侮るべきではないのだ」
若い外務補佐官も付け足す。
「ナルゲスの商人マクベスが集めた情報では、マリー・パスファインダーはナームヴァル海賊の残党を海戦で下し、南大陸北西岸でも複数の海賊を平らげた武闘派商船団だという事ですが」
そこで全員の視線が海軍高官に集まる。海賊フォルコンの娘、マリーは無視してはいけない危険人物だった。そのマリーに対し、レイヴン海軍は何をしていたのかと。
「ああ……それはその、申し訳無い、我々はマリー・パスファインダーの危険性を察知出来ていなかった。だけど我々は海の男なので、何故町でその女の手配書が盗まれるのか、その理由は解らない」
「解らないとは何だ! 海上での事は海軍の職掌であるから、素人は口を出すな、いつもそう言ってるのは海軍ではないのか!?」
海軍高官の弱気な物言いを、外務高官は嵩にかかって責め立てる。しかし、今日の海軍高官は反論しようともせず、黙って背中を丸めて下を向く。
12月28日。この時レイヴン海軍司令部は、数日前にノーラに帰投したコルベット艦、グレイウルフ号がもたらした情報により、上を下への大騒ぎに揺れていたのである。