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97・領都、春の音楽会


「では、ライゼー様! ちょっとロレンス様のところにお邪魔してきます!」

「………………夕食までには帰ってこいよ?」


 ウィンドキャットさんで飛び立つ俺を前にして、ライゼー様はなんか他にも言いたげであったが、まぁ良い。「馬車で一週間以上かかる街へ、気楽に日帰りでお出かけする猫」とか、俺も内心ツッコミをいれたい。


 なお、本日はキャットシェルター内にクラリス様、リルフィ様、サーシャさん、ピタちゃんが既に待機済みであり、皆様には軽食を振る舞いつつ、窓越しの優雅な空の旅をご提供する予定である。プライベートジェットかな?


 ウィンドキャットさんでリーデルハイン領を飛び立ち、他領に領空侵犯すること三十分前後。

 ――全力で飛ぶと数分なのだが、これだと「外の景色を楽しめない」とクラリス様が仰せであり、今日はちょっとゆっくりめに飛んだ。


 あっという間に見えてきたのは、クラッツ侯爵領の領都・オルケスト!

 今日は音楽会の日であり、人出はそんなに多くないが、上から見ても街の一部が活気づいている感じはする。主に大聖堂のあたり?


 ――そう、この大聖堂が、今日の音楽会の会場である。

 どちらかとゆーと「神殿」系の佇まい。石造りで、丸く太い柱で大きな天井を支えており、彫刻等の装飾はほとんどなく、幾何学模様で。

 入り口は広い石段になっており、この石段を「舞台」として活用、聖歌隊や演奏者達はこの階段、及び踊り場付近に陣取る。

 そして聴衆は大聖堂の正面に集う。舞台から近い位置は有料で、その他は無料だが、遠くなるほど肝心の舞台は見えにくくなる。


 なんとも立派な、まさに荘厳たる『大聖堂』なのだが――実はネルク王国には、「国教」というものが特にない。

 というより、この地に信仰を広めている「聖教会」との仲が……イマイチ? 別に「露骨に敵対している!」というわけではないのだが、微妙な距離感があるらしい。

 特に軍閥は、「聖騎士部隊との抗争」みたいな過去があり、表面上は当時の王の仲介で和解したのだが、内心ではお互いに……といった遺恨を抱えている。


 さて、この「聖教会」。

 かなり大規模な宗教団体ではあるのだが、実は特定の「神様」を信仰してはいない。

 いろんな神様を漠然と祀っており、そのため「聖教会」とだけ名乗っている。「聖なるものを信仰する」という程度の意味合いだ。


 リルフィ様からの日々のご講義を経て、俺が得ている所感としては――前世の一般常識と比べて、こちらの世界では、「宗教」的なモノが妙にフワッとしているようだ。

 教会の内規とかは割と厳しそうだが、肝心の神の教え的な部分が、なんかこー……フワッフワなのである。

 その理由は単純。

 前世では、多くの「宗教」とは、人間の宗教者が頑張って作り上げるものであったが……こちらにおいては、数が少ないとはいえ、ガチの「亜神」が実在している。


 ちょっとヤバめの宗教団体に対して、怒った亜神様が天罰をくだして国ごと滅ぼした――なんて現象が、神話ではなく「史実」としてちょくちょく発生してきたため、「宗教が絶対的な権力」になりにくい土壌らしい。

 下手に神の言葉を標榜すると、「わしそんなこと言うてへんで?」と、御本人、もしくはそれに関係する亜神様が普通に降臨してしまう……ある意味、恐ろしくも健全な世界である。


 そんな亜神様のモグラ叩きで滅んだ宗教団体は数しれず、建国当時は亜神様のご意向に沿って好調だったいくつかの宗教国家等も、慢心と腐敗が進むとあっさり亜神様に滅ぼされてしまい、今では穏健派の小国しか残っていない。

 加護を得ると人は慢心する。慢心すると横暴になる。横暴になると亜神様が「ちょい待てやコラ、人の名前で何してけつかる」とご登場……うーん。コメントに困る……じんるいはおろか。


 こんな歴史を積み重ねてきた結果、どーなったかというと――

・ほとんどの国は巻き添えを恐れて、宗教の政治利用を避けがちに。

・宗教団体側も亜神の怒りを恐れて、あんまり無茶はできない。

・宗教団体は概ね、「それぞれの神様のファンクラブ」みたいなゆるめの立ち位置に。

・もしくは大ざっぱに「聖なる存在」全般を敬うだけの団体になり、教義は亜神の怒りを買わない程度の無難なものに。


 というわけで、ネルク王国で広がっている「聖教会」とは、特定の神様を信仰しない、実に「ふわっ」とした団体である。

 そしてそのふわふわ感ゆえか、割と広く浅めに普及している。


 このあたりは、もしかしたら日本人の宗教感覚とも近いかもしれない。

 たとえば初詣とか七五三とか除夜の鐘とかクリスマスとか鯉のぼりとか盆踊りとかハロウィンとか合格・縁結・安産・交通などの各種お守りとか――

 そういう、本来はそれぞれ別の宗教に由来していた行事等が、生活に浸透して「文化」として定着し、今では信仰心の有無に左右されず、社会的に受け入れられた「風習」へと変化している。

 ネルク王国でも同様に、「なんとなく聖教会が関わっている行事がそこそこあって、なんとなく日常に溶け込んでいる」的な雰囲気。


 ……とはいえまぁ、聖教会内部の人間関係とか人事とか利権とか軋轢あつれきとか、そういうものまで「ふわっ」としているわけではないので、あまり深入りする気はない。フラグではない。本当にあんまり関わりたくない。

 これは好き嫌いの問題ではなく、そもそもルークさんの種族が「亜神」なので……うん。身バレが怖いのです……


 王都滞在中、ルーシャン様からも、

『聖教会は、そんなに悪どい真似などはしないのですが……たぶんいろいろしつこいというか、面倒なので……なるべく関わらんほうがいいでしょうな……』

 と、遠い目で助言をしていただいた。

 ついでに別の日、ライゼー様からも、

『……聖教会の、聖騎士部隊は……なぁ……いや、たぶん、そんなに悪い連中ではないと思うんだが……誇大妄想気味というか……正義中毒というか……性根は悪くないんだが、だいぶ傍迷惑はためいわくというか……』

 ……という、なかなか歯切れの悪いご感想をいただいている。


 聞けば聖騎士部隊というのは、平時の治安維持とか災害時の炊き出しとかで活躍している一方、軍に対しては対抗意識を持っており、過去にちょっとしたいざこざも起きたらしい。


 また、彼らは教会閥の自警団であり、優先的に教会関係者を守ろうとする。

 一方で国側としては、たとえ誰が相手だろうと不正行為があれば調べて取り締まる必要があり、「教会関係者だから」と手心を加えたりはしない。

 国側にとっては「いつもの取り締まり行為」でも――教会側からは「神官への弾圧」「逆らった者を狙い撃ちする見せしめ」みたいな反応をされがちで、この認識の違いがなかなか厄介らしい。


 しかしまぁ、そんな世知辛い話と「音楽」は無縁なはずである。今日は楽しませていただこう。

 離宮まで迎えに行くと、ロレンス様は書斎で本を読んでいらした。

 コンコンと正面の窓を爪で叩くと、本から顔を上げ――ぱぁっと、笑顔がこぼれる。

 そのまま室内へ招き入れていただいた。


「おはようございます、ロレンス様! マリーシアさんはどちらに?」

「ちょうどお茶を淹れに行っています。すぐに戻ってきますよ」


 話しているうちに、廊下に足音が。

 しかし耳が良いルークさんは、この足音を「老年の男性」と看破する。なんかこー、ちょっと足の裏を引きずるような感じ?

 すかさず俺は机の下に隠れた。


 そして響くノックの音。


「ロレンス様、大変申し訳ありません。まだいらっしゃいますか?」


 これはペズン伯爵の声である。


「はい。何かありましたか?」

「実はたった今、リオレット陛下からのお手紙が届きまして……」


 俺と目配せをした後、ロレンス様は扉を開け、ペズン伯爵を迎え入れた。俺はそのまま身を隠す。


「兄上からの手紙ですか?」

「はい。ラライナ様の目を警戒してか、宛名は私で、差出人は税務閥の官僚になっていたのですが……中に、ロレンス様宛ての封書も入っておりました。こちらです」


 ちゃんと未開封である。まぁ当然か。

 中身を読み進めるうちに、ロレンス様がくすりと微笑んだ。


「何か不自由はないか、あったらすぐ連絡するようにと……兄上らしい気遣いです。それから王都の近況などですね。状況が落ち着いたら、秋頃に一度、王都へ戻り、他の貴族達に顔を見せておくようにとも書かれています。これは……」

「はい。ロレンス様の置かれている状況が幽閉などではないと、諸侯に示すためでしょう。また数年後の国政復帰を前提に、今のうちから人脈を広げさせたいという思惑もあるかもしれません」


 ペズン伯爵の見解は概ね正しいが、ついでにもう一つ、「リオレット陛下御本人が、ロレンス様との縁を大事にしている」という事情もある。


「ロレンス様は、これからお出かけですね」

「はい。夕食までには戻ります」

「どこへ行かれるのかは聞きませんが、どうかお気をつけて」


 ペズン伯爵は手紙だけ渡して、すぐに退出された。

 俺は机の下から這い出し、ロレンス様のお膝によじ登る。


「ペズン伯爵とは上手くやれているみたいですね!」

「はい。いろいろとお気遣いをいただいています。外出についても、理由を伏せることを了承していただきました。これも……官僚としての心得なのでしょうか」


 ルークさん、ちょっとだけ思い当たるフシがある……


「官僚の心得とかはよくわかりませんが、たぶん陛下のほうからも、『なるべくロレンス様のやりたいことを優先して欲しい』みたいな指示が出ていたのではないかと思います!」


 そもそもペーパーパウチ工房の後ろ盾になっていただく上で、ロレンス様の元には、俺も頻繁ひんぱんに行き来する予定であった。

 スケジュールを確保するためには、ロレンス様に「自由に動ける時間」を作っていただく必要がある。

 で、僭越せんえつながら俺からも、「ロレンス様に自由時間の裁量権を!」と、リオレット陛下に頼んでおいたのだ。

 すべてはトマト様による世界征服のため――

 ククク……このままロレンス様の、そこそこ自由で楽しい少年時代を誠心誠意プロデュースしてくれるわ!


 ……ルークさん、たまに目的を忘れて横道に邁進まいしんする。猫さんだから散歩と寄り道大好きなのはしゃーない。


 さて、隣室で待機していた護衛の騎士・マリーシアさんも呼び込み、ひとまず全員でキャットシェルターへ。

 音楽会の「会場」はさすがに人が多すぎて、警護の観点からも皆様を連れて行くのがちょっとはばかられたため、今日はここから「竹猫さん」の中継カメラで音楽鑑賞をさせていただくことに。


 余談だが、最近また猫魔法が進化して、竹猫さんが高品質なカメラを担ぎ、梅猫さんがショットガンマイクを掲げ、松猫さんがカチンコを鳴らすという小技を覚えた。

 この猫忍中継チームの画質・音質・リアルタイムでの編集技術の向上は目覚ましく、もはやプロ顔負けである。君らはいったい何処へ向かっているのか。


 さっそくコタツに並んだ我々は、スクリーンと化した窓へ視線を向けた。

 そこに映し出されたのは領都の大聖堂。

 さっき上空から見た時よりも、広場には人が増えている。

 ……気のせいだろうか? その多くが、何か……見覚えのある……派手な……

「……あのー。アレってもしかして……『うちわ』っていうアイテムじゃないですか?」

「はい……? ええ、うちわですね……特に珍しいものでは……ないと思いますが……」


 リルフィ様は、ごく自然に、当たり前のよーに答えてくださった。

 色とりどりのうちわ。

 骨は普通に竹製か? 派手めの色合いで、それぞれに女性名や男性名っぽいものが記されている。男どもが持っているのは女性名のもの、女性陣が持っているのは男性名のものが中心であり、縁飾りにもそれぞれ個性があった。

 このタイプの「うちわ」を手にした聴衆が集う「音楽会」……?


 やがて開演の鐘が鳴り響いた。

 白っぽい神官の長衣をなびかせて、大聖堂から見目麗しいお嬢様方が駆け出し、階段の踊り場にずらりと並ぶ。もう既視感しかない。

 マイクのような魔道具を手にした彼女達は、軽快な前奏に合わせて踊りだし――


『みんなー! 今日は来てくれてありがとーっ! 楽しんでいってねー!』


 センターの美少女が、元気にご挨拶をした。

 一斉に振り回される客席のうちわ。響く歓声。「シスカさまー!」と誰かがセンターの名を叫ぶ。


 ――ルークさんはそっと目を逸らし、先人達のやらかしに思いを馳せる……


 味噌や醤油を再現し広めた人は偉い。とても偉い。ボクシングの普及とかはまぁ、おそらくはそっち方面の関係者だったのであろう。シンザキ様式のシンザキさんは建築家か大工さんか、いずれにしても自身にできる仕事を頑張っただけと思われる。

 他にも、我が前世から流入した文化や技術がそこそこ根付いていそうなこの世界だが――

 さすがにコレはちょっと、趣味に走りすぎではなかろうか? 自制して? あと異世界さん側も平然と受け入れないで?


 アイドルは「偶像」という意味であり、偶像崇拝との親和性は確かにそこそこ高いのかもしれぬし、また芸事の起源には神様への奉納だったり神事だったりが関わっていたりという話も、特に珍しくはないのだが……こっちかー。こっち方向に行っちゃったかー……


 異世界で突如はじまった「音楽会」――もとい「神官系アイドルグループライブコンサート・春の大聖堂みんなで信仰スペシャル」を前にして、俺は反応に困りつつ、とりあえずは『コピーキャット』で皆様のお昼ごはんをいそいそと用意し始めたのだった。


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猫忍中継チーム・・・多分だけどルークさんの思想に影響受けてるんだろうね? 気遣い猫なルークさんだし イベント中継→どうせなら見やすい方がいいよね→中継機材のレベルアップ→なら、編集した方がいいよね…
宗教がアイドルだったかぁ…いや現実でも宗教的に溺愛されてるの多いしそんなもんか?
すまないと謝るべきか。よくやったと誇るべきか(笑
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