90・猫と埋蔵金
さて、発掘作業である!
宝探しは男の子のロマン。埋蔵金発掘のためにショベルカーを持ち出すのは大人の娯楽である。
多くの場合、宝くじ等と違って「そもそも当たりくじが存在しない」のが困りものだが、今回は小規模な上に情報の信頼性が高いため、何か埋まっているのは間違いなかろう。
埋めたのはせいぜい数年前だろうし、頻繁に人が通る場所でもない。
愛用のスコップを片手にうずうずと興奮していたら、目印となる『石碑』とやらを確認する前に――ウサギ状態のピタちゃんが、とててっとある地点へ駆け寄った。
そのまま彼女は、前足で地面を素早く浅く掘る。
「ルークさまー。なんかあったー」
…………………………はやくない?
ロマンは? 娯楽は? ピタちゃん、演出上の溜めって知らない? 二時間の放送枠とっておいて現着一分でお宝発見はあかんでしょ……?
急展開に反応できず、ぽかんとしてしまった俺を、クラリス様が背後から抱え上げた。
「……ルーク。スコップの出番……なかったね」
「……………………にゃーん」
……愛用のアイテムをストレージにそっと戻し、俺はすりすりとクラリス様の肩に額をこすりつける。
ごしゅじんさま……なぐさめて……
……まぁ、肝心のブツが見つからないよりはずっと良い。
気を取り直して、皆でピタちゃんの周囲に集まる。
ウサギさんは穴掘りが上手である。アナウサギは地面に巣穴を掘るし、ピタちゃんは謎の特殊能力「穴掘り大好き」を所持している。ネーミングは愛らしいけど、なんかヤバそうな気配も感じている……スルーしとこ。
荒れ地の浅い場所から発掘されたのは、ガラス製の大瓶であった。
サイズは大人が両腕で抱え込める程度。梅酒とか作るのにちょうど良さそう。
木だと腐ってしまうし、金属だと錆びてしまうという判断だろう。少々重いが、湿気対策さえ万全なら悪くない保存法か。
瓶は茶色く濁っており、こちらの技術で何らかの割れにくい強化処理をされていると思われる。
肝心の中身だが――
瓶の中にほぼ同サイズの布袋が詰まっており、ぱっと見ただけではよくわからない。
ガラス製の蓋は蝋のようなもので隙間を埋められていたが、マリーシアさんが少し力を加えると簡単に外れた。
「ロレンス様、こちらを――」
「……うん。ありがとう」
皆がじっと覗き込む中、ロレンス様が布袋の口を開けた。
一番上には、折りたたんだ外套。
その下には、革袋いっぱいの硬貨。金貨、銀貨、銅貨と揃っており、「すわ埋蔵金!」と興奮したルークさんであったが、皆様はあんまり反応していない。大騒ぎするような額ではないのだろう。
さらにその下からは、新品のナイフ。火打ち石っぽい魔道具。空の水筒。そして……手帳だろうか? 革表紙のお手頃サイズな小冊子が一冊。
そして、これは……身分証? あ、どっかのギルドの登録証かも。
ロレンス様の名ではなく、ぜんぜん別人の名が記されている。
そして布袋の底には、タオルと包帯。ついでに裁縫セットまであるな?
内容物から察するに、これは――
「逃亡に備えた……偽造の身分証と、当座の旅支度ですな」
ルーシャン様のつぶやきに、ロレンス様が手帳を開きながら頷いた。
「こちらの手帳に、カルディス先生からのメッセージが書かれています。なんらかの情勢の変化によって、不測の事態が起きた場合に……私が国外へ亡命できるよう、詳細な手引書を用意してくれたようです。近隣の地図、関所の抜け方、追っ手の眼を逃れる方法……『これが助けになる日が、来ないことを望む』とも書かれていますが――」
ロレンス様が、くすりと微笑んだ。その眼には涙が溜まっている。
「治安のいい宿の見分け方、道中で採取できそうな薬草や木の実、それらの効能や換金の仕方、下級の役人へ渡す賄賂の目安、カルディス先生と親交のあった頼れる知人――偽造の身分証は、薬師ギルドのものですね。修行や研究のために各地を巡る者が多いため、関所を通りやすく、また僻地に隠れていても違和感のない職です。カルディス先生らしい……実践的で、気遣いの細やかな……」
感想を紡ぐ声がかすれた。
感極まり、声を押し殺して泣き始めた主を、マリーシアさんがそっと支える。
……亡き師からのこの置き土産は、ロレンス様の将来を案じた末のものである。
かの賢人はおそらく、ロレンス様の微妙なお立場や正妃ラライナの性格からして、この国でいずれ「内乱」が起きる可能性を予見していたのだろう。
そして死期が近い自分は、その時、ロレンス様の傍にいられないことにも気づいていた。
だから、決して起きて欲しくはない「万が一」に備えて……城から離れたこの場所に、せめてもの贈り物を遺したのだ。
ロレンス様が着の身着のままで王都を脱出したとしても、最低限の旅支度ができるように。
彼が生きて国を脱出し、たとえただの平民としてでも、人生をまっとうできるように。
亡命という選択肢は決して軽いものではない。
またロレンス様の場合、「自分が死ぬことで人々の平穏が保てるのなら、それでも良い」とか素で言っちゃいそうな御方である。
カルディス男爵は、そんなロレンス様の性格を見越した上で、この品の発掘を「自分からの頼み事」として遺した。
もしも王族という立場が、生きる上で邪魔になったら、そんなものは捨ててしまっていい――
ただ、教え子としてのロレンス様に、平穏無事に生き延びて欲しい――
この贈り物は、そういう意味である。
ルークさんもつい、目元を肉球で拭った。
――亡き爺ちゃんに言われたものである。オスが泣いていいのは、冠婚葬祭と感動系の映画を見た時と酒に呑まれた時と失恋と骨折と結石と突き指と神経痛と(中略)猫に噛まれた時と足の向こう脛を打った時とタマネギを切った時だけだ、と――早い話が「泣ける時は適当に泣いとけ」という教えであり、爺ちゃんも割と涙腺ゆるゆるな感じであった。
クラリス様が、ロレンス様にそっとハンカチを差し出した。
「……ロレンス様は、本当に良い師に恵まれたのですね。生前のカルディス男爵に、私もお会いしてみたかったです」
やや気まずそうに笑い、ロレンス様が涙を拭う。
「……申し訳ありません、お見苦しいところを――」
「いいえ。ルークがロレンス様のお役に立てて、嬉しく思います。それに……カルディス男爵のこの心配りが、今の時点では杞憂に終わってくれたことも、臣下として嬉しく思います。ロレンス様はこれからのネルク王国にとって、必要な方ですから」
クラリス様のたおやかな微笑みに、ロレンス様がちょっとだけ驚いたような顔をされた。
……やや赤面しているよーに見えるのは、泣いていたせいであろう。
もー、クラリス様ったら意外に魔性……(知ってた)
冗談はさておき、クラリス様はこう、自然体で「人に寄り添う」ことができてしまう方なのである。
俺を拾っていただいた時もそうだったし、なればこそ、お屋敷でも使用人の皆から愛されていた。思えばピタちゃんもあっという間に懐いてしまったが、ペットの地位は譲らぬ……!(ゴゴゴ……)
ロレンス様が姿勢を正し、改めて我々に一礼した。
「皆様、失礼しました。そして――ルーク様、私をここに連れてきてくれて、ありがとうございました。今の私は、なかなか気軽に外出をするわけにもいかず――私に何か起きると、兄上に迷惑がかかってしまいますので、こちらへ来るのも諦めていたのです。でも……来て良かったと思います。これで心置きなく、侯爵領へ移れます」
「それは何よりでした! そちらの品々は、このまま持っていきますか?」
「……いえ。これは今の私ではなく、将来の私に向けての備えです。手帳だけ持っていって、内容を憶えて――それ以外の品々は、もう一度、同じ場所に埋め直しておこうかと」
「わかりました! それがよろしいでしょう」
これはあくまで「備え」である。
手帳にも書かれていた通り、役立つ日など来ないほうがいいが、いざ逃亡の必要が生じた際にはまさに命綱となるだろう。
これを教訓に、おそらくロレンス様は侯爵領でも同様の措置をなさる。栗鼠の備蓄は人の生存戦略にも有効なのである。
そして我々は、手帳以外の宝物を再び埋め直し、ことのついでにと砦の石碑を見に行った。
碑文には、「第二代国王トルセン・生誕の地」的なことが書かれていた。
この廃墟が……? いや、どういうことなの……? もちろん当時は廃墟じゃなくて普通の砦だったはずだが、基本的に単なる高台の荒れ地であり、王都まではそこそこ距離がある。
ルーシャン様が「あー」みたいな顔をされた。
「思い出しました。第二代国王トルセンの母君は、身重の時に、里帰りしていた実家が火事になりましてな。それで王都へ移動中、急に産気づいて、馬車が王都まで辿り着けずに、この砦で出産をしたのです。もちろん侍女が差配したのでしょうが、史書によれば、『砦で兵の手によって生まれた王子』として、当時は少々、話題になったようですな」
わざわざ石碑作るほどか……? とも思ったが、建国から間がない時期であり、「何かしらの記念碑的なものをどんどん作ってしまおう!」みたいな思惑でもあったのかもしれない。
俺もリーデルハイン領に戻ったら、『トマト様発祥の地』という石碑を作ってもいいか、ライゼー様に相談してみよう。
発掘作業が一瞬で終わってしまい、時間もだいぶ余ったので、その後、我々は王都へと戻り、ロレンス様をルーシャン様の弟子っぽく変装させて、王都観光を楽しんだ。
春の祝祭はすでに終わっているが、日常に戻った王都もそれはそれで良い。
ついでに、リオレット陛下行きつけの「猫の足跡」という大衆食堂にお邪魔し、少し遅めの昼食をいただいた。
こちらはルーシャン様のお弟子の魔導師が、趣味と実益を兼ねて経営しているレストランであり、魔導師達のたまり場になっているそうな。
個室に通してもらったので、俺も遠慮なく席につく。
この店では、水飴と醤油で甘辛く仕上げた照焼きチキンが絶品であった! 王都グルメに舌鼓を打つルークさん、ほっくほくである。いやホントうめぇなコレ。素材が良いのか? 焼き加減も外はカリッと中はジューシー、風味付けにはこちらの世界独自のハーブも使われていそう。勉強になる。
「ルーク様はおいしそうに召し上がりますね」
「ナイフとフォークの扱いも……その……んんっ……! お、お上手です――」
ロレンス様とマリーシアさんに褒められた!
マリーシアさんのほうはちょっと笑いを堪えきれていないのだが、猫力が割と高めなせいであろうか。
猫にデレるくっころ女騎士とかお約束要素多くない? 大丈夫?
そして昼食後、我々は再び街の散策へと戻った。
女性陣の皆様が、和気あいあいとお洋服を見ている間――
俺とルーシャン様、ロレンス様の三人は、店内のベンチでちょっとだけ休憩し、この時、ロレンス様に抱っこしていただく機会があった。
ロレンス様は俺の喉元を柔らかく撫でながら、ぽつりと呟いたものである。
「……クラリス様は、聡明な方ですね」
「ごろごろごろ……はい、それはもう! なにせ我が飼い主ですから」
聡明すぎて父親のライゼー様ですら手玉にとられ、ついでに亜神と神獣も毛玉をとられている。俺もピタちゃんもよくブラッシングされている。
ロレンス様は少し眩しげに、店の窓からのどかな街の景色を覗き見した。
ちょうど正面の道を、どこぞの子供達が元気に駆け抜けていく。
「――立場上、私には同年代の友人がほとんどいません。ですから、一般的な貴族の子女がどういったものなのか、理解しているとは言い難いのですが……それでもクラリス様からは、他の貴族の子女とは明らかに違う、何か特別なものを感じます。立ち居振る舞いだけでなく、もっと本質的な……」
あらあら。おやおや。ウフフフフ……嫉妬で「フカー!」しても良いのだが、しかし賢いお子様の初々しいコイバナともなれば、さしもの狭量なルークさんであってもついつい頬を緩めてしまう。
……が、ここにルーシャン様がロマンもへったくれもない見解を重ねた。
「ふむ。それは、あるいは……『称号』の影響やもしれませんな。クラリス様はまだ子供ではありますが、こちらのルーク様との縁によって、かなり特殊な称号を得ておられます。称号持ちの人間というのは、周囲に非凡な才を感じさせることが多いのです」
「なるほど、そういうものですか……ルーシャン卿はさすが、博識ですね」
ええーーーーー。納得しちゃうの……? ロレンス様はそれでいいの……?
……まぁ、非凡という意味では、クラリス様は称号を得る前から充分に非凡であった。幼女という時点で強いのに、更に賢くて優しいとか最強である。
コイバナはともかく、ロレンス様とは良い友人になれるであろうし、この御縁は大事にしたい。
夕刻近くまで遊んでから、ロレンス様やルーシャン様達をお城へ送り届け、この日はお別れとなった。
数日後の旅路でご一緒させていただく上で、実に良い顔合わせができたと思う!
その夜、クラリス様が寝ついた後で、俺はリルフィ様とひそひそ話をした。
「……今日のクラリス様は……楽しそうでしたね……リーデルハイン邸では、年の近い友人がいませんでしたから……」
「そうですねぇ。クラリス様くらい大人びた方だと、普通の子供は、本当に子供っぽく見えてしまいそうですし……その点、ロレンス様はクラリス様と同じくらい賢いので、会話のテンポが合いやすいのでは、と思いました」
「……ルークさんも、ロレンス様のことはだいぶお気に入りのようですね……?」
「はい。私は基本的に、話の通じる方とか謙虚な方とか、あと誠実な方には好意を持ちやすいです。リーデルハイン邸の皆様もそうですし、ルーシャン様達も同様ですね」
「……すみません……ルークさんは……その……若くて可愛い女の子に、甘いものだとばかり……」
「……否定はできませんけど、ライゼー様とかヨルダ様とかクロード様にもちゃんとなついてますよ?」
あとウィル君とかオズワルド氏とかリオレット陛下とか、ちゃんと男性陣にも配慮しているはずなのだが、リルフィ様の眼にはまだ、俺が美人にひたすら弱い邪で狡猾な淫獣に見えているのだろうか。そのとおりです。(素直)
リルフィ様は、枕元で丸まった俺の背を撫で、ぽつりと変なことを仰った。
「……もし、何年後かに……クラリス様に、他家へ嫁ぐ縁があったとしたら……その時、ルークさんはどうされますか……? 飼い主たるクラリス様についていくのか、それとも、リーデルハイン領に残るのか……」
……ルークさんは飼い主に似て賢いからわかる。
今、俺は答え方を間違えると悲劇を生む系統の分岐に直面した。眠いからといって油断してはいけない!
リルフィ様はたおやかに微笑んでおられるが、眸の奥でハイライトさんがデスマーチの残業中……
ここに軽い気持ちで仕様変更や追加の業務をぶち込むと、それこそ目も当てられない惨劇が訪れてしまう……!
「その時になってみないとわかりません! とはいえ、新婚さんのご家庭に紛れ込むのも心苦しいので、おそらく基本的には領地に残りつつ、週一くらいのペースで行き来する感じになるかなー、と予想しています」
いわゆる「実家の猫」的な立ち位置である。
実家の猫はそんな頻繁に移動しないが、クラリス様にスイーツをご提供する役目だけは、ペットの責任として放棄できぬ。
かといってリルフィ様から離れるというのも、ちょっと、その……(保護者的な目線で)そこはかとない不安が……?
一応は及第点の回答だったのか、リルフィ様はくすりと微笑んで、俺を胸元に抱え込んだ。にゃーん。
「……困らせてしまいましたね……でも……少しだけ、ほっとしました……私はもう……ルークさんのいない生活なんて、考えられないので……」
……日々のスイーツご提供が効きすぎたかな……?
いずれにしてもまだまだ先の話であるし、そもそも俺にはトマト様の布教という崇高な使命がある。この大事なお役目を途中で投げ出すわけにはいかぬ!
そして俺は、トマト様の豊作を夢見ながら、この夜もぐっすりと安穏たる眠りについたのだった。