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84・侯爵邸の夜会


 この日の夜会の主催者、アルドノール・クラッツ侯爵は、軍閥のトップである。

 とても偉い人である。

 位としては彼より上の「公爵」が数人いるし、絶対的な権力者というわけではないのだが、なにせ「軍」という国防の要を掌握(しょうあく)しているため、実権がでかい。

 そしてクーデターとか起こす系の性格でもなく、いたって常識的なお人柄であるため、諸侯からの信頼もそこそこ厚い。

 見た目もなかなか威厳あふれるおっさんである。オールバックの黒髪に、きちんと整えられた口髭、さらにカッチリとした軍人の礼服。これぞ「軍閥!」という佇まい。

 なお、ステータスはこんな感じ。

--------------------------------------------

■ アルドノール・クラッツ(52) 人間・オス

体力C 武力C

知力B 魔力D

統率B 精神C

猫力 61

■適性■

政治B 用兵B 兵站管理B 馬術C 槍術C

---------------------------------------------

 大将軍とか名軍師とか、そういった傑物ではないようだが、そこそこ平和な国の軍務職としては過不足なく、充分に逸材であろう。

 特に「兵站へいたん管理」というのが良い。実にルークさん好みの適性である。兵站は大事。食料の確保はすべてに優先される。


 そのアルドノール侯爵の王都における邸宅は、城からちょっと離れた郊外にあった。

 三階建て+中央に物見の塔を備え、屋上にも弓兵が上がれる仕様となった、まるで砦のような豪邸である。

 実際、「老朽化した砦」を改装したらしく、「天災などで城が使えなくなった場合には、この侯爵邸を臨時の司令部として活用する」という役割も備えているらしい。

 しかしぶっちゃけ、想定しているのは天変地異よりもクーデターへの対応であろうか。

 ひとまず今回、王位を巡っての内乱は避けられたわけだが、長い目で見れば将来的には何か起きるであろうし、過去にもいろいろあったことは想像できる。


 さて、今宵の夜会は、この邸宅の庭に面した大広間で行われる。

 広間にはシャンデリア風の魔道具の照明がいくつも吊るされており、全面にわたってかなり明るい。

 夜風にあたれるよう、テラスにも複数の椅子とテーブルが用意されており、なかなか良い雰囲気である。


 一口に夜会といっても、その中身は晩餐ばんさん会、舞踏会、音楽会、夜のお茶会など、いろいろあるようだが、今夜は「舞踏会」を兼ねた懇親会とのことだった。


 立食形式で酒はそれなりに、軽食はおつまみ程度に用意されているが、いわゆる晩餐は出ないため、皆、夕食を食べてから来ている――はずなのだが、きついドレスを着られるように晩飯抜きで来ている御婦人方もそこそこ多いと思われる。


 夜会の出席者はおよそ三百人以上。

 軍閥の貴族の当主や官僚だけでなく、その奥さんや息子さん、娘さんなども大量に来ている。しかし、他派閥からのゲストは少数の模様。

 嫁探し、婿探しの場みたいな側面もありそうだが、うちのクラリス様とリルフィ様によこしまな目で近づく不埒ふらち者にはルークさんが容赦せぬ。ツメはしっかりいでおいた。


「……ルーク。何かあっても引っ掻いちゃダメだからね?」

「……にゃーん」


 クラリス様に釘を刺されてしまった。

 ……まぁ、いい子にしていないとリーデルハイン家の家名に傷がつく。ペットは飼い主に似るとも言われるし、俺の振る舞いがクラリス様達への印象にも影響を与えると思えば、決して迂闊な真似はできぬ。

 頑張って愛想笑いを浮かべると、クロード様に頬肉をむにむにとほぐされた。


「……ルークさん、表情が出てます。普通に、猫っぽくお願いします……」


 ……い、意外とむずかしい。


 どうにか虚無のすまし顔を頑張り、リルフィ様に抱えられて会場入り。

 さすがは軍閥の夜会、一見して軍服率がそこそこ高い。クロード様と同じく、士官学校の制服姿の人も幾人か見受けられる。

 領主課程に属するお仲間はおそらくほとんど揃っているはずで、クロード様と目配せをしたり、ちょっと手を振り合ったり、仲は良さげだ。

 ただ、それぞれが自身の父親と一緒に挨拶回りに忙しく、「ゆっくりご歓談」という雰囲気ではない。

 我々もライゼー様に付き従い、有力な伯爵・子爵勢と会っていき――


 一時間ほど経って、挨拶回りが一通り済んだ頃、別室に待機していた「軍閥」以外のゲスト勢のご登場となった。

 司会のおねーさんが、魔道具の音響機器を通して声を流す。


『さて、お集まりの皆様。今宵の夜会には、特別なお客様をご招待しております』


 楽隊による優雅な音楽が響き、大広間への入り口に照明があたった。

 そこから腕を組んで現れたのは、二人の美女!

 かたや銀髪、かたや黒髪の美少女拳闘士、ノエル先輩とユナさんである。

 どちらも筋肉質なため、他のご令嬢達とは少し違った存在感を放っているが、プロポーションは抜群に素晴らしく、ドレスもとてもよくお似合いである。


『戦乙女の園よりお招きいたしましたのは、無敗の絶対王者、ノエル・シルバースター様。そして王国拳闘杯決勝にて、ノエル選手と激戦を繰り広げた挑戦者、ユナ・クロスローズ様――この場には、当日、あの試合を観戦されていた方々も多いことでしょう。盛大な拍手にてお迎えください』


 音楽をかき消すほどのどよめきと拍手が、大広間に響く。やはりこの国におけるボクシングの人気にはずば抜けたものがある。

 ノエル先輩は余裕の微笑で手を振っておられるが、ユナさんにとってはこれが夜会デビュー。ガッチガチに緊張しているのが丸わかりである。

 いかにも初々しくてキュンとくるが、しかし本人は必死であろう。ちょっと気の毒。


 お二人は主催者であるアルドノール侯爵の元へ歩み寄り、そこで傍に控えた。

 ゲストの紹介が続く。

 他の派閥の公爵、侯爵、伯爵が数人、そして魔導閥からは我らが宮廷魔導師ルーシャン様!

 アイシャさんも他の弟子とともに後ろに連なっている。

 そして最後に出てきたのが、リオレット陛下とアーデリア様。

 素性を隠しているアーデリア様に個別の紹介はないが、ほとんどの貴族は、既に彼女の顔と名前をご存知だ。社交の季節も既に終盤であり、各貴族のパーティーその他にも、お二人は顔出しをされていた。

 それに加えて貴族間の情報交換も進んでおり、的外れな推測や噂話も含めて、「リオレット陛下に謎の多い恋人がいる」というネタはもう広がりきっている。


 アルドノール侯爵がリオレット陛下の前に膝をつき、招待へ応じていただいたことへの礼を述べる。

 そしてリオレット陛下がその手を取って侯爵を立たせる。

 この一連の流れは儀礼的なモノで、こうした夜会でのお約束らしい。皆が拍手するのにあわせて、ルークさんもつい肉球を叩きあわせた。

 慌ててリルフィ様が俺の手を掴む。

「……ル、ルークさん、あの……」

 やべ。ユナさんが言ってた『たまに猫っぽくない』とはこういうことかっ……!

 空気を読む、その場に合わせる、長いものに巻かれる――ルークさんが前世で磨き上げてきた処世スキルが、獣と化した今もなお、業としてこの身に宿っているというのか……

 幸い我々は壁際にいたため、誰にも気づかれてはいない。が、夜会の間はことさらに無我の境地を保つ必要があろう。


 反省して猫っぽく毛繕いをしているうちに、いよいよ夜会が始まった。

 そこかしこで会話の輪が生まれ、楽隊の演奏をバックに中央のスペースで陽キャどもが踊りだす。ククク……陽キャめ……優雅だな?(褒め言葉)


 ダンスが始まってすぐ、我々の前にも見知らぬオスが現れた。


「バラーク子爵家の次男、ゼリオと申します。リルフィ様、ぜひ私と一緒に踊っていただけませんか?」

「……ごっ……ごめんなさい……私、ダンスは苦手でして……この子もいますので……」


 ルークさんは盾である。

 かつて古代エジプトに侵攻したペルシア兵は、猫を信奉するエジプト兵への盾として、「盾に猫をくくりつけ、エジプト兵からの攻撃を封じる」という、神をも恐れぬ悪行をなした。

 それとはだいぶ様相が違うが、今のルークさんはリルフィ様を守る盾となる!

 ……傍目はためには邪魔なペット扱いであろうが、細かいことは気にしない。


 その後も幾人か声をかけてくる者はいたが、リルフィ様はきちんとお断りできた。

 これはとんでもない成長である。以前のリルフィ様であったら、口ごもって何も言えず、震えながら泣き出してしまっていたやもしれぬのだ。昨夜のアイシャさんのご講義の賜物であろう!


 声をかけてくる陽キャどもは、リルフィ様のお美しさに眼がくらんだのはもちろんだが、同時に『リーデルハイン家』に価値を認め、近づこうとしている方々でもある。

 家を継げない次男坊、三男坊が、リーデルハイン家への婿入りを狙って、というパターンもあるだろうし、逆にリルフィ様をめとることで縁戚に、みたいな例もありそうだが、いずれにしても現時点では我が家にとって好意的な方々であり、あまり敵視するわけにもいかぬ。

 ……とはいえ、精査するとただの女好きの遊び人とか、良からぬ心算で近づいてくる輩も混ざっているのは間違いなく、とりあえず「全員お断り」という方針に変更はない。


 そうこうしているうちに、アイシャさんとルーシャン様、弟子の皆様が続々と合流してくれた。

 これでリルフィ様はもう安心である。

 これにあわせて、クラリス様も近い年齢のお友達を見つけて移動し、クロード様も士官学校の御学友達と合流した。クラリス様には念のため、竹猫さんを護衛につけたが、まぁ大丈夫であろう。


 合流したルーシャン様は、リルフィ様から手渡された俺を抱えてご満悦。

 「会場に猫を見つけて、たまらず近づいた」という設定であるが、これは既定路線だ。

 亜神たるルークさんはこの会場内における最重要動物であり、その加護を受けるリルフィ様も超重要人物である、というのがルーシャン様達の見解らしい。

 そんなんじゃないです、とは重ねて申し上げているのだが、この場でリルフィ様を守護していただけるのはありがたいので、ご厚意には甘えてしまう。


 ……あとぶっちゃけ、現在のルーシャン様は「リオレット陛下のお供として、軍閥のパーティーに出た」という友好実績解除を必要としてはいるのだが、一方で「軍閥のその他の貴族と、あまり親しくなりすぎるのも良くない」という微妙な立ち位置であり、「夜会にはちゃんと出たけど、ずっと猫をかまってました!」というのは理想的な落とし所なのだとか。

 トリウ伯爵あたりもぜんぶ計算ずくで「できれば猫を連れてきて」とライゼー様にご依頼した模様。これは『じんぶつずかん』情報である。


 そんなわけでルーシャン様に抱っこされ、いいように撫で回されながら、俺は皆様の魔導師的な会話をぼんやり聞いていた。

 周囲が魔導師ばかりなせいか、リルフィ様も心なしか、リラックスされているように見える。口数は決して多くはないが、アイシャさんが上手く会話を回してくれているし、ルーシャン様も孫達を見守るおじーちゃん的な立ち位置でニコニコされている。


 ルーシャン様のお弟子からこの夜会に来ているのは、アイシャさん以外に三人。

 一人目はマリーン・グレイプニルさん。子爵家のご令嬢で十六歳。気が強く、言葉遣いも少々厳しいのだが、高貴で華やかな純度の高い世話焼き系ツンデレである。


 二人目のお弟子さんはナスカ・プロトコルさん。プログラマーさんがぴくりと反応しそうなファミリーネームであるが、このプロトコル家は貴族ではないものの、代々、学者を輩出している優秀な家系らしい。

 研究だけは熱心に着実にこなすが、日常の性格は無口、無愛想、怠惰、無気力と、非常にマイペースな御方である。

『じんぶつずかん』情報によれば年齢は二十歳らしいのだが、背も低く、見た目はせいぜい十五歳くらいにしか見えぬ。

 かといって子供っぽいわけでもなく、なにやら超然とした、年齢不詳の賢者のよーな佇まい……

 

 最後の一人、フォルテン君は、リオレット陛下の助手というか、小姓のような立場の少年である。彼だけは今も陛下の傍に待機しており、ルークさんの視界にもさっきからちょくちょく見えている。

 王様はこういう場ではあまり動き回らず、一箇所にとどまって次から次へとやってくる貴族達に対応するものらしいので、夜会中にこちらへ来ることはなかろう。


 見た目がツンデレのマリーン様は、いかにも子爵家の令嬢らしく、話題の振り方にもそつがなかった。


「リルフィ様は、ドラウダ山地の近くにお住まいなのですよね? あのあたりでは希少な薬草も採れると聞きます。薬学の研究には、便利な土地なのでしょう?」


 田舎とバカにしているわけではない。マリーン嬢のご実家も僻地の子爵家であり、むしろ似たような境遇に親近感を持っているご様子である。

 この方、同僚達相手にはがっつりとツンデレ気質なのだが、初対面の貴族、しかも同性相手にはさすがにTPOを心得ており、アイシャさんよりよほど常識人といっていい。


「……そう、ですね……研究というほどのことはしていませんが……魔法水の製作に使う、ホタル草や月見苔の自家栽培はやっています……少し気を抜くと全滅してしまうのですが……すぐに山で採取し直せるので、その意味では助かっていますね……」


 ナスカさんがぼんやりした眼でリルフィ様を見上げる。


「月見苔の栽培は……国内では、まだ成功例がなかったはず……?」

「はい……成功しているとは言い難いです。まだ条件を探っている段階ですし……最長で二年ですね。よく枯らしてしまいます……」


 ルーシャン様が、ほう、と唸った。


「いやいや、二年もたせたというのは素晴らしい成果ですぞ。あれは採取しても、せいぜい一ヶ月で枯れてしまう難しい植物です。山地の、それも清流の岩肌でしか育たず、一説には、水の精霊が通った跡にしか生えぬという伝承まであるようですが……」

「増やすのは、そこまで難しくはないんです……ただ、生息地と同じ水を使わないといけないみたいで……違う場所の地下水や雨水などを使うと、すぐに枯れてしまいます……あと、日光にはなるべくあてず、そのかわり、月の光にしっかりあててあげると……増えやすいみたいです……これは、伝承にも触れられている通りですね」

 アイシャさんが手を叩いた。

「あ! だから『月見苔』なんて名前なんですね。納得しました!」

「それを実証できたというのは大切なことです。月見苔の栽培は、月明かりがどうこう以前の問題でしたからな。なるほど、課題は水でしたか……」

「……はい。水の中のどんな成分が、どう影響しているのか……できればそれを突き止めたいのですが……まだ、至っていません……あと……」


 貴族の夜会というより魔導師の交流会みたいになってしまったが、リルフィ様が楽しそうならばそれでヨシ!

 頬を染め、一生懸命喋っておられるリルフィ様はとても尊い。この御姿を見られただけで、ルークさんとしては王都へ来た甲斐があったというものである。……ペットのくせに保護者目線だな?


 その後も寄ってくるオスはちらほらといたが、ルーシャン様達が傍にいたためか無礼を働く者は一人もおらず、この夜の夜会は滞りなく進んでいった。

 

 ……少なくとも、表面上は。


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― 新着の感想 ―
ただの猫好きおじいちゃんが居たってことにするわけね
[良い点] 最後の一言がとても気になります! [一言] いつも楽しく読ませて頂いてます。
[一言] リーデルハイン家に婿入りしても嫡男居るから結局は追い出されるよね、南無
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