82・貸衣装屋の接近遭遇。
「ちゃーす、暇してるぅー?」
「接客中。仕立て直しは終わってるから、ちょっと待ってなさい」
常連っぽい陽キャが来た。
店の奥のメイドさんから冷たい声を返されつつ現れたのは、銀髪ショートで軽装の体育会系美女……って、俺、この人見たことある! 有名人!
声を聞いたユナさんも一瞬、カーテンの向こうから顔を出す。
「あ、ノエル先輩……」
「あれ? ユナだー! なになに、ドレス借りたの? どんなの? 見せてー!」
「待ってください、着替え中です!」
間髪をいれず、半裸のユナさんに飛びつく女子王者!
彼女のお名前はノエル・シルバースター。
女子の拳闘において無敗を誇る王者であり、王都では至るところに彼女のポスターや広告が貼られている。
王都の観光中、アイシャさんに連れられて行った拳闘観戦でも、このノエル先輩の試合を見たのだが……あまりに圧倒的すぎて、対戦相手が気の毒であった。
しかしこうして街中で見ると、いかにも陽気で人懐っこく、筋肉質ではあるがどこか可愛らしくさえ見える。
……で、「可愛い」では済まないのが『じんぶつずかん』情報。
----------------------------------------------
■ ノエル・シルバースター(21) 人間・メス
体力A 武力A
知力C 魔力B
統率C 精神B
猫力88
■適性■
拳闘術A 闘舞A 社交術B 指導B 地属性C
■特殊能力■
・フラッシュカウンター ・星の眼
■称号■
・白銀の拳聖
-----------------------------------------------
……ヨルダ様に匹敵する戦闘力評価!
やはり無敗の王者は伊達ではない。
以前に超越猫さんから聞いた感じでは、「武力Aはその国で十指に入る強者、あるいは大きな闘技場のトップ3」とかが該当しやすいらしい。
その説明通りの表記ではあるのだが、後輩のユナさんに嬉々としてじゃれついている姿は、なんだかあまり王者っぽくない……
無敗の天才王者なんていう立場だと、「孤高」とか「冷酷」とか「無慈悲」みたいなイメージを伴いがちだが、このノエル先輩は真逆の陽キャである。どちらかゆーと子供っぽい印象すらある。
「あれ? アイシャもいるじゃん。何してんの?」
「どうもー。ユナの付き添いですー」
わざとらしい笑顔で応じながら、アイシャさんは俺とリルフィ様の前に立ち――ノエル先輩の視界から、さりげなく俺達を遮った。いえ、隠せないと思いますけど……?
案の定、直後にノエル先輩が歓声をあげる。
「あーーっ! 猫! 猫さんがいるっ!? えっ、そっちの子ってアイシャのお友達? 猫さんかわいいー! すっご……わっ、この猫さん、ほんとにかわいくない? なんか他の子と違う! あっ、こっちのちっちゃい子もすごいかわいい! どこでさらってきたの? 身代金目当て?」
俺とリルフィ様とクラリス様に忙しく視線を移動させつつ、ノエル先輩はきゃーきゃーとやかましい。トークの勢いがまさに陽キャのそれである。落ち着け王者。あと誘拐ではない。
ドレスのレンタル手続き中のユナさんが、ちょっと怒った声を寄越した。
「ノエル先輩、初対面の人に迷惑かけないでください。そちらはうちの工房のお客様で、貴族の方々です」
「あっ、ごめんなさい! えっと……ノエル・シルバースターっていいます。二人は、ユナとアイシャの友達?」
にっこりと人懐っこく笑う天才王者。
クラリス様とリルフィ様が、ぺこりと一礼した。俺は無言でただの猫のふり。
「はじめまして、クラリス・リーデルハインです。こちらは従姉妹のリルフィ・リーデルハイン。ノエル様のご高名は、かねがねうかがっております。お会いできて光栄です」
ノエル先輩はクラリス様の前にしゃがみこみ、犬猫に挨拶をする時のように両手をとった。
「わっ! 賢そう!? アイシャ、この子、アイシャより賢そう! すごいしっかりしてる!」
「……そうっすね。ノエル先輩よりも全然賢いですよ……」
「やっぱりー? でもボクシングなら私のほうが強いよね?」
「マウントのとり方が獣レベルなの自覚してます?」
アイシャさんの毒舌がキレッキレである。どうやら相当、仲は良いらしい。
「よろしくねー、クラリス様、リルフィ様! あと……猫さん! お名前は?」
まさか俺が答えるわけにはいかぬ。かわりにリルフィ様が、勢いに圧倒されつつもおどおどと答えてくださった。
「……あの……ルークさんといいます……」
「へー、ルークさんかぁ。ちょっとだけ、抱っこさせてもらってもいい?」
すっごい眼がキラキラしている……
それもそのはず、ノエル先輩の猫力は88。ルーシャン様やリルフィ様には及ばぬが、かなりの猫好きさんだ。
猫の端くれとして、多少のサービス精神は発揮すべきであろう。抱っこくらいは問題ない。助平心ではない。相手が美人さんだから、という理由は否定せぬ。
「にゃーう」
「あはっ♪ 人懐っこーい! いい子だねー!」
体温高っ。非常に温かいが、これは魔力持ちゆえであろう。
お胸に埋もれるよーに抱っこされて、間近で見つめられること数秒。
――ノエル先輩は、くりくりした眼を見開き、不思議そうに首を傾げた。
「……ねぇ、この子さー……何日か前、王都上空で、猫の大軍を指揮してた子に毛並みが似てない?」
場の空気がぴしりと凍った。
……ノエル先輩は、陽キャの癖に細かいことを気にする……(カタカタ)
「……私、めちゃくちゃ眼が良くてさ。あの日、空いっぱいに急に現れた猫さん達に、もう完全に見惚れちゃって……特にあの、マントを羽織って帽子をかぶったキジトラ柄の猫さん……! 顔の大きさといい手足の短さといい、丸々とした体型が、もうほんと理想的なかわいさで……」
お胸に埋もれた俺の頬肉をむにむにと指先でいじりながら、ノエル先輩はにこにこと……何やら確信に満ちた眼差しで、こちらの眼をじっと覗き込んでくる。
……にゃーーーーーん。
肉球から冷や汗ダラダラで毛を逆立てていると、アイシャさんに首根っこを掴まれて引き上げられた。ぐるるるる。
「もー、急に何言ってんですか、ノエル先輩。先輩がヤバい顔するから、猫ちゃん怯えちゃったじゃないですか。かわいそーに。ほーら、よしよし。こわかったねー。こわいおねーちゃんだったねー。もう大丈夫だからねー」
あやし方がとてもわざとらしい。全力でごまかそうとしているのは理解できるが、逆効果ではあるまいか?
ノエル先輩がけらけらと笑った。
「あはは、ごめんごめん。あんまり毛並みがよく似ていたから、ついね。でも……」
アイシャさんに抱っこ(保護)された俺に、ノエル先輩が猫のような眼で笑いかけた。
「本当に本人かどーかはともかくとして……ルークさん、ありがとね。みんなを助けてくれて――お礼に、何か私にできることがあったら、遠慮なく頼ってくれていいから」
そう言って、ノエル先輩は……あろうことか、俺の額に軽くキスをした。
びっくりして思わず眼を見開いてしまうルークさん。
びっくりして「うわぁ」みたいな困った顔をするアイシャさん。
びっくりしてハイライトが消失するリルフィ様。
いたって平静で思案顔なクラリス様。
ちょうどそこへ、レンタル手続きを終えたユナさんが荷物を背負い戻ってきた。
「リルフィ様、クラリス様、お待たせしました。えっと……ノエル先輩は、この後、どこかでお茶でもしていきます?」
ノエル先輩は軽く手を振る。
「今日は先約があるからパス。明日のアルドノール侯爵邸の夜会には、ユナも出るんでしょ? ちゃんとエスコートしてあげるね!」
「……先輩と一緒だと、すごい目立つんで……ちょっと考えさせてください」
「ユナさぁ……去年までならともかく、王国拳闘杯の準優勝まで行ったら、さすがにもう目立つのは避けられないよ? そこは諦めな?」
「いえ。諦めの悪さが私の武器ですから」
リングの上ではかっこいいセリフなのだろうが、この場面でその返しはちょっとどうか。
その後、我々一行はそそくさと貸衣装店を後にした。
街を横目に歩きながら、アイシャさんが溜息まじりにぽつり。
「……ルーク様。あれ、バレてますよね?」
「……はい。完全にバレてると思います……」
認めざるを得ない……
俺の毛並みや体型だけが判断の根拠ではなかろう。
アイシャさんはお疲れ気味の表情である。
「ノエル先輩は動物じみたところがあるので……ルーク様の称号の『獣の王』のほうに反応したかもしれませんね……」
「それはないと思いますけど、うちのヨルダ様も、私のことを初対面の時から警戒していたようです。やはり戦闘能力が卓越している方は、そういう勘が働きやすいのかもしれません」
ユナさんがきょとんとして、何かを言い淀んだ。
その反応が気になり、俺は彼女に視線を向ける。
「ユナさん? 何か思い当たる節が?」
「……あー。ええと……あの、そもそもルークさんって、普通の猫とはちょっと違うので……お店で見かけた時点で、私も『変だな』って思ってましたし、バレる人には普通にバレると思いますよ?」
なんですと。
「それはつまり、『ユナさんも強者だから気づいた』とかではなく……?」
「そういうのじゃないですね。ルークさんは、見た目は猫なのに挙動がたまに猫っぽくないというか……商品を眺めている時の真剣な顔つきとか、人の話に相槌を打つタイミングとか、ちょっと眼があった時に会釈が返ってきたりとか、まわりの人達に目線で相談してる感じがしたりとか……一番、『あれ?』って思ったのは、考え込む時、口元に肉球をあてて、首を傾げるとこですね。仕草と表情が妙に人間っぽいんですよ。あと、興味がある話題だと露骨に眼がキラキラしますし」
……………………ルークさん、愕然。
クラリス様とリルフィ様は「あー」みたいな納得顔であるが、俺にとってはすべて完全に無意識の仕草である……! そんなことになってた!?
リルフィ様に抱っこされた俺の喉を撫でながら、ユナさんは苦笑い。
「ノエル先輩はただでさえ猫好きだから、普通の猫との違いにはすぐ気づいたと思いますよ。私もモーラーを飼ってるから、ルークさんの挙動が普通の猫と違うのは、すぐにわかりました」
クラリス様も頷く。
「うん。普通の猫は、額にキスなんてされても、あんな風にびっくりしないよね。嫌がって逃げるか怒るか、まったく気にしないか……逆に甘える子もいそうだけど、さっきのルークみたいな反応はしないかな、って」
「……そうですね……ルークさんは……少し……かわいい女の子に、反応しすぎだと思います……」
リルフィ様がほんのちょっぴりお怒りである……あくまでほんのちょっぴり(致死量)
集中砲火を受けて手負いのルークさんは、カタカタと震えながら虚無のお顔に転じた。
今まで、ちゃんと猫っぽくできていると思っていたのに……! そう思っていたのは、もしや俺だけだった……?
ルークさんは必死に自分へと言い聞かせる。
猫だ……猫だ……お前は猫になるのだ……
「あ、それ! その表情なら大丈夫ですよ、ルーク様。何も考えてない感じがにじみ出てます!」
…………ほんとに? 気休めじゃなく? ちゃんと猫になれてる? アイシャさん、この場限りの慰めの嘘とかついてない?
クラリス様が俺の尻尾を撫でた。
「大丈夫だよ、ルーク。少しくらい違和感があっても、かわいければだいたいごまかせるから」
そして真顔でサムズアップ。
……それはクラリス様なみの可愛さがあって初めて許される危険思想ではなかろうか?
明日の夜会へのそこはかとない不安を抱えつつ、俺は改めて「猫」たる我が身を省みて、猫仕草の完全なる習得を心に誓ったのであった。
いよいよ二巻の発売日が近づいてきまし……あ、早いところだともう並んでいるようです……?
また「コミックポルカ」でのコミカライズもちょうど本日からスタートとなりまして、さっそく一話が掲載されています。
こちらの担当は三國大和先生!
https://www.hifumi.co.jp/pickup/nekomadoushi
上記の書籍情報からも飛べますので、小説版ともども、これからもぜひよろしくお願いします。