79・起業猫の憂鬱
ライゼー様がホテルにお戻りになられたのは、夜遅くになってからだった。
だいぶお疲れのご様子であったが、重要なお話である旨を告げると、寝る前のお時間をいただけた。
そして晩餐は他の貴族家で済ませていたので、「おつかれさま」の意志を込めて追加でお好みのデザートのみをご提供する流れに。
「以前に食わせてもらった『梨のレアチーズタルト』……あれの、他の果物を使ったものなどはあるか?」
「そうですね。イチゴ、ブルーベリー、ラズベリー……あ、それらを混ぜたミックスベリーという選択肢もあります。それからオレンジ、グレープフルーツ、桃、リンゴ、ぶどう、レモン、柚子、栗、洋梨、バナナ、キウイ、マンゴー、パパイヤ……」
ライゼー様が頰を引きつらせた。
「待て待て待て。わかった。たくさんあるのはわかった。ちょっと想定外だ。せいぜい五種類くらいかと……」
ライゼー様が戸惑われるのも無理はない。
具の変化以外にも、ベースがチョコレートだったり抹茶だったり、あとチーズの味も店ごとに違ったりしたわけで、前世のスイーツ文化は本当に多彩であった……
ヨルダ様がおかしげに笑う。
「じゃ、ルーク殿のおすすめを頼みたい。俺はさっぱりしたのがいいな。ライゼーはどうだ? 気になりそうな味はあったか?」
「いや、ヨルダと同じのでいい」
というわけで、本日は「レモンと柚子のレアチーズタルト」をご提供。
レモンのレアチーズはもう定番といってよかろう。チーズとレモンの相性は素晴らしい。ここに柚子の香りとピールを付加することによって、さらに香り高く、味わいも深くなる。
もちろんクラリス様達もご一緒だ!
一口召し上がるなり、ライゼー様は満面の笑み。
「……なるほどなぁ。この爽やかな風味と独特の苦味……チーズとレモン、それに『柚子』……混ぜるとこうなるのか。ルーク、確かこの柚子については、うちの庭でも栽培可能かどうか、実験中だったな?」
「はい! ただ、前世では実がなるまでにとても時間のかかる果物だったので、うまくいくかどうかは不明です。トマト様と違って、こちらは成否が判明するまで数年単位で考えていただければと……」
そう。ルークさんは、この王都へ旅立つ前に、リーデルハイン邸内の実験畑にいくつかの作物を植えてきた。
それらの世話は現在、庭師のダラッカ老人におまかせしている。つい先日、暗殺者から足抜けしたシャムラーグさん達も陣営に加わった。
柚子については、もし栽培に成功すれば……食品への加工だけではなく、リルフィ様のお仕事である『香水作り』にも役立てていただけるのではと期待している。
他にも有望そうな作物をいくつか育てているが……トマト様より影響ヤバそうなのは、せいぜい四種類くらいである。けっこうあるな?
さて、レアチーズタルトを食べながら改めてご相談!
いただいてきたサンプルの端切れに触れながら、ライゼー様は思案顔。
「……完全防水で印刷すらできない紙、か。長期の日差しには弱いが、これで袋を作りたいと……ふむ。強度は問題なさそうだが……」
「触った感じでは、かなり強そうですよね。ハサミやナイフでなら切れると思いますが、いわゆる『紙』というイメージは捨てたほうがよろしいかと。たぶん、一般的な布よりも頑丈です」
ヨルダ様が口笛を吹いた。
「こいつはすさまじい。まあ、紙も布も植物の繊維には違いないか。なのにコストが安め、と……他の使い道もありそうだな? 服の生地にするには、ちと着心地が悪そうだが――」
「服はさすがに難しいでしょうし、まだ思いついていませんが、用途はいろいろあるのではと期待しています! ちょっと大きめの工房を作って量産化し、将来的にはトマト様以外の、他の特産品の輸出にも流用したいです」
ライゼー様が深く頷いた。
「方針に異論はない。あとの課題は予算だな……ルーク、そのクイナという職人と相談して、必要な資材、設備の調達にどれくらいかかるか、確認しておいてくれ」
「承りました! とりあえず費用がかさみそうなのは紙の製造機です。これは魔道具なので、ルーシャン様にも伝手を聞いてみます。それから原料となる草は、そもそも雑草扱いで市場に流通していないようなので、領内でも栽培したほうが良いかと。これは植物の種類を把握してからですが、いずれにしてもいろんな検証を済ませる必要があるので、話が具体化するのは数ヶ月先だと思ってください」
「わかった。まだまだ概算も見えにくい段階だな。一応、栽培に適した土地の条件は把握しておいてくれ。帰ったら準備に取り掛かろう。ただ……リーデルハイン領に帰るのは、予定よりも遅くなりそうだ。今日、追加の仕事が入ってな」
はて? 追加のお仕事? 社交の季節はもうじき終わりでは?
俺が首を傾げていると、ヨルダ様が片目を瞑った。
「まだ内々の話だが、アルドノール侯爵の領地まで、ロレンス様と正妃ラライナ様を送り届ける役目を仰せつかった。侯爵はリオレット陛下の周辺が落ち着くまで、当分は王都から離れられんし、ライゼーに頼むってのは人選として妥当なところだろう」
「お二人とその従者達を送り届けた後で、我々もそのまま帰路につく。つまりロレンス様達の予定に合わせて、王都からの出発を少し遅らせ、さらに帰り道が遠回りになるという話だ。ルーク達はどうする? リーデルハイン領には空路でいつでも帰れるようだし、別行動でも構わんぞ」
一瞬考えたが、もちろんお返事はこうである。
「いえ、それは私もご一緒させていただきます!」
ここでライゼー様に万が一のことがあっては、後悔してもしきれない。レッドワンドも不穏なままだし、この世界では魔獣の襲撃なども有り得るのだ。
あと……個人的には、折を見てロレンス様にちょっと媚びを売っておきたい。
これから予定通りに事が進めば、あの子が次期国王である。正妃様は怖いが、あの子はいい子。トマト様の市場たるネルク王国の安寧のためにも、積極的に保護したい。
そのまま正体を明かすかどーかはさておき、『猫の精霊』のふりをしてこっそり接触しておくのも悪くない。信頼できる権力者とのパイプは大事である。
というわけで今後の予定としては、
①クイナさんのクロスローズ工房で、ペーパーパウチの研究と安全性の検証。うまくいきそうなら、量産に向けた設備の注文も視野にいれ、必要な予算を検討する。
②アルドノール侯爵の領地へ移動するロレンス様の警護。
こんな感じか。
はやくリーデルハイン領へ戻って、トマト様のお世話に邁進したいものである。転生して初めて、留守中の畑の様子が気になる農家の皆様の心持ちを理解できた。
「あ、それと工房への泊まり込みはいいんだが、明後日の夜だけは、クラリスとクロードをこっちに貸して欲しい。アルドノール侯爵の邸宅で夜会があって、軍閥の貴族が勢揃いするんだ。今年はリオレット陛下やルーシャン卿もおいでになるだろうし、ルークとリルフィも参加してみないか?」
「あはは。猫はさすがに無理でしょう」
ご冗談かと思ったら、ヨルダ様がにやりと笑った。
「犬はだめだが、猫なら前例もある。おとなしい猫に限るし、騒いだら隔離されるだろうが、今回は間違いなく通るぞ。なにせルーシャン卿がゲストだから、実はトリウ伯爵からも『都合がつけばあの猫も』と、直々に誘われている」
にゃーん。
……確かに、会話の席に猫がいると場が和む。正妃様のような猫嫌いの方は嫌がるだろうが、メインのゲストがルーシャン様であるならば、会場に猫の一匹や二匹は置いておきたいところであろう。
リルフィ様が俺の背中を撫でた。
「……あの……ルークさんが参加されるなら、私も……せっかく、ドレスも作っていただきましたし……」
トリウ伯爵のお屋敷で一泊した際、お召しになっていたあの青いドレス――あの夜のリルフィ様は、ひときわお美しかった……!
人見知りが激しく引っ込み思案なリルフィ様であるが、王都での試練の日々(※外出)を経て、少しだけ前向きになられたよーな気がする。
二つ目のレアチーズタルトを頬張っていたアイシャさんが、ここで「あ」と声をあげた。
もう夜なのにまだ帰っていない……のではなく、アイシャさんはしばらく亜神の接待担当になったらしく、今夜も我々と同じ部屋に泊まる予定である。レッドワンドでの人質救出作戦以降、日々の飲食を目的に完全密着されている。
「忘れてました。その夜会、アーデリア様も出るらしいです。リオレット様に悪い虫が近づかないように、っていう配慮らしいんですが、ルーク様も出席されるなら伝えておきますね」
マジか。
「えっ……だ、大丈夫なんですか、それ? 魔族ってバレません?」
「例の騒動の前から、もう他の貴族のパーティーに何回かご一緒されてますし……今、急に姿を隠したら、逆に怪しいでしょう。開き直って『魔族だったらこんなところにこんな風に出てこない』っていう論理展開を狙う感じですかね。上空で戦っていた姿を一部の貴族に見られているので、そこは『精霊に操られていた』っていう設定で乗り切る予定ですが、素性についても改めて捏造します。ルーシャン様の知り合いの、他国の貴族のご令嬢で、政治的な面倒事を避けて数年ほど預かることになった――的な流れです。まぁ、王侯貴族であることは疑われませんよね。見た目と言動と雰囲気からして、常人とは違いすぎますから」
ウィル君、胃が痛い思いをしてそう……なるべくサポートして差し上げたい。
「だから、アレですよ。私とアーデリア様とリルフィ様と、あとルーシャン派の姉弟子達で固まっていたら、そうそう気軽に声をかけられる心配もないでしょうし、リルフィ様にもルーク様にも安心していただけると思います。ヤバいのが近づいてきたら私がしっかりガードします!」
「アイシャ様……! お心遣い、ありがとうございます……」
リルフィ様が感激しておられる……
でもルークさん知ってる。アイシャさんも、各方面から割と「ヤバい人」扱いされてるってこと――だからこそ警護役としては心強いのだが、ナンパ男からの警護役に虎を雇ってしまったよーなオーバーキル感がある。
ともあれ、明後日の夜に夜会の予定は入ったが、それ以外はほぼ自由行動で良さそうなので、明日からはしっかりと工房での作業を進められそう。
うきうきと作業手順を思案していると、ふとクロード様と視線があった。
ふむ? 何か言いたげな気配を感じる……ペットとして、ここはこちらが気を利かせるべきであろう。
「クロード様、この後、ちょっとお時間よろしいですか? ご相談がありまして」
「う、うん! いいですよ」
こころなしか安堵した様子である。これは……この場の誰かには聞かれたくない相談事か。つまり前世絡みかもしれぬ。
クラリス様やリルフィ様達が、寝る前の歯磨きや着替えをしている間に、俺はクロード様をキャットシェルターへご案内した。
「……で、クロード様。何か気になることでも?」
「……気づいてましたか。そんなに挙動不審でした?」
「まぁ、それなりに。クラリス様達に聞かれたくない話ですか?」
クロード様、神妙に頷いた。
「さっきのルークさんの講義を聞いていて……僕も前世の『レトルトパウチ』のことを思い出したんです。父上もクラリス達も、たぶんまだ事の大きさをよくわかっていません。あれ……実現したら、えらいことになりますよね? ルークさんはずいぶん興奮していましたし、だいたいもう予想済みとは思いますが……」
「……ええ。成功して世間に広まったら、物流そのものが一変する可能性がありますね」
「マズくないですか? たぶん、インパクトはトマト様どころじゃないですよ。うちであの技術を独占したら、スパイや暗殺者を呼び込む羽目になりそうですし、技術を狙われて不測の事態が起きるんじゃないかと……」
クロード様も、俺と同じ危機感をお持ちであった。
前世仲間はこーいう時に頼りになる……!
「はい。ですから、成功してもリーデルハイン領で独占するのは避けようと思っています。ライゼー様も実物を見れば、そのヤバさに気づくはずですが、現時点ではまだ安全性や、密封が可能かどーかの確認すらできていません。そのあたりに目処がついたら、改めてご相談し、軍閥のトリウ伯爵やアルドノール侯爵に共同出資を持ちかけ、後ろ盾になってもらうのが良いかと考えています」
クロード様、ちょっとは安堵した様子だったが、続けてこんなことを言い出した。
「あのペーパーパウチの技術、もしも成功したら、軍はどう使うと思いますか?」
「えーと……それはやっぱり、糧食の輸送ですよね?」
防水性能はカンペキなのだが、日差しに弱いため、あの紙でテントの作成などは向かぬだろう。
クロード様が首を横に振った。
「あ、そういう用途の話ではなくて……『技術を独占するか、広めるか』という話です。他国に広まっては困るでしょうし、間違いなく独占します。なにせ遠征軍の大きな助けになりますから、侵攻にも役立ちます」
うむ、これはそう。だからルークさんも、他国にまで技術を広める気はない。技術を守るためにトリウ伯爵や軍閥の力をお借りしよう、という話だ。
クロード様は心配げなお顔。
「独占した場合、あの技術を使いたい商人や貴族は、軍閥に近づくことになります。その結果、何が起きるか……ルークさん、王国内の派閥争いの構造については、もうリル姉様から学んでますよね?」
あっ。
「……貴族や官僚達の派閥のパワーバランスが、大きく崩れる……ということですか?」
クロード様が頷いた。
「何か対策が必要です。リオレット陛下なんて、現時点でそのパワーバランスの対応に苦慮されているはずです。今回の王位継承権の騒動で、軍閥はうまく立ち回りました。リオレット陛下に恩を売り、ロレンス様を庇護し……しかも数年後には、そのロレンス様が王位につく予定です。失点がないまま、うまく立ち回りすぎているんです。アルドノール侯爵やトリウ伯爵が弁えていたとしても、派閥に属する他の貴族は、増長を避けられないでしょう。この上、『ペーパーパウチ』なんていう革新技術を独占したら……」
むむむ……確かにこれは、看過できぬ。
「僕からの提案は単純です。ルークさん、いっそ『会社』を作りませんか」
「かいしゃ」
……ちょっと猫の日々に染まりすぎて記憶が曖昧なのですが、会社とゆーのは……社畜の巣でしたっけ?
ルークさんは家畜なので、ちょっとカテゴリが違うと思う。
「こっちの言葉で言い変えると『商店』、あるいは『工房』なんですが、感覚的には、前世にあったような『会社』に近いものを作るんです。つまり……王侯貴族や商人の支援を受けつつも、自主独立を保てる組織です。こちらでは、各商店や工房は、特定の貴族や派閥の庇護下にあることがほとんどなんですよ。王都の職人街も、実は『王』の庇護下にあって、その王が『自由な取引を認めている』という解釈で成立しています」
家畜のルークさんは頷き、続きを促す。
クロード様のこのご意見は、とても重要かつ貴重なものだ。傾聴に値する!
「リーデルハイン領に工房を作る以上、父上の援助は必須です。父上の立場上、軍閥が関わってくるのも避けられないでしょう。製品が市場に出回ってから余計な圧力をかけられるよりは、最初から身内に引き込んだほうがいいというルークさんの判断についても、正しいと思います」
「ええと……でもそれだと、軍閥の独占って流れですよね?」
「はい。ですから……魔導閥と正妃の閥からも協力者を引き込み、それなりの地位についてもらいましょう」
ほう。
つまり協力者をさらに増やせと……? しかも正妃の閥から?
「魔導閥からなら……ルーシャン様だと大物すぎますし、アイシャさんがいいですかね? 正妃の閥とゆーと……」
「もちろん、王弟のロレンス様です」
そうきたか。
リオレット陛下退陣後を見据えた布石として、これは重要な一手となる。
「でも、それだけでは……結局、軍閥からの圧力は避けられませんよね?」
「はい。ここで大事なのは、名目上のトップを誰にするか、です」
普通に自前の工房を建てるだけであったら、領主のライゼー様がトップでまったく問題なかった。
そのほうが軍閥の庇護も受けやすくなるし、お貴族様なら、少なくともライバル商人とかからは余計なちょっかいをだされにくい。
でもそうなると、やはり「軍閥」の工房という立ち位置になる。その影響力を弱めるには……別の人材をトップに据える必要があろう。
「……えっと、嫌がられそうですが、クイナさんはどうでしょう?」
「現場責任者や工場長としてならいいと思いますが、トップとなると……荷が重いかと思います。トップの仕事には、人事や政治的な判断、ややこしい交渉事なんかが含まれますから」
ですよねー。
「……それこそ、ロレンス様を担ぐとかは?」
「論外です。人事と工房の行く末を、身内以外に託すのは愚策でしょう。しかも幼すぎますし、現時点では他人です」
「うーん……派閥の力関係と無縁で、身内で、かなり偉い人じゃないとダメなんですよね?」
そう問うと、クロード様がじっと俺を見つめた。
いやなよかん。
「……僕の目の前に、王様ですら逆らえない『亜神』様がいまして。さしあたって名目だけでも、その人……いえ、その猫がいいんじゃないかな、と思うんですが……」
無茶振りにもほどがある!
「待って待って待って。戸籍すらないですし、さすがに代表者とかは無理ですって。人前で挨拶とかできないですし」
「ですから、あくまで名目だけです。実際の挨拶や交渉は父上やアイシャさんの力を借りましょう。一般向けには『存在も不確かな謎の人物』ってことにして――戸籍は、他国出身者でも有力貴族が後見人になればもらえます。ルーシャン様に頼めば、魔導師ギルドの登録証も発行してもらえるでしょう。その名義を使ったルークさんを筆頭に、父上やアイシャ様やロレンス様を社外取締役みたいな立場に据えて、リオレット陛下やトリウ伯爵にも出資者になってもらって、協力を仰ぐんです。陛下の肝いりにしてもらって、半国営みたいな案も考えたんですが……国営工房だと自由がなくなりますし、国側の役人が絡んできて監査や何かで面倒な事態になるので、やっぱり会社としては、ルークさんが一番上にいるべきじゃないかと」
「無理無理無理無理」
冷や汗をかいていると、クロード様がちょっとだけ真顔に転じた。
「……ルークさん。人事は他人任せにできないですし、守りたいもの、やりたいことがあるのなら、そのための権利や義務を他人に委ねるべきじゃありません。中身がルークさんでさえあれば、偽名でごまかしてもいいんですから、法的な部分だけはきちんとおさえておきましょう。亜神は法に縛られずとも、工房や商店は法とは無縁でいられないわけですし……大丈夫、前世でも猫が駅長とかやってたじゃないですか。あんな感じでいけますって」
「あの方達は、田舎の駅舎を縄張りにしていただけだと思うのです!」
「それならルークさんも、これから作る会社を縄張りにすればいいのでは?」
クロード様……おそろしい子……! そもそも猫を働かせようだなんて、(亜)神をも恐れぬ所業である。
……しかし社長人事はともかくとして、とても大事なご指摘であったことは間違いない。
「け、結論にはもう少しお時間をいただきたいですが……派閥のパワーバランスまでは考えていませんでした。確かにこれは、無視できない課題です……」
「ええ。トマト様だけなら一種類の特産品の話で済みますけど、ペーパーパウチとなると物流に直結しますし、利権と影響範囲が大きすぎるんですよね……」
いきなりそこまで気にするのは心配性かもしれぬが、数年後、十数年後への影響まで考えると、初手を間違えたくはない。これは要検討である。
「発明者であるクイナさんとも相談してみます。猫が社長とか、不安しかないでしょーし……」
「……たぶんですけど、あの人、ルークさんの口車にそのまま乗っかると思いますよ……最善策を模索しているのは伝わってそうですし」
人を……いや、猫を善意の詐欺師みたいに言わないでいただきたい! それはそれとして「猫の口車」って猫車感あるよね。あのホラ、土木作業で使う一輪の手押し車……今言うことではないか。
……その夜、さほど賢くもない頭で寝ながら考えたルークさんは、熟睡の末、一つの結論に至った。
そして翌朝。
「派閥色のない正体不明の謎の雇われ社長なら、私以外の人材でもよさそうな気がしたのですが……」
「……まぁ、そうですね。信頼できる人柄であれば」
「セシルさんとかどうでしょう?」
「……………………えっと、誰です?」
「ライゼー様の猟犬の……」
「……うちの犬じゃないですか」
「猫でもいいなら、ワンチャン、イケるかな、って……わんちゃんだけに」
……尻尾が震えるくらいの真顔で「ダメ」って言われた。解せぬ。
「我輩は猫魔導師である」二巻の発売日が、2022/2/15に決まりました!
一巻ではお話の時系列が詰まっていたため、あまり多くは加筆できなかったのですが、二巻は約300頁中100頁前後を新規エピソードとして追加、ハム先生の美麗な表紙と挿絵に加え、巻末に「じんぶつずかん」も収録し、大増量でお届けできそうです。
発売日まではまだ一ヶ月ほどありますが、店頭でお見かけの際には、ぜひよろしくお願いします(゜∀゜)