74・フランベルジュの大人買い
シャムラーグさんと妹のエルシウルさん、その夫のキルシュさん。
若干の紆余曲折……というにはど真ん中ブチ抜き真っ向勝負オズワルド氏無双だった気がしないでもないが、とりあえずの紆余曲折?を経て、ルークさんはこちらの三名を無事に保護し――翌日には、『ウィンドキャット』さんの超音速飛行にて、リーデルハイン領まで送り届けることに成功した。
地図を確認したオズワルド氏による転移魔法で移動しても良かったのだが、この機会に、空路でどのくらいの時間がかかるかをきちんと検証しておきたかったのである。
馬車では約一週間の道のり。道は蛇行していたり、山や斜面ではいろは坂並の難所もあった。しかし、「直線距離ではそう遠くないのでは?」という感覚もあったため、試してみたのだが――
結果、所要時間は概ね十分以下。
……空路やべぇ。
マッハ2.5くらいの超音速戦闘機だと、本気を出せば東京〜大阪間を十分程度で移動できる、なんて話を聞いたことがあるが、ウィンドキャットさんは一体、どのくらいの速さで飛んでいたのだろうか……
ともあれ朝のうちに着いてしまったので、そのまま執事のノルドさんや庭師のダラッカさん達にご紹介した上で、
・彼らが今後のトマト様育成に関わる重要な人材であること
・またキルシュさんが優秀な魔導師であること
・エルシウルさんは身重なので、産婆さんを手配し、丁重に扱うこと
なども説明し、今後の指示や王都の動向などもお伝えした。
シャムラーグさん達の仮住まいの掃除まで手伝っていたら、滞在期間はさらに翌日まで伸びてしまったが、リーデルハイン邸の皆様には俺がお邪魔した時と同様、この三人をフレンドリーに迎えていただけた。
ネルク王国には「有翼人」に対する偏見とかがなく、単純に「物珍しい客」という感覚だったのだろう。
あと歓迎されたのは、やはり「魔導師」のキルシュさん。
地属性の魔導師というのは、もちろん能力にもよるが、概ね「土木工事」や「開拓」「開墾」「土地改良」などの分野で頼もしい存在らしく、いろんな土地で引っ張りだこらしい。
かつてはリーデルハイン領にもいたらしいのだが、疫病の時に亡くなってしまい、それ以降は「必要な時にはトリウ伯爵の領地まで行って人材を借りてくる」という状態だったとか。
『植生管理』のシャムラーグさんと、『地属性』のキルシュさん――このコンビは、これからトマト様の量産において絶大な役割を果たしてくれるはずである!
そして一時的にとはいえ帰邸できたので、ついでに皆様のお茶菓子の備蓄を増やし、クラリス様の母君のお薬も新品に錬成し直したりと、なんだかんだでやることがあった。
トマト様の生育状況も確認させていただいたが、順調である。
コピーキャットで複数の苗木を用意し、それぞれに肥料の配合や土質を変えて実験中なのだが、「どれも元気」とゆー、逆の意味で悩ましい状況となっている。あとは収穫して味を見る必要があるが、トマト様の環境順応性にはやはり瞠目すべきものがある。
その後、クラリス様から母君へ宛てたお手紙も託し、ライゼー様達のご帰還はもーちょっと先になりそうな旨を告げ、我々は再び王都へとんぼ返り!
このタイミングで、お世話になりまくったオズワルド氏とも、再会を約束して一旦別行動となった。
お土産には大量のクッキーアソートと、甘く煮詰めたりんごをチョコレートでコーティングしたお菓子などをお渡しした。
オズワルド氏はほくほく顔で、「暇を見て、領地のほうにもまた遊びに行く」と仰っていたが、味方にしてみるとなかなか気のいいお方である。もはやたまに来る親戚のおっちゃん的な距離感。
正弦教団に用ができた時には連絡できるよう、合言葉と最寄りのアジトまで教えていただいた。
さすがにリーデルハイン領に拠点はなかったが、王都にあるそこそこの規模の商店が拠点化されていると知り、びっくりした次第である。
彼には引き続き、「正弦教団の人員を使って、レッドワンド将国を含めた近隣国の動向を探る」というお仕事をお願いしてあるため、再会の日はそう遠くあるまい。
そして、リーデルハイン領から王都へ戻ってきた日の午後。
我々一行は、祭が終わり、日常生活に戻った王都を歩いていた。
メンバーは俺とクラリス様、リルフィ様、ピタちゃんとアイシャさんに加え、今日はクロード様とサーシャさんも一緒である。
……祭の夜の進展? 把握してないけど、だいたいご想像通りかと思います……
しかしこの面子で歩いていると、クロード様が完全にハーレム主人公状態であり、道行く人々の視線が……いやこれ、むしろ「従者」とか「下僕」として見られてそう。
クロード様、つよくいきて……
なお、この中で一番目立つのは問答無用でアイシャさん。
彼女はそもそも王都において有名人である。宮廷魔導師の愛弟子にして、ハツラツとしたうら若き才媛……明らかな陽キャ。まごうことなき陽キャ。
しかも有名人で偉い人なので、無礼なナンパ男とかはぜったい寄ってこない。リルフィ様達の防壁としても優秀である。
さて、缶詰開発計画が頓挫し、一時は意気消沈したルークさんであったが、この程度の失敗で足踏みするわけにはいかぬ。世界はトマト様を待っているのだ。
本日の視察先は市場!
王都にはいくつも市場があるらしいが、こちらは全店が露店形式である。
同じ店主が毎日出店するわけではなく、場所はレンタルで、日毎に店が切り替わる。
見世棚は常設のものを使用し、そこに日毎、持参した売り物を並べる感じ。生鮮品、調理品や加工品に加え、食べ物以外の商品も多い。
ここへの出店者は、「自分の店を持っていない商人」「他の街から来た行商人」だけでなく、「王都に店があっても、人通りがイマイチ」だとか「店で売れ残ったものを、腐る前に急いでさばきたい」とか、それぞれの理由があって来ている人達だそうである。
客としてやってきたルークさんの目的は、もちろん「こちらの世界の食材の勉強」だ。少量ずつでいいので、いろんなものを買っていただく予定!
まずは王宮の庭で以前にチラ見した「食用にできる桜草」があったので、こちらを買っていただいた。
アイシャさんは、
「……それ、苦いばっかりであんまりおいしくないですよ……?」
なんて言っていたが、フキノトウなどのように、苦味がおいしさにつながる植物もある。好き嫌いはあろうが、あれの天ぷらは格別である。
この食用桜草も、前の国王陛下がお好きだったそうだし、ぜひとも試してみたい。コンソメスープにいれるのが定番らしいが、味噌汁や天ぷらでもいけそう。
他にも珍しげな山菜・野草・薬草っぽいものをいくつか見繕い、ちょっとずつ調達。これらは香水の材料として、リルフィ様も興味を持っておいでだったが、果物や肉類に比べると格段に安かった。どうやら王都の近隣で採集できるらしい。
市場では、ルークさんはもちろんただの猫のフリをしていた。
欲しいものがあると、抱っこしてくれているリルフィ様の腕をポンポンポンと三回叩き、メッセンジャーキャットで詳細をお知らせするという流れ。
人前で喋るわけにはいかぬので、これは旅行中に編み出した苦肉の策である。
リルフィ様はお店の人と会話するのも苦手だったはずなのだが、俺がおねだりするとなんかこー機嫌が良くなるとゆーか、「私がしっかりしないと」的な使命感が出てくるらしく、むしろかつてなく楽しげであった。
そんなリルフィ様を見て、クラリス様とクロード様が、兄妹そろって感慨深げな優しいまなざしをされていたのは印象的であった。まるで我が子の成長を見守るゲフンゲフン。
……しかしリルフィ様……意外と健気に尽くす世話焼きタイプっぽいので、将来、悪いオスに引っかからないか、ちょっとだけ心配である。
一通り市場を巡った後で、近くの広場に移動し、我々は一休みすることになった。
露店で「フランベルジュ」とゆー炎の剣みたいな名称のソーセージを「どー見てもフランクフルトだなぁ」と思いながら買っていただき、むしゃりむしゃりと頬張る。
これもルークさんが肉球で掴んで食べていると通行人に驚かれてしまうので、リルフィ様に手に持っていただき、それに横からかぶりつくという小芝居が必要となった。うみゃー。
ケチャップもマスタードもないので、味付けは醤油。これはこれで美味しいが……いや実際、香ばしくてかなり美味しいのだが、やはりケチャップが欲しい。
王都にケチャップを輸出する際には、ソーセージ系のお店に売り込んでみるのも一興かもしれぬ。
ちなみにこのフランベルジュさん、アイシャさんの豆知識によれば、元々の名称は本当に「フランクフルト」であったらしい。
が、その当時、既に「フランクフルト伯爵」という方がいらして、「その人の発案」と思われたり、「ソーセージに貴族の名前をつけるとは不敬」みたいな批判があり、後から名前が変わったとか。
……つまり、発案者は同郷の方であろう。クロード様も「あー」みたいな納得顔をされている。
「私もお師匠様から聞いただけなんですけどねー。ネルク王国に限らず、各国で『名称の由来がよくわからん』みたいなモノを辿っていくと、他の世界から来たっぽい人物の仕事に行き当たることが多いんですよ。例のキルシュさんって人も、『考古学』が専門だそうですし、たぶん私より詳しいと思いますよ」
こちらの世界の『考古学』には、どうやら『過去における、異世界の人間の足跡を探す』的な要素も含まれているらしい。
さて、香ばしく焼けたフランベルジュさんを食べ終わろうとした頃。
「あーーーっ! アイシャ姉ちゃん!」
「いつ王都に帰ってきたのー!?」
アイシャさんの名を呼ぶ、お子様達の甲高い声が広場に響いた。
見れば平民の少年少女が五人ほど、簡素な袋を背負ってどこかへ運んでいる最中である。
服装は少々みすぼらしいが、活気のある元気なお子様達であった。
「あれ? ご兄弟ですか?」
「え。あー。うーん。まぁ、はい。ちょっと失礼します」
うっかり喋ってしまったが、周囲に他の人はいないので大丈夫であろう。
俺の問いに曖昧に頷いて、アイシャさんは子供たちの方へ歩き出した。
「こらー、チビども! 街中で大声出すなって言ったでしょ? あんたら、ただでさえうるさいんだから、まずはちゃんと近づいて、『こんにちは』とか『おひさしぶりです』とか、やんなさいって!」
そんな小言をまじえつつもけらけらと笑い、アイシャさんはチビどもの頭をわしわしと大雑把に撫で回し始めた。
チビどもはその周囲にまとわりつき、きゃっきゃと騒がしい。
「アイシャちゃんずるーい! 私もそれ食べたーい!」
「アイシャ姉ちゃんの留守中、ユナちゃんが来てたよ! 王国拳闘杯で負けちゃったから、また特訓に付き合って欲しいって!」
「ええー……まじでー……? 私じゃもう相手にならないと思うんだけどなー……てゆーか、疲れるからヤダ……」
「あのね、あのね! アイシャちゃんも、この間の猫さん見た!? すっごいかわいかったやつ!」
「私の真上にもおっきな火の玉が降ってきたんだけど、白い鎧の猫さんが助けてくれたの!」
「孤児院の上にも降ってきたんだよ! おっきな猫さんが防いでくれたけど!」
「……あー、見た見た。すごかったよね、アレ。あんた達がいつも猫さんのお世話を頑張ってるから、きっと助けてくれたんだよ」
そしてアイシャさんは財布を取り出し、フランベルジュ屋さんに声をかけた。
「おじさん、フランベルジュ四十本ちょうだい! 出来上がったら、この子達に持たせてください。チビども、つまみ食いしないで、ちゃんと持って帰って、みんなで食べなよ? 後で確認しに行くから!」
『はぁーい!』
返事は揃っていて、なかなか統制が取れている。「ありがとー、アイシャちゃん」なんて言われて笑い返しているアイシャさんは、なんだか別人のよーにお姉さんっぽかった。
我々の元へ戻ってきたアイシャさんは、若干照れ笑い。
「お騒がせしてすみません。私が育った孤児院の子達なんです。普段は、うちのお師匠様が運営している猫の保護施設で働いているんですが、今日は祭の後片付けの日雇い仕事があったみたいで……元気があるのはいいんですけど、ちょっとやかましいんですよねぇ」
口ではそんなことを言いつつも、表情は明らかに柔らかい。
俺はリルフィ様のお膝で毛繕いをしながら、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「アイシャさんって、孤児院のご出身だったのですね。ずいぶんと懐かれているみたいで、いいおねーさんって感じでした!」
「あはは……一応、一番の出世頭ってことになってますから。魔力の才能って先天的なものなので、お手本にはなれませんけど、就職先とかは力になってあげたいんですよね。だからおいしそうな案件には、なるべく首を突っ込んでおきたいんです」
む。
アイシャさんが儲け話に敏感なのは、そういう事情であったか……明るくフレンドリーな陽キャに見えるが、この子もいろいろなものを背負っているのであろう。ルークさんちょっと認識を改めた。
「そうでしたか……トマト様の専門店、店員さんの人選については、アイシャさんにもご相談に乗っていただこーと思ってます。あと、田舎での農業に興味を持っている子とかがもしいたら、その時は紹介してください。リーデルハイン領はちょっと遠いですが、とても良い環境ですので!」
なんといっても、これからトマト様の恵みに満ちる予定の地である。だんだん怪しい宗教じみてきたが、いっそ新興宗教でも立ち上げ……いかん。この発想はいかん。
宗教というのはあくまで人間が作るものであって、神様はノータッチである。一応は亜神という建前になっているルークさんがそんなことをやらかしたら、いかにトマト様のためとはいえ、自作自演もいいところ。そんな羞恥プレイ……はずかしいっ……
思わず眼を肉球で覆っていると、リルフィ様のお膝からすっと抱え上げられてしまった。
その手の主はアイシャさん。
「ふふっ……ルーク様、ありがとうございます。ルーク様のそのチョロいところ、大好きです♪ 言質とりましたからね?」
頬ずりしながらの、いかにも冗談めかした物言いであるが……これは「本心を素直にさらけ出す」という、この子なりの「礼儀」であり「信頼」の表明なのだと、最近気づいた。
天然っぽく見えるアイシャさんだが、実は割と賢いし計算高い。嘘をつくべき場面ではちゃんと嘘をつけるし、貴族達をあしらう程度の話術も備えている。
そんなアイシャさんが本心をぶっちゃける相手は、実はそんなに多くないらしい。
俺の場合は「神様相手に本性を隠してもムダ」とか「かわいい猫さん」という要素があったから、最初から信頼してくれたのだろう。
……「かわいい猫さん」である。異論は認める。ぶっちゃけ「ブサ可愛い」の領域に踏み込んでいる自覚はあるが、まぁ無害そうな見た目だとは思う。
しかし俺とアイシャさんがあまり仲良くしていると、リルフィ様のご尊顔からだんだんと表情が消えていってしまうので、適当なところでそそくさとお膝へダイブ。
このタイミングの見極めが、ペットとしての肉球の見せ所である!
その時、クラリス様が俺のしっぽを撫でた。
「……ルーク、あれ」
クラリス様が指さした先では、移動式の露店が設営の準備中であった。
扱う品は焼き魚らしい。王都は海から遠いので、鮎とかヤマメのような川魚であろう。
手描きの立て看板には、お魚くわえた黒猫の絵。だいぶデフォルメされているが、まるで魔導師みたいな帽子と外套を身につけており、なかなか可愛……見覚えがあるな?
店主のおっちゃんが威勢よく声を出し始めた。
「さあー、いらっしゃい、いらっしゃい! 先だっての猫騒動の折! こちらが猫の使徒様にご賞味いただいた、香魚の塩焼きだ! 王都を救った猫様もお認めになった極上の味、今日の仕入れは先着四十九匹! 早いもの勝ちだよー!」
まだ焼き上がる前から、ちらほらと人が並び始めた。
……アーデリア様を迎撃した『猫の旅団』。
その中でも、街中に散って王都上空に魔力障壁を展開した『黒猫魔導部隊』――
あの戦いの最中、露店の店先からぽろりと地面に落ちてしまった焼き魚を、何匹かのドラ猫どもが失敬し逃亡した。その略奪の光景を、ルークさんも上空から見ていた。
あ の 店 か 。
(……リルフィ様、すみません……三匹ほど購入をお願いします)
まさか名乗り出て「ごめんなさい」するわけにもいかぬ……!
また先方も商売に利用できているようだし、申し訳ないがご勘弁願おう……
「あ、私も食べたい」
と、クラリス様が手を挙げた。
「三匹と言わず、人数分でいいんじゃないですか? フランベルジュ一本じゃおやつにも足りませんし。僕とサーシャで買ってきますから、ルークさん達はここで待っていてください」
主のために無言で先に立っていたサーシャさんに続いて、クロード様もベンチから立った。
やがて、並ぶ人達の会話が漏れ聞こえてくる。若い親子連れだ。
「しかし、あの大量の猫達、なんだったんだろうなぁ……精霊同士のいざこざだったって噂、信じるか?」
「信じるも信じないも、わけがわからないうちに消えちゃったし……うちのベランダに来てた子は、優雅にお水飲んで帰っていったけど……」
「ねこさんかわいかったーーー!」
ルークさん、ほんのりとドヤ顔。お子様ウケの良いデザインは大事である。
…………ついでに俺が把握していないやらかし案件が他にもありそうだが、何か大きな被害が出ていたら噂になってるだろーから、とりあえずは大丈夫だろうか……たぶんルーシャン様のほうで(趣味で)情報収集してくれているとは思うけど、近いうちに確認しておこう。
おさかなの焼ける香ばしい匂いにじゅるりと唾液を飲み込み、俺はフランベルジュの肉汁と脂がついた肉球をぺろぺろと舐め回した。