73・打ち砕かれた野望
お城の一室を借り受け、人数も人数なので、今宵は「大皿料理」とさせていただいた。
食器類はコピーキャットで出せないから洗う手間がかかる。めんどい。
あとシャムラーグさん達は軽食をとった後だし、エルシウルさんは妊婦さんなので、適量を自分でとっていただいたほうが良いと判断した。
とはいえ、葉酸、鉄分、カルシウム、ビタミン等、積極的にとるべき栄養素というものもある。
具体的には野菜、乳製品、肉類、豆類、果物などをバランスよくご提供したいところだが、なによりまずは「食べやすいもの」「食べたいもの」が重要であろう。
「エルシウルさんは、何かお召し上がりになりたいものとかありますか? 郷土料理とかだと難しいですが、果物とか、味の好みとか、酸っぱいものとか甘いものとか……」
「そふとくりーむがいいとおもいます」
ピタちゃん……気持ちはわかるけど……いや、これは有りか?
冷たいものというのはちょっとアレだが、食欲がない時でもさっぱりしていて食べやすいし、栄養にも期待できる乳製品である。とはいえ、やはりデザートだ。
「ピタちゃん、それは食後にね? エルシウルさん、どうでしょう?」
「あ、あの……木の実、とか……?」
正しい。
クルミには葉酸、カシューナッツには鉄分が多く含まれている。食べすぎは良くないが、どちらも妊娠中には特に重要な栄養素である。
割と日持ちもするし、後で袋に詰めてお渡ししておくとしよう。
というわけで、まずは『鶏肉とカシューナッツの炒め』を中心にメニューを組み立てることにした。
となれば、ここは中華系で良かろう。
五目チャーハン、八宝菜、肉団子の甘酢あんかけ、青椒肉絲、卵とフカヒレのスープ、小籠包。
デザートには杏仁豆腐+希望者にソフトクリーム。
……ちょっとルークさんの好みに偏ってしまった感はあるが、これらをそれぞれ、用意していただいた大皿にコピーキャットで錬成する。
それをアイシャさんやリルフィ様、ウィル君が取り分けて配膳、という流れ。
初見となるリオレット陛下やアーデリア様には唖然とされ、少々の問答はあったが、味にはご満足いただけたようで、大皿の上は見る見るうちに減っていった。
エルシウルさんもあまりつわりは酷くないらしく、眼を輝かせてがっつり召し上がっている。さっきの軽食では足りなかった模様。
……体格は細めなのだが、もしやそこそこ大食いキャラ……?
シャムラーグさんも当たり前のよーに健啖であったので、もしかしたら有翼人の特徴なのかもしれない。
キルシュさんは見た目通り少食だったが、テーブルマナーが割としっかりされている。どういう人?
お食事を進めながら、ライゼー様による面接が始まった。「食事中は喋らない」というマナーがあるのだが、ライゼー様はこの後も軍閥の別の会合に顔を出し、宿に戻ってからは手紙の作成や返信、書類の整理と大忙しの予定であり、ガチでスケジュールが詰まっている……貴族の社交は、むしろ「祭が終わってからの数日間が本番」らしいので、せめて今夜の晩ごはんはおいしいものを食べていただきたい。
「だいたいの事情は、ルークからもう聞いているが……キルシュ殿は、どういったお立場だったのかね? 奥方にも『先生』などと呼ばれているようだが」
キルシュさんは姿勢を正して一礼した。
「私はレッドワンドの人間ではなく、ホルト皇国から流れて来た旅人です。古き伝承を巡り、有翼人の里で調査をしていた折に、こちらのエルシウルと恋仲になり結婚しました。考古学者のつもりではありますが、それで生計を立てられるわけではありませんので、集落では治癒士の真似事もしていました。基礎的な薬学と、それから治癒系の神聖魔法にも少しだけ心得があります」
謙遜、もしくは韜晦である。神聖B、薬学B、どっちも優秀評価だ。こんな能力でフリーの人材はめったにおらぬ。
ホルト皇国は、近隣では一番大きな国である。
ネルク王国とは国境を接していないのだが、両国の関係はそこそこ良い。
理由は単純で、「国境を接している」とどうしても領土紛争が起きがちだが、間に一国挟むと「敵の敵は味方」理論で歩調を合わせやすくなる。
ここでの共通の敵とはぶっちゃけ、レッドワンド将国のことである。
長年の歴史的経緯とか外交の結果とか、要素はいろいろ複雑に絡み合っているようだが、ともあれネルク王国とホルト皇国は「レッドワンド将国」という問題児への対処で利害が一致しており、何代か前には王家同士で婚姻関係も結んだらしい。
ただしホルト皇国は大国なので、レッドワンドとしても喧嘩を売りにくい相手らしく、侵攻が起きるのはもっぱらネルク王国側の国境である。めいわく。
ご夫妻が収容所に送られたのは、キルシュさんのこの出身国の問題もあったのかもしれぬ。
ルーシャン様が青椒肉絲に感激しながら首を傾げた。
「ピーマンがこれほど美味になるとは……ああ、失礼。大国たるホルト皇国ならば、魔導師として生きていくのに何の不自由もなかったでしょう。調査のためとはいえ、なぜわざわざ国を出て、レッドワンドなどという政治情勢の不安定な土地に?」
「行方不明の師を探すためです。我が師は考古学の研究のため、レッドワンドへ赴き、消息を絶ちました。山賊や盗賊に襲われたのか、あるいは急な病などで行き倒れた可能性もありますが……結局、手がかりが見つからぬまま、師の研究を引き継ぎ、エルシウルの協力で現地の調査を進めるうちに、月日が経ってしまいまして――」
「ほほう。師のお名前をうかがってもよろしいか?」
「マリウス・ラッカです。私の祖父の弟、つまり大叔父にあたりますが、調査中は偽名を使っていたかもしれません」
ただの師匠ではなく親戚か。
ついでに、俺からも聞きたいことがある。
「キルシュさんとお師匠様の研究テーマというのは?」
「不可思議な猫にまつわる伝承の収集と調査です。サング教をはじめ、この世界に流布する一般的な創世神話には、『猫』がほとんど登場しません。しかし、土着の信仰や少数民族の記録に眼を向けると、有史以降に、神獣以上の奇跡を起こす不可思議な猫の記録がそこそこ残されています。誰かが命名したのか、あるいは本人達がそう名乗ったのか、事情は定かでありませんが、それらの多くは『トライハルトの眷属』と呼ばれており、現地住民との間で『食料の交換』をおこなったという記録です」
「ほう! それは興味深い」
さっそく食いついたのはルーシャン様であった。
この方は生物としての猫を溺愛しておられるので、考古学的な伝承云々にはあまり詳しくないはずなのだが、しかし猫の話題となると食いつかずにはいられない。
この好反応を受けて、キルシュ先生の弁舌がより軽やかさを増した。
「伝承にはいくつかバリエーションがありまして、邪神を追い払ってくれた礼に人が捧げ物をしたとか、飢饉の折に食料を恵んでもらい、豊作の年に返礼をしたとか、そういった微妙な違いも混在しています。西方に現れたという黒猫、『アルカイン』の伝承は、それらとは少し趣が違い、食料を介した話ではないのですが、類型の一つである可能性は大いにあるでしょう」
皆様の視線が俺に集中した。
不可思議な猫。食料の交換。つまり食いしん坊……
……認める。共通項はある。しかし俺は断じてトラなんとかではない。ただのキジトラである。例の超越猫さん達がそう名乗った可能性までは否定できぬが、それこそルークさんの知ったことではない。
「その話は、まったく心当たりがないですねぇ。お役に立てず申し訳ないです……」
「左様でしたか……これはあくまでこの世界における記録ですし、それは仕方ありません。たとえば――我々がちょっと魚釣りに出かけるような感覚で、世界の境界を越えられる猫達がいるのかもしれません。一説によれば、神々の世界というものは無数に存在し、それぞれの世界にもまた数多の神々がいると……我々の祖先も、そうした世界の一つからこちらへ渡ってきたのではないかと、よく師が申しておりました」
リオレット陛下がくすりと笑った。
「ルーシャン先生と同じことを仰っている。やはり同時代の賢人は、似たような推論に到達するのかな」
「異界より現れる者が実在している以上、これはむしろ自然な推論ですぞ。ルーク様もまさにその一例であり、より高次の存在といえます」
……偏差値高そうな人達の頭良さげな会話をよそに、アーデリア様はチャーハンを頬張りすぎて、クラリス様に背中を撫でられていた。
「ぐむっ……! す、すまぬ、クラリス。ちと急ぎすぎて……!」
「アーデリア様、無くなったらまたルークが出してくれますから、ゆっくり召し上がってください」
「う、うむ。わかってはいるのだが、しかし、これは……理屈でなく、無性に頬張りたくなる!」
わかる。チャーハンとはそういう食べ物である。
それにつけてもクラリス様のコミュ能力よ――物静かで口数は少ないはずなのだが、ごく短時間で魔族のアーデリア様と仲良くなってしまわれた。
一方、オズワルド氏も料理に舌鼓を打ちつつ、何故かヨルダ様と談笑している。
「貴殿は称号持ちだな。人にしては図抜けた武技をお持ちのようだ。こう言ってはなんだが、一子爵家の家臣に収まる器とも思えんが……」
「滅相もありません。宮仕えには不向きな性分でして……それに、俺とライゼーは義兄弟の盃をかわした仲でしてね。おかげでルーク殿とも知り合えて、こんなに美味い飯も喰える。伯爵位や侯爵位なんぞより、今の状況のほうがよほど価値がありますぜ」
「……違いない。私とて、二百年以上生きてきてこれほど胸躍る状況は初めてだ」
それぞれの会食風景を眺めつつ、俺はリルフィ様のお傍で小籠包を貪る。
さすがにこれは、猫の口ではちょっと食べにくい……そのまま噛むとスープが溢れてしまうので、行儀は悪いが先にスープを吸い出してからかじるしかない。
「あの、ルークさん……食べにくいようでしたら、切り分けましょうか……?」
「いえ、大丈夫です。そもそも切って食べるものではないので!」
「ルーク様、この白くてプルプルしたやつ、牛乳みたいな色ですけど、風味が全然違いますよね? なんなんですか?」
「甘いのにさっぱりとして……まるで口の中が洗われるようです」
デザートの杏仁豆腐を食べ始めたアイシャさんとウィル君が、会話に入ってきた。
「えーと。牛乳は少ししか使ってないですね。杏仁という、アンズの種から取り出した成分を、いろいろやって柔らかく固めたモノです」
杏仁の原料はアンズの種である。殻をとった後の白い胚乳の部分。
これを粉末にしたものが「杏仁霜」であるが、昨今市販されている杏仁霜は、ここに糖分やコーンスターチ、場合によっては全粉乳や脱脂粉乳など、様々な添加物をどかどかと加え、杏仁豆腐に使いやすいよう配合したものが大半である。
今回お出しした杏仁豆腐は、ルークさんがこの杏仁霜を使って、以前にご家庭で手作りしたもの。
市販されている杏仁豆腐は、乳業系のメーカーがよく作っているせいか、今ではほぼ「牛乳プリン」や「牛乳寒天」に近いモノばかりなのだが……
あれらは甘みは強いのだが、濃厚、こってり感を重視しすぎており、あまりに牛乳の風味が強すぎる。
あと「やわらか」とか「とろーり」系が流行ってしまったせいで、スプーンですくって食べるものばかり。
ルークさん的には、包丁で菱形に切り分けられる程度には硬めで、もうちょっと後味のさっぱりしたのが欲しい……ということで、仕方なく自作するに至った。
案の定、エルシウルさんにもたいへん気に入っていただけたようで一安心。こういう「するり」と入るスイーツは、妊娠中でも胃に入りやすいはずである。
しかも(少量とはいえ)アンズの種を使ったデザートなので、実はこれも「木の実」というリクエストに合致していたりする。
ピタちゃんも眼をキラキラさせて「おかわり!」と要求。
どうしてそんなに餓えているのか……もしかして限界がない? それとも胃袋が本来の姿(象サイズ)換算だったりする?
ルークさんの胃袋も、猫サイズではなく人間サイズと思われるので、亜神とか神獣とかは体格的なサイズ感と臓器的なサイズ感が一致しないのかもしれぬ……
なお追加のソフトクリームは、全員がご希望であった。
一応、ミニサイズにしておいたが、油が多い中華料理の後に冷たいソフトクリームはお腹が冷えてよろしくないはずなので、温かいプーアル茶も一緒にご提供させていただいた。
初見組はともかく、ピタちゃんはちょっと続きすぎではと懸念しているのだが、あいも変わらず真顔でひたすら集中……
そのうち「ソフトクリームの下僕」みたいな変な称号でも獲得するのではないかと心配である。
そして食後。
俺はライゼー様達から少し離れ、リオレット陛下+アーデリア様とソファで改めて向き合った。なんか大事なお話があるらしい。
目の前には、充ち足りた笑顔のお二人。
まぶしい。すごいまぶしい……これが伝説のリア充か……今にも爆発しそう……
ルークさんは腹を見せてソファにスコ座り。おっさん座りとも言う。腹を掻きやすくて割と楽な姿勢である。
まずはリオレット陛下が深々と頭を下げた。
「ルーク様、改めまして、このたびの御礼を申し上げます。ルーシャン先生からはあえて詳細を聞いておりませんが、大方の察しはついております。狂乱したアーデリアを止められる存在など、ごくごく限られておりますので――」
「わらわからも礼を言わせていただく。それに、聞けば妹のフレデリカもルーク様に救っていただいたと……この御恩、一生忘れませぬ」
アーデリア様、すっかりしおらしくなってしまわれて……
……『じんぶつずかん』確認。うん。「亜神」だって気づかれてる……まぁ、いくらルーシャン様に口止めをしたところで、アレはさすがにバレる。
しかし『猫魔法』の威力はさておき、ルークさんの中身は猫でありただの小市民なので、王様とか魔族のご令嬢とかに頭を下げられてしまうととても反応に困るッ……!
「あー。いえー。そんなー(棒) ……あの、私はなんとゆーか、リーデルハイン家のペットとして、飼い主に降りかかりそうな火の粉を払っただけでして……お礼とかはいいので、なるべくそっとしておいていただけると……」
……………………アレ? それでいいんだっけ? なんか忘れて……あ!
「……思い出した! あの、リオレット陛下! ちょっと小耳に挟んだのですが、リオレット陛下って、魔道具の研究もなさっていたんですよね? なんでもその中に、収穫物の保存技術にまつわるものがあるとか?」
リオレット陛下が首を傾げた。
「はい? ええ、確かに研究中ですが……よくご存知ですね。まだ未完成ですが、私がこんな立場になってしまったもので、今後の研究は後輩に引き継ぐ予定です。ご興味がおありですか?」
「はい、とても! 実はリーデルハイン領にて、これからトマト様という農作物を名産品として広めていくつもりなのですが、効率のいい貯蔵手段があれば導入したく思っていまして。ついでに他の作物にも流用したいので、もしご協力いただけるなら、たいへん嬉しいです!」
ククク……! 先日、ロレンス様が正妃様相手に語っていた、「農作物の長期保管技術」云々というヤツである。
それがどういった技術なのかはさっぱり不明だが、農作物関係とあらば無視できぬ。隙あらば技術供与をお願いしたいと思っていたのだ。
リオレット陛下は、自分の研究の話が出て嬉しそうだったが、同時にひどく困惑されていた。
「協力はもちろん惜しみませんが……しかし未完成の技術ですし、それがお礼には成り得ません。ルーシャン先生からも、『ルーク様は土地や権力、名声や爵位などには興味をお持ちでない』とうかがっておりますし、そうしたものが礼になるとは我々も考えておりませんが、他にも何か、お力になれることはありませんか」
ほほう……! 飛んで火にいる夏の虫、この隙を逃すルークさんではない!
さっきは小市民モードだったので「いえ別に何もー」的な反応をしてしまったが、よく考えてみれば欲しいモノは山程ある!
こちとら曲がりなりにも狩猟動物である。おめおめと隙を見せた獲物に食らいつくのを、躊躇する必要はあるまい。
「では僭越ながら! ただいまリーデルハイン領では、さきほど申し上げた『トマト様』という野菜を加工、製品化し、その輸出を目論んでおります! この品の普及を国策と位置づけ、各領地での通行税の免除か軽減、あと国内での販売許可などをいただければと……!」
……場に戸惑いと沈黙が訪れた。
………………む。これはさすがに過大な要求だったか……? 図々しかった? 特権商人とかでもなかなか得られぬ特典であろうし、猫にはちょっと厳しい感じ?
「ぐぬぬ……わかりました。では、せめて販売許可だけでも……!」
「い、いえ! 大丈夫です! 可能です! すべて可能ですが、その……ちょっと意外な要求すぎて、驚きまして……! ……ルーク様はもしや、商売を司る神様なのですか?」
リオレット陛下、冷や汗混じりの半笑いである。ルークさんは招き猫のポーズで頰を擦った。
「いえ、特にそういうわけではないですけど、私は『トマト様をこの世界に広める』という崇高な使命を帯びて、この世界にやってきたのです」
「使命……なるほど、そうでしたか」
一転して、陛下の顔が引き締まった。
「……それはつまり、我々にとっても、神々からの試練ということになるのですね。我々人間が、そのトマト様を世に広められるか否か――それによって、我らの信仰心が試されると?」
……ん? うん、ぜったい違う。違うけど、
「解釈については、お任せいたします!」
………………ルークさんは、トマト様による世界征服のためなら、詐欺師にも悪党にもなれるのだ……ククク……この際、利用できるものはなんでも利用してくれる! トマト様が世に広がれば、人々の栄養状態は間違いなくより増進し、世界はこの恵みの前にひれ伏すであろう。
なにせ前世では、「トマトが赤くなると医者が青くなる」とまで言われたほどだ。ちなみに大根や柿、リンゴなどにもそんな感じの言い回しがあるので、ルークさんは彼らを「医者いらずの四天王」と勝手に呼んで敬っている。ありがたやー。ありがたやー。
俺の隣で、ルーシャン様が控えめに口を挟んだ。
「陛下、その件に付きましては、私のほうでもこれから話を進めることになっております。ルーク様との共同経営の形で、王都にトマト様の専門店を開き、まず庶民にも手の届きやすい価格帯で広めようと……またルーク様は、その加工品をどう運搬するかについても心をくだいておられまして、瓶詰に代わる保存手段を模索しておられるようなのです。今回、王都へいらしたのも、その研究開発に携わる魔道具職人をスカウトするためだったそうでして……」
「瓶詰に代わる保存手段……?」
リオレット陛下が驚いた様子を見せた。やはりこの方も本質は「研究者」である。新技術への好奇心が相応にお強い。
「はい。『缶詰』と言いまして、金属を円筒形に加工し、これに底と蓋をつけることで長期保存を可能にする技術です。加工技術もさることながら、サビ対策とかコーティングとかいろいろ必要なので、一朝一夕には難しいのですが、実現すれば輸送する荷物の大幅な軽量化を実現できます。仮に落としても変形するだけで割れません!」
「金属の筒……なるほど、それはおもしろそうな技術ですね。コストは跳ね上がりますし、貴族か商人でなければ手が出ないかとは思いますが、高級品に限るならば実に有用かと思います。興味深いお話です」
……………………………………いま、聞き流してはいけない見解が出たよーな気がした。
「えーと、その、加工の手間を軽減するための機械を、職人さんに製作してもらおう、と思ってたんですが……それでもコストってけっこうかかります?」
陛下とルーシャン様が顔を見合わせた。
ルーシャン様が小声になる。
「まぁ、庶民には手が出にくいでしょう。ネルク王国は鉱山に乏しいため、金属は他国からの輸入が頼りです。我が国の軍隊が歴史的に『拳闘兵』を重視し、教会を保護して治癒士の育成に力を注いでいるのも、『金属製の武器や鎧の少なさを補うため』という世知辛い事情がございました。私も、その『缶詰』に関しては、貴族向けに利益を確保するための高級品かと思っていたのですが……違うのですか?」
鉱山が、乏しい……?
……缶詰については「将来的に実現できたらいいな!」とゆーことで、あんまり細かい説明をしてこなかった。
ライゼー様やリーデルハイン領の人達にも「この猫は変なことを考えるんだな」的な反応をされたが、アレはもしや「未知のもの」とか「猫の野望」への戸惑いではなく、「それコストやべぇんちゃう? 大丈夫?」的な違和感だったのだろうか……?
確かに「庶民用」とは明言していなかったし、皆様にとっては常識すぎてツッコミ所にならなかったのか……?
慌てて金属の相場をうかがい、この場でざっと計算してみたところ――
……成立はする。成立はするのだが……材料費だけで、同容量の瓶詰の三倍から五倍以上に及びそうな事実が判明した。
庶民的にはあまり嬉しくない価格帯である……!
「需要が増えれば金属の価格も今より上がってしまうでしょうし、大量消費は難しいでしょう。他国にもその技術が広まれば、なおのこと――瓶詰の場合、瓶を回収して溶かし、再利用が可能です。物によっては洗うだけで済みますし、重さは難点ですが、使い勝手はさほど悪くないのです。ガラスの原料となる珪砂や石灰は、我が国内でも大量に採掘可能ですし、今では小さな町にも回収業者がおりますので」
と、リオレット陛下自らご講義いただけた。
……よ、よもやこんなトラップが……ルークさん、久々に大きめの挫折である……!
「……ルーク様は、算法も心得ていらっしゃるのですな……」
と、ルーシャン様には別のことに感心されてしまったが、そんなことはどーでも良い。小学生レベルの算数である。
ソファでがっくりと項垂れ、絶望にぶるぶる打ち震えていると――背後に歩いてきたアーデリア様が、不思議そうに俺を抱え上げた。
「ルーク様。わらわには、ルーク様の無念がよくわからぬが……そのトマト様というものは、瓶詰で広めても良いのではないか? それでも支障ないのであろう?」
「……それは、そうですね……」
ごろごろごろ……にゃーん。
言われてみれば、『他の品々と同様の条件になる』というだけの話である。トマト様の魅力をもってすれば、缶詰はなくとも……あぁ、でもラベルのデザインまで考えてたのに……いや、それは瓶詰でも流用できるか。
かくしてルークさんの「缶詰量産計画」はあっけなく頓挫し、俺はアーデリア様のお胸に埋もれてニャーニャー鳴きながらモフられるターンへと突入したわけなのだが――
……後になって思えば、この挫折こそがトマト様のお導きであったのだ。
この時の俺は「缶詰」に固執するあまり、他の可能性に眼を向けることを忘れてしまっていた。
視野は広く。
前世の常識に囚われず。
この世界の知識を貪欲に吸収し、この世界の人々にきちんと眼を向ける――
突破口は、そこにあった。
「我輩は猫魔導師である!」こちらでの連載開始から一周年となりました。
日々のアクセスや感想に支えていただき、おかげさまでどうにかこうにか継続できています。
いつもありがとうございます!
昨年の今頃は精神的にもだいぶどん底だったもので、この一年はとにかく、この作品と皆様の存在に救われた思いです。
来年には二巻やコミカライズも動いてくるかと思いますが、これからもどうぞよろしくお願いします。
また、懸案になっている陰陽の新作は、例によって予定より遅れてしまっているのですが、牛歩ながらも進行しておりますので、こちらも来年中には何か続報を、と目論んでいるところです。
……や、本当なら夏頃には原稿完成させているつもりだったのですが……スミマセン(汗)
日に日に冬めいてきましたが、それでは皆様、良い年末をお過ごしくださいノシ