69・いざレッドワンドへ
こちらの世界にて初めて遭遇した『有翼人』、シャムラーグ・バルズさん!
その姿はまさに「翼を持つ人間」であり、シルエットなどはかなり格好いい。
が、容姿そのものは「イケメン!」というわけでもなく、割とフツーである。ちょっと粗野な印象はあるが、翼を服で隠して街を歩いていたら、特に目立つことはあるまい。スパイというお仕事柄、「目立たないように」という方針でもあるのだろう。
まずはメインルームにご案内し、クラリス様やリルフィ様達をご紹介したが、「無礼はダメ」と釘を刺しておいたのが効いたのか、口数は少なかった。「質問には丁寧に答える」という感じであったが、状況への戸惑いもあったものと思われる。
一応、クロード様が気を使って「災難でしたね」的に声をかけてくださっている。
さて、ここらでシャムラーグさんの『じんぶつずかん』情報をば。
-----------------------------------------------
■ シャムラーグ・バルズ(27) 有翼人・オス
体力B 武力B
知力C 魔力D
統率D 精神B
猫力78
■適性■
諜報B 剣術B 滑空B 栽培B
■特殊能力■
・植生管理
-----------------------------------------------
……ククク……ククククク……クックックックッ……! ルークさん、邪悪な笑いが止まらぬ。
暗殺未遂犯である彼を助けたのは、もちろんその理不尽な境遇に同情してしまったせいなのだが、助けた上で「仲間に引き込む!」と決めたのは、このステータスを見たせいである。
なんといっても「植生管理」! 「植生管理」ですってよ、奥様!
しかも適性ではなく「特殊能力」カテゴリである。いったい何をどうできるのか、今からドキドキワクワクが軽快なビートを刻む。
さらに適性には「栽培B」まで揃っているのだ。
リーデルハイン家の庭師のダラッカさんは「庭仕事B」という適性をお持ちなのだが、彼の確かな腕前を知る身としては、この「栽培B」という適性にも期待しかない。
いわゆる一般的な農夫でも、「農作業C」とかを持つ方は実はそんなに多くない。適性の「B」評価というのはやはり貴重なのである。
しかし、間諜であり暗殺者まがいの任務までやらされていたシャムラーグさんが、一体どうしてこんな適性と特殊能力をお持ちなのか?
「……ああ。俺らはまともなメシが出ないんで、足りない分は自給自足で……兵舎の裏とかに隠し畑を作って、いろいろ育ててました。あと、任務で農夫に化ける機会がそこそこあって、そういう時は作物や作業のことをある程度はわかってないとまずいんで……山地の有翼人が、そもそも農業中心で暮らしているってのもありますけど」
シャムラーグさんはやや緊張した様子で、「農作業とかできますか?」という俺の問いにそう答えてくれた。
この適性があればこそ、トマト様の美味しさ、その貴重さを充分に理解してくれたのであろう。さっきの感涙は俺としても胸熱であった。
この引合せは、おそらく運命である。彼と俺を同志として巡り合わせてくれたのは、きっとトマト様からのご加護に違いない。
……そう。
ルークさんは「トマト様の量産」に向けて、いよいよ労働者の確保をも視野にいれはじめた。
まずはリーデルハイン領に広めたいのは山々だが、既に農業をされている方々には、それぞれ育てている作物があり、これらの生産力を落とすわけにはいかぬ。
また、彼らにトマト様の栽培へ手を出してもらうには、「トマト様の収益化」がめちゃくちゃオイシイという実例を先に示す必要がある。
もちろん領主たるライゼー様の命令があれば従うだろうが――不安なままで農作業をさせてしまうのは申し訳ないし、それよりまずは『トマト様を最初から集中的に育ててくれる人材』を、こちらで確保すべきと思い至ったのだ。
これに気づいたのは、シャムラーグさんのステータスを確認した後のことであり、ライゼー様のご許可はこれから取る必要がある。
もしダメだったらルーシャン様に頼んで別の土地を用意してもらう手もあるが、おそらく許可は降りるだろう。
そもそも「農夫を増やしたい!」というのは、ライゼー様の領地経営の基本方針であり、「人員欲しいですねぇ」「欲しいなぁ」的な御相談は幾度か重ねてきている。
田舎のリーデルハイン領は「土地はあるけど人が少ねえ……」という地域だし、十数年前に大流行した疫病によって、人口が大きく減ってしまったことも響いている。
母国に居場所をなくし、路頭に迷って暗殺未遂までやらかしたシャムラーグさんにとって、トマト様の生産はまさに生きる希望となるはずだ。
「クラリス様、リルフィ様。オズワルド様が戻り次第、私もレッドワンド将国に赴き、ちょっと用事を済ませてきます。一日で済ますつもりですが、もしかしたら二、三日かかるかもしれませんので、皆様にはライゼー様達と一緒に、王都で待っていていただこうかと思うのですが……」
「私も行く。ずっとこのシェルターにいるから、いいでしょ?」
「私も……ご一緒したいです……あの……三日はちょっと……耐えられないと思いますので……」
猫依存症、悪化してない……? だいじょーぶ?
クロード様は止めるかと思ったが、微妙なお顔である。
「……さっきの魔族の狂乱で思いましたけど、王都にいれば安全って話でもないような気がするんですよね。これがリーデルハイン領ならさておき、旅先ではルークさんと一緒にいたほうが、クラリス達はむしろ安全かなと思うので……お任せしていいですか?」
それはちょっと猫さんを信用しすぎではなかろうか。
「えーと。でも、ライゼー様からご許可をいただかないと……」
「父上には僕からうまく伝えておきます。どのみち、リル姉様には一緒についていってもらったほうがいいですよ。一般常識の面では、ルークさんよりまだ詳しいはずですから。クラリスも……頼りになるとは思うので」
……確かに、頼りにはなる。クラリスさまはちょーかしこい。
お二人は俺の飼い主であり保護者であり、生後0才のルークさんにはまだ後見人が必要であろう。
バブみやオギャりとなるとさすがに自制心が勝つのだが、あくまでペットの立場としてはたいへん心強い。
「わかりました。では、お二人(と睡眠中のピタちゃん)には、このままシェルターにいてもらうとゆーことで……サーシャさんは、クロード様と一緒に王都に残ってください。あまり人手を持っていってしまうと、ライゼー様も困るかと思いますので」
「かしこまりました。それでは、クラリス様達をよろしくお願いいたします」
サーシャさんは恭しく一礼。
これはルークさんの気遣いである。今夜は祭りの最後の「舞踊祭」であり、どうせならクロード様との時間を確保して差し上げたい。ペットとして、こうした心遣いは大切にしたいものである。
残るアイシャさんが挙手をした。
「あ、クロード様。それじゃ私もついていきますんで、お師匠様に伝言をお願いしてもいいですか? ピタゴラス様と一緒にお二人の護衛もできますし、ルーク様の行動が普通に気になるので」
アイシャさんについては元々、その自主性にお任せするつもりであった。用事があれば王都に残るだろうし、好奇心が勝つようならついてくるだろーし。
「ついてくるのはいいですけど、そんなにおもしろいことはないと思いますよ? 人質にされている、シャムラーグさんのご家族を救出してくるだけなので」
「それは充分、おもしろそうです。あと……いえ、まぁこれは別に」
……アイシャさんが珍しく言葉を濁した。
言いたいことはわかる。
俺は『じんぶつずかん』を見てシャムラーグさんの安全性を確信しているが、敵国の男をお貴族様のご令嬢達と一緒にしておくのは、ちょっと気になるところか。こういう配慮が働くのは女性ならではかもしれぬ。
……………………念のため、ちょっとだけ『じんぶつずかん』を確認しておこう。
……あ。違うこれ。単純にスイーツ目当てだ。三日間(予定)のコピーキャットごはんを存分に堪能する気だ。
「では、クロード様。ルーシャン様への伝言のついでに、こちらのお手紙も渡しておいていただけますか? さっきの騒動への声明に関して、基本的にはルーシャン様の方針にお任せするつもりなのですが、私なりの落とし所とゆーか、世間様へのごまかしポイントをまとめておきました。参考にしていただければ、とゆーことで……」
「……いいですけど……いつの間に書いてたんです?」
「おやつの間に考えて、猫魔法で執事の猫さんに清書してもらってました! ちょっと字が丸っこいのと、肉球の手形がぽつぽつついてますが、読む分には支障ないはずです」
お渡しした便箋と封筒は魔法の産物ではなく、この王都で観光中にクラリス様が購入したレターセットである。
母君へのお手紙に使うつもりだったようだが、さっき一通分だけ分けていただいた。こういうややこしい提案は、メッセンジャーキャットさんより、読み直しやすい文書のほうが良かろうという判断である。
伝言を携えたクロード様とサーシャさんを外へ送り出し、そうこうしているうちに、パレード見物の貴賓室へオズワルド氏が戻ってきた。
同行者は商人風のおっちゃん。彼がレッドワンド将国に潜伏している正弦教団の連絡員なのだろう。
『じんぶつずかん』を確認したところ……能力的にはさして目立つところはないが、実直な人物っぽい。
戦闘能力は皆無で、あくまで「レッドワンドの国内情勢を日頃から把握しておく」「正弦教団の仲間が来たら安全な宿と情報を提供する」というだけの、いわば現地協力員のような人材か。
心得たもので、オズワルド氏は彼に目隠しをさせていた。これで俺の姿を見られる心配はない。
「目隠しをしたままですまないな。ここにいらっしゃるのは、ある高貴な御方で――似顔絵などを作られるとまずい。しばらく我慢してくれ」
「心得ております、オズワルド様。して、お求めの情報とは?」
おっちゃんの背後から、猫なで声でこの問いに応じるルークさん。
「教えて欲しいことがあります。レッドワンド将国の首都にある『ブラッドストーン第二収容所』についてです。警備の規模とか地形とか……できれば地図とか見取り図とかも入手できるとありがたいのですが」
妹さんご夫婦が捕まっている収容所の名称については、シャムラーグさんの『じんぶつずかん』から把握できた。
が、その収容所がどういった場所なのか、細かな事情まではさすがにわからぬ。シャムラーグさんも、首都は任地ではなかったそうで全然知らぬらしい。
目隠しをされたまま、おっちゃんがかすかに笑った。
「地図は隠れ家にありますが、必要ないかと思われます。首都から見える斜面に、へばりつくような形で作られた収容所でして、遠くからでも一目瞭然です。ただ、どこに誰が収容されているかなどは把握できておりません」
「あ、それは大丈夫です。場所がわかって内部の見取り図さえ手に入れば、あとはこちらでどうにかします。構造が複雑怪奇だったり、敷地が広すぎたり、そういう所でしたらもうちょっと助言が欲しいところですが……」
「内部の見取り図も、さしあたって必要はないかと思われます。敷地は少々広いのですが、構造はごく単純です。段々畑のように、斜面に沿って真横に建物が作られ、これが六段ほど連なっております。元は崖崩れを防ぐ土木工事のついでに作られた、ただの集合住宅だったのです。これが老朽化したため、今は収容所として流用されているという案配でして……首都のどこからでも人目につきやすく、斜面も影響して逃亡や襲撃が難しい区画ではありますが、空を飛べて姿も隠せるオズワルド様ならば何も問題はないでしょう」
「なるほど。では、捕まっているのはどんな人達なんですか? 刑務所とは違うんですよね?」
「ええ。懲役……つまり強制労働を命じられた犯罪者はおりません。そもそも鉱山や工房のような『働く場所』が併設されておりませんので。あそこに収容されているのは禁錮、勾留の者達のみで、軽めの軍規違反とか、軽犯罪とか、刑期の短い者とか、これから移送先が決まる者とか……あとは、なんらかの理由で捕縛された無実の者も含まれますな」
「たとえば……『人質法』の被害者とか、ですか?」
「よくご存知で。それは珍しい例ですが、他には衛兵の理不尽な横暴に巻き込まれたとか、『衛兵の食い逃げを咎めた露店の主が、そのまま収容所送りに』なんてこともありました。まぁ、そこまで酷いケースはさすがに稀ですし、この時は一、二週間程度で解放されたようですが……」
ううむ……話には聞いていたが、やはりヤバそうな国である。
妹さんご夫婦から話は逸れるが、この機会にもう少し情報を得ておこう。
「レッドワンドって、一言で言うとどういう国なんでしょうか? 軍の権力が強いとか、周辺国への侵略を目論んでいるとか、いろいろ聞きますが……内部から見てどういう国なのか、客観的な感想を聞きたいです」
連絡員のおっちゃんは、少し考えて――
「レッドワンドとは愚者の国です。魔導師を上位においておりますが、魔力の有無と治世の能力とは無関係ですので、結果、無能な為政者が『魔力を持っている』という理由だけで、国の舵取りに影響を及ぼしています。国内には不平が溜まり、その不平を外側へ逸らすために周辺国への侵略を掲げ、それが失敗するたびに内部で権力闘争が激化し、落ち着くとまた侵略に乗り出す――近年はこの繰り返しです。それでいて、国土の周囲が険阻な山岳に囲まれているため、他国からは非常に攻めにくく、また大きな被害を出してまで制圧する価値も薄いため、現状では滅亡に至っていないという――まぁ、地域一帯の厄介な問題児ですな」
……もうそれ滅ぼしていいんちゃう?
………………いやいやいや、これはさすがに危険思想である。ただの猫さんにそんな真似はできぬし、それで苦しむのは無辜の民。
かといって上層部を狙って潰しても無政府状態になって変な暴走かましそーだし、ちょっとルークさんが介入するには荷が重すぎる――
が、そういう大きな話は後回しにして、まずは妹さんご夫婦の救出が急務であろう。
取り急ぎ、現地へ向かわねばならぬ。
――本当は「救出作戦は周到な準備の上、一週間後くらいに」とも考えていたのだ。
だが、シャムラーグさんの尋問中に『じんぶつずかん』を精査した結果、「一刻も早く」と方針転換をした。
というのも――シャムラーグさんの妹さん、どうやら「妊娠中」らしいのである。
収容所がどんな環境なのかはまだ不明だが、そんなに快適であるはずはなく、ここは拙速を承知で動くべきと決断した。正直、今は一時間でも早く救出して差し上げたい。
「オズワルド様、本当は他の方々とも段取りをつけて、数日後を目処に動く予定だったのですが――ちょっと急ぎたい理由ができてしまいました。こちらの方を戻すついでに、私もレッドワンドへ連れていっていただけませんか?」
「承知した。やる気ならいくらでも手伝うぞ? ついでに『魔族』の悪名をあの地に広めるのも悪くない」
ニヤリと笑うオズワルド氏。悪い顔!
ちょっと心強いが、今回はあくまで妹さんご夫婦の救出が最優先で、他のこと――たとえば、リオレット陛下暗殺未遂への報復とか、もうすぐ起きそうな侵攻への対応とかは後回しである。それこそじっくりと策を練る必要がある。
「いえ、今日のところは派手なことはしないつもりです。救出後に、死体が見つからなくても不思議じゃないように、偽装工作は必要ですが……」
それをしておかないと、「逃亡した!」とか思われて、無関係の友人や親類縁者等に「匿っているのでは」的な嫌疑が及ぶ可能性がある。
となると、偽装の手段は火災か、土砂崩れか……しかしどっちも巻き添えが出そうだ。
「なんか、こう……本人達は無事だけど、他の人達からは『あ、これ死んだな』と確信されるような偽装工作ってないですかね? 親類縁者に、犯人隠避の疑いが及ぶ事態は避けたいのです」
オズワルド氏が実に不思議そうな顔をした。
「それなら別に、わざわざ死を偽装しなくてもいいのではないか? 適当に連れ出した上で、私が書状を残し、ついでに付近へ警告の狙撃でもかましてやればいい。文面は、そうだな……『こちらに無実の罪で囚われていた夫妻は、バルジオ家に縁のある客分である。知らずに働いた無礼ゆえに一度は見逃すが、親類縁者を含めてさらなる無礼を働いた場合には、我がバルジオ家の総力をあげて、貴国に報復と粛清を行う』……くらいでいいだろう。手紙が面倒なら、国王か宰相あたりを直接、威圧してもいい」
…………………………まぞく、つよい。
「……い、いやいや、大丈夫なんですか、それ……? 国際問題とかになりません?」
動揺する俺の声に反応して、連絡員のおっちゃんが首を傾げた。
「オズワルド様の前で申し上げるのは少々恐れ多いのですが、『純血の魔族』は、人には抗いようのない天災の一種として扱われます。むしろ一度は看過し警告のみで済ませるならば、その温情に感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないでしょう。天災に一度、見逃してもらえたようなものです。そこからさらに魔王軍などが出てこようものなら、レッドワンドごとき辺境国では絶対に太刀打ちできませんので」
――ちょっと認識が違いすぎた。
最初に会った魔族がウィル君だったし、その後がフレデリカちゃん、アーデリア様、オズワルド氏という順だったせいか、どうも魔族の皆さんには意外と気安い印象が強いのだが、アーデリア様の「狂乱」を見た後では納得するしかない。
実際、それで滅んじゃった街とか国とかもあるよーだし、触らぬ魔族に祟りなしといった感なのであろう。
「えーと……じゃあ、救出した後の始末は、オズワルド様にお願いしてしまってもいいですか? 何らかの形でお礼はいたします」
「ならば先程のような飲食物が良いな。当家の家臣や親族への土産が欲しい」
それくらいならばお安い御用である。
……しかしこの人、赤の他人の命は軽く見ているけれど、身内に対してはほんとにいい当主様なんだろーな……
収容所の様子などはクラリス様達にお見せしたくないし、カメラ担当の竹猫さん達はこちらに残していくとしよう。王都で何か起きれば、たとえ遠く離れていても、俺に『にゃーん』とテレパシーで知らせが届くはずである。
「では、レッドワンドへ転移する。ルーク殿はこちらへ」
「はーい。お世話になります!」
まさかオズワルド氏に抱っこされる日が来ようとは……縁とは不思議なものである。
そしてシェルター内のリルフィ様達を引き連れ、俺は初めて、魔族の『転移魔法』を体験することとなった。