66・猫のヤンデレ阻止計画
こんにちは、現場のルークさんです。
作った時には「ひろーい」と感じた自慢の猫カフェ風リラックススペースですが、みんな揃うとちょっと手狭かな……? とか思いつつある今日この頃。皆様いかがおすごしでしょうか。
……現在の面子は、我が飼い主のクラリス様、女神リルフィ様、メイドのサーシャさん、転生仲間のクロード様、魔導師のアイシャさん、ペットのピタちゃん。
これに加えて、戦闘直前に街で松猫さんに保護しておいてもらったライゼー様、ヨルダ様と宮廷魔導師のルーシャン様も来ている。ちゃーす。
さらに暗殺から逃れたリオレット様、魔族のウィル君、アーデリア様、オズワルド氏――
ええと、いまなんどきだい?
……思わず「時そば」が脳裏をよぎったが、合計十三人+ルークさん。
別室には捕縛中のシャムラーグさんもいる。さすがに多すぎる。
この人数を相手に、状況説明とか釈明をするのはちょっとめんどい……なのにみんな、俺を見ている……!
クラリス様とリルフィ様、あと何故かルーシャン様もきらきらと眼を輝かせて。
クロード様とサーシャさん、アイシャさん、ウィル君は呆然と。
ライゼー様とヨルダ様、オズワルド氏は「マジかコイツ」とでも言いたげに頬をひきつらせ。
そして肝心のリオレット様とアーデリア様は、寄り添い抱き合いながらびっくりした顔で。
それぞれみんな、カフェに戻ってきたルークさんを見ている……
視線が! 視線が重い!
あ、ピタちゃんは寝てます。ウサギ姿で。和む。
「ご歓談の最中に失礼しました……私は隅で丸くなっておりますので、どうぞ皆様、そのままお話の続きを――」
へこへこと会釈しながら猫背で隅のキャットタワーへ逃げようとしたら、たちまち駆け寄ってきたリルフィ様とクラリス様に左右から抱え上げられてしまった。ですよね……
「ルークさん! すごかったです! みんな可愛くて……あと……とにかく可愛くて!」
「ルーク、お疲れ様。がんばったね」
お二人はやさしい……リルフィ様は興奮すると意外に語彙が乏しくなるのもかわいい……
ちなみにがんばってくれたのは旅団の皆様であって、ルークさん実はあんまり働いてないのだが、竹猫さんは派手なシーンを中心に中継してくれたのだろう。どっかんどっかん花火(※大砲)も上がって、派手だったのは間違いない。航空隊まではちょっとやりすぎたかもしれぬ……
お二人にモフられてゴロゴロと喉を鳴らす俺の前で、ルーシャン様が片膝をつき、深々と頭を垂れた。
「ルーク様、お見事でした! その御業にて、この王都を、そしてネルク王国をお救いいただいたこと、感謝の言葉もございません。しかも、あんなにも素晴らしき魔法の数々――西方の伝承に出てくる、楽人シェリルが操ったという獣の一団、『森の仲間たち』を思わず想起いたしましたが、もしやあれこそが神代の魔法というものなのでしょうか。その叡智の一端を拝見させていただき、このルーシャン・ワーズワース、感無量です。改めてルーク様にこの身命を捧げ、深く忠誠を誓……!」
おっもーーーーい!
「落ち着いてください、ルーシャン様! 猫です! こちとらただの猫ですから、そーいうのはいいので! ふつーにペット扱いでよろしくお願いします!」
ライゼー様が頬をひきつらせたまま笑う。
「……いや、無理だろう……私も君の能力について、人知を超えたものとある程度は知っていたが……今のはさすがに予想外、予想以上、そもそもの認識を大きくふっ飛ばされた。しかし、まぁ……ありがとう、ルーク。世話ばかりかけてしまったが、本当に助かった。礼を言う」
「だから言っただろ、ライゼー。ルーク殿が本気を出したら、国の一つや二つはひとたまりもなかろうと……まぁ、俺も想像していた方向性とは違っていて、驚いたが……なんというか、もっと、こう……山を砕くほどの大規模な爆発とか、そういう威力重視の魔法を使うのかと思っていた」
「そんな危ない魔法使えません。今回は仲間の力を借りただけです!」
ということにしておこう。実際、あの猫さん達はみんな俺の仲間である……とゆーか、俺の魔力から生まれているわけでちょっと分身感もある。あの騒ぎの中でおさかなくわえて逃げたドラ猫とか親近感しかない。
とゆーか結構な騒ぎだったと思うが、ピタちゃんよく寝たな……さすがの貫禄である。
俺の視線に気づいて、リルフィ様がそっと呟いた。
「……あの、ピタゴラス様は……たくさんの猫さん達が出てきて、しばらくは起きていたのですが……『ルークさま、ぜんぜんほんきだしてない』と仰って、そのまま眠ってしまわれて……」
……この子の中で、ルークさんの評価はどーなってるの……? 余剰戦力こそ控えていたが、アレは本気も本気、全力全開の切り札よ……?
皆様、まだ聞きたいこともあるのだろうが、俺は機先を制してリオレット様達に向き直った。
まずは何より、優先すべき大事なお話がある!
「さて、リオレット様、アーデリア様。今の状況については、理解しておられますか?」
「……理解というか、思考が現実に追いついていない感はあるが……アイシャとルーシャン先生、ライゼー子爵から、ある程度のことは聞かされました。アーデリアはたった今、ここに来たばかりだから――」
「……恐ろしい、夢を見た……リオレットが、死んでしまって……その後、凶暴な猫の大群に囲まれて……」
あらわな肩をぶるりと震わせて、アーデリア様は子供のよーにリオレット様の肩口へ顔を埋めてしまった。
コワクナイヨ? カワイイネコサンタチダッタヨ?
あとどっちかとゆーと凶暴化してたのはアーデリア様のほうだからね?
「アーデリア様が見ていたのは、夢ではありません。実際、リオレット様は暗殺者に襲われましたが、間一髪のところで私がお救いしました。でもアーデリア様は、それを『死んだ』と勘違いしてしまい、狂乱状態に陥ったのです。それで私が、アーデリア様が王都を破壊せぬように、障壁を作ったりして火の玉を防ぎました。もちろんオズワルド様にも手伝っていただきました!」
「……いや? ほとんど何もしていないが……?」
またまたご謙遜を。威嚇射撃とか情報提供とかいろいろ助かったのは本当である。そもそも彼が飛んでいる姿を見つけられなければ、状況も把握できず手遅れになっていた可能性が高い。ルークさん的には、今回のMVPはオズワルド氏である。
アーデリア様の眼が震えた。
「狂乱……? わらわは……わらわは、この街を……この街の人々を……壊すところだったのか……?」
「そうです。でもそれは、『純血の魔族』の習性とゆーか宿命みたいなものなので、ある意味で仕方ないかと思います。もちろん、そうならないように怒りを抑えて欲しいところではありますが、そこらは今後の課題とゆーことで……ここで私が問題にしたいのは、むしろ『リオレット様』の今後についてです」
リオレット様が眼をぱちくり。この流れで自分に話を振られるとは思っていなかったのだろう。
「私の今後?」
「はい。たいへん恐れ多いことですが……今後、なにかのきっかけでリオレット様が何者かに暗殺された場合、また今回のような事態が起きそうです。そしてその時、私が近くにいて、再び王都を守れるとは限りません」
重苦しい沈黙。
そう。これは厳然たる事実。
その時こそ、この王都は滅ぶであろう――何の罪もない大量の人々を巻き添えにして。
アーデリア様が青ざめ、細い肩をびくりと震わせた。
……ウィル君が、姉君を早く故郷へ帰らせたがった理由がコレである。
きっと魔族の間では、「魔族と人は、簡単に馴れ合ってはいけない」とか、そんな教えが浸透しているのだろう。今回の事件が示す通り、それはとても危険なことなのだ。
だが一方で、オズワルド氏のように人間社会に興味を持つ魔族もいるし、アーデリア様のように天真爛漫な陽キャもいる。
俺はリルフィ様の腕の中から、リオレット様に肉球を掲げて見せた。
「アーデリア様は、リオレット様が死んだと思って『狂乱』に陥りました。この事実が何を意味するのか――リオレット様はもうお気づきのはずです。純血の魔族が狂乱に陥るのは、家族を含め、心から『大切な人』を失った時だけと聞き及んでおります。ならば、これからどうするべきか――私がアーデリア様と戦っている最中、リオレット様もお考えになっていたはずです。この場にいる面々は、協力者として信頼して良いでしょう。どうか、その胸の内を教えてください」
なんつって。
……ルークさんはもう、『じんぶつずかん』でその内容を把握してしまっている。ズルい。ズルいがしかし、『ここ』がベストなタイミングなのだ!
この後、アーデリア様が責任を感じて故郷へ帰ってしまった場合、もうそれでリオレット様との接点がなくなってしまう。それはあまりに――あまりに、馬鹿げている。だって俺は、お二人の本心をもう知っている。
猫の声に後押しされて、リオレット様は大きく一回、深呼吸をした。
そして彼は、アーデリア様を抱える腕に力を込め――じっと、真正面から視線をあわせる。
「……アーデリア。魔族の君を王妃に迎えることは、国の貴族からも、また他の魔族からも許されないだろう。だから……私は近い将来、王位を捨てる。その上で、魔族の領地で、入り婿として君と添い遂げたい。どうか、私と――結婚して欲しい」
「……………………ふぇ?」
アーデリア様、ぼーぜん。
……うん。この方、あんまり、その――陽キャではあるのだが、恋愛沙汰はからっきしのようなので、まぁそういう反応であろう。とゆーか、狂乱を起こすまで自分の恋心にすら気づいてなかったっぽい。
「い、いや、ええと、あの、その……えっ? わらわ? えっ?」
戸惑うアーデリア様の背後に、すっとウィル君が近づいた。
「…………姉上。良縁です。断る理由がありません。僕も父上と母上の説得を手伝いますが、おそらく手放しで喜ばれるでしょう」
「ウィルっ……! そ、そういう問題ではないっ! リ、リオレットのことは、その、嫌いではないが……しかし、せっかく得た王位を……そんな、無責任な……!」
ルークさんの目配せで、ルーシャン卿が立ち上がった。知力Aの見せ所である!
「僭越ながら、リオレット様の師として意見具申を……確かに、ほとんどの問題がその一手で解決いたします。この国の王であり続ける限り、リオレット様には暗殺の危険がつきまといます。これは権力者の宿命ですし、ただの王であれば次の後継者がおりますが……しかし、リオレット様の死によってアーデリア様の怒りが爆発した場合、ネルク王家はこの王都ごと滅びるでしょう。過去にも他国でそうした事例はありましたし、なればこそ、貴族達も『魔族』との関わりを危険視しております。しかし、リオレット様が王位を退き、魔族の元へ婿入りされるのであれば――狂乱による王都壊滅の危険はほぼなくなるはず。私は賛同いたしますぞ」
ここでライゼー様が戸惑いを見せた。
「い、いや、そのような……王位ですぞ? 王位とは、そんな容易に投げ出せるものでは――」
ヨルダ様が肩を掴む。
「ライゼー、言いたいことはわかるが、こいつは『リオレット様が王のままだと、万が一の暗殺が起きたら国が滅ぶ』っつう、身も蓋もない現実にどう対応するかって話だ。王位の重さがどうこうでなく……いや、王位が重いからこそ、リオレット様をこのままその地位につけておくわけにはいかんだろう。実際、もしもルーク殿がいなかったら――今日が、王家と貴族と俺達と、王都の全住民の命日になっていた。このヤバさをまず実感しろ。リオレット様は王位を投げ出すわけでも責任から逃げるわけでもなく、王都を守るために、この地を離れる決断をされた。おそらくはこれが、現実を直視した上での最適解だ。他の解決策があるならもちろん聞く」
「……むぅ……そう言われると……確かに、他の選択肢は思いつかないが……」
ヨルダ様の意見を聞いて、ライゼー様も唸りつつ頷いた。
他の選択肢……あるにはある。お二人を別れさせるとか、アーデリア様に別の彼氏を作らせるとか……だけどそれらは余計に問題をこじれさせそーな予感しかせず、選択肢としてはちょっと……無理がある。コレはそもそも理屈では割り切れない「感情」の問題である。
……とゆーか、要するに「純血の魔族」をヤンデレ化させてはいけない! その可能性に至りそうな芽はなるべく摘まねばならぬ……!
アーデリア様はもはや歩く大量破壊兵器であり、リオレット様は期せずしてそのスイッチになってしまった。
リオレット様が、ライゼー様に申し訳なさげな視線を向けた。
「ライゼー子爵、すまない。王たる身で無責任と言われるのはもっともだ。だが、もちろん今すぐにという話じゃない。せめてあと五年程度……ロレンスが政治や経済を学び、他の貴族達と渡り合える程度になってから――それを見届けてから、私は王位を退くつもりだ。さすがに今の彼はまだ幼すぎる」
ルーシャン様も深々と頷いた。
「その時が来たら、詐病による静養か、あるいは事故で死を偽装し、ロレンス様に王位を譲るという流れですな。五年程度であれば、陛下もなんのかんのと理由をつけて、妃を娶らずに逃げ切れるでしょう。その五年のうちに陛下が暗殺でもされたら……その時は、我が国が滅ぶのもやむなしと割り切るしかありません。どのみち、即位直後の今、リオレット様に退陣されては国政の混乱が避けられませぬ」
お師匠様の同意を得られて安心したのか、リオレット様が微笑んだ。
「ああ。ロレンスは賢いが、今の王家には父上の放蕩のツケが溜まっている上、レッドワンドとの戦乱も避けられそうにない。せめてこの場を乗り切って、多少はこの国をましな状態に戻してから、王位を渡したい。特に重税を課せられた辺境貴族の鬱憤は相当なものだろう。真っ先に減税を進めないといけないが、それを断行すると、中央で甘い汁を吸っている貴族や官僚が敵に回る。五年程度という制限ができたのは、むしろちょうどいいかもしれない。憎まれ役は私が引き受ける」
ルークさんとしては「即時退陣!」でもいいとは思うのだが、そこにはやはり王家側の都合もあろう。ペットたる身でこうした細部の流れにまで口を挟む気はない。大筋がズレなければそれで良い。
あと……「レッドワンド将国からの暗殺」については、すでに別方向から対処するつもりである。ロレンス様に刺客が及ぶ可能性も最小化せねばなるまい。
アーデリア様が、きゅっと指先でリオレット様の服を掴んだ。
「……それはだめだ、リオレット。わらわのせいで……わらわのせいで、国を捨てる必要などない。それは王がすることではない。わらわがすべてを忘れて、もうこの地に来なければ良いだけのことで……」
リオレット様が寂しげに微笑んだ。
「……違うんだ、アーデリア。これはただの『きっかけ』で――ずっと、最初から違和感はあったんだよ。ルーシャン先生もとっくにそれに気づいていたから、すぐ賛成してくれた。アイシャも無言のまま口を挟まない。それは何故か……私には元々、血統以外に『王たる資質』なんかないんだ」
そして、自嘲気味の溜息が重なった。
「もちろん、大多数の貴族にとっては、飾り物の王なんて『血統だけでいい』んだろう。だけど……ロレンスが暗殺されることも覚悟して、私の前に忍んで現れた時。それから、合議の場で真正面から『王族の役目』を論じた時――彼にあって、私にないものを痛感した。私はね。『自分が正妃達に殺されたくないから』『死にたくないから』『生き残るため』、そのためだけに、仕方なく王位につこうと考えていたんだ」
……悪いことだとは思わぬ。
リオレット様のお立場なら、俺もそう考えたかもしれないし、あるいは面倒事など全て放って逃げ出していたかもしれないが、いずれにせよ「生き残りたい」「そのために何をするか」という選択において、他人がどうこう言える余地はあんまりない。猫だって生きるためならトマト様を盗みもするし、基本姿勢は弱肉強食である。
「でも、ロレンスは違った。彼は心から国家臣民の安寧を願っていた。その上で彼は、『王族の役目』をこう説いた。『国内の平穏を守り、他国の脅威に備え、有事の際には的確な指導力を発揮する』こと――かたや自分の身の安全のために欲しくもない王位を目指し、かたや国の安寧のために身を引き……この差はどうだ。ロレンスの問題点は、本人も自覚している通り『年齢』と『経験』だ。あと数年先なら、彼はきっと良い王になれる。私なんかよりも、ずっと良い王に」
ルーシャン様が首をかしげた。それはもう不思議そうに。さも意外そうに。
「私はそうは思いませんが……いや、ロレンス様の資質に異存はありませんが、リオレット様に王たる資質が不足しているとも思いませぬ。むしろロレンス様の潔さは裏目に出ることもありましょうし、王があまり才走っていると、臣下が怠けて悪さをする例もありますのでな……王というのは重すぎず軽すぎず、神輿程度でちょうどよいのです。前の陛下はいささか軽すぎましたが」
こほんと咳払いをして、ルーシャン様はアーデリア様に一礼した。
「我が愛弟子、リオレット様は、魔導師としての才はあまりなく、王としてはそこそこと判断しておりますが……なにより、魔道具の『研究者』としての才をお持ちです。冷静に、それでいて熱意を失わず、事象を客観視し、試行錯誤の日々を苦としない――この研究者としての貴重な才を、国政ごときに浪費させるのはあまりに惜しいと、私は嘆いておりました。しかし魔族の伴侶ともなれば、研究に費やせる時間が大きく増える上、親族も優秀な助言者ばかりでありましょう。王は国を導く存在でありますが、研究とその成果は、国の垣根を越えて世界と人々を導くものです。なにより、列強の王威すら寄せ付けぬ純血の魔族の伴侶と、弱体化しつつある田舎の辺境国の王位と……天秤にかけてどちらが重いかとなれば、これは迷う必要などありますまい」
力説するルーシャン様に、アイシャさんがため息を向けた。
「お師匠様は、いくらなんでも王位を軽く見すぎですけど……まぁ、ほとんど同感です。どーせリオレット様のことですから、ちょっと前までは『自分が王にならないと、魔導研究所の同僚や後輩達の将来が閉ざされるかも』とか考えてたんでしょうけど……ロレンス様のお人柄に触れて、それが無用の心配だって気づいちゃったんですよね? で、自分が王位につくべき理由がどんどんなくなっていって……遂にはアーデリア様を諦める口実として、王位を言い訳に利用しようとしたら、そのアーデリア様から先に告白されたも同然の状況になっちゃって――この期に及んで、まだ『私には王としての責務がー』みたいなことを言い出したらぶん殴るつもりでしたけど、欠片程度の甲斐性は残っていたみたいでほっとしました」
手厳しいな……! 冗談めかした口調ながら眼がマジであり、やっぱりこの子は強キャラである。が、これは決意を固めた兄弟子への、彼女なりの叱咤激励であろう。
アーデリア様はまだ戸惑っている。
手放しで喜べないのは羞恥とか照れのためではなく、「これは自分のせい」「狂乱をふせぐための流れ」だと理解しているからだ。
だが、リオレット様も話した通り、それらは「きっかけ」に過ぎない。
それまで無言で隅に控えていたオズワルド氏が、不意に口を開いた。
「アーデリア嬢。純血の魔族たる身の先達として、一つ助言をさせてもらう。私は独り身だが……かつては、伴侶に迎えたいと思った相手が一応はいた。だが、人間というのはどうにも脆弱でな。いざ迎え入れる前に、事故で先立たれた。もう百年以上も昔の話だし、当時の記憶はやや曖昧だが――後悔の念だけは、今も抱えている」
ほう。人類を見下してそうなオズワルド氏にも、そんなお相手がいらしたとは……
「純血の魔族が伴侶を得る行為は、単なる結婚とは意味合いが異なる。余人の耳があるゆえ、ここでくだくだしくその理由を並べ立てる気はないが――多くの困難を乗り越えてなお、共にいたいと願える相手になど、そうそう巡り会えぬものだ。また私や君と違って、弟君のウィルヘルム殿やご家族には寿命もある。人より多少は長生きだが、貴殿より早く死ぬのは間違いない。その後でやってくる永劫の孤独に――貴殿が耐えられるとは思えぬ。しかし、伴侶との間に子をなせば……いや、口出しが過ぎた。私が言いたかったのは、狂乱に至るほどの思い入れがあるならば、その縁を手放すべきではないということだ。そこの青年を狙撃しようとした私に言えることではないがね。彼をこの国に残せば――私以外の誰かが、いずれまた彼を襲うかもしれん。その時、貴殿は――後悔せずにいられるかね?」
オズワルド氏、なかなか見事な援護射撃である……!
リオレット様の身の危険を改めて持ち出され、アーデリア様はあたふたと皆々様の顔を見回した。
その過程で、我が飼い主、クラリス様と視線が合う。
アーデリア様側には、幼い少女に助言を求める気など毛頭なかったのであろうが、我が主はなにしろ賢い。
「アーデリア様。子供の私には、難しいことはわかりませんが――今すぐ答えを出しにくいのなら、しばらくはこのまま陛下の警護を続けつつ、ゆっくりと思案をされてはいかがでしょうか? 時が経てば、おのずと見えてくるものもあるかと思います」
「む……それは……そうか」
クラリス様、「難しいことはわからない」とか、冗談がお上手である……全部カンペキに理解した上で「頭を冷やしてよく考えろ」とは、この場の誰よりも冷静なご意見だ。
ルーシャン様もこれを潮目と見た。
「陛下、それでは我々も、一旦、城へ戻りましょう。こちらの空間へ入る前に、ルーク様からの指示で、『本物の陛下は私の魔法で保護したから、皆は城で合流するように』と、周囲には誤魔化しておきました。そろそろ戻って、陛下の無事を証明し、混乱をおさめねばなりません」
「そうだった。アーデリアも一緒に来て欲しい。替えのドレスを用意させよう」
「い、いや、服は……一度、転移魔法で屋敷に戻って、着替えてくる。ウィル、その間、リオレットの警護を任せた。三十分もかからぬと思う」
「承りました。しかし姉上、転移魔法は外に出てから使ってください。この空間はルーク様が作り上げた特殊な部屋で、地脈の上に存在しておりません」
「ルーク、私とヨルダも外へ戻る。騎士団の連中を残したままだし、下手人の捜索という建前で持ち場を離れたが、そろそろロレンス様の警護に戻らねばならん」
「のんびりで良さそうだけどな。街の連中、空を飛び回る猫の大群を見て茫然自失だ。あれは見応えがあった――しかしルーク殿、面倒なデマが流れるといかん。ルーシャン様とも相談して、それっぽい声明を出していただいたほうがいい。もちろん真実を語る必要はないが、暗殺未遂の件もどこまで公表するか、今日明日中に算段をつけておくことを勧める」
「はい! ご助言ありがとうございます!」
ヨルダ様は戦闘技術だけでなく、こういう部分でも的確なのが素晴らしい。これも『生存術』適性のなせるワザであろうか。
ルークさんにも思案する時間が必要ということで、ひとまずリオレット様達はお城へ、アーデリア様はご実家へ、ライゼー様達はロレンス様と合流する運びとなった。
カフェを出ていく皆様をお見送りし、残った面子はクラリス様とリルフィ様、クロード様、メイドのサーシャさん、魔導師のアイシャさん、ピタちゃん(お昼寝中)……そして、もう一人。
「……さて。私はどうしたものか……」
純血の魔族、オズワルド氏である。
一緒に出ていくかとも思ったし、追い出しても良かったのだが、なにせ今回の功労者だ。助言役としては申し分ないし、俺からもいろいろ聞きたいことがある。
なんといっても彼は『正弦教団』のトップ……とゆーか社外取締役のよーな立場であり、たぶんこの面子の中では一番、『裏社会』の事情に詳しい。
「オズワルド様には、今後について、少しご意見をいただきたいことがあります。相談にのっていただけますか?」
「承る」
……内容も確かめず、即答であった。
その態度をやや不可思議には思いつつ、俺はコタツの天板に陣取り、散歩から帰ってきた猫のよーな心持ちで、まずはゆったりと気分転換の毛繕いを始めたのだった。