65・猫の旅団
一撃で吹き飛んだキャットケージさんではあったが、一応、ある程度の仕事は果たしてくれた。
少なくともアーデリア様の初撃は吸収し、結果、王都にまだ被害は出ていない。
しかもアーデリア様は我々を「敵」と見定めたようで、その視線も王都には向いていない。こっち見てる。すげー見てる。でも目に光がない。怖っ。
……ひとまずこれは「囮成功!」と言っても良いのでは? ダメ? 判定甘い?
目を回しているハチワレ殿をひとまず引っ込め、俺は次の魔法の準備にかかる。
「オズワルド様、威嚇射撃をしつつ後退しましょう! ウィルヘルム様はその間に遠くへ転移を――」
「い、いえ! 僕は、姉上を止めなければ……」
後退しながらも抵抗するウィル君。
オズワルド氏が銃を撃ちつつ舌打ちを漏らした。
「これでは豆鉄砲も同然だな。ウィルヘルム殿、狂乱状態の魔族には親族の区別すらつかん。こういう状況になったら、まず転移魔法で逃げるのが唯一の正解だ。それは貴殿もよくわかっているはずだが?」
「しかし……しかし……!」
珍しい。あの冷静沈着なウィル君が取り乱している……
……いや、違う。
ウィル君が何を考えているのか、ルークさんには手に取るようにわかる。
なぜならそう、『じんぶつずかん』があるから! ……ではなく、ウィル君の性格がわかってきたから。
ウィル君は優しい。オズワルド氏と違って、見知らぬ人々の命にもきちんと配慮できる子である。
「大丈夫です! アーデリア様が王都を壊さないよう、頑張って立ち回ります!」
ウィル君が、ぐっと言葉に詰まった。
あれ? なんか違った?
「……ルーク様。こんなことを言える立場でないのは、百も承知ですが――お願いがあります」
アーデリア様が急加速した。
オズワルド氏が慌てて別方向に距離を取り、俺も大急ぎで叫ぶ。
「猫魔法! キャットバリアー!」
「フシャァァァ……」
眼下の街側から立ち上がった巨大な三毛猫さんが、迫りくるアーデリア様に肉球パンチ!
アーデリア様が数百メートルほど後ろへ吹っ飛んだが、肉球に接触しながらも自ら飛んで勢いを殺したようで、明らかにノーダメージである。てゆーかたぶん魔力障壁的なモノを自身の周囲に展開している。だからオズワルド氏の狙撃もまっっっったく効いていないが、「うっとうしい……」くらいは思われてそう。
キャットバリアさんでどうにか距離を稼ぎ、その隙に俺はウィル君を呼ぶ。
「ウィルヘルム様! 危ないので、ひとまずこちらに隠れてください! 猫魔法、キャットシェルター!」
たちまち空中に開いた猫カフェの扉! ウィンドキャットさんが、その向こう側へウィル君を押し込む。
その直前、彼は溜めていた言葉を口にした。
「ルーク様! 姉を……姉上を、どうか殺さないでください! どんなに危険な存在であっても、僕にとっては大切な……大切な家族なんです。お願いします……!」
泣きそうなウィル君……あれ? 力関係、間違えてない? いま危機的状況なのはむしろルークさんのほうでは……? 猫の心配はしてくれないの……?
しかし問答している余裕はないので、返答はもちろんこうである。
「承りました!」
そしてウィル君は猫カフェに移動。
あとは内部にいるクラリス様達がお茶とか出しておいてくれるであろう。この機会に自己紹介とかも済ませておいて欲しい。
俺はシェルターの扉を引っ込めて、再びアーデリア様と対峙した。
無表情で、自らの周囲にスイカサイズの火球をぽつぽつと数十個ほど浮かせるアーデリア様――
おそらくはあの一発一発が、建物を数棟まとめて吹き飛ばせる火力を秘めている。
しっぽが震えそう……!
しかし逃げる前に、この王都を――否、「トマト様の市場」を守るべく、我が禁断の『猫魔法』を試すだけ試しておくべきであろう。
いざとなったら俺もシェルターへ逃げ込むつもりだが、この街には大勢の人々が暮らしている。何もせずに彼らを見捨てるなど、栄光あるリーデルハイン家のペットにあるまじき醜態である! ルークさんにも最近、ようやく子爵家のペットとしての自覚が芽生えてきた。てゆーか単純に後味悪いし夢見が悪そう。
オズワルド氏が、少し離れた場所から声をよこした。
「精霊殿!? ウィルヘルム殿は今、いったいどこに消え……」
「後でご説明します! 無事なのでご安心ください!」
まずは目の前の脅威、アーデリア様への対応が先である。
一応、策ともいえぬ策は思いついた。
「狂乱」は、魔力が尽きるまで続く――ならば単純に、魔力を使い切らせてしまえば良い!
ただしアーデリア様にそのまま暴れられると、王都がなくなってしまう。
だから、街を破壊させないためには……こちらから攻撃して、アーデリア様が魔力障壁を維持し続けなければならない状況へと追い込み、消耗戦を強いる。
本体に致命傷を与えぬよう、狙いはあくまで「アーデリア様の魔力障壁」のみだ!
「オズワルド様! これから奥の手を使います! 巻き込まれないよう、少し下がっていてください!」
「精霊殿の本気か。ぜひとも拝見させていただこう」
王都上空に浮いた、純血の魔族二人と猫二匹(ウィンドキャットさん含む)――
この広い青空の下、アーデリア様の周囲を漂っていた火球が一斉に散開した。
アレを一つでも街に落としてはならぬ! しかし範囲が広すぎて、キャットバリアではちょっと厳しい!
ルーシャン様から戴いた虫除けのワンド、『祓いの肉球』を天に掲げ(※決めポーズ)、俺は気合を込めて全力で叫んだ。
「――猫魔法、奥義! いでよ、『猫の旅団』ッ!」
天地が震えた。
次の瞬間、王都とその上空のそこかしこで、ポンポンポポポンと無数の小さな煙玉が破裂する!
「「「「にゃーーーーーーーーーーーん!!!」」」」
たちまち世界に響き渡る鬨の声!
そこに現れたのは、お察しの通り。部隊ごとの扮装に身を包んだ数千数万の猫さん達である!
もちろん魔力で構成された方々なので実猫ではなく、その毛並みや目鼻などはイラストかぬいぐるみ的に簡略化されているが、まるで絵本の中から飛び出してきたかのような一団だ。
士気を鼓舞する我が同胞たちの声に背中を押され、ルークさんはすぐさま指示を飛ばした。
「ハチワレ砲術隊、撃ーーーっ!」
「「にゃーーーーぅ!」」
元気なお返事と共に、サッシュ(タスキみたいなやつ)やエポレット(肩のフサフサした飾り)のついたレトロな西洋の軍服に身を包んだハチワレ猫さん達が、空中にセットした大筒から丸い大砲の弾を山なりに撃ち出す。
その数は数百! 初撃の一斉射はなかなか壮観である!
砲弾を撃った後は待機中の猫さんが素早く筒内に火薬を押し込み、次弾を装填、導火線に火をつけ、かわいらしく耳を塞ぐ。所詮は「魔法」なので別に必要ない作業だとは思うのだが、様式美とゆーヤツである。
流れるよーな分担作業で次々に放たれた弾は、アーデリア様がばらまいた火球付近で誘爆し、猫の顔型・肉球型の花火となってその威力を相殺させた。
さらに街の直上には『黒猫魔導部隊』が分散待機。
それぞれ空に向かって魔力障壁を多重展開し、爆風から街を守っている。たぶん被害は(ほとんど)出ていない。何匹か、街の露店からぽろりと地面に落ちてしまった焼き魚を失敬したようだが、アレは戦場での略奪行為であろうか……こんな状況下でお魚くわえて逃亡したドラ猫どもは、いずれ綱紀粛正せねばなるまい。まぁ、それは後で。
「次、白猫聖騎士隊、前進ッ! アーデリア様を包囲せよ!」
「「フカーーーッ!」」
こちらは勇猛果敢なる重装の騎士団! 純白の丸っこい甲冑に身を包み、肉球マークの盾と危なくないように先端をクッション加工にした突撃槍を装備し、ぬいぐるみのよーなホワイトタイガーにまたがった精鋭達である!
突撃による敵陣突破に加えて、前線を押し上げ、押し上げた前線を維持する橋頭堡にもなるナイスガイどもだ。今回の敵はアーデリア様のみなので、四方八方から取り囲んで動きを封じるのが目的。
アーデリア様の動きが止まった。
包囲の抜け道を探しているが、そんなものはない。眼下の黒猫魔導部隊による魔力障壁、動こうとすると飛んでくるハチワレ砲術隊の花火型砲弾、そして逃げ道を物理的に塞ぐ白猫聖騎士隊――この三隊の包囲から単身で抜け出すには、もはや「転移魔法」しかなかろうが、アーデリア様はお空を飛んでいる。地魔法に属する転移は使えない。
ヘタに転移されてよそで大破壊を実行されても困るので、アーデリア様はここで止める!
「今だ! ブチ猫航空隊、爆撃開始ッ!」
「「しゃーーーーっ!」」
N−299型、最新のステルス多用途戦闘機に乗り込んだ大空の勇者たち!
機体のモデルはもちろん往年の名機、F−14「トムキャット」であるが、だいぶ丸くてずんぐりしてる。超音速で飛び回り、威力偵察はもちろん、ミサイル発射から爆撃までこなす頼れるスーパーキャット達である!
とりあえず300機ほど用意した。
集中爆撃がはじまると、アーデリア様の姿は連続する爆風でまったく見えなくなってしまったが、アーデリア様の魔力障壁はまだ機能している。ここは存分に削らせていただこう!
なお観測は各種通信・観測機器を備えたハチワレ砲術隊所属の観測班。インカムつけて機器の周囲に集ったり乗ったりしながらニャーニャー言っているだけに聞こえるが、ちゃんと仕事はしてくれている。見た目で判断してはいけない。
しかしこの分だと、同時召喚しておいたサバトラ抜刀隊、茶トラ戦車隊、三毛猫衛生部隊の出番はなさそうか……
抜刀隊の皆様は後方で花札を始めてしまった。
ところで、なぜ名称が「旅団」なのか?
――なんか響きが、かっこいいから。
……だって「軍団」では悪の軍団とか影の軍団感があるし、「師団」だとなんか軍制の堅苦しさが抜けない。「旅団」も、用語としてはまぁ似たようなものなのだが、「旅」という漢字が良い。旅は良い。温泉旅とかすごい良い。この騒動が一段落したら、リルフィ様達とひなびた温泉地などでゆっくり静養したいものである。そんな観光地がこの世界にあるかどうかはさておき。
話がズレた。
こちらの『猫の旅団』、部隊ごとの個別召喚も可能ではあるが、「旅団」単位での一括召喚は速くて強い。余剰戦力も、いざという事態に備えた大事な保険ということでよかろう。前衛が崩壊した場合には彼らの出番である。
が……
「ニャー!」「にゃーん」「フカー!」「うなーーーーう!」「るるぅ……」「ゴロゴロゴロ……」
……みんな張り切ってるし、大丈夫かな……
アーデリア様はもはやわけがわからぬ状況と思われる。俺もここまで上手くいくとは思ってなかったからちょっとびっくりした。想定以上の戦力で、たいへん心強い。
「……勝ったな」
「にゃー」
格好つけたこの呟きに、ルークさんの背中にまとわりついた高級士官っぽい制服のキジトラさんが合いの手をいれてくださった。この子はどこの子? あ、キジトラ親衛隊か。
そしていつの間にやら、近くにはオズワルド氏が。
あからさまな茫然自失である。
「……………………何が……何が、起きている……?」
「ご覧の通りです。非常事態だったため、仲間を呼びました! 第三次マタタビ大戦を共に戦い抜いた栄光ある勇者達です!」
大嘘である。が、なんかそれっぽい理屈をつけなければ、この惨状……状況には、ご納得いただけぬであろう。
観測班の通信機器に、ノイズ混じりの音声が入った。
『……なん……なんじゃっ、これは!? 爆発!? 音が……! うるさ……! ちょ、待……! ひぃっ!? きゃああっ!?』
……あ。アーデリア様、狂乱が解けて正気に戻ったっぽい。悲鳴は意外とかわいらしい――などと感心している場合ではない。魔力は尽きかけであろう。
「目標の制圧を確認! 全軍撤退ッ!」
「「「「にゃん、にゃん、にゃーーーーーーーーーーーん」」」」
ゆるめの勝ち鬨をあげて、猫さん達はポンポンポポポンと煙玉を残し、一斉に消え去った。
後に残されたのは、ドレスがズタボロになってお胸を手で隠したセクシーアーデリア様。怪我はなさそうである。ヨシ! ……たぶん良くはない。リオレット様に怒られそう。
もはや自力で飛ぶ力もないようで、撤退せずに待機していた白猫聖騎士隊の一騎士が、自らの愛虎の背にアーデリア様を乗せていた。これぞ騎士道精神である!
俺はオズワルド氏を伴い、正気に戻ったアーデリア様の元へパタパタと飛んでいった。
「アーデリア様、はじめまして! 私はウィルヘルム様の友人で、猫の精霊のルークと申します。猫です」
「………………………………ねこ?」
アーデリア様は眼を見開いたまま固まっている。
どっからどー見てもかわいい猫さんやろが。
……あ、三角帽子とマントのせい? でもコレ、(外見的な意味で)ちょっとかっこいいから、割と気に入ってる……
オズワルド氏も一言もない。頬を引きつらせ、笑ってるんだか困ってるんだかよくわからぬ曖昧すぎるお顔である。
ひとまず俺は、この場からお二人を移動させることにした。
「まぁ、立ち話……飛び話もなんですし、お二人ともこちらへ。中にウィルヘルム様とリオレット様もいます。ちょっと今後についての大切なお話をしましょう」
爪で空中に、ぴゃっと縦線を引き、そこにキャットシェルターへの扉を出現させる。
オズワルド氏がびくりとのけぞったが、空間魔法の一種と気づくや、かちかちと歯を鳴らすほど動揺された。
「こんな……よもや、このような……」
「ささ、遠慮なくー」
とりあえずお二人を押し込んでおいて、ルークさんはすかさず降下。ウィル君も中にいるし、一分もかからんし、大丈夫であろう。
カフェの扉は基準点が俺なので、空中で俺が入室すると出口も空中になってしまうのだ。安全のため、まずは街へ降りておく。
どこがいいかな……と、見回したが、何やら様子がおかしい。
眼下の住民たちが皆、空を見上げぼーぜんとしている。
その視線が向く先は――
「……ウィンドキャットさん、ステルスモード発動!」
「ニャー」
やっと気づいて雲隠れした俺は、さっきまでパレードを見物していた高級ホテルの貴賓室へ降りたった。
みんなシェルターに収容してから出発したので、もちろんそこは無人である。
そして改めて、猫カフェへの扉を開けると――その向こうは、ほぼ想定通りのカオスであった。




