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64・狂乱のアーデリア


 松猫さんがとっ捕まえた暗殺犯、シャムラーグさん。

 王を狙った犯罪者である。罪人である。本来ならば有無を言わさず極刑である。

 極刑であるが、しかし……

 だが、しかし……!


「……アイシャさん。すみませんが、こちらの有翼人さんの身柄は、このまま私に預からせてください。ネルク王国には引き渡せません。事情は、またいずれご説明します」

「えっ……あ、はい。ルーク様の仰せのままに」


 アイシャさんは、「亜神の意志を最優先に」という方針で動いてくれている。この要求は通るとわかっていた。もちろんタダでとは言わぬ。これは借りである。

 そういえば以前、彼女は「亜神は法に縛られない存在である」なんてことも言っていた。

 この「法」とは、「人の定めた法律」ではなく、「神々の定めた法則」のことであったが、そもそも猫なので人の法律とも無縁である。法で守られることもないけれど、代わりに従う義理もない。

 権力に弱いルークさん、基本的には遵法精神に溢れているはずなのだが、今回ばかりはこの立場を最大限、活用させていただこう。


 そして俺は、気絶しているシャムラーグさんを監禁し、自殺予防のためのメッセンジャーキャットを一匹と、飲食その他の世話役の執事猫さんを残して、皆様のいる猫カフェスペースへと戻った。

 リオレット様もおそるおそるついてくる。同僚であるアイシャさんのお姿を見て安心はしたようだが、「何ここ?」「何が起きた?」「よもや死後の世界?」みたいな混乱が続いている。が、喚き立てたり騒いだりしないあたりは、さすがルーシャン様のお弟子の魔導師だ。魔族のアーデリア様と仲良くなるくらいだし、見た目の印象より肝が据わってそう。


 リルフィ様とクラリス様は突然の異変に不安顔であったが、リオレット様の無事なお姿を見るなり、はっと息を呑んだ。

 ピタちゃんはどーいうわけか、窓に映った竹猫さんの中継映像に今もじっと見入っている。

 現地では、そろそろ国王陛下の死体が「偽物」だと気づかれている頃だろう。松猫さんの空蝉の術は、ガチの死体を作り出せるわけではない。

 血は色のついたただの水だし、内臓などもないし、そもそも骨や筋肉すらない。じゃあ素材は何だ? と言われると困るのだが、綿の代わりに魔力が詰まった、精巧なぬいぐるみのよーなモノである。遠目にしかごまかせぬ。


 リオレット様が、クラリス様と俺を交互に見た。

「君達は……もしや、ライゼー子爵のご息女と、飼い猫の……?」

「はい、数日前にご挨拶をさせていただきました、クラリス・リーデルハインと申します。こちらは従姉妹のリルフィ・リーデルハイン。魔導師です」

 クラリス様がしゃなりと一礼し、あわせてリルフィ様も慌てて頭を下げた。


 リルフィ様ほどの神話的美少女を前にしても、リオレット様にそのことへの動揺は見られない――

 やはりクロード様が言っていた通り、この世界のモテ基準において、お顔とお胸の優先順位はさほど高くないのか……いや、そーいやリオレット様はアーデリア様にご執心であった。恋愛真っ最中の若者が、そう簡単に目移りされても困る。

 俺はリオレット様を見上げた。

 

「ここは安全な隠れ家のよーなものです。今は緊急時ですので、詳しいお話はまた後ほど。ただ、我々のことは他言無用に願います。ルーシャン様なら詳しくご存知ですし、今から外へお送りしますので、お城あたりで合流してください。暗殺者の仲間がまだいるかもしれませんので、街側には戻らないほうが良いかと思います」

「それは……そうだね。ありがとう。どうやら私は、お師匠様と謎の猫殿に助けられたわけか――」


 リオレット様は熟慮の末に多くの言葉を飲み込み、ひとまず現状を受け入れてくれた。自身の瞬間移動も、「魔族が使う転移魔法的なモノ」とでも判断したのだろう。あとたぶん、この猫カフェが異空間だとまだ気づいていない。


「アイシャも、事情は後で聞かせてもらうが、まずは礼を言いたい。裏で動いてくれたんだろう?」

「いえー。私はなんにもー……いえ、ガチでなんにも。ていうか、リオレット様、本当にびっくりするぐらいの強運ですよね……アーデリア様の存在といい、こちらのルーク様のご助力といい、この御縁がなかったらもう六回くらい殺されてますよ……?」

「……そ、そんなに? 三回くらいなら心当たりもあるんだが……ラライナ様も、困った方だ」


 重い溜め息。

 あ。この誤解は今後のために、きちんと解いておかねばなるまい!

「いえ、今回の襲撃は、ラライナ様はまったくの無関係です。証拠はお見せできませんが、先程の暗殺者は『レッドワンド将国』の人間で――リオレット様であれロレンス様であれ、とにかく『新しい王』を襲撃するよう、命令を受けていたようですね。仮にロレンス様が即位していた場合には、ロレンス様が襲われて、リオレット様に濡れ衣が着せられていたと思います」


 リオレット様が、自身の頭をごつんと拳で殴りつけた。おっと、急にどうした?


「……私はまた、馬鹿な勘違いをするところだった。ルーク殿、助言に感謝する。真に警戒すべきは、やはりあちらの国か……ロレンスも指摘していたが、我々がいがみあっていると、レッドワンドにとってはその状況こそが付け入る隙になってしまう。今後も思い込みや流言飛語には気をつける」


 どうやら自省の一撃であったらしい。生真面目な方である。

 リオレット様をお城に送るため、まずは俺が先行して移動しようとした矢先。

 竹猫レポーターの中継映像に見入っていたピタちゃんが、ぽつりと呟いた。


「……ルークさま。おひさまが、二つある……」


 あー。ピタちゃん、おひさまを直に見たらダメだよー。

 ……って、ほんまや。

 青空に光源が二つ!

 片方は本物の太陽である。前世の地球を照らしていた太陽系の太陽とはもちろんまったく別物の恒星であるが、サイズや距離はともかく、機能としては似たようなものだ。

 もう一つは……赤っぽい。ここから見上げた大きさは似ているが、たぶん距離が非常に近い。

 空の彼方とか宇宙の向こうとかそういう位置関係ではなく、明らかに王都上空。鳥さんでも届きそうな位置だ。

 そんな場所に、二つ目の「おひさま」などがあるわけもなく。


「……アイシャさん、なんですかね、アレ?」

「知りませんよぅ……ルーク様にわからないものが、私にわかるわけないじゃないですか」


 えー。この世界の特殊な自然現象とか王家の秘密兵器とか、そーゆーモノであった場合、アイシャさんのほうが詳しいはずですし。

 でも、心当たりがないとゆーことは……あんまり良いモノではなさそうだ。

 ん? 光源を遠巻きにして、何か別のものも飛んでるな……?


「竹猫さん、ちょっとあそこズームして!」


 カメラマンとして実に優秀な竹猫さん、中継映像をワイプで拡大してくれた。現場でリアルタイム編集とかすごすぎるんですけど、どうなってんの?

 リルフィ様が首を傾げる。


「……人? ですよね……?」


 そこに映っていたのは、この場では俺とアイシャさんだけが知るある人物――

 ちょっと洒落た軍服の、そこそこ美形な空間魔法の探求者……魔族のオズワルド・シ・バルジオ氏だ!

 彼は空を飛びながら、二つ目の太陽っぽい光源に向かって、必死で何かを叫んでいた。パレード周辺の喧騒が酷くて聞き取れないが、緊急事態であることは間違いない。

 あのオズワルド氏が、姿を隠さずにここまで慌てる相手とは……?


「様子を見てきます! クロード様達にもこのシェルターに入っていただきますので、皆様はここで待機していてください!」


 できればライゼー様達も放り込みたい。が、まずは状況の把握が先である。もちろん準備はしておこう。


「あっ……ルークさん……! あの、気をつけて……!」

「ルーク、危ないことしちゃダメだよ?」

 心配げなリルフィ様とクラリス様の声に尻尾をひかれつつ、俺はキャットシェルターを飛び出した。


 ……不吉なことを言うようだが、「外で俺が死んだら、このシェルターはどうなるのか?」という疑問はある。が、こればかりは検証のしようがない。

 一応、非常口は用意してあり、窓を開ければ外の世界に出られるのだが、その出口の起点はやはり俺なので……どうなるの?

 それでも非常時には「外」より安全であろうし、俺も危険を察知したらこのシェルター内にすぐ逃げ込めるので、今は仕方あるまい。極端なことをいえば、外に隕石が降り注いでもこの中なら安全である。


 扉を抜け出た先は、先程の貴賓席の一隅。

 熟年夫婦みたいな距離感でお茶を飲んでいたサーシャさんとクロード様が、びっくりした顔で俺を見た。あんまイチャついてないな……さては盗視と盗聴を警戒したか。


「ル、ルークさん? まだ、復路のパレードは……」

「それどころではなさそうです。ここからではもう見えませんが、王様の馬車が暗殺者に襲われました」

 たちまち瞠目するクロード様。

「えっ!? じゃあ、陛下は……!?」

「リオレット陛下はご無事ですが、他にも何か起きていて、状況を把握しきれないので直接向かいます。クロード様達も一旦、シェルター内に避難してください!」

 キャットシェルターへの入り口を開け放ち、お二人を誘導……するのもめんどくさかったので、ウィンドキャットさんに抱えてもらってまとめて放り込む。

「わあっ!?」

「あっ……ク、クロード様っ!?」

 お二人はもつれ合って抱き合う格好となってしまったが、急いでいるのでご容赦願いたい。別にわざとではない。てゆーかクロード様がサーシャさんを庇おうとして抱えただけなので、ルークさんはむしろ悪くない。よくやったクロード様。その行動はたぶんポイント高いぞ!


 そして俺はそのままウィンドキャットさんの背に飛び乗り、ホテルの窓から空へ向かって一直線! ついでに、いざという時のために松猫さんをライゼー様達の傍へ派遣するのも忘れない。

 ウィンドキャットさんは打ち出されたロケットのような勢いで、あっという間に高度を稼いだ。


 二つ目の不可解な太陽――

 その正面に対峙するオズワルド氏の元へ、俺は一目散に向かう。

 こうなっては姿を隠すことなどどーでもいい。てゆーか、仮にオズワルド氏があの光源相手に戦闘行為を始めた場合、姿を隠したままだと俺も巻き添えをくらいかねない。フレンドリーファイアは勘弁である。

 あ、でも一応、「精霊」っぽさを出すために変装はしておこう。さっきアイシャさんから貰った安眠グッズ一式、あれを装備すれば、とりあえずただの猫には見えぬ。

 首にマントを巻き、三角帽子をかぶり、肉球マークの杖を装備――

 これでどこからどー見ても、「ただの猫」ではなく「コスプレした猫」である!

 ………………変装の意味あるのか、コレ? まぁ、ないよりマシ……とは思いたい。帽子のつばで顔も隠せるし、マントで毛並みの模様もちょっとはごまかせる。

 気を取り直して、俺はオズワルド様のすぐ傍へ到達した。


「オズワルド様! 猫の精霊です。異変に気づいて実体化したのですが、これは何事ですか!」


 ほんのちょっぴり嘘を混ぜ込みつつ、三角帽子のつばで目元を隠して問う。

 オズワルド氏は一瞬、驚いた顔をしたものの、すぐに本題へと入ってくれた。どうやらかなり焦っておられる。


「精霊殿か! まずいことになった。アーデリア嬢が……例の王族の死を目撃して、『狂乱』に陥った。よもや、たかが人間ごときにそこまで執心していたとは――」

「狂乱?」


 あの二つ目の太陽、アーデリア様か!?

 俺は手元にじんぶつずかんを広げつつ、オズワルド氏へ確認する。


「あの中にはアーデリア様がいるのですね? えっと、リオレット陛下はご存命ですので、それを知らせていただければ……!」

「生きているのか!? ……いや、私も必死に呼びかけたのだが、もう声が届かん。既に『繭』ができてしまっている。すぐに孵化がはじまり、その後、周囲一帯は灰燼(かいじん)に帰すだろう。この王都は……壊滅する」


 …………は?


「繭? 孵化? 狂乱って、何か別の生き物になっちゃうんですか!?」

「いや、繭と孵化とは言葉通りの意味ではないが、要するにこれから、『自我を失った状態での暴走』が始まる。純血の魔族は、怒りや悲しみといった強い負の感情によって我を失うと、光の繭を形成して大量の魔力を身の内から絞り出す。これは数分で限界に達し、繭の破裂と同時に見境なしの暴走が始まる。これが『狂乱』だ。純血の魔族が『街を消し飛ばした』とか『一国を滅ぼした』などと言われる時には、大抵、これが起きている。

 精霊殿はすぐに逃げろ。あと……可能なら、ウィルヘルム殿を見つけて逃してほしい。こんな事態の巻き添えになっては不憫(ふびん)だが、王都のどこにいるのかわからんのだ。転移魔法を使えるから、いざとなれば大丈夫だろうとは思うが――」

「えっと……あの、オズワルド様は逃げないのですか?」

「私は、せめて囮となって、少しでも奴を郊外に引き出す。最終的には転移して逃げるしかないが、正弦教団の連中が避難する程度の時間は稼いでやりたい。他国の王都などどうなろうと構わんが、死なすには惜しい者もいてな」

 オズワルド氏、眼下のパレードを一瞥した。

「リオレットを以前、狙撃した時には、念のためにあらかじめ逃しておいたのだが……あの後、暗殺の狂言のために人員を王都へ戻してしまった。さっき配下の者に退避を指示したが、間に合うかどうか、はなはだ怪しい――まぁ、数人でも助かれば良しとする」


 ……意外と面倒見いいな!

 人間を手駒にするとは言いつつ、手駒を大事にするタイプの人である。ちょっと見直した。

 が、リオレット様狙撃事件の時には「王都とか滅んでも別に?」という方針だったようなので、そこはマイナス10点。差し引き0である。この方には、もーちょっと身内以外の小さな命に対する慈しみというものを持って欲しい――

 アーデリア様を包んだ光の繭は、話している間にもどんどん膨張していく。


「その狂乱とやら、止める手段はないんですか!?」

「……魔力が枯渇するまで暴れ回れば、自然に止まる。この見境のない『狂乱』こそが、純血の魔族が恐れられ、災害のように扱われる所以(ゆえん)だ。そして――我々が、人に混じっては生きられぬ理由でもある。我を失うほど怒るたびに、街や国が一つ消し飛ぶわけだから、危うくて仕方ない……さ、行かれよ、精霊殿。残念ながら、この都はもう終わりだ」


 そーゆーわけにはいかんやろ!

 いや逃げたいけど! 逃げる気満々ですけど! せっかく内乱の危機を脱したのに、ここで王都壊滅とか洒落にならぬ!

 何よりここは、今後、トマト様の大事な市場(しじょう)となる予定の街。アンテナショップもできる予定の大事な輸出先である。

 トマト様の覇道を阻む者に、ルークさんは容赦などしない……!


 ………………あと。

 ウィル君の大事なお姉様に、『王都壊滅』なんて罪業を背負わせるのもやだ。


 俺はヒントを探して『じんぶつずかん』を広げる。

 あ、ウィル君の居場所も探しておこう。ええと……雑貨屋で妹さんへのお土産を物色中……?

 パレードは見ていなかったようで、まだ諸々の状況に気づいていない。

 よし、メッセンジャーキャット送信!


『アーデリア様が王都上空で狂乱のきざし。助言求む。もしくは転移魔法で脱出されたし』


 まずはこれで良かろう。

 俺は光の繭を睨みつつ、ない知恵を絞って必死に考える。

 

「そーだ! あの、以前にオズワルド様を閉じ込めたキャットケージ! あれでアーデリア様を囲ってしまうのはどうですか!? あれは内部で魔力を反射します。アーデリア様が狂乱状態でも、周囲への被害を防げるのでは!?」

「……あのケージの耐久性次第だが、いけるかもしれん。ただし、反射された攻撃がアーデリア嬢に跳ね返るから、本人はおそらく無事では済まない。正常な判断力を失っているから、それこそ死ぬまで暴れ続けるだろう。精霊殿がアーデリア嬢を殺してでも王都を守りたいならば、それも一策だと思う」


 トロッコ問題やめて……! 一介のペットにその選択は重い!

 ……とはいえ、王都に住まう数万、あるいは十数万かそれ以上の人々の命と天秤にかけてしまうと、あまり迷っている場合ではないのかもしれない……


 ……いや待て。

 猫魔法は、まだまだ発展途上である。できることとできないことの壁が自分でもイマイチよくわからんのだが、たとえば(ケージ)の機能を「魔力反射」から「魔力吸収」に変えるとゆーのはどうだろうか?

 ぶっつけ本番で申し訳ないが、これはできてもおかしくない……よーな気がする。檻の内部を「攻撃を反射する鏡」から、「攻撃を吸収するスポンジ」に変えるよーなイメージ。

 超越猫さんもリルフィ様も「魔法はイメージが大事」というニュアンスのことをかつて言っていたが、確かに猫魔法も、イメージに失敗すると普通に発動しないのだ。

 たとえば「お料理ができる猫さんを出して」と漠然と考えても、出てきてくれない。

 しかし「ジャガイモの皮むきをして」とか「煮込み料理の火加減を見て」とか「180度のオーブン的な感じで40分加熱して」ぐらいの具体性のある指示を出せば、これは普通に実現する。あとサンドイッチぐらいなら作れる。

 キャットシェルターにしても、漠然と「異空間に猫カフェ作って!」と考えただけではできなかったのだが、前世の知識から「バーチャル空間にマイルームを作るような感じで、間取りはこうで壁と床のテクスチャと質感はこうやって、ここに置く家具はこういう形状で……」と細かな試行錯誤と共に組み立てていったら、手間と時間はかかったがどうにか成功した。

 おそらくは「イメージの具体性」が重要なのだろう。「鏡」のイメージで「魔力の反射」ができたように、「魔力の吸収」を成功させるためには「吸収に適した素材」のイメージが重要となる。「スポンジ」系ならイケるのではないか。


「猫魔法! キャットケージ・低反発仕様!」

「……フギャーァ」


 四方八方から現れた白い格子が、アーデリア様の光球を囲んでドッキング!

 その頭上で目付きの悪いハチワレ様が不機嫌に唸る。

 キャットケージ、完成である!

 オズワルド氏が眉根を寄せた。


「私の時とは、檻の色や形状が違うな……黒と白とで性能が変わるのか?」

「オズワルド様を閉じ込めたケージは内側で魔力を反射しましたが、今回は魔力を吸収する仕様です!」


 発動はしたが、効果的に機能するかどーかはちょっと怪しい。

 なんかこー……「鏡」だと、割れない限りは半永久的にいろいろ反射してくれそうだが、「スポンジ」とか「低反発素材」だと、一定量の水しか吸えないとか、あるいは衝撃を吸収して潰れた状態では、さらなる次の衝撃を吸収できないとか、そういう制限が発生しそうな気がする。


 オズワルド氏は不審顔。


「……精霊殿。あの檻、先日は、罠のように仕掛けられていたと思うが……今、貴殿はここに来てすぐ、詠唱や結界といった下準備なしで、あの魔法を即座に発動させた。あれは、もしや――『魔法』ではなく、なんらかの特殊能力なのか?」

 ルークさんよくわかんない。

「魔法は魔法です。ただ、猫にしか使えない『猫魔法』という分類でして……あまり参考にはならないかもしれません。全部片付いたら、お約束通り、会話の席は設けます」

「ありがたい。なんとしても、無事に事を収める必要が出てきたな」


 オズワルド氏が魔道具の銃を構えた。

 赤い光の球が膨張をやめ、凝縮して人の形を取り始める。

 その姿は、俺の知るアーデリア様とは少し違っていた。


 漆黒のドレスは、炎のような紅蓮へと転じ。

 赤く艷やかだった長髪は、より艷やかな金色の光に包まれ。

 あんなに快活だったはずの瞳は、感情を失った人形のように見開かれている。


 ……一目でわかる。アレはヤバい。ヤンデレを通り越して破壊兵器、あるいは意志を持たない災厄の類である。

 ちょうどその時、眼下の王都から推しが飛んできた。


「ル……精霊様! オズワルド様! 姉上が狂乱したのですか!?」


 魔族の貴公子、ウィル君である! メッセンジャーキャットは無事に届いたらしい。撤退していただいても良かったのだが、まぁ、ウィル君なら性格的にぜったい来るよね。

 オズワルド氏が口の端で笑った。


「ウィルヘルム殿か。気づいてくれて良かった。すぐに地上へ降りて、転移魔法で遠方に逃げろ。狂乱中の魔族には肉親の声すら届かん。貴殿に万が一のことがあれば、アーデリア嬢はそれこそ、また狂乱を繰り返……」


 ケージの中で、アーデリア様が両手を自然体に広げた。

 たちまち彼女の周囲に、サッカーボール大の炎の球が十数個ほど生まれる。

 ウィル君が頬を引きつらせた。


「神炎百華……!? 姉上、おやめください!」


 檻が光った。

 太陽が爆発したかと錯覚するほどの閃光!

 オズワルド氏やウィル君は腕で顔を庇い、俺も思わず眼を肉球で塞いだ。猫さんの眼は夜目が利く反面、強い光には弱いのである。

 直後、ウィンドキャットさんの防護結界が爆風にゆらぎ――恐る恐る、眼を開けると。


 底面と側面が吹き飛び、天板だけになった(ケージ)の上で、ハチワレ殿が眼を回しておられた。

 ……あかん。これはあかん展開。


 早々に檻を破って脱獄を果たしたアーデリア様は、あくまで無表情のまま――

 凛として煌々(こうこう)と、我々の眼前に浮いていた。


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― 新着の感想 ―
この世界は酷く残酷な運命がそこかしこに溢れているが、亜神ルークと縁を繋いだ者は須く鬱展開が粉々に粉砕されて希望の未来に変化するのですなぁ… いずれアニメ化されるであろう本作ですが、一足先に脳内では「…
[良い点] ハチワレ様が!?にゃんと!!!
[良い点] スポンジだもの。吸収量に限界ありなら負けフラグ立ってたし。 重量の1000倍くらい吸える吸水ポリマーだったらワンチャン勝てたかもだけど、よく知らない素材を猫魔法に使おうとしても失敗するから…
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