61・猫の新装備
ネルク王国、王都ネルティーグにおける春の祝祭は、春の終わりから初夏にかけて行われる。
期間は一週間――ということになっているが、準備期間も含めると二~三週間はお祭り気分が持続し、特に夜の「舞踊祭」を控えた最終日には、皆が路上で朝から晩までレッツダンシングする。
それが今日!
ホテルの前でも朝から音楽が鳴り響き、紙吹雪が舞い、老若男女がひらひらくるくるとパリピっぽく踊っていた。陽キャめ……(ゴゴゴ……)
舞踊祭そのものはあくまで夜だけのイベントらしいのだが、夜を待ち切れないパリピどもが朝から勝手に騒いでいる、という流れである。
やや陰キャ寄りのルークさんにはちょっとまぶしい光景。
俺をお胸に抱えたリルフィ様も、やや困ったよーな苦笑いで、宿の窓から眼下の喧騒を眺めていた。
「……想像以上に、賑やかですね……私、こういう雰囲気は、ちょっと苦手で……」
「わかります。私も、下手に足元をうろちょろしたら尻尾とか踏まれそうで、ちょっと怖いです」
俺の感想に、リルフィ様が不思議そうなお顔をされた。
「でも、ルークさんは……ダンスがお好きなのでは……?」
「昨日のアレはダンスではなく、体をほぐす体操なのです。そもそも私のサイズだと、一緒に踊れる相手もいませんし」
踊っている眼下の皆様は、家族親類カップル友人と関係性はけっこうバリエーション豊かっぽいが、基本的に「一人ずつ勝手に踊る」という感じではなく、二人〜四人くらいで一組な感じ。
パートナーを次々変えて、みたいな踊り方もあるものの、いずれにせよ、誰かと手を取り合う感じのダンスである。すなわち、型は違うが「盆踊り」ではなく「社交ダンス」の系統。
猫が一匹でヒゲダンスとかブレイクダンスとかカポエイラとかを披露する空気ではない。そんな技術もあるわけない。
リルフィ様は少し考えて、俺を寝台の上におろし、ご自身は床に膝をついた。
そして、真正面からそっと俺の両手をとる。
「少しだけ……ここで、一緒に踊ってみませんか?」
………………これは「一緒に踊る」とゆーより「猫を踊らせる」という遊びであろうが、しかしリルフィ様の清楚で可憐な一撃必殺の微笑みを前に、煩悩の塊たるルークさんが拒絶などできるわけがない……!
「はい、ぜひ!」
元気よくお返事し、窓の外の軽快な音楽にあわせ、俺はリルフィ様とつないだ両手を適当に動かし始める。
あわせてベッドの上でよちよちとステップ。たまにくるりとターンして、猫特有のしなやかな動きでポーズを決める。どやー。
「あははっ♪ ルークさん、お上手です!」
リルフィ様の珍しくはしゃいだ声が嬉しくて、そのまま二曲ほど踊らせていただいた。あっという間に体力尽きた。
「ちょ、ちょっと休憩を……!」
「はい。お疲れさまでした!」
お祭りの空気に感化されたのか、今日のリルフィ様はちょーご機嫌である。ハイライトさんも快適な職場環境でイキイキと働いておられる。でも過労には気をつけて!
運動後、水分補給の麦茶を飲んでいると、ピタちゃん(ウサギ形態)にまたがったクラリス様が部屋に入ってきた。熊にまたがった金太郎を連想してしまうが、絵面はだいぶ可愛い。ピタちゃんもすっかりリーデルハイン家のペットとして馴染んだ感がある。まだ旅先なのに。
「ルーク。お昼から、新しい王様のパレードが王都を回るの。お父様が、ルークが一緒なら見に行ってもいいって」
あー。
そういえば王都に着いたばかりの日、宮廷魔導師ルーシャン様のお弟子のアイシャさんが、なんかそんな感じのことを言ってたな……「最終日の夜には舞踊祭があって、例年ならその直前に国王陛下のパレードがある」とかなんとか。
ハルフール陛下は亡くなられたので、今年のパレードでは、そこに新しい王であるリオレット様が登場するのだろう。
あの頃は「王位継承の行方が不穏」とか思っていたが、なんだかんだでうまくまとまった今、安心して見物できそうである。
「ライゼー様はそんなにお忙しいのですか?」
「パレードの警備。ヨルダおじさまと一緒に馬で随行するみたいだから、見えると思う」
む。それは軍閥のお貴族様的には、一種の晴れ舞台なのではなかろうか。ペットとして見逃すわけにはいかぬ!
リルフィ様がわずかに首をかしげた。
「えっと……クラリス様、最初から、そんな予定でしたか……?」
「ううん。昨日の夜、急に決まったんだって。陛下の馬車の前を、ロレンス様の馬車が先行するから、そっちの警備に加わって欲しいって」
なるほど。第二王子と第三王子――既に王と王弟だが、王弟ロレンス様側の警備に軍閥の貴族を加えることで、正妃閥との関係が悪化していない旨を内外に示したいのかな。となれば経緯上、ライゼー様の起用は適任である。
しかしリルフィ様、人混みは大丈夫……?
この数日の王都滞在で、外出にはそこそこ慣れていただいたのだが、少々不安ではある。まかり間違って陽キャにナンパでもされたら、ルークさんも嫉妬で王都を滅ぼしてしまいかねないし(※そんな力はない)、スリとか痴漢の被害とゆーものも一応は有り得る。
もしも道があまりに混雑していた場合には、クラリス様達も含めて、キャットシェルター内からパレード見物をしていただこうかな。
そんなわけで、ライゼー様達は午前のうちにお城へと向かってしまい、我々は午後から新しい王様のパレード見物ということにあいなった。
午後までの残り数時間をどうしよーかな、とか考えていたところ――
「ルーぅクぅさまっ♪ あっそびーましょ♪」
陽キャが来た。
ライゼー様達と入れ替わるよーにして現れたのは、ルーシャン様の弟子筆頭、魔導師のアイシャさん。
彼女は『夢見の千里眼』なる不可思議な特殊能力を持っており、俺とルーシャン様を結びつけた張本人である。
リルフィ様の抱っこに若干、変な力が加わったよーな気がしないでもないが、もちろん完全に気のせいであろう。ルークさんってばたまに意味もなく神経質だからホラ。
そのフリーダムな挨拶ぶりに、初対面のクロード様はびっくりされていた。
「えっ……ルークさんのお知り合いですか……?」
「ルーシャン様のお弟子のアイシャさんです。アイシャさん、こちらはリーデルハイン家の跡継ぎ、クロード様です」
「ああ、そうでしたか。はじめまして。お名前はかねがね――」
品よく会釈するクロード様とは対照的に、アイシャさんのほうは指を胸の前で組みあわせ、あざといくらいの笑顔で眼をキラキラさせた。
「あっ! 知ってます! 士官学校で有名な『ドラウダの魔弓』、クロード様ですよね!?」
「…………………………なんでご存知なんですか」
クロード様の頬がやや引きつった。
ドラウダ……聞き覚えが……?
あ。リーデルハイン家の裏側、転生直後の俺が迷い込んでいた山が、確か「ドラウダ山地」であった。
山地の大部分は国有であり、道らしい道もない。落星熊さんみたいなやべー獣がそこそこいるので、開拓が難しく、貴族の所領にもしにくいらしい。数十年前に「落星熊討伐!」みたいなことを言い出した欲深な有力貴族様が返り討ちに遭って以来、山地の奥はほぼ禁足地扱いなんだとか。
リーデルハイン領はその裾野の一隅に位置しており、そーいえばライゼー様も正妃様に自己紹介した時、「ドラウダ山地に領を賜っております」云々と言っていた。
クロード様のあだ名?は、その地方の出身者だから、という意味であろう。中二とか言ってはいけない。クロード様の顔色を見る限り、たぶんコレ本人が名乗ったモノではない。
で、なんでそんな呼び名をアイシャさんが知ってるの?
「ルーク様の存在を夢で知った後、リーデルハイン家のことを少し調べまして、その時に、士官学校にいる友達からクロード様の噂も聞いたんです。領主課程にとんでもない弓の名手がいて、それがリーデルハイン家の人だ、って! なんでしたっけ? 遠くから連射した大量の矢で、地面に点描で絵を描いたとか、一〇〇メートル先の台に固定した小さな木の実を粉々に砕いたとか、新任の教官から素で弟子入りを志願されたとか、あと実家のメイドさんのことが好きすぎてだいぶこじらせてるから誰かいい子紹介してやれとか――」
なんで最後にオチをつけた。
クロード様、真っ赤である。サーシャさんもぷいっと横を向いてしまったが、ルークさん知ってる。アレは完全にデレ隠し。既にデレている状態を必死に隠そうとして失敗してるヤツ。ふー、ごはんがすすみそう。これをおかずに銀シャリ二杯はイケる。猫なのでちょっと少食。
クラリス様が眼をぱちくりとさせた。
「魔弓……? 兄様って、そんなに弓が得意だっけ?」
「私も、弓をお使いになっているところはあまり見た記憶がありませんが……」
ルークさんは初対面の時点で、クロード様の適性が「弓術A」だと知っている。他にも気になる要素はあったが、サーシャさんまで知らぬとは……
ていうかぶっちゃけ、俺も「弓術Aの実力ってどのくらい?」というのを実感として理解していないため、「ほかのひとよりすごそう!」という程度のことしかわからぬ。
撃った矢で地面に点描の絵とか描けるものなの? 射程一〇〇メートルってアーチェリーだとどのくらいのレベル? 金メダルとれそう? 実家のメイドさんについてはなんとなく知ってるから別にいい。あえて突っ込まない。むしろどうしてご学友にバレているのか。
「弓は……的に当てるのは得意なんだけど、威力はなくて。でもそれを父上に知られると『猛特訓!』なんてことになりそうだから、士官学校に入るまでは秘密にしておこうって、ヨルダ先生に言われたんだ。体が成長する前に威力を求めると、怪我や骨格の歪みにつながるから、あんまり良くないんだってさ」
ふむ。ヨルダ様の教育方針、とゆーことか。
ヨルダ様自身が達人だし、達人の卵を見て、おそらくいろいろと思うところがあったのだろう。
「………………あと父上は弓が不得手だから、息子に張り合おうとされると、練習につきあわされるこっちが迷惑だ、みたいなことも言ってたけど」
ヨルダ様、言いそうーーーー。
いまだ納得してなさそうなクラリス様、サーシャさんはさておき、アイシャさんはクロード様の腕前を疑っていないようだった。
「ネルク王国では、伝統的に槍兵と拳闘兵が主力なので、弓術ってあまり重視されませんけど……他国だと主力になることも多いですし、軍部では弓兵部隊の増強って割と死活問題らしくて、クロード様のことはうちでもちょっと話題になってたんですよ」
これには俺が首を傾げる。
「ライゼー様のご子息ですし、軍部で話題になるのはわかりますけど……アイシャさんとこって、魔導研究所ですよね? どんな話題に?」
アイシャさんが、「あ」と口を押さえた。が、もう遅い。
「んー……まぁ、機密ってわけでもないので、ルーク様には言っちゃいますけど、言いふらさないでくださいね? 魔導研究所では、魔道具の『兵器』の研究もしています。で、軍部からいま依頼されているのが、『魔導師じゃない素人の兵にも使えて、威力が高くて命中精度にも優れていて、安価で量産できる魔道具の弓』なんです。なんでも遠くの国でそんな技術が実現したらしいんですが、詳しいことは不明で――今でも魔道具の弓自体は存在していますが、基本的に高価ですし、『達人が使うと威力を発揮するもの』とか『魔導師が扱う前提のもの』ばかりなので、一般兵が使えるレベルで実用性と量産性、更に廉価を兼ね備えるとなると、これがなかなか……で、これから研究の助言者として弓の達人を探す予定でして、クロード様のお名前も候補に挙がっています。武器開発はちょっと部署が違うので、私がそれを知ったのはルーク様の夢を見た後でしたけど……『けっこうかわいい』とは聞いていたので、実際にお会いできて納得しました!」
あっけらかんと笑い、クロード様の手をきゅっと握って華やいだ声を出すアイシャさん……これが、陽キャ……!
しかしクロード様は慌てて距離を取る。サーシャさんの前で醜態は見せられぬ……!
「そんな話になっていたとは知りませんでした。正式な依頼があった場合には、軍閥に属する子爵家の一員として、微力を尽くす所存です」
クロード様は割とマジ顔のご対応。
ふむ。どういうムーブだ、これ……? 少なくとも、アイシャさんに見惚れて緊張してる、という感じではない。また格好つけているという感じでもない。じんぶつずかんを見れば一目瞭然なのだが、危機管理以外の目的ではあんまり使いたくないからやめておこう。
その上で推測するに――あ。そーか、アイシャ様は言動こそ軽めだが、将来の宮廷魔導師候補であり、格は現時点で子爵級、人々への知名度なら伯爵級とまで言われている。
つまりクロード様のこの対応は、上官とゆーか、目上の人間に対する距離感を保ったムーブなのであろう。
貴族社会の一員として。軍閥の一員として。そしてリーデルハイン家の跡取りとして。
普段は柔和に見えても、クロード様にはちゃんとその御自覚が備わっている。そこはやはりライゼー様のご子息だ。
アイシャさんは、次いでリルフィ様に視線を向けた。
「それから、えっと……こちらはリルフィ様に! お師匠様からのお届け物です。先日お話しした、聖教会の教義とは関係ない、神聖魔法の修行に関する効率的な教本ですね。一般には出回っていないので、他の人には内緒ですよ? あとこちらは写本なので、返却の必要はないそうです。それから、水属性系のオススメ本も……これは私からです」
おお。以前の面会時に約束していたあの品か! 神聖魔法には俺も興味あったので、これはありがたい限りである。
「あ、ありがとう、ございます……! 大事に読ませていただきます……!」
リルフィ様、緊張しつつも嬉しそう。これだけでもわざわざ王都まで来た甲斐があった。
アイシャさんは、さらに続けて手荷物のカバンをごそごそと。
「ルーク様にもお土産があるんです。お師匠様が以前に作った魔道具を、ルーク様用に仕立て直したものなんですが……ちょっと便利なので、ぜひ献上したいと」
献上て。
そしてアイシャさんが取り出したのは――
「帽子とマントと……子供用の杖? ですか?」
まずは紫色のとんがり帽子。これは魔女とか魔法使いの定番アイテムである。
同色のマントは天鵞絨系の高級感ある生地で、どちらもサイズは明らかに猫用。いや、ルークさんにはちょっと大きめか?
最後の杖は、杖というより指揮棒といったほうが近いかも。マジックワンド、というヤツであろう。持ち手側の柄尻に紫色の宝石がついている。棒側の先端には肉球っぽいモチーフの細工がついており、子供用のおもちゃ感は否めない。
が、これは、もしや……ルークさんの大幅パワーアップイベント到来なのでは……!?
この三品を机に並べ、アイシャさんは通販番組のようなドヤ顔を見せた。
「ご使用には慣れていただくのが一番なので、説明は手短にいきますね。どれも魔力が必要なので、一般人には使えない魔道具なのですが……まずこちらの帽子は、『睡魔の帽子』といいます」
「ほう」
「頭にかぶると、眠りの質を高めて、安眠しやすくなる効果があります。悪夢とかも見ません」
「なんと」
「次にこちらのマントは『午睡の外套』。首に巻くタイプの留め具がついていますので、猫さんでもそのまま装着できます」
「ふむ」
「この外套は、外気温に応じて内部の温度が変化します。暑い夏には涼しく、寒い冬には暖かく――具体的には、気温30度だと外套の内側は25度前後に。気温10度だと外套の内側は22度前後になる感じです。さらに夏は体温を放出するのでよりひんやりと、冬は体温を逃さないのでより暖かく、カタログスペック以上の快適さをお約束できます」
「すげぇ」
「最後にこの、『祓いの肉球』!」
「はい」
「魔力を注ぐだけで、自動的に小規模な虫除けの結界を張ってくれます。持続時間は七時間程度です。蚊とかムカデとかゴキブリとかカメムシとかハチとか一切寄せ付けません」
「まじか」
ルークさん、思わず瞠目した。
見た目とは裏腹に、戦闘的な要素などを一切もたない、この「安穏たる惰眠」の実現だけに振り切った高機能(猫用)寝具の数々……!
ルーシャン様はさすが、猫のニーズというものをよくご理解しておられる。すばらしい。ほんとすばらしい。
「ありがとうございます、アイシャさんっ! 大事に使わせていただきますっ!」
「そう言っていただけると、お師匠様も喜びます。ぜひルーク様に使っていただきたい自信作だそうです!」
ルーシャンさま……すき……!
……ルークさんは割と物に釣られる。金とか名誉とかにはあまり釣られないが、農作物と惰眠は鉄板である。
さっそく使ってみたいのは山々だが、まだ午前中だし、これからお昼ごはん、その後はパレード見物、夜は舞踊祭と立て込んでいる……試用は今夜のお楽しみにとっておくとして、とりあえずお昼までは何をしたものか。
「アイシャさんはお忙しくないんですか? パレードの護衛とかは――」
「お師匠様は、リオレット陛下の護衛についています。私は皆様の護衛と案内を承りました。一応、パレードを見物しやすい、貴族用の個室の貴賓席がありまして――伯爵位以上の貴族と親族は、そちらから見物できるんです。で、お師匠様の分の部屋が空いているので、もしよかったら皆様でお使いいただければ、と!」
気遣いのできる人だ……!
せっかくだし、ここは乗っかってしまおう。
「そのお部屋って何時頃から使えるんですか?」
「今すぐ入れますよ。パレードは途中で道を何度か曲がりますけど、貴賓席はお城の正門に近いホテルの二階です。往路と復路の二回とも見られますので、早めに行っておけば出発時も見られます」
俺はクラリス様達の顔色を読む。
皆様、異論はなさそうだ。路上よりずっと見やすいだろうし、スリや痴漢の心配もない。俺も人目を気にせず喋れるし!
「では、お昼ごはんもそっちで食べましょうか。私がご用意させていただきますので」
「あのミートソース、また食べられるんですか!? えへへ、実はちょっと期待してたんです♪」
アイシャさんの正直さは、たまにとても和む。この子のコミュ力は、トマト様の布教にもいずれ一役買ってくれることであろう。
が、今日のお昼は、既にクラリス様からのリクエストを受けてしまった。
アイシャさんのご希望にあわせてミニサイズのミートソースもお出しするとして、メインは別――
ククク……陽キャめ……ルークさんのコピーキャット飯における鉄板メニュー、その真の威力を思い知るが良い……!