59・会議で踊ろ ~Kijitora Dance Remix~
次の王位を巡る、お貴族様達の会議が始まった!
王宮の一隅、日頃はあまり使われないらしい大会議室。
そこに集った伯爵以上の高位貴族は、およそ三十数名――
それぞれに一人から三人程度、秘書役の側近か傘下の貴族がついているため、室内の総人数は百名近い。なかなか壮観である。
その光景を眼下に見守るルークさんは、今、大会議室の無駄に高い天井の隅で、じっと息を潜め――もとい、呑気に踊っていた。
ククク……ウィンドキャットさん・ステルスモードの隠密性能はさすがである。天井付近でこっそり猫がヒゲダンスとか踊っていても一向に気づかれない! ちょっと楽しくなってきた。
会議室では儀礼的な開会の挨拶が終わり、まずは国王陛下が亡くなった経緯の詳細な説明が始まった。
なぜ俺がこんなところにいるのか。
理由は二つ。
・なんとライゼー様が、トリウ伯爵の補佐役として会議に同席されることになった。その警護のため!
・……ククク……この機会に国の重要人物達をまとめて『じんぶつずかん』に登録してくれる……ッ!
俺自身の眼で直に見た相手しか、じんぶつずかんには登録されない。有力なお貴族様が勢揃いするこの機会、ぜひとも効率的に活用させていただこう。なんだかバードウォッチングのよーな気分である。
ちなみにクラリス様、リルフィ様、サーシャさん、クロード様、ピタちゃんの五人には、キャットシェルター内でおくつろぎいただいている。もちろんこの会議の様子も視聴可能。ルークさんも『じんぶつずかん登録』という業務がなければ、そちらで丸まっているはずだった。
ヨルダ様だけは、「ライゼー様の警護」というお役目があり、現在は他のお貴族様の警護達と一緒に、控えの間にて待機中である。登城の際、ライゼー様がヨルダ様を伴っていないという状況は不自然なため、これはまぁしゃーない。
ともあれ、会議の列席者から顔見知りを拾っていこう。
まずは第二王子リオレット様、第三王子ロレンス様。今日はこのお二人が主役だ。
ロレンス様の『じんぶつずかん』は、真っ先に確認させていただいた。
これがなかなか興味深い内容である。
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■ ロレンス・ネルク・レナード(10) 人間・オス
体力E 武力D
知力B 魔力D
統率C 精神B
猫力73
■適性■
政治B 先見B 正道B 剣術C
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竹猫さんの盗聴シーンでも有能オーラは漂っていたのだが……十歳にして知力と精神がB評価。適性四つ。
見た目は誠実そうだけど、正妃の息子さんだし実は腹黒で策謀家系なのでは?的な疑惑も一応はあったのだが、そんな疑いを真っ向から跳ね除ける適性の『正道B』。
ぱらぱらと生い立ちを眺めてみたところ、どうもお城の書庫で司書をやっていた「カルディス」という男爵の影響らしい。既に故人のようだが、なかなかの賢者だったのだろう。ロレンス様の思い出のそこかしこに出てくる。たぶん母親の正妃や正式な教育係より、このカルディス氏と共に過ごした時間のほうがずっと長そう。
思えばこのロレンス様も不遇である。
王位継承権は皇太子、第二王子に続く三番目。つまりは「予備の予備」といったお立場で、こんな事態が起きるまでは、王宮内でもあまり存在感のない王子様だったと思われる。そして、あまり人のこない書庫と、そこの管理人たるカルディス氏が、幼いロレンス様の居場所になっていたのだろう。
――もう一つ、大事な事実に触れておかねばなるまい。
この聡明で理知的なロレンス様にとって、正妃ラライナ様は「敬愛する母親」というより、「手のかかる問題児」という扱いだった。
正妃が何かやらかすたびに、水面下でロレンス様がそのフォローをする――そんな流れができていたようで、ルークさん的には「十歳前後の子供にどんだけ気を使わせているのか」と正妃様に説教したい今日この頃である。
そしてリオレット様のお側には、宮廷魔導師ルーシャン様とその筆頭弟子のアイシャさん。
客分のアーデリア様とウィル君はさすがにいない。いくら護衛役とはいえ、この場に出てくるのはマズいだろう。
なお、魔族のオズワルド氏からの暗殺未遂(※狂言)は、今日の会議までにもう二度あったらしい。
オズワルド氏とルーシャン卿が綿密に打ち合わせた上で、「無人の馬車を狙撃」「リオレット様の寝室を狙撃」という流れ。
馬車は普通に全壊したもののお馬さんは無傷。寝室への狙撃はアーデリア様が防いだことになっているが、威力を弱め、アーデリア様が構えたところへ遅めの魔弾を撃つという、なんともいえない茶番であったそうな。
正妃がつけた監視役の目ぐらいはごまかせたのだろうが、俺は現場に行っていないので詳細は不明。
アーデリア様も「オズワルド氏に借りができた」とは認識されているようで、これから「暗殺失敗」という汚名を着る予定のオズワルド氏、意外と得る物もあったのではないかと思われる。上位の魔族同士の貸し借りとか裏社会的な重みがありそう。
さて、肝心の会議の進行は、思ったよりも形式的でスムーズだった。
もっといろんなお貴族様が喧々囂々とやり合うのかと思っていたが、なんだかみんな様子見モード。天井付近でリズミカルに踊るルークさんが映えてしまう。誰にも気づかれてないけど。
やがて眼下では、王位継承権を持つ第二王子リオレット様、第三王子ロレンス様が、それぞれの支持を促す決意表明のターンとなった。
まずはロレンス様から。
正妃一派の眼を警戒し、これまでロレンス様がひた隠しにしてきた爆弾が、ついにココで破裂する!
進行役にうながされて起立したロレンス様は、以前に見た時のシンプルな長衣とは違い、きちんとした礼装である。王子様感ある。
「まずは皆様、今日、この場に集っていただいたことを感謝いたします。皆様もご承知の通り、私は兄である皇太子の代役として、この場に臨んでいます。今回の王位継承権、その第一位はいまだ危篤の皇太子殿下にあり、まず皇太子が王位を継いだ後、正妃たる母君がその後見人となる――その後、王位を私に譲るという流れを作ることが、我が派閥の方針です」
これはまだ前置き。この場にいるような高位の貴族達にとっては、既に重々承知のことである。
ロレンス様は、深々とため息をついた。
「――これは、無理筋というものです。はっきり申し上げれば、道にも法にも外れております。私には到底、正しい選択とは思えません。皇太子が倒れたならば、次の王は第二王子のリオレット様。これが物の道理というものです」
議場がざわめいた。
そこそこ近くに座った正妃ラライナ様も眼を見開き、動揺を隠せていない。
「王族の役目とは何か。細かく列挙すればいろいろとあるでしょうが、特に重要なのは、国内の平穏を守り、他国の脅威に備え、有事の際には的確な指導力を発揮する――この三点であろうと考えます。我がネルク王国は、レッドワンド将国という脅威と、今も国境線での睨み合いを続けています。今、我が国で内乱でも起きようものなら、敵国に侵攻の機会を与えるだけです。人々の生活は乱れ、国力も衰退します。王位を巡る内乱などというくだらない事態だけは、なんとしても、絶対に、避けなければならない――それが私の考えです」
ロレンス様の声は、実に朗々と響く。
まだ声変わりしていないせいもあろうが、それでも子供特有のきんきんとした慌ただしい声質ではなく、どこか楽器の音色を思わせる涼やかな語り口調であるため、とても聞きやすい。
「私への支持を検討してくださった方々に対しては、たいへん心苦しく思います。しかしどうか、ご理解いただきたい。我が国は今、国内で分裂している場合ではないのです。亡き父上が国庫にあけた穴を塞ぎ、予算の削減で弱体化してしまった国境沿いの軍を再整備し、隣国からの侵攻に備えねばなりません。課題は山積しています。以上の理由から、私は――次の王位に、第二王子リオレット様を支持いたします。私自身は、王位を望みません」
戸惑い。戸惑い。戸惑い。ヒゲダンス。戸惑い……
仲立ちを務めたアルドノール侯爵や第二王子リオレット様以外の方々にとっては、まさに寝耳に水であろう。
正妃ラライナ様が青ざめたまま、震える声を絞り出した。
「……ロ、ロレンス……何を……何を、馬鹿な……リ、リオレットに脅されているのですか? 王位継承権を捨てねば、命はないとか……」
「母上。リオレット殿下は……兄君は、そんな方ではありません。内乱を避けたいという意味では我々とも利害が一致していますし、そもそも王権とは『特権』ではなく『義務』なのだと、きちんと理解されています。その意味では、父上よりも良い王になられるものと……いえ、これは不適切な言葉でした。ご容赦ください」
わざとだな! 物腰は丁寧だが、今うっすらと黒いとこが見えた。ご父君には思うところがあったのだろう……
あるいはロレンス様、チャラ系だったと思われるお父上や皇太子殿下より、理知的と評判のリオレット殿下のほうに最初から親近感を持っていた可能性もある。いくら「モテるのは陽キャ!」なお国柄だとしても、個々人の相性というものは当然ある。
正妃様は言葉を失い、口元を押さえ、ぶるぶると肩を震わせていた。
あかん……こわい……
ちょっと『じんぶつずかん』見ておこう。
………………………………………………
見なかったことにしよ。
ルークさん、「スルースキルは大事」って知ってる。ただの猫に王侯貴族様のメンタルケアとか期待されても困る。こちとらリルフィ様のことだけで頭いっぱいである。
次いでリオレット様が起立した。
「我が弟、ロレンスの誠実なる決断に、兄として敬意を表したい。そして、正妃ラライナ様……私の母と貴方が不仲だったことについては、私も遺憾に思っております。しかし、そうした人間関係のいざこざを国政に持ち込めば、割を食うのは国民です。私は王位についたからといって、貴方やロレンスをないがしろにするつもりはありません。ロレンスが成人するまではアルドノール侯爵の庇護下で政治や経済、軍事など諸々の勉学を重ねてもらい、臣籍に下った後は、改めて国政に手を貸してもらいたいと願っています」
リオレット様の落ち着いた声によって、居並ぶ諸侯もようやく「王子二人の間では、既に合意済みの話」と把握した様子だった。
大半は安堵だが、数人は諦めモードで数人は悔しげ――この人達が正妃の閥かな? 勢い込んで会議に出てきたらいきなりハシゴを外されたわけで、心中お察しします……
とはいえ、事前に漏れたらロレンス様は正妃に軟禁されて欠席に追い込まれていただろーし、これはしゃーない。
その後、アルドノール侯爵をはじめ、幾人かのお貴族様が意見、もしくは感想を述べたが、状況をひっくり返すような発言は特になかった。
元々、高位の貴族とそのお付きしか出席していないため、マナーに反する言動が飛び交うような場ではない。
粛々と、あくまで粛々と――
まるで「想定外の事態すらも予定通り」とでも言わんばかりに、淡々と議事が進んでいく。
こういう場では「とにかく慌てない」「動揺を見せない」「事情を知らなくても知っていたよーなふりをする」というのが、お貴族様の処世術なのだと思われる。
流れで『じんぶつずかん』も開くと、数人のお貴族様が「正妃が暗殺者として魔族を雇った」事実を既に把握していた。
どうやらオズワルド氏、うまい具合に、一部にだけ正体がバレるよう立ち回ってくれたらしい。あるいは配下の正弦教団を使って、情報をわざと漏らしたのかも。
とはいえ、法廷で提示できるような明確な証拠まではないだろうし、また「魔族に目をつけられたくない」という意識が先立ち、皆様、当面は黙秘すると決めた模様。
どうせ黙っていても王位はリオレット様に決まりそうだし、ことを荒立てぬように知らぬふりを通すというのは、保身のためには賢い判断だろう。
その上で、彼らはこれを理由に「正妃を支持しない」と決めた。
人心離反の計、大成功といってよい。オズワルド氏は実に良い仕事をしてくれた。
あとは誰かが正妃周辺にこの事実をちらつかせ、「証拠が出る前に、これ以上の火遊びはやめて、恭順の意を示すべき」とでも言ってくれるだろう。それこそアルドノール侯爵が動くかもしれない。
誰も動かなかったらルーシャン様が出向くのだろうが、かえって正妃様を刺激してしまう可能性もあるため、できれば他の人にお願いしたいものである。
そして眼下の会議は、滞りなく進み――
即位式の日程は、一週間後に設定された。
実質的にはもうリオレット様が国王同然のようだが、ネルク王国は諸侯の合議で政治が進む仕組みであるため、王権があんまり強くない。
最高権力者には違いないし、それに伴う責任もあるのだろうが、王になったからといって「なんでもかんでも思い通り!」というわけにはいかず、特に母親が平民だったリオレット様は弱いお立場である……今後も気苦労が続きそう。
会議の終了後、茫然自失の正妃ラライナ様は、侍女達に支えられ退出していった。
混乱して、ヒステリックに騒ぎ出す展開も予想していたのだが……ロレンス様の離反は、言葉を失うほどあまりに予想外だったらしい。
他人事ながらちょっと不安……
俺は王位争いそのものには無関係だし、リーデルハイン家の安泰を願う一心で少しだけ関わったものの、基本的には完全なる部外者である。
だが、リオレット様やロレンス様の心根を知ってしまった身としては……やっぱり今後がいろいろ気になってしまうのだ。
ウィンドキャットさんの背中にまたがったまま、俺は天井付近をするすると飛び、まずはロレンス様の後についていくことにした。
彼の眼は母親である正妃様の背を追っている。
城の廊下をしばらく歩き、やがて正妃は自室へと戻った。足取りがふらついている……
少し遅れてロレンス様が到着し、侍女に一瞬止められたものの、「大切な話です」と一言で振り払いそのまま入室した。
だ、大丈夫だろーか……?
扉が閉まる前に、特に意味のないフロントフリップ(前方宙返り)でこっそり鮮やかに隙間をすり抜け、正妃様の居室に潜り込む。
室内には、正妃様とロレンス様以外にも侍女さんが三人。
すかさず『じんぶつずかん』参照。
………………侍女の一人が、正弦教団の構成員だな……どうやら正妃様のための護衛&連絡役っぽい。ついでに今は監視役でもあるのだろう。オズワルド氏から、正妃側の情報を横流しするようにと命令されているよーだ。
お名前はパメラさん。お年は二十五歳で……お。適性に「舞踊」がある。ルークさんのダンスパートナーにちょうどよさそう。(※ヒゲダンスの)
冗談はさておき、この女性は「暗殺者」ではなく「諜報員」のようだ。まぁ、今後のご縁などはもうないだろうが、王位継承争いなどという茶番に巻き込まれた者同士、いずれ機会があったらスイーツでもご馳走したいところである。つか、オズワルド様、こんなところにまで手を回しているとは、やっぱり手際いいな……!
そしてロレンス様は、この侍女さん達に隣室へ移動するよう指示した。
正妃ラライナ様もこれを止めない。アンティークチェアに座った彼女は、いまだ呆然としたまま、無言で俯いている。
しばらく、重苦しい沈黙が続いた後――
ロレンス様が、淡々と口を開いた。
「母上。目は覚めましたか? ……いえ、そのご様子だと、私の真意も伝わっていないものと思いますが」
正妃様の肩が震える。
「……真意……? 真意といいましたか……? ロレンス、貴方までもが、私を裏切……っ」
「母上はあと少しで、不要な戦乱を招き、国家と臣民を裏切るところでした。正妃たる身で、そのご自覚がまだありませんか」
ぴしゃり。
――ロレンス様の口調は、険しいのに哀しげだった。
ウィンドキャットさんの背に身を伏せたルークさんは、猫目でぢっとその光景を見守る。
ロレンス様がリオレット様に王位を譲った理由は、おそらく複数あるのだろう。
内乱による国の疲弊を防ぐため。
さらには、その先に起こり得る他国からの侵攻を防ぐため。
王族としての良識、諸侯や国民に対する責任、自らの思想、信条――
そして、おそらくはもう一つ。
結局、ロレンス様は。
歪んだ妄念に蝕まれて暴走する「母親」を、見捨てられなかったのだ。