58・猫と朝飯前の夢診断
「……いえ、実際にルークさんが罠にかかってたらもちろん助けますよ? 亜神様に僕なんかの助けが必要かどうか、って問題は別として」
翌朝、クロード様を朝食にご招待した俺は、昨夜見た夢のお話を振ってみた。
前世トークを聞かれぬよう、キャットシェルター内には今、俺とクロード様の二人っきり。
クラリス様やリルフィ様達は宿の食堂で朝食中であり、ピタちゃんには部屋で見張り(※二度寝)をお願いしてある。クロード様も本当は朝食に行かれるはずだったのだが、「出会ったばかりなので、きちんと親交を深めたい」と申し出て認められた。
そして「よく眠れましたか?」「実はこんな夢を」という雑談の流れで、返ってきたお答えがコレである。
「ですよね! クロード様はかよわい猫を見捨てられない方だと思ってました!」
「………………ただまぁ、その猟師が実はリル姉様だったりしたら、甘やかしすぎているルークさんにも原因があるかなぁ、とは思いますけど」
聞き捨てならない。
「……ちょっと意味がよくわからないのですが、何故そこでリルフィ様が……? 猟師的な要素ないですよね?」
「猟師の部分は無視して、『罠に捕まって自業自得』の部分です。現状、ルークさんを『捕まえている』となると、リル姉様が最有力っぽいので……あの人は、なんていうか、その――やや内向的で、寂しがりで、でも人間が苦手という困った矛盾を抱えているので……そんなリル姉様を徹底的に甘やかしてくれる喋る猫とかが現れたら、そりゃ依存もしますよね、という話です」
なんやて。
クロード様が、動揺する俺に苦笑いを向けた。
「でも、悪いことじゃないとも思います。リル姉様は、生い立ちが少し特殊で……両親を含む家族をほとんど疫病で亡くして、貴族で魔導師だからあまり外へ出る機会もなくて、寂しさを抱えたまま育って……他人に甘えた記憶が、あんまりないんじゃないかとさえ思います。僕やクラリスに対しても遠慮がちですし、自分の立ち位置を決めきれないというか――リーデルハイン家ではみんな気を使っていたと思いますけど、だから余計に、漠然とした居心地の悪さみたいなものを抱えていたんじゃないかな、って」
リルフィさま……おいたわしや……
確かに、立場としては、ご家族を失いライゼー様という叔父に引き取られたよーなものである。住む家は変わらなかったはずだが、それはそれで幼心にはつらいものがあったのだろう――
「そんなところに、異世界から来たルークさんが現れて……たぶんルークさんって、リル姉様にとっては初めての友人なんだと思います。クラリスから聞きましたけど、初対面の時とか、あのリル姉様が珍しく眼を輝かせていたって」
「確かに、歓迎はしてもらいましたけど……いやでも、リルフィ様って超モテるでしょ? あんな神話クラスの超絶美少女、こっちの世界にだってほとんどいないでしょーし、いくら身内とはいえライゼー様やクロード様が割とふつーに対応されているのが不思議で仕方ないんですが……」
……クロード様はなんともびみょーな、奥歯にさきイカでも挟まってるかのようなお顔に転じた。
「……美少女……まぁ、そうですね……確かに美人です。ところでルークさん、この世界の人達の顔面偏差値について、何か思うところはないですか?」
「え? そうですね……まぁ、美男美女が割と多いな、とは思います」
「……つまり、そういうことです」
……どういうこと?
俺が無言で首を傾げていると、クロード様はふるふると首を横に振った。
「……つまりですね。大多数の人間が美男美女だと、ただ『美形』というだけでは、異性にもてる絶対的な基準になりにくいんだと思います。これには歴史的、文化的な背景もあるかと思いますが……ネルク王国において、おそらく一番もてるのは『陽キャ』です」
「ようきゃ」
「パリピです」
「ぱりぴ」
「たとえば、今回の騒動の元凶ではありますが、亡くなった前の国王陛下とかですね……」
「フカー」
思わず真顔で唸るルークさん。
頭おかしいんじゃねぇかこの国の連中。
いや、「パリピがモテる」という話のほうではなく、「だからリルフィ様の魅力がわからない」という有り得ない事態についてである。陽キャがモテるのは割と万国共通なので不思議はない。たまに例外はあるかもしれんが、その手の例外は宗教的な理由とか伝統とか個人の嗜好とかそーゆー話になりがち。
牙を剥いたルークさんに恐れをなし、クロード様があたふたと姿勢を正した。
「ご、誤解しないでください。リル姉様は実際、美人ですし、人目を引くのは間違いありません。ただ、ある程度、立場がある方々は、顔の云々よりも『明るい性格』とか『当意即妙の話術』とか『戦闘力の高さ』とか、そういった外見以外の才覚を、結婚相手や交際相手により強く求めるという話です。ただの美男美女は、その……そこら中に、普通にいますから」
「いやいやいや。いませんって。リルフィ様ほどお美しい方とか他にいませんって」
「……それはたぶん、ルークさんの好みの問題としか……あの、美しさの基準も、それなりに多様ですし……それにこちらの世界の感覚だと、リル姉様は少し童顔気味に見られると思います。子供っぽいというか……」
「えっ……だ、だって、あの、その、子供っぽいだなんて……! お顔立ちはそうかもしれませんが、あのお胸でそんな……!?」
クロード様、深々とためいき。何? 何なのその反応?
「……ルークさん。胸の大小は、ネルク王国ではあまりアピールポイントになりません。そこそこ大きい人ばっかりでしょ……? それに前世でも、海外では『胸より尻』みたいな風潮の国もあったように記憶しています。人々の嗜好なんて、国や時代によってどんどん変遷していくものです。あえて身体的な特徴に限れば、ネルク王国では『胸が大きい』より、『腹筋が割れてる』とか『手足が引き締まってる』とか、そういう部分に惹かれる人のほうがおそらく多数派でしょう」
「えっ」
た、確かに、前世でもそういう嗜好の人はそこそこいたが……『多数派』とまで言われてしまうと、ちょっとびっくりする。
「要するに、人々の好みが、男女とも全体的に体育会系寄りなんですよ。たとえば、闘技場で闘う筋肉質な女性拳闘士とか、びっくりするぐらい人気があります。引退後に伯爵家や侯爵家の正妻として迎えられた、なんて話も数年に一度は聞きますし、これはもう文化の違いとしかいえません。ヨルダ先生なんて、おそらく若い頃はえげつないくらいモテたはずですよ。ついでに個人的な話をすれば、僕はサーシャが誰より一番かわいいと思っています」
「……それはまぁ、一途で良い心がけです」
クロード様はそれで良いが、世間一般とルークさんとの間には、やはり認識に多少の齟齬があるのだろうか……
「あのー……たとえばですが、世間一般の眼から見て、ルーシャン様の弟子の『アイシャさん』とリルフィ様だったら、どっちがモテます?」
「お会いしたことはありませんが、噂で聞く限りではアイシャ様ですね。明るく気さくで、才覚に溢れていて……おそらく社交界でも相当な人気で、高嶺の花扱いだと思います」
あ。そういえばクロード様は、まだルーシャン様にも会ってなかったか。
「……では、魔族のアーデリア様とかも?」
「先日、城の庭ですれ違っただけですが、あの天真爛漫な言動は多くの人から好感を持たれやすいはずです。リオレット殿下もその一人でしょう」
「その基準でいくと、やや暗い印象のある正妃ラライナ様とかは、美人でも非モテ扱いになるんでしょーか……?」
「いえ。天性の明るさを持つ方々に比べると少し負けますが、才覚がある方や話術に長けた方も、もちろん人気があります。ただ、体育会系の人気とはまた少し方向性が違うので、人によって意見が分かれるところです。リル姉様も、せめてもう少し言動を明瞭にして、態度に自信を出せれば……いえ、それはそれで、無理をしているようにしか見えないかもしれませんが……」
なんたることか。
クロード様は淡々と、なおかつ丁寧に話し続ける。
「ルークさんも、先入観を捨ててよく考えてみてください。『顔がいいだけでモテる』って、そっちのほうが不思議じゃないですか? それが『すごく珍しくて貴重』ならともかく、周囲のほとんどが美男美女だったら……それ以外の部分での差別化が進むのは、むしろ当然でしょう。猫だって、似たような容姿の猫がたくさんいたら、その中でも性格が明るくて人懐っこい猫がより可愛がられやすいと思います。『性格が明るい』というのは人を惹きつける大きな強みです」
……猫さんの場合はもう少し奥が深く、「泰然自若とした存在感に惹かれる」とか「人に迎合しないところがいい」とか、そういった好みの違いもあるので、一概には言えないが――しかし、一般論として言わんとするところはわかる。
お顔のいい人、お胸の大きい人が多数派を占める世界において、それらの要素は魅力としての優先順位が下がってしまい、世間一般では他の要素がより重視されるようになった――という流れか。
それでもリルフィ様のお美しさは神話級に別格だと思うのだが、ライゼー様達の反応を見る限り、「確かに美人だけど、崇め奉るほどでは……」という感覚っぽい。
「……でも、リルフィ様はお美しいだけではなく、とてもお優しいです!」
「それはわかりますが、なにせ自己主張が苦手な上に極度の人見知りなので……その優しさを誰かに伝える機会が、あまりないはずです」
もはや納得せざるを得ない……
そーかぁ……いや、リルフィ様の自己肯定感の低さは、以前から気になってはいたのだ。
あれだけの美貌を持っていて自分に自信がないとか有り得んと思うのだが、こちらの世界の価値観に影響されてのことなら仕方ないのかもしれない。
「でも、ルークさんの影響でずいぶん印象が変わったと思いますよ。以前は本当に伏し目がちで、人とまともに視線が合うこともなかったですから。あのリル姉様がわざわざ王都まで旅をしてきたなんて、今でも信じられません」
「……そーですよね。ちょっとご無理をさせてしまったなー、とは感じています」
俺の目から見ても、やっぱりリルフィ様はお疲れのご様子なのだ。もちろん歩いたり走ったりはしていないので、あくまで「旅の緊張による精神的な疲れ」である。が、これは蓄積するとガチで体の不調につながるのでバカにできない。
昨夜もそれゆえに「体を伸ばして悠々と眠っていただきたい」と思ったのだが、あんなことになってしまった。
何か気分転換とゆーか、リラックスできる環境を整えて差し上げたいのだが――ちょっと妙案が思いつかぬ。まぁ、後日考えるとしよう。
「それではクロード様、本題に入ります」
「う、うん……」
そう。何もリルフィ様の尊さ談義のために二人っきりになったわけではない。
「これからご用意する朝食につきまして……何かリクエストはありませんか? クラリス様達にはお出ししにくい、アレとかソレとかもご提供できますが――」
アレ→くさや
ソレ→激辛マーボー
においや辛みの強いものは、クラリス様達にはご提供しにくい。たぶん納豆とかもちょっと厳しいだろう。
が、そこは元日本人のクロード様。「ごはんと納豆、卵焼き」の朝食とか、懐かしくないわけがない。かくいう俺も、たまにこっそり寿司や銀シャリを頬張っている。ご飯はともかく、生魚食ってるところとか見られたらやべー勢いで心配されるに決まっている。
クロード様は、ごくりと唾を飲み――
「あ、あの……もしかして……もしかしてだけど……『ハンバーガーとコーラ』って、出せますか……?」
……そっちかー。そっちだったかー。
そーいや「前世では成人前に死んだのかも」とは言っていた。その年代なら、まぁこのリクエストも納得である。
そしてにおいの強くないものなら、ピタちゃんも一緒で大丈夫だろう。ピタちゃん、基本的に人間の食べ物はほとんどイケるのだが、においが強すぎるものと辛いものは苦手である。
「もちろん出せますよ! 何にしましょう? スタンダードなヤツ、ダブルなヤツ、チーズいり、でっかいの、白身魚とかテリヤキもいけます。オススメはトマト様が入ってるアレですけど、だいたいなんでも出せるはずなのでご指定を――」
「お、大きいやつで! 大きいやつでお願いします!」
朝からか……俺はさすがに白身魚にしておこう。なにせもう若くない……(0歳)
改めてピタちゃんもシェルター内に呼び込み、三人……二人と一匹……一人と二匹?で、朝ごはん。
まずは『コピーキャット』で大きなハンバーガーとコーラを錬成!
器は出せないので、ストレージキャットさんから取り出したお皿とコップを使う。ストローもないけど仕方ない。
卓上に現れた前世のファストフードを前に、クロード様は歓喜の笑顔。
「す、すごい……! ルークさん、すごいです! コーラなんて……コーラなんて、こっちじゃもう一生飲めないと思ってました……!」
「恐縮です。でも、ハンバーガーはこちらの世界にもあるのでは?」
「……あるんですけど……あれはあれでおいしいんですけど……なんか違うんです。そもそもケチャップも砂糖もない世界だし、パンは固いし……」
「あー。わかる気がします」
こちらのハンバーガーは、おそらく前世でいうところの素材感重視な高級バーガーのカテゴリである。
前世のファストフード系は、高カロリーなのに栄養価がイマイチなので、クラリス様達には決してオススメしたくはないのだが、しかし転生者ならば懐かしく感じてしまう背徳の味……
サービスでフライドポテトとナゲットもつけちゃう。
あと栄養バランスを考えて温野菜のスープ。こちらはリーデルハイン家の料理人、ヘイゼルさんの味である。士官学校に在学中のクロード様にとっては、こちらもまた懐かしの味であろう。半年とか一年ぶりくらい?
「逃げないので、ゆっくり味わって食べてくださいねー」
「はいっ……! はいっ!」
クロード様はもう半泣きであった。
コーラをこんなにもじっくりゆっくり味わって飲む人はそうそういないのではないかと感心するレベル。
そしてハンバーガーにかぶりつき、ポテトを貪り、ナゲットを放り込む。まるで男子高校生のよーな食いっぷりの良さ! まぁ、実際そのくらいのお年なのだが。
「ルークさま、このとりにく? ホネもスジもない! すごいたべやすい!」
ピタちゃんはナゲットがお気に召した様子。
意外に肉食なピタちゃん……森でもちょくちょくケモノの肉は食っていたようなのだが、「あしがはっぽんあるやつ」とか「そらからたまにおちてくるやつ」とか「せなかからなんかでてくるやつ」とか、ビミョーに要領を得ず、何を食っていたのかいまいち定かではない――ピタちゃんのかわいいイメージを堅守するためには、あえて確かめないほーがいいよーな気もする。
聞けばトラムケルナ大森林、どうやら「エルフの自治領だから人間は入れない」という理由以上に、「野生動物にやべーのがそこそこいるから危なくて入れない」という現実もあるらしく、割と怖いところっぽい。トマト様の安全迅速な輸送路確保における、今後の課題の一つではある。
ハンバーガーを食べ終えて、みんなで駄弁りながらポテトをつまむ時間帯に突入したあたりで、クロード様がふと遠い眼をされた。
「……前世では僕、体質に何か問題があったんだと思います。こういうの、ほとんど食べさせてもらえなかったんですよ」
「ほう?」
クロード様の前世の記憶は曖昧なようだが、要所要所で断片的な情報や知識が出てくる。陽キャとかパリピとか。
「食べられても、ほんとに少しだけ、一口とか二口、味見できる程度で……同世代のみんなみたいに、こういうのをおなかいっぱい食べてみたい、って、思ってはいても実行はできなくて……」
照れくさそうに笑うクロード様。
「だから……前世での夢が、今になってやっと叶った気がします。ルークさん、ありがとうございました」
……ファストフードでこんなふうに胸熱なお礼を言われてしまうとは思ってなかった。
「……いえいえ。今後も、何か食べたいものを思い出したら遠慮なくおっしゃってください! 私の知っているものに限られますが、同郷のよしみでがんばって再現させていただきます!」
前世ルークさんの食いしん坊ぶりが、こんな形で役立つ日がこようとは……
そして、クロード様のさらなるリクエストにお応えして、デザートのソフトクリームを食べていた時――事件は起きた。
「…………………………………………ルークさま。ルークさま、これなに……? すごいおいしい……すごい、すごい……すごぃおいしぃ……すごぃ……」
ピタちゃんが壊れた。
俺の真似をしてソフトクリームをぺろりと一舐めした後、しばし呆然としてぽつぽつと呟き、その後はもう一心不乱であった。
ウサミミがぴこぴこぴこぴこと激しく揺れ、頬が紅潮し、まばたきすら忘れてソフトクリームにひたすら集中……
さくさくのコーンまで食べられると気づいた後は、さくさくさくさく……
クロード様がしんみりと呟く。
「……ルークさん。こっちの世界にもシャーベットやアイスクリームはあるんですが、砂糖がないので甘みは物足りないですし、ソフトクリームに至っては存在すらしていないんです。クラリスやリル姉様にも、これはまだ提供してないんですよね?」
「はぁ。クロード様からリクエストをいただいて、やっと思い出したくらいなので」
アイスクリームやシャーベットなどはぼちぼちご提供していたのだが、ソフトクリームはうっかり失念していた。そーいえばフロート系もまだであった。
「たぶん、コレはみんなハマると思うので……お腹を冷やさない程度の量でお願いします」
「……そんなに?」
「禁断症状が出ないか心配なレベルです」
――ソフトクリームは、老若男女、人種を問わず、世界中でだいたい人気があるのでは? みたいな推論を、かつて先輩から聞いたことがある。
新鮮な牛乳が必須なため、酪農に強い国でないと生産しにくいし、また牛乳が苦手な人にはもちろん向かないのだが――しかしご当地フレーバーというアレンジをしやすい上に、生産設備がそこそこお手軽なため、観光施設にも設置しやすい。一部のコンビニや喫茶店、中小飲食店なんかにも割とある。
前世では普及しすぎていてあんまり特別感がなかったが、こちらの世界では神獣ピタちゃんを屈服させるほどの戦略物資であるらしい。
若干、戸惑って眺めていた俺とクロード様の前で、ソフトクリームを食べ終えたピタちゃんは、ほうっと一息。
「……ルークさま。ぴたごらす、ルークさまについてきて、ほんとうによかった…………」
はんのうにこまる。
一〇〇%純粋な食い気だけでそんなこと思われましてもー。
まあ、ご満足いただけたならなによりです……
その後、朝食を終えたクラリス様達と合流し、昨夜決まった「オズワルド氏との狂言密約」「ルーシャン卿との連携」について、ライゼー様にもご報告した。
魔族との狂言の密約など、おそらくネルク王国においては前代未聞である。
このめまぐるしい状況の変化には、さしものライゼー様も困惑顔であったが――長々とした俺の説明を辛抱強く聞いていただいた後、こんなことを仰った。
「ルーク……私を信頼して話してくれたのはありがたいが、これ、情報入手の経緯も含めて、トリウ伯爵への報告は避けるべきだよな……?」
「そうですね。ライゼー様のお心にのみ、とどめていただければと!」
ヨルダ様も苦笑交じりに頷いた。
「ライゼー、こいつはもう子爵家風情が絡む話じゃないんだ。開き直って気楽にいこうぜ。一応、全体の流れが見えたおかげで、家の舵取りには迷わなくなったろ? それで十分、ありがたい話だ」
「それはまぁ、その通りなんだが……ここまで事態が思わぬ方向へ転がると、むしろ正妃が気の毒になるな」
あちらはあちらで四面楚歌とゆーやつである……
特に肝心のロレンス様と正弦教団(オズワルド様)の水面下での離反は想定外であろう。
それでも正妃の閥に与する貴族はまだまだ多いから、本人が詰んでることに気づくのはもう少し先か。リバーシでいうと、「これから四隅とられるのが確定しているのに、盤面はまだ拮抗しているよーに見える」的な状態?
「さて、実際、トリウ伯爵にはどこまでご報告したものかな」
「とりあえず、ライゼー様が正規のルートで掴んだ情報以外では、『正妃が暗殺者を雇った可能性が高い』、『ロレンス様は自らの王位よりも、国の安寧を第一に考えそうなお人柄なので、リオレット様に配慮して独自の動きをされるかも』くらいで良いのではないでしょうか。噂話からの分析っぽく、適度にボカしてお伝えすれば、さほど疑念も持たれないかと思います。どうせロレンス様とリオレット様の密約については、立会人のアルドノール侯爵からトリウ伯爵へ伝わるはずですし」
「そうだな。魔族の存在に触れられん以上、そのあたりが落とし所か」
ここから先はライゼー様達のお仕事。猫の俺にできることはもうない。仮にあったとしてもちょっと怠けさせてもらおう。リルフィ様の精神面のケアのほうが大事である!
話がまとまったところで、階下から宿の人が駆けてきた。
「失礼いたします、ライゼー様! たった今、ラドラ家からの使者がおいでになりました。トリウ伯爵が王都に到着されたようです」
「おお! すぐに向かう」
ライゼー様が颯爽と席を立つ。
トリウ伯爵の到着は早くても午後、あるいは明日になるかも……という予測のもとに動いていたのだが、こんな朝の到着ということは、徹夜で馬車を急がせたのだろう。
そして、トリウ伯爵の到着から二日後――
リオレット様が暗殺されることもないまま、遂に王宮にて、「王位継承権」の行方を巡る高位貴族達の合議が開かれることとなった。
「我輩は猫魔導師である!」一巻、おかげさまで好評発売中のようです。ありがとうございます!
書き溜め分がもうないので必死に書き進めつつ、二巻用の加筆修正と他の作品の進行も――という感じで、ありがたくも目を回す今日この頃です。
残暑も厳しいので、皆様も体調等お気をつけて……(ΦωΦ)ノシ