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56・恐怖! 猫の呪い!


 ウィル君のお膝で丸まった俺は、ゴロゴロと喉を鳴らしつつ、気分転換に果汁系のグミを舐めていた。

 このぐにぐにとした食感、たまにむしょーに食べたくなる。食べ始めるとなんかハマってしまって、しばらく買い続けたりもする――のだが、もちろんコピーキャット製なので基本無料。とゆーか砂糖すらないこちらの世界では、そもそもグミなんて売ってない。

 ウィル君も初めてだったらしく、何やらひじょーに戸惑っている。


「ルーク様、これは……果物の味をつけた、柔らかい飴……という解釈で合っていますか?」

 砂糖はなくても、水飴・麦芽糖の「飴」はこちらの世界にもある。

「だいたいそんな感じです! ぶどうと、オレンジと、いちごと、桃と、りんごと……あ、このアセロラ味は、こちらにはない果物かもしれません! 甘酸っぱくておいしいですよ」


 考え事をする時には、甘いものを補給する! ブドウ糖は脳の栄養である。猫の口だと一粒がより大きく感じられて、なにげにお得。


「……しかし、あの……襲われたというのに、こんな風にのんびりとしていて良いのでしょうか……?」

「手は打ってあります。あと、こちらでバタバタしても混乱を大きくするだけなので……バタバタするのは当事者のリオレット様とルーシャン様達に任せて、こちらは敵の出方をきちんと見定め……あ。来ましたね」


 俺は上空を見上げる。さっそく「網」に何かが引っかかった。

 さきほどの流星のような魔法は空から飛んできた。

 放物線ではなく、ほぼ直線的に斜め上から……という感じだったので、敵はおそらく空を飛びながら魔法を使ったのだろう。

 キャットバリアで弾かれたのも見ていただろうし、何が起きたのかを正確に確認するため、お屋敷に近づいてくることは予想できた。

 もちろん、そのまま退いてくれれば、こちらもじっくり対策を練る時間を稼げたのだが――残念ながら、引き続きその場しのぎの対応が必要っぽい。


 こうなればルークさんも出し惜しみはできぬ。

 このお屋敷の主たるルーシャン様には、今後、トマト様の覇道を支えていただくという大事な激務が控えている。また王都という市場(しじょう)を守るためにも、厄介な刺客は俺がここでどうにかせねばなるまい――


 ……などと言うと柄にもなく好戦的と思われそうだが、別に戦う気はないし、一応は策がある。「どうにかする」というのには話し合いも含まれる。

 何も猫一匹が前衛に立って、「やぁやぁ我こそは!」なんぞと名乗りをあげて正々堂々立ち向かう必要はない。

 ルークさんは猫。猫だけどチキン。チキンにして食いしん坊。いや食いしん坊は関係ない。


 俺は物陰に隠れて猫魔法を使う。相手は対応に困る。それで良い。いざとなったらウィル君にぶん投げてしまおう。(迷惑)

 というわけで――


「猫魔法……発動、キャットケージ!」

『フギャーァ……』


 若干、不機嫌な怨念のこもった鳴き声が上空で響き、周囲に設置しておいた罠が発動する。

 空中のある一点に向けて、上下左右四方八方から迫る魔力の鉄格子……!

 それらはたちまち一部屋程度の大きさで立方体の檻を形成し、その中心部から困惑の声が上がった。

 そして檻の上にはどっしりとしたふとっちょのハチワレ様。

 

「なっ……何だ、これは……魔力の檻!? 閉じ込められたのか!?」

「オズワルド様……やはり貴方でしたか――」


 声を聞いたウィル君が上空を仰ぎ、鼻筋を歪めた。

 そこに姿を見せたのは、ちょっと格好いい軍服姿のまぁまぁな美青年。ウィル君のほうが美形! だがまぁ、嫉妬する気にもならん程度には男前である。くそぅ。


 先程の彗星のような遠距離攻撃、アレを見たウィル君は、「バルジオ家当主のオズワルド様本人かもしれない」と推測していたのだが、どうやらまさに的中であったらしい。


 檻に戸惑うオズワルド氏の右手に、黒いモヤのようなものが集まり始めた。


「……ウィルヘルム殿。こんな粗末な檻ごときで、私を捕らえたつもりか?」

『あ、魔法は使わないでください! 檻の中で反射して、使用者にぜんぶ跳ね返ります。とてもあぶないです』

「な……どこだ? ウィルヘルム殿ではないのか? 貴様は何者だ!?」


 ルークさんは既にウィル君のお膝から離れ、庭の植え込みに退避済み。

 オズワルド氏の脳裏に響いたのは、「メッセンジャーキャット」さんに預けた俺のメッセージである。

 あれは脳内に響く音声であり、発言者たる俺の位置を相手に悟らせないとゆー、なかなか便利な使いみちがある。


 本人は姿を隠し、天の声まがいのメッセージで人心を惑わす――ククク……いかにも小心者のルークさんらしい、小癪(こしゃく)奸計(かんけい)といえよう!

 というわけで、姿を隠したままでオズワルド氏との会話を開始。

 まずはコホンとわざとらしい咳払い。


『えー。私は猫の精霊――このお屋敷に住まうルーシャン・ワーズワースとその仲間達を守護するものです。ルーシャン卿は長年に渡る猫への献身と忠誠が認められ、遂には「猫の守護者」という称号を得るに至りました。彼らに害なす存在を、私は許しません。とゆーわけで、リオレット殿下の暗殺から手をひいてください。さもなくば貴方に、世にも恐ろしい猫の呪いが炸裂します』


 檻の中で、オズワルド氏が頬を引きつらせた。


「ね、猫の精霊……? 猫の呪い……? なんだそれは? ……具体的に、どんな呪いを受けるというのだ?」


 ……まぁ、考えてなかったよね。


『あー。アレです。たとえばほら、えーと……寝ようとするとベッドの上にいつも猫のフンがのってたりとか、そんな感じの』

「……………………………………だいぶ嫌だな、それは」


 呪いのあまりの恐ろしさに、困惑するオズワルド氏。

 ククク……恐怖に打ち震え、泣き喚き許しを乞うがいい……!(ヤケ)


「……で、ウィルヘルム殿。これは何の冗談だ?」


 ……逆に冷静にさせてしまった。

 まぁ、ルークさんもね……そうやすやすと説得できるとは別に思ってませんでしたよ、ええ……ポンコツで申し訳ないッ。

 隠れている俺の代わりに、ウィル君が敢然と胸を張る。


「……冗談などではありませんし、冗談ですます気もありません。オズワルド様、あの部屋には姉上もご在室でした。問答無用でそこを狙い撃つとは、あまりに乱暴な所業――よもや『知らなかった』などとは申されませんね?」

 

 かぁぁぁぁぁぁっこいいいいいぃぃぃぃーーー!

 凛とした状態のウィル君ってば、かわいらしいお顔立ちに抜群の高貴さと程よい迫力が備わって、文句なしに格好いい。まさに役者が違う。これに比べたらオズワルドさんとか三枚目であろう。

 オズワルド氏は鼻で嗤う。


「あの程度の魔弾で、アーデリアに傷を与えられるはずがなかろう。そんな簡単に純血の魔族を倒せるならば、人間どもも苦労していない」


 シニカルな物言い……やや厨二感はあるが、まぁまぁかっこいい……か? ちょっと審議。

 ~審議中~

 ……俺の思案をよそに、お二人の会話は勝手に進んでいく。


「姉上の強さは関係ありません。同族に対する不意打ちという、手段の無礼を咎めているのです」

「こちらも仕事でな。アーデリアが標的から離れぬものだから、仕方なかった。ウィルヘルム殿を巻き込まぬよう、これでも気を使ったつもりだが?」

「仕事……? 純血の魔族が、人に雇われて暗殺稼業など……オズワルド様にとって、それは仕事などではなく、ただのお戯れでしょう。いつでも手をひけるはずです」

「戯れこそ真剣でなければつまらん。純血の魔族は永遠に等しい命を持つ。戯れと共に生きなければ、その時間はあまりに退屈だ」

「そのお考えは尊重したく思いますが――しかし、リオレット殿下の暗殺は諦めていただきたい。彼は後日、我がコルトーナ家の友好者に認定される予定です」

「君の家はつい先日も唐突に友好者を認定して、この国に対するサリール家の侵攻計画を頓挫させたばかりだろう? こうも横槍が続くと、我々の侵攻を邪魔するために、友好者の認定を悪用しているのではないかと疑いたくなるな」

「サリール家には了承を得ておりますし、先日の友好者は私の恩人で、今回のリオレット殿下は姉上の友人です。また、どちらも転移魔法の失敗で、こちらの国に飛ばされたことが縁のきっかけでしたので――他意あってのことではありませんし、恩には義で報いるのがコルトーナ家の伝統です」

「人間ごときに恩だの義だの……その甘さには、いずれつけ込まれるぞ。コルトーナ家の奥方のような清廉たる人間など、ごくごく少数だ」

「少数であることは理解しています。なればこそ、大切にせねばなりません。リオレット殿下との縁も、その一つと判断いたしました」

「それで私に対してこの仕打ちか? この檻を解いてもらおう。ウィルヘルム殿の魔法ではなさそうだが、貴殿の意を受けた何者かの仕業だろう?」

「残念ながら、その檻は私にどうこうできるものではありません。猫の精霊様による、ルーシャン卿に対する加護ですから」


 割とぐだぐだした言い合いではあるが、しかしウィル君の淡々とした美声はとても聞きやすい。オズワルド氏の声も、別に聞き苦しいわけではないのだが……言葉遣いが居丈高(いたけだか)な分、高貴さに欠けるか?

 ~審議終了~


『やっぱり、私の推しはウィルヘルム様ですね!』

「推し……? ……いえ、あの、精霊様……?」


 猫の精霊と名乗った俺に合わせて、ツッコミもそんな感じにしてくれるそつのないウィル君。やっぱりこの子は推せるッ!


『オズワルド様。その檻を解く条件は一つだけ……貴方がリオレット殿下の暗殺を諦めることです。それまで、その檻はちょっとやそっとのことでは壊れません』


 ぶっちゃけ、実戦では初使用の魔法なので、強度については俺にもわからぬ……つまりハッタリである。

 猫用のケージだとしたらあまり期待してはいかんのだが、檻の上に鎮座されたハチワレ様のふてぶてしさはなかなか頼もしく、あくびをしながら眠たげに丸まっておられる。つよい。


「ふん。こんな檻など力ずくで壊すまでだ。頭上のでかい猫が、結界の要か?」


 オズワルド氏が頭上に向けて銃を構えた。その銃口はハチワレ様に密着――

 ハチワレ様!? 逃げ……!


 ――引き金が引かれた瞬間、檻の「中」だけで大爆発が起きた。


 オズワルド氏のくぐもった悲鳴は、「ぼんっ!」とゆーわざとらしい爆風に遮られる。

 一方、檻の上で丸まったハチワレ様は、しっぽをゆらりゆらりと振りながら再び大欠伸。

 貫禄ぅーー……

 侮ってました、スミマセン……!


 やがて爆風がおさまった後、檻の中には――

 うつぶせに倒れてぴくりともしないオズワルドさん(212歳・魔族・オス)の薄汚れたお姿が。

 まるで物干し竿から地面に落ちたボロいお布団のよう……

 血などは出ていないが、立派だった軍服はぼろぼろである。昭和のコントかな? 後は髪がアフロになっていたらカンペキであった。


『だから言ったのに……檻の中は、あらゆる攻撃を反射する仕組みなのです……たとえ檻の隙間から銃口を出しても、そこは檻の中とみなされます……』

「……そ、そんな……バカな……こんな、こんな常識外れの結界……何が、どうなって……?」


 生きてた!

 まあ、「純血の魔族」様が自分の攻撃で死んでしまってはあまりに格好がつかない。

 ウィル君がごくりと唾を飲む。


「……あんな魔法があるなんて……あれでは転移魔法も使えません。これは、魔族でも脱出不可能です」


 あ。転移魔法……その存在を失念していたが、使えないってどーゆーこと?


『ウィルヘルム様、あの状態だと、転移魔法って使えないんですか?』

「えっ……知らずにあんな魔法を使われたのですか? 魔族の転移魔法は、『地脈』を通じて移動する地属性の魔法です。手足など体の一部が、地面や床、建物や木々など、地上に接した何かに触れていないと使えません。ですから、このリスクを嫌う一部の魔族は、戦闘時には飛行を避けてわざわざ地上に降ります。オズワルド様は偵察のつもりで油断したのでしょう。いえ――空中にあんな魔法が待ち構えているとは、誰も予想できないでしょうが……」


 なるほど。そーいや「地脈を通じて移動する」みたいな話は前にもウィル君から聞いた。「だから空飛んでると使えない」とゆーのはなかなかの盲点。

 そしてルークさんは改めて交渉を開始。


『オズワルド様。私にとって今回の行動は、あくまで「ルーシャン卿やリオレット殿下の安全を確保する」ためのものです。魔族と敵対する意思はありませんし、このまま暗殺から手をひいていただけるなら、もちろん解放いたします。誇り高き魔族が約束を違えることなどありえないと理解しておりますが、仮に約束を違えた場合には――』


 脅迫に慣れていないルークさん。「どーしよーかな」と考えていたら、ウィル君が後を引き取ってくれた。


「……オズワルド様。猫の精霊様は、人や我々とは違った尺度で世界を見ておられます。つまり、その……交渉においても報復においても、加減をご存知ではありません。たかが人間一人の暗殺を天秤にかけて敵対するのは、あまりに割に合わぬかと存じます」


 檻の中で倒れたまま、オズワルド氏が呻いた。


「…………わ、わかった……手を……引く……これほどの精霊が守護しているならば、やむを得まい……」


 ………………あれ? 意外とあっさり引いたな? もう少しゴネるかと思ったが……とりあえず、『じんぶつずかん』で本音を確認しておこう。騙し討ちとかされたら洒落にならぬ。

 ついでに確認済みのステータスもここで開示。


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■ オズワルド・シ・バルジオ(212) 魔族・オス

体力B  武力A

知力A  魔力S

統率B  精神B

猫力64


■適性■

風属性S 空間A 暗黒A 火属性B 水属性B

物理耐性B 魔族補正A 狙撃A


■特殊能力■

・雷撃咆哮 ・風陣結界 ・ダークサイト


■称号■

・純血の魔族バルジオ ・流星の魔弾

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 …………うーむ。判断に迷う……

 魔力S、風属性Sは、さすがは「純血の魔族」という印象なのだが……

 なんというか、ステータスはめちゃくちゃ高いのに、実物がぱっとしない印象だったのは気のせいだろうか?

 もしや本気をだしていない? それともキャットケージさんが想像以上に規格外なだけ?

 

 違和感の正体を探るべく、俺は肝心の『じんぶつずかん』による本音を確認した。


『第二王子リオレットの暗殺については、元々、コルトーナ家に一泡吹かせる程度のつもりだったため、さほど執着していない。それよりも彼の心を強くとらえたのは、「猫の精霊」を騙るルークが使用した、不可思議なる空間魔法であった。空間魔法の研究をライフワークとしているオズワルドにとって、「魔法の反射」は実現不可能な難題の一つであり、その実例を見せられた今、彼の興味はこれを成し遂げた「猫の精霊」へと向かう。この場は相手を尊重して関係性の保持を優先し、その魔法の深淵を数百年かけてでも解き明かそうと瞬時に決意、オズワルドはルークとウィルヘルムの降伏勧告に応じた。』


 ………………………………………………おや?


 ん? あれ? なんか目的がキレイにすり替わってない?

 これもしかして、「ヤンデレさんに狙われた友人を助けようとしたら、ヤンデレさんの刃がこっちに向いちゃった」的なアレなのでは……?(前世のトラウマ)

 いや、オズワルド氏はもちろんヤンデレではないが、首を突っ込んだルークさんが(研究対象として)逆に狙われる立場になってしまった感が――

 ……てゆーかこの魔族さん、外見に似ず、実は研究者気質(かたぎ)だったのか……プライドより損得計算を優先する決断の速さといい、見かけによらぬものである。


 ぶっちゃけ反応に困るルークさん。

 これが可愛い女の子であれば見方によってはご褒美なのだが、男のストーカーはさすがにちょっと……


 ……ま、まぁ、ひとまず暗殺を諦めてくれたのは何よりか。これからのことはこれから考えよう!

 ウィル君の背後の植え込みに隠れ、ひっそりと肉球に冷や汗をかきながら……俺はひとまず、ぱたんと『じんぶつずかん』を閉じたのだった。



一巻の発売日まで、いよいよあと一週間!(ほぼ)

特典SSがつく店舗の一覧も、一二三書房様の書籍情報に載りました。遅くなりましてすみません……!

https://www.hifumi.co.jp/books/lineup/9784891997380.html


ハム先生の表紙が目印、挿絵もついて272頁となります。

店頭でお見かけの際は、ぜひよろしくお願いします(*´ω`*)

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― 新着の感想 ―
脳みそは昭和の人なので、 この手の御方のcvは速水奨さんや、故塩沢兼人さんに変換されます。 ユニークイケ渋
[良い点] 読み返し中 オズワルドさん初めから猫力が高いな
[良い点] カッコつけた魔族のお兄さんが爆発オチで昭和のコントになってるのすき [一言] オズさんのビジュアルイメージは濃青系の長髪ワカメなんですけど書籍にもう出てるんですかね?
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