48・猫の忍者に懐かれる
馬車に揺られて、またもやお城へやってきたルークさん。
期せずして、二日続けての王宮探訪となってしまった。
しかし昨日は南側の区画、魔導研究所とやらに程近いオシャレなカフェで、本日は中心部の「城」という違いがある。
城! 本城! 王様がいるところ!
……あ、王様は昨夜、とうとう一度もお目にかかる機会がないまま、亡くなったばかりであった――ご愁傷さまです……
亡くなった直後の混乱で喧騒とかあるのかなー、と少し思っていたのだが、むしろ王宮の敷地内はとても静かだった。
人がいないわけではなく……皆が皆、息を潜めている感じ。
王様の死は、公式にはまだ伏せられているようだし、貴族、官僚、兵士、使用人、それぞれが今後の推移を見守りつつ、目立たない程度に最低限の職務を遂行しているのだろう。
もちろん水面下では、各貴族が勝ち馬に乗ろうと、あるいは安全策をとろうと、いろいろ蠢いているものと思われる。
城の正面で馬車を降りたライゼー様御一行(+猫)は、居並ぶ衛兵達に見守られながら、内部へと導かれた。
お城はもちろん石造り。
大きくて重そうな扉が、背後でゆっくりと閉じていく。
エントランスは三階あたりまで吹き抜けで、思ったよりも明るい。魔道具の照明に加え、自然光の入る窓や、雲を象ったステンドグラスも設置されている。
いわゆる戦闘用の城塞ではなく、また生活用の居住空間とも言い難い、「権威づけのための荘厳な城」といった趣だ。
住みにくそう。
建築としては凝っていて嫌いではないのだが、「ここに住め」と言われたら、ちょっと「えー」みたいな顔になると思う。
間取りとか動線とかあんまり考えてなさそうな構造だし――や、お城にそれを求めるのはさすがにナンセンスか。
こういうのはモニュメントというかオブジェというか、要するに「威厳をもって、国の中心部に在る」というのが大事なのだろう。大量の使用人さんに何から何までやらせないと、維持できない住環境である。
他の使用人よりも格上っぽい執事さん系キャラが、我々一行の前に立ちふさがった。もしかして中ボス? 倒していい? あ、ダメ? はい。
「ようこそおいでくださいました、ライゼー子爵。正妃ラライナ様は応接室においでです。こちらへどうぞ」
執事さんキャラ――正しくは「侍従」さんと思われるのだが、服装がどう見ても執事……な人が我々を先導し、中央の大階段を登り始める。
十人くらい横に並んで歩けそうな大階段で、左右の端には手すりがあるのだが、真ん中には何もない。広すぎて掴まる場所がなく、つまづいたら転げ落ちそうでちょっと怖い。ユニバーサルデザインという概念はないのか! シンザキ様式のシンザキさん(故人)は、きっと建築家として無双できたに違いない……
さて、今回、お招きにあずかった面子であるが。
ライゼー様。ご子息のクロード様。我が飼い主クラリス様。それから従者として、護衛メイドのサーシャさん、騎士団長ヨルダ様。以上。
……リルフィ様に正妃様とのお茶会は難度が高すぎる、ピタちゃんは行動が読めない上に目立つという理由により、現在は「キャットシェルター」内に二人で退避していただいている。
出入り口は俺なので、いつでも外へお出しできるのだが、旅の疲れもあるだろーし、このままのんびりしていただこう。
なおキャットシェルター内にはお茶とスイーツその他を完備している上、ちょっとしたボードゲームやパーティーゲームなどもある。遊び方をお教えする暇はなかったが、卓球とかはこちらの世界にもあるようなので、暇つぶしにはなるだろう。でもリルフィ様卓球下手そう。静かに本読んでるイメージしかない。
そんなわけで、今の俺は飼い主クラリス様に抱っこされている。
リルフィ様のようなお胸はないが、妙な安心感があって精神的にはとても落ち着く……幼女に母性を感じるなど人としてはかなりの危険信号だが、そこは0歳の猫なのでどうかご容赦いただきたい。猫という免罪符、強すぎていずれ禁止カードにされそう。
あとクラリス様は普通に9歳とは思えぬ賢さと尊さであり、兄君のクロード様もなんかすっかり手懐けられている感がある……ようじょつよい。てゆーかリーデルハイン家で一番強いですよね、クラリス様――
でっかい中央階段は踊り場で左右に分かれ、俺達は左側へ導かれた。
登りきった先の廊下をすぐに曲がって、通された部屋はバルコニーつきの応接室。豪華!
「ラライナ様。ライゼー子爵とご家族をお連れいたしました」
侍従さんの声にあわせ、ソファから立ち上がったのは、細身の……あれ? イメージと違う?
ルークさんはてっきり、「意地悪そうな、目つきのキツい、ちょっと怖いタイプのヒステリックな美人さん」の登場を想像していたのだが……
そこにいた「正妃ラライナ」様は、穏やかで哀しげな微笑を湛えた、どちらかとゆーと柔らかな印象の美人さんであった。
お年は四十五歳くらいだっけ? 見た目はもちろん年相応ではあるが、高貴な印象もあるし、怖そうな人には見えない。
「正妃ラライナ様、このたびはお招きをいただきありがとうございます。ドラウダ山地に領を賜っております、ライゼー・リーデルハインです。まずは国王陛下のご崩御――たいへん無念に思います。臣下として、謹んで哀悼の祈りを捧げます」
「……来ていただいて感謝いたします、ライゼー子爵。このような時にお呼び立てしてしまい、申し訳ありません。でも、ようこそおいでくださいましたわ。そちらがご家族の……」
「はい。長男のクロードと長女のクラリス、そして飼い猫のルークと申します」
こういう場では、従者の紹介まではしない。ヨルダ様とサーシャさんは、それぞれライゼー様とクラリス様の背後に立ったまま控える。
それぞれが自己紹介をし、社交辞令を交えた挨拶まで済ませたところで、ライゼー様達はソファに座った。クラリス様に抱っこされた俺も、そのまま猫っぽく丸くなる。
「飼い猫まで連れてきてしまい、申し訳ありません。この子は娘にとても懐いていまして、起きている間は片時も離れないのです。眠っている間に娘が離れると、探し回るために大暴れするほどでして……このような次第ですから、高価な装飾品が多い王宮へ連れてくるのはいささか不安だったのですが、宿に置いておくのも悩ましく、失礼ながら同伴のご許可をいただきました」
「まぁ。それはそれは……可愛らしい猫ちゃんですわね」
「たいへん恐縮です。昨日は、我が領地で見つかった新種と思しき作物を、王立魔導研究所に進呈したのですが……ルーシャン様が大変な猫好きということを存じ上げなかったもので、失礼ながらとても驚きました。初対面だったのですが、作物の話をそっちのけで、ずいぶんと長い時間、こちらのルークを構っていただきまして――」
ラライナ様が上品に微笑まれた。
「ああ、そうでしたか。ルーシャン卿の猫好きは筋金入りですものね。あの方の保護策のおかげで、王都では野良猫が減り、数も安定したとうかがっています。ご本人も猫の保護施設を運営されていて、その世話係として孤児達を雇い、雇用を生んでいるとか……ご立派な話ではありますが、すべてが猫中心で、私も驚いたことがありますわ」
……あのおじーちゃん、もしや前世で猫に命を救われたとか、そういう因果があったりするのだろうか。
ともあれ俺は、クラリス様のお膝で寝たふりをしながら、この部屋にいる正妃様と側近達の情報を「じんぶつずかん」で読み始めた。
ライゼー様はいかにも社交的かつ友好的に、正妃ラライナ様と言葉をかわしていく。一瞬だけ、マダムを接待するホストを連想してしまったが、もちろんああいうチャラい感じではない。シャンパンタワーもない。ウェーイとかも言わない。そんなライゼー様見たくない。
さて、恒例の「じんぶつずかん」情報。側近の方々はDとEばかりでたまにC、あまり見るべきところはなかった。
が……正妃ラライナ様に関しては、やはりというか、一筋縄ではいかぬ雰囲気が――
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■ ラライナ・ネルク・レナード(45) 人間・メス
体力E 武力E
知力C 魔力D
統率C 精神E
猫力5
■適性■
人心操作A 演技B 政治B 直感B
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…………ステータスははっきりいって低い。知力もCどまりだし、「精神E」なんてむしろ意外だ。
ちなみにこの「精神」、どうも曖昧というか、「これが高いとどうなるのか」「低いとどうなるのか」が、よくわからなかったのだが、いろんな方達に出会って実例を見ていくうちに、どうやら「意志の強さ」「柔軟性」「成熟度」「打たれ強さ」「やる気」「根気」「覚悟」「勇気」「先進性」「集中力」「責任感」等々が複雑に絡み合った末の、いわば「心の熱量」+「強さ」的なモノなのでは、という推論に至った。たぶん「善悪」は関係ない。
たとえばライゼー様などは「意思の強さ」が高い評価につながっていそうだし、ヨルダ様は気力というか気合が充実している。サーシャさんもBなのだが、たぶん精神的に落ち着いている点と、忠誠心などが高評価につながったのだろう。
クラリス様の母君、ウェルテル様もB。これは病に負けぬ気力と、その状態で自らを隔離してまで家族を守ろうとする気高い覚悟が理由か。
リルフィ様はDで平均的なのだが、引っ込み思案とか気弱さが影響した結果と思われる。あとルークさんの七日間昏睡事件で発覚したことだが、割と泣き虫さん。しかしそれは優しさの証明でもある。
つまり精神的に少しだけ脆いところはあるけれど、天使のような優しさを備えていらっしゃるから、差し引きでD評価と見ている。リルフィ様やさしい。異論は認めない。断じてヤンデレではない。風評被害はやめていただきたい!
で、これが「低い」場合はどうなるのか。
精神Fというのはおそらく廃人である。たぶんまともな受け答えが成立しない。
E評価という人も滅多に見かけないのだが、だいたい見た目は精神Dの人と変わらない。正妃様なんてむしろ「いい人そう」みたいな第一印象である。
高評価の反対ということで考えると、「意思が弱い」「生きる気力を失っている」「人に流されやすい」「打たれ弱い」「怖がり」「常に不安」「後ろ向き」「神経症気味」みたいな例が、低評価の要件につながりそうだが……
でもそういう人達って、だいたい「優しい」とか「協調性がある」とか「慎重」だったりもするので、加点材料もあるはずなのだ。
結果として、世間の平均値、もしくは中央値である「D」のラインに収まっていく。
E評価というのは、そうした加点材料に乏しいのか、それとも――加点材料を帳消しにするほど「精神が病んでしまっている」のか。
もしそうだとすると、「弱い」から軽視していいという話ではなく、むしろ「低い」からこそ危険視するべきなのではなかろうか。
つまり、自暴自棄とかやけっぱちとか道連れ上等のサイン。窮鼠は猫を噛む。ルークさんはネズミすら狩れぬ猫。すなわち大ピンチ。
そして、正妃ラライナ様の本当にヤバい要素は「適性」欄にしっかりあらわれていた。
人心操作A。演技B。政治B。直感B。
……………………「サイコパス」とか「ソシオパス」的な単語がふと脳裏に浮かんだが、人心「掌握」どころか「操作」て。
コレがある上での他の適性、「演技・政治・直感」とか、もうヤバい気配しかしない!
じんぶつずかんがなければ、俺もうっかり「わー、優しそうな人だなー」と騙されるところであった。
ついでに猫力5。
これもう普通に「猫嫌い」だと思うのだが、なのにあんな優しげな笑顔で「可愛らしい猫ちゃんですわね」とか演技していたのか……もう怖いの通り越して凄いな!
そんなおっかない正妃ラライナ様。
ライゼー様との会話は、それなりに弾んでいるように見える。
この人が何故、ライゼー様を茶会に招いたのか――その動機を確認しないことには、俺もおちおち寝ていられない。
引き続きこっそりと「じんぶつずかん」をめくり、その先の「近況」、最新情報を確認。どれどれ。
『皇太子に続く国王ハルフールの急死によって、第二王子リオレットと第三王子ロレンスによる王位争いが本格化する中、ラライナは第二王子リオレットの暗殺を急ぐが、手強い護衛者の存在により、ことごとく失敗に終わる。そしてラライナが選んだ次善の策は、『頑固者が多い軍閥の切り崩しと取り込み』であった。軍閥の有力貴族、トリウ伯爵の動向を探るべく、その子飼いのライゼー子爵にまず接触を試みる。あわよくば味方に引き込むつもりだが、敵対が確定した場合には、家族を人質にとるか、無実の罪を着せて動きを封じる方針。』
悲報・ライゼー様もう巻き込まれてる!
うすうす勘付いてはいたけれども!
……そしてもう一点、序盤に気になる一文が。
……『皇太子に続く国王ハルフールの急死』……?
もしかして国王陛下より先に、こっそりもう亡くなってませんか皇太子様!?
ええー……あ。そーか。それを公表しちゃうと、普通にそのまま王位継承権が第二王子のリオレット様とやらに移っちゃうから……
皇太子はまだ生きていることにして、まず意識不明の皇太子に王位を無理矢理継承させ、正妃がその後見人になった上で、すぐさま第三王子に譲位するとゆー、例の無茶な策がこのタイミングで出てきたわけか。
もうちょっと記述を遡ろう。
『落馬によって死亡した皇太子を、死霊術まがいの術式でどうにか見た目だけ延命させたものの、その肉体は朽ちつつある。焦った正妃は、親族のオプトス・レナード公爵と相談し、第二王子暗殺のため『正弦教団』と手を結んだ。』
……ふーむ。新しい名前と変な教団?が出てきた。
詳細は後でリルフィ様に聞くとして、他の記述は現状とはあまり関係がなさそうなので割愛。
そして血縁の公爵様が正妃様と共犯という、ちょっと頭の痛そーな展開……まぁ、「正妃の派閥」ってけっこう影響力でかいっぽいし、共犯がいるのは当然といえば当然なんだけど、公爵様かぁ……危ない橋渡ってるなぁ……
公爵・侯爵家は、数代さかのぼればかつての王族という話だったし、「一族の血筋を王位に返り咲かせる!」的な思いもあるのかもしれない。「いや、みんな親族やろ」というツッコミはさておき。
ついでに、「もしかして、国王陛下も正妃に暗殺されたのでは?」とも疑っていたのだが、そうした記述は見当たらない。
本当に偶発的な病死だったのだろうか? それにしては、タイミングが良すぎ――もしくは悪すぎる気がするけど、いずれにしても、じんぶつずかんに記載がない以上、何か裏があったとしても正妃は関わっていない可能性が高い。
一応、整理しよう。
落馬した皇太子はもうほぼ死んだも同然で、死霊術?的な方法で、体裁だけは生きていることにされているっぽい。ゾンビかな……? 建前としてでも一応は生存扱いなら、心臓は辛うじて動いてるのだろうか。
その死を偽装している間に第二王子を暗殺したい正妃様は、『正弦教団』なる暗殺者組織を雇った。
教団という名称ではあるが、宗教団体とは限らない。こちらの世界では、宗教とはぜんぜん関係ない「教育団体」とか「教師の団体」とかの略称としても「教団」という言葉が使われてたりする。そこから派生して、研究所職員の組合とか、学校卒業生の同窓会とか、そういう組織にも慣例的に「○○教団」という名称がついていたりする。ここらは翻訳の都合か。
見分け方としては、「神様の名前+教団」だと宗教系、「それ以外の名詞+教団」なら宗教とは無関係、という例が多いらしい。
つまり正弦教団なる組織は、おそらく宗教系ではなさそう。ただの暗殺者集団か?
こんなんバレたら普通に死罪だが、生存している権力者のほぼ最上位が正妃……
逃げ切れる、と読んだ部分もあるだろうし、それ以前に「第二王子が王位についたら、自分達は殺される」と確信する程度には、恨まれる心当たりがあるっぽい。すなわち捨て身の保身である。選択肢が他にないほど追い込まれた状態か。
「誰か止められるヤツはいないのか!」と、きっと多くの貴族が思っているのだが、「ならば自分で止めよう!」とはならないのが、家を守らねばならぬ貴族の切なさである。
あと正妃様の適性、「人心操作」も伊達ではなかろう。この柔らかな物腰で演技をされたら、普通は騙される……! これを見破れる人はそう多くあるまい。
……で、これらの流れを知ってしまった俺は、果たしてどうするべきなのか。文字通り猫の額ほどの小さな頭が痛い。
単なる飼い猫の身で、こんなクソめんどくさい事情に首を突っ込みたくはないのだが――しかしライゼー様にまで咎が及ぶとなれば、とてもではないが座視できぬ。今こそクラリス様のお膝から立ち上がる時である!
「にゃー」
これは合図。
ライゼー様とは事前に「正妃に害意がなさそうなら沈黙」「ちょっと怪しい要素があれば一声鳴く」「危険が差し迫っていたら唸る」という具合に、符丁を決めておいたのだ。
現在は緊急ではないけれど、会話に気をつけるべき状態。
ライゼー様には充分伝わったはずだ。
正妃様が首を傾げた。
「あら? 猫ちゃんは退屈してしまったかしら。ご子息達と一緒に、庭園でも回ってこられますか? その間に――ライゼー様には折り入って、内密にお願いしたいことがあるのですが……」
来たぞ。
俺はこの場にいられなくなるが、慌てることはない。こんな時のために「メッセンジャーキャット」の進化系がある。
(……なぅ……)
承りました、とでも言いたげに、一匹の見えない忍者猫(凛々しい)がテーブルの下で立て膝をついた。
大森林で使った「メッセンジャーキャット」が下忍とすれば、こちらは中忍である。猫と忍者はモチーフとして非常に相性が良い。そういや都市伝説にもあったな、猫の忍者……
能力は盗聴や盗み見。
俺は彼と知覚を共有できる。彼が見たもの、聞いた言葉を、離れた場所にいてもリアルタイムで把握できるのだ。
実用は初めてだが、テストでは通行人の日常会話や、お店の接客状況などをしっかり確認できた。魔力がある人にも見えないため、ステルス性能は完璧!
ククク……着々と刑法に触れそうな悪事を重ねるルークさん……!
とはいえこちらの世界には盗聴とかを規制する法律自体が存在しないため、立派に合法である。お貴族様の家なんて応接間の隣が警護&盗聴用の部屋になってるくらいだし。
この中忍の忍者猫さん、名前は迷った末に、忍者っぽく「竹猫」さんとした。盗聴は英語でイーブズドロップとか言うらしいが、「イーブズドロップキャット」では長ったらしい。「スパイキャット」というのも考えたのだが、せっかく忍者なんだし和風にしようと考えを改めた。竹筒を壁に当てて盗聴するイメージである。
ちなみに中忍は「松竹梅」の三匹がおり、三匹ともロシアンブルーの御兄弟。
黒装束の松猫さんは遁術のエキスパート、緑装束の竹猫さんは隠密活動のプロ、紅装束の梅猫さんは戦闘力重視の忍者剣豪である。
竹猫さんに続いて、他の二匹も念のために呼んでおく。有事に備えての判断だが、活躍の機会がないことを祈ろう。だから見えないのを良いことにテーブルの下でじゃれ合うでない。
じっと扉を見つめる俺の仕草を見て、ライゼー様もいろいろと察してくれた模様。
「わかりました。それでは、お言葉に甘えて――クロード、クラリスとルークを頼む。サーシャもついていってくれ。それから……ラライナ様、こちらのヨルダは我が領地の騎士団長で、私の腹心です。家の方針についてはすべて彼に相談するのが常となっておりますので、同席させていただいても構いませんか」
「ええ、もちろん。よろしくお願いいたします、ヨルダ様」
そんな感じで、俺達は応接室から追い出された。
クラリス様は悠然たるお顔のままだが、クロード様はちょっと心配そう。
このタイミングでクロード様に寄り添ったのはサーシャさん。
「……クロード様。初めての王城に緊張されるのは仕方ありませんが、武門の一員らしく、もっと堂々となさってください。背筋を伸ばして、目線をきちんと前に向けましょう」
「あ……あぁ、そうだね。ありがとう、サーシャ」
……サーシャさんの静かな喝は、実に効果的であった。
クロード様の耳元、すぐそばにまで唇を寄せ、息を吹きかけながらの甘い囁き声である。なにあれうらやましい。クロード様はつくづく果報者である。ついでに顔が真っ赤で初々しい。
……これはサーシャさん、全部わかっていて、若様をどきどきさせて遊んでいる可能性が……
午前中にラン様の件で動揺させられた仕返しだな!