46・猫カフェはじめました
お昼である。
お昼とは即ち、「おひるごはん」の時間である。
午前中の疲れを癒やし、午後への英気をも養う大事な一食!
リーデルハイン邸では料理人ご夫妻がたいへん美味しいごはんを用意してくださっていたが、ここは王都。
ホテルでも朝食と夕食は出るのだが、そもそもルークさんは猫なので食堂には行けぬ……ピタちゃんと一緒に、ほぼ毎食がコピーキャットごはんになるであろう。
で、ライゼー様は本来ならば、他のお貴族様や商人さんとの会食になるはずだったのだが、国王陛下の急死で予定が変わってしまった。
そんなわけで、今日のお昼は急遽、俺が皆様のごはんを用意する流れに。
騎士さん達には各自のお部屋で食べてもらうことにして、臨時執務室に集ったいつもの面々には、この機会に「キャットシェルター」をお披露目することにした。
ここは緊急時の避難先でもあるため、事前に情報を共有するのは当然である。
「ええとですね。昨日の晩ごはんの時、ピタちゃんはもう案内したんですが……実はいざという時の隠れ家を作ってみたんです。まだ内装工事中ですが、一度ご案内しますので、お時間いいですか?」
「………………隠れ家?」
「ルーク殿、どっかに部屋でも借りたのか?」
ライゼー様は不審顔。
ヨルダ様も含め、他の皆様もピンときていない様子。ウィル君の反応もアレだったし、直に見たほうが早そうである。
「猫魔法、キャットシェルター!」
何もない空間に、爪で「ぴゃっ」と縦線を引く。
そこにあらわれたのは、猫カフェ風の看板が掛かった木製の扉。
看板の顔はルークさんそっくり。
これはセキュリティ認証も兼ねており、俺の許可なき者はこの空間に入れない。たとえば「魔獣から逃げたい!」なんて時に、その魔獣まで入ってきてしまったらシェルターの意味をなさぬ。
そして昨日のウィル君と同様、呆然とされる皆々様。
「……と、扉だと……? ルーク、これはなんだ……?」
「魔法で製作した隠れ家です! 旅の間にこっそりコツコツ作っていたのですが、安全確認と内装工事にちょっと手間取りまして。まだ完全には出来上がっていないものの、とりあえず使用はできるので、今のうちにご案内いたします」
そそくさと木製の扉を開けるルークさん。ドアノブにもギリギリ手が届く……が、普通の扉と比べると、ノブがやや下についているため、人間様には少し開けにくいかもしれない。クラリス様にはちょうどいいと思う。
猫型のクッションや猫風の家具を揃えた内部の空間は、ややファンシーながら、広さは充分だ。ルークさん専用のキャットタワーも完備。
だいたい二十畳くらいだが、広げようと思えばもっと広げられる。しかし広すぎると落ち着かない……正直、二十畳でも俺には運動会ができそうなくらい広すぎるのだが、ヨルダ様やライゼー様をお招きすることも考えると、やはりこれくらいの広さは確保しておくべきだろう。でかいコタツだけでなく、ちょっとオシャレな家具類も並べたいし。
「ささ、どうぞ! あ、シンザキ様式みたいなものなので、靴はそこで脱いでください。床にそのまま座るタイプのお部屋なので、ちょっと慣れないかもしれませんが、念の為に椅子もご用意してあります」
床は衝撃吸収性能を重視した、毛足短めのザラッとした絨毯。そのまま寝転がれる怠惰仕様を目指したため、キッズルームのよーな見た目である。フローリングも試してみたのだが、ちょっと滑る感じが苦手であった。まぁ猫ですし。
あと壁際にはカウンター的なテーブルを用意し、椅子はそちらにご用意した。こちらは俺の体格ではちょっと使えない。せいぜい座面で丸くなる程度。
部屋へ上がりながら、ヨルダ様が頬を引きつらせた。
「リルフィ様……俺は魔法関係には疎いんですが、こういうのって、魔法で作れるもんなんですかね……?」
「………………無理です。できません……これは……ルークさんにしか、できないことだと思います……」
……ウィル君と同じ見解であった。確かに成功した時は俺もびっくりしたけど、ドールハウスの装飾とかソシャゲのマイルーム機能とか箱庭作りと同じよーな感覚であり、製作中はなかなか楽しかった。こういうコツコツと無心になれる作業は好き。
あとここの家具類はすべて「生身で触れる幻覚」みたいなものなので、外部への持ち出しはできぬ……それだけが本当に残念。持ち出し可能であれば、この空間でバスタブを作って現実世界に設置! みたいな真似もできそうだったのだが、無理なものは仕方ない。切り替えていこ。
そして、長方形の家具調コタツを囲んで皆様と向き合う。
「…………………………暖かいな」と、困惑顔のライゼー様。
「………………快適」と、背中をピタちゃん(人間形態)に抱えられて呆けたお顔のクラリス様。
ヨルダ様はすっかり脱力してくつろぎ、サーシャさんは無言で背筋を伸ばしているものの、猫型座椅子と勝手に集まってくるクッションに囲まれ陥落も時間の問題である。
そしてリルフィ様は俺を抱え込み、お目々をキラキラさせて窓の外の雪景色やお部屋の諸々に夢中。
「わぁ……わぁ……ここがルークさんのお部屋……ふふっ……ルークさんの匂いがしますね……?」
えっ。まだ作ったばっかだし、ちゃんとアロマ(的な何か)も焚いてますけど……大丈夫だろうか。猫くさいと快適性が損なわれてしまう……!
――それはそれとしてリルフィ様はよく俺の毛並みに顔をうずめていらっしゃるが、猫を吸うのはもはや人の業なのであろうか……
さて、コタツの魔力で皆様を虜にした後はお昼ごはん。
ちょっと多めな人数でもあるし、本日のメニューは「ピザ」である。騎士の皆様にも、各部屋にて同じものをご提供済み。リクエストに応じてサイドメニューの追加もしておいた。
こちらの世界にも小麦粉を練って広げて具とチーズを載せて焼いて……という「ピザと呼ばれるもの」はあるのだが、なにせトマトソースやケチャップがない。
ピザの具とゆーものは多岐にわたるため、もちろんトマトソースなしで成立するピザも多々あるわけだが、しかしルークさんの感覚ではやはり「ピザといえばまずはトマトソース!」という熱き思いがある。
そんなわけで本日のメニューはマルガリータ、ペスカトーレ、バンビーノ……個人的に食べたかったのでテリヤキチキンも追加。トマト様は使われてないけど美味しいから仕方ない。
ライゼー様が興味深げに、卓上のピザを眺め回した。
「ほう、トマト様を使ったピザか」
「はい。私のいた世界では、ピザといえばトマト様のソースを使ったものが主流だったのです。こちらにもホワイトソースや醤油、マヨネーズを使ったピザはありますし、食べ慣れた品かと思いますが、ぜひ皆様で味見をしていただければと!」
さっそくマルガリータを一切れ手に取るルークさん。
うにょーんと伸びるチーズの、風味豊かなこの旨み!
そこに加わったトマト様の優しい酸味がアクセントとなり、互いの美味しさをより強く引き立ててくれる。
「クラリス様、リルフィ様、いかがですか?」
「うん。おいしい」
「はい、私も好きです……チーズも……複数の種類を、使い分けているのですね……?」
もっきゅもっきゅと慣れた手付きでピザを貪るクラリス様。
リルフィ様も、伸びるチーズに少し戸惑いながら、両手で丁寧に召し上がっている。あざといかわいいつよい。
そしてライゼー様やヨルダ様、サーシャさんも手が止まらない。
「なるほど、ピザにトマト様を使うとこうなるのか……これは確かによく合うな。ピザは食べ慣れているはずなのに、トマト様のアクセントによって風味がまったく違うものになっている。肉や野菜の旨み、チーズの甘みもより強く感じられるし、味わいそのものがより複雑に、より奥深くなっている――」
「ライゼー、お前は難しく考えすぎだ。しかし、トマト様ってのはつくづく便利だな。これ、他の材料はこっちの世界にもある物か?」
「調味料はいくつか手に入らないものもありますが、代用品はあるでしょうし、こちらの材料だけでも近いものは再現できると思います。チーズなどは、むしろこちらの世界のほうが風味豊かでおいしいかもしれません」
チーズはこっちの世界にも結構いろいろな種類があるっぽい。リーデルハイン邸でも食べ慣れているが、多種多様なチーズを一度に使う機会はあんまりない。単純に、「複数のチーズの製作や調達にはけっこうな手間がかかるから」という理由である。
高位のお貴族様とかならまた話は別なのだろうが、子爵家くらいだとそうそう贅沢はできないし、リーデルハイン邸でもハードチーズは自家生産しているが、フレッシュチーズは作っていない。いつぞやご提供した梨のレアチーズタルトにも驚愕されてしまった。
そんな感じで、みんなでピザを摘みながら午後の作戦会議とあいなった。
ごはん中は喋らず食事に集中したいのだが、今日はこの後に正妃様とのお茶会が控えているため、時間的な余裕があんまりない。
「さて、正妃ラライナ様に招かれた午後の茶会についてだが……もちろん茶会とは名ばかりで、向こうは密談のつもりだろう。出席者はまず、私とヨルダ、ルークは確定。クロードも、出発前に合流できたら連れて行くつもりだ。クラリスにもできれば同行して欲しいが……リルフィはやめておいた方がいいかもしれん。魔導師ということで警戒されるだろうし、万が一の場合には、こちらの戦力の要と見なされ、真っ先に狙われかねない。なにせ正妃はルーシャン様と対立しているし、魔導師に対する警戒心が人一倍強いとの噂もある」
リルフィ様、こころなしかほっとされたご様子。
……とゆーか、人見知りの激しいリルフィ様に正妃様との面会は、なかなかハードルが高そうである。ライゼー様ももっともらしい理屈をつけはしたが、たぶん一番の動機は、「リルフィ様に精神的な負担をかけたくない」という温情であろう。
「わかりました……それでは、私は宿で……」
「あ、いえ! リルフィ様には、ピタちゃんと一緒に、この空間で待機していただければと思います」
そう、俺が『キャットシェルター』をこのタイミングでお披露目したのは、まさにコレが理由である。
「神獣のピタちゃんも正妃様の前へ連れて行くわけにはいかないですし、宿に残すのもちょっとだけ不安なので……リルフィ様には、ここでこのままピタちゃんのお目付け役をお願いします。ピタちゃんもそれでいい?」
「いいよー。よろしくね、リルフィさま!」
テリヤキチキンのピザを頬張りながら、ピタちゃんはにっこり。
リルフィ様もこくりと頷いた。人見知りの激しいリルフィ様ではあるが、ピタちゃんは人ではなくウサギである。しかもルークさん以上にもっふもふであるからして問題はあるまい。モフモフはすべてを解決してくれる。
……あとピタちゃん、意外に人類のあしらいがうまそうな気がする。だってもうすっかりリーデルハイン家に馴染んでるし。
ライゼー様が麦茶を飲みながら、我々一同を見回した。
「あらかじめ、皆には伝えておく。子爵家風情が王位継承権に絡んで、何か目立つ働きをするなどということはありえないが……正妃は我々を通して、背後にいる『トリウ伯爵の出方』を見ようとしている。器用に立ち回れば、伯爵への仲介役として正妃に取り入り、恩を売れるかもしれない。しかし、私にそのつもりはない。当家の役割は、あくまで『トリウ伯爵と正妃の連絡役』であって、それ以上の干渉をする気はないし、そこに手柄を求めるつもりもない。ルークに聞こう、それは何故だと思う?」
急に話を振られた。
「え。えーと、えーと……あれですかね? 王家なんて、関わってもろくなことがなさそう、とゆーか……」
焦りながら回答を捻り出すと、ライゼー様が吹き出した。
「実にルークらしい見解だし、同意もするが……最たる理由は、我々が『軍閥の貴族』だからだ。王国軍の指揮権を預かる我々がどちらかに肩入れすれば、それは内乱を誘発する一因になりかねない。だからトリウ伯爵はことさらに慎重で、可能ならば態度を明確にしないまま、次の王を確定させたいと願っている」
ライゼー様が、とても真面目なお顔に転じた。
「ネルク王国の軍は、諸外国や各地の魔獣・盗賊に対する防衛力であり、自国内で争い合うための戦力ではない――これがトリウ伯爵のお考えだ。たとえば、国境を接するレッドワンド将国はこちらへの侵攻を諦めていないし、国内で我々が兵を浪費すれば、即座に攻め入ってくるだろう。この危機意識を他の貴族達とも共有した上で、なんとしても内乱は避ける。これが肝要だ」
質問のため、俺はそっと肉球を挙げた。
「あの、ライゼー様。素人考えなのですが、たとえば軍閥の影響力があれば、『軍閥がついた側が勝ち!』みたいな感じで、一気に形勢を決められたりはしないんですか?」
「それは難しい。軍閥が管轄する『軍』とは、すなわち王国軍のことであり、各地の貴族はそれぞれの騎士団や私兵を保持している。王国軍の兵力は強大だが、諸侯に団結されたら圧倒できるほどの差はないし、内乱となれば兵達の士気もどう転ぶか怪しい。また、『第二王子』対『正妃と第三王子』という構図になれば、軍の内部からも離反者が出るだろう」
ふーむ……軍のシステムについては、実はまだあんまりリルフィ様からの講義を受けていない。というより、リルフィ様にも専門外の分野であり、たぶんあんまり詳しくご存知ではない。
雰囲気で判断する限り、ネルク王国は統制が緩めというか、諸侯の力が割と強めなようだ。王様といえど諸侯の顔色をうかがわないといけない感じ?
あるいは諸侯の中に、王様を軽視している人がそこそこいるのかも……
ライゼー様は更に言葉を続ける。
「また残念ながら、ネルク王国の諸貴族は一枚岩ではなく、合理的な思考ができる者ばかりでもなく、個人の感情から軍閥を嫌う者もいる。混乱を成り上がる好機と捉え、むしろ内乱の誘発を目論む者もいるだろう。その後で隣国に攻められることまで考えが及ばぬ者もいるし、いっそネルク王国を裏切り、隣国の尖兵となる者さえ出てくるかもしれん。
ルーク、君が思っているより――この国の貴族は愚かなんだよ。おそらくは私も含めてな」
自嘲気味なお声が、なんとも重い……
ヨルダ様も目元を歪めた。
「これから軍閥の意思統一を図るだけでも一苦労だろうよ。軍閥は皇太子支持でまとまっていたが、その皇太子は助かる見込みがない。でもって軍閥の中にも、正妃に近い貴族もいれば、今後は第二王子を支持したいって貴族もいる。トリウ伯爵が慎重なのは、派閥を割らないためでもあるんだよ。そうだろ、ライゼー?」
「ああ。伯爵は軍閥の重鎮だが、重鎮は他にもいるからな……一朝一夕に議論がまとまるとは、私も思っていない」
そういやあまり気にしてなかったが、トリウ伯爵って派閥の中ではどのあたりの立ち位置なんだろう? とりあえずトップではなさそうだが――
貴族で伯爵様より上となると侯爵様や公爵様だが、絶対数は少ないはずである。
ネルク王国の場合、公爵・侯爵の爵位を持っているのは、臣籍に下ったかつての王族(と、その子孫)らしい。『長いこと伯爵やってるから、そろそろ侯爵ね!』とか『戦功を挙げたから公爵に昇進!』みたいな出世の仕方はしないと、リルフィ様から以前に教えてもらった。
つまり普通の貴族にとっては「伯爵」が出世のゴールで、公爵・侯爵は手柄+家柄や血統によってなるもの、という感じらしい。これはあくまで「ネルク王国の場合は」という話であって、他国ではまた事情が違う。
たとえば隣国のレッドワンド将国には、伯爵の上に「将爵」というのがあったり、宗教関係の上位者に与えられる「教爵」なんて爵位もあるらしい。
「軍閥で、トリウ伯爵よりも発言力が上の方ってどのくらいいるんですか?」
「明確に上なのは一人だけ。アルドノール侯爵といって、この方とトリウ伯爵は懇意だ。後はほぼ同格の伯爵が他に三人いて、このうち二人は正妃の派閥とも距離が近い。ただし盲目的に従う立場ではなく、あくまで個人的な親交があるという程度だが――トリウ伯爵を含めたこの五人が、今の軍閥のまとめ役だな」
軍閥の中にも正妃様に近い貴族がいるのに、その上で真っ先に「トリウ伯爵の腹心たるライゼー様」に正妃が声をかけてきたとゆーことは――そっちの二人はもう正妃側につくという確信があるのか、あるいはトリウ伯爵が一番の不安材料と考えているのか。根拠はないが、後者のよーな気はする。
「なるほど……それでは、軍閥内部での派閥争いとかはあるんですか?」
「それはほとんどない。意見が対立することはあるが、決定権はアルドノール侯爵にあるから、最終的な判断はこれに従う。派閥争いの相手は、むしろ軍の外側にいる連中だな。仲が悪いのは教会閥、交易閥。是々非々で意見しあえるのが魔導閥、法務閥、外交閥、その他いろいろ。友好的で、ほぼ歩調を合わせているのが農業閥と税務閥――」
「ほほう。農業閥と税務閥が友好的なのって、何か理由が?」
「平時の兵は農作業や開拓、災害後の農地の復旧などにも従事するから、なんだかんだと人材の行き来が多いし、会合を持つ機会も多いんだ。あと、税の徴収と運搬には軍が協力している」
おお、屯田兵。いや田んぼはないけど。
税もこの世界だと、現金より物納のほうがメインなのであろう。
つか、農業閥とか税務閥とか初めて聞いたのだが……いわゆる官閥の一種であろうが、やはりいろいろ複雑な事情がある模様……お貴族さまって大変そう(棒)
しかもたぶん、その下には○○派とか△△会とかもっといろいろあるんでしょ? 知ってる。
あと「軍閥と教会閥がいまいち仲悪い」とゆーのは、「リルフィ様のお立場では、神聖魔法を学びにくい」といういつぞやの話とつながっていそう。なんでも教会には聖騎士部隊というのがいるとかで、これがまた……いや、これ以上の脱線はよそう。
「ついでに、ちょっと気になったんですが……交易閥とはどうして仲が悪いんですか? たとえば、隊商の警護を軍が請け負ったりとか、そういうのはないんでしょうか」
「基本的にはない。民間の隊商なら、ルートが重なれば軍が同行することはあるが――王家が主導する国営隊商の警護は、交易閥の管轄だ。彼らは隊商警護専門の部隊を運用している。この部隊が、職務や物資の調達などで、昔から軍と競合する部分があってな――互いに妙な対抗心がある。あと、交易の利害と国防の利害とがうまく噛み合わず、過去に国難を招いた経緯もあって、歴史的に仲が悪いんだ」
ヨルダ様も面倒そうに頷いた。
「国営隊商の警護部隊は、少数精鋭って自覚があるからな。軍隊を『数に頼った雑兵の群れ』と侮りがちだ。逆に軍隊のほうは、隊商警護なんてのは『ただ同行するだけの退屈な任務』だと勘違いしがちで、要するにどっちも偏見が抜けない。あと、まぁ……ぶっちゃけた話をすれば、過去の役人どもが残した負債みたいなもんだ。納税品の運搬も、昔は交易閥の利権だったんだが、ある時に不正が発覚して、軍の管轄に変更された。もう百年以上昔の話だが、この時の騒動が『交易閥の腐敗』だったのか、『利権の拡大を目論んだ軍閥の陰謀』だったのか、史家の間でも意見が分かれていて、ずっとしこりになっている」
「ははぁ……言われてみれば、そのお話、リルフィ様からのご講義で聞き覚えがあります」
「はい……お話しました……あの夜のルークさんは……ちょっと眠そうで、かわいかったです……」
リルフィ様が微笑み、卓上の俺の背中をそっと撫でた。
――講義中は眠らぬようにと気をつけているのだが、しかしこちとら猫である。くわえてリルフィ様の囁くようなウィスパーボイスは、どう考えてもDL販売で年間一位とか獲得してそうな催眠音声の類であり、たかが亜神ごときが対抗できる代物ではない。全属性耐性Sでも無理。睡魔には勝てぬ……勝てぬのだ……
その後、茶会に向けた諸々の打ち合わせを済ませてから、俺達はキャットシェルターから元の部屋へと戻った。
リルフィ様とピタちゃんは、この時点でシェルター内でお留守番。
「では、行ってきます。リルフィ様、ピタちゃんをよろしくお願いします。ピタちゃん、おやつは置いていくけど、食べすぎないよーにね!」
「はーい。ルークさま、おしごとがんばってね!」
「……仕事……なのでしょうか……? いえ、ルークさん、お気をつけて……」
コタツから頭だけを出してさっそく眠り始めるウサギ状態のピタちゃんと、少し寂しげに小さく手を振るリルフィ様。
名目上はシェルターなので、飲食物の備蓄は多めに用意してある。クッキーアソートとか菓子パンとかフルーツとか、常温で食べられる品をいろいろと――コピーキャットはあくまで「俺が食べたことのあるもの」を再現する能力なので、容器やパッケージは出てこない。つまり開封済み状態なので、そのままでは長期保存が難しい。
時間が経ったらコピーキャットで錬成しなおせばいいだけなので無駄にはならんのだが、やはり手間を考えると、長期保存が可能な「缶詰」の開発は成功させたい――
それを目的に王都まで来たはずが、何故か予定外の王位争いに巻き込まれつつある。なんでだ!
……いやまぁ、ここでライゼー様のお立場が悪くなったり、まかり間違って内乱なんて事態になったら、トマト様の輸出計画にも支障が出そうだし……飼い猫としてお世話になっている手前、こういう時はちゃんとお役に立ちたいものだが、なんとも前途多難である。
ここは第二王子リオレット様にも、正妃ラライナ様と第三王子ロレンス様にも、王族として国民(と猫)の安穏たる生活を第一に考え、しっかりしていただきたい。誰一人として会ったことないからどんな人達なのかは知らんけど、とりあえず正妃様にはこれから会える。
宿の外へ出ようとしたところで、クロード様が着いた。
士官学校からの手荷物は、革製の手提げトランクが一つ。だいぶ古そうな品だが、隅に小さくリーデルハイン家の家紋が焼き入れされている。
「あ、父上! お久しぶりです。お出かけですか」
「クロード、ちょうどいいところに着いたな。宿の者に伝言を頼もうかと思っていた矢先だ。正妃ラライナ様から個人的な茶会への招待があった。今から王宮へ向かうから、お前も嫡子として同行しろ」
「………………は? 正妃? はい?」
混乱するクロード様をサーシャさんが馬車へと押し込み、いざ出発!
「王宮? 正妃様? 父上、何事ですか。トリウ伯爵からの密使を務めるということですか?」
「滅多なことを言うな、誤解を招くぞ。先方からの招待だから、用件は行ってから確認する。が――予想はついているから、詳しくは道中で話そう」
領地に住む父親と寮住まいの息子との、久々の感動(?)の再会である! 積もる話(※政治絡みの)もあるであろう。おつかれさまです……
一方、ペットの俺はクラリス様に抱っこされ、手の甲で頬を擦って毛並みを整える。王族に会うとなれば多少の身だしなみは必要であるが、猫は毛繕いだけでいいからすっごい楽。
「クラリス様は、あんまり緊張されてなさそうですね?」
兄君と違っていかにも平常心な我が主。まだ子供だから、王族とかそういうのはよくわからない――
「正妃様の思惑はほとんど読めているから。対応するのはお父様だし、私の役目はご挨拶だけだもの」
――わけがなかった。知ってた。クラリスさまちょーかしこい。
……じんぶつずかんには載ってないけど、クラリス様、なんか特殊能力持ってますよね? それとも「交渉B」って、もしかして情報処理能力や推理力を含む適性なの?
これから向かう王宮には宮廷魔導師のルーシャン様もおられるが、第二王子派らしいし、今日はお忙しくてきっと会えないだろう。ただ、「内乱を避ける」という意味での連携はできるはずなので、近いうちにまた接触する機会はありそうだ。
今後の流れについて、俺も猫視眈々と思案を巡らせつつ、今はひとまずゆっくりと、クラリス様のお膝で丸まっておいた。
初レビューいただきました、ありがとうございます!(´∀`)
書籍化についての続報は来月頃……?
現在、追加部分を書き足し作業中です。気合いれてがんばります(>д<)