41・おいでませ士官学校
王都滞在二日目。
今日は朝から、ライゼー様とヨルダ様達がお留守である。
親交の深い貴族の屋敷や滞在場所へ、まずは到着の挨拶回りをされるらしい。その後は馴染みの商人さん達を相手に情報収集の会談。「晩飯は不要」とのことで、宿へのご帰還は遅くなる模様。
……お貴族様って、もっと鷹揚としていて部下になんでもやらせているイメージだったんだが、こちらの世界の子爵様は、むしろ自分が率先して駆け回っている。ライゼー様が特別というわけではなくて、どうも基本的に「そういうモノ」であるらしい。
前世とは社会的な諸々が根底から違うはずなので、イメージだけで物を語ってはいかんとわかっちゃいるのだが、なんか「貴族」というより「役人」的なムーブ。
……もしや本当に、こちらの世界では「貴族=世襲制の役人」みたいな感覚なのではなかろうか?
そんなお忙しいライゼー様達から少し遅れて、俺達も宿を出た。
向かう先は、クラリス様の兄君、クロード様が通われている全寮制の王立士官学校。
お城の北側、割と離れた郊外に、そこそこ広い敷地を確保しているとのことだった。
さて、王立士官学校には三つの課程がある。
クロード様が在籍されているのは「領主課程」。
生徒は「将来、領地の兵を率いる立場」になることがほぼ確定している方々で、クロード様はまさにこれ。基本的には貴族の跡取りか、有力貴族の次男三男、一部の王族くらいまでしか入れず、実技よりは用兵・外交・儀礼・税関係などの座学が多めらしい。
生徒数はごく少なく、在籍者は多い時期でも三学年あわせて二十人前後。少ない時期だと五人以下。「領主としての教育」が目的であるため無試験だが、もちろん希望すれば入れるとゆーものではなく、事前に審査がある。クロード様の場合、「軍閥に属する子爵家の跡取り」ということで順当だったが、たとえば「軍閥でない子爵家の次男」とかだと普通にお断りされることもあるらしい。
一方、「下士官課程」には、軍閥以外の貴族の子弟や、平民の学生も多い。門戸が広い分、こちらの入学試験は難しく、倍率も高くて狭き門とのこと。
卒業後はそのまま王国軍や各貴族家の下士官になれて、うまくいけばその先にはエリートとして出世の道もある。世間一般における「士官学校」のイメージに一番近いのは、多分この課程か。日本でいうと防衛大学校みたいな感じ?
最後の「技術課程」は、いわゆる後方支援のためのカリキュラムで、具体的には経理・事務・兵站・軍法・兵器開発などの、いわばデスクワーク組の育成課程。
三つの課程の中では女子の割合が一番高く、生徒数も多い。卒業後の進路も軍だけではなく、商家や各貴族家の家臣など多岐にわたる。また、「領主課程」と「下士官課程」の学費は国費で賄われるのだが、この技術課程だけは生徒から学費を徴収する仕組みとなっており、士官学校とはいいながらも、一般の学校にかなり近い立ち位置だ。
宿の人に出してもらったレンタル馬車の中で、俺はリルフィ様からそんな説明を聞いた。
「ひとくちに“王立士官学校”といっても、課程によって内情が全然違うんですねぇ」
「はい……ネルク王国の建国と同時期に設立された、由緒正しき学校ではありますが……創立当初は、下士官課程しかなかったそうです……その後、領地経営に失敗する貴族が国内で出始めたため、『領主の跡継ぎの教育』も必要視され、領主課程ができ……さらにその後、必要な専門職を育成、確保する目的で、技術課程が作られたと聞いています……この三つの課程は、学生寮やメインの校舎も別々になっていまして……一部の講義は共通しており、合同行事などもあるのですが、課程によって目指す進路が大きく異なりますので……ほとんど別の学校と言っても、差し支えないかと思います……」
技術課程の学生達は「将来に役立つ技術を学ぶ」のが目的であって、進路についても軍にはこだわらない模様。実際、割合としては他の進路を選ぶ者のほうが多いらしい。
一方で、下士官課程の学生達は「軍で出世する」ことを第一の目標にしており、卒業さえできればほぼ全員が軍関係に進む。この進路には、王国軍以外にも各貴族の領主軍や騎士団も含まれる。
そして領主課程の学生達は、「領地経営の仕方」「用兵の基本」などを学んで領地に帰り、その後は親の補佐をしながら、自分が領主を継ぐ時期を待つことになる。そんな彼らにとって、この士官学校での日々は「同年代の信頼できる仲間や部下」に目星をつけられる貴重な機会でもあるのだろう。
「……それから……女子生徒の場合には、“有力貴族に見初められたら領主夫人”という可能性もあります……たとえ平民であっても、王立士官学校卒業という肩書きがあれば、領主夫人として不足はありませんから……」
士官学校で知り合って結婚する、お貴族様と平民のカップルか……けしからん(羨)
冗談はさておき、これは慣例的にも多いらしく、ある面では婿探し・嫁探しの場としても機能しているとのこと。生徒同士なら身元も確かだろうし、合理的ではある。
……件のクロード様、まさかサーシャさんから目移りして、可愛いガールフレンドとか作ってないだろうな……? もしそんなことになってたらルークさんブチ切れるよ?
あと他に、「兵士」の育成を目的とした兵学校というのもあるが、こちらは士官学校とは明確に区別されている。
学費は無料……とゆーか、学問は最低限の読み書き計算くらいで、後はひたすら訓練漬けというスパルタな世界である。訓練期間も半年から一年程度と短い。
それらの兵学校は王都以外の各都市にも分校があり、だいたいはその土地の領主様によって運営されている。
試験は体力重視で合格率も高いが、訓練が過酷なせいで逃亡率や中退率もそこそこ高め。街の衛兵さんとか貴族の護衛をする騎士さんとかは、ほとんどこの兵学校のほうの出身者だ。
ライゼー様のお伴としてついてきているリーデルハイン騎士団の方々も、七割方はトリウ伯爵領にある兵学校を出て、衛兵から騎士へと出世してきた人達。残り三割はヨルダ様がスカウトした元冒険者という構成だった。
……あ! 冒険者といえば、「冒険者ギルド」について調べるのをすっかり忘れてた! あと魔導師ギルドも!
これらは俺のロマン的好奇心を満たすためなので、優先度はかなり低いが、王都に滞在しているうちにルーシャン様にでも聞いてみよう。
魔導師ギルドは国営であり、そのトップは宮廷魔導師のルーシャン様なのだ。きっと嬉々として懇切丁寧に教えてくれると思う。
ちなみにヨルダ様は「父親が冒険者出身」というだけで、冒険者ギルドそのものについてはさほど詳しくなく、リルフィ様も「魔導師としての義務なので、魔導師ギルドに登録はしていますが……リーデルハイン領には支部などもありませんので、詳しいことはあまり知らないのです……」とのことであった。
身分証明がもらえたり、就職の斡旋をしてくれたり、研究資金集めのサポートをしてくれたり、その手の特典はそこそこあるようなのだが……貴族のリルフィ様が、それらを活用する機会はあんまりなさそう。とはいえ登録料とか年会費とかはないっぽいので、損することもない。
さて、馬車にたゆんたゆんと揺られて、やがて辿り着いた王立士官学校。
敷地はかなり広大なようで、白い外壁がぐるりとそのあたり一帯を巡っている。
アポイントメントはとっていないので、門前の詰め所で守衛さんに話しかける。
交渉はもちろんサーシャさん。俺はただの猫のふりをして、こっそり足元に座った。
サーシャさんは身分証だか紹介状だか、筒型の書状を広げ、いつもの怜悧な声を紡ぐ。
「失礼いたします。リーデルハイン子爵家の者です。領主課程に在籍中の、クロード・リーデルハイン様へのお取次を願います」
「承りました。それでは、こちらの通行証をどうぞ。案内役として、あちらの衛兵が同行いたします」
時期的にこういう話が多いようで、慣れた様子であっさり通してもらえた。学内に機密等があるわけでもなかろうし、割と緩そう。
そして馬車にはこの門前で待機してもらい、敷地内は徒歩。
いくつかの校舎や宿舎が立ち並ぶ中に、複数の運動場……もとい訓練場? もあり、それらを結ぶのは石畳で舗装された道、敷地の隙間を埋めるのは芝生と、なかなか貫禄のある学校ぶりである。
校舎と宿舎は石造りの長方形で、だいたい四階建てくらいか。装飾は華美でないものの、質実剛健な印象だ。
そんな敷地内を優雅に歩く、俺を抱えたリルフィ様、クラリス様、サーシャさん、そして人型のピタちゃん(ウサ耳)。
ピタちゃんのお洋服はサーシャさんが用意しておいてくれた。貴族の平服といった感じで、馬子にも衣裳とゆーか、もともと美少女なのでよく似合っている。ウサ耳はちょっと目立つが……まぁ、「変わったヘアバンド」でゴリ押しできないこともない。
その正体は「神獣」なわけで、ぶっちゃけそこらの貴族より格上の存在といっていい。
精神的に幼女なのでつい忘れがちだが、こうして普通に歩いている分には割と高貴な存在感も放っている。よし、外見だけなら騙せる!
そしてクラリス様の貴族然とした御姿は言うに及ばず、リルフィ様は魔導師風だがたゆん……そのお美しさは神々しいほどであり、メイド姿のサーシャさんも凛として涼やか。
つまり「美少女四人+猫」という組み合わせである。
当然のように目立つ。
春の祝祭の期間中は、士官学校も休み&補講&自主訓練期間らしいので、生徒数もいつもより少ないのだろうが、たまにすれ違う学生さん達が呆然と振り返るレベル。二度見しちゃうよね……わかる。
先導する案内役の衛兵さんからも、無言の緊張が伝わってくる。
喋っていいなら俺が場を和ませるところなのだが……完全に猫のふりをしている最中なので、さすがにマズかろう。今はリルフィ様のお胸に揺られてゴロゴロと喉を鳴らすばかりである。至福。
ところで、「たまにすれ違う学生さん」と流しそうになったが……その制服姿を見た俺は、実は内心でかなり動揺していた。
いわゆる「制服姿」なのだが……中世ファンタジーっぽい世界だとばかり思っていたのに、デザインが妙に(前世の)現代的なブレザー系……いわゆるワイシャツにネクタイ、ジャケットで、なおかつこう、なんとゆーか……
(……あれって……アニメとかゲームの学園モノ系によくある制服では……?)
コスプレか! とツッコミたくなる程度には露骨なデザイン。
女子なんてジャケットは立体縫製で体のラインを的確に強調しつつ、ミニスカートにオーバーニーソ。弁解の余地がなく「わかっている」系のデザインである。すなわち確信犯の犯行。
和風な内装のシンザキ様式と同様、まず間違いなく、俺と同郷の誰かさんの仕業であろうと思うのだが……
道案内の衛兵さんが立ち止まった。
目の前には、他の建物よりちょっと格式高めな瀟洒っぽい洋館。
石碑には「第一学生寮」と彫られている。ここがクロード様の宿舎か。将来の領主様をお迎えする場所だけあって、大きさはさほどではないのだが、石段や扉などの佇まいが他より立派である。セレブどもめ。
そして宿舎一階の、高そうなソファが並べられた品の良いサロンに通され、しばらく待つようにとのご指示。
生憎とクロード様は図書館に出かけているそうで、そのまま衛兵さんが呼びに行ってくれた。
校内放送がないっぽいのはなかなか不便であるが、なんと領主課程の生徒のみ、『魔光鏡』に位置情報が登録してあり、一定範囲内であれば、だいたいどのあたりにいるか把握できるとのこと。妙なところでハイテクである……
リルフィ様に「偉い人からの呼び出しが多いんですかね?」と聞いたら、「……いえ、誘拐と暗殺対策です……」とのことで、どうやら過去に何かあったっぽい……貴族ってこれだからもー。
宿舎のサロンに他の学生さんの姿はなく、俺達だけだった。サーシャさんがいかにも護衛メイドっぽく、クラリス様の後ろに立つ。姿勢が良い。美しい。
ちょうどいいので、俺はリルフィ様のお膝で続けて質問タイムに移った。
「あのー。ちょっとですね。この士官学校の制服について、うかがいたいことがありまして……何故かすごく見覚えがあるんですが、デザインした人って、もしかして私と同郷でしょうか?」
リルフィ様は不思議そうに首を傾げられた。あざといくらいかわいい。こんな御方を人前に出したら暴動が起きる……!
「制服……ですか? ごく伝統的なデザインのはずですが……」
なんやて。
「え。アレ、昔からあのまんまなんです?」
「私も詳しいわけではありませんし、生地や素材など、細かな部分の変遷はあるかと思いますが……士官学校制服の意匠は、二百年くらい前から、あまり大きくは変わっていないはずです……由来などは知りませんが、他国も含めて、決して珍しいものではないかと……」
…………ルークさん、考え込む。
実は薄々、感づいていたことなのだが……俺の前世とこちらの世界とでは、時間の流れ方に結構なズレがありそうな気がする。
もちろん、あの制服が自然発生的なものだったら的外れな思案なのだが、もしも「俺の前世由来」のものであった場合――ちょっと気になる点が出てくる。
俺の世界であんな感じの制服デザインが出てきたのは、せいぜい「十年前〜二十年前」くらいだろう。ギリギリ三十年前までは遡れるかもしれないが、四十年前とかになるとかなり厳しいと思う。
しかし、それとよく似たデザイン系統の制服が、こちらの世界ではもう二百年くらい前から存在していた。それもアニメや創作物の中ではなく、「実物」として。
これが単なる偶然ならともかく、もしそうでなかった場合、考えられる展開としては――
・二つの世界で時間の流れる速さが違う。
・二つの世界を移動した際、タイムトラベル的な現象が起きる。
・俺が向こうで死んでからこっちの世界に猫として転生するまでの間に、実は既に百数十年以上の歳月が過ぎている。
みたいな話?
これらの複合という線も有り得るが、いずれにしてもまだ情報が足りない。
ともあれ……「前世の俺」と近い世代の人間が、「数百年前」のこの世界に、既に存在していた可能性がある。
この世界の文化や文明が、彼らの足跡の上に成り立っているとしたら、今後も既視感のあるモノとちょくちょく出会う羽目になりそうだ。
そんなことをつらつら考えていると、サロンの入り口で初めて聞く声が響いた。
「あら? お客様ですか?」
クロード様ではない。麗しい制服姿のきれーな女子生徒さんだった。
ショートカットの金髪に清潔感がある、くりくりとした愛らしい眼の、それでいて凛とした顔立ちの美少女である。士官候補生なら軍服とかも似合いそう。
まさか宿舎が男女共同とは思えないので、寮生ではないだろう。寮生の誰かの彼女さんかな? リア充どもめ。ルークさんはつい最近、転生してリア獣になった。「リアルな獣」である。にゃーん。
立ったまま待機していたサーシャさんが、すかさず深々と一礼した。
「お邪魔しております。私達はリーデルハイン子爵家の者です。寮生のクロード様との面会のため、こちらで待たせていただいております」
女の子が大きくまばたきをし、にっこりと社交的な笑顔を見せた。
「わぁ! クロードのご家族の方ですか? はじめまして! 私、クロードと同室のランといいます! クロードとは、いつも仲良くさせてもらっているんです」
ぴしり。
空気が固まった。
サーシャさんは無表情であるが、あの無表情はアレだ……ダメな無表情だ……
一方、猫の俺は驚きの声をあげるわけにもいかず、猫のふりをして眼を閉じる。我関セズ。後ハ任セタ……!
「兄様と……同室? 同じ部屋で生活をされているのですか?」
クラリス様も呆然とされているが、さすが貴族、絶句まではしない。
一方、リルフィ様は反応が薄く、むしろ俺の腹を撫でるのに集中されている……あの、一応コレ、リルフィ様の従兄弟さんのスキャンダルなので……もうちょっとだけ、関心もちません……?
ラン様という美少女さんは、両手を細身の胸元に添え、感激した様子で頷いた。
「ええ。クロードはとっても優しくて、親切で、いつも助けてもらっています。もしかして……貴方が、妹のクラリス様ですか?」
「……はい。クラリス・リーデルハインです」
クラリス様が立ち上がり、ラン様に一礼する。
薄目でこっそりとその様子を見るルークさん。クラリス様は、まぁ平気であろうが……サーシャさんが心配。
ルークさん知ってる。ちょっとだけ辛辣なのは愛情の裏返し。サーシャさんはたぶん、クロード様のことが決して嫌いではないはず……切ない。
クラリス様が身内の紹介を続ける。
「こちらは従姉妹のリル姉様……リルフィ・リーデルハインです。あと、使用人のサーシャと、飼い猫のルークと、えぇと……遠い親戚の、ピスタ様です」
「ピスタだよー。よろしくねー」
うまくごまかしたぞ! まさか神獣とは言えぬ。ナイスです、クラリス様。
一応、ピタちゃんの偽名は昨晩のうちに考えておいたものだ。「ピタゴラス」というのは、俺の前世だと古の賢人なのだが、こちらでは珍しい名前であり、ついでにこの地方の女性名としてはあまりふさわしくない。
生粋の日本人が「メケメケモッパスです」とか名乗るくらいの意味不明感。芸名なら許される。
そしてリルフィ様は相変わらずの人見知りなので、軽い会釈のみ。そんな仕草だけで尊いからずるい。
ラン様は暇なのか、立ち去らずにそのまま会話を始めてしまった。
「お会いできて光栄です。クロードったら、ご家族がおいでになるなら教えておいてくれれば良かったのに。きっと、長いお付き合いになるはずなんだから――」
「……いえ。兄には特に知らせていなかったもので……私達はつい昨日、王都に着いたばかりなんです。兄も……きっと驚くと思います」
……クラリス様が若干黒いのは気のせいではあるまい。我が主は密かにお怒りである!
こんな形で幼馴染な可愛いメイドさんの純情を踏みにじるとか、クロード様に対する俺の印象値もダダ下がりだ。とはいえ一応、ご本人の口からもいろいろと事実確認をする必要はある。言い訳の聴取ともいう。
そして、その返答次第では……
さ、爪でも研いでおこうかな!(念入りに)