40・炬燵開発計画(済)
ルーシャン様との友好的な会合を経て、俺達は八番通りホテルへと戻った。
既に日は暮れており、外は真っ暗――というのが子爵領での日常だったのだが、お祭りの季節でもある今、王都はまだまだ宵の口であり、集合住宅の窓はどこも明るい。
大通りには街灯も灯っており、路上にテーブルと椅子を出して客席を広げている店もちらほらとある。人通りはもちろん多い。
ホテルの窓辺にて夜景を眺めつつ、俺はコピーキャットで出した夕食のなめこ蕎麦をズルズルとすすっていた。
道に点々と灯る街灯、それらの光源は炎ではないが、もちろん電気でもない。
魔力鑑定にも使う「魔光鏡」、アレに魔力を注ぐと、懐中電灯みたいな照明として使えるのだが、ちょうどそんな感じの光だ。つまり、誰かが何処かから魔力を注いで点灯させているのかもしれない。
照明屋さんとか街灯魔導師とか、なんかそんな感じのシステムがありそう?
「ルークさま、これおいしいね!」
同室のピタちゃん(美少女形態)が、スプーン&フォークで蕎麦を手繰りながらキラキラの笑顔を見せた。なごむ。
「おいしいよねー。俺も好きなんスよ、これ」
目を細めて応じるルークさん。
ピタちゃんは年上ではあるのだが、その言動ゆえにこちらからは丁寧語を使いにくく、つい妹か娘を相手にしているよーな気分になってしまう。前世ではどっちもいなかったが、ちょっと新鮮。お箸の使い方もいずれ少しずつ教えていこう。お蕎麦はやっぱり、お箸のほうが食べやすいと思われる。
ちなみに今、ホテルの客室にいるのは俺とピタちゃんだけである。
従業員さん達は俺やピタちゃんのことを「猫とでかいウサギ」と思っているので、リルフィ様達と一緒に食堂で晩ごはん!というわけにはいかない。
ピタちゃんは人間に化けられるけど、テーブルマナーとかは無理だし、あとルークさん一匹だと寂しいので――ここはペット同士、助け合いの精神である。王都滞在中は、こうしてピタちゃんとごはんする機会が多そうだ。
お蕎麦をずるずると啜りながら、(猫なのに猫舌じゃないのはありがたいなー)などとぼんやり考えていると、窓辺に人影が現れた。
三階である。
登って登れない高さではないが、相手はもちろん下から登ってきたわけではなく、空からこっそり降りてきた。
俺は慌てず騒がず窓を開け、その人物を迎え入れる。ピタちゃんには口止め済みだ。
「よかった、メッセンジャーキャットの伝言はちゃんと届いたみたいですね。ウィルヘルム様、こんばんは!」
「はい。またお会いできて光栄です、ルーク様」
魔族の貴公子、ウィルヘルム・ラ・コルトーナ君は、床に膝をつき、恭しく俺に向かって一礼した。ちょっと大仰だけど、身なりのいい美少年だから仕草がとても絵になる……!
迷子のフレデリカちゃん発見からまだ十数日程度しか経っていないが、何故かちょっと懐かしい。
ウィル君もにっこりと微笑んだ。
「先日は妹の捜索にご助力をいただき、ありがとうございました。おかげさまでフレデリカは無事に屋敷へと戻り、平穏に過ごしております」
「それは何よりです! こちらは、ええと……私の従者とゆーか、人の世を見物中の神獣、クラウンラビットのピタゴラスちゃんです」
「神獣……そうでしたか。人とは異質な力を感じましたが、やはり……」
驚くどころか、ウィル君は納得顔であった。話が早くて助かる。
「やっぱりそーいうのわかるんですねぇ。で、ピタちゃん。こちらは俺の知り合いで、風の精霊さんから祝福を受けているウィルヘルム様。ここで会ったことは、クラリス様達には内緒だよ?」
「うん! でも、なんでないしょなの?」
「ウィルヘルム様はお忍びでこっちの国に来ているはずなので……あんまりバレたくないですよね?」
ウィル君に確認すると、彼は恐縮したように小さく頷いた。
「お心遣いに感謝いたします。“魔族と関係している”といった噂が立つと、リーデルハイン家の方々にもご迷惑がかかる可能性がありますので、隠せるうちは隠したほうが良いかと――特に貴族ともなると、“知っていて国に報告しなかった”といった行為が、政治的な火種になることも有り得ます」
魔族の拠点と近い西の国々ではともかく、このあたりでは魔族そのものが割と縁遠い存在のようだし、そこまでセンシティブな話ではなさそうだが――まぁ、ここはウィル君の意思を尊重したい。
「飼い主のクラリス様達は夕食中です。戻ってくると見つかってしまうので、まずはこちらへ」
俺は爪をかざして、「ぴっ」と空間に縦線を引いた。
「猫魔法、キャットシェルター!」
空間を裂いて現れたのは、猫カフェ風の看板が掛かった木製の扉。
ストレージキャットさんの応用編、こちらは俺の秘密基地である。
内部は猫魔法で作り上げた異空間となっており、とりあえず居心地良さげな二十畳ほどの部屋が一つ。あとはトイレとお風呂と簡易キッチンと(略)
家具調コタツを中心として、ソファやその他家具を配し、周囲には大量のクッション(猫柄)を並べ、間接照明も駆使してリラックス空間を演出した。
広い窓の向こうには美しい夜の雪景色。(ハメコミ合成)
この景色はただの映像なので、いろいろと変更可能で、今いるホテルの一室を映すこともできる。これでクラリス様達が戻ってきたらすぐにわかるし、ウィル君が見つかる心配もない。
配置された座椅子やリクライニングチェアなどは、人間サイズとルークさんサイズの二種類がある。まだクラリス様達はお招きしておらず、暇を見て内装を整えている最中なのだが、今回のよーな密談にはちょうど良い。
このお部屋を作ろうと思ったきっかけは、王都までの旅路である。
ほぼ一週間の行程で、さすがに野宿の機会こそなかったが、狭い馬車でガタゴト揺られ続けるのはなかなかの苦行であった。
丸まって寝ているだけの俺が疲れたくらいなので、リルフィ様やクラリス様の疲労は想像に難くない。いっそ帰りはウィンドキャットさんでお送りすべきかと迷っているくらいなのだが、馬車での移動中は、このお部屋でゆったり過ごしていただければ……ということで、夜中にこっそり試行錯誤を続けていた。
しかし、現状の仕様にはちょっとした問題が。
・キャットシェルターの出入り口の基準点はルークさん本人。
・俺がシェルター内にいる場合、出入り口は「入ったのと同じ場所」になる。
・馬車の中でコレを使った場合、肝心の馬車は先に行ってしまって、「さっきまで馬車がいた場所」に出口が開くことになる。
つまり、俺が室内にいる状態だと移動ができないのだ。
解決策としては、
・この部屋にリルフィ様達を放り込んでくつろいでいただき、俺は馬車のほうに残る。
・もういっそみんなまとめてシェルターに入れてしまい、俺はウィンドキャットさんでリーデルハイン領まで一っ飛び!
ということになり、現在は二番目の案に心が動き始めていた。
ただ、復路の宿との今後のお付き合いも考えると、ライゼー様は首を横に振りそう――
馬車での長旅は、最初こそ物珍しく新鮮だったものの、やっぱりかなりめんどいものである。アレを社交の季節のたびに毎年やっているライゼー様は偉大だ。
いっそ転移魔法とかも使えたらなー、とも思うし、いずれマスターしたいのは山々なのだが――フレデリカちゃん迷子事件という先例があるだけに、あれはあれで暴発が不安。
あの時はサーチキャットで探索できたが、もっと危険な場所、たとえば火口とか毒の沼地とか獣の群れのど真ん中とか、そういう場所に対象を送り込んでしまったら、もう取り返しがつかない。
猫魔法はとても便利だし、今では頼りにもしているが、便利さに溺れると思わぬしっぺ返しが来るのは世の常である。こういうことは少しずつ確実に、テストを繰り返しながら、安全性を確認していく必要がある。ルークさんは「ヨシ!」では済ませない猫さんなのである。
というわけで、実地テストの一環として、今夜はそんなお部屋にウィル君をご招待。「ネコくせぇ」とか言われる可能性も0ではないので、居心地についてもきちんとリサーチしておきたい。
しかし――
肝心のウィル君は、このキャットシェルターに入るなり、眼を見開いたままで立ち尽くしてしまった。
ピタちゃんもお蕎麦の器を持ち、おっかなびっくり中へと入ってくる。あ、俺の分もありがとー。
「……ルークさま? ここ、なに?」
「いざという時のための隠れ家だよー。まだ製作中だけど、くつろいでね!」
たったかとコタツに駆け寄り、俺は手本を見せるよーに脚を突っ込んでみせた。
とはいえ足が短いのであんまりあったかくない。やはり猫は猫らしく全身入るべきか……しかしそれでは会話がしにくい。
一応、猫用の小さなコタツも用意してあるのだが、とりあえず俺は天板によじのぼり、改めて香箱座りをした。
こういった状況を予見して、天板の一隅に電熱ならぬ魔熱座布団を用意してある。あったかーーーい。
「ささ、こちらへどうぞ、ウィルヘルム様。王都までの道中、クラリス様達が寝ている夜の間に、少しずつこっそり作っておいた部屋なのです。お客さんをお招きするのは初めてなので、ちょっと不便もあるかもしれませんが」
「し、失礼します……」
「ふわぁ……あったかい……あと、なんかいい匂い?」
ピタちゃんはコタツを気に入ってくれたらしい。あとアロマにも気づいてくれた! ちょっと嬉しい。
ちなみにここの家具類もアロマの香りも、実はホンモノではない。ここはルークさんの想像力と魔力で作り上げた、一種の仮想空間である。
空間魔法というモノはよくわからんままなのだが、ストレージキャットさんを幾度も使っているうちに、「ゲームのアイテム欄みたいだな」とゆー実感がわいてきてしまい、「3Dの空間を作るみたいな感じで、隠れ家を作れたりするのではなかろーか」と思いついた。
慣れるまでに少し時間はかかったが、この試みは練習の末に成功し、現在に至っている。
ちなみにこの空間、人間は問題なく入れるはずだが、内部の家具や匂いなどは所詮、「データ上のもの」という感覚なので、外部に持ち出すことはできない。この空間から出した時点で普通に消えてしまう。
その代わり、前世にあったような家電製品(っぽいもの)も再現可能で、作動には俺の魔力が必要だが、コタツとかホットプレート的なものは問題なく再現できた。テレビとかラジオは電波が飛んでいないので無理だが、大きな窓から見える切替可能な景色は、まさにテレビっぽいモノを作ろうとした結果の産物だ。
もしこの空間での制作物を外に出せたら、なんか色々捗りそうなのだが……今のところはただの夢物語である。
コタツの天板の上で、なめこ蕎麦の残りをずるずる啜りつつ、俺は目の前に座ったウィル君に首を傾げてみせた。
「それで、ウィルヘルム様は一体どうしてこの王都に?」
「えっ。い、いえ、あの、その……」
ウィル君が挙動不審である。おこたがお気に召さなかったのだろうか……確かに座卓で生活するタイプには見えないが、猫型クッションの皆さんが自動的に周囲に集って体を支えているので、座り心地は悪くないはず。まさに人間をダメにするクッションである。埋もれたら最後、もう心地よすぎて動けないアレ。中身はマイクロビーズではないので、猫の俺がカバーを破いてしまって白い粒々まみれになる心配もない。
「ウィルヘルム様? どうかしましたか?」
「は、はい。あの、こちらの話の前に、まずこの部屋について、お伺いしたいのですが……!」
そういえば以前、彼はサーチキャットにも驚いていた。リルフィ様も「猫魔法とか聞いたこともない」的なことを仰っていたし、やはりこの世界において、俺の使う魔法はかなり異質っぽい。
力をくれた超越猫さんは、「普通は幼稚園で習う」とも言っていたが、あの猫らの「普通」はやはりあてにならぬ。
でも……この世界にも“空間魔法”ってゆーのがあるのでは?
「空間魔法の一種です。魔力で作った空間を改造して、だらだらとくつろげる部屋にしようかと!」
俺がテキトーにそう応じると、ウィル君はややひきつった顔で――
「……空間魔法で作り出す亜空間というのは……『こういうもの』ではないのですが……」
「え。違うんですか?」
「は、はい。僕は使えないので、お見せできませんが……なんというか……黒い穴? というか……こんな風に、扉や部屋を作れるような魔法ではありません……」
あー。なんかわかる気がする……ビジュアル的にはワームホールとかブラックホール的なアレ?
「……空間魔法を使える知人は、『シャボンの泡を操るようなもの』と言っていました。とても不安定で、小さくて、ちょっとした油断で形を失ってしまうような……非常に難しい魔法です。装飾などとてもできませんし、人が中へ入り込めるほど巨大な亜空間を、長時間にわたって維持するなど……」
ピタちゃんがお蕎麦をフォークで巻き上げながら、にこにこと笑顔を振りまいた。
「だってルークさまはかみさまだもん! ほかにもいろんなことができてすごいんだよー」
「…………………………………………かみさま?」
「あ。ウィルヘルム様には、まだ言ってませんでしたっけ……? 自分、種族としては“亜神”ということになってまして……頭の中身はそんなシロモノではなくて、そこらによくいるただの猫なんですが――」
ウィル君が固まってしまった。
「……えっ……と……ルーク様は、あの……“神獣”では……?」
「はぁ。喋れる獣とゆー意味では、そっちのほうが近いような気もするんですが……魔力鑑定の結果は亜神だったんです。自覚はないです」
ウィル君が急速に青ざめた。元から肌の白い子なのだが、冷や汗までかいておめめがぐるぐるし始める。
「あ、亜神……? え? あの……え? つまり、僕は……亜神様に、妹の捜索を願い……え? じょ、冗談ですよね!?」
あまりの挙動不審に、こちらまで戸惑ってしまう。
「……な、なんかマズかったですか……? もしや魔族と亜神は昔から仲が悪いとか、そーゆー裏事情とかがあったり……?」
「めめめめ滅相もありませんっ! むしろ魔族にとって、その……唯一の信仰の対象というか、畏敬の対象が亜神様ですので……! つ、つまり、フレデリカ捜索の際、ルーク様がお見せになった大魔法の数々は、魔法ではなく亜神の奇跡……?」
……猫魔法です、すみません。よくわかんないけどアレたぶん一応は魔法です。猫専用の。
「ええと、とりあえずですね。猫には違いないので、神様扱いは勘弁してください……別に奇跡とか起こせませんし、世間のこともあんまりよく知らないので……とゆーか、できれば対応は今まで通りで! 風の精霊さんから祝福を受けた仲間同士でもありますし、私としては、僭越ながらウィルヘルム様のことを友人のように思っています」
外見はともかく、実は実年齢も近い。なんか怖そーな魔族の皆さんを敵に回す気もないし、友好的な関係を築けるならそのほうがいい。
ウィル君はしばらく戸惑った後、なにかを決意したように頷いた。
「は、はい……わかりました。ルーク様にそういっていただけるのは、たいへん光栄です。それと……私も納得しました。先日の一件では、あんな大魔法を連発できる魔導師がこの世にいるとは、とても信じられなかったもので――まさか亜神様とまでは気づきませんでした」
「所詮はただの猫ですからねぇ。自分もあんまり実感ないですし……で、本題ですが、ウィルヘルム様はどうして王都へ?」
ウィル君がコタツで姿勢を正した。座椅子のクッションはもう少し厚めにしておくか……? 後でいじるとしよう。
「はい。実は……先日、フレデリカが迷子になった件とも絡んでくるのですが、あの時、私の姉も別の場所に飛ばされていたのです。ただ姉は非常に強く、身の危険もなく、また自力で帰る手段も持ち合わせていたため、捜索は後回しにしていました。そしてその姉を、この王都で見つけたのですが……折しも祭の時期ということで、異国の祭見物をしたいとごねられ、今に至っている次第です……」
「なーんだ。困り事とかではなかったんですね。それなら別に――」
話を流そうとして、俺はふと思い出した。
ウィル君は「魔族」の一員である。
その姉とゆーことは、つまり……
「そのおねーさんって、もしかして……“純血の魔族”とかですか……?」
「……………………はい。アーデリアといいます……今はこちらの国の貴族と懇意にしており、極めて上機嫌なのですが……何かのきっかけで機嫌を悪くした場合には、その……」
とても言いにくそうなウィル君……彼もまた苦労人気質である……
俺とウィル君との関わりは、まだ決して深いものではないが、それでも俺が彼になんとなく親近感を覚えてしまうのは、その言動から苦労人ぶりがにじみ出ているせいかもしれない。なんかね、いい子なんですよ、ウィル君……風の精霊さんに気に入られたのもわかる。
「姉もこの王都での日々を楽しんでおりますし、よもや街を消し飛ばすような真似はしないものと思いますが……もし万が一の時には、ルーク様もリーデルハイン家の皆様を連れ、どうか街を離れてください。怒った時の姉は見境がなくなります」
「ご、ご助言どーもです……でも、まぁ……いまご機嫌が良いなら、きっと大丈夫ですよね? 万が一とか、そうそう起きないですよね?」
「………………………………………………はい」
露骨に嘘だってわかる、その長過ぎる間――!
……うっかりフラグを立ててしまったが、たぶんウィル君が心配性で慎重派なだけであって、実際には猫好きの可愛らしいお姉さまなのではないかと期待したい。幻想でもいい。そう思ってないと怖くて毛が逆立ってしまう。
「念のため、事前にご挨拶とか、しておいたほうがいいですかね?」
俺が気を利かせると、ウィル君が難しい顔に転じた。
「……姉に限らず、魔族の多くは動物好きでして……喋る猫であるルーク様の御姿を見たら、手元に欲しがるのではと危惧しています。妹のフレデリカにも口止めはしてありますが、できれば接触は避けたほうが良いかも知れません」
……はーい、おとなしくしてます……!
宮廷魔導師のルーシャン様も、貴族・王族に対する城壁としては頼りになるが、さすがに魔族相手では荷が重かろう。
――フラグと違う。違うから。そーゆーめんどくさい事態をひたすら避け続けるのがルークさんの生き様だから。「あ、この先の展開読めた」とか俺も一瞬思ったけど、そうはならないようにするのが俺のお仕事だから……!
トマト様の覇道は未だはるか遠く――
王都の夜は、静かに更けていくのだった。