296・I'd Smoke Tomato!
ブランフォード領における契約農場の開拓は、無事に完了した。
擁壁の設置についても「ピスタ様が夜のうちにやっておいてくれたよ!」という文脈で適当に流した。
いや、昨日はけっこう派手にぶちかましたので、「ピスタ様ならそれくらいできそう!」という納得感を狙ったのだが⋯⋯
⋯⋯それにしてもなんかキュリオさんもフリッツ卿も妙に納得が早かったというか、驚き方がちょっとわざとらしかったというか⋯⋯念の為にと『じんぶつずかん』を覗いてその理由を察したが、猫は悪くない。
あんな真夜中にあんなとこで誰かが一休みしてるとか思わないじゃないですか! こんなん不可抗力や!
⋯⋯事前にサーチキャットさん達をちゃんと使え? それはまぁ⋯⋯正論ではある⋯⋯
飼い主に褒められたいのはペットの業。
昨夜はクラリス様とリルフィ様にちょっといいとこ見せたくて、つい気が逸ってしまった⋯⋯感覚的には、捕まえたネズミを飼い主の枕元に置いていく行動と似たようなものである。あのタイミングでドヤ顔できる猫さんの強メンタルは人類も見習うべき。
ともあれ昨夜のアレも、所詮は僻地の土木工事だ。
近隣住民の皆様に「いつの間にかできてたな!?」とは思われるだろうが、「一昼夜で完成した!」ことは目撃者しか知らぬので、後世では「よくある誇張」とか「元々、段々畑だったものを再整備しただけ」とでも解釈されるだろう。歴史とか伝承なんてそんなもんである。それで良い。
⋯⋯ちなみにキュリオさんは、何故かピタちゃんのことを「亜神」だと勘違いしている。
そしてフリッツ卿は、ピタちゃんを「魔族の関係者かも」と考えている。
さらにどっちもウィンドキャットさんのことを「ドラウダ山地の聖獣」だと勘違いしているので、いずれにしても俺のことはバレてない。つまりまだガバ(※やらかし)ではない。肝心の猫は今後もトマティ商会のマスコット&デミゴッドキャットとして暗躍していく所存である。
そして今日はそんな些末事より、もっと重要な展開が待ち受けていた。
「ジャルガちゃん、ちょっといいかね?」
関係者を交えた段々畑の確認、説明を終え、馬車へ戻ろうとした我々に⋯⋯昨日会った木綿問屋のご隠居が声をかけてきた。
用件はもちろんわかっている。『昨日もらったバロメソースおいしかったよ! まだ在庫があったら売って?』であろう。
ジャルガさんに抱っこされた猫が「ウフフ⋯⋯しょうがないにゃあ」などと、こっそり在庫を取り寄せる準備をしていると、ご隠居は目をキラキラさせてこう言った。
「昨日もらったソース、とてもおいしかった! もらいっぱなしじゃ申し訳ないんで、お礼にこれを持ってきたんだが⋯⋯」
追加の要請ではなく、律儀なお返しであった。
ジャルガさんは「いえいえそんな」と遠慮していたが、あんまり断りすぎても――というタイミングで受け取る。
頂き物は⋯⋯乾物? 燻製肉の詰め合わせのようだ。ご隠居が趣味で作っているものだそうで、これは俺もちょっと食べてみたい。
冒険者ピスタ様&ジャルガさんと一緒の馬車に乗ったところで、さっそく試食。
塩気が強いので、こんなもん決して猫さんとかウサギさんにあげてはいけない。しかし俺には『全属性耐性』が、ピタちゃんには『雑食B』がある。
余談になるが、雑食Aは「食べ物以外」、すなわち金属とか毒物すら食べられるやべぇ能力らしいので、Bのピタちゃんは基本的に「生き物が食べられるものなら、だいたい食べられる」という認識で良い。味の好き嫌いは普通にある。
ガタゴトと揺れる馬車の中、ジャルガさんの指先でいい感じのサイズに燻製肉を千切っていただき、二匹(※片方は人間状態)揃ってはむっとかぶりつく。
⋯⋯うわーお。
独特ながらも食欲をそそるスモーキーな香り。
強めの塩気と肉の旨味のコラボレーション。
固すぎず柔らかすぎぬ適度な歯応え⋯⋯
これは! かなり! おいしい!
特に香りが良い。桜チップとかりんごチップのようなフルーティさとは無縁だが、渋みの中に深いコクがあり、大人向けの味わいだ。どことなく胡椒に近いスパイシーな印象すらある。
前世ではあまり経験したことのない風味なので、こちら独自の植物のチップだろうか⋯⋯?
ピタちゃんは肉よりスイーツ派なのでやや反応が薄いが、俺はかなり気に入ってしまった。
「おいしいですねぇ、これ! 肉はイノシシだと思いますが、燻煙チップは何でしょう?」
ジャルガさんはきょとんとした顔で、わずかに首を傾げた。
「社長は初めてでしたか? こちら、南部ではよくある風味づけでして⋯⋯正式な名前は知らないのですが、昨日、ピタゴラス様が開拓作業中に盛大に吹き飛ばしていた、あの灌木の煙で燻したものだと思います」
えっ。
猫はちょっぴり青ざめた。
「⋯⋯あ、あれって用途のない雑木じゃなかったんですか!?」
まさか新規開拓のつもりで、貴重な燻製チップの自生地を潰してしまった!?
動揺して自身の尻尾を抱きしめた俺を、ジャルガさんが慌てて抱き上げる。
「いえ、雑木扱いですよ。これといった用途は特になくて、細すぎて建材や細工などにも使えませんから⋯⋯つまり薪や燻製に使うぐらいしか用途がなくて、実際にそう使われている、という話です。畑の手入れを怠るといつの間にか生えてきてしまう厄介者でもあります。少なくとも、わざわざ人の手で育てるような植物ではないですね」
ちょっと安堵したが、しかしもったいない。もしや雑木扱いが長すぎて、目の前のお宝に気づいていない感じ⋯⋯?
「つまりあの灌木は、このあたりだと大量に手に入るものなんですね?」
「はい。煮炊きにも気兼ねなく使えますし、これから作るトマト様の加工場でも、燃料として安価で⋯⋯ほとんど人件費のみで仕入れられると思います」
駆除した雑草(雑木)の処分先ということか。
さらに詳しく聞いたところ、「そもそもの水分量が少ないので、乾燥期間がなくてもよく燃える」「煙にクセがあり衣服に匂いがつきやすいので、日々の厨房では普通の薪や藁より下の扱い」「ぶっちゃけ野焼きで普通に処理してる」とのことで⋯⋯
美味しい干し肉をガジガジしつつ、猫はしばらく ◉ω◉ な顔で考え込んだ。
⋯⋯これ、ブランフォード領の特産品としてもってこいなのでは???
良い特産品のアイディアは、やはり地元を深く観察してこそ得られるものなのだろう。今回は向こうから来てくれたが、これもトマト様のお導きかもしれぬ。
「ジャルガさん、作付けするトマト様の品種を、一部変更します。三分の一ぐらいをミニトマト様にして、この灌木で『燻製トマト様』を作り、ブランフォード領の特産品としましょう!」
猫の提案に、ジャルガさんが驚いて目をしばたたかせる。
「なるほど、トマト様の燻製⋯⋯おもしろそうですね。オイル漬けの瓶詰めにすれば、より長持ちしそうですし⋯⋯ここは綿花の産地ですから、綿実油もとれます。ご隠居に相談して作業場を貸してもらい、さっそく試作してみましょうか?」
ジャルガさんも商人だけあって、打てば響くように良い反応が返ってくる!
前世では燻製+オイル漬けといえばオリーブオイルだったが、綿実油を使えばより軽やかに、よりトマト様の風味を生かす形で美味しく仕上がるかもしれない。
あと結構な高価格帯商品になるので、お貴族様相手に良い金額で売れそう(ゲス顔)
そんなわけで、午後の業務は「燻製ミニトマト様・ブランフォード風味」の試作(味見)とあいなった。
ジャルガさんからフリッツ卿とキュリオさんにも提案し、「特産品の開発過程の視察」という名目でお二人も同行。
さらに重役出勤してきたオズワルド氏が「おもしろそうだな!」と大変乗り気だったので、もちろん同行(白目)
冒険者ピスタ様は、「深夜作業の疲れがある」という名目で宿屋に待機(キャットシェルターへ移動)してもらった。
ピタちゃんはキュリオさんから「亜神だ!」と思われてるし、やっぱり話しかけられるとですね⋯⋯俺が対応できるとは限らないので⋯⋯あとピタちゃんもお昼寝タイムは大事なので⋯⋯昨日はたくさん働いてもらったし⋯⋯
なお、素材となるミニトマト様はコピーキャットで用意したが、これも「オズワルド様が持ってきてくれた」ということにした。
魔族を使い走りにするトマティ商会のヤバさがまた可視化されてしまい、キュリオさんが目を白黒させていたが、本人が一番楽しそうなので⋯⋯うん。
さて、木綿問屋のご隠居は快く燻製用の作業場を貸してくれた。
彼は先代領主のフリッツ卿とも同世代の顔見知りで、もちろん「雲の上の御方」という認識ではあるのだが⋯⋯
フリッツ卿も愛想はないが、領民に理不尽を強いるタイプのお貴族様ではないし、ご隠居も木綿問屋の元主人。
要するに「元領主と地元の名士」的な距離感なので、礼節は保ちつつ過度の緊張はしていない。むしろこの場にはオズワルド氏がいるので、フリッツ卿のほうが「ビシッ」としてる感がある。
さっそく始まった燻製作り!
まずはオズワルド氏が持ってきてくれた設定のコピーキャット製ミニトマト様を、丁寧に水洗いする。
新鮮なのでツヤツヤである。
俺は猫なので、テーブルの上でおとなしく人類を見守ることにした。
つい猫の手で手伝いたくなってしまうが、がまんがまん⋯⋯
なお俺の頭上にはちゃんと屋根があるものの、こちらの作業場はほぼ屋外である。斜面の傍にあった休憩所と似たような感じだ。燻製器もでかくて屋外用だし、趣味のために後から庭に作ったのがよくわかる。
ジャルガさんとオズワルド氏が、洗い場でミニトマト様を洗う。フリッツ卿とキュリオさんは水気を拭く係だ。
ご隠居は薪や網棚、燻製チップの準備を進め、猫はそれらの作業をぼんやり眺める。すごく猫っぽい。ちゃんと猫やれてる。
「オズワルド様は食材を洗う手際が良いですね」
並んで作業するジャルガさんが、ちょっと驚いた様子で話しかけた。
「そうかね? 魔道具の製作も手作業だから、なんだかんだで器用になるのかもしれんな」
機嫌良く応じるオズワルド氏を見て、フリッツ卿とキュリオさんは「魔族もこんな普通の会話するんだ⋯⋯?」みたいな顔に転じている。
ジャルガさんは俺の信徒⋯⋯もというちの社員であるからして、オズワルド氏相手にもそんなに物怖じしていない。
去年の新入社員歓迎会でもオズワルド氏はかなり気さくだったため、第一印象からして「この人は身内!」という刷り込みがちゃんとできているのだろう。
しかしながらジャルガさんのそんな姿は、フリッツ卿やキュリオさんの目から見ると「この若い商人、結構な大物だな!?」という感想になってしまう。ただでさえ異国風の美人さんでもあるので、「⋯⋯素性に何か裏がありそう⋯⋯?」と邪推する余地もある。
実際には特に何もない。獣人なのを隠してはいるが、これはネルク王国ではバレたところで「へー。珍しい!」ぐらいで終わってしまう話だ。
さて、水洗いしたトマト様をよく拭いて網に載せ、半分は燻製器にそのまま仕込み、半分は先にオーブンへ。
一口に燻製と言ってもいろいろと種類がある。
特にトマト様の場合、生のまま燻して風味づけをしたり、一度焼いてセミドライトマト様にした上で燻したり、あるいは天日干ししたカラカラのドライトマト様をじっくり燻したりと、この時点でもう3パターン⋯⋯
さらにこれを「オイル漬けにするかしないか」で計6パターン。燻製チップの種類、オイルに混ぜる調味料、香辛料の配合まで考慮すると、その可能性はまさに無限大だ。実に特産品向きの商材である!
そして通常、水気の多いお野菜は燻製に不向きなのだが⋯⋯旨味の強いトマト様の場合、その旨味が熱でぎゅぎゅっと凝縮され、ここに燻製の風味まで加わることで素晴らしい嗜好品へと化ける。前世ではちょっとオシャレな酒のつまみとしても大人気だった。
生のトマト様を燻製にする場合、好みや燻製の環境によって時間は少し前後するが、だいたい十五分程度で完成する。
スモーキーな風味がついたそのトマト様に、少量の塩を振ったりオイルをちょっとかければ、もうそれだけでご馳走だ。もちろん何もつけずそのままでも全然イケる。
先にオーブンで焼いてセミドライにする場合、だいたい一時間ぐらい焼いた後で改めて燻製にする。これは半分にカットしても良い。しなくても良い。ここも好みの問題である。自家製の燻製は自分の好きなようにいろいろ調整できるのが強みだ。
生トマト様の燻製が出来上がるまでに、もう一種、「完全乾燥済みドライトマト様の塩漬け」も作っておく。これは仕込み。こっちはこれから二日ぐらい塩漬けにして、その後に燻製&自然乾燥を経てオイル漬けにする。
ここまでやれば保存も利くし、塩気が強いのでスープやパスタの具材としても使いやすい。刻んでパスタに混ぜれば良いアクセントになるだろう。
みんなの作業(※トマト様への献身)をニコニコと笑顔で眺めていると、不意にキュリオさんと目があった。
「⋯⋯ジャルガさん。こちらの猫は、なんだかずいぶんと品のある笑顔をしますね⋯⋯王都の猫とは雰囲気も違いますが、もしやドラウダ山地の固有種ですか?」
「⋯⋯そうかもしれませんね。私も詳しくはないのですが、一般的な猫さんよりも賢くて、たまに人の言葉も理解していそうな子です」
これは想定された質疑である。こう言っておけば、たまに俺が相槌を打ったり返事のように「にゃー」と鳴いてしまっても言い訳が立つ。
⋯⋯立つか? ほんとに? 最低限の予防線にはなると思いたい。
俺はことさらに猫っぽく毛繕いをし、ぐしぐしと前足で頭を撫でる。
猫です。何の違和感もないはずです。完璧な擬態です。いや擬態じゃねぇよ普通に猫っスよ。「品のある笑顔」って、猫への褒め言葉としてどうなんだろう⋯⋯?
作業が一段落して完成を待つ間、ご隠居が用意してくれたお茶を飲みながら、我々はしばし談笑した。
猫は喋れないので、お皿にわけてもらったお茶を猫らしくぴちゃぴちゃ舐める。麦茶ではない。ちょっと清涼感のある、なんらかのハーブティーのようだ。
すっかり猫らしくくつろぐ俺の背を撫でながら、フリッツ卿が苦笑い気味に呟いた。
「⋯⋯なんと申しますか⋯⋯流れでご一緒させていただいたが、よく考えたら作業者ならばいざ知らず、私やキュリオ殿がいても無意味でしたな」
これは「トマティ商会やブラン商会が売る予定の試作品」なので、確かに貴族のフリッツ卿が、その作り方まで把握しておく必要は別にない。
しかし、この言を聞いたオズワルド氏は片目を瞑って嗤う。
「無意味なものか。フリッツ、貴殿とてまだ老け込むような年ではあるまい。生きること、味わうこと、楽しむこと⋯⋯それだけで充分、人生には意味が生まれる」
猫はぱちくりとまばたきをした。
⋯⋯出会った当時のちょっとシニカル&ニヒルなオズワルド氏であれば、きっとこんなことは言わなかっただろう。これは本人が「今」を「楽しんでいる」からこそ出てきた言葉だ。
「知らぬことを学ぶ楽しさは、いくつになろうと失われることはない。試行錯誤と日々の発見、それがあれば人生は楽しめる。その意味で⋯⋯燻製作りというのは良い趣味だろうし、今日、ここでそれを経験しておくのは決して悪いことではあるまいよ。なにより⋯⋯今日は相当、美味いものを食えそうな予感がある」
ニヤリと嗤うオズワルド氏を見て、ジャルガさんもくすくすと上品に微笑んだ。
フリッツ卿は少し恐縮しつつも、思うところはあったようで、ゆっくりと頷いた。
「その通りですな。よくよく思えば私もすでに隠居の身⋯⋯職務に追われる立場でもなし、そろそろ趣味の一つや二つはたしなむべきかもしれません。良い気づきをいただきました」
木綿問屋のご隠居も目を細める。
「オズワルド様はお若いのに、人生の要諦を押さえておられますな。フリッツ様、もしもご興味が続くようでしたら、ぜひお声がけくださいませ。王都にはもっと良い燻製器や、多種多様な燻製チップがありますし、向こうの商人とも多少は伝手がございますれば⋯⋯」
「うむ。その時は改めて頼む」
このご隠居は、オズワルド氏の正体を知らぬので⋯⋯「ちょっと高貴な立場の魔導師さんかな?」ぐらいに思っている。ゆえに若者扱いなのだが、実際にはこのご隠居の数倍年上だ。
お爺ちゃん達(※オズワルド氏含む)の会話を聞いていたキュリオさんが、やや困ったようにうつむいた。
「恥ずかしながら、私も仕事ばかりで無趣味なもので⋯⋯『学ぶ楽しさ』も忘れておりました」
気を利かせたジャルガさんが、彼のコップにお茶のおかわりを注いだ。
「私もそうですからよくわかります。一部の商人などは、もう仕事を趣味にしているようなところがありますし⋯⋯特に仕入れたものが狙い通りに売れたりすると、まるで賭け事に勝ったみたいな感覚がありまして」
たちまちご隠居が肩を揺らして笑い出した。
「ジャルガちゃんのそれは、商人の甲斐性ってやつだねぇ。それに、キュリオ様も⋯⋯侯爵家の家臣としてのやり甲斐があればこそ、趣味に費やす暇もなく職務に邁進されているのでしょう? それはそれで良いのですよ。時間のかかる趣味は、私のように暇な老人がやるものです」
そんな話をしながらも、ご隠居は燻製器をちょっと開けてミニトマト様を取り出し、手早く水気を拭いてくれた。
すぐに戻して、さらに数分⋯⋯
「これで完成ですかな?」
「ええ、ちょうどいい頃合いだと思います」
いよいよか!
ご隠居が網を取り出し、ジャルガさんが確認する。
今回の燻製は俺にとっても未知の味。干し肉のほうはさっき貰って食ったが、わくわくてかてかしすぎて思わず身を乗り出してしまう。作業の邪魔になってしまうのでテーブルからは動かぬが、さて出来栄えは⋯⋯
燻製したミニトマト様は、表皮に少し皺が寄り、一部は弾けて剥けている部分もあるが、色合いはさほど変わっていない。十分そこそこの熱燻なのでこんなものだろう。
ここからオリーブオイルや塩に漬け込むのも一興だが、今日は灌木の煙とトマト様の相性を見るのが主目的なので、少し冷ましてからそのまま食べる。
後日、コピーキャットでの複製もしたいので、まずは素の状態で!
「にゃーん。にゃーんにゃーん。にゃあーん」
(訳・ジャルガさん、はやくはやく! それください!)
ちゃんと猫っぽくすり寄ってアピールすると、ジャルガさんは「ふふ⋯⋯」と脱力気味に微笑みつつ、その細い指先に燻製ミニトマト様をつまんだ。
「もうちょっと冷ましてからのほうがいいかもしれませんが⋯⋯」
そんなことを言いながら少し左右に振って冷まし、頃合いになったところで俺の口元に。猫なのに実は猫舌ではないので大丈夫なんですが。
ぱくっ。
まだ熱々の、ジューシーなトマト様の果汁⋯⋯それが燻製によって濃厚さを増し、コクのある深い香りとトマト様特有の旨味が渾然となり、我が舌の上で交響楽を奏ではじめる。
すげぇ。こいつはすげぇ!
味覚の大部分は「香り」で決まるという話を聞いたことがある。
たとえばバニラエッセンスを使うと、糖分不使用でも甘く感じやすい。
風邪で嗅覚が利かない時の食事が美味しくないのも、ここに一因がある。
香りが強いネギなどの香味野菜を使うことで、美味しい減塩食を作るというワザもある。
そしてこの燻製トマト様⋯⋯!
この「香り」と「旨味」のコラボレーションはすさまじい。ここに塩気と油なんて足そうものなら人類の三大欲求が四大欲求になってしまう。「トマト様欲は食欲に含まれるのでは?」とかそんなツッコミは要らぬ。そもそも人類の三大欲求は「猫撫で欲」「お昼寝欲」「トマト様栽培欲」の三種である。
猫は目をキラキラさせ、自身のほっぺが落ちないように改めて肉球で支えた。ぅおおおいしーーーーいぃ!
⋯⋯そんな俺の様子を見て、フリッツ卿達が「えっ⋯⋯これ、猫にあげても大丈夫なやつ⋯⋯?」と、やや不安そうな顔色に転じる。
「ああ、心配いらんよ。その猫はトマト様が大好物でな。塩も振っていないし、元々大食いだから問題ない」
オズワルド氏がフォローしてくれた。こちとら全属性耐性のおかげで塩分過多も怖くないチート猫である。
感動する猫に続いて、みんなも一粒ずつ、その赤く尊い実を口に運んだ。
「⋯⋯ほう。これは⋯⋯!」
オズワルド氏が目を見開く。キュリオさんとフリッツ卿、ご隠居も続いて唸った。
「これがミニトマト様⋯⋯生のトマト様そのものも初めて食したのですが、なんとジューシーで味わいの深い⋯⋯!」
「先日のバロメソースで、トマト様の味わいを知ったつもりになっていたが⋯⋯あの美味もまた、一面でしかなかったということか⋯⋯奥が深い⋯⋯」
「これはよく合いますなあ。同じチップで木の実やドライフルーツをたまに燻しておりますが、これほど酒が飲みたくなるつまみは初めてですよ」
みんなに好評で亜神も嬉しい。(神の視座)
とはいえこれは生に近く日持ちしないので、産地でしか味わえないのだが⋯⋯
その後、オーブンで焼いたセミドライトマト様のほうも数時間にわたって燻製にしてもらい、翌日にはより風味が強く旨味の凝縮されたセミドライトマト様のオイル漬けが爆誕した。こちらも当然のようにめっちゃ美味しかった。
乾燥期間を長くとれば、より保存性も高くなる。
手間と時間もかかるので、基本的には富裕層、お貴族様向けの嗜好品だが⋯⋯付加価値をつけて名物にできれば、これはブランフォード領の財政建て直しの一助となろう。
さらに後年、この灌木による風味づけを生かした「バーベキューソース」の開発にも成功し、トマティ商会とブラン商会の提携の象徴となり国中へ広がる未来まで猫は幻視したが、たぶんこれは現実になると思う。
こうしてブランフォード伯爵領における『トマト様の耕地侵略計画』は、契約農場の新規開拓にとどまらず、新たな有望商材の確保という革新的な結果を伴い、大成功のうちにはじまった。
この成功の流れの中で、「トマティ商会」と「冒険者ピスタ・ラビ」の名も南部の各地域に広がり、あわせてトマト様の種子を求める声が高まっていくこととなる。
ククク⋯⋯すべては我が肉球の上⋯⋯!
トマト様の覇道の進展、それにほくそえむ俺を適当にモフりながら、ジャルガさんが頭上で呟いた。
「社長、お疲れ様でした。ブランフォード領のことは、後はブラン商会に任せるとして⋯⋯この後、可能ならば社長にしばらく休暇をとっていただくようにと、クラリス様からご指示をいただいております。よろしいですか?」
⋯⋯えっ。初耳。
「クラリス様が? あれっ? どうしてジャルガさんのほうにそんな話が?」
「先に外堀を埋めておかないと、社長はなんだかんだとゴネて休暇をとらないと見抜かれているように思います。ナナセさん達もご承知のことですが、畑の開拓はさすがに社長がいないと何もできませんので、『それが終わったら』ということで⋯⋯とりあえず一週間ほどなら、社員だけで回せる程度に状況も落ち着いていますので、この機会に少しゆっくりされてください。その⋯⋯私が申し上げるのは僭越ですが、クラリス様やリルフィ様も、本音では寂しがっておられるのではないかと――」
⋯⋯ペットとして、やはり猛省せねばなるまい。
俺がやらねばならぬ作業はコレで一段落したのも事実なので、お言葉に甘えて、少し早めの夏休みをいただくことにした。
管理職にも有給消化は必要だし、俺が休まねば社員達も休みにくいだろう。トマティ商会は決してブラック企業ではないのだ。
⋯⋯そういやブラックトマト様っていう真っ黒なトマト様の品種があったな⋯⋯アントシアニンが豊富でナスみたいな色の⋯⋯この機会にアレも栽培してみるか⋯⋯(仕事脳)
章題は「I'd Smoke that」のパロディということで⋯⋯(わかりにくい)
ところで先週の金曜(4/10)に、コミックポルカにて三國先生の漫画版猫魔導師、31話が更新されてました! キャットシェルターのお披露目、ウィル君がうるわしいコタツ回です。うちのコタツはまだしまっていません。まだ梅雨時に、たぶん⋯⋯使う機会がありそうな⋯⋯(言い訳)
ご査収ください。




