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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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285・猫の南方調査


 フリッツ卿とライゼー様達の会談の最中、運動不足解消のために後ろでこっそり踊っていた俺は、心地よい汗(肉球付近)を拭きながら姿を現した。


「お疲れ様でした、リオレット陛下!」


 執務机のリオレット陛下は、やや困惑気味のお顔に笑みを浮かべる。今回は急なお願いでしたからね⋯⋯


「ルーク様、あれでよろしかったのですか? トマト様の普及は、本来ならルーク様の偉業とすべきことですが⋯⋯」


「そういうのはお気になさらず! 名よりも実を取るタイプです。どのみち、トマティ商会の偉業にはなりますし⋯⋯むしろ陛下にも責任の一端を担わせる形になってしまいましたので、南方での栽培が失敗しないよう、陰ながらサポートさせていただきます!」


 ⋯⋯すべては⋯⋯すべてはトマト様の覇道のため⋯⋯!


 ⋯⋯あとトマティ商会の都合としても、追加の農地は早めに確保したかった。なにせバロメソースが結構な売れ行きなので、リーデルハイン領だけでは早晩、生産量が足りなくなる。それどころか他のトマト様関連商材も製造できぬ。


「フリッツ卿の領地をとっかかりにはしますが⋯⋯メインの目的は南方の経済振興ですから、利益そのものは他の領地にも広げたいところですね。で、陛下へのご相談なのですが⋯⋯」


「ええ、農業閥への根回しは、この春のうちに進めておきます。トップのカルテラ・アーマーン侯爵には、もう去年のうちからトマト様の普及策について相談をしておきましたし⋯⋯その時点では国全体の話でしたが、まず南方から始めるという点に関しては、むしろ歓迎されるでしょう。フリッツ卿の領地はここ数年、綿花の収穫がかんばしくなかったので、ちょうど良い支援になるはずです」


 ふむ、綿花か⋯⋯

 ネルク王国は紡績や織物、服飾系にかなり強い。

 綿や麻だけでなく絹も生産しているし、なんとフェイクファーまで普及している。石油系素材ではなく、作り方は企業秘密とのことだが⋯⋯パイル生地を普通に毛割りして表面の糸を解き、長さを均一にカットすることで毛のような手触りを再現しているようだ。でも俺の毛並みのほうがなめらかだと思う(対抗心)


 もちろん羊毛や羽毛、その他の獣の毛も活用されており、よくわからん蜘蛛(魔物)の糸から作った高級な織物もあるらしい。異世界モノのお約束だが、虫は怖いので詳細を確認していない。今の俺は小柄な猫さんなので、あらゆる虫が相対的にデカく感じるのだ⋯⋯


 そういう素材の選択肢がある中では、綿花の収益率もさほど高くはあるまい。レッドオーシャンというやつである。トマト様の海のことではない。

 トマティックオーシャンは⋯⋯ちょっと心惹かれる概念だな⋯⋯?


「ブランフォード伯爵領では、綿花以外には何を栽培してるんですか?」


「他の多くの領地とさほど変わらないはずです。領民の主食になる小麦、大麦、ラディクス系の根菜類、葉物野菜⋯⋯近隣ではワイン用のブドウなども栽培していますが、ブランフォード領ではあまり質の良いブドウが育たなかったようで、代わりに綿花を増やしていたようですね」


 ⋯⋯ふむ。

 実はブドウとトマト様には、農業的な意味での共通点が多い。


 まず適正なpH(ペーハー)値。どちらも弱酸性~中性を好む。

 そして粘土っぽい柔らかな土より、水はけの良いさらりとした土がいい。土の保水力が高すぎると、根腐れを起こしやすいのだ。ある程度、乾燥していて痩せた土のほうがよく育つ。その意味で「近隣でブドウの育成が盛ん」というのは良い情報だ。


 違いといえば、トマト様は連作障害が起きやすいため、休耕したり豆類を植えたりしたほうが良い。うちの場合、これを『バロメの実』と『ホワイトラディクス』で試験中だ。


 バロメの実は、大豆に似た挽肉っぽい代用肉にできる豆。単体だと味も素っ気もなくてビミョーな感じなのだが、すり潰してダマにしたものをトマト様と合わせると、いい感じに挽肉っぽくなる。収穫量も多めで日持ちもするので心強い。


 ホワイトラディクスというのは、こちらの世界に広く普及している珍しくもない固有種で⋯⋯大根にちょっと似た根菜なのだが、品種としてはまったく別物で、色違いや風味違いの類似品種が大量にある。

 その中でも「ホワイト」は、ホルト皇国では『土壌を浄化する作物』と言われているとか。この最新情報は、ホルト皇国のメルーサ博士(キルシュ先生のお母様)から教えていただいた。


 実際には「浄化」というより、根の部分で呼吸するような感じで、なんらかの成分を土中に放出しているらしく⋯⋯その影響によって、周囲の有用な微生物をいー感じに活性化させたり、安定化させてくれるようだ。

 たとえばホワイトラディクスを植えた翌年に、同じ畑で別の作物を育てると、病害が起きにくいとか。

 そのあたりの詳しい機序についてはラズール学園でもまだ研究中だが、「何か効果があるのはたぶん間違いない」と経験則レベルでは実証されている。うちの庭師のダラッカさんも「心当たりはある」と仰っていた。


 ⋯⋯ガチだとしたらものすごく有用なお野菜様なのだが、生育に結構な量の水が必要なので、レッドトマト商国みたいな乾燥地帯では栽培不可能だった。惜しい。


 しかしネルク王国の土壌がやけに肥沃なのは、案外、コレが広く普及していたおかげなのかもしれぬ⋯⋯


 なお前世だと、トマト様の後作にオススメの作物はインゲンや枝豆などの豆類、あとは白菜やブロッコリー、カブ、レタス、玉ねぎなどである。大根に関しては「基本的には不向き」とされていたが、肥料を整えて土作りからちゃんとできる農家であれば対応可能という話もあり、結局は「その土地の土次第」という感じか。まさしく農業は土作りである。


「この後、南方に行って、土の状況や地形などを確認してこようと思います。道案内が欲しいのですが、私の知人で心当たりとかありますかね⋯⋯?」


 これがちょっと悩みどころである。適当に空飛んでいけばいいのだが、猫さんぽは意外と迷子になりやすいので、大雑把な感じでも助言者がいると助かる。それこそアロケイルの時のブラジオスさんみたいに。


 陛下は首を傾げてしまった。


「⋯⋯元商人のライゼー子爵やヨルダ殿なら、多少は⋯⋯? しかし、社交でご多忙でしょう。ルーシャン先生やアイシャも、あまり南方には行ったことがなさそうです」


 そこらへんの方達はただでさえ忙しいので、道案内程度で連れ回すのもちょっとな⋯⋯しかしさすがはリオレット陛下、すぐに案を出してくれた!


「あ。そちらのトマティ商会の社員の、ジャルガさん⋯⋯彼女は行商人だったそうですね? 過去の巡回ルートは存じませんが、旅慣れているでしょうし、確認してみてはいかがですか」


 そういえば! これも先日の猫祭りで「横のつながり」ができた成果であろう。

 黒狐人のジャルガさんはバロメソースの増産で大忙しではあるが、半日くらいなら問題あるまい。社長権限である。


 ⋯⋯というかジャルガさんの採用理由の一つが「元行商人なら僻地の事情にも詳しそう!」だったからなので、むしろ当初の想定通りなのだが、陛下に指摘してもらうまで普通に忘れてたな?


 今の彼女は経理部門の柱であると同時に、バロメソース輸送班の旅程管理も担当している。旅に同行するわけではないが、日程を組んだりそれに合わせて荷を用意したり、また輸送班に王都側で積み込んでもらう荷の指示をしたりと、重要な業務を担ってくれている。最近の猫が割と自由に各所で「どうも!」とやっているのは、商会としての機能を彼女達が担ってくれているからなのだ⋯⋯


 そんなわけで、ご多忙な陛下にはお菓子の差し入れ(※アーデリア様やウィル君の分も含む)を上納し、俺はその御前を辞去した。

 ちなみにアーデリア様達は、陛下の代わりに貴族の茶会へ出かけているそうである。もうすっかり陛下の婚約者として認知されてしまった。


 さて、宅配便で本社に戻った俺は、ジャルガさんを探そうとして⋯⋯


「あ。ルークさま」


 十秒でソレッタちゃんに見つかった。猫探知やべぇ。


 ⋯⋯い、いや! 本社に移動したので! 本社には従業員用の託児室があり、ソレッタちゃんや他の従業員のお子様達はそこの常連である。

 一応、小学校低学年レベルの教育も始まっており、読み書き計算の習熟などをそれぞれのペースで遊び感覚もまじえて進めている。


 俺の宅配先は託児室ではなく社長室だったのだが、ソレッタちゃんは俺の気配を感じて駆けてきたようだ。猫探知やべぇ(再度)


「こんにちは、ソレッタちゃん! ちょっとジャルガさんに相談があってねぇ」


「お運びします」


 ソレッタちゃんが俺を抱っこ。

 ⋯⋯ウィンドキャットさんに乗って移動したほうが速いのだが、せっかくのご厚意である。ソレッタちゃんが猫をモフりたいだけという説もあるが、そのくらいのサービス精神は必要であろう。にゃーんにゃーん。


「この時間なら、ジャルガさんは事務室だとおもいます」


「そっかー。ソレッタちゃんは何をしてたのかな?」


「テオと将棋を指してました」

「にゃーん」


 ソレッタちゃんの首付近にぐでっと巻きついたテオ君がにゃーん。


 俺の分霊たる、ぬいぐるみのテオ君⋯⋯いまだ会話はできないが、何故か将棋の腕は本体の俺より普通に上である。ぜんぜん勝てない。も、全っ然。


 で、ソレッタちゃんもレベル的には勝てないはずなのだが、テオ君は幼女様相手には手加減をしてくれる。つまり難易度調整機能つきの将棋猫である。


 ヨルダ様やオズワルド氏もおもしろがって指したらボッコボコにされていたので、こいつマジで幼女様にしか手加減しやがらねぇ。さすが俺の分霊である。接待麻雀みたいな概念はご存じない感じです?


 幼女様に運ばれて事務室へ行くと、ジャルガさんとアンナさん、グレゴールさんが普通にお仕事中であった。カイロウ君は工場側へ出ているようだ。


「あ、社長。どうしました?」


 と、アンナさん。猫が幼女様に運ばれているのはいつものことなので、特にツッコミはない。


「ジャルガさんに相談がありまして! 本店オープンも一段落したので、いよいよ南方にトマト様を広げる準備を始めようと思うのです。これは陛下への政治的な支援でもあります。手始めにブランフォード伯爵領で、例の『契約農場』システムを検討したいのですが⋯⋯私には土地鑑がありません。行商をやっていたジャルガさんなら何かご存知かな、と!」


 おお、と社員の皆様がわずかにどよめいた。農地拡張は我が商会の懸案事項なのだが、リーデルハイン領は土地があるものの労働力が足りぬ⋯⋯


 もちろん南方とは距離が離れすぎているし、向こうで生産したトマト様は向こうで加工する形になる。トマティ商会の支店、あるいは工場を新設することになるだろう。

 そっちでは基本的に現地人材を雇用するし、こちらの本社ほど猫がうろつく環境にはしない。現地の商会との提携も視野にいれる。


 事業の継続性と、赤字にならない程度の収益は確保したいが、これはトマト様の覇道のためなので大儲けをする必要はないのだ。基本理念は共存共栄、今後の他国への出店にもつながるテストケースとなろう。


 ジャルガさんは小さく頷くと、ソレッタちゃんの前で膝をつき、俺と目線の高さを近づける。相変わらず顔がいい。褐色美人は南方とかホルト皇国には多いようなのだが、こっちだと珍しいので⋯⋯


「承りました。ブランフォード伯爵領なら何度も通行していますし、現地に知人もおります」


 よっしゃ!

 ジャルガさんに限らず、行商人は大手商会の手が届かぬ僻地を中心に回る。

 人口の多い街でも露店を開いたりはするが、行商の基本は「品のある場所で入荷し、ない場所で販売」することなので⋯⋯あまり栄えていないっぽいブランフォード伯爵領にも「行ったことがありそう」と見当をつけていた。


「では、ちょっとジャルガさんをお借りします! あ、業務のほうは大丈夫そうです?」


「ええ。ずっと抜けられたらさすがに厳しいですが、数日ならこちらでカバーできますよ」


 強面こわもてのグレゴールさんが頼もしく頷く。こちらにおいでいただいてから、表情がとてもやわらかくなった⋯⋯


 グレゴールさんは気を使って「数日」と言ってくれたが、宅配魔法で移動できるように現地を見知っておきたいだけなので、今日中に済ませるつもりである。王都からウィンドキャットさんに乗って街道沿いに南下すれば一時間もかからぬだろうし、帰りは一瞬だ。夜は夜でライゼー様の夜会を見守りたいので、まあまあ強行軍である。


 そんなわけでジャルガさん(と、暇そうだったソレッタちゃん)に同行してもらい、すぐに王都へ戻った。


「それではここから南方へ向かいます!」


「はーい」「よ、よろしくお願いいたします⋯⋯!」「楽しみですわ!」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あれ? 一人増えたな?


 国土の南方まで、ウィンドキャットさんにまたがっての空の旅⋯⋯これはなかなか楽しいアクティビティになりそうなので、「もしも暇なら⋯⋯」と連絡してみたら二つ返事で「行きたいですわ!」と食いついてきた。そう、セルニア様である。


 飛行機がないこちらの世界、「空を飛ぶ」という経験自体が特別感てんこ盛りだ。俺も初めてウィンドキャットさんに乗った時はすごい感動した⋯⋯


 ただ、お声がけした理由は「楽しそうだから!」というだけではなく⋯⋯セルニア様のご実家たるペルーラ公爵領も、国土の南方側にあるのだ。


 ブランフォード伯爵領よりは王都側にだいぶ近いので、道案内はさすがに無理だが、自領の特産品などはもちろん把握しているし、周辺領地にも詳しい。

 彼女は「公爵家」、それも税務閥の御令嬢なので、実は結構な英才教育を受けており、知識面でも侮れぬのだ。

 ジャルガさんが民間と商売に詳しい助言者だとすれば、セルニア様は貴族と政治に詳しい助言者なのである。たぶん。


「たっ、高いですわ!? 王都があんなに小さ⋯⋯えっ!? はわああああっ!? ル、ルーク様!? こんなに高くまで!? 大丈夫なんですのコレ!?」


 歓声をあげるセルニア様であるが、彼女がウィンドキャットさんに乗るのはコレが初めてではない。先日、ベルガリウスさんと一緒にメテオラを案内した時にも乗った。

 しかしあの時は、あくまで低空をのんびり移動しただけだったので⋯⋯高度もせいぜい馬車の屋根ぐらい。

 しかし今日は、雲の上を行くレベルの高々度である。動揺するのは当然であろう。

 あとソレッタちゃんやジャルガさんも何度か乗っているのだが、長距離の移動はコレが初めてかもしれぬ。


「すごいです、ルークさま⋯⋯! 有翼人だってこんなに高く飛べないです⋯⋯!」


 有翼人さん、離陸は苦手で滑空専門みたいなとこあるしな⋯⋯気象条件次第では、上昇気流に乗って少し上がったりはできるのだが、自力で高度を上げるのは無理である。ソレッタちゃんも先日の猫神楽クライマックスでは、スイール様の風魔法で空中に飛んでいた。


 ジャルガさんもほうけておられる。


「⋯⋯これが、神々の視座⋯⋯この高みから、地上を見れば⋯⋯人どころか、国すらも⋯⋯なんて、なんて小さな⋯⋯」


 信仰心のせいでなんか勘違いが発生していそうな気もするが、お空に神様はいない。この世界では亜神も地上で生きているのだ。そう、トマト様の下僕として。


「ルーク様は、いつもこんな高いところを飛んでいらっしゃいますの!?」


「いつもではないですねぇ。ウィンドキャットさんは近距離の移動にも便利なので、よく呼んでますが⋯⋯こういう高いところを飛ぶのは、そこそこ遠くへ行くときだけです。低いと鳥さんと衝突したり、(音速突破時の衝撃波で)下に迷惑がかかる可能性がありまして。あ、風の結界で周囲を囲っていますし、絶対に落ちない安全策を何重にも用意しておりますので、そこはご安心ください!」


 実際、ウィンドキャットさんの背中に埋もれると、まるで吸い付くような安定感があり、滞空中はわざと落ちようとしても体が離れなかったりする。


 しかもこの高度でも気圧や気温の変化を感じず、風も遮ってくれるのでまさに航空機なみの快適性⋯⋯あと空は日差しが強いので、日焼け対策として紫外線カット結界も実装した。今後も人類を甘やかしていくスタイルである。


 そのままわーわーきゃーきゃー話しながら、大空の旅!


「もうペルーラ公爵領ですわ!? あそこが本邸です!」とセルニア様。


「⋯⋯あっという間に通り過ぎましたね?」とジャルガさん。


 うむ。空の旅とはそういうものである。距離感を掴むため少しゆっくりめに飛んでいるぐらいなのだが、そりゃもう馬とか馬車よりずっと速い。馬車の常歩なみあしが時速5~8kmなのに対し、ウィンドキャットさんの現在の飛行速度はたぶん時速700km前後と思われるので⋯⋯うむ。


 なお、高度が高いほど気圧が低く空気抵抗も少なくなるので、スピードは出しやすくなる。

 さらに滑空っぽい感じにすれば落下の勢いも速度にプラスできるので、少ない労力で優雅に飛べる。前世にはヒマラヤ山脈を越える渡り鳥などもいたし、アフリカのマダラハゲワシという鳥さんは高度10kmで飛行機と衝突した記録を持つ。


 酸素も薄くなるので、適応するのは大変だろうが⋯⋯そういえばウィンドキャットさんは我々が吸う酸素をどこから調達しているのか、若干謎である。たぶん周囲の空気をいい感じに効率よく取り込んでいるのだろうが、与圧とか空気の調整とかもやってくれるハイテクな猫さんなのだ。


 今の高度はたぶん5kmかそこらなので、富士山以上ヒマラヤ未満なあたり。こうして上空から見回すと、ネルク王国にはあんまり高山が見当たらぬが、紀伊山地ぐらいの山はけっこうそこかしこにある。


 魔獣の生息する山も多いし、ギブルスネークみたいに空を飛ぶヤバいのやデカい鳥もいるので、初期の飛行機や気球などは襲われやすく普及しにくいだろう。というか、発明した段階で魔族が潰しに来そう。たぶん飛行機はアウト判定だ。


 そうこうしているうちに、眼下には大規模農地が増え始めた。

 目立つのは小麦、綿花、ブドウだろうか。リンゴやオレンジの果樹園、様々な野菜の畑もそこかしこにある。


 転生者の影響か、連作障害や効率的な肥料の知識は浸透しているのだが、その知識の質には地域差、個人差も大きい。

 また土にも植物にも魔力の影響があるこちらの世界では、前世の農業知識は必ずしも盲信できるものではなく⋯⋯「ダメなはずなのに何故か大豊作」とか「良いはずなのに効果がイマイチ?」みたいな事案もあったはずである。


 とはいえ、気候風土の壁はやはり分厚く⋯⋯リーデルハイン領に胡椒の木は根付かなかったし、メイプルシロップもメテオラでは大豊作だったものの、麓ではイマイチだった。おうちで消費する分にはちょうどいいかな⋯⋯ぐらいの量。


 上空からそれらの畑を見下ろし、ジャルガさんが呟く。


「リーデルハイン領と比べると、このあたりの土質は少し乾燥気味です。雨が降ると少し粘土っぽい感じになります。土としての性質はだいぶ違いますね」


「ふむ。色合いも薄めですしねぇ」


 リーデルハイン領は肥沃な黒土系で腐葉土も多め。保水力も高く、少し掘り返すとだいたいしっとりしている。作物によっては根腐れしやすいので注意が必要なぐらい。

 それに対して、南方はいわゆる「赤土」が多そうだ。


 前世でいえば⋯⋯そう、スペイン。すなわち「トマト様の国」である!


「ワイン用のブドウ畑や綿花が盛ん」と聞いて、「もしや⋯⋯」という予感はあった。スペインもワインや綿花の生産地として有名であり、これらの作物は赤土によく適応してくれる。


 この南方一帯とトマト様の相性はきっと良い。そんな予感を抱いた。


 猫が内心でニヤニヤとほくそ笑んでいると、ジャルガさんが後ろから声をあげた。


「あの、たぶんこのあたりです。妙に丸い大きな岩山が見えますよね? あの岩山は街道の目印にもなってまして、あそこを境に南側がブランフォード伯爵領、こちら側が隣接する別の貴族の領地になっています」


 ほほう。エアーズロックほど雄大ではないが、形としてはきれいな半球状で、なかなかの異物感。周囲がほぼ平らな耕作地であるため、唐突感もある。やや人工物っぽいので、なんか変な曰くがありそうだが⋯⋯


 岩山に向かって減速&高度を落としつつ、俺はジャルガさんを振り返る。ソレッタちゃんとセルニア様も俺と一緒に振り返る。猫の行動って真似したくなるよね⋯⋯


「あの岩山には、何か伝説とかがある感じです?」


「私も詳しくはないのですが⋯⋯この地域では、『種の岩』と呼ばれているようです。ネルク王国が成立する前からあるものだそうで、人工物なのか自然のものなのかも曖昧で⋯⋯大きさが大きさですから、それこそ神獣様や亜神様がなんらかの奇跡を起こした跡かもしれないと、そんな説も聞きました。実際のところは誰にもわからないみたいで⋯⋯ルーク様には、心当たりがおありですか?」


 あるわけねぇ!

 しかしジャルガさん的には「もしも昔の神様の仕業なら、今の神様が何か知ってるかも?」みたいな、単純な疑問なのだろう。神と猫を混同してはいけない。神と亜神は⋯⋯まぁ似たようなものか⋯⋯?


「心当たりはまったくないですねぇ。でも『種の岩』なんて、雨が降ったら芽が出てきそうなおもしろい名前ですね!」


「ふふっ、童話みたいで夢がありますね」


 ジャルガさんは楚々と微笑んだが⋯⋯

 話しながら、俺は「アレ?」と疑問を抱く。

 

 岩山はえらくきれいな半球形で、たぶん下半分⋯⋯あるいはもっと広大な範囲が、地面の下に埋まっているのだろうが⋯⋯

 ちょっときれいすぎないか?


 風雨による侵食の跡が見えぬ。岩肌のざらっとした感じは遠目にもわかるし、細かな傷くらいはあるのだろうが、しかし数百年前から外気に晒されているにしては、全体の形状が整いすぎている。

 地元住民が手入れしている、という感じでもなさそう。


 ⋯⋯よくわからんファンタジー的な存在感はあるが、そうはいっても所詮はただの岩山である。放置で良かろう。


 さてあの向こうがブランフォード伯爵領! ⋯⋯というタイミングで、我が脳内に警報が届いた。


『にゃーん』


 和む。


 ⋯⋯いやいやいや!? 何に反応した!? やっぱこの丸い岩山!?


 斥候として先行させていたブチ猫航空隊のN−299型、ステルス多用途戦闘機が、岩山の上を旋回しておられる。未確認飛行物体みたいな存在感だが、我々以外には見えぬようにちゃんと隠蔽されている。


 猫力が高いと見えてしまう可能性が高いので、いずれは「あの岩山のあたりによくUFOが!」みたいな目撃証言があがるかもしれぬが⋯⋯前世では「世界のびっくりニュース!」的なカテゴリで消費されるだけの都市伝説系コンテンツだったので、まぁ問題あるまい。今はそれどころではない。


「⋯⋯なんかうちの子がアレに反応してまして⋯⋯」


「えっ⋯⋯少し調べてみますか?」


 もしも厄ネタだった場合、放置するのはちょっとな⋯⋯猫さんからの警告はちゃんと受け取っておいたほうが良い。野生の勘を微塵も持たぬルークさんはなおさらである。カルマレック邸における『不帰の香箱』発見事件でもつくづく実感した。


 半球系の岩山は、高さはおよそ二百メートルほど、直径は四百メートル前後と思われる。


 外縁部が急峻で登るのは難しい。てっぺんも平地ではなくなだらかな斜面であり、開発には向かぬ。ゆえにほぼ手つかずで、階段なども整備されていないし、植物もまったく生えていない。


 まずは麓に降りる。なにせこちとら子供連れなので、上に降りるのはちょっと危ない。「半球形」というのは、つまり端に近づくにつれて断崖絶壁へと変化する斜面であり⋯⋯下手すると転がり落ちる懸念がある。特に丸みを帯びた運動不足の猫さんとか大変危険である。俺のことです。自覚はあります。


「おっきな岩山です⋯⋯」


「でっかいですわー⋯⋯」


 幼女様二人が、ほけーっと岩山を見上げる。そのまま後ろに倒れないように、そっとジャルガさんが背中を支えてくれている。やさしい。


 一方、猫は岩山と地面の境目に歩み寄り、じっと観察した。


 怪しい岩は不思議パワーで侵食が起きていないと仮定しても⋯⋯ちゃんと雨も降る土地なので、地面側には侵食が起きていそうなものである。しかしそういった痕跡は見える範囲にはなく、岩と地面の境界は線で引いたように整っている。


 おそらく流水で一時的に土が凹んでも、そこに風で運ばれてきた細かな土が溜まり、周囲も平地なのでうまく均されてしまうのだろう。あるいは周辺部だけでも地元住民が手入れとかしているのだろうか。


 岩肌は花崗岩に近そうだが、花崗岩は風雨にさらされると、水の浸透をきっかけに亀裂が生じやすい。ネルク王国の気候風土で、こんなにきれいな形状を何百年も維持できるとは思えぬ。

 また、風雨に耐えられる硬い部分のみが残った結果にしては、あまりに見事な半球だ。天然のものとは思えない。


 やはりこれ、単なる岩の塊ではなく、「正体不明の何か」のような気がする⋯⋯


 猫はこっそり「じんぶつずかん」を取り出した。反応はなし。

 続いて「どうぶつずかん」⋯⋯こちらも反応はなし。


 ⋯⋯⋯⋯やはり考えすぎか?

 しかし今の俺にはもう一つ、試すべき選択肢があった。


 諸賢の中には気づいた方もおられるだろう。


『この猫、なんか最近、急に農業に詳しくなったな?』と⋯⋯


 これにはタネも仕掛けもある。

 あれはホルト皇国のカルマレック邸で、自前の家庭菜園を始めた時のこと。


 庭師のダラッカさんという助言者がおらず、また植生管理を使える有翼人さんもいない環境で、猫は心細くも肉球探り(※手探り)で農作業をしていたのだが⋯⋯


 ふと何気なく、「植物のことを調べよう!」と思い立ち、「しょくぶつずかん」を開いてみた。


 出てきた。


 直後、「???」としばらくの間は宇宙猫をやっていたルークさんであったが、遂に⋯⋯遂にこの時、「じんぶつずかん」「どうぶつずかん」に次ぐ第三の叡智! 「しょくぶつずかん」を手に入れたのだ!!!!


 ⋯⋯いやいやいや?

「そんなもんないよ! もー、ルークさんってばうっかりうっかり⋯⋯」みたいな展開になるはずだったのだが? なんで普通に出てきた? 俺が一番びっくりしたわ。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ていうか、最初から実装されてた可能性ありますね、コレ⋯⋯? 超越猫さんのチュートリアルから抜けおちていて、しかも俺がまったく気づきも思いつきもしていなかったというだけで⋯⋯


 なんというかこう、「使い慣れたパソコンに、気づいていなかったけど実はこんな便利機能がありました!」みたいなプラス方向のやるせなさを感じる。今までの俺の労力はいったい⋯⋯的な?

 しかし「悩むことで知見と思索が深まり、やっと発動した能力」という可能性もまだ残されてはいるので、前向きに切り替えていきたい。


 さて、この「しょくぶつずかん」は、目の前にある植物の状態をテキストで確認できるスグレモノである。

 たとえば水や肥料のやりすぎ、土質との相性、気温や湿度の影響による生育上の問題⋯⋯そういう部分を素人でも把握できてしまうのだ。かつて「じんぶつずかん」でウェルテル様の病状を診断したが、まさにあんな感じである!

 先日、セルニア様の家庭菜園で「このトマト様の葉が丸まっているのは肥料のやりすぎでー」などとドヤ顔できたのもコレのおかげである。猫は狡猾。


 なお、相手が植物なので「固有の名前」はなく、ステータスの武力や知識、統率、精神などの記載もない。当然、猫力もない。

 テキストのほうには、「水のやり過ぎで根腐れを起こしている」とか「未成熟なのでまだ毒がある」とか「生育不良で食味が悪い」とか「人には無毒だが多くの獣にとっては有毒」なんて書いてあったりする。調べたいことはだいたいわかるので、だいぶチートである。


 ちなみに「こうぶつ(鉱物)ずかん」は出てこない。「せいれい(精霊)ずかん」も未実装のようだが、精霊の多くは人物か動物由来なので、そのどっちかで対応可能だ。つまり見れないのは風ちゃんや水ちゃんといった上位精霊様達のデータである。不敬だからね仕方ないね。やっぱ上位存在ですからね。


 ⋯⋯で、最大の問題はこの「岩山」がどう見ても植物とは関係ないことなのだが、しかし「種の岩」なんて呼び名があることだし、ファンタジー界隈なので「これこそが世界樹の種!」みたいな展開がないとも言い切れないので⋯⋯念の為に確認してみようと思い立った次第。各種ずかんは別に使用料がかかる類のもんでもないので気楽に試せる。


 どーせ何もなかろうとは思いつつ、あえて頁を開くと⋯⋯

 おや? 反応が⋯⋯


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■ 賢樹ダンケルガの種(発芽前・休眠中)■


 賢樹ダンケルガの本体に不測の事態が起きた場合にのみ発芽する、予備の種子の一つ。岩に擬態して休眠中だが、故意に傷をつけようとすると呪いがかかる。また、ダンケルガの『傀儡』を転移させる基準点としての役割もこなしている。食用には適さない。

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 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯昼日中から、猫は宇宙(幻覚)を見た。おほしさまがきれいだった。

 

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― 新着の感想 ―
英検が伸びててイミフだったけど、その時に生えたのかな? しょくぶつずかん
ルーク「ははははは!ついに発動したぞ!キラークイー…猫の第三の能力!バイツァダス…しょくぶつずかんが!」
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