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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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284・ネルク王国・南方経済諮問会談


 ブランフォード伯爵家の先代当主、フリッツ・ブランフォードは焦っていた。


 彼の領地はネルク王国の南側に位置している。

 南だけあって、国内でも比較的に温暖な地域ではあるのだが⋯⋯暖かすぎて、小麦の収量は多くない。

 主な作物は綿花だが、ここ数年、収穫期に季節外れの雨に見舞われがちで、質が落ち値が下がってしまった。


 昨年などはひどい雨の後に湿度の高い日々が続き、綿にカビが生えて壊滅状態となった。直前に収穫が間に合った少量の綿も、決して出来は良くなかった。 

 かつては王都の紡績産業を支えた綿花の一大産地だったが⋯⋯ほんのわずかな気候の気まぐれによって、今は困窮地帯になりつつある。


 綿花の作付け面積を減らし、食べられる作物に切り替えることでどうにかしのいでいるが、それらは他領でも収穫できるものばかりで、経済的な恩恵はあまりない。そもそも他領より土が痩せ気味なため、品質も収量も及ばない。

 主要な産業も特になく、前途ある若者は王都のような活気のある街へ出ていってしまう。


 高齢のフリッツはあと数年、せいぜい十数年のうちに死ぬからまだいい。

 だが⋯⋯息子や孫の代には、せめて何か「利」になるものを⋯⋯「希望」につながる芽を、残してやりたい。

 そのためならばたとえ悪辣、強欲とそしられようと構わない。


 その覚悟をもって、冒険者ギルド新支部の人事に介入を試みたが⋯⋯これは体良くいなされてしまった。


 内定者のベルガリウスが、もう少し「貴族」に怖気づくタイプの平民であれば、勝算もあったのだろう。しかし元冒険者だけあって、彼は度胸もあった上に冷静だった。


 今のフリッツに「この人事案をひっくり返す力はない」と見透かした上で、より大きな権力⋯⋯すなわち『国王』からの支持までとりつけた。


 誰がどう動いたのかはよくわからないが、国王は冒険者ギルドの象徴的トップであり、その承認を受けてしまえば、もう異議申し立てなど通らない。


 方針を切り替えて、「縁の深い商会を進出させる」という提案をしてみたが⋯⋯どうも今のリーデルハイン領は、それすら拒否する構えらしい。

 儲けを独占したいのかとも考えたが、領主のライゼーは実直すぎるほどに実直な男らしく、あるいは本気で「迷宮からの利益を、国庫に集中させる」つもりかもしれない。


 迷宮発見の功績により陞爵しょうしゃくも内定しているし、もしも「さらに上」を狙うなら、この局面では小金を狙うより忠誠心を示し、国家に貢献しておいたほうが得策ではある。


 ⋯⋯が、当事者はそれでいいとして、フリッツのような小金狙いの貧乏貴族にとっては、そのガードの堅さが忌々しい。


 新進気鋭のリーデルハイン子爵家と、落ち目のブランフォード伯爵家⋯⋯

 現時点で存在する爵位の差が遠からず解消されることも思えば、少なくとも敵対はしたくない。


(しかし⋯⋯まさかあの地に、『迷宮』があったとはなぁ⋯⋯)


 フリッツは深く嘆息する。

 およそ百年前⋯⋯フリッツの祖父にあたる人物が、騎士団に山の探索を命じた。これが、ブランフォード家にとって最大の失策だった。


 騎士団は山で獣と遭遇し壊滅。

 死亡者多数、生き延びた負傷者も戦場に出られる状態ではない時に、国の東端でレッドワンドが侵攻を開始――ブランフォード伯爵家はこの戦に出す兵を確保できず、取り潰しとなった。


 もしもあの時、「迷宮」が見つかっていれば⋯⋯きっと祖父は英雄扱いで、伯爵家も確固たる地位を築けていただろう。

 ただその一方で、十年前の『ペトラ熱の猛威』も起きていた場合、フリッツ自身や親族が無事でいられたかどうかは定かでない。あの時は、『領地が南方に変わっていて良かった』と、むしろ神に感謝したほどだ。


 齢七十ほどにもなってしみじみ思うことだが⋯⋯幸も不幸も、その瞬間を切り取っただけでは判断できない。それなのに未来を知る術がない以上、『その瞬間』に⋯⋯目先の利益に、固執せずにはいられない。


(何か⋯⋯何かないか。ライゼー子爵が欲しがるような交渉材料は⋯⋯)


 思いつくのは金、女、権力、美術品⋯⋯

 ⋯⋯残念ながら、すべてフリッツ自身が持ち合わせていないものばかりである。そういったものを気前良くバラまける立場なら、こんな苦労はしていない。


 結局のところ、まともに提示できるメリットがないからこそ、今回の人事でも一介のギルド職員(ベルガリウス)を脅す程度のことしかできず、それすら不発に終わった。


 領地にも手紙を送りたいが、筆が進まない。人づてに得た「情報」はあるものの、経済的な「成果」がないのだ。


 鬱々とした気分で白紙の便箋を睨んでいると、執事が城からの書状を持ってきた。


 なんと城への呼出である。要約すれば――


「⋯⋯南方の現状について直接、確認したい。経済振興の案もあるので、それに対する意見も聞きたい⋯⋯ということか? ふむ⋯⋯?」


 フリッツは隠居した身なので時間はある。宮廷政治にもある程度は明るい。腐っても伯爵家なので、王の相談相手として、有り得るラインではある。


 ⋯⋯が、決して今の陛下と親しいわけではないし、特定の分野に見識が深いわけでもない。相談相手ならば自分よりも適した者がいくらでもいるはずなので、これはおそらく「南方の複数の貴族に声をかけており、自分はそのうちの一人」なのだろうと推測した。一人の意見では、嘘をつかれても見破りにくいし、勘違いや思い込みが混じることもある。いわゆる「裏とり要員」としての招集だろう。


 一応、年だけは食っているから年の功もある。領地のことも王都のことも把握しているから、土地柄の違いや問題点もある程度はわかっているが、つまりその程度の情報しか持ち合わせていない。


(それで良い、という話なのだろうが⋯⋯)


 もちろん断る理由はなく、王が提示した候補の日時のうち、もっとも早い「本日午後」に登城すると決めた。王を待たせるわけにはいかないし、こういう動きは早いほうが良い。複数の貴族からの聞き取り調査ならばなおのこと、後ろに回るにつれて内容が「事実関係の再確認」になってしまう。


 待たせていた使者には口頭で応諾を伝え、自身も少し遅れて馬車で出発する。呼出にこうして即応する分には、いちいち書状も必要ない。


 城に着くと、城内の会議室ではなく、国王陛下の執務室へすぐに案内された。

 二、三時間は待たされる覚悟だったのだが⋯⋯王が今の時期に暇なはずはないから、優先的に対応されたのだろう。


 王の近侍を務めるフォルテンという少年が、ドアの向こうに声をかける。この少年は平民だが、魔導師らしいと噂で聞いている。


「リオレット陛下、フリッツ・ブランフォード卿がご到着されました。入室の御許可を願います」


「ああ、お通ししてくれ」


 王の声はほがらかで気安い。

 貴族の間では、「威厳に欠けている」と評されがちだが⋯⋯その一方で「有能な実務者」という認識はほぼ一致している。


 執務室はそこそこ広く、応接用のローテーブルとソファもある。執務机には裁可前の書類と裁可済の書類、さらにはなんらかの資料や検討中のものなどが整頓され積まれていた。


「先代のハルフール王と違い、リオレット陛下は書類仕事を厭わない」⋯⋯知り合いの官僚達は、この点も喜んでいた。

 悪法や財政の無駄の見直し、汚職の抜け穴への対応、必要なのに削られていた予算の復活や、諸々の改正に伴う混乱を最小限に留めるための時限的な追加措置の検討⋯⋯

 ここ一年の王城はまさにフル回転だったようで、「二本足で立って歩く猫を見た」とか「曲がり角でぶつかった猫に人の言葉で謝られた」とか「疲れ切って机で寝落ちしていたら猫が毛布をかけてくれた」などといった、修羅場に特有の幻覚系苦労話すら流れてきた。


 ルーシャン卿を守護している猫の精霊とやらではないか、と皆で笑っているようだが、働き過ぎな点は笑えない。


「フリッツ卿、急な呼出だったのによく来てくれた。感謝する」


 フリッツはゆっくりと一礼した。


「いえ、陛下。お声がけいただき、たいへん光栄です。本日は、南方の現状について確認したいことがあるとうかがいましたが⋯⋯」


「ああ、まずはかけてくれ」


「はい。失礼いたします」


 王に勧められるまま、フリッツは対面のソファに腰を下ろした。

 王はフリッツに人当たりの良い微笑を向ける。


「まずは先日の『冒険者ギルド・メテオラ支部』の支部長人事に関して⋯⋯相談役たる貴殿の協力に感謝する。世話をかけた」


 ⋯⋯もちろん実際には、協力どころか「妨害」をしていたのだが⋯⋯最終的には王の意を受けて横槍を引っ込め、賛成側に回った。もとより王と対立してまで押し通せる類の話ではない。

 そのあたりの事情は王も把握しているはずなので、これは「感謝」というより「それでいい、そのままおとなしくしておけ」という念押しだろう。


「いえ、滅相もない⋯⋯ベルガリウスは冒険者としての経験もありますし、あちらでもそつなく任務をこなしてくれることでしょう」


 フリッツも「これ以上は争わない」旨を明確にしておく。内心は悔しいが、その感情を顔に出すことはない。

 ただ、一つ気になった点は確認しておく。


「失礼ですが、陛下はもしや、ベルガリウスと以前から面識がおありでしたか?」


「いや、今回の人事の話が出てから、初めて会った。その場でいろいろと大事な話をさせてもらって⋯⋯彼ならメテオラを任せられると判断した。あそこには⋯⋯実は、発表した報告書からは省いた特殊な事情がいくつかあってね。おそらくメテオラに関しては、私や領主のライゼー子爵でも口を挟めないほどの、かなり強めの自治権を認めることになる。あの地には⋯⋯本物の『神獣』がいるんだ」


 フリッツの背に、ぞっと悪寒が走った。


 ネルク王国のトラムケルナ大森林にも、不可侵の「聖獣」、クラウンラビットがいる。見たことはないが、エルフ達から信仰されている神聖な獣らしい。


 聖獣、神獣には手を出すな――これは多くの貴族にとって教訓となっている。それでも手を出した話が周辺国からたまに流れてくるが、大抵はろくなことになっていない。生き物としての格が違いすぎてそもそも勝負にならないため、「騎士団ごと壊滅」とか「呪いで死亡」とか、そんな話ばかりである。


 ブランフォード家も過去、「魔獣」落星熊メテオベアーによって痛い目を見たし、今回の迷宮発見に伴い、その魔獣が有翼人達から信仰される「聖獣」だったことも報告されていた。

 その上、人語を解する「神獣」までいるとなると⋯⋯それこそ禁足地にでもしたいところだが、迷宮がある以上、そうもいかない。


「まさか⋯⋯ライゼー子爵はその『神獣』と交渉し、迷宮周辺の冒険者滞在許可をとりつけたのですか⋯⋯?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そうだね。そういうことになるか⋯⋯」  

 

 少し間が空いた後、王は頷いた。おそらく他にも機密情報があり、フリッツにどこまで開示するか、まだ迷いがあるのだろう。これは「南方の貴族」としてではなく、「冒険者ギルドの相談役」としてのフリッツに対する情報共有だと思われる。


 王は姿勢を正しつつ、声をひそめた。


「この件に関しては内密に頼む。神獣様は『静かな環境の維持』をお望みだ。もしもこれを破った場合⋯⋯どうなるかは想像もしたくない。ベルガリウスを支部長に選んだのも、彼がこの事実を知る前から、『現地住民との融和』、『滞在する冒険者の選別と制限、ルールの徹底』を基本方針としていたからなんだ。ライゼー子爵とも話し合い、彼なら神獣様のご意向に逆らわず、ギルドを運営していけると判断した」


 フリッツは唸る。どうもリーデルハイン領は⋯⋯いや、ドラウダ山地は、祖父や父が語っていた以上の魔境らしい。ブランフォード家があの地を統治していた期間は短かったし、山地の開拓に失敗してすぐに領地を没収されたので、今となってはもう詳しい記録が残っていない。


「ブランフォード伯爵家のかつての騎士団は、知らずに山の聖域を侵犯し、神獣の怒りに触れたのかもしれないと⋯⋯そんな推測も立てている。貴殿らがあの地に関わるのは、避けたほうがいいかもしれない」


 フリッツは眉根を歪めつつ頭を垂れた。

 神獣は人よりも遥かに長命で、数百歳に及ぶ個体もいると聞く。もしも本当に、かつての騎士団壊滅が神獣の怒りのせいならば、当時のことをまだ記憶しているかもしれない。


「その神獣も、落星熊なのですか?」


「⋯⋯報告書では未確認だが、猫系の獣だと思われる。現地の有翼人達は、猫を第一に崇め、落星熊をそれに従属する立場とした神話を信仰しているらしい。いずれにしても、その怒りを買うような事態は避けたい。場合によっては、せっかく見つけた迷宮を閉鎖する羽目になりかねないから」


 ライゼー子爵が各商会の現地進出を嫌がっていた理由も、ようやく理解した。もしも金に目が眩んで神獣相手に何か無礼をやらかされた場合、とてもフォローできないという判断だろう。


 扉にノックの音が響いた。


「陛下、ご相談中に失礼いたします。ライゼー子爵が到着なさいました」


「ああ、来たか。すぐに通してくれ」


 フリッツは目を白黒させる。ライゼー子爵がこの場に同席するとは聞いていなかったが、しかし王の様子を見る限り、急な来訪ではなく予定通りの流れらしい。

 リオレットは人の良さそうな微笑を見せる。


「さて、フリッツ卿。実は今日、ライゼー子爵とトマティ商会が、魔導研究所に偶然来ていてね。ちょうどいいからこちらに呼んだんだ。貴殿にも会ってもらいたい」


「⋯⋯は」


 用件はさっぱりわからないが、王の意向である。そうそうおかしなことにはなるまいと、フリッツは努めて平静を装った。


 執務室に入ってきたのは、いかにも精悍なライゼー子爵と、まだ学生のような若い娘と、ライゼーと年の近そうな中年の男⋯⋯こちらはおそらく商人だった。


 若い娘はライゼーの親族か、あるいは商人側か⋯⋯見ただけでは判別がつかない。白いブラウスにネクタイ、タイトスカートという女性職員用の一般的な仕事着は、平民でも貴族でも有り得る。わかるのは「なんらかの職務についている」ということだけだった。


「よく来てくれた、ライゼー子爵。フリッツ卿、ライゼー子爵のことはご存知だろうから、連れの二人を紹介する。我が師、ルーシャン・ワーズワースが出資している『トマティ商会』の商人で、ナナセ・シンザキ嬢と、ブラジオス・オルディール氏だ」


 王がわざわざ名を呼んで紹介したことには驚きつつ、同時に納得もする。

 トマティ商会に宮廷魔導師ルーシャンが関わっていることは周知の事実だし、そこに属する商人達が、ルーシャンやその弟子たるリオレットと親しくても不思議はない。あるいは即位する前からの知人なのかもしれない。


「お目にかかれてたいへん光栄です。トマティ商会のナナセ・シンザキと申します」

「同じく、ブラジオス・オルディールです」


「うむ。南方、ブランフォード伯爵家の隠居、フリッツである。よしなに」


 深々と頭を垂れる二人の商人に対し、フリッツも目礼しつつ名乗る。

 ――娘は『シンザキ』という姓らしい。王都でシンザキといえばほぼ『シンザキ商会』の関係者である。もし本家の人間ならば、そこらの下級貴族の令嬢よりもよほど金と影響力を持っている。ぞんざいに扱える相手ではない。


 商人達は控えめにソファの後ろ側へ立ち、ライゼーは王と対面になる形で、フリッツの隣に座った。


「フリッツ卿、たいへんご無沙汰しております」


「うむ。ご壮健のようでなによりだ」


 夜会で何度か顔をあわせたことがある程度なので、人となりもよく知らない。むしろペトラ熱で亡くなった先代とその嫡子のほうが記憶にある。


 確かこのライゼーは、商家へ養子に出されていた三男坊だったはずで⋯⋯経歴からして金勘定が得意なタイプかと思えば、単身でギブルスネークを仕留めるほどの激烈な武闘派だった。


 ブランフォード家もかつては軍閥に属していたが、騎士団の壊滅で取り潰しとなり、復爵した後は領地が変わった影響から農業閥へ属している。

 

「して、陛下。本日は一体、どのようなご用向きでございましょう?」

 

 ライゼーの発言に、フリッツは内心で驚いた。

 てっきり何も知らないのは自分だけかと思ったが、ライゼーも急に呼ばれた立場らしい。


 若き王は頷き⋯⋯フリッツが予想だにしていなかった言葉を紡いだ。


「現在、南方の経済振興策として、『新種の作物』の栽培を奨励できないかと思案している。そこで候補にあがっているのが、先般、リーデルハイン領で発見された『トマト様』だ」


「トマト様⋯⋯?」


 名称は聞いたことがある。食べたことはない。

 確か昨年、国境でレッドワンドの兵と対峙した際に、先方の兵を追い払った魔族のオズワルドが、その実を激賞したとかで⋯⋯軍閥の貴族が騒いでいた。


 農業閥でも多少は話題になっていたが、その後の『レッドワンド滅亡』『レッドトマト建国』を経て、『新規ダンジョン発見』の報に関心が移ってしまった感がある。とかく去年は猫の精霊といい王位継承といい、激動の一年だった。


 ライゼーが驚いたようにまばたきをした。


「南方にトマト様を⋯⋯!? なるほど、それは妙案ですな⋯⋯現在、魔導研究所でも栽培実験を進めておられますが、この王都でも問題なく育つようです。南方の土と合うかどうかは、実際に試してみないとわかりませんが⋯⋯」


 ライゼーに続き、フリッツも別の意味で驚く。


「い、いや! ライゼー子爵! その作物は、そちらで発見した新種の商品作物であろう!? いずれは世間に広がるにせよ、今はまだ流出を警戒するべき時期で⋯⋯」


 元商人とは思えぬ非常識な言動を受けて、フリッツは慌てて口を挟んでしまった。

 しかし、とうのライゼーは困ったように肩を落とす。


「いえ、実は、その⋯⋯ご存知の通り、現在のリーデルハイン領は決して人口が多くありません。つまり労働力の都合で、今後、伸びていく需要に応じるだけの生産量を確保できるかどうか怪しいのです。ゆえにトマティ商会の者達も、協力者を探している最中でして⋯⋯」


 商人のナナセが、ライゼーからの目配せを受けて控えめに口を開いた。


「現在、トマティ商会では『トマト様のバロメソース』という、パスタに絡めて食べるソースを主力商品としています。当面はこれの生産で手一杯なのですが、将来的にはトマト様を使った他の商品も生産していく予定です。そのためには、リーデルハイン領だけではとても農地が足りず⋯⋯他の地域でも生産、加工を検討しなければなりません。

 また当商会は、トマト様を独占するのではなく、その味を世間に広く知らしめることで販売機会を増やし、食文化そのものの牽引役けんいんやくを担っていきたいと考えています。バロメソースに関しても、『元祖』『老舗』の称号は譲りませんし、他の商会に類似品を出されても勝ち残る自信はあります」


 驚くほどの強気である。

 若さゆえの視野狭窄⋯⋯とは思えない。彼女はおそらく「商会の方針」を代弁している立場なので、これは会長の思いなのだろう。そもそも商品作物の扱いをどうこうする権限が一従業員にあるわけがない。


 ブラジオスという年嵩の商人もこれに続いた。


「こちらでは『契約農場』という案を用意しております。生産されたトマト様を全量、買取保証するかわりに、土地と労働力を提供していただき、その過程でトマト様の生産・収穫の指導も行う⋯⋯契約は数年ごとに更新し、価格にご不満があれば解消も可能という案です。ご協力いただけるのであれば、まとまった額の契約金もお支払いできます。このあたりの法整備についても、陛下にはご尽力をいただきまして⋯⋯」


 リオレット陛下が疲れ気味の笑みを浮かべた。


「ああ、ようやくその目処がついた。いや、契約農場の法整備については、国全体の農業安定化や、将来の交易資源確保のために検討を重ねてきたんだけれどね。しかし今回、トマティ商会が他の地方の農地も探しているとルーシャン先生から聞いて、これを南方の振興策とつなげられないかと思いついた」


 ライゼーが大きく頷く。


「陛下がそうして常に思案を重ねてこられたからこそ、双方が結びついたのでしょう。我々としても渡りに船でした。いかがでしょう、フリッツ卿。この事業は陛下の肝煎りです。検討の価値はあるかと⋯⋯」


「は、はぁ⋯⋯つまり、これは我が領地をテストケースとして、成功したら南方全体でも参加の希望者を募ると⋯⋯そういうことですかな?」


 回答までに、陛下はわずかに間をおいた。


「希望者全てに、というわけにはいかない。トマティ商会が抱えられる契約農場には限りがあるだろう。けれど、この仕組みはもちろん他の商会も利用できる。王都に集中しがちな資本を地方にも分散させる、あるいは地方の商会が、地元から新規事業を起こしやすくする⋯⋯どちらの効果も期待できる。重要なのは『ルール』と『実績』だ。実のところ、今はまだ机上の空論ならぬ空法と言っていい。それでも将来的には、南方の諸侯のみならず、国全体にとって利益となる仕組みにしたい。そのために⋯⋯どうか協力を願いたい」

 

 フリッツは思考を巡らせる。

 罠⋯⋯とは考えにくい。今のブランフォード家に、罠にかけるほどの価値はない。むしろ「成功例」として喧伝したいというのが王の本音だろう。

 すべては契約面の詳細を確認してからだが、「リスクは商会側が負い、受け入れ側は労働力を提供して対価を得る」という仕組みならば、南方諸侯へのガス抜きとしても決して悪くない。


 それでも⋯⋯問題はある。


「⋯⋯陛下。たいへん興味深いお話でした。ただ⋯⋯当方の領地は、土が痩せております。綿花の栽培も⋯⋯近年は不作が続き、思うような収穫を得られておりません。陛下がまず手を付ける場所としては、いささか不適かと――」


 失敗できない事業に対して、失敗しそうな土地を貸してしまうことになる。契約金だけは得られたとしても、事業に継続性がなければ意味がない。


 ライゼーがわずかに笑った。


「フリッツ卿。そちらの領地では、『ホワイトラディクス』は栽培されておられますか?」


「ラディクス⋯⋯? それはもちろん。さすがにあれが栽培できぬほどに痩せていては、綿花すら栽培できぬ」


 国内で山ほど流通している、珍しくもない野菜である。細長い蕪のような根菜で、『スイートラディクス』という甘い種になると栽培難度が跳ね上がるものの、『ホワイト』はもっとも簡単で、子供ですら栽培できてしまう。


 ライゼーは満足げに頷いた。


「でしたら問題ありません。トマト様というのは、荒れ地にも強く根を張る植物のようで⋯⋯土は少し痩せているくらいのほうが、栽培しやすいそうです。そして同じ場所での連作には向かないのですが、数年ごとにホワイトラディクスと入れ替えれば、また栽培できるようになると⋯⋯メテオラの有翼人達からそう聞きました。山の土は豊かすぎるため、トマト様畑にはあえて石や砂を混ぜているほどだそうです」


 そんな植物があるのかと、専門家でないフリッツは目を剥いた。

 リオレットも頷いている。


「不安なら、まずは小規模な範囲で試してみればいい。本格的に契約する場合、王家からも多少は制度面、金銭面での支援をつける。伝統産業でもある綿花の畑は維持するとして、新たな開墾が必要そうなら、土属性の魔導師の派遣も検討しよう」


 ⋯⋯⋯⋯いたれりつくせりで、逆に怖くなってきた。

 フリッツ・ブランフォードはこうした商談に慣れていない。この場で何かを見落としていたとしても、そこに気づくのは後日だろう。

 

 だから一つだけ⋯⋯この場にライゼーが来た瞬間から気になっていたことを、あえて口にする。


「ぜひ検討させていただきたいが、その前に⋯⋯ライゼー子爵。先日、支部長候補のベルガリウスに伝言を託した。当家に縁のある商会の支店を、そちらのリーデルハイン領に出したいと⋯⋯そう提案したのだが、今回のトマト様の契約農場というのは、それとはまったく無関係の話なのかね?」


「ええ、無関係です。商会進出のご要望も、確かにベルガリウス氏からうかがったのですが⋯⋯うちの領地では、やはり商売にはなりませんので、おすすめできかねます。トマティ商会が地元に根づいているというのもありますが、流入する冒険者も許可制ですし、メテオラのキャパシティ以上には受け入れ不可能ですから、オルケストのような発展は到底望めません。将来的に人口が大きく増えれば、いずれは商売可能になる可能性もありますが⋯⋯それは十年先か、二十年先か、あるいは百年先か⋯⋯まず五年は赤字確定と思われますので、恨みを買わないためにも、基本的にお断りしているのです」


 ⋯⋯先ほどの王の話を聞いた後では、これは「環境を荒らして、神獣の怒りを買わないための措置」とも解釈できる。

 本当にそんなものがいるのかどうかはさておき⋯⋯いや、いるのだろう。広大なドラウダ山地は、そうしたものがいてもおかしくないほどの魔境である。


 ひとまずは「前向きに検討をさせていただくので、契約の詳細を詰めたい」と返答し、フリッツは王の前から退出した。

 ライゼー達もこれと同時に執務室を出る。


 城の廊下を歩きながら、フリッツは王の前ではできない話を振った。


「⋯⋯ライゼー子爵。トマト様というのは、それほどの作物なのかね? つまり、その⋯⋯人々がこぞって欲しがるような⋯⋯」


「そうですな⋯⋯実のところ、『加工次第』の面はあります。生でも美味ですが、さほど日持ちがしませんので、王都で普及させるなら加工品でしょう。ただ、他の野菜とは明らかに違う旨味がありまして、調味料としての可能性すら秘めています。トマティ商会では『トマト様のバロメソース』という、バロメの実を混ぜたソースを開発しましたが、仮にそちらの領地で商品開発するとしたら⋯⋯」


 ライゼーが、後ろを歩くナナセ達を振り返った。

 ナナセは一礼し、説明を引き継ぐ。


「まず、トマト様を乾燥させたドライトマト様。これは煮込み料理やピザの具材にしたりと、使い方がいろいろあります。それからトマト様ケチャップという、麦芽糖やぶどうの汁、他の野菜類とトマト様を煮詰めた濃厚なソースも開発中です。いえ、レシピはほぼ完成しているのですが、バロメソースの生産で手一杯でして⋯⋯」


 立板に水とはこのことか、説明に淀みがない。フリッツはわずかに身構えた。


「あとはトマト様をすり潰したトマト様ジュース。これは味に少し癖がありますが、極めて健康に良いようで、社員達で飲用試験中です。それから保存性という意味では『トマト様パウダー』という製品がなかなか有望で⋯⋯これは魔導研究所の技術で、トマト様を粉末化したものです。袋詰め、瓶詰めにすれば長期保存が可能ですので、大豊作の時に余剰分を加工しておいて、凶作の年に放出するという利用法も想定しています。あとは⋯⋯」


「い、いや、大丈夫だ、ナナセ嬢。それくらいでいい。フリッツ卿が困惑しておられる⋯⋯」


 ライゼーが途中で止めてくれた。情報の洪水に押し流される寸前だったが、ともあれ商品化の予定がたくさんあるのは心強い。


「⋯⋯ありがとう。可能なら、その⋯⋯試食品などもいただけると、判断の一助になる」


「もちろんです。すぐに本店でご用意し、夕方までにお届けにあがります」


「うむ。よしなに」


 ⋯⋯その夜、フリッツ・ブランフォードは、領地の息子達へ送る手紙を書いた。


 筆は止まらず、便箋は分厚く重なり、そのほとんどは『トマト様』なる野菜への賛美の言葉に彩られた。


 後世において「南方の困窮貴族を救った希望の光」と評されるトマト様の覇道⋯⋯もとい経済振興策は、こうして着実に侵攻⋯⋯信仰⋯⋯進行していったのだった。


※ルークさんは後ろで踊ってました。


本日、コミックポルカ公式のほうで、三國先生のコミック版・猫魔導師28話が更新されました!

城内のカフェで猫が麦茶を飲む回です。


大きなヘビ退治⋯⋯? いえいえいそんな物騒な話はとてもとても⋯⋯(怖)

例によって期間限定ですので、お早めにご査収ください!ノシ

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― 新着の感想 ―
「世界征服は練馬から」という格言(最近は筑波からのようですが……)もありますから、 トマト様覇権は南方から広まりそうですね。
豆知識的な参考としてリアルでの綿花栽培では砂質で水はけの良い土地と日当たり良好がいいとされてはいますが大量の水を必要とします。 かつて世界第4位の淡水湖(のちに塩湖)だったアラル海がソビエト連邦時代…
南方・・・気候が比較的温暖であればさとうきびに着手するのもアリでは
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