283・軍師ピタちゃんのお告げ
やっぱし怖いスね、洗脳は⋯⋯猫はルール無用だしな⋯⋯
⋯⋯というわけで、想定外の事態(ラライナ様の猫力爆増)はあったが、お茶会そのものは平穏無事に終了した。
ライゼー様達は質問攻めにあってしまったが、さすがに主催者たるラライナ様の威光があるので変な絡み方をする貴族はおらず、酒も出ないので酔っ払いもいなかった。基本的に奥様方が多かったのも影響していると思う。
案の定、「御子息にはもうお相手が?」的なお問い合わせも何件かあったが、普通に「婚約済み」というお話をして解決である。
あとセルニア様の母君ともお会いした。
セルニア様に撫でられていてお名前を聞き逃したが、彼女はピルクード・ペルーラ公爵の後妻さんであり、子爵家の御出身らしい。ピルクード公爵よりだいぶ若くて年齢差もあるし、普通に政略結婚ではあるのだが、夫婦仲は良好なようでほがらかな良い人であった。
なおペルーラ公爵家にはセルニア様以外にも三人の御令嬢がおり⋯⋯一番上の方はもう他家に嫁いでいて、次女にも婚約者がいるのだが、三女はお年頃でフリー。
ただし四女のセルニア様とは母親が違うため、少し距離があるようだ。別に仲が悪いわけではなく、基本的に領地のほうで暮らしており、今春の来訪予定はないとのこと。
⋯⋯もしもクロード様の婚約が未成立で、なおかつ留学にも行っていなかったら、今日のお茶会でその三女さんあたりと「はじめまして♪」となっていた可能性が高い。
運命の赤い糸を毛玉状態にして弄ぶ亜神系猫さんによって、この危険なフラグは断ち切られた。ラン様もGJ。
さて、お茶会の会場を後にした我々は、夜に開催される他家の「夜会」へと移動するまでの空き時間に、少し休憩をとった。
メンバーはライゼー様、ウェルテル様、アイシャさんとピタちゃんである。セルニア様はお母さんと一緒だったので普通に帰った。名残惜しそうだったが、さすがに今日は誘拐できぬ⋯⋯あとラン様も次の予定が詰まっており、「またね!」と去っていった。祖父のトリウ伯爵が到着するまでは、彼がラドラ伯爵家の外交担当なので多忙である。
⋯⋯トリウ伯爵、孫のラン様に社交の経験を積ませるためにわざと遅参している可能性あるなコレ?
さて、夜会までのひとときの休憩タイム。一心不乱にソフトクリームを舐めるピタちゃんを見守りながら、ちょっとだけ雑談をする。
「ハズキさんの演奏、すばらしかったわね。あの子が王都で有名になったら、トマティ商会のテーマソングにも脚光があたりそうだし⋯⋯ルークも楽しみね?」
「はい! それはもう!」
俺をモフりながら嬉しそうに呟くウェルテル様へ、元気にお返事!
親戚の酒場で歌姫のバイトをやっていただけあって、ウェルテル様は音楽にそこそこ造詣が深い。楽器の演奏はできないものの、発声に関しては風魔法込みでかなりの実力者だ。
我がトマティ商会の洗脳販促ソング、「トマト様を讃える歌」(原題・「いと気高きトマト様、その覇道を阻む愚者に呪いと災いあれ~第零楽章~」)のメインボーカルもウェルテル様である。
大人の女性の優しい歌声で、童謡のように⋯⋯というリクエストに応じていただき、魔道具の蓄音機に素晴らしいレコーディングをしてくれた。
なおコーラス部分は社員一同+都合のついた人達、間奏に入る猫の鳴き声部分は俺が担当である。
現在、この歌は本店の店頭で控えめにリピート再生されており、訪れるお客様を和ませ、従業員達の士気を高めてくれている。
トットットッ⋯⋯トマトさまっ⋯⋯世界にはばたくトマトさまっ⋯⋯♪
⋯⋯ちなみにナナセさんからは「夜、寝る時まで頭の中でリフレインするので、ちょっと困ってます⋯⋯」と苦笑交じりに嘆かれてしまった。前世でも一部の量販店の店員さん達が通った道である。なんなら客も洗脳されていた。
とはいえうちの場合、カフェスペースもあるため、同じ曲を延々と流し続けるのもちょっと⋯⋯という事情があり、現在はリラックスできる良い感じのBGMを四曲ほど追加した上でローテさせている。
そんな中で「トマト様を讃える歌」が流れると、カフェに来ているお子様達がちょっと盛り上がり、楽しそうに口ずさんでいたりして実に微笑ましい。隠れて見守る猫も後方腕組みペット面で満足げである。
「ハズキさんも『トマト様を讃える歌』の作曲・演奏には手応えを感じたようでして、第二弾の企画もいずれ検討予定です。完成は数年先だと思いますが、トマト様関連ソングはこれからも充実させていきたいですね!」
目標は音楽のジャンルに『演歌』『ユーロビート』『童謡』などと並んで『トマト様』、もしくは『T・POP』を普及させることである。嘘である。ちょっと野望を盛った。
猫のささやかな音楽的野心はともかくとして、ハズキさんも演奏家として着々と名を広げつつある。今後も良き友人として支援していきたい。
⋯⋯しかし新曲とかそのアイディアのメモ書きが「キジトラのロンド」やら「猫様の午睡」やら「すべては尊き猫様の思うがまま」といったものばかりで、あまりトマト様カラーがないのが気にかかる⋯⋯ハズキさんもトマト様好きですよね⋯⋯?(ヤンデレ猫)
短い休憩時間が半分ほど過ぎてしまったところで、ベルガリウスさんの警護につけていた松猫さんから脳内に連絡が届いた。
(にゃーん)
え。まじっすか。なんか報告したいことがあるらしい。
というわけで、松猫さんの忍法によってベルガリウスさんをこの猫カフェにお招きする。
松猫さんの「空蝉の術」は、警護対象をこの猫カフェに送りつけてくれる。転移魔法・宅配魔法とは仕組みが違い、地脈ではなく俺との魔力的つながりを使っているため、送れる先はこの猫カフェ限定だが⋯⋯しかし去年、リオレット陛下が襲撃された時などには、その窮地を救ってくれた頼れる能力だ。梱包や地脈を使用する一瞬の隙もないため、こと「緊急性・即応性」においては宅配魔法をも上回る。
が、今回のベルガリウスさんはそういう緊急事態ではない。
「⋯⋯あ、どうも。お招きいただき、恐縮です⋯⋯」
チャームポイントのグラサンを外しつつ、ベルガリウスさんはしなしなと一礼した。
ライゼー様は湯呑みのお茶を傾けながら目をぱちくり。
「おや、ベルガリウス殿⋯⋯ずいぶんお疲れのようだが、確かそちらは、商工会の会合だったか?」
これは「ライゼー様の名代」としての参加ではなく、「冒険者ギルドの職務」としての参加だ。そもそも貴族の集まりですらない。
猫が勧めた座椅子に腰をおろしつつ、ベルガリウスさんはまた頭を下げた。
「ええ⋯⋯いえ、そっちは問題なかったんです。いくつかの商会から、リーデルハイン領やメテオラへの支店設立も打診されましたが⋯⋯これはルーク様との打ち合わせ通り、『難しい』『利益は出ないと思う』という説明で保留にしました」
なにせ猫の縄張りだしな⋯⋯無軌道な開発や地元住民の不利益を防ぐためにも、領地の経済はトマティ商会で猫耳る予定である。個人商店の移住程度なら歓迎したいが、調査力・分析力のある大きめの商会に乗り込まれると『亜神の関与』がバレた時に面倒だ。
そういった方々との取引は王都、あるいはラドラ伯爵領あたりで完結させ、リーデルハイン領の発展は我が商会で請け負いたい。なにせあそこはたまに謎の大規模土木工事が一晩で完成したりする魔境なのである。猫さんが一晩でやってくれました(棒)。
「では、どうしてそんなにお疲れなんです?」
ベルガリウスさんの前にお茶とお菓子を差し出しつつ、猫は問う。
「あっ、恐縮です⋯⋯実は商工会の会合なのに、特別ゲストがいまして。あの、例の、『冒険者ギルドの相談役』をやっている伯爵家のご隠居です。俺の支部長就任に反対して、代わりに配下の男爵を送り込もうとしていた⋯⋯」
あー⋯⋯そんな話あったなぁ⋯⋯
メテオラの新支部長人事については、俺の「お願い♪」を聞いてくれたリオレット陛下が、国王の立場で承認し確定させてくれた。
また先日会談したピルクード公爵も、ルーシャン様と事前に打ち合わせた上で、少し動いてくれたようである。
具体的には『今回の人事に関連して国王陛下の承認に異議を唱える者がもしいたとしたら、あまりに不敬だ』と、名前は出さずにそれとなく圧を匂わせる感じで⋯⋯
心当たりのある人はこの時点で自重する⋯⋯はずなのだが。
「⋯⋯ま、まさかまだ諦めてないんです?」
それはちょっと気合入りすぎではなかろうか⋯⋯と、猫は逆の意味で感心しかけたが、ベルガリウスさんは苦笑い。
「いえ、さすがに支部長人事に関しては諦めたようです。めっちゃ悔しそうではありましたが、『しっかり励むように』とまで言われました。ただ⋯⋯別方向から利権に食い込もうとしているみたいで、リーデルハイン領に、縁のある商会の支店を作りたいと⋯⋯そのためのライゼー子爵への口利きを頼まれまして⋯⋯」
⋯⋯あー⋯⋯いや、わかる。落とし所としてはよくわかる。
さっきも触れた通り、うちでは大きな商会を誘致する気はないのだが⋯⋯「普通の領主」は、そういう商会の進出をむしろ歓迎するのだ。それは「税収の増加」につながるし、場合によってはさらに美味しい「賄賂」すら得られる。
貴族社会では賄賂も「取引」「贈答」のカテゴリに属する。
統計情報の改竄とか試験の不正とか、そういう不正行為を伴うケースでの賄賂は明確に禁じられているが、たとえば「そちらの領地で商売をさせてください! あ、コレ賄賂っス!」みたいな使い方なら全然合法である。
ライゼー様はそれでも受け取らないタイプだが、これは「辺境の貴族にそんなものを渡す目論見は大抵ろくなものじゃない」という判断によるもので⋯⋯あと「賄賂で領内の方針を歪められたくない」という思いもあるのだろう。しかし、こうしたお貴族様は少数の変人とされる。
今回は『新規の迷宮』というボーナスがあるので、そこらの領主であれば「賄賂合戦の勝者に出店の権利を!」みたいなことをやりかねない場面である。
「支店の維持も難しい、とは申し上げたんです。なにせ遠方ですし、人口も多くない。やってくる冒険者すら抽選や選別で人数を絞る予定ですからね。しかも現地にトマティ商会がある以上、どう考えても大きな儲けにはならんでしょう。ただ⋯⋯どうにも、諦めがつかないみたいでして」
⋯⋯ふむ? ちょっと違和感がある。
当初は「儲け話に飛びつきたいだけ」と考えていたのだが、「部外者はあんまり儲からねえよ」「利益は冒険者と国がほとんどもっていくよ」という枠組みの話なのに、まだこだわっているのか⋯⋯?
単に「ベルガリウスさんの言葉を信じていないだけ」かもしれぬが⋯⋯
ライゼー様も不思議そうだ。
「その伯爵家とやら、どなたなのかな? そういえば、まだ名前を聞いていなかった」
「あれ、そうでしたか。これは失礼を⋯⋯『ブランフォード伯爵家』です。爵位はもう御子息が受け継いで領地経営をされているので、王都でギルドの相談役をやっているのは先代のご隠居、フリッツ様ですね。ちょっと圧が強くて、とっつきにくい爺さんなんですが⋯⋯」
「⋯⋯フリッツ・ブランフォード卿⋯⋯? ⋯⋯あっ。そうか、それで⋯⋯ああ!」
ライゼー様、何か納得してしまったっぽい。しかしペットの猫には皆目、見当がつかぬ。
「おや、お知り合いなのですか?」
猫の問いに、ライゼー様は軽く咳払い。ちょっと込み入った話のようである。
「一応、挨拶ぐらいはしたことがあるが⋯⋯ええとな、『リーデルハイン子爵家』の前に、今のうちの領地をかつて治めていたのが、『ブランフォード伯爵家』なんだ⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯ん? それはつまり、もしや⋯⋯?
「あ、あの⋯⋯? もしかして、ドラウダ山地の探索中、瘴気にあてられて凶暴化した落星熊さんによって、騎士団を壊滅させられたという⋯⋯?」
ライゼー様がゆっくり頷いた。
アイシャさんも「そういえば⋯⋯」みたいな納得顔になる。この子も亜神を担当するにあたり、リーデルハイン領やドラウダ山地のことはいろいろ調べたのだろう。
この場にはベルガリウスさんもいるので、ライゼー様が改めて詳しく説明する。
「私の祖父は、対レッドワンドの戦で功を挙げ、男爵の位を得た。これがリーデルハイン『男爵家』の始まりだ。その後、軍の官僚として働いていた父が、上官だったラドラ伯爵家から推薦を受ける形で『子爵』に出世し、ドラウダ山地の麓に領を賜って今に至る。ここまでは、ルークもリルフィから聞かされているな?」
「はい、うかがってます。貴族としては、ライゼー様はまだ三代目だと」
⋯⋯改めて考えると、叩き上げの男爵からたった三代で「伯爵位」を得る予定のリーデルハイン家ってすげぇな? そりゃ貴族社会で嫉妬もされる。
「ああ。本当は兄が⋯⋯リルフィの父親が、三代目になるはずだったんだが⋯⋯それはともかく、我々以前にあの地を治めていたブランフォード伯爵家についてだ。だいたい百年ぐらい前に、彼らはドラウダ山地の探索、開拓を試みた。その任務にあたっていた騎士団が、落星熊によって壊滅したわけだが⋯⋯騎士団を立て直す前に、折悪くレッドワンドからの侵攻が起きてな。そしてブランフォード伯爵家は、このタイミングで国境に兵を出せなかった」
お貴族様として、これはかなりの失点である⋯⋯挽回不可能なレベルと言っても良い。
「運悪く、この時の防衛戦は激戦になってな⋯⋯兵を出せなかったブランフォード伯爵家は、その咎で領地を没収された。戦で当主や嫡子を失った家もあったから、苦戦の一因を作ったとして重めに罰せられたわけだ。その後しばらくの間、ドラウダ山地の麓は王の直轄地になって⋯⋯王家としては、『恩賞用の土地を確保しておいた』という認識だろう。で、ある程度の広さがあったそこを分割し、そのうちの一箇所をうちの父が受領、『リーデルハイン子爵領』になったわけだ」
ここで俺には一つの疑問が。
「⋯⋯あれ? 領地を没収されたブランフォード伯爵家って、家の存続そのものは許された感じなんですか?」
ベルガリウスさんの話では、相手はその伯爵家のご隠居なのだから、もちろん存続しているのだが⋯⋯しかし、「領地の没収」までされたのなら、爵位も剥奪になりそうなものである。あるいは子爵に落とされたりとか。
ホルト皇国のオーガス君の実家なども、昔の当主の暴走によって侯爵から伯爵に落とされたりしていた。この手の栄枯盛衰は貴族の常である。
ライゼー様は首を横に振った。
「いいや、一度は取り潰しになったはずだ。私が生まれる前の話だから、詳細は知らないが⋯⋯取り潰された後に、なんらかの交渉なり酌量を経て爵位だけは回復した。おそらく『罰が重すぎた』とか『ブランフォード伯爵家を貶めようとした貴族が、逆に失脚した』とか『後継者の候補が有能だった』とか、なんらかの政治情勢の変化があったんだろう。王都で領地を持たない官僚貴族として働いた時期もあったようだが⋯⋯現在は国の南方に領を得ている。ただ、あまり大きな声では言えないが、恵まれた土地ではないらしい。その領地を得たのは、フリッツ卿かその父親の代だろう」
「ふむ⋯⋯となると、伯爵家にしては経済状態があまり良くない感じなのでしょうか⋯⋯?」
「他家の台所事情まではわからんが⋯⋯金持ちとは考えにくい。子爵家と伯爵家では収入も違うが、それ以上に『出費』が相応に増える。うちもルークが来るまでは、単なる僻地の貧乏貴族だったが、所詮は子爵風情だから、いろいろ簡略化して節約できていた。しかし伯爵家ともなると、それなりの見栄や配下への褒賞も発生するから⋯⋯領地の状況次第では、かなり厳しい状態に陥っていてもおかしくはない」
ベルガリウスさんも嘆息混じりに頷いた。
「⋯⋯実際、厳しいだろうと思いますよ。特に先代陛下は、地方に重税や労役の負担を押し付けましたから⋯⋯僻地の貴族はみんな、先代の治世に不満を溜めています。今はリオレット陛下がこの尻拭いに必死ですが、積年の恨みというのはなかなか⋯⋯」
と、ここで言葉が過ぎたと感じたのか、ベルガリウスさんは尻切れに口をつぐんだ。
猫的にはどんどん開示して欲しい貴重な情報なのだが、貴族たるライゼー様の前では言いにくいのもわかる。
しかしもちろん、ライゼー様は咎めたりしない。
「いや、私も名前を聞いて納得した。軍閥は横のつながりが強いし、アルドノール侯爵が『軍備の維持のため』という名目で、負担の軽減措置や支援を進めてくれたから、なんとかなったんだが⋯⋯南方や西方の、他派閥の貴族は大変だっただろう」
ちょうどその頃、リーデルハイン領も「ペトラ熱の猛威」にやられて人口が激減していたので、別の意味で大変だったはずなのだが⋯⋯ライゼー様がアルドノール侯爵やトリウ伯爵へ強く忠誠を誓っているのは、その頃に受けた恩も影響していそうだ。
ライゼー様が同意の姿勢を見せたので、ベルガリウスさんも続きを話しだす。
「⋯⋯ブランフォードのご隠居、フリッツ卿は、典型的な辺境の貴族ともいえます。王家に恨みがあっても、反旗を翻すほどの戦力、経済力はなく、宮廷政治のため王都に常駐して、少しでも領地の利になる立ち回りを模索する⋯⋯まぁ、フリッツ卿にはたぶん、そっちの才覚はなさそうなんですが⋯⋯そうも言ってられん状況だったのはわかります。金には汚いですが、そうならざるを得ない治世が続いてましたんで」
先代陛下と第二妃、本当にいろいろやらかしてたんやな⋯⋯
そんな話を聞きながら、俺はふと思い出す。
⋯⋯これは以前、ウィル君から聞いたことだが⋯⋯アロケイル強襲に際し、他の国に対しても『示威行動』として魔族が襲いかかる予定があったそうな。
これは魔族のうち三家の反対⋯⋯具体的にはアーデリア様、オズワルド氏、ヘンリエッタ嬢の消極的姿勢により流れ、強襲先は『アロケイルのみ』となったが、候補地にはネルク王国(しかもリーデルハイン領)が入っていた。
具体的な強襲地域は「ルーレットで決めた」とのことだが、候補となる「国」には一応の基準があり⋯⋯要するに「魔族の目から見て、何か失政をやらかしているところ、あるいはやらかしそうなところ」を選んだようである。
つまりライゼー様に失政らしい失政はないが、先代陛下の評判の煽りを食って、「その国の貴族」として巻き込まれる寸前だったのだ。ぐるるるる。
「フリッツ卿も、理屈としてはわかっているはずなんですよ。王家に逆らったら先はないし、目をつけられるのも良くないと⋯⋯しかし感覚としては、『せっかく見つかった新規の迷宮を、また王家が好き勝手にしようとしている』といった怒りがあるんでしょう。しかもその地が、かつての一族の領地ともなれば⋯⋯心中、穏やかではないはずです。いや、妙にしつこいとは思いましたが、そんな背景があろうとは――」
ベルガリウスさんはそう納得しつつも、眉間にシワを寄せていた。
ライゼー様がしばし思案する。
「商会の受け入れは無理だが⋯⋯話を聞くと、ただ突っぱねるだけというのもな⋯⋯」
「いやいや、ライゼー様が気にされるようなことじゃありませんぜ。全部『向こう』の事情です。こちらで忖度することじゃないですから」
ベルガリウスさんは慌てて言い添えたが、ライゼー様は首を横に振る。
「いや、辺境貴族の財政の立て直しは、リオレット陛下にとって急務なんだ。レッドワンドがなくなって、レッドトマト商国との交易路が整備されつつあるから、東方に関してはなんとかなる。塩がとれる西方はもともと安定しているし、北方には新規の迷宮とトマティ商会を中心とした、新たな経済活動の芽ができた。今後は物流も整っていくだろう。残るは南方⋯⋯ここに打つべき一手をどうしたものかと、陛下は苦慮されている」
ベルガリウスさんがぽかんと間の抜けた顔をした。
⋯⋯王都での認識によるライゼー様は、所詮、『僻地の子爵』である。しかも武闘派というか、実戦派の武人扱いだ。
そんなライゼー様の口から「国家」規模の見識が出てきたものだから、びっくりしてしまったのだろう。
巷で誤解されていることでもあるが、ライゼー様の本質は「単なる武人」ではなく「有能な領主」である。そもそも「魔力以外はオール『B』評価」という、武力以外でも極めて優秀な人材なのだ。
ギブルスネーク退治の影響で「武力の人!」と見られるのは仕方ないが、トリウ伯爵やアルドノール侯爵はそんなライゼー様の本質にちゃんと気づいており、ゆえに重用されている。
ベルガリウスさんが「ふーむ」と唸る。
「つまり、リーデルハイン子爵家やブランフォード伯爵家がどうこうではなく、『ネルク王国にとって』、南方全体の慰撫と経済の振興に向けた献策が必要と⋯⋯そういう話ですか」
「ああ。そしてブランフォード伯爵家の焦りも、本質的にはそこにあると見た。陛下は昨年から矢継ぎ早に政治を進めているが、地方に対してはまだ、減税や負担軽減の方針が定まっただけで、振興策の具体案が発表されていない。大急ぎで検討を進めているはずだが、僻地の貴族から王家に対する信頼感は現状でマイナスだから、『このまま放置されるのでは』と焦っている。新しい利権に強く執着するのも、つまり自己防衛のためだろう」
オス三人(二人+一匹)は思案のため、一瞬、難しい顔で黙り込んでしまった。
そんなタイミングで、ウェルテル様のお膝に顎をのせていたピタちゃんがぽつりと呟く。
「⋯⋯その地を、せいふくしましょう」
この武闘派ウサギ⋯⋯! と、わずかに慄いたが、ピタちゃんの言葉にはちゃんと続きがあった。
「いまこそ、『トマトさまによる覇』を示すときです。ルークさま、なにもなやむことはありません。トマトさまの覇道によって、その地をせいふくするべきです」
「あっ⋯⋯! その手が!?」
軍師ピタちゃんはとても頼りになる! さすがは古の賢人の名を継ぐもの! ご褒美にソフトクリーム(追加)を進ぜよう。
まだ知り合ったばかりのベルガリウスさんはやや戸惑っているが、ライゼー様も気づいて膝を叩いた。
「ああ、トマト様の栽培奨励案があったか。南方の諸侯に、他より先んじてそれを勧めれば⋯⋯少なくとも、『このまま南方を放置することはない』というメッセージになる。本店も開業したことだし、ルークにとってもトマト様を世に広める良いタイミングなんじゃないか?」
「そうですね! バロメソースの人気がもっと爆発して、品切れによる飢餓感を煽ったあたりで、広範囲の耕作地を募る予定でしたが⋯⋯『南方の貴族を導く希望の種、それはトマト様!』というバックストーリーも、それはそれでかなり魅力的です!」
そういう教科書に載りそうなエピソードは、トマト様の名誉のためにも積極的に仕込んでおきたい!
一方、ベルガリウスさんは「?」マークを大量に浮かべている。
「い、いや、あの⋯⋯トマト様って、トマティ商会の商品作物ですよね? 企業秘密⋯⋯とまでは言いませんが、それこそ飯の種でしょう? そんな簡単によそへ譲っていいんですかい?」
⋯⋯チッ。この素人が⋯⋯何も理解っちゃいねぇな、トマト様のことをよ⋯⋯!(荒ぶる猫さん)
しかし俺は菩薩のように穏やかな心で、肉球を向けて優雅に微笑んだ。施無畏印、いわゆるお釈迦様のポーズである。
「ベルガリウスさん。トマト様とは、この世にあまねく広がるべき尊いお野菜なのです。当商会の目的は、トマト様の経済作物としての価値を世に示すこと。その証明によって、皆がその栽培を志し、感謝の心をもって畑を耕し、自己の業と向き合いながらトマト様をただひたすら育て続ける⋯⋯そんな理想世界を実現することが、トマト様の下僕たる私に課せられた使命なのです――」
「⋯⋯あれ? ルーク様? もしかして何か宗教系の話をしてます? 目の焦点があってなくて微妙に怖いんですけど⋯⋯?」
猫の威圧に怯えるベルガリウスさんを横目に、すかさずアイシャさんが俺を抱え込み、喉元をぐにぐにしはじめた。ごろごろごろ。
「⋯⋯えー。ルーク様はですね。ご自身で商会を立ち上げてますけど、お金儲けは二の次で、『人々に尊重される流れで、トマト様を世界に広げていく』ことを目的にしていまして⋯⋯」
「⋯⋯ああ、確かに、そううかがってはいましたが⋯⋯えっ。企業理念とか建前ではなく、ガチで⋯⋯?」
「ガチです。それだけのために、この亜神様は猫の姿で残業を重ねて、必死に書類仕事を続けています。尊いですよね」
言葉の上では敬いつつ、アイシャさんがお師匠様の暴走を見る時のよーな死んだおさかなさんの目に転じている気もするが⋯⋯しかし撫で技術は確かなので、俺は気にせずにゃーんにゃーん。
「そもそもこの猫様、お金を稼ごうと思ったら、滅茶苦茶に理不尽な方法でいくらでも儲けられるので⋯⋯言っちゃなんですが、商会とか趣味の領域だと思います」
「いえいえ、そんにゃことにゃいです。にゃーん。私一匹の力にゃどたかが知れておりみゃすし、社員のみにゃ様にはいつも助けられ⋯⋯にゃーん」
アイシャさんに喉をモフられながらなので、少しばかり発音に猫っぽさが混ざってしまったが、大意は伝わったはずである。トマティ商会の現状は、トマト様の覇道において実に理想的な経過だと自負している!
⋯⋯あとコピーキャット錬金(※文字通りの純金量産)はやっぱりどう考えてもレギュレーション違反なので、緊急時はともかく、常用したらろくなことにならんと思う。
ライゼー様も苦笑い気味だ。
「トマティ商会にはその他の商材もあるしな。利益の大半はメイプルシロップになりそうだし、他にも新種の作物が大量にある。例のペーパーパウチという技術の優位性に加えて、将来的にはレッドトマト、ホルト皇国、アロケイルへの販路すら構築できそうだから⋯⋯経営に関しては心配していない。心配なのは、ルークの働きすぎだ」
にゃーん。そこはまぁ、最近になって改善されつつあるので⋯⋯はい。
「とにかく王都にいる間に、一度、フリッツ卿とお会いしたい。ことが『南方の振興策』に関わるから、できれば陛下にもご一緒いただいて⋯⋯トマティ商会からも、ナナセ嬢とブラジオスに出席を願おう。ルーク、陛下とのスケジュール調整を頼む。こちらから申し上げるわけにはいかないから、『陛下からの呼び出し』という形でセッティングを頼みたい」
「承りました!」
つまりライゼー様は、コレを「陛下の功績にしたい!」ということだろう。こっそり連絡を取り合うなら猫が動くのが一番である。
かくしてフリッツ卿への対応は一転、「南方の貴族全体へのトマト様振興(信仰)策」へ波及することとあいなった。
ククク⋯⋯念のため、早めに現地行って軽く土壌の調査もしておこ⋯⋯(案件+1)




