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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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282・ラライナ様のお茶会


 さて。

 このたびめでたく(?)、ラライナ様の猫力が短期間で約十五倍に爆増したと判明したわけであるが⋯⋯


 かよわい人類の精神力が、果たしてこのような劇的な変化に耐えられるのかという疑問はある。

 肉体改造だって筋肉痛程度で済めば良いが、血尿が出るレベルまで追い込むと内臓系がやられてしまって逆効果になったりするし、疲労骨折という事態も起き得るのだ。何事もやりすぎは良くない。「短期間で劇的に!」みたいな話は大抵ろくなことにならぬ。


 ⋯⋯とはいえ、肉体と違って心理面での変化だし⋯⋯?

 言ってみれば「完熟ブランドトマト様の美味しさを知ったら、トマト様が大好きになりました!」みたいなプラス方向の変化なので、ひとまず大丈夫だとは思いたい。

 超越猫さん的にも「猫力が高いと運命点にボーナスがつく」らしいので、低いよりは全然良い。ただし90を超えると猫様に人生を捧げる感じになってしまうので危険信号である。(※実は80台も割と怪しい)


「⋯⋯ともあれ、悪い変化ではないはずです。ハズキさん、演奏前にお時間をいただいてしまいすみません。アイシャさんもそろそろ、ライゼー様達と合流してください」


 いえいえ、と笑顔で立ち去るハズキさん。

 承りました、と脱力気味に頷くアイシャさん。


 アイシャさんの腕に揺られながら、猫は改めて考え込む。

 ラライナ様が猫好きになってくれた。それは良い。ロレンス様も喜ぶであろう。

 問題は、俺がご挨拶する下地が整ってしまったことだが⋯⋯しかし自己紹介する必然性がないので、当面は現状維持で良い。


 この後にもし「亜神の加護」とかがついちゃうとアレだが⋯⋯その場合でも、普通の成人はそうそう魔力鑑定とかする機会はないので、バレる心配は少ない。アレは基本的に入学時とか卒業時とか、あるいは「うちの子は魔法の才能がありそうだな!?」と気付いた時とか、そういう人材発掘のタイミングでやるものである。


「では、ルーク様、そろそろ猫のふりを⋯⋯」

「にゃーん」


 ⋯⋯あまり真剣に考え込んでいると、めちゃくちゃ賢い猫ちゃんだと思われてしまうので⋯⋯適度に緩く、毛繕いでごまかし、だらんと脱力。

 俺は猫⋯⋯かわいい猫さんなのだ⋯⋯


 ところで本日のお茶会はガーデンパーティー。

 見回せば、俺以外にもペットの猫さんが何匹か来ている。

 昨年の『猫の精霊』騒ぎ以降、「猫様は縁起の良いペットである」という認識が広がったようで、逃げ出す心配がない程度に懐いている子に限り、こうして連れ回すお貴族様が増えたらしい。


 ⋯⋯ちょっと遠回しな言い方をしたが、これは要するに「うちの子の可愛さを他の貴族に見せびらかす大義名分ができた!」という意味であり⋯⋯ついでに「よそのお貴族様の可愛いペットを見たい!」という需要も一応あったようだ。業が深い。


 みんな、お貴族様に飼われて贅沢に呑気に暮らしているだけあって、穏やかそうな気配が伝わってくる。たぶん俺よりちゃんとお昼寝もしている。


(わー、王様来てるやん)

(へー、初めて見た)

(私と同じ柄⋯⋯もしかしてパパ?)


 違います。私のほうが年下です⋯⋯あと体型も、こう⋯⋯そちらはシュッとされてますね?


 ともあれ同族が何匹かいるので、俺も悪目立ちしなくて済む。これなら猫好きのお子様が俺に集中するという不測の事態も避けられ⋯⋯


「あっ! ルーク様!?」


 ⋯⋯不意に響いた俺を呼ぶ声にぎくりとしたが、もちろん知人である。しかし今の俺はご挨拶できぬので、アイシャさんにご対応を任せる!


「これはこれは、セルニア様。ご機嫌麗しく⋯⋯今、ご到着されたところですか?」


「ええ! アイシャ様とルーク様もいらしていたなんて、驚きました! 来てよかったですわ!」


 公爵家の令嬢、セルニア様である!

 この場にいても不思議はないというか、むしろいて当然の人材だ。

 アイシャさんが声をひそめる。


「⋯⋯ルーク様は、ここでは『普通の猫さん』のふりをされていますので⋯⋯今日はお話ができません。セルニア様も、どうかそのおつもりで⋯⋯」


「あっ!? そうでしたわ!? これは失礼を⋯⋯」


「!」マークこそついているが、セルニア様もちゃんと小声である。この子は口調がはっきりしているので、声が小さくても「!」マークがつきがちである。


 俺もただの猫としてサービスするのはやぶさかではないので、セルニア様に前足を伸ばし、「ごめんねー」の意図を込め、ぺちぺちと腕に肉球でタッチした。

 セルニア様は「ほわわ!」と嬉しそう。


「こういうルーク様も新鮮ですわね! 今日はお二人だけですの? クラリス様達は⋯⋯」


「クラリス様は表向き、ホルト皇国へ留学中ですので、さすがに⋯⋯ライゼー様とウェルテル様がいらしていますが、セルニア様は『初対面』のふりをお願いします。むしろここでご挨拶して、面識を得たことにしておきましょう」


 セルニア様は、先日の猫祭に特別ゲストとしてお迎えしたので⋯⋯ライゼー様やウェルテル様ともその時にご挨拶している。今日は「二度目まして」というやつだが、周囲の人々はもちろんそんなことなど知らぬ。


「わかりましたわ! あっ。母があちらにおりますので、後ほど、一緒にうかがいます!」


 セルニア様は元気にお母様の傍へ駆けていく。アイシャさんと俺を見つけて咄嗟に来てしまったのだろう。他の貴族と会話中の母君も、我々に一瞬だけ目礼をよこしたが、今は邪魔するべきではない。


(ピルクード公爵はいらしてないみたいですね?)


 アイシャさんにメッセンジャーキャットさんを飛ばしておく。


「⋯⋯そうですね。当主は夜会のほうに出ることが多いので。昼間の茶会は基本的に、ご夫人達と子女達の交流の場です。当主が来るのは、主催者とよほど親しいか、あるいは何らかの政治的意図があったり、隅っこで密談をするためだったりすることが多いですね」


 もちろん例外もありますが、とアイシャさんは言葉を濁した。

 実際、ライゼー様も当主の立場で呼ばれているし⋯⋯「子供」とは言えない年代の若い男性貴族もそこそこ目に付く。


(もしかして、結婚相手を探す場にもなっていたりします?)


「はい、それも当然あります。婚約者がまだいない人、なんらかの理由で破談になった人、あるいは死に別れた人なども、こういう場で相手を探すことが多いです。これは男女問わずですが」


 街コンならぬ茶会コンか⋯⋯やはり俺には縁のない陽キャ向けのイベントである。アイシャさんも心なしか居心地悪そう。


 ⋯⋯ところで視界の一角では、見覚えのある「男装の美少女」(男)が御令嬢方に囲まれている。大人気である。


(ラン様は、こういう場では目立ちますねえ⋯⋯)


「存在感そのものに花がありますからね⋯⋯」


 わかる。背景なんかただの植え込みなのに、なぜか白百合的な花が咲いているように見えるもの⋯⋯(幻覚)


 さしあたって、俺の存在を知っている今日の参加者はハズキさん、セルニア様、ラン様ぐらいか。

 リオレット陛下やウィルヘルム君、アーデリア様などは来ていない。「猫の精霊」のほうを知っているアルドノール侯爵もいないし、トリウ伯爵にいたってはたぶんまだ王都にも着いていない。


 さて、合流したライゼー様とウェルテル様は、俺の知らぬご婦人方に囲まれていた。


 ラン様の周囲は同年代かそれ以下の御令嬢ばかりだが、こちらは年齢層が高め。おそらく伯爵家・子爵家クラスの奥様方だと思われる。

 別にウェルテル様がいびられているとかそういうのではなく、好奇心からの質問攻めが続いているようだ。


 ぶっちゃけ「リーデルハイン領ってどこにあるの?」レベルの知名度なので⋯⋯ギブルスネーク退治の件でライゼー様やクロード様の名は知られているものの、肝心の領地については「小さい・遠い・ド田舎」ぐらいの認識である。


 しかも「その地でダンジョンが見つかった!」という話のせいで、「今まで、人の手がまったく入ってなかったレベルの秘境なんだ⋯⋯?」と思われている。ドラウダ山地に関してはガチでその通りなので何も言えぬ。


 どうやら今話している面子は、「政治利用したろ!」とか「権益よこせ!」系ではなく、単に情報を集めているだけの方々っぽい。

 要するに「噂話大好き!」なクラスタで⋯⋯現時点では敵でも味方でもなく、むしろ交易面では「将来の取引先候補」でもある。あまり変な対応はできない。

 聞こえてくる質問の内容も、


「迷宮は山の中にあるとうかがいましたが、女子供の足でも歩いていける場所ですの?」

 とか、

「有翼人というのはどのような生活を?」

 とか、

「空を自由に飛べるのですか?」

 とか⋯⋯


 そんな感じなので、一つ一つ対応していく必要がある。


 ちなみにライゼー様からのご回答はそれぞれ、

「山道は険しくないが、麓から馬車で二日かかるのでおすすめできない」

「普通の村と同じく農耕中心で、猫と熊を信仰している」

「高いところからの滑空は得意だが、鳥のように地上から飛び上がるのは無理」といった塩梅。


 まずはこういう何気ない情報から解像度をあげていくしかない。

 テレビの旅番組とかもないし、お貴族様でもその職務・得意分野によっては地理に疎い。自領のことしか知らぬ人だっている。王都住まいだとなおさら、王都以外のことをまったく知らなかったりもする。


 特に有翼人関係とか、実際には移住してきたばっかりな上、信仰関係も捏造したものなので⋯⋯この王都に有識者なんぞいるわけがない。ごめん。


 そもそもネルク王国には、いわゆる「マスメディア」が存在しない。新聞も体感的には瓦版とか、あるいは週刊誌・月刊誌みたいな立ち位置なので⋯⋯最新情報の入手手段が「噂」頼りになりがちだ。公式発表はどうしてもタイミングが遅いというか、政治的な都合で発表の時期を調整せざるを得ない。


 結果として、伝言ゲームの失敗や希望的観測によるデマも流れやすい。たとえば「禁樹の迷宮」に関しても、「琥珀どころか、実は黄金も採掘できるらしい」とか「他の鉱物資源も豊富らしい」みたいな間違った噂が一部に流れたようである。


 こういう噂の打ち消しも、ライゼー様やウェルテル様達の今後の社交にかかっているのだ。


 俺を抱っこしたアイシャさんにも、顔見知りと思しき幾人かのご夫人が話しかけてきた。


「あらあら、アイシャ様、すっかりご立派なレディになられて!」

「二年ぶりですわよね? 本当に、すっかり大人っぽくなられて⋯⋯!」

「目つきがとても穏やかになられましたわ⋯⋯」

「猫ちゃんかわいい⋯⋯」


 ⋯⋯と、なんだか遠い親戚のおばちゃんみたいな雰囲気であったが、アイシャさんもちゃんと「いえいえそんなー。あはははは。あ、この子はリーデルハイン家のペットでして、お茶会の間だけ預かっていまして⋯⋯」と、乾いた笑いで猫をかぶったご対応ができていた。えらい。あとでスイーツご馳走しますね⋯⋯


 そんな虚無の時間を過ごすうちに、やがてお庭の中央付近から、優雅なバイオリンの音色が響き始めた。

 もちろんハズキさんの演奏である。


 元気に話し込んでいたご婦人方も「あら?」「まぁ」「なんて素敵な音色⋯⋯」と、思わず口をつぐみ、この旋律に耳を傾けた。自己紹介もなしで唐突に始まった演奏だったが、優れた音楽は人を惹きつける。ついでに猫も惹きつける。


 先ほども軽く触れた通り、このお茶会には俺以外にもペットの猫さんが来ており⋯⋯ハズキさんの演奏にあわせて人々が黙った後、その旋律にあわせて「にゃー」「うにゃー」と合いの手を入れ始めた。


 本来、猫は歌わぬし踊らぬ。しかしながら前世でも「寺の境内で化け猫が踊っていた」的な目撃証言はあったし、こちらの世界の猫さん達はそもそも知能が高めである。(※俺含む)


 また、ラズール学園のポルカちゃん&マズルカちゃんも「猫と一緒に踊る」という猫寄せの技能を獲得していたが、あんな感じで野生の猫をも懐かせる能力が実在している。アレはおそらく「高い猫力」と「猫が好む系統の歌舞音曲の才」と「楽器」、もしくはその代わりとなる「魔法」がトリガーなのだ。

 ハズキさんはバイオリン『夜の猫』を使う。

 双子ちゃんはオルゴールも補助的に使うが、術としての肝は「猫寄せの魔法陣」にあると思われる。


 この時に使われている魔法はおそらく精神系、具体的には「猫をリラックスさせる」とか「楽しい気分にさせる」ものであり、「亜神の加護」がこれをブーストした結果⋯⋯


「にゃーん」


 自然と⋯⋯前足が⋯⋯揃って左右に⋯⋯ッ!


 アイシャさんの腕に抱かれたまま、俺までリズミカルに踊り始めてしまった。


 アイシャさんが慌てて止めようとしたものの、すぐに思い直して動きを止める。

 何故ならば、他の猫さん達も同じように踊り始めたから!


 それぞれのテーブルで優雅にお昼寝していたはずの子らも、のんびりと上体を揺らすようにして確かなリズムをとっている。


 ここで踊りを止めれば、逆に俺だけ浮いてしまう。不可抗力⋯⋯これは不可抗力なのだ⋯⋯!

 他の猫さん達からの思念が、『獣の王』の効果で俺に届く。


(王様が踊ってるし⋯⋯)

(ここでノらないのは不敬だし⋯⋯)

(ま、付き合いというのもありますし⋯⋯)


 猫なのにちゃんと空気が読めるキミ達がすき(本心)


 お貴族様達もびっくりしているが、その表情は笑顔だ。明らかに演奏の影響なので、タネや仕掛けのある手品のように思われているのだろう。


 短めの曲が一つ終わったところで、皆様からの拍手がハズキさんに集まる。

 このタイミングでラライナ様が前に歩み出て、推しをご紹介。


「皆様、ご紹介いたしますわ。こちらはオルケスト聖教会所属の演奏家、ハズキ・シベール嬢です。お聴きの通り、素晴らしいバイオリンの演奏技術をお持ちで、オルケストの音楽会でも人気急上昇中⋯⋯お持ちのバイオリンは『夜の猫』という品で、ご覧の通り、猫さん達にも好評のようですわね」


 ラライナ様のジョークに上品な笑いが起きる。

 続いてハズキさんもぺこりと一礼した。


「ご紹介にあずかりました、バイオリン奏者のハズキ・シベールです。本日はこのような機会をいただき、たいへん光栄に思います。皆様のご歓談のBGMとして、引き続き演奏をお楽しみいただけましたら幸いです」


 お貴族様達から温かな拍手。猫も便乗してぺちぺちぺち(肉球)


 ⋯⋯これでハズキさんは「ラライナ様のお気に入り」として社交界で認識された。

 たぶん数年以内に司祭へ昇進、ロレンス様が即位する頃には大人気の演奏家になっていることであろう⋯⋯やはり猫力。猫力はすべてを解決する⋯⋯(隠しきれないホラー要素)


 ハズキさんは挨拶を経て、お貴族様の歓談の邪魔にならないリラックスムードの演奏を開始した。

 優雅に耳を傾ける人、歓談に戻る人、これ幸いとお昼寝業務に勤しむ猫さん、こっそりお茶菓子をくすねるキジトラ⋯⋯様々である。


 このタイミングで、ラライナ様もこちらへ来た。上位のお貴族様への対応が終わったのだろう。


「ライゼー子爵、ウェルテル様、改めまして、本日はようこそおいでくださいました。昨年はお互いにいろいろありましたが⋯⋯まずはロレンスの留学に際し、御子息、御息女の力添えをいただけましたこと、感謝いたします」


 これにはウェルテル様が応じる。ライゼー様がすでに少しお疲れなのを察した、ウェルテル様からのサポートである。


「いえ、こちらこそ。ロレンス様からは、クラリスもクロードもたいへん良い影響をいただいているものと思います。留学にご一緒させていただけたことは光栄の極みです」


 普通に体裁を保っているが、ウェルテル様、先日の猫祭でもロレンス様を構い倒していたので⋯⋯なんかこう、「愛娘と仲の良い同年代の男の子」という概念が、かわいくて仕方ないらしい。

 一度は病で死を覚悟したがゆえに余計、そういう「娘の成長を見守り、実感できる瞬間」が愛おしいのかもしれぬ。


 ラライナ様側も穏やかに会話をつないだ。


「そういっていただけると恐縮ですわ。ウェルテル様は、もうロレンスと面識がおありですか?」


「はい。留学前に、あの⋯⋯娘を転移魔法で送り出した時に、ご挨拶をさせていただきました」


「そうでしたか⋯⋯では、魔族のオズワルド様とも面識が?」


「はい。ございます」


 ⋯⋯ラライナ様的には「予想通り」の回答だったようで、動揺は見えない。

 公にはされていない事実だが、彼女には「正弦教団のオズワルド様に、第二王子リオレットの暗殺を託した」という過去がある。

 もちろんそれは失敗したわけだが、ラライナ様はその理由をこう推測している。


『オズワルド様は最初からリオレット側と通じており、自ら暗殺依頼を請け負うことで他の暗殺者へ依頼が回る可能性を封じ、その上でわざと失敗した』


 さらにごく一部の貴族に『ラライナが暗殺者を雇っていた』という情報をリークすることで、ラライナ様の立場を貶め、その後の政治的な動きをも封じた⋯⋯そう解釈しているようだ。


 複雑なことに、今のラライナ様はこのことを恨んではいないようである。「出し抜かれた」とは自覚しつつ、「その上でまだ、自分が生かされている」という事実のほうにむしろ違和感があるようだ。


 しかもその魔族が「息子のホルト皇国留学を支援した」となると、敵なのか味方なのか、ますますよくわからんムーブである。


 で、ラライナ様はこう解釈した。(※じんぶつずかん情報)


・ライゼー子爵は去年の春、自分とロレンスを助命するべく、本気で軍閥内での調整を請け負ってくれた。


・リーデルハイン子爵家と魔族オズワルドは何らかの理由で懇意であり、ライゼー子爵による『ラライナとロレンスの助命嘆願』を、オズワルド側も受け入れてくれた。


・結果、今もまだ、自分とロレンスは生かされている。


 その後のオズワルド氏の「トマト様激賞!」とか「リーデルハイン家とロレンス様の留学支援!」みたいな動きが、この推論をさらに裏付けた――と、ラライナ様はお考えである。幸い、ペットの猫の存在には気づいていない。


 つまり何が言いたいかというと⋯⋯

 ラライナ様は、声をひそめつつ深々と一礼した。


「⋯⋯もし、機会がありましたら、オズワルド様に、私が非礼を詫びていたとお伝えください。それから改めて⋯⋯今の私がこうして生きているのは、ライゼー子爵や、リーデルハイン子爵家の方々のおかげとわきまえております。昨年の時点では、まだそのことに思い至っておりませんでした。重ねて、その忠義と誠心に心からの感謝を申し上げます」


 ⋯⋯ラライナ様は現在、かなりガチめに「リーデルハイン子爵家に対する感謝の念」をお持ちである⋯⋯!


 詳細を知らぬライゼー様としては「なんで!?!?!?」と戸惑うしかない話であろうが、(じんぶつずかんを読めば)理屈は通っているので⋯⋯そんなにびっくりしてないで、素直に受け入れていただきたい。


「ラ、ラライナ様⋯⋯!? あ、あの、僻地の子爵風情に、そのような⋯⋯!」


 ハズキさんのバイオリン効果もあり、今の「会話」は周囲に聞こえていないが、視線は普通に集まっている。


 元・王妃のラライナが、軍閥の新興貴族に、こうまで礼節を尽くしている――これは一種の異常事態であり、他の貴族達もだいぶ驚いた様子だ。


 顔をあげたラライナ様は優しげな微笑を扇で隠し、


「驚かせてしまったようでしたら、ごめんなさい。大丈夫です、オズワルド様のことはもちろん口外いたしませんし、今後、必要であれば、いかようにも私の名をお使いください。未亡人で隠居の身とはいえ、一応はまだ王族ですので⋯⋯お力になれることは、あるかと存じます」


「た、たいへん、恐縮です⋯⋯」

 

 普段はとても凛々しいライゼー様であるが、王族に頭を下げられてしまうとさすがに困惑が先立つ。

 ウェルテル様も目を丸くしてしまったが、戸惑うライゼー様の代わりに持ち前のコミュ力で御対応!


「恐れ入ります、ラライナ様。ですが主人は、ただロレンス様の聡明さに心服しているのみでして⋯⋯ラライナ様からそんなに過分なお言葉をいただいてしまうと、かえって恐縮してしまいますわ。私も言葉をかわした時間は短いながら、ロレンス様のお心遣いには感じ入るところがありまして⋯⋯ラライナ様のご教導の賜物ですわね」


 ラライナ様が目を伏せた。今の彼女にとっては、これはちょっと看過しにくい勘違いなのかもしれぬ。


「いえ⋯⋯その点に関しては、私は母親失格です。ロレンスを導いてくれたのは、今は亡き司書のカルディス男爵と、その孫のマリーシアさんだったのでしょう。私や前陛下の存在は、残念ながら悪い見本にしかならなかったものと反省しております⋯⋯」


 それは体面を重んじる王族が漏らすべき本音ではなかったのかもしれない。それでもあえて口にしたのは、ライゼー様達を『ロレンス様の命の恩人』と尊重しているがゆえか⋯⋯


 しかしラライナ様の重い反省の言葉を受け流すように、ウェルテル様は羽のように軽やかな微笑を浮かべた。


「⋯⋯子供は意外と、親の背を見ているものですよ。政務に心を砕くラライナ様のお姿を、ロレンス様はちゃんと見ていらしたはずです。そこには良い面も悪い面もあったかと思いますが⋯⋯ラライナ様は、好むと好まざるとに関わらず、心休まる余裕がないままそれらに対処せざるを得ない、責任のあるお立場でした。ロレンス様にはきっと、『母君をそんな重責から解放したい』という思いもあったのではないかと――そう感じます」


 そうかな⋯⋯そうかも⋯⋯?


 猫的には確認していないが、ウェルテル様のたおやかなお声でそう言われると説得力がパネェ。今ならウェルテル様が「実はシュールストレミングって防臭効果があるんですよ♪」とか言い出しても俺は信じてしまいそう。


 この指摘に、ラライナ様はしばし呆けてしまった。

 ⋯⋯俺も気を利かせて、ウェルテル様に追加のメッセージをお願いする。

 

「⋯⋯もしよろしければ、ロレンス様にお手紙を書いてはいかがでしょう? 連絡の手段に関して公表はできませんが、当家にお預けいただければ、半年もかからずに届ける手段はございますので⋯⋯」


 ⋯⋯猫が毎朝毎晩、普通に出勤&帰宅してますからね⋯⋯


 たぶんラライナ様は、「オズワルド様が定期的に行き来している」とでも勘違いしたはずだが、この勘違いに乗っかる形である。

 ロレンス様とラライナ様の関係修復には少し時間がかかるだろうが、手紙で相互理解を深め、その下地を整えることは可能だと判断した。

 それこそ例の猫さんに「マフ」と名付けてお世話をし始めた話とか、知らせるべき事柄もある。猫の話題が親子をつなぎ直す絆となれば幸甚の至りである。


 ⋯⋯つかロレンス様、「母親が嫌いだったはずの猫にドハマリしてる」とか知ったら、わけわかんなくて宇宙猫になりそう。


 ラライナ様は胸を押さえつつ、静かに頷いた。


「⋯⋯ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、ロレンスに手紙を書こうと思います。あの、八番通りホテルまでお届けすれば⋯⋯?」


 ここでライゼー様が我に返った。


「いえ、トマティ商会の王都本店にぜひ。頻繁に荷馬車が往復しておりますので、一週間ほどで当家まで届きます。その後の手段につきましては、お察しいただけましたらと」


「わきまえております。詮索はいたしませんわ」


 ラライナ様の推測→郵便屋さんオズワルド様。

 現実→猫の宅配便。


 現実のほうがファンシーだな⋯⋯? 猫が絡むとだいたいそうなる。


 話が一段落したところで、ラライナ様の視線がちらちらと俺に向いた。


「それで、あの⋯⋯もし差し支えありませんでしたら⋯⋯」


 ここまで無言を貫いていたアイシャさんが、即座に察した。


「あ、はい。どうぞどうぞ。めっちゃ人懐っこい子ですから、逃げたり引っ掻いたりは絶対にしません。存分にモフり倒していただいて大丈夫です」


「まぁ⋯⋯!」


「にゃーん」


 ラライナ様が満面の笑顔で俺を抱っこ。よもやこんな日が来ようとは⋯⋯!

 猫さんを飼い始めてまだ四ヶ月前後。ややぎこちない中にも、確かな気遣いとこれからの習熟への期待が感じられる見事な抱っこである。80点。


「なんて滑らかな毛並み⋯⋯! それに、本当におとなしくて、賢くて、優しそうなお顔立ちで⋯⋯やはり猫様は飼い主に似るのでしょうね」


「⋯⋯きょ、恐縮です⋯⋯?」


 ⋯⋯今、猫「様」ってつけた? 聞き間違いか?

 ラライナ様は嬉々として話し続ける。


「猫様は飼い主を映す鏡である。猫様を見れば、飼い主の人となりがわかる⋯⋯あの言葉を実感できましたわ。実はつい先日、ハズキから勧められて、ルーシャン様の著書『猫の飼い方』という御本を読みましたの。今も頻繁に読み返しながら、日々勉強している最中ですわ。読むたびに新しい発見と実感を得られる素晴らしい書です。お弟子のアイシャ様はもちろんご存知でしょうが、ライゼー様とウェルテル様は、あの本をお読みになられましたか?」


「い、いえ、残念ながらまだ⋯⋯」


 ヤバい「気配」を察し、ライゼー様が一歩退いた。これが⋯⋯これが歴戦の勇士をも退かせる圧⋯⋯!(猫力)


「まぁ! でしたらぜひ、ご一読なさってください。あれこそまさにもうひらく珠玉の名著、読まないのは人生の損失です」


 アイシャさんがにこにこするふりをして、死んだおさかなさんの目をしている⋯⋯

 この愛弟子は、師匠の狂信からは少し距離をおいているので⋯⋯狂信者の間近にいながら、貴重なツッコミ役としての精神性を堅持している精神的強者なので⋯⋯


 ⋯⋯あの洗脳本、やっぱ邪教関係の禁書にしたほうがいいんじゃねぇかな⋯⋯などと思案しつつ、猫はだらんと脱力して、猫力が増したラライナ様の抱っこに身を預けるのであった⋯⋯


 新年あけましておめでとうございます!

 年末に軽めのぎっくり腰をやらかしまして、ほぼ寝正月でした(数年ぶりn度目)


 なんと今年はさっそく2月に三國先生のコミック版・猫魔導師6巻が発売予定でして、「あれ? 5巻からまだ半年経ってないのでは!?」と動揺しているのですが⋯⋯

 小説版の会報9号も現在加筆中でして、夏頃にはたぶん?という感触です。

 他に進めたいもの(陰陽とか)もあるので、なんとかペースアップしたいところ⋯⋯!

 今年もどうぞよろしくお願いいたします m(_ _)m


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― 新着の感想 ―
>⋯⋯とはいえ、肉体と違って心理面での変化だし⋯⋯? たとえば5歳児から75歳まで一気にメンタル老成したら、それ害ないんかなって…
あけましておめでとうございます ぎっくり腰ということでご自愛ください ルーシャン様の猫様関連の本は禁書扱いが妥当です!w でも、亜人の加護がつく可能性があるので人類にとって導きの本?となる 猫様至上主…
もう「権益よこせ!」的なことを言ってきた貴族はその場で宅配ボッシュートでレッドトマトの山奥に放置する、でいいんじゃないかな… それ繰り返せばもう誰もライゼー様に逆らわなくなるよ
感想一覧
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