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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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289/295

278・王都、春の社交シーズン(二年目)

 ネルク王国の魔導師、アイシャ・アクエリアは、現在、「亜神への対応担当」を一任されている。


 あらゆる職務に優先して、「亜神ルーク」との関係性を維持、あるいは深化させ、彼が怒りによって暴走したり、あるいは世を儚んで絶望することのないよう、関係各所の調整等を含めたサポートを行う――そんな激務をこなしている。


 ⋯⋯まぁ、想定以上に美味しい思いもしているので、不満はまったくない。というか、他の魔導師にこの役目を譲りたくない程度にはすっかり餌付けされている。


 ややもすると師のルーシャンが「大変そうなら代わる」「むしろたまには休暇をとってはどうか」などとチラチラ様子をうかがってくるが、「これは私のお役目ですので」と突っぱねている。


 余談だが、最近食べた豚の角煮ラーメンという料理も絶品だった。甘く煮付けられた豚肉の塊のガッツリ感、歯応えもあるのにどこか軽やかなストレートの細麺、それらを支えるのはしっかり味わい深いのにさわやかなほど淡麗なスープ⋯⋯

 替え玉と追い角煮で満足感も半端なかった。神々の世界の食べ物はだいたいなんでも美味しいが、特にラーメン系にはハズレがない。


 そしてだいたいいつも「栄養が偏りますから!」と野菜も出してくれるので、おかげで以前より体調がいい。体重は⋯⋯たぶんまだ成長期なので⋯⋯まぁ⋯⋯幼馴染の拳闘士の特訓には付き合いたくないので、何かこう、短時間でガッとカロリーを消費できる運動を模索しているところである。ユナとのスパーリングはぜったいにやだ。


 ⋯⋯体重の話はどうでもいい。

 今日は師匠に、『昨日の顛末てんまつ』を報告しにきた。


「⋯⋯冒険者ギルドのメテオラ支部長候補、ベルガリウス・オプト氏は、無事にルーク様との面識を得ました。どうも性格的な相性もたいへん良かったようで⋯⋯ルーク様は当日のうちに氏をメテオラに招待、設備見学の後に温泉にも案内し、ルーク様自ら、ベルガリウス氏の背中を流したり流されたりと、交誼を深めた次第です」


 師のルーシャン・ワーズワースが瞠目し震えだした。


「ル、ルーク様が御自ら、背を⋯⋯!? なんと恐れ多い⋯⋯そ、それは、一体どのような動きで⋯⋯」


 知らんわ。


「⋯⋯男湯と女湯で分かれてますから、私も直に見たわけではないです。まぁ、だいぶご機嫌ではありましたが⋯⋯ベルガリウス氏はさすがに恐縮してましたね。彼は私が想定していた以上に『賢い』印象でした。学問的な賢さではなくて、人間的に賢いというか⋯⋯ルーク様とは思想性も近いようで、阿吽あうんの呼吸だったと思います。今後、メテオラの人々の生活が冒険者や貴族におびやかされることがないように、しっかり気を遣ってくれるでしょう」


「ふむ⋯⋯それはなによりだ。今やメテオラは亜神ルーク様を奉ずる聖地――あの神聖なる土地を、愚かな人類ごときに荒らされるわけにはいかん」


 相変わらずの強火である。

 ⋯⋯うちのお師匠様、たぶん人類嫌いだな? まぁわからんでもない。長く宮廷生活などやっていれば、そりゃいろいろあるのだろう。弟子達も思想&信仰面ではまあまあ薄情だし、きっと猫しか癒やしがなかったはずである。


「しかし、ルーク様と風呂⋯⋯なんとも⋯⋯なんともうらやましい⋯⋯」


 猫好きにとって、猫様のお風呂は大仕事である。

 もちろん湯船につけるわけではないが、普通にぬるま湯をかけて拭くだけでも嫌がって暴れまわる子すらいるし、おとなしい子でも「ひしっ」と爪を立ててしがみついたりする。基本的に猫は水浴びが嫌いなのだ。


 一応、例外もたまにいるが⋯⋯

 自ら風呂に入ってヘチマや手ぬぐいで体を洗うルークは、その「例外」の中でも極致といえるが、彼は亜神なのでやっぱり別枠とするべきかもしれない。


「⋯⋯アイシャ。私がメテオラで温泉にご一緒したいと申し出たら、ルーク様は願いを叶えてくださると思うか⋯⋯?」


 不安そうなルーシャンの眼差しに胸焼けがして、アイシャはシニカルに嗤う。

 あの猫、敬老精神は割としっかり持ち合わせているので、頼めば嫌とは言わないだろうが⋯⋯


「⋯⋯まぁ、リルフィ様達よりは全然勝算があると思います。ルーク様、女性陣とのお風呂だけは頑なに拒否されるので⋯⋯お師匠様なら大丈夫でしょうね⋯⋯」


 例外はウサギ状態のピタゴラスだけだが、そのピタゴラスは基本的に風呂嫌いである。


 湯気がうっとうしくて苦手らしいので、メテオラの露天風呂なら問題なさそうなのだが⋯⋯それでもあえて入りたいわけでもないらしく、気が向いた時しか入らない。

 ルークいわく、「ピタちゃんは防寒性能がめちゃくちゃ高いので、『お風呂であたたまる』意義を見いだせないのかもしれません」とのことだった。まぁ⋯⋯ウサギだしな?


 ルーシャンはそわそわと手を揉んだ。


「⋯⋯のぅ、アイシャ⋯⋯この件、お前のほうから、ルーク様にこっそりおうかがいを立ててもらえぬか⋯⋯?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい。いいですよ」


 アイシャは死んだ魚の目で応じる。こんなことで恥ずかしげに頬を染める師など見たくもないが、邪険にできない程度には世話になっているし、恩義も感じている。


 ルーシャンは、かつて孤児だったアイシャに魔導師の才を見出し、引き取って孫同然に育ててくれた。

 弟子達にも優しいし、猫に対する過度の信仰心さえなければ、極めてまともな師匠なのだ。

 

 実際のところ、ルークと一緒に風呂に入ったことがある幸運な人材などそう多くはない。

 まず女性陣では皆無。

 つまりケーナインズのブルト、ウェスティ、バーニィと、トマティ商会社員のグレゴールやカイロウ、後はメテオラの有翼人達ぐらいだろうか⋯⋯


 ライゼーやヨルダ、クロード、オズワルドあたりには確認していないが、彼らはそもそも猫の狂信者ではないので、ルーシャンのように羨ましがったりはしない。

 王弟ロレンスは普通に猫好きなので喜びそうではあるが、あくまで微笑ましい範囲である。ルーシャンのように切々とした狂気はもちろん感じない。


「正直に言うとですね。私もルーク様といっしょにお風呂とか、楽しそうだなー、とは思いますし、憧れる気持ちもないわけじゃないんですけど⋯⋯」


 ルーシャンがうんうんと頷く。


「うむ、それはそうであろう。猫様に仕える者にとって、共に湯につかる栄誉とはいかほどのものか⋯⋯無礼、不躾ぶしつけとは知りつつも、それでも抑えがたき究極の欲求といえる」


「⋯⋯でも、お師匠様と同類には見られたくないので本人には言わないですし、ルーク様のほうも、もうちょっと気楽に接して欲しいんじゃないかと思うんですよね⋯⋯」


 たぶんルークは「信仰の対象」として見られるより「ただの猫」として扱われることを望んでいる。

 ルーシャンもそれはわかっているので、なるべく気安い態度を心がけているようだが⋯⋯どうしても過度の信仰心が隠しきれず滲みでてしまい、逆にルークから気を遣われてしまっている。ハリネズミのジレンマである。


 アイシャの遠回しな「自重せーや」発言に、師のルーシャンは困った顔でしょぼんと頷いた。


「うむ⋯⋯まぁ、ルーク様のお気が向いたらということで⋯⋯そ、それより、トマティ商会の件だ。本店が開業して日も経った。そちらにも複数の接触はあったようだが、その後、気になることは起きていないかね?」


 真面目な話に戻ったところで、アイシャは肩をすくめた。


「拍子抜けするくらい、平和です。想定外というか⋯⋯もっと嫌がらせとか圧力的なものがあるかと覚悟していたんですが――」


 ルーシャンが鷹揚に頷いた。


「我々の推測以上に、ルーク様の先読みと立ち回りが素晴らしかったということだ。なんといっても、開店前後で味方にした要人が素晴らしい。まずはシンザキ商会の会長⋯⋯」


 アイシャは首をかしげた。シンザキ商会はナナセの実家である。

 娘のナナセが本邸に一時帰省、同行しているブラジオスも離れで世話になっているが、ルークはまだ自己紹介をしていないはずだった。


「シンザキ会長が何か?」


「どうやら彼が王都の有力商人達に手を回して、警句を発し、軽挙妄動を封じてくれたようだ。特に『ペーパーパウチ』の素材となった『シルバーシート』⋯⋯あれに注目しているようでな。あれだけの技術をいきなり新製品の包装に投入してくる商会が、単なる新興商会のはずがない、と⋯⋯」


 実際にその通りなのだが、シンザキ商会の会長が一目おき、なおかつ娘まで送り込んでいるわけだから、他の商会にしてみれば「何か裏がある」と警戒するのは当然かもしれない。


「それに加えて、ピルクード・ペルーラ公爵の動きが異常すぎた。会合や夜会で会った貴族に対し、トマティ商会とバロメソースを手放しで絶賛している。基本的に、一部の商会への肩入れなどしない御仁だが⋯⋯ルーク様との⋯⋯いや、『猫の精霊』様との接触が、よほど堪えたらしい。わざわざ私のもとにもおいでになって、精霊様へ礼の言伝ことづてを頼まれた」


 昨年の王都で起きた、春の祝祭最終日の猫騒動⋯⋯

 あれは『猫を奉ずる宮廷魔導師ルーシャンへの加護』ということで決着した。

 ピルクード公爵も心筋梗塞の瞬間を精霊様に救われ、さぞ驚いたことだろう。


「シンザキ会長とピルクード公爵。シンザキ会長は王都の商人達の中でも有数の実力者であり、商人ギルドでの発言力も強い。そしてピルクード公爵に至っては、商人達がもっとも恐れる『税務』閥の長で、王族に次ぐ権威となる公爵家の当主だ。トマティ商会はただでさえ我ら魔導閥とリオレット陛下の後援を受けているというのに、ここまで材料が揃うとそこらの中堅商会でも下手な手出しはできん。さすがはルーク様、必要な布石を的確に打っておられる⋯⋯」


 あの猫はたぶんそこまで考えてない。「有力者を味方にできたらいいな!」ぐらいは思っていただろうが、「適当に接触して、あとは流れで⋯⋯」みたいないい加減さも持ち合わせている。


 それが上手くいってしまうのは獣徳なのかトマト様の加護なのか⋯⋯いずれにしても良い感じに歯車が噛み合った。

 ルーシャンが椅子に深々と背を預ける。


「ともあれ、味方が増えたのは喜ばしい。折しも春の社交シーズン⋯⋯あと数日のうちにライゼー子爵が王都へ着く。新規ダンジョンにトマティ商会にホルト皇国のロレンス様留学への同行と、今年のリーデルハイン子爵家は話題が多い。おそらく例年以上に多くの夜会へ呼ばれるだろう。それに備えて⋯⋯ライゼー子爵とピルクード公爵との縁をつないでおくべきと考える」


 ピルクード公爵との個人的なつながりを得ておけば、ライゼーの負担はかなり減る。

 たとえば「税務閥系統の夜会」「高位貴族家の夜会」において、「ピルクード公爵の客」という立場を得られれば、他の高位貴族との軋轢あつれきが激減する。

 子爵から伯爵へ成り上がることが確定したライゼーへのやっかみはそれなりのもので、権力者の盾は多いほどいい。


「アイシャ、そなたはルーク様にこの件を確認し、あわせてライゼー子爵の意向も確認しておいてくれ。了承が取れ次第、私がピルクード公爵の元へ出向き、日程の調整を進める。可能なら王都への到着初日にご挨拶に出向きたいところだな」


「承りました」


 ライゼー・リーデルハインは数年の内に伯爵位を得る。これまでは寄親のトリウ伯爵の陰に隠れていれば良かったが、今後は他派閥の侯爵、公爵らとも直接話し合う機会が増えるだろう。


陞爵しょうしゃくは喜ばしいことだが⋯⋯ライゼー子爵にとっては、胃の痛い日々になるかもしれんな」


「ルーク様もそれを気に病まれていて⋯⋯今年の社交の季節は、なるべくライゼー様のお側に控えるそうです。本店も無事に開業しましたし、本社のほうも基本的には増産すれば良いだけなので、社員達に任せられるからと。また新支部長のベルガリウス氏も、メテオラ側の受け入れ態勢が想像以上だったとのことで、出発を少し遅らせて貴族の社交会に顔を出しておくとのことでした」


 ベルガリウスは貴族ではないし爵位も持っていないが、「冒険者ギルドの職員」としてなら社交の席にも出られる。例年ならばほとんど呼ばれる機会はないだろうが、今年は「新規ダンジョンの支部長内定者」という肩書がつくため、ダンジョンの利権が気になる貴族から声がかかるだろう。


 ある意味⋯⋯「彼自身が撒き餌」のような役割を果たすことになる。

 そしてややこしいことに、接触してくるのは決して「敵」ばかりでない。

 これから味方になってくれる人材も多いはずだし、その見極めに関してもルークの力を借りたい。


「⋯⋯ふむ。となると、ベルガリウス氏とライゼー子爵にも顔合わせをしてもらったほうが良いな? いっそピルクード公爵へのご挨拶も、お二人に揃って行ってもらうか⋯⋯」


 皆、『猫の精霊』を直に見た関係者である。

 その方向で調整を進めることになり、アイシャはひとまず席を立った。


 §


 春の日差しはうららかで、放牧されているニワトリさん達も気持ちよさそう⋯⋯


 どうも、猫です。


 ベルガリウスさんのメテオラ視察をお手伝いした数日後、俺はのんびりと馬車に揺られていた。

 同行者はライゼー様とヨルダ様、あとバロメソース輸送隊(大増産分)のカエデさん達である。

 ⋯⋯国内最高峰の戦力二人(+亜神)を護衛に抱えた隊商なのだが、その道行きはとても穏やかで、猫はすっかりうとうとまどろんでいた。


「ふふっ⋯⋯ルーク様、やはりおつかれだったみたいですね?」


 俺にお膝を貸してくれているカエデさんが、馬車の手綱を操りながらくすくすと微笑む。


「にゃーん⋯⋯日々の休息はとっているつもりなのですが、本店も無事に開業し、メテオラの支部長人事にも目処がついて、少し気が抜けたようでして⋯⋯」


 ホルト皇国でのクラリス様達の学業も順調である。

 基本的には「朝、学校へ行って、夕方に帰ってきて、猫と晩ご飯を食べて就寝」みたいな過密スケジュールなので、一緒にいられる時間そのものは減っているのだが、しかし間違いなく充実した日々といえる。

 クラリス様もロレンス様も今は成長期。多くの知識を蓄え、将来に備えるべき時期なのだ。

 またリルフィ様も、スイール様との共同研究が順調に進んでいるようで、他の職員さん達ともちゃんと会話できるようになってきたとか。


 やはり環境が変わると人も変わる。環境次第では悪い方向への変化も起き得るが、スイール様とヘンリエッタ様もご一緒だし、魔導師見習いのカティアちゃんやその母君のジャニスさんもいるので、この点は安心だろう。俺も夜は「にゃーん」と甘えることで精神面の安定に貢献しているつもりである。にゃーんにゃーん(楽しい)


 そんなわけで、現在はライゼー様の旅路に同行し、カエデさんのお膝でゆっくり英気を養っているところ。

 宅配魔法を使えば一瞬で王都に到着できるが、これはムーブとして怪しすぎるので⋯⋯いざという時には「オズワルド様に頼みました!」という理由をつけるが、平時はちゃんと旅をすることで、道中の宿でもアリバイを作っておく。

 特に王都への道中だとトリウ・ラドラ伯爵のお屋敷にも一泊することになるので⋯⋯俺も猫としてご挨拶しておいた。

 寄親のトリウ伯爵も猫力高めのお方である。ルーシャン様みたいな狂信者ではない。


 なお、ライゼー様やウェルテル様は、アリバイ作りの要所要所で顔を出せば良いだけなので⋯⋯実は現在のこの車列には加わっておらず、領地で普通に書類仕事をしていたりする。

 多忙な現状はペットのやらかしが招いたようなものなので、少しでもご負担を減らして差し上げたい。


 田舎道をガタゴトと進みながら、俺は柵の向こうで放牧されている牛みたいにでっかいニワトリさんを眺める。


 アレは家畜化された魔獣⋯⋯いや、魔鳥というべきか?

 王都の食肉需要を支える「コーカトリー種」という鶏なのだが、でかすぎて飛べず、動きも遅い。気性は穏やかで、よく眠りよく日向ぼっこをする。

 これは「そういう個体」を選別して育成してきたためで、野生種になるとけっこう凶暴らしい。

 魔獣の多くは人里では生息できないが、このニワトリは「家畜化」という代償を払ってこれに適応したようだ。それでもさすがに町中では育てられないようで、人気のあまりない田舎の放牧地などにいる。

 夜になると鶏舎に帰り、朝になると「ゴーゲゴッゴォー!」と重低音で鳴く。

 ⋯⋯うむ。町で飼えたとしたら苦情殺到である。 


 リーデルハイン家でも通常サイズの養鶏はやっており、卵もよくとれる。

 このでっかいコーカトリー種を育てていない理由は、「田舎すぎて魔獣返りする可能性がある」とのことで⋯⋯そうなると飼うというか討伐対象だし、飼育者にも危険が及ぶ。

 つまりこの種の放牧地は「町からは離れていて、しかし僻地すぎない地域」が理想なのだろう。


「しかしあのニワトリ、大きいですねぇ⋯⋯この距離だから安心して見ていられますが、近づいたら怖そうです」


 ニワトリさんは基本的に顔が怖い。多くの小鳥さんと違っていかついというか、目つきがヤバいのだ⋯⋯鳩も割と怖い。大きくなるとなおさらである。


 カエデさんはのんびりと微笑んだ。


「ルーク様は、あのニワトリ達とも意思疎通できるのでは?」


「いえ、鳥はダメなんですよ。『毛に覆われた四つ足の生き物』というか、たぶん哺乳類限定のようで」


 カモノハシ(哺乳類だけど卵生)とかティラノサウルス(恐竜)とか、試してみたい生き物はいるのだが、まだ遭遇していない。後者は見てみたい反面、あんまり遭遇はしたくない⋯⋯アレが落星熊さん並に平和な生き物である可能性は限りなく低い。


「確か南方には『恐竜』がいるのですよね? 迷宮で骨格標本をみたことがあります。アレとも意思疎通はできないでしょうねぇ⋯⋯」


 カエデさんが「あー」と納得顔で頷いた。


「そうですね⋯⋯ちょっと話が通じそうなタイプではないです。カーゼル王国の僻地にも出ますし、何度か狩ったこともありますが⋯⋯」


 あるんだ⋯⋯そっか⋯⋯

 その光景を想像して恐怖に震えるいたいけな猫さんに、カエデさんが苦笑いを向けた。


「あの、そこまで恐ろしい獣ではないですよ? もちろん、脅威ではありますが⋯⋯基本的に肉食なので、農産物への被害は少なめですし、普段は山奥で他の獣を襲っています。戦闘力も、落星熊さん達よりは低めですので⋯⋯」


 これはあのレッパンどもがヤバすぎるという意味であって、間違っても恐竜が弱いわけではない。れっぱんつよい。トマティ商会での木像の売れ行きもなかなか良い。いずれ「聖獣」の名に恥じぬ存在感となろう⋯⋯

 

「あのニワトリ、コーカトリー種の原産地もカーゼル王国⋯⋯っていうか、その前に南方を支配していた魔導王国なんですよ。あっちの野生動物は基本的に大きくて、落星熊より大きな獣もいます」


 ふむ⋯⋯どうもこの世界の南方には「魔境」感が強い。

 ネルク王国との交易もあまり盛んではないようだし、情報自体が少ないのだが、しかしヨルダ様やライゼー様は商売の関係で若い頃に行ったことがある。

 あとケーナインズのバーニィ君もカーゼルのご出身なのだが、故郷には良い思い出がないらしく、懐かしく思っている様子が微塵もない。

 カエデさん達が合流した時も「同郷人を懐かしく思う」とかではなく「苦労したんでしょうねぇ⋯⋯」と同情する感じであった。いずれはトマト様の侵食⋯⋯輸出先になるだろうが、ちゃんと調べるのが正直こわい。

 

 まぁ、そんなのは先の話。

 今回は春の社交シーズンにおいて、ライゼー様のご支援をするのが目的だ。

 王都に着いたらベルガリウスさんをライゼー様にご紹介し、そのままピルクード公爵のお屋敷へ訪問する予定である。


 なおピルクード公爵には、ウィンドキャットさんではない「俺の姿」のほうをうっかり晒してしまったので⋯⋯今更、普通の猫ムーブでごまかすのは無理があり、応接室にまでは同行できない。

 俺は猫なのでセルニア様と外で遊んでいればよかろう。聞き耳は立てておく。


 カエデさんとてきとーな世間話をしながら、春天の下、馬車は順調に王都へ向かっていく。

 一年前にも通った道。しかし印象はまったく違う。

 あの頃はこの世界のことをほとんど知らず、クラリス様という心強い飼い主はいたが、味方も決して多くはなかった。なにせルーシャン様にすら出会う前だったのだ。


 今は飼い主のクラリス様こそ留学先におられるが、本社にも王都にも群れの仲間がたくさんいる⋯⋯めっちゃこころづよい。

 それは「背負うものが増えた」という意味でもあるのだが、先日の猫祭でも実感した通り、この世界に俺が順応できているという証拠でもあろう。

 

「⋯⋯あ! そろそろクラリス様達の晩ご飯の支度をしてきますので、ホルト皇国に戻りますね! 明日の昼頃、ライゼー様達を連れてまたこちらに合流します!」


「はい。お待ちしております」


 明日の昼には王都へ到着である! 移動のアリバイ作りも終わって、いよいよライゼー様が王都での社交会に本格参加されるのだ。


 宅配の目印代わりと緊急連絡用に、キャットデリバリーを数匹残し、俺はクラリス様達の晩ご飯をご用意するべくカルマレック邸へ戻った。時差の関係で、東側にあるホルト皇国は、ネルク王国よりも夜が来るのが少し早い。


 クラリス様達と晩ご飯を食べた後は、社員寮にも行っておさんどんをする。社員寮側は今後、ちゃんとした料理人を指定して食事を準備してもらうつもりだが、今は社員一丸となってのバロメソース増産が忙しすぎて⋯⋯せめて食事くらいは俺がご提供することで、社員の皆様にひとときの安らぎを得て欲しい。深夜残業はさすがに不許可である。


 いっそ二交代制で⋯⋯などという提案も出たが、猫じゃないんだからそこまでして働く必要はない。

 ⋯⋯⋯⋯文脈が⋯⋯ちょっと、おかしい⋯⋯? たぶん気のせいである。


 諸々の業務を終えて、ホルト皇国のカルマレック邸へ再度戻ったのは午後八時頃。

 リルフィ様に日課のブラッシングをしていただきながら、アイシャさんから今日の報告と明日以降の予定を聞く。


「⋯⋯えー。うとうとしながらで良いので、そのままお聞きください。ピルクード公爵との面会は、公爵邸で秘密裏に行います。馬車は魔導閥のものをご用意しますので、ライゼー子爵とベルガリウスさんをそれに乗せ、私も同行します。ルーク様は⋯⋯セルニア様と外で遊んでます?」


「にゃーん⋯⋯そうですねぇ⋯⋯会合での出番はないと思いますので、そのつもりですが⋯⋯」


「わかりました。それから、一つ⋯⋯懸念材料というわけではないのですが、お伝えしておきます。社交の季節にあわせて、ロレンス様の母君、『寡妃』ラライナ様にも、一度、王都へお戻りいただくことになりました。これは御本人の希望ではなく、かつての正妃閥にラライナ様のお元気な姿を確認してもらい、リオレット陛下の側にはもう隔意がないことを示すためです。レッドトマトも安定していますので、今更、暗殺者などが暗躍することはないと思いますが⋯⋯要人には違いないので、警備は万全を期します」


「にゃー」


 うむ⋯⋯ラライナ様の近況は俺も知らぬが、「元気でやっている」というのは、なんとなく把握している。ロレンス様の母君だし、今後も悪さをせず、静かに暮らしてくれればよい。


「そうなると⋯⋯叔父様がまた、ラライナ様のお茶会に呼ばれる可能性が?」


 リルフィ様の問いに、アイシャさんが神妙に頷いた。猫はふかふかの腹をさらしてぐでんぐでんである。


「まず間違いなく。去年のお礼もあるでしょうし⋯⋯クラリス様達がロレンス様の留学に同行している以上、『会わない』と、逆に変な勘ぐりを招きます。軍閥のトリウ伯爵達も会うように勧めてくるはずですから、ライゼー様はおそらく断れません。ルーク様もそのおつもりで⋯⋯」


「にゃーん」


 鳴き声で応じておいて、俺は目をこする。いかん⋯⋯ねむい⋯⋯

 アイシャさんが脱力気味に苦笑し、リルフィ様の寝室から出ていく。


「それでは、私も今日のところはこれで。リルフィ様、おやすみなさい」


「はい、おやすみなさい⋯⋯明日以降、ルークさんのことをよろしくお願いしますね⋯⋯」


 お二人の会話をよそに、俺は夢の世界へと落ちていく。

 今宵見た夢は、「メテオラ温泉でルーシャン様の背中を流していたら巨大なニワトリが突入してきてベルガリウスさんが一騎打ち」という、なかなかカオスなものであった。


 なお、起きたらリルフィ様に抱っこされていた。(いつもの)


いつも応援ありがとうございます!

先週日曜日に、ニコニコ漫画のほうで三國先生のコミック版猫魔導師・26話が更新されました。

ピタちゃんの本格登場回ということで、だいぶモフみの高い内容となっております。

25/12/30までの公開となっておりますので、お早めにご査収ください。


⋯⋯ところでもう師走ですか⋯⋯マジですか⋯⋯最近、月日の流れが早すぎて⋯⋯orz


《追記》

 コミックポルカ公式のほうでも最新27話が更新されました。

 WEB版にはない書籍版からの漫画化シーンでして、モーラーさん(ガチ猫)も一足はやくご登場!

 馬車の窓から街を見学するウサギと猫の絵面もすてきー。

 こちらもあわせて、ぜひご査収ください。

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― 新着の感想 ―
猫の 働きすぎを心配しないといけないとか、社会人に対する 皮肉ですかw。おねむの様子から、結構 疲れてるのかも?。お願いですからぶっつり切れないでくださいね!
いかん……アイシャさん、ラーメンは危険よ!体重的な意味で……マジで(;´∀`) あとコミカライズ版のモーラーさんかわいい!リルフィ様の迫力すご……こんな顔もできたんですね( ꒪ω꒪)
アイシャさんいっぱいでたすかります。 猫神様ありがとう(おがむ)
感想一覧
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