会報八号発売記念SS・古代クマ遺跡の聖獣伝説(序)
※遅くなりました、発売日から一週間経ってしまいましたが(汗)、こちらは会報八号の刊行記念SSです。
時系列は古代クマ遺跡竣工後、8巻ラストで有翼人さん達が移住する前後のお話!
ご査収ください m(_ _)m
(※今週の更新分は一つ前となります)
ドラウダ山地の奥深く⋯⋯
人跡未踏の地に、我々は巨大な古代クマ遺跡を発見した!
「⋯⋯みたいな感じに仕上げたつもりなんですが、どうですかね?」
できたて(※コピーキャット産)のリンゴをしゃくしゃくとかじりながら猫が問うと、落星熊さん達も「ほけー」っとしながらリンゴをお口に放り込んだ。
(よくわかんないけど、地形はだいぶ変わりましたねぇ)
(リンゴの木がいっぱいあるのはいいですねぇ)
(山側にもたくさん生えていてうれしいです)
(水飲み場も大きくて使い勝手がよさそう)
うむ。落星熊さん達の買収はほぼ完了した⋯⋯あと水飲み場ではなく「堀」なのだが、まぁ外周部は好きに使ってもらって構わぬ。
彼らは魔獣ということで、カロリー⋯⋯というか、エネルギーの多くを自然界に満ちる精霊さん達の魔力的なモノに依存している。ゆえに大好物のリンゴでもあまりドカ食いすることはなく、お菓子とかタバコみたいな嗜好品感覚で、ゆっくり味わって楽しむのが一般的らしい。優雅か。
要するに「体格の割に、餌の量はそんなに必要ない」という生き物なので、種によっては荒れ地とかダンジョンとか、餌の少ない環境でも平気で生きていけるのだが⋯⋯
その逆に「街のような自然環境が少ない場所」「空気中に満ちている魔力が薄い場所」では、効率的に魔力を吸収できず、生きていくのが困難になるらしい。上位精霊さん達が街に出現しづらいのも、これと同じような理由であろう。
つまり、山の「魔獣」は基本的に山でしか生きられない。
数日程度なら外部にも出ていけるようだし、いつぞや王都に現れたという「ギブルスネーク」のように迷いでてくる例もあるのだが、「そこで継続的に生きていく」のは無理らしい。魔獣にとって、「魔力の薄い街」とは、「空気の薄い高地」みたいな感覚なのかもしれぬ。
これは魔力を持つタイプの「魔獣」に限定された話なので、普通のイノシシや鹿のような単なる「獣」は人里にも平気で出てくる。
畑も好き放題に荒らすし、農家にしてみると「奥地の魔獣」より、「境界に現れる獣」のほうがよほど厄介なのだ。
ゆえに「地域の害獣駆除」は必須業務だが、「奥地の魔獣討伐」となると一気に優先度が落ちる。ついでに難度もバカ高い。
落星熊さんはギブルスネークと違って空も飛ばないし、『強さ』では最強クラスながら、生息地に近づきさえしなければ『現実的な脅威度』は意外と低いのだ。
そして『獣の王』を使って意思疎通をするにつれ、俺との距離感も急速に縮まった。
「とりあえず、この集落の外側にある木々の果実は好きに食べて構いません。ただ、管理のために人が出入りすることもあると思いますので⋯⋯その時は襲わずに見逃してくださいね。木々にも寿命があるため、タイミングを見て伐採したり植樹したり、未来を見据えて森林を管理していく必要があるのです」
(よくわかんないけどわかりました)
(よくわかんないけど襲わないです)
(よくわかんないけどりんごうめぇ)
(よくわかんないのでもう一山くれ)
⋯⋯まぁ、野生動物だしな⋯⋯過度の信用も期待も禁物である。
しかし落星熊さん達は、以前に噂で聞いていたよりはだいぶ温厚だし、それなり以上に頭も良い。外見は完全にレッサーパンダだが、下手すると前世のレッパンどもより温厚そうに見える。
俺が「獣の王」で対話可能だからそう見えているだけかもしれぬが、ケーナインズも「⋯⋯聞いていた印象とは、けっこう違うもんですねぇ⋯⋯」と戸惑っていた。
「あと、この堀の内側は基本的に私の縄張りということで、あんまり入らないようにしてくださいね。内部の畑や果樹園は、これからここに住む人達が生きていくためのものです。荒らさないでください」
(はい)(はい)(うぇい)(りょ)
⋯⋯微妙に言葉遣いに馴染みのある子がいるな⋯⋯? 別に前世持ちとかではなく、これも『獣の王』の翻訳性能のせいである。友好関係の構築が予定通り進んでいるという証左であろう。
レッパンの一匹が、俺の前でふんふんとお鼻をひくつかせた。
(ところで、おかしら。おかしらもあそこに住むのですか?)
「いえ。私は基本的に、麓の町で暮らす予定ですね。こっちにはたまに顔を出す程度になるかと」
(つまり⋯⋯おかしらがいない時は、われわれがあのナワバリを守れば良いのですね!)
えっ。賢い!?
そういう思考力・判断力がちゃんとあることにびっくりしつつ、俺はこくこくと頷いた。
「そうしていただけるとたいへん助かります! あそこにこれから住む人達は、皆さんよりだいぶ弱いはずなので⋯⋯灰頭狼とか、他の獣からの襲撃も心配の種でして」
(おまかせください)
(われら一丸の毛玉となりて)
(おかしらの眷属をおまもりいたします)
(なのでりんごよろしく)
助かるぅー。
ヨルダ様みたいな達人を除いて、基本的に人は獣より弱い。こっちの世界には重火器もないし、魔獣クラスが相手となると弓矢もだいぶ心もとない。魔導師ならばかろうじて⋯⋯という感はあるが、その場合も接近戦になった時点で詰みである。
落星熊さん達の懐柔はこうして順調に進み、その翌日⋯⋯
レッドワンドの『有翼人の里』へと最初の交渉に出向いたところ、現地の有翼人さん達がいきなり、こちらへの移住を即決してくれた。
⋯⋯もっとゆっくり話を進めるつもりだったのだが! 先方が想定外の緊急事態に陥っており! ちょっと「また後日!」とは言えない雰囲気で!
そんなこんなでみんなを宅配し、慌ててケーナインズと一緒に受け入れの準備を進めていると⋯⋯
夕刻、遺跡の入口付近に落星熊さん達がやって来た。
(おかしらー)(さしいれもってきたー)(これつかってー)
「ほあ!?」
えっ!? そんな社会性まであるんですかこの子達!? 初対面の時は話が通じるかどうかも怪しかったのに!
猫がガチで驚いていると、村長のワイスさんが慌てて駆け寄ってきた。
「ル、ルーク様、この巨大な獣達は⋯⋯!?」
「あ、この山に住む落星熊さん達です! これから皆さんに信仰していただく予定の聖獣でして⋯⋯」
落星熊さん達が差し入れとして持ってきたのは、俺のよく知らぬ異世界植物であった。
ズッキーニのおばけみたいな⋯⋯おそらくウリ科の植物である。
彼らは長さ1メートル近いそれらの実を両手に抱え、どっさりと置いていった。
悠々と山へ戻っていくその背とお尻を見送り、有翼人さん達は唖然呆然である。
さっきまでいた元の集落付近には、大型の獣がまったくいないようだったので⋯⋯単純にびっくりしたのだろう。すでに拝んでいる人までいる。ピタちゃん(ウサギ状態)も手を振って見送っている。
⋯⋯絵面がね⋯⋯童話の世界なんですよね⋯⋯
ケーナインズのブルトさんが何事かと駆けてきて、てんこもりになった謎のお野菜に目を丸くした。
「うわ、ギガントマクラウリですか! すごい量ですね」
⋯⋯「マクワウリ」の偽物みたいな名前だが、むしろズッキーニ系の色と形状である。マクワウリ要素はまったくない。俺が首をかしげていると、ブルトさんがいろいろ教えてくれた。
「普通のマクラウリは、『枕ぐらいのサイズ』なんですが、こいつはそれの巨大版ってことです。ダキマクラウリなんて呼んでいる地域もあるようですね。山の中にはちょくちょく自生していて、獣の餌になってます」
⋯⋯まぁ、小さめの抱き枕ぐらいのサイズ感ではある。ここまででかいと、食用には向かぬ植物だと思われるが⋯⋯
「人間でも食べられるものなんですか?」
「ええ。獣と違って生では厳しいですが、火を通せば普通にいけますよ。ただ、単体では味がほとんどありません。適当なサイズに切ってショーユをつけて焼くか、あるいは他の具材と一緒に煮込むか⋯⋯あ、トマト様とは合いそうです!」
「ほう! それはすばらしい!」
ぺちぺちと拍手して喜ぶ猫を、後から来たハズキさんがそっと抱えあげる。
「わざわざ栽培する人が少ないので、市場にはあまり出回らない食材なんですよね。私も普通サイズのものは調理したことがありますが、ここまで大きいものは初めてです。ルーク様もご存知ないようですので、こちらで色々と調理しておきますね!」
助かるぅー。一回食べればコピーキャットし放題なのだが、未知の食材はそうもいかぬ。
こうして落星熊さん達からのありがたい差し入れは、トマト様スープの具材として有翼人の皆様の晩ごはんになった。
俺も初めて食べたが、食感はやはりズッキーニ系。しかしズッキーニは生食可だったはずなので、明確に違うお野菜である。むしろ冬瓜とも近そうだな⋯⋯?
野菜としての風味、旨味はあまり感じられず、完全にトマト様の味に染まっている。ほぼ水分な感じだが、シャキシャキ感も心地よいし、名脇役といった風格である。普通に出汁で煮ても美味しそう。
「これはなかなか、使い勝手の良さそうなお野菜ですねぇ⋯⋯あんまり普及していないというのが不思議です」
「あー⋯⋯まず、ギガントマクラウリは山奥でしかとれません。平地で育てると、普通のマクラウリにしかならないんですよ」
ほう? それはもしかして⋯⋯
「もしや魔獣ならぬ『魔樹』みたいなものでしょうか? 自然界の魔力を吸って大きく育つ、的な?」
「ええ。専門家ではないので詳しいことは知りませんが、たぶんそんな感じです。あと、平地でも山でも、木のほうはやたらと大きく育つので⋯⋯人の手が届きにくくて収穫が大変なんです」
ウェスティ氏も会話に加わる。
「それこそ落星熊じゃないと届かないような高い位置に実がなるんですよ。はしごを使えば届きますが、一個一個がでかくて重い上に茎まで太くて頑丈なんで⋯⋯ハサミじゃなくてノコギリで切るんです。収穫の手間が割に合わないんで、旅の途中で見かけても、食料に不安がある時以外はスルーしますね」
お二人から解説を聞きながら、俺はしばし考え込む。
つまり、平地で育てると普通のマクラウリになり、山奥の自生だとギガントになる。そしてどっちにしてもかなりの大木、という植物らしい。
こういう山奥での植物生長に関しては、植物の秘めたる力を開花させる類の、こっちの世界独自のトリガーがあるのだろうか?
となれば⋯⋯
「⋯⋯ククク⋯⋯この地で栽培を続ければ、いずれスイカサイズの特大トマト様が誕生する可能性も有り得る、ということ⋯⋯!」
「ルーク。たぶんそれ、大味になってあんまり美味しくないと思うよ?」
今日も今日とて邪悪なスマイルを浮かべる悪辣猫さんに、我が飼い主たるクラリス様から優しくもキレのあるツッコミが入った。リルフィ様もどことなく困り顔で頷いておられる。
うむ⋯⋯大きなトマト様は基本的に美味しいものだが、さすがにスイカサイズまでいくと、まぁ⋯⋯いろいろ無理がありそうかな⋯⋯?
ちょっとつまみ食いというわけにもいかぬし、かじっている間に実が崩れてしまいそうだし、見栄えと収穫量以外のメリットは薄いか⋯⋯でも「加工用」と割り切れば⋯⋯いやいや。不敬である。
下僕の身でトマト様をどうこうしようなどとはおこがましい。それは主君にバルクアップを勧めるようなものだ。
⋯⋯でもちょっとだけ興味あるな、バカでっかいトマト様⋯⋯人類の見果てぬ夢だしな⋯⋯
猫が悶々と思い悩んでいると、ハズキさんが追加でそっと一枚の皿を差し出してくれた。ほこほこと湯気のたつそこには、ぶつ切りにしたトマト様と白っぽいマクラウリがいー感じに盛られ、とろりとしたチーズが絡みついている。
トリュフのように混ざった黒い欠片の数々は、先日、ダンジョンで採取した高級食材、黒帽子キノコであろう。かぐわしい。
「ルーク様。こちら、ギガントマクラウリとトマト様と黒帽子キノコのチーズ炒めです。ぜひご賞味ください」
「これはすばらしい! ありがとうございます!」
まず猫が食う。そうすることで、みんなの分は『コピーキャット』で増やせる。これにより調理者の負担を軽減し、食材も節約可能なのだ。
トマト様巨大化への夢はいったん封じ、新たなメニューに舌鼓を打ちつつ、その日の夕食は和やかに終わった。
そして数日後。
「ルーク様、大変です! トマト様が!」
「えっ!?」
農業研修中の有翼人さんに呼ばれてトマト様畑へ出向くと、そこには⋯⋯!
ハンドボールサイズに巨大化し⋯⋯(歓喜)
その上で、ばつんと皮が弾け、内側から盛り上がるように果肉をさらした⋯⋯(消沈)
傷だらけの、トマト様の悲痛なお姿が⋯⋯!(諦め)
「⋯⋯あー。裂果ですねぇ」
主に水分量の変化で起きる現象だが⋯⋯今回は急激に実が成長しすぎて、皮が耐えきれずに裂けてしまったのだろう。
いや、それでもよくここまででかくなったな!? コミックス一巻の表紙で俺が抱えていたトマト様よりさらにでかい!(メタ発言)
トマト様の未知なる可能性に改めて感動しつつ、俺は裂けてしまったトマト様を両手で抱え込み、遺憾の意をこめてかぶりつく。
裂けてしまった部分は、少々舌触りが良くないが⋯⋯しかしとても美味しいトマト様である。裂けてから時間が経つと傷んだりカビが生えたりしやすいのだが、今はまだ裂けたばかりのようで、風味の劣化もほとんどない。
そう、むやみに大きくなるとこういう問題も出てくる⋯⋯やはりトマト様の適正サイズは「猫でもかじれるぐらい」ということであろう。
泣きながら(※誇張表現)でっかいトマト様をかじる俺を見て、有翼人さんはまだちょっとあたふたしていた。
「あ、あの、ルーク様⋯⋯これは、作物の病気などでは⋯⋯?」
「生育し過ぎて皮が裂けてしまったのでしょう⋯⋯トマト様にはちょくちょくあることでして、病気ではありません。可能なら、こうなる前に収穫するべきなのですが⋯⋯」
俺は集落に併設された、広大なトマト様畑へと視線を向ける。
この他にも小麦とか野菜とか果樹とかいろいろあり⋯⋯さらに有翼人さん達の特殊能力、『植生管理』の影響もあって、人口に比して生産力が過剰というか、もはや収穫の労働力が足りてないというか⋯⋯!
⋯⋯ちょっと調子にのって農作地を作りすぎた。供給過剰である。土質も想定以上に良かったようだし、それこそ「自然界の魔力」の影響もあろう。なんかできる作物がみんなでかい⋯⋯!
足りないよりは全然いいし、将来的には冒険者達も滞在するし、いずれ必要になる余剰ではあるのだが!
このままでは廃棄が発生してしまう。出荷するにも荷馬車の確保&御者の育成がまだであり、現時点では販路もない。
物資はコピーキャットでいくらでも融通できるとはいえ、感情的に、こう⋯⋯せっかくの収穫物を無駄にしてしまうことには抵抗がある!
検討の末、うちの猫さん達に収穫を手伝ってもらい、落星熊さん達にも一部を振る舞いつつ、大半をストレージキャットさんに一時保管することとした。
内部では腐らないし、これらをコピーキャットの材料として活用することもできる。
この物資が巡り巡って「旧レッドワンドへの食糧支援」の一部に活用されることを⋯⋯この時点での猫は、もちろん知るよしもなかった。




