271・魔導研究所の密談
ペルーラ公爵家の四女、セルニア・ペルーラは、城内にある『王立魔導研究所』へ馬車で向かっていた。
今日もエスコート役は軍服姿のランドール・ラドラで⋯⋯二日連続で連れ回してしまったが、一応、士官学校の授業後に合流している。
「ランドール様、お付き合いいただいて感謝いたしますわ!」
「いえ、軍閥の人間が魔導研究所を見学できる機会はあまりないので、むしろたいへんありがたいです」
にこやかに応じるランドールに、セルニアはつい首をかしげてしまった。
「あら? ランドール様は、ルーシャン卿やアイシャ様とも懇意なのではありませんの?」
ランドールが目をしばたたかせ⋯⋯興味深そうに目を細める。
「そうですね。確かに御縁はありますが⋯⋯どうしてそのように思われたのです?」
セルニアは胸を張る。そんなの見ていればわかる。
「昨日のプレオープンでも、先方の対応が慣れていましたわ! ランドール様のお姿を見れば、初めての方は大抵、驚かれるものです。以前から親交があった上で、人目があったから、あえて親しげな対応をとらなかったように見えました!」
自分が「そう気づいた」ことを、セルニアは隠さない。これはいつも世話になっているランドールに対する、自分からの信頼の証でもある。
対面に座ったランドールはくすりと微笑み、ゆっくりと頷いた。
「ご明察です。ルーシャン様やアイシャ様とは、幾度か、宴席⋯⋯のような場でご一緒したことがあります」
やはり噂は本当だった。
宮廷魔導師ルーシャン・ワーズワースは、派閥どころか貴族・平民の違いすら取っ払い、「猫好き」の集まる秘密の会合をたまに開いている――そんな話を聞いたことがある。
その会合では、人に慣れた猫様に触り放題(※ただし猫様が自ら近づいてきてくれた場合に限る)であり、猫様の健康に関する最新の講義や食いつきの良い餌の販売会などが行われているらしい。
中には自分が飼っている猫様とのエピソードを綴ったエッセイや詩集(※同人誌)の頒布を行う者までいるらしく、セルニアにとっては憧れの社交場だった。
ランドールはおそらく、若くしてそこに出入りする資格を持っているのだ。(※誤解)
彼がなかなかの猫好きであることを、セルニアは察している。
昨年の士官学校での学祭の折にも衣服に猫の抜け毛がついていたし、昨日のトマティ商会プレオープンでも、店にいた猫との距離感が実に絶妙だった。たまにアイコンタクトまでしていた。もしかしたら猫の心が読めるのかもしれない。
楽しく雑談をしているうちに、馬車は城門を潜り、王立魔導研究所のある区画へと入った。
「お城の中にトマト様の畑がありますの?」
「研究所の中庭に、希少な薬草を栽培するための畑があるそうですから、その一角を使っているのでしょう。周囲の建物を使って、中庭を覆うように上部へ風魔法の結界を張り⋯⋯空気の動きを遮断して、畑の温度が下がりすぎないように、あるいは上がりすぎないように、日々調整していると聞いたことがあります」
魔法による調整ならば、魔導師が必要になる。維持にかかるコストを思うと、世間には広まりにくい技術だろうが、王立魔導研究所ならば人材は豊富だろう。
馬車が止まり、護衛の従者が扉を開ける。
ランドールがまず降りて、セルニアの手を取り補助をする。
淑女に対する儀礼的な意味もあるにはあるだろうが、そもそもセルニアはまだ子供なので、その歩幅が小さく馬車の段差が怖い。つまり安全策として普通にありがたい。
「セルニア様、どうぞ」
「ありがとうございます、ランドール様!」
見守る護衛達の視線も優しい。今日は聞こえなかったが、たまに「尊⋯⋯」と呟く声が漏れている気がしないでもない。
馬車の到着とほぼ同時に、案内役のアイシャ・アクエリアがポーチへ出てきた。
「ようこそおいでくださいました、セルニア様、ランドール様。師のルーシャンは畑で儀式の準備中です。どうぞこちらへ」
「儀式⋯⋯! それはもしや、猫の精霊様へ捧げる祈りですか!?」
アイシャが返答に惑う。
「⋯⋯⋯⋯そう⋯⋯ですね⋯⋯? そのご認識で合ってはいるのですが、ちょっと、その⋯⋯ご想像されている儀式とは、少し違うかもしれません」
あとは話すより見たほうが早い、ということであろう。
建物に入り、中庭につながる通用口へ至ったところで、アイシャが立ち止まる。
「たいへん申し訳ありませんが、護衛の方々はこちらでお待ちください。機密に属する植物もございまして⋯⋯この先の護衛は、私と職員達が承ります。セルニア様とランドール様のみ、こちらへどうぞ。お茶の用意もしております」
ここはすでに「城の敷地内」であり、こうした護衛の立ち入り不可の区画は他にもある。
慣れている護衛達もあえて逆らわない。敵地であればともかく、城内ともなれば他の不審者などいるはずがない場所である。それこそ野良猫一匹すら入り込めない。
セルニア達が通された薬草畑は、彼女が想像していたよりも背の高い植物が多く、花のない庭園のようだった。
中心部には井戸と溜池、それに隣接した休憩用の東屋がある。
どうやら井戸にポンプ系の魔道具を設置し、溜池の水を必要に応じて汲み上げているらしい。
溜池の水は水耕栽培の区画へつながっており、その一帯は植物の背が低く、視界がひらけていた。
涼しげな水音が心地良い。
「ルーシャン様はどちらにいらっしゃいますの??」
「あそこです」
アイシャが指さしたのは東屋だった。
簡易な囲いはあるが、その高さは背丈に及ばず、人がいれば見えそうな場所である。
セルニアも不思議そうだった。
「あそこですの?」
「⋯⋯ここからだと見えない位置にハンモックがありまして。たぶん⋯⋯くつろいでいると思います」
なるほど、自由人と噂されるルーシャンらしい。
いざ東屋に近づいてみれば、稀代の賢人ルーシャン・ワーズワースは、折りたたみ式のハンモックに寝そべりうたた寝をしていた。
そしてその腹の上には、キジトラ柄の丸っこい猫が乗っている。
のぺっと手足を広げてうつ伏せになり、すっかりだらけきったその姿からは、ルーシャンに対する深い信頼感がうかがえた。
その関係性を微笑ましく、また同時に羨ましく思いながらも、セルニアは首をかしげる。
「⋯⋯あの猫さんは⋯⋯昨日、トマティ商会にいた子ではありませんか? それとも御兄弟とかですの?」
やや珍しい体型でもあったし、さんざんモフらせてもらったので、見間違えるはずはない。ただ「瓜二つの兄弟」という可能性までは捨てきれず、確認を求める。
アイシャが感心の眼差しを寄越した。
「やはりわかりますか。さすが、ご慧眼です。昨日、セルニア様とお会いしたルーク様で間違いありません」
猫に「様」づけとは、いかにもルーシャンの弟子らしい。同じ猫好きとしてセルニアも見習いたいと思う。
こうして話していても、ルーシャン達が起きる様子はない。よほど熟睡しているのかと思ったが、アイシャがそっと答えをくれた。
「あちらの東屋には、密談をしやすいように消音の結界が張られています。大声を出せばさすがに多少は聞こえますが、普通の話し声程度であれば、話が外に漏れる心配はありません。屋根の下に入ると、外側の音が急に途切れますので⋯⋯驚かれませんように」
アイシャに先導されて東屋に踏み込むと、水路からわずかに聞こえていたはずの水音が消え、たちまち静寂に包まれた。
かわりに、静かすぎてルーシャンと猫の穏やかな寝息が聞こえてくる。
⋯⋯いや、寝息どころか。
「むにゃむにゃ⋯⋯我々は⋯⋯我々はようやく、のぼりはじめたばかりなのだ⋯⋯この果てしなく遠い、トマト様坂を⋯⋯! ⋯⋯荷馬車で⋯⋯! 事故らないように⋯⋯! ゆっくりと⋯⋯すぴー⋯⋯」
セルニアは目をぱちくりとさせた。
猫の寝言というものを、生まれて初めて聞いたが⋯⋯だいぶクセが強そうな気がする。
アイシャが目元を覆い、「⋯⋯タイミング⋯⋯」と疲れたように呟いたが、ランドールは意外にも平静で、むしろくすくすと笑いはじめてしまった。
「あはっ、あははっ! ルークさん、挨拶前にいきなりそれは、さすがに⋯⋯」
「⋯⋯ふがっ!?」
ランドールが笑う気配を察したのか、猫が目覚める。
やや寝ぼけ眼で、呆然とするセルニアを見つめ、彼は目をこすりながらあくびをかました。
「あ。これはとんだ失礼を⋯⋯えーと、おはようござ⋯⋯あッッッ!? えっ。セルニア様っ!?」
急に目を見開き、猫はあわあわと両前足を口元に添えた。
ルーシャンも目覚めて、ハンモックに寝そべったまま苦笑いを見せる。
「や、これはこれは⋯⋯ほんの少しだけ午睡をするつもりが、つい寝過ごしてしまったようで⋯⋯失礼いたしました、セルニア様」
ハンモックから降りるのにはコツがいる。老齢のルーシャンは慌てることなくゆっくりと体を傾け、まず足を降ろした。腹の上にいた猫はアイシャが呆れ顔で抱きかかえる。
「⋯⋯ルーク様。どうします? 今からちゃんとご挨拶できます?」
「だ、だいじょうぶです! セルニア様、驚かせてしまって申し訳ありません! 改めまして⋯⋯私、トマティ商会の社長にして、リーデルハイン子爵家でペットをしております、亜神のルークと申します! あ、『猫の精霊』というのは世を忍ぶ仮の姿なもので、世間様に対しては秘密にしていただけると助かります!」
アイシャに抱かれた状態で、猫が肉球を掲げつつ、セルニアに話しかけてきた。
セルニアは反応できない。
目も離せない。
頬は紅潮し、呼吸を忘れ、「はわわ⋯⋯」と震えるばかりである。
昨日のルークもかわいかった。それはもう、間違いなく、手放しで「かわいい」と思った。
だが、今、人のような声で、丁寧にご挨拶をしてくるルークは⋯⋯もはや童話や絵本から飛び出してきたかのような圧倒的ファンシーさを発揮しており、その珍しさ、不思議さもあいまって、この世のものとは思えなかった。
まさに夢見心地で固まっていると、ランドールがアイシャから猫を引き取り、そのまましゃがみ込んで、セルニアの手元へと持ってきてくれた。
「どうぞ、セルニア様。怖くは⋯⋯ないですよね?」
「もちろんですわっ!?」
昨日もモフり倒したルークを、セルニアは改めて抱え込む。賢い猫だとは思っていたが、もちろん人語を話せるほどに賢いとまでは思っていなかった。
昨日とは別の意味で、昨日以上に興奮しながら、セルニアは間近でルークと視線をあわせる。
くりくりとした愛らしいその目には、慌てふためくセルニアの顔がくっきりと映っていた。
「あ、あの。あのっ! は、はじめまして! ペルーラ公爵家の、セルニアと申しますわ! えっと、猫さんは、その⋯⋯社長で? ペットで⋯⋯亜神⋯⋯様? え? どういうことですの!?」
いろいろ混乱はしているのだが⋯⋯なにはともあれ、猫が可愛すぎる。
セルニアの腕の中で、ルークはにこやかに微笑み肉球を掲げた。「優しく微笑む猫」という概念がもう強い。
「メインの肩書きはリーデルハイン家のペットです! 亜神は種族、社長は職業、ペットは本分といったところで⋯⋯とはいえご覧の通りの猫さんですので、猫として猫っぽく扱っていただければと!」
「わかりましたわ!」
はわはわしながらも、セルニアは受け入れる。とりあえず見た目が猫だし、撫で心地は極上だし、猫吸いもさせてくれる。つまり猫である。
ルーシャンが鷹揚に頷いた。
「さすがはセルニア様⋯⋯やはり貴方も『同志』でしたか」
「同志⋯⋯?」
「昨日もお話ししました通り、貴方様からは高い『猫力』を感じます。それこそ、ルーク様にお仕えするに足るだけの――」
「光栄ですわ!」
猫力。確かそれは、「猫様を敬い、大切にする」「人にとってもっとも重要な、生きる指針」のことらしい。
セルニア自身、程度はともかくとして自分が猫好きだという自覚はある。もちろんルーシャンほどの高みにいるとは思っていないが、こういうのは比べるものでもない。「ねこがすき」、その一点だけでも価値観を共有し理解し合えるのは、人として素晴らしいことだと思う。
抱っこしたルークが「えぇ⋯⋯?」と何か言いたげな顔に転じたものの、しかし何も言わずにゴロゴロと喉を鳴らした。
そしてセルニアはランドールを見上げる。
「ランドール様は、もしかして⋯⋯ルーク様のことを以前からご存知でしたの??」
「はい。黙っていて申し訳ありません。ルークさんの正体については、関係者だけの秘密でして⋯⋯世間に知られると騒ぎになってしまいますから」
「私には、どうして教えていただけましたの??」
セルニアにはそれが不思議だった。トマティ商会のプレオープンには呼んでもらえたが、彼女が特に何かをしたわけではない。
腕の中のルークがむにむにと頬をこする。
「理由はいくつかあります。まずセルニア様が猫好きであり、トマト様のことも絶賛していただけたこと。それから先日、ピルクード公爵の発作をおさめた際に、私はうっかり姿を見せてしまいまして⋯⋯プレオープンでもセルニア様とふれあいましたので、いろいろ気づかれてしまいそうな懸念があり、改めて口止めをお願いするため。それから、これが一番大きな理由なのですが⋯⋯セルニア様とは、仲良くしていけそうな予感がありました!」
きゅんときた。
セルニアはルークを抱きしめ頬ずりする。
「嬉しいですわ! お友達になっていただけますの!?」
「にゃーん」
返事はちゃんと猫っぽい。
「それでですね、セルニア様にはぜひ、私の飼い主をご紹介したいのです。会っていただけますか?」
「飼い主⋯⋯? つまり、リーデルハイン子爵家の方でしょうか? もしかして⋯⋯『ドラウダの魔弓』、クロード様ですの!?」
昨年の士官学校・学祭で「ギブルスネーク」を一矢のもとに仕留めたあの勇姿は、セルニアの脳裏に焼き付いている。この場にランドールがいるのも、その縁ゆえかと思ったのだが⋯⋯
ルークは「いえいえ」と肉球を横に振った。
「私の飼い主は、そのクロード様の妹君、クラリス様です。あと、その従姉妹のリルフィ様もですね。クロード様も含めて、現在はホルト皇国に留学中なのですが⋯⋯もう午後の授業も終わっているはずですので、今、こちらに来ていただきますね」
セルニアはかくんと首をかしげる。
ホルト皇国というのは、レッドワンド⋯⋯現レッドトマト商国の向こう側にある国である。
去年までは他国を経由して遠回りする必要があり、確か片道で半年ほどもかかる距離だったはずだが――仮にレッドトマトとの交易路が機能しはじめれば、この期間は三ヶ月以下に短縮できるのではないかとも期待されていた。
⋯⋯が、「非常に遠い」という事実は変わらない。
ルークがセルニアの腕から飛び降り、前足を掲げる。
「そのままで少々、お待ちください。猫魔法! キャットデリバリー!」
場が静まり返り⋯⋯
たっぷり十秒ほども経った頃、足元の石床から、茶色い大きな箱がぬるりと湧き出した。
同時に作業着姿の黒い猫が「にゃーん」と現れる。
彼が差し出した小さな紙に、ルークが肉球でタッチする中、箱はあっという間に消えて、中から知らない制服姿の美しい少女が現れた。
セルニアは「ほああ⋯⋯」と思わず見惚れる。
長めの銀髪に涼やかな目元、優しげな微笑⋯⋯まるで絵物語に出てくる精霊のような存在感だった。
年はセルニアより2つ3つ上と思われる。
彼女は優雅に一礼した後、隣に立つルークの頭をそっと撫でた。
「はじめまして、セルニア様。私はリーデルハイン子爵家の長女、クラリスと申します。お目にかかれて大変光栄です」
貴族らしいその振る舞いに、セルニアも我に返る。
「はじめまして、クラリス様! 丁重なご挨拶、いたみいりますわ! ペルーラ公爵家の四女、セルニアです! よろしくお願いいたしますわ!」
カーテシーの後はドヤ顔で胸を張る。優雅さには欠けるものの、公爵家クラスの子女は「堂々とする」ほうが社交の席では好ましいとされる。
爵位が上の者が堂々としていなければ、それより下の者達はさらに身を縮めていなければならない。
決して「横暴」にはならず、ただ「堂々」と――
それが、セルニアの考える、公爵家子女としての正しい在り方である。
クラリスはやや面食らったようだったが、すぐに微笑み、小さく頷いた。
「ルークから聞いていました。セルニア様はとても明るく、同時に気遣いが細やかで立派なご令嬢だと――ぜひこれから、仲良くしていただけると嬉しいです」
「もちろんですわ!」
互いに握手をかわす。
この様子を見守るルークは、腕組みをしてうんうんと満足げに頷いていた。
そのままセルニア達は、ルーシャンやランドール、アイシャも交えてしばし雑談をする。
ルークとの出会い、彼が今までにしてきたこと、これからしようとしていること――
クラリスの声は聞きやすく、話題は豊富で、またルークの合いの手も楽しくて、予定の時間はあっという間にすぎてしまった。
「今日は遅くなってしまいますので、後日ゆっくり!」
護衛の者達も待たせているため、あまり長居はできない。
後ろ髪をひかれつつも、セルニアはルークに促されるまま席を立つ。
「うぅ⋯⋯残念ですわ。もっともっと、たくさんお話を聞きたかったのですが⋯⋯」
しょんぼり別れの挨拶をしていると、クラリスが制服のポケットから一通の手紙を取り出した。
「セルニア様。こちらの手紙を、なるべく早めに⋯⋯それこそ帰りの馬車で読んでおいていただけますか? 決して、護衛やご家族には見られないように」
「お手紙⋯⋯いま開封してはいけませんの?」
「ええ。この後、すぐに⋯⋯あ、でもランドール様になら見られても大丈夫です」
「わかりましたわ!」
封筒には宛名も差出人も書かれていない。いかにも秘め事のようで、ちょっとわくわくする。
「クラリス様? 何のお手紙です?」
ルークも知らないらしく、ほんのりと不思議そうだった。
「お友達としてのご挨拶だよ。あと⋯⋯ロレンス様からのメッセージも」
「ほほう?」
ロレンスとは、クラリスと一緒に留学している「王弟ロレンス」だろう。会ったことはないが、さすがに名前は知っている。
「ぜったい! ぜったい、またすぐにお会いしましょうね!」
そう願いながらぶんぶんと手を振って、セルニアはランドールと共に東屋を後にした。
護衛とも合流し、帰りの馬車に乗り込むと⋯⋯セルニアはさっそく、預かった手紙の封を切った。護衛達は馬車には同乗せず、馬で並走している。
「ランドール様は、この手紙の内容をもうご存知ですの?」
「いえ。存じませんが⋯⋯予想はついています。きっと、セルニア様にとって嬉しいお誘いですよ」
ランドールはくすくすと笑っていた。
読み進めるうちに、セルニアの目はまたキラキラしはじめる。
要約すると、その内容は以下のようなものだった。
魔導研究所でご馳走になったことにして、今夜はディナーを食べないように。
そして「疲れたから早く寝る」と使用人達に伝えて、早めに自室へ籠もるように。
そうすれば、日が落ちた頃に「迎えの者」がそちらへ行くので⋯⋯今夜の「お祭り」に、こっそりお招きしたい。
おいしいものがたくさん出るので、楽しみにして欲しい。
「ランドール様もおいでになるのですか!?」
「ええ。実は魔族の方が、関係者への連絡に尽力してくださっていて⋯⋯ウィルヘルム様という方です。リオレット陛下の婚約者、アーデリア様の弟君ですので、もしかしたらセルニア様も、昨年のどこかの夜会でお会いになっているかもしれません」
アーデリアならば知っている。魔族というのは初耳だが⋯⋯異国の姫君で、その美しさから社交界でも注目を集めていた。弟の存在も知ってはいるが、話したことはない。
「私とそのウィルヘルム様とで、御寝所に直接、お迎えにあがりますので⋯⋯外出できる姿のまま、お待ちいただければ幸いです」
「わかりましたわ!」
手紙をいそいそと仕舞い、セルニアは公務や家の都合以外での「初めての夜間外出」に胸を踊らせる。
今宵、向かう先は、おそらくルーシャン達が主催する「猫好きが集まる秘密の会合」である。
そこにはセルニア以上の猫好き達が集い、猫様を愛で、奉り、信仰するための祭祀がおこなわれているのだろう。
自分の持つ「猫力」は、まだその会合に出席できるレベルには達していないと思われるが⋯⋯それは今後、伸ばしていけば良い。
常に前向きなそうした姿勢は、セルニアの取り柄でもあった。
小説8巻(11月発売予定)の初校作業+特典SS執筆のため、来週の更新はお休みになります、すみません! たぶん間に合わない!(>Д<)
というわけで次の更新は10/24の予定です。