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270・セルニア様と猫の精霊


 当店自慢の限定メニュー、お猫様ランチを召し上がった後、セルニア様はしばし呆けていらした。


「トマト様とは⋯⋯トマト様とは、こんなにも、調理法の多彩な⋯⋯奥の深いお野菜なのですね⋯⋯」


 うむ⋯⋯お猫様ランチは、たくさんのトマト様アレンジメニューを一口ずつ召し上がっていただけるよう調整した逸品である。

 トマト様を使っていないおかずもいくつかあるが、それらも「トマト様との食べ合わせ」を意識している。たとえばチキンソテーやポテトフライは、お好みでケチャップやバロメソースをつけられるようにしたし⋯⋯今年のうちにメテオラやホルト皇国で生産を開始する「米」をいち早く取り入れるなど、将来に向けた布石も打った。


 ネルク王国の人々にとって、現時点での「米」は「馴染みのない南方の穀物」にすぎないが、その食べ方をうちのカフェで紹介していくことによって、いずれは「交易品」としての価値が出てくる。新しい商材とは商機であり、これは国の経済の活性化につながる。

 数年後のロレンス様の即位に向けて、猫からのささやかな贈り物である。


 また、デザートのスイートポテトも布石の一つであり⋯⋯これはいずれ、アイシャさんのいた孤児院が主導するお店の主力商品にする。

 そっちはアイシャさんに任せているので俺はノータッチだ。当初はプリンなどを扱わせるつもりだったが、水魔法(冷却)を使えるアイシャさんがいないといくつかの工程に無理があり⋯⋯魔道具を買うとなると経営難の孤児院では手が出ないので、設備投資が少なくて済む商材を検討した結果、「スイートポテト」の活用が決まった。


 現在はトマティ商会にて試験製造中という建前であり、イベントのたびにちょっとずつ小出しにして、話題性が出てきたあたりでアイシャさんに専門店を立ち上げてもらう算段だ。具体的にいつになるかはまだ未定である。


 いずれにしても、俺の優先順位第一位はトマト様であるからして――ここでコケると以降の事業計画も狂ってしまう。社員達の生活のためにも、決して失敗は許されぬのだ。


 その意味で、セルニア様の好意的な反応からは、社長としてたいへん勇気をいただけた!


 テーブル上で香箱と化した俺の背を撫でつつ、セルニア様が満足げに微笑んだ。


「ふわぁ⋯⋯おなかいっぱいですわぁ⋯⋯ナナセさん、すばらしいお料理でした! これは王都グルメガイドにも掲載間違いなしですわ!」


「おそれいります。喜んでいただけて光栄です」


 ナナセさんもほっとした様子だ。本社勤務の彼女は、店員さん達の育成には関わっていなかったので⋯⋯やはり多少は不安もあったのだろう。


 紙ナプキン(クロスローズ工房謹製)で口元を拭きながら、セルニア様が居住まいをただす。


「⋯⋯ですが、これほどのポテンシャルを秘めた農作物が、これまで発見されていなかったなんて⋯⋯しかも発見されたばかりなのに、これほど多彩な調理法が確立されているなんて⋯⋯これも『猫の精霊さま』のお導きなのでしょうか?」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ん?

 あれ? そういう設定でしたっけ?

 トマト様の普及に役立つならば神聖存在の関与をほのめかす程度は望むところなのだが⋯⋯セルニア様が「トマティ商会」と「猫の精霊」の関係性をご存知なのは、ちょっと不思議な気が。


 俺が首をかしげていると、ナナセさんが平然と頷いた。


「ピルクード公爵からお聞きになられたのですね。はい、精霊様のお導きは確かにありました。精霊様は、滅多に人の前には姿をあらわしませんが⋯⋯今もきっと、我々を見守り続けてくださっています」


 滅多にあらわれないはずの猫さんは現在、セルニア様に撫でられつつ普通に卓上から見守っているのだが、まぁそれは良い。

 ピルクード公爵から? ⋯⋯あっ(やらかしの記憶)


「公爵閣下から? 猫の精霊様と公爵閣下との間に、何か御縁が?」

 

 ラン様は事情を知らぬ。

 セルニア様も現場にはいなかったのだが⋯⋯たぶん公爵閣下は緊急手術(?)の後に見た光景について、こちらの末娘に話し、「私も見たかったですわ!」とか言われたのだろう。ほほえま。


「実は⋯⋯お父様が先日、胸の発作を起こされたのです。幸いにもナナセさん達が来ていたタイミングで、トマティ商会を守護する猫の精霊さまが助けてくださったそうで⋯⋯」


「にゃーん」(※不可抗力です)


「その精霊さまというのが、二本足で立って喋る、キジトラ柄で丸々としていて、たいへん可愛らしくて手足の短い方だったそうで⋯⋯きっとこの子みたいな感じですわ!」


 あっ。

 あっあっ⋯⋯

 容姿の情報が⋯⋯一致して⋯⋯ああっ!?


 ナナセさんが目を逸らした。「私にはどうしようもないです」「社長の判断を仰ぎます」の意である。

 ラン様もややジト目で俺の背を見ている。「あっ。またなんかやったんだ⋯⋯?」「相変わらず隠れるの下手だよね?」とでも思われているのだろう。ぐうの音もでねぇ!


 まぁ⋯⋯そりゃ公爵閣下も話しますよね⋯⋯猫好きの娘が飛びつきそうな話題ですもの⋯⋯しかもトマティ商会のプレオープンに出向くとなったら、粗相がないようになおさら言い聞かせるはずである⋯⋯

 そしていざ来てみたら、公爵閣下の目撃証言とぴったりな俺が「にゃーん」とのこのこ懐いてきたわけで⋯⋯うむ。


わたくしも、もしその精霊さまにお会いできたら、『お父様を助けてくださって、ありがとうございます』って、ちゃんとお礼を言いたいのです! 猫さん、伝えてくださいますか?」


 セルニア様は俺を撫でながら、にこにことそうおっしゃった。

 つまり俺の正体には気づいていない。たぶんまだただの猫だと思われている。

 この毛並みと撫で心地、ぬくもり、脂肪のつき具合からして、「実体を持たない精霊」となると解釈違いが激しいので⋯⋯しかし『眷属の一匹かも?』とは思われていそう。にゃーんにゃーん。


 ⋯⋯これ、口止めしたほうが良い感じ?


 セルニア様は良い子なので、ちゃんと俺が自己紹介してお願いすれば、秘密は守ってくれると思う。

 そして何より「猫力の高さ」が怖い。称号「奇跡の導き手」さんは、おそらく猫力の高い人を俺と引き合わせる感じの常時稼働型バックグラウンドアプリなので⋯⋯公爵様の発作すら、俺とこの子を引き合わせるための悪さだったのではないかと疑ってしまう。

 いや、そこまではやらぬと思いたいが!

 たとえば「本来、数時間後に起きるはずだった致死性の発作」を、あえてあのタイミングに早めるぐらいのことはやらかしそうなのだ。


 血栓は生活習慣病なので、いつ爆発するかわからない爆弾のようなもの。

 あのタイミングでなければピルクード公爵は亡くなっていただろうし、そうなればセルニア様の将来にも影響が大きかった。この子の母君は後妻さんなので⋯⋯跡継ぎの長男(領地在住)からは、あんまりいい印象をもたれていないらしい。公爵家ともなるといろいろあるのだろう。


 咄嗟の事態だったとはいえ、ピルクード公爵には俺の姿を晒してしまった。

 そんな俺が今日、こうしてセルニア様の接客をしてしまったのは、軽率だったかもしれぬが⋯⋯しかし考え方を変えれば、味方に引き込む良いきっかけともいえる。


 公爵家のご令嬢ともなれば味方にしておきたい人材なのは間違いないし、さて、どうやって自己紹介しようかな⋯⋯

 さすがにこの場で「どうも!」とやるわけにはいかぬので⋯⋯タイミングが難しい。


 しかしこの場には、猫が困っていると助けてくれるおじいちゃんがいる!


「セルニア様、当店のお猫様ランチはお楽しみいただけましたかな?」


 頼もしき『猫の守護者』! ルーシャン・ワーズワース様!

 ちゃんとしたご登場はなんだか久々な気もするが、商会関係の業務連絡や進捗しんちょく確認などで、実は週に二、三度は会ってたりする。いまやすっかり猫のビジネスパートナーである。


 大物との会談に、セルニア様も姿勢をただした。

 爵位こそ伯爵、しかも一代限りであるが、彼は現国王リオレット陛下の師匠であり、さらに王都を救った『猫の精霊』からの加護をも得ている稀代の大賢者ねこずきのおじいちゃんである。

 猫力の面でも、セルニア様より「格上」であり⋯⋯いや、この数値、あんまり高すぎてもちょっとアレっすよ⋯⋯? こーいうのってほどほどが大事よ?


「ルーシャン様、改めて、本日はお招きありがとうございました! お料理は最っっっっ高でしたわ! 限定メニューとのことですが、次はいつお出しになられますの!?」


「お気に召していただけたようで幸いです。いくつか入手しにくい材料もあり、予定は決まっていないのですが⋯⋯それらの材料も今後、トマティ商会にて調達を進めていきます。時期が来ればレシピなども販売いたしますし、公爵家の料理人であれば、いずれ再現が可能になるでしょう」


「素晴らしいですわ! 独占せずに、世に広めるのですか!?」


「当商会の主力商品は『トマト様のバロメソース』ですので⋯⋯こちらのカフェは、あくまでその宣伝のための場です。トマト様やバロメソースの使い方、調理法を世に広めることで、商品としての価値を向上させていきたいのです」


 セルニア様は、ルーシャン様のお言葉に「ほああ⋯⋯!」と感心しきりである。

 普通のレストランであれば、レシピは部外秘なのだが⋯⋯我々は、バロメソースや、続いて開発する予定のトマト様ソース、ケチャップなどを「家庭用」に売り込みたい。

 家庭料理として普及させる以上、レシピの公開は避けて通れぬ道である。


「王都の⋯⋯いえ、ネルク王国の食文化が変わりますわね! あっ⋯⋯でも、やはりトマト様の栽培は難しいのですか⋯⋯?」


「知識は必要ですし手間をかける余地もありますが、他の農作物と比べて特に難しいということはありません。収穫量も多めですし、地魔法、水魔法への反応性も良い。非常に優れた作物です」


 お二人の会話に、ナナセさんはうんうんと頷いているものの、ラン様は苦笑い気味。温度差よ。


 ともあれ、我が主・トマト様を褒め称える会話を間近で聴けて、ルークさんはご満悦である。思わず機嫌良くゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。

 

 こうして新たな信徒を獲得できた瞬間というのは、やはり達成感がすばらしい。

 しかも相手は公爵家のご令嬢⋯⋯!

 ククク⋯⋯トマト様の高貴さと栄養価を、汝の身をもって思い知るが良い⋯⋯安眠にも効果的だよ⋯⋯?


 下僕としては心地良いので、このまま延々とトマト様談義を続けて欲しいのは山々だが⋯⋯セルニア様は、どうやらルーシャン様から聞きたいことがあったようだ。


「ところで、ルーシャン様⋯⋯もし失礼でなければ、一つ、おうかがいしたいことが⋯⋯」


 この子にしては珍しく、おずおずと遠慮がちな問い方。ルーシャン様も不思議そうである。


「なんでしょう? 私で答えられることであれば、どうぞお気軽に」


 セルニア様が両手を祈りの形に組んだ。


「猫の精霊さまのことです! 私も、猫さんは大好きで⋯⋯お父様のことも助けていただきました! だけど、私はその場にいなかったので⋯⋯猫の精霊さまを見ていないのです。もしかなうならば、一度お目通りできないかと――そのための方法をご存知でしたら、ぜひ、ご助言をいただきたく」


 ⋯⋯あまりわがままを言わぬセルニア様が、こういうことを言うのは珍しいのかもしれない。

 ルーシャン様はしばし思案⋯⋯のふりをして、俺からのメッセージを受け取った。


「ふむ⋯⋯見ればセルニア様も、お目通りがかなう程度の猫力をお持ちのご様子」


「猫力⋯⋯? それはなんですの!?」


「猫様を敬い、大切にする⋯⋯人にとってもっとも重要な、生きる指針ともなる志のことです。これを持たぬ者は精霊様へのお目通りはかないませんし、私の弟子達にも常に言い含めてきたのですが⋯⋯昨年、猫の精霊様が実際に顕現されるまでは、弟子達にも信じる者が少なく、たいへん嘆かわしく思っておりました」

 

 ルーシャン様は説得力のあるお声で滔々(とうとう)と語っておられるが、違う違う。そんなメッセージは送っていない。会話の流れで邪教への勧誘をするでない。ルーシャン様はちょっとおちゃめすぎるな?(ドン引き)


 俺の「そういうのはまた今度!」というメッセージにコホンと咳払いをし、本当のメッセージを伝える。


「いかがでしょう? 本日はプレオープンイベントの都合で、私もここから動けないのですが⋯⋯もしもご都合が合うようでしたら、明日の夕刻、王立魔導研究所へいらっしゃいませんか? ランドール様もぜひご一緒に。研究所内のトマト様畑には、猫の精霊様をお祀りしておりまして⋯⋯私が祈りを捧げると、たまにおいでになるのです。そこで祈りを捧げれば、きっとセルニア様の感謝の言葉も届きましょう」


「そんな素敵な場所が!? ぜひっ! ぜひおうかがいしますわ! ランドール様のご都合は⋯⋯」


「夕刻であれば私も問題ありません。ぜひご一緒させていただきます」


 ⋯⋯この場での自己紹介は、護衛の方々や店内の他の客がいるため、ちょっと無理。

 しかし王立魔導研究所であれば、もはや俺の庭も同然である。ルーシャン様のお弟子さん達には「こんにちはー、御用聞きにまいりました!」とご挨拶する程度の関係だし、甘味を配る猫さんとしての地位を確立済みだ。みんな甘味を失いたくないので、箝口令かんこうれいがすごい効果を発揮している⋯⋯


 そしてセルニア様を味方に引き込むと決めた以上、こちらにも相応の「準備」というものがある。クラリス様達にもご相談したいし、年齢的にも、こう⋯⋯お友達になれそうなので(ペットの気遣い)


 セルニア様はクラリス様より2つほど年下だが、ペルーラ公爵家との付き合いは大事にしていきたい。

 特に「ロレンス様が即位した後」のことを考えると⋯⋯


 仮に。もしも。たとえば、の気が早い話であるが⋯⋯

 十年後ぐらいに、即位したロレンス様が、我が主クラリス様を王妃として望んだ場合。クラリス様には「王都における貴族の交友関係」があまりに薄い。


 セルニア様と仲良くなれれば心強い支援者になってくれそうだし、セルニア様を通じて人脈が広がることも期待できる。「お友達のお友達はだいたいお友達」作戦である。実際にはそんなことないのだが、「貴族社会」という閉じられた世界では、割と通用する感覚だ。

 もちろん「お友達の敵は敵」とか「敵の敵はお友達」みたいな、よりめんどくせぇ関係性も生まれ得るのだが⋯⋯セルニア様はその「すぱっ!」とした明るい性格上、敵が少なそう。公爵家という後ろ盾も大きい。というか、これより上は望めない最上位レベル⋯⋯


 ぶっちゃけ、ロレンス様も王都では隠れがちな生活をしていたため、貴族人脈があんまり強くない。年が近くて正妃閥だったはずのセルニア様とも、何故か会ったことすらない。セルニア様がまだ幼くて夜会デビューしていなかったという事情もある。


 お茶会すらなかったのは⋯⋯ピルクード公爵が、ロレンス様の将来を危ぶんでいたからであろう。

 かつてのロレンス様は、内乱とか暗殺とか無実の罪での処刑とか、そういう流れが容易に予測できてしまう程度には危険な立ち位置にいた。


 猫の介入によってこの憂いは完全に取り除かれたが、その矢先に留学してしまったので⋯⋯王都の貴族は今、ロレンス様に接触できないし、ロレンス様も人脈を広げられない。


 この状況への対応は、留学から帰った後で良かろうと思っていたが⋯⋯先に懐柔できそうな人材が向こうから来てくれた。ならばこれは「好機」である。


 セルニア様は、トマト様への尊崇の心、猫への好感度、性格、家柄⋯いずれも問題のない逸材といえよう!

 ⋯⋯猫力はもうちょっと下げてもいいよ? そこは調整の余地があるよ? そこより上は(人として)危ないからね?


 以上の思案をもって、俺は明日、飼い主たるクラリス様を彼女にご紹介することにした。


 セルニア様は「明日の夕刻、王立魔導研究所におうかがいしますわ!」と告げ、ラン様や護衛と共にお店を去った。


 そして閉店後。

 ナナセさん達は「おつかれさまでした!」とシンザキ邸へ戻り、猫はアイシャさんを連れてホルト皇国側へ戻った。


「ルーク、おかえり。プレオープンはどうだった?」


 すでに帰宅していた我が主、クラリス様は、客達にモフられ尽くした俺を抱えあげ、ねぎらってくださった。飼い主からのモフリはまた別腹である。


「大成功でした! それで、実はクラリス様にご相談がありまして⋯⋯」


 セルニア様のことは、先日、公爵閣下の心筋梗塞を治療した後に軽く話しておいたので⋯⋯クラリス様もロレンス様も、方針にはすんなり納得していただけた。「ルークの正体がほぼバレかけているならしょうがない」「いつものこと」とのことで⋯⋯まぁ、ペットのやらかしに慣れるのは飼い主の義務ともいえる。やらかしている自覚はあります。


「しかし、明日とは急ですね? それほどに急ぐのですか?」


 ロレンス様に問われ、俺は神妙に頷く。


「もうすぐ王都で春の社交シーズンが始まりますので、早めのほうが良いかと思いました。セルニア様も年齢からして、そろそろ夜会への参加が増えるはずですし⋯⋯その場で、私に関する曖昧な予測を広められるのはちょっと怖いので、今のうちに口裏合わせをしたいのです」


 クラリス様も嘆息で応じた。


「うん。そのほうがいいと思う。ルークは⋯⋯やっぱり、体型も顔つきも仕草も特徴的だから。特に猫好きの人から見ると、唯一無二っていうか、他の猫とは明らかに存在感が違うし⋯⋯」


 思えばクラリス様との初対面も、トマト様盗み食いからの土下座謝罪だったわけで⋯⋯まぁ、一般的な猫さんのムーブとはほんの少し、「見比べたらちょっと違うかな?」と、わかるかわからないかぐらいの違和感はあるのかもしれない。あくまでほんのちょっぴりである。青酸カリでたとえると小さじ一杯ぐらい⋯⋯(※致死量の数十倍)


 そしてクラリス様は思案顔。


「⋯⋯でも、明日か⋯⋯ちょっと予定を変えないといけないかな⋯⋯」


「え? 明日、何かご予定があったのですか?」


「ううん、こっちの話。大丈夫だよ」


 クラリス様は楚々と微笑んだ。

 この一年で、クラリス様はだいぶ大人びてきた⋯⋯やはり成長期である。前世でいうと小学校の高学年にさしかかるあたりなので、もちろん背も伸びる。言動については以前から大人びていた感もあるが、雰囲気が非常に柔らかくなった。


 これはペットからの影響も少しはあろうが、主には母君のご回復、ロレンス様との交友、留学先での日々が主な素因と思われる。もちろん最大の理由は「トマト様のご加護」であろうが、このまますくすくと、健やかに成長していっていただきたい。

 ⋯⋯猫力はちょっとだけ下げましょうか? アレはなるべく安全圏にいれておいたほうが良さそうなので⋯⋯ひとまずは努力目標ということにしておこう。


 そんなこんなで、明日のセルニア様への接待に備え、俺は今宵もぐーすかと安穏たる眠りについたのであった。


 §


「⋯⋯ルークさんは、お眠りに?」

「うん。もう大丈夫。明日の夕方に、セルニア様とお会いすることになったから⋯⋯帰ってきてからかな?」

「プレオープンさえ済めば、少しは落ち着くかと思っていたんですが⋯⋯ほんと、次から次へと仕事を増やしますよね、ルーク様は⋯⋯!」

「あの性格だ、仕方あるまい。準備はもうほぼ終わっているから、開始時間を少し遅らせるだけで良さそうだが⋯⋯ああ、セルニアという娘も呼ぶのか? 席を増やさんとな」

「実際にお会いしてから決めます。参加してもらえそうなら、一度、ご自宅に戻ってもらって⋯⋯そのまま休んだふりをして、こっちに呼べばよろしいかと」


 魔族オズワルドからの指摘に、飼い主たるクラリスは冷静に応じる。

 亜神ルークの降誕から、ちょうど一年――

 その降誕を祝う内輪の「誕生パーティー」の準備は、本獣の知らぬうちに、水面下で計画通りに進行していたのだった。


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― 新着の感想 ―
セルニア様はまだつるぺたなので肩こりとかの心配も無いからキャットセラピーは背中ふみふみではなくフロント側から子猫たちに囲まれてふみふみこねこねぺろぺろになるんだ…
セルニア様+キャットセラピーは相当にほほえま~な絵面になるのでぜひやるべき
常識獣のルークさんに血圧かコレステロール値みたいな扱いを受けてる猫力さん⋯一応、高い方が運命点が加点されるのに可哀想 確かに高い方々は愚かな人類の閾値を体現する方々だけどさ
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