28・覇道への下準備
ルークさん、今日は朝からご機嫌である。
なんとクラリス様からプレゼントをいただいた。
「首輪と腕輪、どっちにしようか迷ったんだけど……普通の猫ならともかく、ルークには腕輪のほうがいいかな、って思ったから」
そう言ってクラリス様は、俺の左腕に革の腕輪を巻いてくださった。
手首ではなく、肩に近い二の腕のあたり。つまり位置的には腕章に近い。
なんとリーデルハイン家の家紋入り、特注品である。
リーデルハイン家の家紋は、赤地に黒い▼と●を組み合わせたシンプルなもの。
図で描くとこんな感じ。
▼▼
▼
●●
子爵家の場合、「●●」の部分は共通で、それより上の部分はいろいろなパターンがある。
伯爵家だと「●●」の部分が「■■」になり、侯爵家だと「□□」に、公爵家だと「□」に、といった具合。それぞれ配色も変わる。
それに加えて、伯爵家より上には「鷹」とか「熊」とか「花」とか「獅子」とか、その手のワンポイントが目印としてつく。
ちなみに男爵家は家紋を持てない。
そもそもネルク王国における「家紋」とは、子爵家以上の家に王家から与えられる公的な印であり、自分で決めたりもできない。ただ爵位が上がる時、事前に要望を聞かれたりはするらしい。よそと被ってさえいなければ、だいたい希望は通るそーな。
ネルク王家の紋章は更にシンプルで、旗を田の字に四分割してそれぞれのスペースを黒と白で色分けしただけ、とゆー、チェス盤を連想させるものだった。
これは建国の王が「暗黒属性」、その補佐をした親友が「神聖属性」の魔法の使い手だった故事に由来するらしい。
「だったら白黒の二分割でいいのでは?」
とかこっそり思ってしまったが、建国当時は「二分割の国旗は縁起が悪い」とゆー風潮があったとのこと。
……かつて魔族に滅ぼされた「魔導王国」の紋章が、「赤と青」の二分割だったそうな。
以上は博識なリルフィ様からの講義内容である。
リルフィ様は魔法以外の一般教養にも明るく、無知な俺にとってはとてもありがたい師匠だった。今はいろいろなことを学ばせていただいている最中だ。
閑話休題。
クラリス様からいただいた家紋入りの腕輪だが、これがやたらかっこいい。
要するに革製のバンドなのだが、ちょっと心当たりのない「マドゥ」という動物の革でできており、適度に伸び縮みする。柔らかくて動きやすく、こちらの世界では高級な鎧の内張りなどに使われる貴重な素材だとか。
もちろん猫の腕輪程度なら余った端切れで充分なわけだが、ここに家紋を焼印で加工し、更にこちらの文字で「ルーク」と名前もいれていただいた。わぁい。
「うん。似合う」
「ありがとうございます、クラリス様! 大切につけさせていただきます!」
そして直後、リルフィ様からも、おずおずと何かを差し出された。
きれいに折りたたまれた布製品である。ふむ?
「こちらは?」
「あの……クラリス様とも相談して……ルークさんが以前、“野良着”を欲しがっていらしたので……」
猫用の野良着!
俺のサイズに合わせた、頑丈な木綿のシャツ+ズボンであった。
トマト様の摘果や手入れをしていると毛先に土がつきやすく、冗談で「野良着でもほしいですね」的な話はしていたのだが、まさか本当に作っていただけるとは……!
感無量である。
さらに日よけの麦わら帽子もセットでついてきた。
さっそく身につけると、予想以上にしっくりと来る完成度。
ファーマー・ルークさんの晴れ姿である!
サイズはともかく、遠目にはほぼ完全に農夫であろう。あとは首に手ぬぐいをかければ万全だ。
クラリス様は何か思うところがあったのか、しきりに頷いていらっしゃる。
リルフィ様も、今日はハイライトさんがとても良い仕事をされていて、おめめがキラッキラである。
「……猫用の服……商機の予感……」
「ルークさんかわいい……かわいい……すき……」
クラリス様の呟きは聞かなかったことにしよう!
……お貴族様の飼い猫の皆様、すまん。俺のせいで貴方達にとって鬱陶しいムーブメントが起きてしまったら本当にすまん――
ファーマー・ルークさんの勇姿は使用人や庭師の皆様にも概ね好評であった。
庭師のお爺さんに至っては「その麦わら帽子はクラリス様に頼まれて俺が編んだんだ。いい仕事だろう?」とドヤ顔で言われた。いい仕事です!
さて、ここまで未登場であった庭師のお爺さん。
お名前はダラッカさんという。
語る機会を逸していたが、俺とは割と仲良しだ。
トマト様に関する技術指導は基本的にこの庭師さんを通じて行うことになっており、最初は少し戸惑いもあった様子だが、互いの知識をすり合わせていく過程で気に入っていただけた。
今では俺の作り出した酒のつまみ的な珍味を共に味わう仲であり、料理人のヘイゼルさん、ロミナさんご夫妻と共に、トマト様の覇道を支える心強い味方である。
で、このダラッカさん、このあたり一帯の職人さん達の中では年嵩でもあり、更に「領主の庭の番人」という立場上、なかなか顔が広い。
屋敷に出入りする職人さん達とはもちろん顔見知りだし、町にある小規模な工房などについてもよくご存知で、それらの人々の技術レベルまで概ね把握されている。
そんな彼を見込んで……専用の野良着をいただいたその日、俺は彼にある相談を持ちかけた。
「ダラッカさんの知り合いで、金属系の魔道具の製作ができる職人さんっていませんか? リルフィ様は魔法水の製作はお得意なのですが――」
魔道具の製作は適性に縛られる。
たとえばリルフィ様は水属性の適性があるため、香水とか魔法水の製作に向いておられるのだが、金属加工はできない。
金属を魔道具へ加工するには、「地属性」と「火属性」の双方の才が必要であり、これは割と珍しいとのこと。
なので、金属系の魔道具職人は希少価値もあって厚遇される。
ちなみに風属性だと織物への適性があるとか。
植物の繊維は風属性の魔力と反応が良いためらしい。
つまり魔道具と一口に言っても、製作者の適性次第で作れるものに違いが出てくる。
なお、リルフィ様がお得意とされている「魔法水」は、枯渇した魔力を少量回復させるドーピング剤とゆーか魔力補給薬で、効果は確実なのだが……なにせ魔導師そのものの絶対数が少ないから、需要がさほど大きくない。
それでも製作には「水属性」+「神聖属性」の両方の才が必要な上に、薬学の知識と材料も必要とゆーことで、作れる人材も少ないため、そこそこの高値でさばけるとのこと。
ダラッカさんがわずかに唸った。
「金属系か。うーん……いないこともないが、トリウ伯爵領に住んでいるからちと遠いな。多忙だろうし、気軽にこちらへ呼ぶわけにもいかん。何か注文したいならこちらから出向く必要がある。どんな用件だ?」
「注文……というか、相談なのですが……食品を輸送するのに使う、金属製の筒を作りたいのです」
人、それを「缶詰」と呼ぶ。
こちらの世界には「瓶詰」はあるのだが、缶詰がない。そして瓶詰はコストも安くないし、落とせば割れるし、何より重量がかさむ。
運ぶのが「酒」などであれば樽を使うところだが、俺の狙いは保存性のいい「ホールトマト」、及び「トマトソース」だ! ついでに「ドライトマト」は箱詰か袋詰でいけるハズだが、こちらの世界での密封技術についてはもう少し研究したい。
もちろん魔道具の「缶詰」が欲しいわけではない。そんなもん瓶詰以上にコスト高である。
欲しいのは「缶詰を作れる魔道具」、つまり缶詰製造機。
前世では、初期の缶詰は手作業でハンダづけしていたはずだが、こっちでハンダを扱うのは大変だろうし、俺もあまり詳しくない。
しかしこちらの世界には「魔法」がある。
金属を缶詰の形状に加工し、密封、殺菌までこなせる魔力で動く機械……もしそんなものを実現できれば、トマト様の覇道にまた一歩近づける。ライゼー様の特産品戦略にも有用だ。
しかしこれはかなり面倒な長期の開発になりそうだし、できれば領内の人材にお願いしたかった。
「食い物を運ぶのに使う金属の筒? 妙なことを考えるんだな。瓶じゃ駄目なのかね?」
「しばらくは瓶で対応するつもりですが……将来的には必要になると思うんです。できれば領内の人材にお願いしたかったんですが……」
ダラッカさんも頷いた。
「確かに、何か新しいことをやりたいなら、よその連中に任せるのは良くない。成果が出ても自分とこの領主には逆らえんから、本人達の思いとは関係なく、貴族に横取りされやすいんだ」
やっぱりそうかあ……
どっかに良い人材が転がっていないものか……
適性なら「じんぶつずかん」で調べられるし、ちょっと町をうろついて探してみよーか。
しかし火属性と地属性の両方に才能があって、なおかつ魔道具の製作までできそうな人がそう簡単にいるはずもないし……徒労に終わりそうだ。
先日会った魔族のウィルヘルム君でさえ、火、水、風の属性は持っていたが、地属性はお持ちでなかった。
やはり「人材」は貴重である。コピーキャットはちょー便利だが、俺一人ではどうにもならんことも多い。
「うちの領地に来てくれそうな、金属系を扱える魔道具職人さんとか……いないですかねぇ。職人の卵とかでもいいので」
ダラッカさんはしばらく考えた末――
ぽん、と軽く手を叩いた。
「ベテランの職人を引き抜くとなると、領地間の軋轢もあって難しいが……王都の職人街に行けば、師匠の元から独立して貴族に雇われたいなんて連中がいるかもしれんよ」
就職前の学生さん、もといお弟子さんをスカウトする作戦か!
俺には「じんぶつずかん」があるし、これは勝算があるかもしれない。
「とはいえ、腕のいい弟子達にはとっくに貴族のパトロンがついていたり、あるいは工房の跡継ぎになることが決まってたりと、一筋縄ではいかんだろうけどな。誰でもいいって話でもない」
「もちろん、技術と才能は必須ですよね。やっぱりそういう人に来てもらうには、結構な報酬額が必要なんでしょうけれど……」
「確かに報酬も厳しいが……このリーデルハイン子爵領は田舎だし、王都の魔道具職人達から見れば、あまりいい条件の職場とは言い難い。俺みたいな庭師と違って、魔道具職人ってのは研究者みたいなところがあるから、技術の最前線から離れたがらないんだ。どの国でもだいたい、腕利きの職人は王都付近にいたり、伯爵家以上の貴族に仕えている。そもそも引く手あまただろうし、簡単に人材が見つかるようなら、とっくにライゼー様が連れてきているさ」
ダラッカさんからのご助言はたいへん参考になった。
つまり候補者に対し、この子爵領に来たくなるような「魅力」を提供できれば良いわけだ。
トマト様を始めとする未知の食材が、その動機になってくれれば言うことなしである。
(となると……できれば俺も、王都に行きたいなー……)
職人街で良さげな人材の目星をつけるのに、「じんぶつずかん」は最適である。
ライゼー様が王都へ行く機会がもしもあれば、俺もただの猫のふりをして同行させてもらおう。優秀な魔道具職人は手元に欲しいだろうし、賢い方なので事情を説明すれば賛成してくれると思う。
そして俺は、ひとまず夕食後にライゼー様とお話する約束を取り付けたのだった。