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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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266・レスキュー! 三毛猫衛生部隊


 ⋯⋯かつて、猫が元気にご挨拶したらびっくりして失神してしまった人がいた。

 ホルト皇国の外交官、リスターナ・フィオット氏である。バロウズ大司教猊下もちょっとヤバかった。


 あの時にルークさんは「猫が急に飛び出して、人を驚かせてはいけない」という大切なマナーを学んだ。人類側も猫を驚かせぬよう気をつけて欲しいものだが、まぁそれはそれとして。


 あのリスターナ氏は心労こそ溜まっていたが、まだ中年世代でそこそこ健康体でもあり、また「長旅」をこなすための体力維持もおこなっていた。ジョギングとか弓の練習とかですね。


 そして今、彼はホルト皇国側で、ネルク王国担当外交官としての通常業務に加え、「オズワルド様、トゥリーダ様とも関係があり、彼らと親密に会話ができる有識者」として、各所から引っ張りだこ状態。会議やら会談やら報告やら相談やらに日々駆り出されている。だいぶお忙しいが、ちゃんとお元気で活躍中である。その多忙さはどっかの猫さんのせいなので、娘のベルディナさん経由でたまに差し入れもしている。申し訳ねぇ。


 ⋯⋯さて、本日はここに、「猫がご挨拶をしていない」のに、急に胸を押さえて苦しみはじめてしまった公爵様がいるわけなのだが⋯⋯


「ッ⋯⋯!? ね、猫魔法! 三毛猫衛生部隊、緊急出動ッ!」


『にゃー!』


 会談と並行して『じんぶつずかん』を確認していた俺は、迷うことなくこの指示を飛ばした。


 ブラジオスさんとナナセさんが「えっ!?」って驚いているが、のんびり毛繕いとかしている場合ではない!

 

 心筋梗塞は時間との勝負である。状態にもよるが、重症であれば早急に血栓を除去しないと心筋の壊死が始まってしまう。

 前世ではなるべく一時間以内、遅くとも六時間以内にカテーテルを挿入し、血栓の除去をするのが生存の鍵だった。


 心筋は血流が止まると二十分前後で壊死しはじめる。三、四時間以内に血流を回復させれば、この壊死の進行をある程度は止められるのだが、六時間を超えるともう回復しない。

 そうなれば死亡率は跳ね上がるし、仮に一命を取り留めてもきつめの後遺症が出る。


 さらに恐ろしいのは、心筋梗塞の後に心室細動を起こしてしまった場合で――つまり血流が止まったショックで心臓が痙攣を起こし、ポンプとしての役割を果たせなくなってしまうのだ。

 

 こうなるとあっという間に意識を失い、数分以内にAED(除細動器)を使用しなければ死に至る。この心室細動は、血栓以外に「強い衝撃」などで引き起こされることもあるし、ガチで原因不明のまま起きてしまうこともある。部活中の学生など、若くて健康な人でもたまに起きる恐ろしい症例なのだ。

 ピルクード公爵の場合、まだこの心室細動は起きていない。つまり現時点では電気ショックなども意味をなさない。


 ネルク王国にカテーテル技術などはまだ存在しない。他国はどうかわからんが、たぶんないと思う。

 すなわち心筋梗塞の致死率はめっちゃ高く⋯⋯心室細動に至ってはできる対応が心臓マッサージぐらいなのだが、その知識すら普及しているかどうか怪しい。ラズール学園ならちゃんと医療系の講義で教えるのだろうが、ネルク王国は学問的に後進国である。


 ⋯⋯ともあれカテーテルがない以上、どう対処するかが大問題!


 回復魔法はあまり意味がない。あれは「人体の自然治癒力を強化する魔法」なので、「血栓」という物理的な事象をどうこうできる気がしない。

 たとえば心筋の壊死を遅らせたり、発作がおさまった後に前世よりも効果的に回復させたりはできそうなのだが⋯⋯「血栓の除去」といった外科的対応は無理だろう。

 別の例だが「結石」などにも効果がないどころか、むしろ石を大きくしてしまう危険性すらあるらしい。普通の病気に使うと病原菌がヒャッハーすることも多いようだし、アレは意外と使い所が難しいのだ。


 ならば血液をサラサラにする魔法とか⋯⋯? しかし副作用で脳出血とかが起きたら終わる。それこそ回復魔法で血管を塞ぐという手段はとれるが、魔法で血液をどうこうするのはそもそも怖すぎる。


 咄嗟に姿を現したはいいものの、猫があたふたと次の指示に迷っていると⋯⋯


 応接室の扉が開き、「公爵閣下!」と叫びながら、隣室に控えていた護衛の兵達が突入してきた。

 対応めんどくせぇからしばらく寝てろ! ⋯⋯と思った直後、彼らは忍者剣豪・梅猫さんの一閃によって昏倒させられ、そのまま扉付近に折り重なる。


 ねこしらない。そっちは俺のせいじゃない。今はそれよりも大事なことがある!(現実逃避)


 ついでにびっくりして動けないメイドさん達も悲鳴をあげているようなのだが、黒猫魔導部隊が素早く防音障壁を張ったため、声が周囲に響いていない。気が利く。


「と、とりあえず、血栓をなんとか⋯⋯!」


 立て続けの事態に困惑し、わちゃわちゃと無意味に前足を動かす俺の前に⋯⋯三毛猫衛生部隊のナイチンゲール風・三毛猫さんが、赤っぽい小さな小さな細長い塊を、そっと爪の先に載せて差し出してきた。

 なんです?


『にゃーん』(こちらが取り出した血栓です)


 ?????


 あれかな? 生放送の料理番組で「これをオーブンで三十分焼きます」「できあがったものがこちらになります」的なやつ? いわゆる仕込み? ではない? あ、本物?


 わけがわからず戸惑う猫さんの前で、ピルクード公爵が呆然と俺に視線を向けた。

 彼はもう苦しがっておらず、自身の胸を不思議そうに手で押さえながら、少し深めの呼吸を繰り返している。

 その周囲に集った五匹ほどの三毛猫さん達が、それぞれ『治って良かったですねぇ』と言わんばかりに肉球で体をてしてし⋯⋯


 そっか⋯⋯外科手術とかしないでもとれちゃうんだ⋯⋯? 転移魔法の応用? あるいは念力的なヤツ? それとも血管内にちっちゃな亜空間とか作って、血栓だけこっち側に取り出したのかな⋯⋯? いやほんとにどうやったの⋯⋯?(恐怖)


 理屈はさっぱりわからんが、さすがは医療技術に特化した(という設定の)部隊である⋯⋯「血栓を取り除かなきゃ!」という俺の意思に従って「じゃあとりますねー」ぐらいのノリでカンペキに実行してくれた。こわい。ほんとこわい。俺があたふたしてる間に一体何を⋯⋯?


 猫がフレーメンしていると、ピルクード公爵が途切れがちな震え声を紡いだ。


「ま、まさか、猫⋯⋯猫の⋯⋯精霊⋯⋯? 昨年、王都を救ったという⋯⋯ルーシャン卿を、守護していると、噂の⋯⋯」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ひらめいた!(しばし逡巡の後)


 幸い、うちの社員さん達もどうしたらいいかわからず完全に固まってしまっているので、このまま公爵様の誤解(?)に乗っかろう。


「どうもどうも! 私、猫の精霊の一匹です。今回はこちらのお二人を見守る目的でついてきたのですが、目の前で急に公爵閣下が倒れてしまわれたので⋯⋯どうやら血の塊が心臓の血管を塞いでしまったようなのですが、幸いこちらで対処可能だったため、僭越ながら介入させていただきました。引き続き商談のほうをよろしくお願いいたします!」


 ぺこりと一礼し、シュバッと身を隠す。


 あとはまかせた!(丸投げ)


 ⋯⋯ひらめいた結果の行動がコレか? ほぼ逃亡では?

 

 ついでに証拠品となる血栓はテーブルの上に置き捨てた。医療関係者が見れば「⋯⋯⋯⋯どうやって取り出したんです???」となるだろうが、もはや『猫の精霊の仕業』ということにするしかない。

 ここで公爵に死なれてしまうと「商会の者が暗殺したのでは!?」とか疑われてしまう可能性まであり、そうした冤罪を防ぐためにも、俺が公爵本人に「どうも!」とやる必要があったのだ。丸投げした後で今そう思いついた。


 ⋯⋯姿を見せずにこっそり治療すれば良かった? いや、だって急でしたし⋯⋯そんな咄嗟の判断を、猫さんに求められても困る⋯⋯


 昏倒していた護衛の人達も身を起こし始めた。梅猫さんはてかげんが抜群に上手いので、怪我などは見当たらない。

 状況はまったくわかっていないようだったが、彼らに向けて公爵本人がすぐさま命令する。


「⋯⋯こちらは問題ない。何も、問題ない。少し驚いただけだ⋯⋯彼らとしばらく密談をするから、隣室の待機も解いて、徹底した人払いを頼む。誰にも我々の話を聞かせるな」


 ピルクード公爵が真顔で下した指示に従い、護衛の人員は「ハッ!」と敬礼し廊下へ出た。驚いていたメイドさん達も、わけがわからぬまま部屋から離される。


 ⋯⋯この公爵閣下、なかなかすごい。部下達の統制がとれている。

「主人の命令を無視して来客に詰め寄る」だとか「主人の身を心配して会談を中止させる」とか、あるいは「状況の説明を求めて居座る」とか、そういう無駄な動きを臣下に一切させず、きちんと一発で命令に従わせた。

 臣下達からの信頼も得ていなければ、なかなかこうはなるまい。


 ピルクード公爵が改めてナナセさん達に向き直る。


「⋯⋯見苦しいところを見せた。どうやら⋯⋯猫の精霊様と、その加護を受ける貴殿らに感謝しなければならんようだ。以前からたまに、胸が痛むことはあったのだが⋯⋯今のは少々どころでなく、命の危機を感じた」


 トマト様を⋯⋯トマト様を食べるのです⋯⋯

 トマト様に含まれるリコピンには抗酸化作用があり、動脈硬化を防いでくれます⋯⋯

 心筋梗塞や脳梗塞につながる動脈硬化を防げれば、このようなことはそうそう起きません⋯⋯

 トマト様を食べるのです⋯⋯食え。もっと食え⋯⋯貪るよーに食うのだ⋯⋯


 狂信者の目でこっそり念波を送るルークさんをよそに、ナナセさん達は真面目なお話を始めてしまう。それよりトマト様の宣伝しよ? ね?


「いえ、ご無事で何よりでした。猫の精霊様は神出鬼没⋯⋯我々でもそのご加護を予見できないのですが、実は幾度も助けていただいております」


 ナナセさんが話を合わせれば、ブラジオスさんもこれに乗っかる。


「精霊様もおっしゃっていましたが、当商会は宮廷魔導師のルーシャン様と関係が深く、従業員とその周囲にも精霊様のご加護が及ぶことがありまして⋯⋯」


 うむ。そういうことにしておけば、今後、うちの猫さん達が商会絡みで暴走しても、「ルーシャン様への加護ですから!」ということで説明がつく⋯⋯公爵様は「うわぁ⋯⋯」って顔でやや引いているが、「猫の精霊の眷属」に救われた身として、今後は彼にも「変な噂が出た時の火消し役」を期待したい。


 水を飲み、数度の深呼吸を重ねた後⋯⋯ピルクード公爵は、脱力してソファに身を預けた。


「想定外の事態になってしまったが⋯⋯トマティ商会の方々には、聞きたいことがいくつかある。そちらもわざわざこちらへ挨拶に来たからには、私との会談も想定済みだろう」


 ⋯⋯ダンジョンのことがありますからね⋯⋯スルーしてもらえるとは思ってませんでしたけど、急性心筋梗塞は本当にガチで想定外なんですよね⋯⋯


「改めて、話を聞きたい。時間はあるかね?」


 もちろん本来ならば、時間の有無に関わらず、我々に「公爵様の予定にあわせる」以外の選択肢はない。これに勝る優先順位の用事などあるわけがない。


 なのにわざわざ、彼がこう聞いてきたということは⋯⋯公爵閣下はこちらに対し「貴殿らをただの商人・商会とは思わない」「神聖なる存在からの加護を受けた者として遇する」と、意思表明をしたに等しい。


 公爵家から引き出した譲歩、その歩幅の大きさに、ナナセさんは一瞬だけ震えたものの――すぐに営業用スマイルを浮かべ「もちろんです」と応じた。


 ⋯⋯あ、社長は適当に、扇子とか振りまわしながらダンスで応援しておきます!(ノイズ)



いつも応援ありがとうございます!

三國先生のコミック版・猫魔導師五巻の発売日がいよいよ来週に迫ってきました。

表紙はアイシャさん!

店舗特典はイラストペーパーとのことで、こちらは公式サイトか三國先生のXついったーをご参照ください。

各応援書店様がハンモックルークさん、

TSUTAYA様がアイシャとルークさん、

メロンブックス様が水着リルフィ様とルークさん、

ゲーマーズ様がおめかしクラリス様と正装ルークさんとのことで⋯⋯!

店頭でお見かけの際はぜひよしなにー。


そして台風も来てますので、皆様どうかご安全に⋯⋯

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― 新着の感想 ―
三毛猫衛生部隊「無茶で無謀と笑われようと 意地が支えの医学道! 血栓があったら殴…不思議パワーで取り出す! 道がなければ この手で作る!私を!私達を誰だと思っていやがる!」
猫さんだし仕方ないね( ´∀`)
うーん。 猫達の正体って自身を元にした精霊ってことで、役割に応じてアカシック接続が可能かつ個別の意識をもった存在ってことかなぁ。 猫魔法そのものってか、猫魔法を使って役割を持たせた眷属を生成してる気が…
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