264・新素材は刺さる人には刺さる
翌朝、猫さんはキャットシェルターに泊まっていたオズワルド氏と向かい合い、焼き魚と白米、味噌汁、漬物などをメインとした古式ゆかしい朝ごはんを食べていた。
ブラジオスさんとナナセさんはシンザキ邸のほうで食べている。俺の分も用意してくれるとの話だったが、猫用ごはんはちょっとハードル高めなので⋯⋯『食べ慣れているフードを持ってきていますから』と、丁重にお断りしてもらった。塩味がね⋯⋯うっっっっっすいんですよね⋯⋯
ホルト皇国側でクラリス様達の朝ごはんもぱぱっと準備してきたので、今日はこのままナナセさんの挨拶回りに同行する予定だ。飼い主が学校に行っている間はペットもちゃんと働いているのである。決してクーラーのきいた部屋でぐうたら寝ている子ばかりではない。
⋯⋯働いている例のほうが少数⋯⋯? そんなことないでしょ⋯⋯警察犬とか⋯⋯盲導犬とか⋯⋯おさんどん猫とか⋯⋯
「ほう。今朝はナスとトマト様の味噌汁か。これ旨いよな」
「おいしいですよねえ。私も大好きです」
本当は夏から秋が旬のメニューなのだが、コピーキャットでいつでも食えるのは助かる。
オズワルド氏も最近はすっかり和食に慣れてきて⋯⋯いや、慣れるほど一緒にメシ食ってるってすげぇな!? 友人の家にふらっと泊まる大学生みたいな感覚になりつつある。
トゥリーダ様の外交騒ぎの後、少しの間は留守にしがちだったが、どうやらサクリシアからは撤収したらしい。
「サクリシアのほうは結局、どうなったんです? トゥリーダ様を狙った首謀者の粛清とかは⋯⋯」
「⋯⋯あっちは一時保留⋯⋯というか、とうとう足取りを掴めなかった。商会の場所は把握しているんだが、基本的にずっと不在で、日頃は部下が業務を回しているらしい。少し思うところもあって、今、手出しするのは危ういと判断した」
ほう? 魔族が「危険」などと認めるのはよほどの事態だが⋯⋯確認したほうがいいよね、これ?
「危険とは穏やかでないですね。相手は商人では?」
ズズズッと味噌汁をすする猫に、オズワルド氏が溜息を返す。
「サクリシア方面担当の部下から止められてな。『あの女は危険だから、近づかないほうがいい』と⋯⋯もしかしたら、本人か周囲の誰かが『人心操作』系の特殊能力を持っている可能性がある。サクリシアにも邪神が眠っているから、魔族としては刺激を避ける意味で強襲しにくい地域でもあるし⋯⋯魔族を操るレベルの特殊能力持ちがそうそういるとは思えんが、たとえばルーク殿のように、潜伏中の亜神が水面下で協力している可能性などもゼロではない。身の隠し方も不自然なほどに上手いし、対処を急がず機会を待つことにした」
⋯⋯うむ。この世界、突発的にわけわからんのが湧いてくるという点は、ルークさん自身が実証してしまっている。
転生者もそこそこ紛れているし、現地人の中にも、たとえばパスカルさんのような特殊能力持ちがたまにいる。
オズワルド氏自身、軽い気持ちでリオレット陛下を狙撃しようとしたら猫に「にゃーん」されてしまった立場なので、以前よりも慎重さを意識するようになったのだろう。俺との出会い(接敵)から学びを得たか。
「ああ、そういえば、ヘンリエッタ嬢からも改めて挨拶されたぞ。いろいろと上手い具合に魔王様に報告するから、協力して欲しいとのことだ。報告書の内容もルーク殿が監修するそうだが⋯⋯忙しくないのか?」
「それに関しては、ヘンリエッタ様に原案を出してもらいつつ、並行してリルフィ様に調整してもらった上で、私が最終チェックをする流れになっています。今頃はホルト皇国で作業してくれている頃かと」
「ふむ⋯⋯あの娘のことだから、怠けてリルフィ殿の膝枕で寝ていそうな予感もあるが⋯⋯」
「あはは、まさかそんな。いくらリルフィ様が、頼まれたら嫌とは言えないタイプだからといって、そこにつけ込むような真似は――」
⋯⋯しそうだな? あのすちゃらか魔族なら絶対やるな?
あとは本人にそれを言い出す度胸があるかどうかだが、リルフィ様のことだから、ヘンリエッタ嬢が「つかれたぁぁぁーーん! もぉぉぉー!」みたいに駄々をこねたら、気を利かせて「⋯⋯少し、おやすみになりますか⋯⋯?」ぐらいのことは言うであろう。隙だらけか。
まぁ、仲良くやってくれるなら猫はそれで良い⋯⋯リルフィ様にはお友達が必要であるし、ヘンリエッタ嬢ならばボディガードも任せられる。
「ところで、昨夜は途中で寝てしまったんだが⋯⋯ブラジオスとここの会長との会談は、だいたいうまくいったのかね?」
「はい! 木彫りの熊さんと猫さんをプレゼントした後、最後にトマト様のバロメソースも渡してもらったのですが⋯⋯なんか不思議そうな顔をしてましたねぇ」
去年、シンザキ商会がアイシャさんから受け取ったバロメソースの試供品は「瓶詰め」バージョンであった。
そして昨夜のお土産は「ペーパーパウチ」版。
率直に「なんだコレ???」という感じだったのだろう。
紙のようで紙ではない。布や獣の革でもない。ビニールはそもそも存在しないし、ゴム系素材ともなんか違う⋯⋯混乱するシンザキ会長に、ブラジオスさんは「特殊な材料と製法で作った防水性の高い紙です」と簡単に説明していた。
お酒も回っていたし夜も遅かったので、そのままぬるっと解散したが⋯⋯
一夜明ければおそらく、あの「シルバーシート」のヤバさにシンザキ会長も気づいているであろう。
バロメソースは素晴らしい商材だが、要するに僻地の特産品にすぎないので、シンザキ商会その他の商人達にとっては所詮、「よそのヒット商品(予定)」である。つまりあんまり関係がない。
しかしペーパーパウチは、「物流の在り方を変革しかねない新たな包装技術」であり、他の商品にも流用できる。
一般消費者にとっては中身のバロメソースのほうが重要なのだが、商人達へ与えるインパクトはペーパーパウチのほうが上だろう。なにせ重い瓶詰めをコレに切り替えるだけで、単品ごとの重量が激減し、馬車に積める品数がその分だけ増える。衝撃による破損リスクも減るし、小売の現場でも品は軽いほうが扱いやすい。
数年レベルの長期保存には向かぬし、中身が見えない、使い回しもできないという弱みはあるため、瓶詰め側の需要もなくなりはしないだろうが⋯⋯「開封した日に使い切る」、あるいは「別の容器に移し替える」タイプの商品であれば、それらのデメリットも無視していい。
「瓶より軽い」「破損しにくい」というのは、それだけで大きすぎるメリットなのだ。
既存の瓶詰め製造業者にとって、当商会の「シルバーシート」の登場は無視できない衝撃であり、下手すると関連業界で需要減からの淘汰が進んでしまう。
ペーパーパウチの技術を即座に広げないのには、技術が浸透する猶予期間を長くとって、いろんな影響をなだらかにし、なるべく軟着陸に持っていきたいという目算もある。うちのせいで瓶詰め業者が首をくくった、みたいな事態が起きたら目もあてられぬ。
オズワルド氏も思案顔で味噌汁をすする。
「ふむ。そういえばあのペーパーパウチとやらを、王都で関係者以外に見せたのは初めてか。しかし、要するにただの防水性の高い袋だろう? そんなに驚くようなものなのかね」
オズワルド氏のこの意見は、ある意味で「その通り」である。
こうした新技術は、「輸送業者・食品業者」にとっては一大事なのだが、消費者にとっては「へえー。軽くてべんりー」ぐらいの認識だろうし、「でも瓶詰めのほうが長持ちするしなぁ⋯⋯」みたいな意見も当然出るはず。
つまり実務に携わる事業者以外にとっては、あってもなくてもそんなに違いは⋯⋯? というモノ。
いざ普及してしまえば「ないと困る!」という認識に変わることもあるだろうが、こちとらまだ発売前の新製品である。
「魔族の方々は、荷馬車の重量コストとか振動の破損リスクとか、あんまり気にする機会がないでしょうしねぇ⋯⋯実際、コレに関しては、『事業者側にとって都合のいい包装容器』という側面が強いのです。消費者側にとっても利便性は高いのですが、製造費、輸送コスト、破損リスクを軽減できることで、同じ内容物の瓶詰めよりも安くお届けできるというのがポイントなので⋯⋯」
もちろんただ安くするだけでなく、利幅も増やせる。市場での競争において、この優位性は恐ろしいほどだ。
「⋯⋯となると、シンザキ会長もこの技術を欲しがるかな?」
「どうですかねぇ⋯⋯ともあれナナセさんとしては、『トマティ商会とは、敵対するよりも提携・協力したほうが得だ』と父親に思わせたいはずですし、私もそのつもりです」
オズワルド氏がふむと唸った。
「いやに気を使うじゃないか。大切な社員の実家だからか?」
「それも多少はありますが、『迷宮の最寄りにあるリーデルハイン領の開発』をこれから進めていくにあたって、王都の有力商人、それも建築系に強いシンザキ商会とは、こちらとしても友好関係を結んでおきたいのです」
どのみち、ドラウダ山地でとれる材木以外の「窓ガラスや金具類」といった資材は別途調達する必要がある。その仕入先としてシンザキ商会は頼りになるし、場合によっては「木彫りの落星熊と猫の販売委託」すら頼めるかもしれない。
美術品、工芸品は販売ルートがなかなか難しく⋯⋯街売りだとどうしても庶民向けになるが、シンザキ商会に委託できればお貴族様に美術品として高額で買ってもらえる道が見えてくる。
この場合、相応のクオリティが必要だし、それこそ琥珀や宝石を装飾に使うとか、あるいは大きさやポーズを工夫するとか⋯⋯もしもニーズがあれば、いっそ家紋入りのオリジナルポーズ&指定衣装での受注製作なども視野にいれたい。
昨夜、ブラジオスさんを通じて会長に木彫りをプレゼントしたのも、そんな可能性へ道筋をつけるための一手である。決して「この人、割と猫力高いから、猫フィギュアで買収できそうだな⋯⋯?」とか思ったわけではない。ごめん嘘。ちょっとは思った。ほんのちょっと⋯⋯コーラに入ってる砂糖の量ぐらい⋯⋯
朝飯を終えた俺は「よっこらせ」と立ち上がりつつ、オズワルド氏に問う。
「私はナナセさん達の挨拶回りに猫のふりをして同行しますが、オズワルド様はどうします?」
「正弦教団の支部に顔を出して⋯⋯その後はアーデリアとウィルヘルムに、『ヘンリエッタ』嬢との顛末を話して情報共有をしてこよう。魔族同士、魔王様への口裏合わせで込み入った話もしたい」
「あ、それはたいへん助かります! よろしくお願いしますね」
オズワルド氏はこうして猫の爪が届かぬところをちゃんとフォローしてくれる。ありがたい。
親戚のおじさん(妄想)を一足先に送り出し、俺もブラジオスさんにあてがわれた離れの客間へと出て、そこらの猫っぽく廊下の端で丸くなる。
すると数分も経たぬうちに、こちらの離れへと近づく方々の会話が聞こえてきた。
「お父さん、何度も言うけど、あのシルバーシートは企業秘密。トマティ商会だけじゃなくて、出資者のルーシャン様も関わってくる話だから、軽はずみなことは言えません」
「い、いや、それはわかる! 別に機密やら製法やらを聞きたいわけじゃない! あれを広げるつもりがあるのか、ないのか⋯⋯あるいはそちらの商品以外の、他社商品の梱包なんかも請け負う可能性があるのかないのか、それからシート単品での販売予定はあるのかどうか⋯⋯そういう、今後の方針というか⋯⋯」
「⋯⋯お父さん、冷静に考えてください。『そういう経営方針』も含めて企業秘密なんです。というより、社長が判断することなんですから、新入社員の私がとやかく言えるわけないでしょう」
「しかし、ナナセ⋯⋯! これからご挨拶に向かう貴族の方々にも絶対に聞かれるぞ!? その時はどう答える気なんだ?」
「普通に、『わからないので社長に聞いておきます』で流します」
父娘のそんな会話に、ブラジオスさんが苦笑いで口を挟む。
「⋯⋯いや、実際、ナナセさんのおっしゃる通りなのですよ。実は社長もまだ決めかねているようでして。需要があれば検討されるかもしれませんが、なにせ新規の商会ですから、今は主力商品たるバロメソースの生産と店の開店準備、輸送の準備などに忙殺されております」
⋯⋯店のほうはルーシャン様に任せっきりで、店員(孤児院の子達)の教育はアイシャさんに一任しちゃってるけどな⋯⋯アイシャさんが昼間、忙しくて不在がちなのは、そっちに時間をとられているという事情もある。
「それを王立魔導研究所の仕事にしていいのか?」というちょっとした罪悪感はあるが、王家的には「亜神案件は最優先」という扱いなので、ご厚意に甘えてしまっている。あと税収やトマト様関連の基金、琥珀関係の利益も発生するので、将来的な実利はたぶんかなり大きい。
一行がこちらの離れに到着し、俺も「なーん」と鳴いてお出迎え。
「あ、社⋯⋯ルークさん、もう起きてたんですね。よーしよし」
ナナセさんがすかさず俺を抱っこした。ねこモフりたい⋯⋯わけではなく、俺が人仕草をしそうなタイミングでうまく隠蔽するためであろう。気の利く社員である。お手数かけます⋯⋯!
そしてシンザキ会長は、昨日よりも目つきが真剣。
⋯⋯やはり「ペーパーパウチ」のヤバさに気づいたか。彼はナナセさんの父君だけあって、ステータス的にも商人としてはかなり優秀である。
「ブラジオスさん⋯⋯では、そちらの社長に向けて手紙を書きますので、王都を発つ時に持っていっていただけますか?」
まぁ、こんなのは別に断るような話ではないので、ブラジオスさんも「はい、承ります」と応じる。
内容については予想できるし、悪い話でもないはず。
つまり「原材料の調達や製法の秘匿に協力する用意がある」とか「よその商会と提携する前に、まずうちとの提携を検討して欲しい」とか、そんな内容であろう。
⋯⋯が、シンザキ会長がどうしてこんなに真剣なのか? といえば、ちょっと誤解がありそうというか⋯⋯残念な事実を教えてあげなければならない。
そして実の娘たるナナセさんもこれに気付いたらしい。
「お父さん、言っておきますが、あのシルバーシート、『建築系の素材』には不向きですからね? まず燃えやすいですし、屋外にさらすと半年程度でぼろぼろになります。暗いところで保管すれば何年かもちそうですが⋯⋯帆布なんかの代わりにはなりませんよ?」
シンザキ会長は一瞬、目をしばたたかせたが⋯⋯しかしその目のキラキラは消えなかった。え? 建材としての可能性に目をつけたんじゃないの?
「注意書きを散々読んだから、そんなことはもう把握している。ナナセ、私が期待しているのは、むしろそちらの『開発力』だよ。あのシルバーシートをベースにして、もっと新たな素材を開発できる可能性は十二分にあるはずだ。なにより⋯⋯使い捨ての包装容器に使えるほど安価なら、今の時点でも他の使い道は山ほどある。たとえば屋根の補修材。ちゃんとした資材が揃うまでの数日間、雨をしのげるだけでもどれだけ役立つことか⋯⋯水をしっかり弾くなら、使い捨ての清掃用手袋やエプロンを作るのもおもしろい。ああ、塗装時のマスキング材にも使えるな。当て木なんかより薄くて軽くて貼り付けやすく、ハサミで思い通りの形状にも切れる。建築現場での汚れを防ぐ保護シートなんて使い方も、貴族の邸宅だと特に重宝しそうだ」
⋯⋯⋯⋯湯水のよーにアイディアがぽんぽん出てきて、ブラジオスさんもナナセさんも、ついでに玄関口でお出迎えした猫までもが、「ぽかん」と固まってしまう。
それでもシンザキ会長は止まらない。
「いいか、ナナセ。『水を通さない、薄くて安価な素材』というのは、それだけで商機の塊だ。我々は古来、わざわざ羊や山羊の胃袋で水筒を作ってきた。陶磁器やガラスも『水を通さない』という特性が強みの一つだった。水を弾く塗料は頑丈な船造りにも欠かせない。しかしその塗料を布や紙に塗ったところで、ひび割れや隙間ができてしまって、残念ながら防水性は得られなかった――『水を通さない布状の素材』『しかも動物の皮革よりも安価で大きさも自由』となれば⋯⋯様々な職人が目の色を変える。仮に耐久性に難があったとしても、これはとんでもない技術革新だぞ!」
シンザキ会長は一息つき⋯⋯長台詞でやや酸欠気味になったのか、少しふらついてブラジオスさんに支えられた。
「⋯⋯あ、ああ、失礼。つい年甲斐もなく興奮して⋯⋯ナナセ、あれはもしや、宮廷魔導師ルーシャン様の発明品かね? 魔道具ではなさそうだが、あの賢人の成果物なら納得できる」
ナナセさんがちらりと俺を見た。
ペーパーパウチ用紙、『シルバーシート』の開発者は、紙職人のクイナ・クロスローズさんである。だが御本人の身の安全のため、現時点ではまだこのことは秘匿されている。
ある程度、技術が普及し、材料などの情報も適度に漏れた頃に公表予定なのだが⋯⋯今の時点で下手に名を知られると、誘拐とか変な貴族からの干渉とかがありそう。
トマティ商会が力をつけ、「そこのエース職人に手出しなんかできない⋯⋯」という共通認識が醸成されるまでは、なるべくクイナさんの素性は伏せておきたいのだ。
かといって「ずっと秘匿する」となると、職人としてのクイナさんの栄誉をも隠してしまうことになるので、猫としてはこれも避けたい。物事には「時機」というものがある。
「発明者については秘匿情報ですが、とりあえずルーシャン様ではないですよ。そもそもルーシャン様の発明なら、わざわざ隠しませんから」
「違うのか⋯⋯まあ、そこを詮索する気はないんだ。とにかくナナセ、そちらの社長にはくれぐれもよろしく言っておいて欲しい」
そしてシンザキ会長は、貴族への挨拶回りのために馬車で出発する我々を、わざわざ見送ってくれた。
我々は今夜もお屋敷に泊まるのだが、シンザキ会長のほうは近隣の都市への出張予定があるらしく⋯⋯やはり多忙そうである。
移動の車中で、俺はブラジオスさんにブラッシングしてもらいつつ、向かいのナナセさんとひそひそ話をした。
「⋯⋯なんというか⋯⋯『ナナセさんのお父さん!』って感じの人ですねぇ。目端がきくというか、商才が有り余っているというか」
俺が褒めると、ナナセさんは「あはは⋯⋯」と脱力気味に微笑んだ。
「シンザキ家の家訓とも重なりますが⋯⋯父はですね。『儲け話』はもちろん好きですし、ちゃんと利益を出すことも大前提なんですが、それ以上に『商売は世間をより良くするためのもの』っていう思想を大事にしているんです。子々孫々が人から恨まれるような真似をしない、取引先にもちゃんと利益をもたせて、買い叩いたり過度な安売りをして損を押し付けたりもしない、その上で有用な商品を世間に広めて正しく儲ける⋯⋯そういう人ですから、その意味では社長とも相性がいいと思います」
納得である。その思想は娘のナナセさんにも立派に受け継がれ、トマティ商会で芽吹きつつあるのだ⋯⋯
⋯⋯ところでシンザキ家の家訓からはやけに近江商人的な色彩を感じるのだが、始祖となった転生者は果たして大工だったのか商人だったのか⋯⋯あるいは両方の素養を持っていたのかもしれぬ。できれば俺も新米経営者の立場でその薫陶を受けたかったものだが、今後はナナセさんから学ばせてもらうとしよう。
猫の社長から範とされつつあることには気づかぬまま、新入社員のナナセ・シンザキ嬢は商会の顔として、お貴族様への挨拶回りに向かう。
そしてここからの数日間。
彼女は試練の時を過ごしつつも、猫のヤバさと魔族の影響力を、改めて深く思い知ることになるのであった。
⋯⋯いや、ゴメンて。
先週(2025/8/15)の話で恐縮ですが、漫画版の猫魔導師、24話が「コミックポルカ」にて公開中です! トリウ伯爵とライゼー様の真面目なお話にそっと忍び寄る怪しい影⋯⋯ちゃんとノックもしているので大丈夫です。(大丈夫ではない)
ご査収ください。