258・フルーツサンドってほぼケーキだよね、的な
……うん。
初手からやらかしましたよね!(さわやかに)
……そこそこ隠密行動に慣れているオズワルド氏と、「力こそパワー!」な魔王の剣(笑)たるヘンリエッタ嬢とでは、人類の視線に対する警戒感というか、「気にしないライン」が違うのだろう……
あとヘンリエッタ嬢も隠密行動の時は悪目立ちしないように変装とかするのだろうが、今日はスイーツの影響でちょっとテンションがアガっていたようである。うっかりうっかり。
…………うっかりじゃ済まないんスよ……orz
猫さんなので失意体前屈も「ただの四足歩行やん」となってしまうのだが、それはともかくとして。
我が前で跪くこのおっさんは、アロケイルの文官、ブラジオス・オルディールさん。
顔立ちはふつう。髭面でいかついのでなんとなく威厳はあるが、目に覇気がなく、ちょっと疲れたサラリーマン感もある……
あと、なんか、こう……たとえばクロード様的な「あ、この人、巻き込まれ体質だな?」と察せられる気の毒な雰囲気もほのかに漂っている……
クロード様と同様に苦労人気質と思われるが、猫力はしっかり80を超えているので、まぁそういうことであろう。すなわち『奇跡の導き手』さんからの「ついでに面倒みたれ」の合図である。
奴は多分、猫力が高い人を俺と遭遇させるべく、バックグラウンドアプリのごとく暗躍しているのだ……仮に無効化できたら動作は軽くなりそうなのだが、同時にヤバめの弊害も起きそうな点までそっくりである。そしておそらく、英雄検定の昇級にあわせてアップデートもかかっている――(恐怖)
というわけで、運命に流されがちな抗わない系猫さんもぬるっと自己紹介する流れになってしまった。
この隙に、さっきまでいた白黒の猫さんはマイペースにすたすたと歩み去る。俺としてはもう少し同族と交流したかったのだが、「二次会どう?」「いやー、明日早いんでー」ぐらいのノリで淡々と神前から去っていった。ねこつよい。
「改めまして、急にお邪魔してしまってすみません! 私はルークと申しまして、見ての通りの人畜無害なかわいい猫さんです!」
「かわいい」の部分は特に声高に主張しておく。自己アピール大事。断じて事故アピールではない。
ブラジオスさんもこの部分には異論がないようで、眼差しがやさしい。さすがは猫好きである。
「は、恐れ入ります……ええと、ルーク様は、ヘンリエッタ様とはどのようなご関係で……?」
この問いにはヘンリエッタ嬢が応じてくれる。
「おともだち。部下とかペットじゃなくて、協力者か同盟者みたいな感じ。あとわかっているとは思うけど、他言無用でね? 私のことはともかく、この子のことは誰にも言わないように」
ちゃんと口止めしてくれた! 魔族からの念押しに、ブラジオスさんが深々と頭を下げる。
「重々、承りました。それでは早速、ご用命の件なのですが……この王都で人探しをしたいとのことですが、詳細をうかがってもよろしいでしょうか?」
うむ。保護対象のお名前と住所は、イグナス君の『じんぶつずかん』経由ですでに判明している。
「探しているのは、ジャニス・フローベルさんという方です! カティアさんという娘さんも一緒にいるはずです。住所もわかっているのですが、私は地理そのものに不案内でして……ええと、ドラロワ区4、バスクー教導院跡17の38の3の3……」
ブラジオスさんが何故か納得顔に転じた。
「ああ、教導院跡……なるほど、かなり入り組んだ区画です。郊外のなだらかな斜面に沿った地域ですが、かつて存在した教導院の遺跡を大規模集合住宅として改築したものでして……石造りの似たような建物が、複数の通路に沿って延々と続いており、さらには建物内部の構造まで似通っているため――慣れている者でさえ、ちょくちょく迷います」
ヘンリエッタ嬢も我が猫耳の傍で「あー」と唸った。
「あそこかぁ……建物としての高さはせいぜい三階建てぐらいのが多いんだけど、九龍城を階層低めにして、かわりに広くしたみたいなとこ。斜面にあるせいでやたらと階段や坂が多いし、見晴らしも悪くて入り組んでるから――空から行ったほうがいいかも」
こちらの世界の住民たるブラジオスさんは「九龍城」を知らぬため、「一般には知られていないどっかの遺跡かな?」ぐらいの反応なのだが――前世持ちの俺にはちゃんと通じる。
「え。まさかスラムっぽい場所なんですか?」
俺が漏らした懸念に、ブラジオスさんが困り顔を見せた。
「一部はそうなっていますが、なにせ広いので治安にも地域差が激しく――傾向としては中心部に向かうほど治安が悪化しますが、外周部にはむしろ裕福な層が多いくらいです。うかがったご住所は、おそらく外周部ですので――外からでも比較的、入りやすい場所でしょう。もちろん空から向かえるのであれば、その方が迷わず行けるかと思います」
そんなわけで早速、ウィンドキャットさんにご登場いただく。
ブラジオスさんはだいぶびっくりしていたが、声には出さず、ごくりと唾を飲み込むにとどめた。
状況がよくわからないなりに、自身の好奇心や疑問を解決するよりもまず、「魔族に対し不敬をなさぬ」よう心がけているのだろう。賢いひとである。
……むしろヘンリエッタ嬢のほうが、長毛種にして高貴なウィンドキャットさんを見て「わぁ……」とお目々をキラキラさせてしまった。
「おおぉ……モッフい……え? これ私も乗っていいの? 結構な功徳を積まないと乗せてもらえない系じゃないの?」
「特に条件とかはないのでお気軽にどうぞ! 上空では落ちないように風魔法の結界も張りますので、安定感抜群です。ブラジオスさんも安心してご搭乗ください!」
「は、はい。失礼致します……」
やや遠慮がちに、長毛を引っ張らぬよう気遣いながら、ブラジオスさんは慎重に巨大な白猫へとまたがった。
俺もヘンリエッタ嬢に抱っこされた状態で、もう一匹のウィンドキャットさんへと乗る。
そして夕刻の王都上空に、ステルスで不可視となった二匹の白猫が舞い上がった。
空を飛び慣れているヘンリエッタ嬢はともかく、ブラジオスさんは単騎なのでまだちょっと不安そうだが……ウィンドキャットさんはかわいいので問題あるまい。かわいいものが近くにいれば、あらゆる恐怖は軽減されるのだ。(暴論)
「教導院跡はあちらの区画です。17地区は、ここから見て左側の端のほうで……38というのは建物の通し番号ですが、これは現地に行ってみないと私も特定ができません。そこの三階、三号室がお探しの場所かと存じます」
「なるほど。では、道案内をよろしくお願いします!」
目当ての区画に入ったところで低空飛行に切り替え、屋根の上スレスレを進む。時折、ブラジオスさんの指示で止まり、近隣宅の住所表記を何度か確認して……
やがて辿り着いた先は、岩壁をくり抜いて作られた、無骨な石窟のような建物であった。
周囲も含めて、なんとなくカッパドキアの地下都市を思わせる造形だが、近代風の改築や補強はなされており……窓には窓ガラスが使われているし、床は木材だったり石畳だったり、さらには扉の周囲もレンガや木材できちんと体裁を整えている。
こちらの世界には土や岩を造形的に操る「地魔法」が存在するため、石系素材による大規模工事の難度が前世に比べて格段に低い。
ゆえに石窟系の住居は割とよく見かけるのだが……この教導院跡というのは、だいぶ規模がでかい。世が世なら間違いなく世界遺産である。
ちょっとだけ観光名所を探索するような気分になってしまったが、しかしなるほど、色も形も似たような建物ばかりで、確かにこれは迷子製造区画と言ってよかろう。もしもブラジオスさんがいなかったら、俺も三時間かそこらは迷っていたかもしれぬ。しかも表札とかもないんですよね……
ともあれ、「たぶんここ」という目処はついたので、我々は一旦、当該物件の屋上へと上がった。
そこは共有の物干しスペースとなっており、薄めの石畳が敷かれている。排水のための傾斜もついているが、ごくゆるめなので見た目にはほとんど平面。敷物でも広げればちょっとしたピクニック気分が味わえそう。
「すんなりと見つかってなによりでした。探し人はもしや、貴族の関係者ですか?」
ブラジオスさんの質問に、猫はこっくりと頷く。
「そうです。もしかして、ちょっといいお部屋なんですか?」
「それもありますが……扉の脇に、紅い造花が飾られていたでしょう?」
あったかな……あったかもしんない……注意力散漫である。
「あれは『不可侵』の符牒です。地域の顔役に上納金というか、みかじめ料を払って警護を依頼した証でして……この地に影響力を持つ貴族や有力商人、あるいは顔役の親類縁者などが該当し、そこらのチンピラが手を出すと粛清されます」
……裏社会版ホームセキュリティのシールみたいなもの? うっかり偽装とかすると怖いお兄さん達が来そうである。
こちらにお住まいのイグナス君の母君は、とある伯爵のお妾さんらしいので……警備費の支払い元も伯爵家だろう。いずれにしてもそういう家ならば、人が駆けつけて来るような騒ぎにはしたくない。
「それではこれより、ウィンドキャットさんに接触してもらいます。我々はこのまま、しばらく待機ということで!」
「ん? それならこっちのおじさんは、もう解放してあげても良くない?」
ヘンリエッタ嬢のお言葉に、ブラジオスさんは露骨にホッとしたお顔へと転じたのだが……残念ながら猫の恩返し(強制)がまだである。手土産のお菓子だけ持たせてバイバイというわけにはいかぬ。
……というか、御本人はまだ気づいていないようなのだが、実はちょっとヤバそうなので……せっかくの御縁なので、もう少しアフターケアをさせていただく!
その上で心労が溜まるのも良くないので、言葉の上ではこう告げた。
「そうですね! 終わったら宿舎までお送りしますので、すみませんがもう少しお付き合いください。そんなに時間はかかりません。あ、お茶と軽食をご用意しますので、それを食べながらご歓談いただければ!」
俺はどこからともなく冷たい麦茶とサンドイッチの盛り合わせを取り出し、お盆に載せて並べた。
「うわ、懐かしい! フルーツサンドかあ。私、これ好きだったんだよね。何気にカロリーすごいけど、それでもケーキよりは罪悪感なかったし」
……ヘンリエッタ嬢ご自身もお気づきの通り、それは罠である。この手のデザート系惣菜パンは手軽だからとつい食べる回数を増やしてしまって、総摂取カロリーは結局……ということになりがちなのだが、しかし今更なので何も言うまい。今後は何も気にせず、たんとお食べ……
ブラジオスさんも恐る恐る口に運び、生クリームとイチゴの甘みに呆然とした後、「これは自分が食べてはいけないものだったのでは!?」と青ざめはじめた。
ここで遠慮されてしまうのは猫の流儀に反するので、たくさんあることを示すべく、あえて山盛りで追加しておく。
「遠慮しないで召し上がってくださいね! こちらのてりやきチキンやバナナサンドもおすすめですし、一番のオススメはベーコンレタストマト様です。心持ち、トマト様増量でご用意しましたので、さっぱりしたいタイミングでぜひ!」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
まだ呆然としてる……砂糖たっぷりの生クリームとかホイップクリームは、やはりこの世界では劇物なのだろう。ヘンリエッタ嬢もスイーツ系サンドイッチばかりを黙々と頬張っておられるが……ついさっき、ケーキ二つとシュークリーム+米菓系を召し上がったばかりですよね……? そろそろお肉とかお野菜とか欲しくなったりしません? こっちのローストビーフサンドとか大きめカツサンドとかけっこうな贅沢品ですよ……?
ともあれ、お二人にしばしご休憩いただきつつ――
俺のほうは、新たに召喚した少し小さめのウィンドキャットさんを階下の窓へそっと向かわせた。
竹猫さんに内部の先行偵察をしてもらったところ、まだ宵の口なのに、なんともうお休み中らしい。
電気がないし魔導ランタンなどは高級品なので……たとえばランプ用の灯油を節約しようとすると、この世界では夜ふかしを避けて早寝早起きになりがちである。
暗くなったらとりあえず寝てしまい、まだ暗いうちに起きてしまったら、その時に考えれば良いのだ。特に料理などは手間がかかるので、朝は暗いうちから働き始める人がほとんどである。
無論、歓楽街や酒場があればこの限りではないのだが――現在のアロケイル王都は、その意味でも、まるで火が消えたようにひっそりとしていた。
急遽、修正したい部分が出てきてしまったので、前半だけ先に……!
そのためちょっと短めです。
後半もほぼできているので、こちらは3日後の7/16に更新予定です。しばしお待ちをー。
……予定を早めているわけではなくて、今日投稿する予定だったものが間に合わず二分割になっただけですorz すまぬ……すまぬ……




