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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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253・ヘンリエッタの洞察


 純血の魔族、ヘンリエッタ・レ・ラスタールは、「魔王」の腹心である。


 魔族は基本的に魔王の配下とされているが、ほとんどの家は独立領主のような立ち位置で、つまり「王と公爵家」くらいの距離感を保っている。バルジオ家もコルトーナ家も、魔王の指示には概ね従うが、これに対して異議を申し立てることもあるし、魔王側も配慮を欠かさない。

 ほぼ不死の存在たる『純血の魔族』同士が本気で争うと、決着がつかないままに一面が焼け野原という事態になりがちで、あまりに被害と無駄が大きすぎるのだ。


 しかしながら――「ラスタール家」と「デイモス家」の二家のみは、魔王の直臣と言っていい立ち位置にいる。

 その命令を忠実に遂行し、他家とはあまり馴れ合わない。つまり両家が動く時は、その背に「魔王の命令」を負っていることが多い。

 ゆえにラスタール家は「魔王の剣」、デイモス家は「魔王の盾」と称される。

 魔王を含むこの三家が密接に結びついているからこそ、その戦力を背景とし、他の家も魔王を盟主と認め従っている。


 ラスタール家の現当主、ヘンリエッタは二百六十七歳。

 純血の魔族としては最古参ではないものの、コルトーナ家のアーデリアやバルジオ家のオズワルドよりも年上である。


 彼女は昨年、アロケイルという国の王家を滅ぼした。

「かの国に移住していたラスタール家の親族が殺された」ことが直接の理由だが、その実行者だけでなく王家にまで累が及んだのは、アロケイルが「瘴気の兵器利用」を進めていると発覚したためである。

 アロケイルの王家は周辺国への武力侵攻を画策し、『不帰の矢』の量産をすでに始めていた。

 これが魔王の怒りに触れ、敵討ちに加えて技術の封印、抹消を指示された。


 地下から溢れる瘴気は、本来ならばその土地に応じた「怪物」を発生させる。この瘴気を瘴気のままで「回収」「圧縮」「密封」する技術は、すでに滅んだ魔導王国でも実用化されていた。

 その技術の結晶たる『不帰の香箱』は、魔導王国と対立した国々にとって大きな脅威であり、実際に多くの人命を奪ったが――魔族が魔導王国を滅ぼした際に、関連技術は念入りに殲滅された。

 それでも所詮は人間が見出したものである以上、後世の研究者にも同じ発想・発見・発明ができてしまう。


 魔導王国の滅亡から四百年を経て、その間に瘴気の兵器利用を試みた者は複数いたし、成功に至った例もある。そしてそのたびに、魔王は「対処」をしてきた。

 すなわち、技術の封印、関係者の抹殺、研究の破棄――


 アロケイルが開発した「不帰の矢」は、魔導王国製の「不帰の香箱」に比べ、瘴気の圧縮・密封技術で大きく劣っていた。ゆえに効果範囲こそ狭かったが、かわりに量産が容易で、前線での使い勝手が良い実用的な兵器に仕上がっていた。


 技術が発展すれば、いずれ「香箱」並の危険物も完成したのだろうが――現時点でも近隣諸国にとっては十二分に脅威となる代物である。

 魔王が「今のうちに潰すべき」と判断したのは当然だし、これに関しては他家からも異論はでなかった。


 こうしたケースでの殲滅役は、基本的にはそのタイミングで暇な家、あるいは立候補した家に割り振られるが、今回は『ラスタール家の遠い親族の仇』でもあったために、ヘンリエッタがそのまま役目を得た。

 同時に他国に対しても「警告」の形で襲撃を加える予定だったが――これは少々、紆余曲折があり流れている。


 最初の横槍は、コルトーナ家の長男、ウィルヘルムが、サリール家に「そちらの侵攻予定地に当家の友好者がいるので、場所を変更して欲しい」と願い出たことだった。

 ネルク王国の、地名も聞いたことのないような僻地で、そもそもルーレットで適当に決めたらしい。両家はそこそこ友好的な関係にあり、これはサリール家当主のバルクホークがあっさり受諾した。


 二つ目の横槍……というより想定外は、バルジオ家のオズワルドが、今回の『他国襲撃』案に慎重だったことである。


『実は先日、レッドワンドでおもしろい貴族に会ってな。その娘に協力し、新しい国造りをさせてみることにした。結果が出るまで、東方での騒乱は最小限にとどめたい』


 あまり仲が良くないはずのコルトーナ家までもがこの動きを支持した。これは隣接するネルク王国の王族と、当主のアーデリアが恋仲になったためで――三つの家が消極的となると、他の家も「それなら今回は……」と面倒がり、襲撃先はアロケイルの王都だけと決まった。


 ――そう、消極的だったのは「三家」である。

 バルジオ家、コルトーナ家は、それぞれ「東方で国造りの支援中」「王族を婿養子にとる予定」という、明確な理由があった。


 もう一家、「今は騒乱を広げたくない」と判断したのは「ラスタール家」で――つまり、ヘンリエッタ自身である。


(……去年から、世界の動きがおかしい)


 魔王の命令で各地を動き回ることが多いヘンリエッタは、そう気づいていた。

 起きるはずだった災害、起きてもおかしくなかった悲劇のいくつかが、不自然なほど鮮やかに回避されているのだ。


 ネルク王国の王都では昨春、「精霊同士の喧嘩」があった。

 公式の発表ではそういうことになっているが、実際には「アーデリアが狂乱を起こした」可能性が高い。

 本人が無傷だったことから、その相手をした「猫の精霊」とやらは、魔族を傷つける力までは持ち合わせていないのかもしれない。しかし『狂乱した魔族から王都を守る』程度の防御能力は備えている。

 アーデリアは火属性だから、あるいは防御する上で相性の良い水属性の精霊だったのかもしれないが……現場に居合わせたオズワルドは、会議の席でこう述べた。


『王都が無事だったのは、私とその猫の精霊でアーデリア嬢の意識を空に向けさせ、無駄撃ちを誘ったからだ。その後は恋人の無事を確認したことでおさまったし、狂乱というより「激怒」ぐらいの感覚だったのではないかな』


 シニカルな微笑のまま、いつも斜め上から世間を見下ろしているはずの男が――珍しく上機嫌で、弁舌もさわやかに『虚偽』と思しきそんな証言をした。


 ……いや、嘘と断定はできない。だが、ヘンリエッタの勘は「隠し事」の気配を嗅ぎとった。

 この奇妙な『猫の精霊』騒ぎの後、オズワルドはレッドワンドへの介入を始め、魔族の威を振りかざし、新たな国を成立させた。


 ――どうせ失敗するのに、と、ヘンリエッタは思っていた。


 昨年のレッドワンドは明らかに、かつ絶対的に、「収穫物」が足りないはずだった。オズワルドは飢饉を甘く見すぎていると、危惧すらした。

 昨夏のレッドワンドの旱魃かんばつは本物で、どうあがいたところで民に行き渡るだけの食料はなく、隣接するネルク王国から略奪してもなお大量の餓死者と戦死者が出るはずだったのだ。


 新政権もおそらく、そうした者達を『切り捨てる』か、あるいは『敵とみなして口減らしをする』という流れで自分達の食い扶持を確保せざるを得ず、その憎悪はレッドワンドを裂き、各地で酸鼻を極める生存権の奪い合いが始まると予測していた。


 そうして秋が来て、冬が過ぎ――何も起きなかった。


 本当に、何も――何も、起きなかった。


 それまでも、ネルク王国の猫騒動やオズワルド、アーデリアの変化から違和感を抱えてはいたが、この時点でヘンリエッタは改めて尋常ならざる事態が起きていることを確信し、戦慄した。


『なにか、いる』――


 猫の精霊と同一の存在が関わっているのかどうか、それはわからない。しかし、無関係ではないと勘が告げている。


 転移魔法でレッドワンドの――否、レッドトマトのいくつかの町を巡った結果、物資の不足は起きておらず、餓死者の痕跡も見当たらなかった。

 聖女トゥリーダを称える声、疑う声、戸惑う声などはあったが、町は平穏そのものだった。


 レッドワンドは間違いなく、歴史的にも珍しいレベルの大旱魃に見舞われたはずなのだ。

 ならば大量の水と食料は、いったいどこから来たのか――


 多くの民は『砂神宮から』と口にした。

 だが、一都市がどんなに豊作だったところで、国全体に行き渡る収穫量は確保できない。そもそも砂神宮は鉱山として有名なのであって、別に穀倉地帯などではない。


「ネルク王国やホルト皇国からの支援があったのだ」と、口にした者もいた。


 しかし両国の有力商人に問い合わせると、昨夏の時点では交易路すらまともに機能しておらず、大量の農作物を売りさばいた形跡を誰も掴んでいなかった。

 ホルト皇国の商人は「ネルク王国側から支援したのでしょう」と言った。

 ネルク王国の商人は「ホルト皇国から物資が流れたと聞いています」と言った。

 どちらも嘘をついたわけではなく、本気でそう信じ込んでいた。


 何者かが……おそらくはオズワルドの指揮する『正弦教団』あたりが、なんらかの情報操作をおこなったと推測できる。

 しかし問題は「情報操作の云々」などではない。

 情報がどうあれ、「本物の物資が、どこかから供給された」のは事実なのだ。たとえ情報を操作したからといって、その情報通りに物資が何処かから湧いてくるわけでは断じてない。


 砂神宮の農地では明らかに足りない。ネルク王国とホルト皇国からは農作物を輸出した形跡がない。なのに国民を餓えさせないだけの潤沢な物資が何処かから現れ、『砂神宮のトゥリーダから』という名目で各地に分配された。その結果、飢饉は起きなかった。


 ……多くの人間は、「悪い方の異常事態」には敏感だが、「良い方の異常事態」には鈍感になる。不景気だと警戒するが、好景気だと油断する。損失は恐れるが、利益は喜ぶ。

 為政者、あるいは経営者であればともかく、その他の一般大衆は、目の前の生活にさえ問題なければ、なんとなく状況に納得してしまうのだ。


 調査のために赴いた先々で、奇妙な噂も聞いた。


「前日まで空っぽだった街の倉庫に、いつの間にか大量の物資が詰め込まれていた」「物資の横取りを目論んだ連中が突然消えて、数日後、街の外から疲労しきった様子で戻ってきた」「丸っこい奇妙な猫が、お年寄りの物資運搬を手伝っていた」「自殺するつもりで準備をしていた男が、奇妙な猫と有翼人の男にその現場を止められ、物資の支援と説得を受けた」――


 極めつけは、「敗北を悟って砂神宮に出頭したフロウガ・トライトンが自決しようとした矢先、巨大な猫が乗った檻に捕縛された」という――ついでにこの砂神宮では、「猫が畑で農業指導をしていた」などという怪しい目撃証言まで出ている。


 多くの噂に出てくるキーワードが、「奇妙な猫」である。


 多少はデマも混ざっているのだろうが、ここまで多様な証言が出てくるということは、おそらくその「猫」には隠れる気がない。しかし目立つつもりもないようで、なかなか尻尾を掴めない。気まぐれな猫が、人助けをしながら近隣国を散歩しているだけのようにも思える。


 アロケイル王国の王城襲撃時には、特にそれらしい介入を受けなかった。

 猫の精霊とやらは、「猫」と「猫のために働く者」を守る目的で動くらしい。ならば猫に危害を及ぼさない範囲であれば、関わってこないのかもしれない。


『人の世の争いそのものを、止める気はない……あるいは、そこまでの能力はないということか……?』


 ヘンリエッタは暫定的にそう推測した。

 旧レッドワンドとネルク王国の兵が国境で激突した時も、その場を威圧したのはオズワルドだったようだし、つまり戦闘力はあまり持ち合わせていないのかもしれない。


 それでも、「本来、飢饉と内乱によって死んでいなければおかしい」はずの数十万、あるいは数百万に及ぶ人命を救った「何者か」が、この世界のどこかに潜んでいることは間違いない。


 急に「レッドトマトの建国事業」などを始めたオズワルドは、その「何者か」と縁を結んでいそうだが、魔王に対する報告は特にない。

 それ自体は別に背信にはあたらないし、そもそも誰と仲良くなろうとどんな事業を始めようと、いちいち報告する義務などない。魔族はそうした緩いつながりで成り立っている。


 この件に関して結論を得られぬうちに、王と政権中枢の貴族達を失ったアロケイルでは、いよいよ内乱が始まった。

 同時に新たな旗印を模索する者達も出始め、その噂を聞きつける形で、彼女は「討ち漏らしていた王族」の存在を知った。

 ある蒙昧もうまいな貴族が、「諸侯をまとめる旗印として、ホルト皇国へ留学中のナイブズ様を呼び戻してはどうか」と言い出したのだ。


 まともな知能があれば、「今更、生き残りの王族を担げば、また魔族に目をつけられる」とわかる。しかし正しい情報を得られている者ばかりではないし、巷には真偽の怪しいデマも流れている。


 ありがちなものとしては……「ナイブズ様は王家の主流派から距離をおいていたから見逃された」「つまり彼を旗印として担ぐ分には、魔族はもう関与してこないはず」といった内容である。

 そもそも片道だけで半年かかる距離があるため、「現時点で無事かどうか」を知る術がアロケイルの諸侯にはないはずなのだが――裏を返せば、「死亡した」という報も届きようがない。


 さて、とヘンリエッタは思案した。

 魔族として放置はできない。が――条件次第では、実は見逃してもいい。といっても、デマに踊らされた貴族の希望的観測に乗っかる気はない。

 

 もしも帰国して担がれるようなら、「アロケイルの王家に連なる者」と見なして断罪する。

 また、『不帰の矢』の開発に関わっていた場合には問答無用で消す必要があるが、これに関しては「おそらく関わっていない」と判断できる。開発の関係者は真っ先にリスト化され、その裏付け調査も行った。そこに名前が挙がっていない以上、十中八九、彼はシロである。主戦派と距離があったのも事実らしい。


 ゆえに――本人が「帰国しない」「名前と素性を隠して、他国で生きていく」つもりであれば、あえて殺さず放置しても別にいい。

 魔王からの命令は「アロケイル王家の断絶」と「不帰の矢を開発した関係者の処分」だったが、ナイブズという男は王家の一員と呼ぶには末端すぎるし、兵器開発にも関わっていない。


 ……ついでに、「ラズール学園」で下手に流血沙汰を起こすと、あの地の皇弟に嫁いでいるヴァネッサを通じて、その親族たる純血の魔族、バルクホーク・ソ・サリールが出張ってくる可能性がある。ホルト皇国などどうでもいいが、ただでさえ好戦的なバルクホークから睨まれるのは面倒くさい。


 そして対応を思案していた矢先に、そのホルト皇国から「異変」の知らせが届いた。

 オズワルドが支援する「聖女トゥリーダ」の公開生放送中に、貴族を狙ったテロ騒ぎが起き――ネルク王国でも暴れた、あの「猫の精霊」が再び現れたのだという。

 その様子は翌日の新聞各紙で大々的に報じられ、ヘンリエッタの手元にも協力者を通じてこれが届いた。


 紙面には、貴賓席にいた「バロウズ大司教」なる人物が猫の加護を受けていたと書かれていたが……それも嘘ではないのだろうが、猫達が守っていたのはむしろ「聖女トゥリーダ」ではないのかとヘンリエッタは疑っている。


 旧レッドワンドで起きるはずだった飢饉への対応に、オズワルドやトゥリーダと通じる「猫のような何か」が関わったのはほぼ間違いない。「むしろトゥリーダ本人が亜神的な存在なのでは」と疑ったこともあるが、遠目に確認した限り、彼女はあくまで普通の娘に見えた。見栄えが良く年若い娘を前面に押し出しておいて、その背後で蠢く者こそが真の黒幕であろう。


 ヘンリエッタが入手した新聞にも様々なヒントが隠されていた。

 国名の由来となった、「トマト様」なる「リーデルハイン領原産」の植物――ウィルヘルムが「友好者がいる」として、サリール家による襲撃を止めたのが、まさにこのリーデルハイン領だった。ここでもキーワードがつながっている。


 ネルク王国、レッドトマト、オズワルド、トゥリーダ……おそらく「猫のような何か」は、これらの土地と人々にその加護を与えている。


 そして既報の通り、ホルト皇国でも猫の精霊が顕現するに至った。

 実際の現場において、どういった形で貴賓席への襲撃が起きたのかは曖昧なのだが……「矢のようなものを射出する、細長い杖状の魔道具」が使われたという目撃証言はあった。


 もしやアロケイルから流出した「不帰の矢」が使われたのではないか――そう懸念してホルト皇国のレイノルド皇へ問うと、彼は冷や汗混じりに「即座に情報統制をかけた」「現物はいつの間にか消えており、確認できていない」「危険物として、おそらく猫の精霊様が持ち去ってくれた」と供述した。


 一応、「犯人を簀巻きにした後、魔道具は猫がどこかへ持っていった」「みんなで担いでいてかわいかった」という目撃証言は多数あったので、これは信用していい。


 そして皇との面会ついでに、「アロケイルから来ている留学生」に関しても事実確認をすると――「自分の立場では学園内部のことは把握していないから、あちらに出向している宮廷魔導師スイールを同席させたい」と返された。


 口裏合わせや逃亡・潜伏の時間を与えぬよう、適当なタイミングで皇の前から消え、ヘンリエッタは空から伝令の後をつけた。当代最強と喧伝される魔導師スイールがどんな人間なのか、それに対する興味も多少はあった。


「リルフィ、お茶を三人分、用意してくれる? 持ってきた後は同席もよろしく」


 応接室の手前でスイールの指示を受けたのは、桃色の髪をポニーテールにした内気そうな娘だった。おそらくは弟子の魔導師で、水精霊からの祝福を受けている。他にも何か称号を持っていそうだが、暗がりでちらりと見ただけではよくわからない。


 どうやら引越中だったらしく、廊下もやや雑然としていたが、ソファとローテーブルは先に設置されていた。

 腰掛けてすぐ、ヘンリエッタは本題に入る。


「留学生の捜索には協力してもらえる、ということでよろしいか?」


 少しはごねるかと思ったが、スイールは泰然と頷いた。


「そのつもりです。対象者は一名だけですか?」


「供が二人いるようだが、用があるのは王族だけだ」


「結構です。学生課で呼び出しをかけるか、あるいは学生課で住所を調べて直接出向くか、どちらがよろしいでしょう? 道案内が必要な場合には私が承ります」


「……ずいぶんと協力的だな?」


 対応に違和感を覚えて、ヘンリエッタは眉をひそめた。

 ホルト皇国には、『アロケイル滅亡』の一報がもう届いている。一般大衆はいざ知らず、スイールの立場なら当然、把握しているはずで……このタイミングで魔族が「アロケイルの王族を出せ」と要求してきたら、「殺害が目的」だと推測できるはずだった。


 それなのに良心の呵責かしゃくも特になさそうに、やけに淡々と対応されている。「魔族と対立したくない」だけにしては、追従の気配がない。ヘンリエッタの圧に青ざめていた皇とは対照的ですらある。


「私がその留学生をどうする気か、もう理解しているだろう? 生贄を差し出して終わりにする気か?」


 スイールは事も無げに応じる。


「学園内で他の生徒を巻き込むわけにはいきませんし……ヘンリエッタ様からは殺意を感じません。帰国の意思確認だけをして、その留学生が帰国しないと決めた場合には見逃すおつもりだろうと判断しました」


 ヘンリエッタは……警戒度を一つどころか、最大限に引き上げた。

 今の一言で察せられる通り、スイールの洞察力、情報の分析力はかなり高い。だがそれだけでなく……スイールは魔族に対し、あまりに自然体すぎる。我が身の安全を疑っていない。

 つまり彼女の背後に、「魔族などどうとでもできる」レベルの後援者がついている可能性を看過できない。


「……慧眼だな。誰からの情報だ?」


「実は最近、オズワルド様と茶飲み友達になりまして。一緒に茶菓子を頬張る仲です。ヘンリエッタ様についても、職務は間違いなく遂行されるものの、民草に理不尽な暴力をふるう方ではないと聞き及んでおります」


 ……こいつ、賢い。

 ヘンリエッタはつとめて無表情を装い、スイールの眠そうな顔を見つめた。


 自分の泰然とした態度を疑われたと察し、出した名前が「オズワルド」……

 余人が聞けば納得するだろう。だがヘンリエッタはもう、「オズワルドと猫のような何か」の関係性に薄々気づいている。

 ヘンリエッタに違和感をもたれたと察したスイールは、その「何か」について隠したまま、「オズワルド様がバックについているから、平気な顔をしています」と自然に詐術を使った。


 ここからは肚の探り合いになる。正直、もうアロケイルの王族などどうでもいい。ようやく「何者か」の尻尾を掴んだかもしれない。

 す――と細く息を整えたところで……


「あの……失礼します」


 弟子と思しき桃色の髪の娘が、三人分の茶をトレイに載せて静かに応接室へ入ってきた。


「ありがとう、リルフィ。ヘンリエッタ様、こちらは私の内弟子、リルフィです。彼女もオズワルド様とは面識がありますので、ご安心を」


 ヘンリエッタは無言で頷く。


 ………………かおがいい。めっちゃいい。

 さきほど廊下で対応した時は薄暗さと俯き加減だったせいで見逃したが、よくよく見れば本当に顔が良い。こっちの世界の連中はだいたい美形率高めではあるのだが、陽キャとかつよつよ系が多いので、気弱系は希少価値もある。仮に「内弟子は顔を基準にして選んだ」と言われたら納得してしまう。


 ヘンリエッタもなんだかんだで二百年以上生きているので、少し顔が良い程度ではいちいちびっくりしないし、自分自身も割と上澄みだと自覚しているが……ちょっと勝てる気がしない。後光(※亜神の加護)が差しているようにすら見える。


 つい無遠慮に見つめてしまうと、不思議そうな微笑を返されて「ミ゛ッ」と変な声が出た。

 瞬間、スイールの目がキラリと光る。

 ……やばい。見惚れたことに気づかれた。


「……リルフィはここに座ってね。さて、ヘンリエッタ様。世間一般の人々は『魔族』と聞くだけで震え上がるものと思いますが……我々に関しては、オズワルド様との御縁が深く、またコルトーナ家のアーデリア様とも交流がありますので、魔族の方々との会話にある程度は慣れております。その上で、慣れゆえの無作法や無礼がもしもありましたら、その時は何卒、ご容赦ください」


「アッ、ハイ」


 声が上擦ったのも対面の娘に見惚れたためで、スイールの言葉は右耳から左耳へそのまま抜けていった。たいして重要なことは言われてなさそうだが、とりあえず脳に情報が残っていない。

 スイールが淡々と言葉をつなぐ。


「……では留学生に関しては、まず私が接触してヘンリエッタ様のご意向を伝えるということでよろしいですか? その上で彼が帰国を志すようなら、捕縛した上でお引き渡しします。説得を受け入れて、帰国せずにこのままホルト皇国で生活するようでしたら、そのことをヘンリエッタ様に改めてご報告し、以降は手打ちということで」

 

「イインジャナイカナ」


 今度はなんとなく理解した上で返事ができた。スイールが全部やってくれるらしい。予定とは違うが今はそんなことどうでもいい。見れば見るほど、やっぱりかおがいい。


「……あ、あの……ヘンリエッタ様? 私に何か……?」


 リルフィが戸惑ったように視線をあわせた。真正面から見ると、理不尽なほどかわいい。

 こっちの世界に美形が多いことにはさっきも触れたが、「前世の美的感覚」でヤバい。ヘンリエッタはもう二百六十七歳なので、前世の記憶などはだいぶ曖昧になってきているのだが、三つ子の魂なんとやらで美的感覚はそのままである。


 いわゆる美しさにもいろいろあって、派手できらびやかなつよつよ系の美しさがこちらでは重視されがちなのだが……元・日本人としては、優しそうで温厚な癒やし系の美しさに憧れを持ってしまう。

 ……いや、たぶん日本人云々は関係ない。精神的に疲れていると、人は「癒やし」系の美しさやかわいさを求めてしまうのだ。ペットの犬猫にもそれを求めがちである。ヘンリエッタも大昔(※前世)、ハムスターとか飼っていたものだが、寿命が短くて悲しかった。


 さておき、ここまで地顔が良いとナチュラルメイクで充分だろうが――逆にちょっと濃い目の化粧をしても背伸び感とか人外感を演出できそうで、いじり甲斐がある。衣装は……洋風はもちろん似合うだろうが、巫女合わせもおもしろい。制服系はやや犯罪臭が出てしまいそうだが、童顔なのでたぶん似合う。いっそオリジナルデザインでいろいろ試したい。趣味の衣装デザイン画なら山ほどあるものの、その中には「自分には似合わない」と断念したものが多いのだ。


 ――そこまでを刹那の瞬間に考えて、ヘンリエッタは「イエ。特ニ何モ」とロボットのように返した。リルフィは不思議そうな顔をしていた。


 ヘンリエッタ・レ・ラスタール。彼女は齢二百六十七の「純血の魔族」である。


 ……なお、前世の趣味は「コスプレ」で、今まとっている変型の巫女装束は好きだったゲームのキャラを真似たものだった。

 ぶっちゃけ、威圧的な言葉遣いもほんのり真似している。ロールプレイは大事である。

ヘンリエッタ様のコスプレは作中設定のものなので、既存作品のパロディではないです(ないです)

スイール様はうっすら気づいてます(おだやかなまなざし)

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― 新着の感想 ―
レッドトマトへの支援物資がどこからきたのかは、オズワルドが協力している時点で 「世界中の各国から買い付けて転移魔法でレッドトマトに運んだ」で説明ついちゃうのでは
おーい、カミングアウトして、何かおかしな事になってるぞ。 元日本人の精神性で「魔王の剣」として行う非情な事出来るんですかね?
頭も回る生真面目って感じなだけに300年近くぶりの地球食にはクロードやスイールどころじゃない感激になりそう リーデルハイン領を巻き添え見せしめにしてたら強者の理屈でそっくりそのまま叩き返されてただろう…
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