247・弓術実技(補習編)
……クロード様が見せてくれた「矢撃ち」という妙技に、いたいけなルークさんは「うわぁ……」とドン引きするばかりであった……
魔法とか魔力とかそーいうの一切関係なく、純粋な「技術」だけでアレをやられてしまうと、もう「何かがおかしいのでは?」としか言いようがない。
矢の先端なんて指先ぐらいのサイズ感であるし、軸にしても当然ほっっっそい。矢羽はちょっと大きめだが、クロード様が狙ったのは先端ばかりだ。
どっちの矢も動いているというのに……横方向から飛んできた矢を、タイミングをあわせて迎撃するというパトリオット・ミサイルみたいな神業をポンポンと目の前で成功させてしまった。
風向き、距離、角度、タイミング……そうした諸々の要素全部を、目測と勘でカバーしているのだろうが……本当にわけがわからない。
ちなみに速度とか威力とか弾数とかスケールとかいろいろ違うが、ミサイルを迎撃するパトリオット・ミサイルさんの命中率は実験で八割、実戦で四割~七割前後という話を聞いたことがある。パトリオット君はもっとがんばって! 軍事兵器でしょ!
……無理を言っている自覚はある。高速の飛翔体に高速の飛翔体をぶつけるのはなかなか難しい。つい先日、飛んできた「不帰の矢」を空中でキャッチしたブチ猫航空隊もだいぶあたまおかしいが、あの子らは猫であって人類ではないので、まぁ……反射神経は良いはずである。俺の反射神経? ふつうっすね……
さて、最後にちょっとだけ失敗したものの、「一本の矢に対する三連続の矢撃ち」などという馬鹿みたいなバグ技に挑戦してくれたクロード様は、「……この程度ですみません……」みたいな低姿勢で戻ってきた。鈍感系主人公かな?
まずは本日の主賓であるアークフォート先生のところへ。
「えっと……お恥ずかしい限りですが、ご覧の通り、自分の矢は速さも威力も足りないもので、どうにかお見せできそうな技術は、この命中精度ぐらいでして……それでも結局、最後は外してしまいましたけど――」
アークフォート先生が「ええ……?」みたいな顔でドン引きしておられる。この先生でもドン引きとかするんだ……?
「……いえ、たいへん素晴らしい技を拝見しました。正直なところ、想定していた以上の腕前で、もうなんと申し上げたものか……」
おじーちゃんがコメントに困っている間に、他のみんなも囲んでくる。
「クロード様、弓術であんなことできるなんてすごいね! びっくりしちゃった!」
「よもやこれほどの腕前とは……風魔法を使った形跡もなかったですし、まさに神業でした!」
と、ポルカちゃんとマズルカちゃんが興奮気味に話しかければ、
「……あの……ネルク王国の方々の弓の技術って、まさかこの水準が当たり前だったり……?」
「ないです。それはないです。クロード様だけです。この人、士官学校の学祭でも、空から降りてきたギブルスネークを一撃で仕留めたらしいですよ……」
将来、外交官としてネルク王国に行く予定のベルディナさんと、留学組の魔導師、マリーンさんがこそこそ囁き交わす。
他の方々も口々に賛辞を述べたが、お手伝いをしてくれたオーガス君やベルディナさんはなかば呆れ顔であった。
「さっき手伝いを頼まれた時は、なにかの冗談かと思ったんだけど……クロード、コレは一発芸とか宴会芸どころの騒ぎじゃないよ……」
「……人に言っても信じてもらえないレベルですよね……」
クロード様はちょっと困り顔……一見すると人畜無害に見えるのだが、あの絶技を見た後だと逆に狂気を感じてしまう……
「そんなおおげさな。練習して慣れたら、オーガスやベルディナさんにもできるって。空中に的があるって想定しちゃえば、あとは両方の矢が接触するタイミングを調整するだけだから」
「その『調整』が、普通はできないんだ……」
「学園の授業程度だと、もうクロード様には練習にならなそうですね……」
せやな……
ただ、ベルディナさんは外交官課程で忙しいので厳しいだろうが、オーガス君は練習時間次第で伸び代がありそうな気もする。弓術適性も現時点でBに達しているし、ご実家でも狩猟をやっていたようだから、飛ぶ鳥ぐらいなら普通に射抜けそうな……クロード様の矢撃ち? 今のはほら、人外の所業だから……(震え)
そして奥方のサーシャさんも、改めて旦那に胡乱な眼差しを向けた。
「……クロード様はこれだけのことができて、どうしてそんなに自信なさげなのです? いえ、慢心するよりはずっといいのですが……」
「え。だって、今やったのって単なる変則的な的当てだし……? コレで生活費を稼げるわけでもないし、威力も速さも微妙だから、たとえばヨルダ先生みたいな達人相手だと矢が切り払われて終わりだし……あんまりドヤ顔できる要素なくない?」
あっけらかんとしたクロード様の物言いに、ヨルダ様が無言で肩をすくめた。「俺を基準にされても……」というお顔であるが、飛んできた矢の切り払いはやっぱりできるんですね……?
クロード様のお言葉はまだ続く。
「それに弓術で大事なのって、こういう無駄な精密さよりも『とりあえず当てる』ことだと思うんだ。たとえば人体を狙うなら、広い胴体のどこかに当たれば上々で、わざわざ肩とか足元とか狭い範囲を狙う必然性ってあんまりないから……僕はたぶん、相手が動かなければ人差し指とか中指とかも狙って当てられるけど、そんな精度があっても何に使うんだっていう……」
……身も蓋もない意見であるが、言いたいことはわかる。要するにオーバースペックなのだ。
たとえば「物差しは1ミリ単位まで正確でないと困るが、さすがに1マイクロメートルまでの精度はそうそう必要ない」的な……
あるいは「スタンドの同じところに連続してホームランを叩き込んだとしても、スコアの上ではあくまでそれぞれ一点分」みたいな……
そもそも戦場における弓の役割は「遠距離からの部隊単位での斉射」になりがちなので……いちいち相手を狙うまでもなく、敵部隊の頭上に大量の矢が降り注ぐような運用が基本となる。ぶっちゃけ、実戦では「敵陣まで届けばOK」というモノなので、命中率とかあんまり重視されないのかもしれない。
あるいは砦の上から狙い撃ちをする機会ならあるかもしれないが、それが当たったところで一射につき敵兵一人……指揮官などは盾や風魔法の結界で守られているだろうし、大勢に影響するかといえば、なかなか微妙なところ。
クロード様の絶技も、周囲の人々を驚かせて「すごい!」と思わせる効果はあるので、まったくの無意味ではないし、もしも極端に精密な狙撃を必要とする事態になれば生かせる技能でもあるのだが……「そんな事態はそうそうない」というのが御本人の見解である。実際、リーデルハイン家がその手の戦争に巻き込まれたら、どこぞの猫さんがすげぇ勢いで介入しそうだしな……?
アークフォート先生が深々と頷いた。
「達人ならではの悩みですな。技術を磨いても、それを十全に生かす場がない……特にクロード君の場合、戦いをあまり好まないようですし、将来は領主になる身です。個人の武芸で出世を目指すようなお立場でもないですし……そんな環境でどうしてそんな才を得てしまったのかは、理解に苦しみますが――」
アークフォート先生にもこの域は想定外だったらしい。的に対して百発百中とか、いろんなところに撃ち分けるとか、移動しながら射つとか……そういうのを想定していたのだと思われるが、見せられたのは「矢撃ち」などという絶技である。
しかも犯人は「同一の矢を三回連続で撃てなくて失敗した」などと意味不明の供述をしており、動機はいまだ不明のまま――
「……しかし困りましたな。射場弓術では、もう私からクロード君へお教えできることはなさそうだ。後はもう、戦場での立ち回りや心得ぐらいしか――」
クロード様が「えっ!?」って顔した。そんなコワそうなもの学びたくないって目が語ってる……自衛隊のレンジャー訓練みたいなのやらされそうですものね……?
「……あれ? 誰か来ますよ」
助け舟のつもりでもなかろうが、オーガス君が呟き、我々の後ろへと視線を向けた。
そこにはゆっくりとこちらへ歩いてくる三人組――うち二人は、なんと俺も知っている顔である。
皇国議会とか公開生放送とかで見かけた、双子ちゃんのお父様、ラルゴ・クロムウェル伯爵――
そしてそのお友達のエレフィン・サイモン伯爵である。どちらも南方のお貴族様だ。
エレフィン伯爵のほうは先日、トゥリーダ様との面会もしていたが、干し芋のお土産は気に入っていただけただろうか……などと気にしている場合ではない。なぜこの二人がこんなところに!?
猫は混乱し、思わずクラリス様に「にゃーん」としがみついた。
そのまま肩越しに『じんぶつずかん』を広げて状況確認。
………………一緒にいる子、キルシュ先生の妹さんじゃねぇか! キルシュ先生から「ラルゴ伯爵はたぶんうちの実家に泊まってる」とは聞いていたが、このタイミングで一緒に接触してくるとは想定外だった。
キルシュ先生からご実家に宛てた手紙については、ファルケさんと「正弦教団」に届けておいてもらったので……その内容は確認済みであろう。文中には『リーデルハイン領で有翼人の娘さんと結婚して診療所をやってるよ! 娘も生まれたよ!』的な記述があったので……
そこの貴族がラズール学園に留学中と知り、興味を持ったという流れか。今のクロード様のバグ技も見ていたようである。
猫力は……82、と。やはりキルシュ先生の妹だな……? むしろ常識的な範囲だったことに驚くべきかもしれぬ。オーガス君に続く90台とかではなくて安堵した。
まず声をかけてきたのは、その妹さん……お名前はソラネさんというらしい。
キルシュ先生に似て穏やかな印象のお嬢さん。リルフィ様と同い年で、明るめの栗毛をセミロングにしている。紫色のリボンがおしゃれである。
「ベルディナ、こんにちは! 急にごめんね?」
「ソラネ先輩、こんにちは。お客様ですか?」
む。在校生のベルディナさんとは以前からの知り合いか。かたや将来の外交官、かたや官僚の卵らしいので、縁があっても不思議ではない。ラズール学園の学生数は膨大だが、いわゆるエリートコースに進むのはその中でも一握りである。
「ええ、こちらは――」
ソラネさんが二人の伯爵様を紹介しようとしたのだが、ここで当然、反応するのはこちらの双子ちゃん。
「……あっ! お父様!?」
「……ふしゃー」
……ポルカちゃんは人語なのだが、マズルカちゃんのほうはそれ、猫の威嚇だな? 敵意はちゃんと出ているが、声が平坦なのもあってだいぶかわいらしい。
猫のような威嚇をする姉のマズルカちゃんを押し留め、妹のポルカちゃんが前に立つ。
「連れ戻しにきたの!? 私達、戻らないからね!」
「しゃー。ふかー」
……これはアレか。「いまさら何も話す気はない」という怒りの意思表示……?
場を和まそうとしているわけではないと思うが、猫的にはちょっと和んでしまう。マズルカちゃんのマズル(鼻・口・顎周辺)が「ω」っぽく見えているのは気のせいである。でももしかして獣人の血統とか入ってます?
お父上のラルゴ伯爵は眉間を指で押さえ、深々と嘆息した。
「……連れ戻すのはもう諦めたから、そう警戒しなくていい。今日は所用があって学園に来たついでに、旧友のエレフィン伯爵と学内を散策していただけだ。ここでお前達に会ったのは偶然だし……声をかけずに立ち去ろうかとも思ったんだが、ソラネ殿に叱られてな――」
ソラネさんが双子ちゃんに笑いかけた。
「ポルカ様、マズルカ様、はじめまして。ソラネ・ラッカです。つい先日、お二人のお祖父様からお手紙をいただいて、お二人がラズール学園に入学していたことを知りまして……私のことは、お祖父様から聞いておられませんか?」
「あっ。ラッカ家のソラネさんって、聞いたことある!」
「はい。私達より少し年上で、ラズール学園に通っている先輩がラッカ家にいらっしゃると――ご挨拶が遅くなり、失礼いたしました」
マズルカちゃんが人語を取り戻した!
……やっぱコレ、親父さんに対してだいぶキレてたんだろな……
離島から学園までの道中、ラルゴ伯爵が双子ちゃんを連れ戻すために雇った連中と、二人のおじいちゃんが旅路の護衛にと雇ってくれた冒険者達との間で、ちょっとしたいざこざがあったと聞いている。
負傷者も出たそうで、その療養のために温泉地へ逗留したため、学園への到着がギリギリになったとか……やはり思うところは多々あるのだろう。
ソラネさんは双子ちゃんとラルゴ伯爵の間に立ち、営業用スマイルを浮かべた。
「お話はラルゴおじさまからうかがっています。一般論として『親子仲良く』と申し上げたいのは山々なのですが、思想や考え方が違いすぎて、ちょっと今の時点では難しいかと思いますので……というか、問題点の大半がおじさまのほうにありますので、たいへん恐縮ですが、ポルカ様とマズルカ様は、おじさまが改心するのをもうちょっとだけ待ってあげてください。たぶんお二人が大人になったら、『不機嫌で無愛想で不器用なだけで、実はそんなに実害はない』という結論に至るかとも思いますので……それで仲良くできるかどうかは、また別の話ですけど」
イイ笑顔で伯爵相手にすげぇ毒吐いたな!?
猫が思わずフレーメン反応をしていると、クラリス様が我が身を丸めて抱え直した……お手数かけます。さーせん。
しかしこの毒にびっくりしたのは他の皆様も同様だったらしく、ベルディナさんが目をぱちくりさせている。
しかも言われっぱなしのラルゴ伯爵は、不機嫌ながら怒る様子も見せない。
「あの……ソラネ先輩とラルゴ伯爵って、もしかしてご親戚とかでしたか……?」
ベルディナさんからのこの問いには、ラルゴ伯爵が真顔で首を横に振って応じた。
「いえ。隠居して小説家をやっている私の父が、植物学者をやっているソラネ殿の父君と、たいへん懇意にしておりまして……その縁で、ソラネ殿のことは赤ん坊の頃から知っており、親族ではないものの、それに近い感覚ではあります。あと……恥ずかしながら、ポルカとマズルカのことに関しては、ソラネ殿から散々に叱られた後でして……返す言葉もないというのが本音です」
……む。『じんぶつずかん』によると、ここへ近づく前に、ソラネさんからラルゴ伯爵へ以下のような事前の申請があったようである。
『お二人の前でおじさまの悪口を言って、私への信頼度を稼ぎます。おじさまは強く反論せず、肩をすくめる程度の反応をして、多少なりとも反省している態度を示してください。あと……「これだけ言われても怒らない」ぐらい温厚な相手だという印象を、ネルク王国の方々にも見せつけます。娘さん達からの情報でおじさまへの印象はかなり悪いはずなので、これは私からの援護です』
……了承済みの流れだったか。しかしこの事前申請も「反省の態度を示せ」とか「印象が悪い」とか、まあまあ辛辣だな? このお二人、貴族と平民なのに普通に力関係が逆転してそうである。
そしてソラネさんは若い見た目の割に、おかん気質というか……「心配している相手のことを、愛情をもってちゃんと叱る」というタイプのようだ。ラルゴ伯爵もそれを理解しているから強く出れない感じか。
そもそも現在進行形で「ラッカ家の世話になっている」立場のようだし、ソラネさんの言動にも利を見出しているのだろう。
そう、このラルゴ伯爵は「利」で動く人である。
金銭的な利益だけではなく、「安全の確保」とか「今後の戦略の融通」とか「手詰まりを避ける」タイプの、立ち位置の「利」を優先的に考える人だ。
おそらく彼なりに、『クロム島』という要所の特異性に適応した結果なのだろう。しかし所詮はおろかなじんるいなので、かわいい猫さんの罪のないイタズラまでは予測できなかった。ごめん。まじごめん。
「では、改めてご紹介させていただきますね。こちらはラルゴ・クロムウェル伯爵。そしてエレフィン・サイモン伯爵です。私は官僚育成課程に在籍中のソラネ・ラッカと申します。ベルディナとは先輩後輩の間柄です。ラルゴ伯爵とは、父親同士がたいへん懇意にしておりまして、その縁で家族ぐるみのお付き合いをさせていただいています。またエレフィン伯爵は、ラルゴ伯爵と利害を超えた盟友のご関係にあり、本日はお二人の散策の先導役を仕りました」
声が爽やかで聞きやすい。そして「誠実っぽさ」が溢れている。
実際に誠実なのかどうかはこれからのお付き合いでわかることだが、「第一印象でそう聞こえる」というのは一つの才能なのだ。
「キルシュ先生の妹さん」という事実に改めて納得してしまうが、あのインテリイケメン医師も会話の説得力がすごい。猫を信仰していた有翼人さん達に熊信仰も追加するという偉業を、さらっとやってくれた。
エレフィン伯爵が気安く片手をあげ、人好きのする笑顔を浮かべる。
「突然、お邪魔して申し訳なかった。サイモン伯爵家の当主、エレフィン・サイモンだ。こちらのラルゴ・クロムウェル伯爵とは二十年来の付き合いで、交易でも世話になっている。君達に会ったのは、本当に偶然なんだが……散歩中に木剣の音が聞こえたものだから、誰か訓練中なのかと懐かしくなってね。見学していたら、とんでもない剣術と弓術を拝見してしまって……度肝を抜かれた。ラルゴの娘さん達も一緒のようだし、案内を頼んだソラネ殿が、そちらのベルディナ嬢とお知り合いとのことだったので……一言だけ、ご挨拶させていただきたくお邪魔した」
……ふむ。この口上は、「こちらの面子が、王族とそのお供」だとはまだ知らない……という演技か。
決して居丈高ではなく、しかし一般学生に対してへりくだり過ぎず、貴族としての体裁も損なわず、絶妙なラインのご挨拶である。
トゥリーダ様との会談時にも割と有能そうな雰囲気はあった。実際に有能なのかどうかとはまた別に、「有能そうな雰囲気を持っている」というのは割と重要で、こういう人は対人関係の構築が上手い。
我々(主にパスカルさん)が彼に期待している役割は「レッドトマトと南方諸侯との窓口役」なので……その役をちゃんとこなしてくれそうなのは喜ばしい。
そういう人材なので、突発的な出会いではあるがこちらも無視できぬ。
まずはロレンス様に前へ出ていただいた。
「はじめまして、ラルゴ伯爵、エレフィン伯爵、ソラネ様。ネルク王国からの留学生、代表のロレンス・ネルク・レナードと申します。よろしくお見知りおきのほどを――」
こういう時、普通は従者などが「こちらはどこそこの誰々様」みたいな紹介をするのだが……今回はあえて、「学生」っぽいムーブをしていただく。
先方の目的は「情報の入手」だと思われるので、このまま話しやすい空気感を作っていく。
特にラルゴ伯爵は猫力が低いため、俺の愛嬌が通じない。双子ちゃんからの威嚇もあるし、ここは我らがロレンス様の人当たりの良さで懐柔して欲しい……!
エレフィン伯爵が自然な演技で目を見開いた。いや、ほんとに演技上手いな、この人……?
「なんと、ネルク王国の王弟殿下でしたか! これは失礼をいたしました。それでは、他の皆様もネルク王国の……?」
「全員ではありませんが――ご紹介しますね」
という自然な流れで、ロレンス様がみんなを紹介してくれた。
双子ちゃんはまだ「うたがわしい……」って顔をしているが、外交の空気を察して黙ってくれている。
俺も今回は名前を呼ばれたタイミングで会釈とかせず、ちゃんと猫っぽく演技ができた。ねこです。よろしくおねがいします。すきなものはトマトさまです。
シノ・ビのお二人は「ヨルダ様の知り合いの冒険者」ということにして、目立たないよう控える。控えつつもクラリス様達の背後に立ち、護衛っぽいムーブができているのはなかなかポイント高い。またヨルダ様についても「アークフォート先生の知り合い」程度の紹介にとどめる。リーデルハイン家やサーシャさんとの関係はまだ伏せておく。
全員が名乗りを終えたところで、エレフィン伯爵はクロード様に視線を向けた。
「それにしても驚きました。よもや弓と矢であのようなことができるとは……ネルク王国では、一般的にもあのような修練をされているのですか?」
「いえ、他の人はあんまりやらないと思います。的としては小さいですが、飛んでいる鳥よりは動きを読みやすいので……練習すれば誰でもできるようになりますよ」
できるわけねぇだろふざけんな! と猫も内心でツッコんだが、他のみんなも「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしている。そりゃそうである。
……しかしながらクロード様には、士官学校でナナセさんをはじめとする弓術試技班を、一夏で劇的にレベルアップさせた確固たる実績もあるので……本人的にはマジかもしれぬ。
俺もその練習の現場を見たわけではないのだが、うちに入社したナナセさんも「クロード様の教え方はわかりやすくて、みんなすぐに結果がついてきました」と絶賛していた。
ついでに拳闘のほうでも、サーシャさんを自分より強く鍛え上げた実績があるし……指導者、コーチとしての優秀さは証明済みだったりする。こわい。
クロード様は放置しておくと無自覚にヤバい本性をさらけ出しそうなので、ヨルダ様がここで気を利かせてくれた。
「しかし、こうなると……アークフォート先生の弓も、ぜひ拝見したいところです。いや、クロード様の後ではやりにくいかとも思いますが、今のは少々、常人には理解しにくい領域でしたので――熟練の技巧というものに興味があります」
無茶振りでは? と猫は思ったが、アークフォート先生は笑顔で頷いた。
「クロード君ほど精緻に矢を射ることはできませんが……『大きな的に当たれば良い』くらいのものであれば、『暗中射』」という技術がございます。ヨルダリウス殿に、お手伝いいただいてもよろしいですかな?」
「ええ、なんなりと」
何をする気かと、猫が戸惑っていると――
アークフォート先生は、四角い大きな木製の盾……ほとんど衝立みたいなやつをヨルダ様に持たせ、修練場に立たせた。
そして自らは、持っていた黒布で「目隠し」をして、愛用の弓を構える。
まさか……暗中射って、まさか……
「この年になると、老眼が進みまして……遠くの的はあまり見えぬのです。で、見えないなりに狙ってみたら、意外と当たることに気づきまして。ヨルダリウス殿は盾をこちらに向けたまま、適当に緩急をつけて歩き回ってください。そこに矢を放ちますので、盾で受け止めていただければと」
ヨルダ様は「これはおもしろい」と笑って、意気揚々と歩き始める。
……楽しい? ほんとに楽しいの、それ?
そして始まったアークフォート先生の『気配だけを頼りに射つ目隠し弓術』(命中率100%)を、いたいけな猫さんは全身の毛を逆立てて見つめた。
姿を隠し、ウィンドキャットさんにまたがって優雅にのんびりと空を飛んでいたかつての俺は……先生にとって、やっぱり「格好の的」だったようである――(ガタガタブルブル)
いつも応援ありがとうございます!
猫魔導師・サーガフォレスト版の会報七号発売日が、5/15で確定したようです。
ついに迷宮へ挑むルーク達一行……なのですが、こちらではノエル先輩とユナも同行しています。その関係で余録に加えて、WEB版と同名の章でも追加がえらいことに――
あ、ハイパーネコ粒子砲はそのままです。挿絵にはなってそうです。
まだ一ヶ月ほど先ですが、どうぞよしなにー。




