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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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243・猫のベビーシッター(短期バイト)


 さて、仕事が一段落してお昼ごはんも終わったので、猫は少しお昼寝休憩をとることにした。


 社員の皆様は引き続き午後のお仕事。

 クラリス様達はラズール学園で受講中。

 トゥリーダ様達はホルト皇国で外交日程を消化中。

 リルフィ様はスイール様と一緒にその護衛だ。


 つまり今、俺をちゃんと「猫」扱いしてくれそうな人は――


「にゃーん」

「だー」


 というわけで、キルシュ先生の娘さん、「ルシーナちゃん」のベビーベッドに入り込んだ俺は、子猫を温めるよーにして添い寝中である!


 ルシーナちゃんはまだ物心すらついていないので、俺が亜神だからと萎縮することもなく、ふつうに猫扱いしてくれる。

 そして賢い猫は子守りをこなすというが、俺も賢いのでもちろん子守りができる。賢いので(強調)


「ルーク様、ルシーナの面倒を見ていただいてすみません。ルーク様が隣にいると、暖かくて安心できるみたいで、全然ぐずらないんですよね」


 と、母親のエルシウルさんもにこにこしながら傍でお茶を飲んでおられる。


「お役に立てているなら光栄です!」

「だー。にゃー。だー」


 ルシーナちゃんは最近、「だー」の合間に「にゃー」を差し込むという高等技術をマスターした。もしかして天才では? この子も賢く育つであろう。


 適当に揺れ動く猫の尻尾を楽しげににぎにぎしながら、ルシーナちゃんはきゃっきゃと喜んでおられる。今日もご機嫌でほほえましい。


「ルシーナちゃんは成長が早そうな印象ですねぇ。もうじき離乳食ですか?」


「そうですね。子育ては初めてなのでよくわからないんですが、たぶんそろそろ……私と先生の食事にも興味を持ち始めていそうです。特にトマト様の煮込み料理は、香りも強くて気になっているみたいで」


 トマト様……これはやはりトマト様のご加護……このまま健康に育ってほしいと、切に願う。


 それからしばらくぐだぐだと寝転がっていると、玄関で控えめに呼び鈴が鳴らされた。


「ただいま、エルシウル。あ、ルーク様もおいででしたか」


 診療所から昼食のために戻ってきたのはキルシュ先生!

 ベビーベッドで横たわる愛娘と添い寝する珍獣を和やかに見おろし、俺と握手した。


「どーもどーも、お邪魔してます! 先日の打ち上げではお疲れさまでした」


「いえいえ、こちらこそご馳走様でした。まさか宮廷魔導師のスイール様があんなに気さくな方だったとは、驚きましたね」


 気さく……まぁ、気さくではあったが……アイシャさんが引くぐらい延々と食い続けていたな、あの偽装幼女……


「それに、クロムウェル伯爵家のご令嬢方とも初めて会いましたが、なんというか……圧倒されましたね」


「ああー……あの子達はとにかく元気というか、若さの活力を感じますよねぇ……」


 猫が年寄りくさいことを言うと、エルシウルさんが噴き出した。


「す、すみません! でも、ルーク様はあのお嬢様方ともすっかり馴染んでいらしたので……あの、クロムウェル家とラッカ家の関係については、先生から軽く聞いたのですが……ルーク様は、両家の関係を知っていて、あの双子さんと縁を結ばれたのですか?」


「いえ、想定外です。隠れていた私の姿を見られてしまったのがきっかけでした。キルシュ先生も、双子ちゃんとは一昨日の打ち上げが完全に初対面だったんですよね?」


「ええ。あの二人は留学のために初めて島を出たそうですし、私もクロム島に行ったことはないので……ただ、父から『クロムウェル伯爵家の先代』の話は聞いていましたし、跡継ぎのラルゴ伯爵には皇都で何度かお会いしたこともあります」


 聞けばキルシュ先生のお父様と、双子ちゃんのお祖父様(作家)はマブダチと言って良いご関係らしい。

 かたやフィールドワーク大好きな植物学者、かたや好奇心旺盛な職業作家……平民と貴族という違いはあれど、双方の家を宿代わりにするような家族ぐるみのお付き合いだとか。


「ラルゴ伯爵は今でも、皇都に来るとうちの屋敷に滞在しているはずです。無愛想なので、子供の頃は少々、怖い印象を持っていましたが……領主としてはしっかりした方ですよ。ただ、家族との関係に不器用そうなのはなんとなくわかります」


 キルシュ先生は苦笑い……打ち上げの時、双子ちゃんから「お父様はひどい!」という話を聞かされて、反応に困っていらしたようだ。


 それは政略結婚とか留学に関する不満であり、前世の感覚だと「確かに!」と頷いてしまうところもあるのだが、この世界の貴族として考えると「よくある話」「むしろ普通」なのも確かで……うちのライゼー様のように、優しくて強くて話のわかる謙虚なお貴族様は、やはり少数派なのである。


 双子ちゃんも本気で父君を嫌っているわけではないと思うが、「危機感」はあるようだ。以前にこんなことも言っていた。


『うちの父は、謀略に凝りすぎて失敗するタイプです。人事を尽くした後も天命を待てず、さらに余計なことをして泥沼にハマる未来が見えます』


『基本的に頭はいいから、いろいろ予測して動くんだけど……その予測が大きくズレると、自分で考えたはずの謀略に足を引っ張られて、身動きがとれなくなりそうな感じ?』


 すなわち自縄自縛というやつか……

『じんぶつずかん』を覗いた俺としても、マズルカちゃんとポルカちゃんの父親評は割と的確な印象がある。

 たとえば西方貴族との利権をつなぐためにソロ厶伯爵家から後妻をもらったはいいものの、その家の不祥事が火種になりそうだったり……

 サクリシアとホルト皇国を天秤にかけて、クロム島の方針を調整しようとしたけど、その立ち位置の不安定さが周囲からの不信を招いたり……


 なまじバランス感覚が良いから、難度の高い綱渡りをできてしまうだけの才覚はあるものの、急な突風(亜神の暗躍とか)には弱いのだろう。


 塞翁が馬などといわれるように、人の命運とは予測しがたいものである。「その場その場での幸運、あるいは最適解」が、視野を広げて後から見返すと「むしろ悪手だった」なんてことは実際によくあるのだ。

 具体的には「万馬券が当たったから焼き肉食いに行ったらノロウィルスに感染した!」みたいな事例。


 双子ちゃんが「皇都での就職」を目指しているのも、父親に対する反発だけでなく、父親の方針・生き方に危うさを感じ、巻き添えを食わぬように自立したいという思いもあるのだろう。で、隠居して小説家をやっているおじーちゃんも、この双子側の意見に賛成なのだと思われる。


「ルーク様は、ラルゴ伯爵とも縁を結ばれるおつもりですか?」


「うーん……ポルカちゃん達のお父様なので、敵対する気はないのですが……自己紹介となると迷うところですねぇ」


 なんといっても猫力がね……低めなんですよね……

 娘さん達が80台なかばなのに対し、ラルゴ氏の猫力は21。超越猫さんが鼻で嗤いそうな不信心ぶりである。放置しておくとヤバい死に方をしそうな怖さもあるが、どうしたもんかなコレ……


 キルシュ先生も思案顔である。


「ラルゴ・クロムウェル伯爵が、野心家なのは間違いないのですが……彼の最大の関心事は、『クロム島の安全と自治権の維持』にあります。南方を冷遇するホルト皇国も、拡大の橋頭堡きょうとうほを欲しがるサクリシアも、どちらも盲信できる存在ではない。他国の諜報員も、商人に偽装して港へ好き勝手に入ってくる。そんな状況下で、交易の要となる孤島の安全を守り、大国間で立ち回る難しさを思うと――少し同情してしまいますね」


 キルシュ先生のお言葉を聞きながら、猫はルシーナちゃんの背中をぽんぽんする。そろそろおねむの時間であろう。背中の小さな翼がへにゃりと垂れ、寝息が聞こえ始める。


 寝ついたルシーナちゃんを起こさぬように、ひっそりとベビーベッドから這い出し、俺は近くの椅子で香箱をキメた。


 ……お昼寝休憩? 俺の代わりにルシーナちゃんが寝ついてくれたので……だったら猫は働いたほうがいいかな、って……(ワーカホリック的思考)


「キルシュ先生としては、ラルゴ伯爵って味方に引き込みたい人なんです?」


「ここ数年、お会いしていませんので、なんとも……しかし、ラルゴ伯爵がどうこうでなく、『クロム島』がトマト様の交易に資する港であることは確かです。内海で接する国々へ船便で大量に輸送できますし、陸路と違って複数の国を経由しなくて済むので、かかる税も少ない。その分、価格を抑えられますから、『なるべく多くの人々にトマト様のバロメソースを届けたい』というルーク様のご希望とも合致するでしょう」


 うむ。聞けば内海は「波が穏やか」「嵐が少ない」「うっかり漂流してもだいたいどっかに辿り着ける」という利点により、かなり交易が盛んらしい。


 また、「一国対一国」の交易では、時期によって往復の便に載せる荷物に偏りが出やすいが――複数の国家の物資が常に集まるクロム島では「A国で仕入れた品を島で売り払い、帰りはB国とC国とD国の品を少しずつ積んでいく」みたいな効率化ができる。


 つまりトマト様加工品をこの港へ持ち込めば、あとはそれぞれの国の商人が自国にこれを運んでいってくれる。トマト様の布教拡大において、これはかなり美味しい環境だ。


 ちなみにこの「内海」。

 だいたいみんな「内海」とだけ呼んでいて、固有名称が出てこなくて「ん?」と思っていたのだが……

 なんと隣接している各国が「自国の海だ!」と主張しているため、それぞれの国で呼び名が違い、そのややこしさと政治的配慮から商人達が「内海」とだけ呼び続け、いつしかそれが定着してしまったという変な歴史的経緯がある。


 つまりホルト皇国では「南ホルト海」、サクリシアでは「サクリシア西海」みたいな感じで、他国もそれぞれ勝手な呼び方をしているのだ。国際的な取り決めもないのでまぁしゃーない。


 前世の「地中海」にも、エーゲ海とかアドリア海とかイオニア海とかリグリア海とか、海域ごとの呼び名があったので、いずれはそんな感じに使い分けされそうだが……今はまだそういった状況ではない。


「仮に、ですけれど……ラルゴ伯爵がレッドトマトを敵視した場合、我々の交易戦略に影響はありますかね?」


「『優遇』は期待できなくなりますが、実際に邪魔をされるかどうかは微妙なところですね。荷を運ぶのは結局、商人達です。嫌がらせとして変な関税をかけるという手段はとれますが、もしもバロメソースが人気の商材になった場合、商人達はクロム島を経由せずに船を往復させるという選択肢も選べますので――そもそもクロム島が交易拠点として成功したのは、『他国の港を目指すのに比べて、往復の航路を短縮できる』点と、『交易品の多さ』、『関税の安さ』が理由です。その強みを捨てれば、クロム島の繁栄はなくなりますので……それこそ自身の命運に関わる特殊な事情でもない限り、商売は商売として割り切るでしょう」


 策謀家ではあるけれど、実益を取るリアリストでもある、ということか――たぶん胃痛持ちだな? この性格だと常に緊張が解けず、自律神経にもダメージを受けていそうである。もしもご挨拶の機会があったら、胃に優しいものを差し上げるとしよう。


「ルーク様。もしもラルゴ伯爵との交渉が必要そうでしたら、ぜひ私もお連れください。顔見知りでもありますし、多少はお役に立てるかと思います」


「ありがとーございます! その時はお願いしますね」


 いざとなったら里帰り前でも宅配魔法で来てもらう約束をして、俺はキルシュ先生のご自宅からおいとました。


 本社に戻ってまたいくらかの業務をこなした後、ホルト皇国の迎賓館へ向かう。ここは今、トゥリーダ様の拠点であるが、警護についているリルフィ様、スイール様のお迎えが目的だ。猫なのにご主人様のお迎えとかハチ公みたいでかわいい(主観)


 ……しかし訪れた先では、今日の外交を終えたトゥリーダ様が灰になっていた。比喩的表現である。真っ白に……燃え尽きて……猫はこんなにかわいいのに、こっちはあんまりかわいくねぇな……?


「……お、お疲れですね……? 何かありました……?」


 トゥリーダ様御本人に聞くのははばかられ、秘書役のシャムラーグさんに問うと、困ったような笑みが返ってきた。


「いやぁ……別に何があったってわけじゃないんですが、一流の王侯貴族のオーラというか、雰囲気にあてられたみたいで」


 トゥリーダ様が「はぁぁぁぁ……」と瘴気じみた溜息を吐く。


「……いえ……あのですね……旧レッドワンドの『貴族』って、結局、『魔導師だから跡継ぎに取り立てられた』だけの平民ばっかりなんですよ……でもこっちのお貴族様って、生まれながらの高貴な身分で、相応の教育を受けていて、その上で貴族社会を生き抜いてきたホンモノじゃないですか……」


 あー……確かにまとっている空気感が違う感はある。

 うちのライゼー様や奥方のウェルテル様は、どっちも商家育ちなので割と緩いが、ガチ貴族にはたまにすごいオーラを持ってる人がいる。


 無論、全員が全員というわけではない。馬鹿貴族もそれなりに多いし、王族でもリオレット陛下とかロレンス殿下みたいに、優しくて包容力のあるタイプもいる。


 が、ライゼー様の寄親のトリウ伯爵とか、軍閥をまとめるアルドノール侯爵とかを見ていると……『貴族しゅごい……』ってなるのもわかるのだ。


 特に今日、トゥリーダ様が会っていたのは、公爵とか侯爵といった上澄みのお貴族様達であり、そんな人らに対応しながら「聖女」っぽい演技を続けるのは、なかなか骨が折れる業務だったのだろう。


「甘いもの! こういう時は甘いものを食べましょう! リクエストとかありますか?」


「………………芋ようかん」


「はい!」


 ……なんか残業明けのOLみたいなリクエストであるが、悪くないチョイスである。トゥリーダ様は芋きんつばとか芋ようかんとか芋系がお好きだ。生クリーム系より重くないし、食物繊維もとれる。

 あとビタミンやミネラルも欲しいのでナッツを混ぜたフルーツヨーグルトも追加する。猫の気遣いである。


 リルフィ様やスイール様も交え、晩御飯の前にちょっと遅めのおやつとなってしまった。


「話し合いそのものは、何も問題なかったんですか?」


「交易関係ですし、品とか量とか時期とか、すり合わせはまだまだ必要ですが……大筋では『これから協力関係を構築していく』っていう流れですね。不利な約束にならないよう、パスカルさんが目を光らせていましたから、たぶん大丈夫だと思います」


 スイール様が芋ようかんを切り分けながら頷いた。


「今日来た人達は、『一対一で話して、トゥリーダ様の本性を見極めたい』って目的だったね。その分、会話には気を使っただろうけど……トゥリーダ様は上手くさばいてたよ。助けが必要そうなら口を挟むつもりだったけど、その機会もなかった」


「そうですね……たいへんご立派でした。むしろとても自然体に見えていたので、無理をしていたというのが、信じられないのですが……」


 感心しきりのリルフィ様に、聖女様は「あはは……」と笑って応じる。


「いえもう、内心はいっぱいいっぱいで……スイール様やリルフィ様が後ろにいてくださって、だいぶ気が楽でした。心強かったです」


 スイール様はホルト皇国で名高い宮廷魔導師様だし、リルフィ様は存在しているだけで癒しのマイナスイオンを発生させているので、それはもう効果抜群だったはずである。


 ……冗談とかネタではない。いつぞや迷宮で水ちゃんからの祝福を得た後、しばらくは変化に気づかなかったのだが――ホルト皇国に来て、スイール様から『水精霊の祝福』の効果を改めて聞いたところ、『属性の強化に加えて、周囲に対するリラックス効果もたぶんある』と真顔で言われてしまった。


 これは上位精霊からの「祝福」の副次的作用のようで、地だと落ち着き、水だと清涼感、火だと温もり、風だと爽やかさ、みたいな感じで、周囲に振りまく印象の強化が起きるらしい。


 なおこの効果が強く出過ぎると、地だと威厳、水だと冷徹、火だと覇気、風だと奔放といった方向に行ってしまうこともあるとか……


 つまり風精霊様からの祝福を得ていたルークさんも、ほぼ最初から実際よりも「さわやか!」な印象を周囲に振りまいていた可能性がある……ほんとぉ?


 でも同じ祝福仲間のウィル君とかは実際にさわやか好青年だし、納得といえば納得である。


 ともあれ、お疲れではあるようだが、トゥリーダ様の外交日程消化は順調である。

 今日も「なんかあったら知らせてね!」と中忍三兄弟を警護につけておいたのだが、その業務内容は結局、「じゃれあう」「おひるね」「てきさすほーるでむぽーかー」であった。

 ……どこでそういうの習ってくるの? 俺、ルール知らねぇよ?


「お、ルーク殿。ちょっといいか?」


 一兵卒に扮して警護中だったヨルダ様が、ケーナインズに後を任せてこっちに来た。


「はい。ヨルダ様も芋ようかん食べます?」


「ああ、いただく。が、用件はそれじゃなくてな。例の、『シノ・ビ』の件なんだが……いつ手合わせできる?」


 ………………うん。なんかそんな感じのこと言ってましたね? そんなに目をキラキラさせなくてもいいんですよ……? 相手はうら若き女の子ですし、ヨルダ様が本気で立ち会うのはちょっと……いや、魔法込みなら向こうの方が強いかもだけど……


「……リ、リーデルハイン領に戻ってから……ですかね?」


 ヨルダ様がちょっぴり残念そうに声を落とした。


「それでもいいんだが……もしも可能なら、こっちで模擬戦をやって、クロード様や例のアークフォート殿にも見てもらえたらと思ったんだ。カエデ殿の素性は隠すとして――ラダリオンの息子として、俺もあの先生には自分の今を見せておきたい。親父を救ってもらった恩返しにもならんが、せめてもの義理ってやつだな。なんなら助言も貰えそうだし――」


 む。そうか……いや、この気持ちは俺にもわかる。

 アークフォート先生はご高齢、ヨルダ様はリーデルハイン騎士団の団長という要職、国同士も遠いので会える機会はそう多くない。


 実際には俺の宅配魔法で移動は即時可能なのだが……一応、ヨルダ様の転移も「オズワルド様の力を借りた」という設定にしてあるので、そう頻繁に行き来していたら不自然である。


「となると……ラズール学園の一隅を借りて、試合をする感じですかね?」


「それこそカルマレック邸の庭先でも構わん……あ、しかしルーク殿のお仲間の猫達を、アークフォート殿に勘付かれるかな」


「その点は大丈夫ですよ。クロード様もヨルダ様も『猫の精霊の加護をもっている』と、アークフォート先生は気づいてるようですから」


 厳密には『亜神の信頼』なので勘違いだが……先だってトゥリーダ様がカエデさん達に襲撃された直後、ヨルダ様とアークフォート先生の会話中に、彼は「不用意に校内を飛ぶと危ないよ!」と猫に助言をしてくださった。こわかった。


 つまり猫魔法の猫さん達が見つかる分には、新聞沙汰にまでなった後では「いまさら!」なので問題ない。野球や花札や麻雀やってるところを見られたら「……えぇ……?」ってなりそうな懸念はある。

 特にサバトラ抜刀隊の皆様は「燕返し」からの天和テンホー地和チーホーが得意でしてね……いやイカサマだよあの毛玉ども!

 四匹同時に華麗な燕返しをキメるのを見た時は、あまりに自然すぎて「そういう手順だったっけ?」と勘違いしそうになった。


「……ただ、カルマレック邸の庭だと、もうトマト様などの野菜類が植わっているので……(ついでに猫の野球場もあるので)あまりスペースに余裕がないかもしれません。学園の敷地内で人気のない空き地を使わせてもらえないか、クロード様を通じてアークフォート先生にも相談してみましょう。ついでにオーガス様やポルカちゃん、マズルカちゃん、ベルディナさん達も観客としてお招きしてもいいですか?」


「ああ、カエデ殿が了承すれば構わんよ。しかし、どういう意図だ?」


「この際ですから、クロード様の弓の腕もみんなに見てもらいましょう。ポルカちゃん達もこういう催しは見たいと思います」


 ご都合がつくようなら、ライゼー様にも猫カフェから見ていただこう。カエデさんの実力を示す良い機会になる。あとクロード様の「本気」を俺もまだ知らぬので、ちょっと無茶振りしてみて、弓でどんなことができるのか、確認しておきたい。


 きゃっきゃと盛り上がる俺とヨルダ様を見て、トゥリーダ様が芋ようかんを食べながら深々と嘆息した。


「男の子同士、楽しそうなお話をしてますねぇ……私もそっちを見に行きたいです」


「無理ですからね? もうスケジュールがっちがちです」


 苦笑いで突っ込んだのは、すっかり秘書役になってしまったシャムラーグさん。彼の本当の才、『植生管理』はトマト様の栽培にこそ生かされるはずなのだが、トゥリーダ様にも支えが必要な時期なので仕方ない。

 そう、いと尊きトマト様にだって支柱は必要である。苗を植えたらすぐに支柱を立てないと、強風や実の重さで倒れてしまうのだ。トマト様なおもて支柱を要す、いわんや聖女をや。


「わかってますよ、シャムラーグ――はぁ。芋ようかんおいしい……」


 冗談めかして、不貞腐れたふりをするトゥリーダ様を見て、リルフィ様もくすくす笑っておられる。


「ふふっ……トゥリーダ様、私達もこちらにご一緒しますから――そうですよね、スイール様?」


 スイール様も芋ようかん(おかわり)をもきゅもきゅしながら頷く。


「うん。見たいのは山々だけど、トゥリーダ様の護衛は公務だからねぇ。ヨルダ様と違って、私らは『ちょっと抜ける』ってわけにいかないし、後で話だけ聞かせてもらおうかな」


「了解です。竹猫さんに頼んで録画もしておきますね!」


 そんな感じで話はまとまり――その後、メテオラに寄ってカエデさんを誘うと、こちらも「ぜひ!」と乗り気になってくれた。

 自分の正体を見破った謎の兵士(ヨルダ様)のことは、彼女も気になっていたらしい。


 魔法と忍術(撒き菱とか煙幕とか)の使用はなし、純粋に剣術での手合わせということで了承を得た。

 

 かくしてヨルダ様とカエデさんの手合わせ、及びクロード様とオーガス君の試技が実現することとなり……「当日の観戦用ポップコーンはどれだけご用意しようかな」などと今から思案する猫なのであった。


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― 新着の感想 ―
トゥリーダ「しば漬け食べたい…」 スイール「えっ?そのセリフ、こっちにあるの?」
んー!?抜刀隊→佐々木小次郎→燕返し→麻雀の流れかな?
燕返し 自分の配牌を自分の山牌に仕込んだ牌と丸ごと交換する 数牌の仕込みレベルではないため、非常に高度な技術が要求される その性質上自分の山牌が全部ある状態で行う そして配牌後にその状況があるのは最大…
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