242・トマティ商会の宣伝戦略
我がトマティ商会は、トマト様関連商品の交易をするための会社である。
主力商品はもちろんトマト様であり、目的はトマト様をこの世界に広め、その美味しさによって人々を支配し、皆がトマト様を自然に崇め奉る理想郷を構築することなのだが……
それはそれとして、諸般の事情からトマト様以外の商材もそこそこ取り扱う流れになってしまった。
きっかけは「有翼人さん達の保護」と「ダンジョンの発見・管理」である。
まず有翼人さん達の現金収入を確保するために、「木材を加工した民芸品」や「メイプルシロップ」という、生産性・換金性の高い商材が必要になった。
木彫りの猫地蔵と熊地蔵って生産性いいの? と不思議に思われるかもしれぬが、「冬などの農閑期にできる内職」は重要なのだ。大量生産という意味での生産性ではなく、「いつでも作業できる」という意味での生産性が素晴らしい。
特に冬のメテオラは雪が積もるため、家の中でできる副業は大事である。自給自足の目的で織物なども導入しているが、これらは品質面で他の地方の特産品に及ばず、換金用の商品としてはちと弱い。
また、メイプルシロップが高額で売れそうなのは言わずもがなである。むしろ争奪戦にならぬよう、なんらかの対応が必要であろう。
次に「ダンジョン」からの影響であるが、これは迷宮から得られる資源や財宝の取引をできる現地の商会が、現状、我々しかいないという事情がある。
つまり冒険者達の流入にあわせて、ライゼー様からの業務委託を受ける形で「トマティ商会・メテオラ支店」を開業し、琥珀等の買取も進めるのだ。この店では現地有翼人の方々を雇用する。
我が社の交易品第一弾は「トマト様のバロメソース」と、高級品路線の「トマト様の黒帽子ソース」なのだが、社会的なインパクトでは、おそらく「琥珀」がもっとも大きい。
トマト様の影響力は飲食方面に限定されてしまうが、琥珀は『魔道具の素材』として、ほぼ全産業に影響するためである。もちろん宝飾品としても使える。
つまり「トマティ商会は琥珀の会社」などと世間に誤解されぬよう、トマト様の宣伝戦略には社運をかけて、より一層の奮励努力をもって取り組む必要があった。
というわけで、今日は本社で戦略会議!
司会進行は新入社員(すでに幹部)のナナセ・シンザキ嬢である。
「……えー。現在、王都各所に掲示するポスターのデザインが確定し、王都の工房に製作を依頼したところです。クイナさんが紹介してくれた印刷所ですし、老舗なので腕は確かだと思います。表向きはクイナさんが責任者として王都で対応してくれていますが、もちろん社長が頻繁に行き来して図柄や文言をチェックしていますので……こちらは大丈夫でしょう」
ポスターのイメージキャラクターは王都で人気の拳闘士、ユナ・クロスローズ嬢である!
去年のうちに許諾は得ており、拳闘場との契約にもしっかり押印済み。スポンサー料は規定料金のままで、値引き交渉などは特にしていない。
仮にいくら積んでも本人が「やだ」と言ったら成立しない話なので、快く応じてくれたユナさんには感謝である。飼い猫のモーラーさんにも、賄賂として猫用無塩チーズを差し入れさせていただいた。
ポスターは複数種類を作成し、店頭、拳闘場、酒場など、人が集まりやすいところに掲示する予定だ。しかも人気選手なので、拳闘場での「ポスター販売」による利益まで見込める。
この販売されたポスターは、選手のファンなどが自分の店に貼ったりしてくれるため、勝手連的な宣伝効果もある。お金のある商会だと無料配布にすることもあるようだが、ユナさんほどの人気選手の図柄でそれをやると転売目的の大量奪取が起きるとのことで、ナナセさんに止められた。うちの新入社員は頼りになる……
「それから、トマト様の『テーマソング』について……話が出た時はちょっとわけがわからなくて困惑したのですが、作曲を依頼したオルケストの演奏者、ハズキ・シベールさんから、社長経由で楽譜が届きました。録音時の演奏もハズキさんに頼む予定ですが、歌は……これ、どうします?」
店頭で流す販促ソング! レコードではなく、魔光鏡的な媒体に記録し、魔道具のスピーカーで音を流す仕組みだ。一度、録音してしまうと同媒体には上書きできず、リテイクのたびに媒体が必要になってしまうので、基本は一発録り。媒体もまあまあ高価である。王都の城内カフェでもBGМとして使われているアレだ。
猫は満面の笑みで肉球を掲げる。
「歌はクラリス様の母君、ウェルテル様にお願いしようと思っています! コーラス部分は社員一同ですね」
「私達が混ざるんですか!?」
ナナセさんが動揺してしまったが、ケーナインズもいるしいけるでしょ?
女性陣はみんな声がきれいだし、ブルトさんとかグレゴールさんはなかなかのバリトンボイスである。
若手の剣士バーニィ君、狩人ウェスティさんも張りのある声を出せるし、アンナさんの旦那のカイロウ君も元騎士だけあって発声は良い。騎士の人達は、戦場での指示出しや応答の必要性から、訓練でも割と大きな声を出している。
リズム感とか音感については知らぬが……あくまで「トマティ商会の初期メンバーが歌っている」というストーリーの仕込みが重要なので、少しくらい下手でも味があって良い。社史に載せられるネタはいくらあっても困らぬ。
ジャルガさんが小さく挙手した。
「あの、もちろん社長も混ざってくださるんですよね?」
「うーん……混ざることは混ざるんですが、途中に猫の鳴き声が入りますよね? 私はそこを担当しようかな、と」
ああー、と社員の皆さんが納得顔で頷いた。
「確かにあそこは社長じゃなきゃダメですねえ……」とカイロウ君。
「もしかして、曲にあわせて鳴くんですか?」とグレゴールさん。そのとおりである。
「はい! 『この鳴き声、どうやって録音したんだ!?』と話題になるぐらいのラインを狙いたいですね。話題性は大事ですし、本気で突っ込まれてもごまかしようはいくらでもあります。『実は社員の中に、やたらと猫の鳴き真似が上手い人がいた』とか言っておけば済む話ですから」
声帯模写は立派な芸である。猫であるルークさんが人類の声で喋っているのも、その一例といえなくもない。
「……ま、まぁ、わかりました。そのあたりは社長のご意向通りに。音響系の魔道具の録音設備は、さすがに王都かオルケストあたりに行かないとないので……オルケストだと聖教会の管轄になって手続きが厄介ですから、王都でルーシャン様に頼りましょう。たぶん社長の歌声を聞きたいはずですし」
ナナセさんもルーシャン様への理解度があがってきたな……
トマト様、及びバロメソースの販促ソングは、耳に残るキャッチーでポップな明るい洗脳ソングである。ハズキさんのおかげで、なにかの作業中にもふと口ずさんでしまうようなステキな楽曲に仕上がった。主旋律はバイオリンだが、方向性としてはディスカウントストアとかスーパーの店内で流れているアレだ。
トットットッ……トマトさまっ♪ トマトさまっ♪ あかくておいしいトマトさまっ♪(洗脳済みの猫)
「テーマソングの収録日は、ウェルテル様の練習が一段落してから決めましょう。その日になったらハズキさんやケーナインズも連れて、宅配魔法でこっそり王都へ行きます。ついでに王都で自由時間を設けますので、買い物とかあったら考えておいてくださいね」
「自由時間……つまりその日は、収録以外は休暇ということですか?」
ナナセさんが笑顔で確認してきたが、そんなつもりはない。
「いえ、自由時間はつくりますが、あくまで業務の一環として行きますので、有給休暇は消費しません! 私もついでに、お店の工事の進捗を見てこようと思ってます!」
「ええ……? あの、それなら我々の休日にあわせて王都へ行くという手段もありそうですが――」
カイロウ君は意外に思考が社畜向きだな……? 旧レッドワンドにおける騎士の扱いが偲ばれるが、これは明確に否定しておく必要がある!
「その場合は休日出勤扱いになりますから、むしろ割増手当が発生しますねぇ」
「社長はなんでそう社員に有利な仕組みばっかり作るんです……?」
「必要だからです。だって亜神のパワハラとか最悪じゃないですか」
俺は即答したが、社員の皆様は何故か不思議そうなお顔だ。どうもこの世界では労働契約という概念が薄い……
「ぱわはら……って、なんですか?」
「上司から部下への、職場での地位を悪用した理不尽な要求のことです。たとえば休日や勤務時間外に、手当を払わず無報酬で働かせたり、それこそお給料を削ったり、庭の草むしりみたいな業務と関係ないことをさせたり……」
「いえ、草むしりは大事な業務でしょう」
……そうだった。うちではそうだった……あくまで会社の敷地内での話なのだが、アスファルトの舗装とかがないし、そもそも「トマト様のお世話」が業務のうちなので……草むしりは重要である。外注の清掃業者などは、王都のような大きな街にしか存在しない。
「間違えました、『それが業務内容に入っていない』場合の話です。うちでは草むしりも仕事の範囲なので当てはまりませんが、うーん……具体例……あ! たとえばほら、私が社長の権限を振りかざして『モフれ!』とか言ったら、それは横暴でしょう?」
「喜んで」
「むしろご褒美です」
すかさずジャルガさんとナナセさんが机上の俺をモフりはじめた。にゃーん。にゃーん。にゃああーーーん(無抵抗)
「……し、失礼、取り乱しました……具体例がよくなかったですが、まぁアレですよ。節度というか、『働きやすい環境づくり』というのは管理職の責任でして、それを果たさないと会社としての存続が危うくなってしまうのです。だってここより条件や環境のいい職場があったら、皆さんだって転職を検討するでしょう?」
「断言しますが、ここより条件のいい職場なんてないです」
ナナセさんの声がちからづよい。そう思ってもらえるように頑張ってきた甲斐があったというものだが、今後も精進せねばなるまい。
さて、ポスターや販促ソングの目処がついたところで、次は人員の拡充に関するお話。説明もナナセさんからアンナさんへとバトンタッチである。
「従業員研修用のマニュアル製作が、ひとまず完了しました。機械操作や事務系のマニュアルは少し前に完成していましたが、今回は社則や寮のルール、社内制度の説明、食堂や浴場の使い方、ゴミの捨て方など生活面も網羅したものですね。あとは実際に使ってみて、不備があれば都度修正していくことになります。複数の冊子に分けていますので、それぞれの部門や採用者ごとに、必要な部分だけ渡せるようになっています。また内容は社外秘が多くなりますので、外部への流出を避けるため、これらは社内の印刷機で複製します。従業員に配布したものに関しても、一定期間経過後に回収する方針です。その後も閲覧したい場合には、社内の資料室を使ってもらいましょう」
機械類の設計図まであるわけではないし、猫的には「別に流出させてもいいんじゃないかな……」とか思ったのだが、「産業スパイ潜入の糸口を探る資料にされます」と、ナナセさんに真顔で諭された。やっぱりそういうのあるんスねぇ……
なおマニュアル作成は社員総出で関わったが、特に読み書きの巧みさでアンナさんが大活躍してくれた。ナナセさんやグレゴールさん達が要点を列記し、それをアンナさんがわかりやすい順番にして整理する、という流れ。
子爵家級のお貴族様はだいたい実務官僚なので、「手紙や通達用の文書作成技術」がやはり高い。細かな帳簿の付け方などはご存知なかったし、計算もややゆっくりめではあったが、それも今では過去の話だ。アンナさんとカイロウ君にはしっかり伸び代があった。
またアンナさんとカイロウ君は、「商会の慣例を知らない」からこそ、まさに新人目線で疑問点を洗い出し、わかりやすいマニュアルに仕上げてくれた立役者でもある。
こういうのは経験者視点に頼りすぎると、新人にとっては逆にわかりにくいマニュアルになってしまいがち。「わからないのはそこじゃないんです!」みたいな?
その点、今回作成したマニュアルならば、他国出身の有翼人さん達やシノ・ビの皆様にも、過不足なく業務内容や生活上のルールを理解してもらえそうである。
ここしばらくの大仕事が成果としてまとまったことで、一同から安堵の吐息が漏れた。
「これでようやく、有翼人の方々をお迎えできそうですね」と、嬉しそうなジャルガさん。
「ええ。シノ・ビという人達にも使ってもらえるはずです」
グレゴールさんもだいぶここの空気に馴染んだな……以前はいかつくて怖い雰囲気だったのだが、なんだか最近、お顔立ちから険が取れ、かわりに余裕がでてきた。やはり職場環境は大事である。
予定していた報告・情報共有がひとまず終わったので、少し早いがお昼ごはんを用意しつつ、ちょっとした雑談の時間を作ることにした。猫式パワーランチである。こういう時間を使って、社員の皆様から不満や不安、改善点をさりげなくすくいあげておくのも管理職の務めだ。
前世の若者世代だと、「上司との食事とか、あんまり……」みたいな風潮もあったが、俺の前世の勤め先は零細企業だったので、社長も一緒に普通に定食屋で駄弁ってた。話の内容も野球とか相撲とか釣りとかだったし、個人的には割と楽しんでいた。
そして今生においては、社長とはいえ「かわいい」(強調)猫さんなので……女子社員と一緒にごはんとか食べていても許される。傍目には猫が餌食ってるだけである。
……まぁ、食器は使ってるが。
「わ。今日のメニューは『オコノミー』ですか? 私、これ好きなんですよね」
俺が用意したお好み焼きを見て、ナナセさんがちょっとはしゃいだ声を出した。王都育ちなので、拳闘場で人気の「オコノミー」はちょくちょく食べていたのだろう。
が、俺が用意したのは前世のお好み焼きなので……
ソース、出汁、青のり、具材……そのすべてがこちらの屋台飯を上回っている。見た目は似ているし、こちらの「オコノミー」も、おそらく昔の転生者が再現に挑戦したものなので、決して悪い出来ではないのだが――
しかし、ソースの完成度がやはり及ばぬし、こちらは卵や山芋、焼きそば、さらにトマト様とチーズまで加わった豪華版。
ククク……この美味しさはガチである。
そして食べはじめるなり、ナナセさんは「確かにオコノミーなのに全然違う!?」と驚愕し、あっという間に食べきって珍しくおかわりまでした。若人よ、たぁんとお食べ――
「オコノミーにもトマト様って合うんですね……」と、びっくりした様子なのはジャルガさん。
冷静さを取り戻したナナセさんが、これに応じる。
「チーズが利いている気がしますね。オコノミーにそのままトマト様を混ぜると、少し水っぽくなったり風味の違いが気になりそうですが……そこにチーズを加えたことで、チーズとトマト様のハーモニーがオコノミーとうまく合わさり、総合的に高い完成度へ至ったのではないかと……」
うむ。チーズとトマト様の相性は素晴らしい。また、お好み焼きとチーズの相性も素晴らしい。
お好み焼き+トマト様だとちょっと「ん?」という感じになりがちなのだが、どちらとも相性のいいチーズが両者を結びつけることで、「ちょっとピザっぽいお好み焼き」になるのだ。まー、ピザもお好み焼きも小麦粉ベースですし?
「これもトマト様のアレンジレシピとして、いずれ王都で提案していこうと思います!」
「ふふっ、また販路が増えそうですね」
声高に主張する猫の口元を、ジャルガさんが紙ナプキンで拭いてくださった。ちょっと毛先にチーズが残ってた。
「ところで社長、ホルト皇国での生活はどうです? 昼間はこっちに来ることが多いですし、クラリス様達は学校通いだと思いますが……トゥリーダ様との外交以外で、なにかおもしろいことはありましたか?」
ジャルガさんの問いに、俺はにゃーんと首を傾げる。
トゥリーダ様の外交も、まぁおもしろいことは特になかったが……社員の皆様に「猫さん大暴れ!」の新聞を見せたらドン引きされつつウケはとれたので、傍目にはおもしろかったのかもしれぬ……
「猫魔法の猫さん達が自由度を増している気がしますねぇ……たぶん『英雄検定』という称号の評価が上がっているので、それに伴い、掛かっていたリミッターが少しずつ外れているのではないかと……」
これはリルフィ様のお考えなのだが、言われてみて俺も「あー」と納得してしまった。称号の変化に応じて能力が変わる例は実際にあるらしく、俺の場合、『英雄検定』が昇級するのにあわせて猫魔法の威力、効果が跳ね上がっている可能性がある。
……初期状態でも猫の旅団で魔族を完封できるパワーバランスはおかしい? そういう見方もありますよね……
「リミッター……亜神としての真価が引き出されつつある、ということですか……?」
ジャルガさんの眼差しに畏怖が混ざりそうだったので、俺は慌てて腹を見せて撫でアピールをした。にゃーんにゃーん。
「そんな大袈裟なものではなくて、仲間の猫さん達が、私の『意図』を察してくれるようになったというか……向こうではクラリス様達の護衛についている子達もいますし、お屋敷で遊んでいる子達もいます。またこちらの社屋でも、雉虎組が必要な家具類の製作をいつの間にかやっていてくれたり、あと警備の猫さん達も詰所でボードゲームとかやってますし……皆さんも目撃してますよね?」
「ええ、黒猫様とサバトラ様と、あと白い虎にまたがって巡回している鎧姿の猫様も時折見かけます。トマト様を献上すると美味しそうに食べてくださいますよ」
「もうすっかり慣れましたが、夜中に目が合うと一瞬、驚きますね」
アンナさんが微笑ましい餌付けエピソードを、グレゴールさんが真夜中の猫あるあるを、それぞれ笑顔と共にご紹介してくださった。
……あの毛玉ども、俺の知らないところでぜったい他にも何かやってるな……?
「あのー……念のためにうかがいますが、悪さとかいたずらとか、されてないです?」
カイロウ君が「いやいや」と首を横に振る。
「それはまったくないです。普通の猫様なら書類を散らかしたりしそうなものですが、むしろ逆にホウキとちりとりを使って、社内の掃除とかしてくれますし……」
そんなん知らん。どこの子!?
「あ、あの、その子達、毛並みはどのような……?」
「少しレトロなメイド服を着た、三毛猫さん達ですね」
三毛猫衛生部隊! ……治療とか看病のための猫さん達なのだが、社内清掃までやってくれているのか……オスどもが野球や麻雀にうつつを抜かしている間に、そんな働いてくれていたなんて……ボーナス……ボーナスあげなきゃ……
「ただ、たまにホウキを振り回して、他の猫が投げた雑巾を打っているんですが……あれって何の遊びなんですかね?」
やっぱり野球やってんじゃねーか!
わんぱくな小学生が掃除の時間にやるやつである。ちょっと男子ー、まじめにやりなさいよーである。
……三毛猫衛生部隊は三毛だから、ほぼほぼメスのはずだな……?
それにしても、猫魔法の猫さん達の野球好きの理由がちょっとよくわからぬ。俺も別に嫌いではないが、「昔、野球部だった!」とかそういうのは全然ないし、特に思い入れがあるスポーツというわけでもない。
猫と野球の間に、何か不思議な縁があるとでもいうのだろうか……? その昔、『ドラッ◯ーの草やきう』という大人気名作野球ゲームは存在したが……なんと投球判定に抗議ができて、しかも判定が覆るという画期的なシステムであった。
野球談義になってしまいそうだったので軌道修正し、デザートには各々のリクエストに応じて甘味をお出しした。
ナナセさんがチョコレートパフェ、グレゴールさんがクリームあんみつ、ジャルガさんがレアチーズケーキで、アンナさんとカイロウ君がフルーツポンチである。旧レッドワンドでは果物がかなりの高級品だったようなので、お二人は果物系が特にお好きなのだ。
手元のケーキをフォークで小さく切り分けながら、ジャルガさんが口を開く。
「そういえば、先日の宴で、私と同じ褐色肌のポルカ様、マズルカ様とお会いしましたが……彼女達とキルシュ先生のご関係が、ちょっとよくわからなくて。あの場では失礼かと思い、詳しく聞けなかったのですが――」
宴とは、「トゥリーダ様の公開生放送成功記念!」の打ち上げである。
たくさんの人達を集めたので、俺も各テーブルを回っていて、あまり状況を確認できていない……アイシャさん、スイール様、ピタちゃんの大食いバトルに翻弄され、食い物の錬成に忙しかったという事情もある。
あの夜はシャムラーグさんもいたので、たまには兄妹で話したいだろうと思い、エルシウルさんを呼んだ。当然、旦那のキルシュ先生と娘のルシーナちゃん(生後半年)も一緒である。
するとどういうわけか、キルシュ先生ご紹介のタイミングでポルカちゃんとマズルカちゃんが不思議そうな顔になり――
ポルカちゃんとマズルカちゃん紹介のタイミングで、キルシュ先生も「おや?」という雰囲気になっていた。
キルシュ先生は学者の家系らしいので、ホルト皇国では名士なのかもしれぬ。貴族とつながりがあってもおかしくはない。
「そこらへんは私もよく知らないです。午後からキルシュ先生のところに行ってみますね!」
『じんぶつずかん』で確認しても良いのだが、こういうのはまず本人に聞くべきである。ルシーナちゃんのところにも顔を出したかったのでちょうどよい。
ナナセさんがちょっと不思議そう。
「ジャルガさんって、あまりそういう人間関係には踏み込まないタイプかと思っていたんですが……そうでもないんですね?」
ジャルガさんは小さく頷いた。うるわしい。
「いえ、その通りです。普段なら関わらないのですが……『クロムウェル伯爵家』、『クロム島』の話となると、南方出身の商人としては少し気になるんです。私自身はネルク王国育ちですが、両親からは話を聞いていましたし……クロム島は内海交易における要所ですから、将来的にはバロメソースの流通にも関わってくるでしょう」
なるほど。そこのご令嬢お二人が、当代の領主様と不仲で、しかも俺のお友達となると――キルシュ先生とのご関係も含めて、社員であるジャルガさんがある程度の知識を得ておきたいと思うのは当然である。深く関わりを持つ気はなかろうが、踏んではいけない地雷というものもあるのだ。
「双子ちゃん達はいい子なので、特に問題ないかと思いますが……クロムウェル伯爵家とキルシュ先生の関係については、私もちょっと気になってるんですよね。クロム島のことも『交易に便利な離島!』としか聞いてないですし……なんかわかったらまたお知らせしますね」
「よろしくお願いします」
そんなこんなで猫もいろいろと思案しながら、ジャルガさんが切り分けてくれたチーズケーキを一欠片、あーんしてもらうのであった。
いつも応援ありがとうございます!
先週の日曜日にニコニコ静画のほうで、三國先生のコミック版・猫魔導師、第20話が更新されていました。先日発売された四巻までの収録分です。ファーマールークさん!
そして次の21話、アイシャさんとの遭遇回が、先行配信のピッコマではすでに前編を掲載中、コミックポルカでは今月末あたりを予定しているようです。こちらもどうぞよしなにー。




