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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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241・ラッカ家の人々


 クロム島の現領主、ラルゴ・クロムウェルは、皇都においては知り合いの学者の屋敷を常宿にしている。


 ホテルに泊まる金がないわけではない。それどころか、自身の屋敷を構えることも可能な程度の財力はある。


 が――この皇都で下手に屋敷を持つと、良からぬ策謀に巻き込まれやすいし、嫉妬や警告絡みで放火でもされたら大損になる。

 大半の日々を領地のクロム島で過ごす以上、ラルゴのような貴族がこの皇都に屋敷を持つのは、「見栄」や「虚栄」のための無駄金にしかならず、コストパフォーマンスとリスクマネジメント、どちらの観点からしても現実的ではない。


 ホテルに部屋をとらない理由はもっと単純で、「東西諸侯となるべく顔をあわせたくない」という後ろ向きな動機による。

 プライベートな時間に顔を合わせると絡んでくるタイプの困った貴族が、皇都にはそこそこいるのだ。余計な波風は立てたくないし、ラルゴにはそうした輩と関わる利益がまったくない。


 実際、南方の貴族はそうした嫌がらせを避けるために、皇都ではホテルを使わず、自身が経営させている商店や知人の屋敷に滞在する例が多い。子爵、男爵程度であれば、東西諸侯が泊まらない程度の安宿を使うこともあるが、伯爵家ともなると一応は最低限の体裁がある。


 そのため今のラルゴは、父の古い友人である学者――ヴォラック・ラッカの屋敷に間借りをし、そこから交誼を保ちたい貴族への書状を出したり、必要な社交会へと出席している。


 ……が、肝心の家主はどうにも不在がちで、今もこの屋敷には親族とメイドしかいない。植物学者たるヴォラックは、ホルト皇国の北部へ植物の採集旅行に出かけているという。去年は一年のうち一ヶ月程度しか屋敷にいなかったとメイドから聞かされた。


 ついでに彼の妻まで不在なのだが、こちらはラズール学園の研究室に寝泊まりしているとのことで、本邸には滅多に帰ってこない。


 つまり、家主もその妻もいないのに、ゲストとしての滞在を許される程度には、ラルゴとも付き合いが古い。

 ラッカ家の面々にとってのラルゴは「昔からよく知っているクロムウェル家の先代の息子」であり、もはや「血の繋がらない親戚」じみた感覚なのだろう。


 ついでにいえばこのラッカ家は、「親族に学者が多い」というだけの一般家庭である。過去には官職に就いて一代限りの爵位を得た者もいるし、商売で成功した者も複数いるため、そこそこ名の知れた名家ではあるものの――爵位を持つ貴族ではなく、政治的な影響力は皆無だった。


 さて、この不在の家主、植物学者ヴォラック・ラッカには、三人の子供がいる。


 長男は他領の貴族令嬢と結婚して、婿養子に行ってしまった。

 次男は民俗学のフィールドワークとやらでレッドワンド将国――現レッドトマト商国へ出かけてしまい、何年も帰ってこない。


 ラッカ家そのものの本流は別にあるので、傍流のこちらは「男子に家督を継がせる」といった意識はまったくないらしいが……そうはいっても心配にはならないのかと、他家のことながら不思議になる。


 とはいえラッカ家の者達にいわせると、「数年単位で家を空けるぐらいなら、ラッカ家の男にはよくあること」らしい。要するにこの一族は学問の快楽に脳を灼かれていて、ちょっと思考がおかしい。


 そんな中、長女の「ソラネ・ラッカ」だけは割と常識人で、家族の自由人ぶりを嘆き、自身は安定した官僚への道を志していた。


 現在二十歳。今はラズール学園にて高難度の試験をパスし、将来を約束された官僚の育成課程へと進んでいる。ここを卒業すれば、そのまま幹部候補として各省庁へ配属される。

 配属先の希望が通るかどうかは成績とコネ次第だが、ラッカ家の人間にしては珍しく、とても常識的かつ規律的な娘なので、そのあたりはラルゴも心配していない。


 そのソラネが、今日は朝からやかましい。


「ラルゴおじさま、聞いてくださいな! 昨日の夜、『急ぎの用件があるといけないから』と、いつものようにお父様あての手紙を開封していたんですが……」


 家族に届いた郵便物を勝手に開けているわけでは断じてない。そもそも家主が数ヶ月単位で帰ってこない日々が常態化しているため、家族の手紙どころか税務処理、資産管理その他への対応が、年若い彼女に一任されてしまっているのだ。赤の他人ながら、ラルゴとしても少々気の毒には思っている。


「その中に、馬鹿兄からの手紙が混ざっていまして……なんと今はネルク王国にいるらしいんですよ! 大叔父を探しにレッドワンドへ行ったはずなのに!」


「ほう」


 ラルゴ・クロムウェルは紅茶を傾けながら淡々と応じる。女子のおしゃべりに付き合うのは苦手なのだが、しかしラッカ家次男の動向となれば多少は気になる。


 次男のキルシュ・ラッカはラルゴの目から見ても優秀な逸材だった。地属性の魔導師であり、神聖属性も使える治癒士であり、さらに薬学の知識を備え、頭の回転も早く物腰が穏やかで弁舌も爽やかな好青年だった。

 少し年は離れているが、いずれ出世しそうならポルカかマズルカの婿に――などと考えたこともないわけではない。


 ……ただ、本人は諸国の民俗学や神話・伝承などという、どう考えても金になりそうもない分野に興味を持ってしまい、まともな進路を蹴ってふらふらと旅に出てしまった。

 ラッカ家の男には、どうもそうしたところがある。


 隠居して小説家をやっているラルゴの父……ポルカとマズルカの祖父にも、そうした世間からズレた変わり者の人材をおもしろがる悪癖があり、ゆえにクロムウェル伯爵家とラッカ家の親交も結ばれた。

 それは「貴族と平民」ではなく「小説家と学者」としての付き合いで――実際、ラッカ家の親類縁者から得られた多くの知識は、執筆にも大いに役立ったらしい。


 もっともそれは親世代の縁であり、ラルゴやソラネにはあまり関係ない。


「レッドワンド……いえ、レッドトマトでは昨年、大きな混乱がありましたからな。無事の便りが届いてなによりではないですか。ソラネ殿も、キルシュ殿のことを心配しておられたのでしょう?」


「心配していたからこそ、内容の酷さに腹を立てているんです! 『ネルク王国で結婚したから、向こうに骨を埋めるつもりだ』って! しかももう娘まで生まれてる、って! 信じられますか!? そういう大事なことを! 実家に何の相談もなく! 勝手に一人で決めて! あまりにいいかげんすぎます!」


 ソラネはだいぶキレている。ネルク王国は遠すぎるし、急にそんな便りが届けば混乱するのも致し方ない。

 つまり、客として世話になっているラルゴには彼女を適度になだめる責任がある。人付き合いとはそうしたものだ。


「それは確かに大事おおごとですな……とはいえ、兄君も成人した大人です。子供ができて、きちんと結婚し定住も決めたとなれば……それはそれでご立派ですよ。うちの娘どもなど、将来のことなど何も考えずに家を飛び出してしまいましたから」


「いえ。それはおじさまが悪いです。年頃の女の子は政略結婚の道具ではありません」


 ぴしゃりと怒られた。どうもこのソラネという娘が、ラルゴは苦手である。


 しかしソラネのほうでは貴族たるラルゴに一定の理解か利用価値を認めているようで、言うべきことは言うものの、そこにあまり拘泥こうでいしない。ある意味、官僚向きの人材だとは思う。


「ポルカ様とマズルカ様のことは存じ上げませんが、親元から飛び出すことは別に悪いことではないでしょう。特にラズール学園は人生を考え生き方を学ぶ上で良い環境です。それはおじさまご自身も経験されたかと思いますが?」


「……どうでしょうな。あまり良い思い出はありませんが」


 南方の貴族というだけで、貴族社会では一段下に見られる。特に離島出身の田舎者だったラルゴは、少しでも才走ったところを見せると「生意気だ」とやっかまれた。


「良いご友人はできたでしょう。エレフィン伯爵とのご交誼は今も続いていると聞きました」


「あれはお互いに利用価値を認めているだけです。友情というには生臭すぎる。打算の結果ですよ」


 ソラネが軽めに嘆息した。


「そういう露悪的なところを、わざわざ年頃の娘さんにまで見せてしまうあたりが、おじさまのダメな部分です。嘘をつけとまでは言いませんが……いえ、おじさまのように面倒くさい性格の場合、親子の間柄なればこそ、嘘をつくべきタイミングというものもありそうですね。皇都滞在中に娘さん達へ謝って、関係を修復しておくことをお勧めします」


「好き勝手なことを申される」


 小娘からの軽い調子の説教に、ラルゴは苦笑いしか返せない。口ではおそらく勝てないし、相手は未来の官僚なので喧嘩もしたくない。

 ――何より、痛いところを的確に突いてくる様子が亡くなった前妻に似ていて、なにやら怒るに怒れない。言われ放題でも腹が立たないのは不思議な感覚だった。


「風向きがよろしくないので、キルシュ殿の件に戻りますが……向こうでは、王都で医師でもされているのですか? それとも魔導師として仕官を?」


「いえ、それが……なんでも『リーデルハイン領』という田舎で、診療所を開いたそうなのですが」


 ソラネが、机上に置かれた「昨日の新聞」を指さした。


 トゥリーダ・オルガーノによる、ラズール学園における公開生放送――紙面にはその概要がまとめられている。

 一昨日は、ラルゴも貴賓席で放送を聞いていた。水蓮会に裏切者として狙われたのが、後妻の父親、義父のソロ厶伯爵家だったため……隣にいたラルゴも危うく巻き添えで殺されるところだった。


 昨日の新聞報道は猫騒ぎとトゥリーダの放送内容にすべてを持っていかれたが、今日あたりから各紙、政治に関する真面目な報道や分析が増え始めるはずで、ラルゴとしては飛び火を避けるためにどうしたものかと思案し続けている。


 とりあえず、義父のソロム伯爵家はもうだめだろうが……多少なりとも面倒を見るか、それともすっぱり縁を切るか、判断が悩ましい。


 その思案はさておき、問題は「リーデルハイン領」である。その子爵家の名は、新聞にも載っていた。


「……トマト様の原産地、でしたか。オズワルド様に種と苗を譲ったのが、確かリーデルハイン領の貴族と」


 ソラネが深く頷く。先程までキレていた面影はすでになく、目には官僚の卵として申し分ない冷ややかな迫力が滲んでいた。


「ええ、領主はライゼー子爵という方らしいです。どうも兄のキルシュは、そちらの領都で診療所を始めたようで……手紙にはトマト様のことも書かれていました。素晴らしい作物だから、ぜひ父にも知ってほしいと――それから里帰りの時には苗と種を持ってくるから、家庭菜園のスペースを広げておくようにと」


 不在の家主、ヴォラックは「植物学者」である。ラッカ家の者達は、それぞれが興味を持った方向へ突っ走る傾向があるため、親子でもほとんどは研究分野が違う。もう亡くなった先代などは、確か魔道具職人だった。

 

「トマト様とやらの原産地に、キルシュ殿が移住……ふむ。これは偶然の一致ですかな?」


「……もう一つ、気になることが。兄が結婚した相手は『リーデルハイン領にいた有翼人』のお嬢さんだそうです。でも……ネルク王国に『有翼人』がいるなんて話、聞いたことがありません。何かおかしくありませんか?」


 ラルゴは、トゥリーダが秘書のように連れていた有翼人の男を思い出した。遠目にちらりと見ただけだが、軍服の背中から翼を出しており、隠す気はまったくない様子だった。


 旧レッドワンドでは、有翼人は迫害されていたはずだが、レッドトマトではその方針を受け継がず、法的にも一般の民と同じ扱いをするらしい。つまり有翼人達にとって、トゥリーダはまさに解放者であり聖女となる。

 

「確かに、妙な符合は感じますが……ソラネ殿が何を気にされているのかは、よくわかりません。トゥリーダ様とリーデルハイン領にはトマト様を通じた縁がある。そのリーデルハイン領にキルシュ殿も住み着いた。そこには国外にはあまり知られていないものの、有翼人もいる……その程度の偶然ならば、まぁ有り得るでしょう」


「兄の直近の研究テーマ、ご存知です? 『有翼人の里に伝わる、猫地蔵の伝承に関する研究』ですよ」


 …………猫。


 今、ホルト皇国で『猫』といえば、例の「猫の精霊」である。

 年明け早々、いきなり今年を象徴するような一大事が起きてしまったが、一昨日の猫騒ぎはあまりに謎が多すぎる。


 学園長のマードックはこの精霊と直に接触したらしく、彼の口から簡単な事情説明はあった。


 その内容によれば、猫の精霊は「バロウズ大司教」を守護しているようで――

 浄水教の財政基盤を健全化させた商売上手の神官として、皇都ではまあまあ名の知られた存在ではあったが、こんな形で目立つほどの傑物とは思っていなかった。


 金勘定の上手い神官となると世間では俗物扱いされがちだが、バロウズに関しては悪い噂や派手な散財話をほとんど聞かない。おそらく生真面目で堅実な面白みのない財務担当者なのだろうと、ラルゴも勝手に思い込んでいたが……とんだ節穴だった。

 神聖な存在、人外の存在との縁を持つ者は、それだけで油断がならない。


 ソラネは目を細め、声をひそめる。


「……物事には疑似相関がつきものです。事象AとBの間に因果関係が何もなくても、何か関連があるように見えてしまう例は往々にしてあります。が……もしもAとBを結びつける『要因C』が存在したのなら、AとBの関係は必然になりますし、兄がそれに興味を持った可能性も有り得ると思うのです」


 リーデルハイン領とトマト様。聖女トゥリーダと魔族オズワルド。バロウズ大司教と猫の精霊……

 それぞれはバラバラの事象ながら、聖女トゥリーダとトマト様の間にはオズワルドを通じた縁があり、レッドワンドを通過してリーデルハイン領に移住したキルシュは「猫」の伝承を研究する学者で、ネルク王国にはほとんどいないはずの『有翼人』を妻にしている。


 さらに今、ラズール学園には「ネルク王国」からの留学生達も来ており、猫の精霊が最初に顕現したのはそのネルク王国の王都で、宮廷魔導師ルーシャン・ワーズワースもその加護を得ていると外交筋から情報が流れていた。


「……キルシュ殿からの手紙に『猫の精霊』に関して、何か記載は?」


「ありません。途中で研究を投げ出すのは兄らしくないですし、成果がなければないで『行き詰まっている』ぐらいは書きそうなものですが……まるで禁忌であるかのように、不自然なほど、何も書かれていません」


 ラルゴはわずかに肩を震わせ、しばし沈思した。


 あのやたらとモフモフした猫の精霊達……彼らはバロウズを守ったと表明したらしいが、見方によっては、「トゥリーダもその対象だった」と考えるのは無理があるだろうか?


 いや、そもそも「守護対象をわざわざ表明した」ことには、おそらく何らかの意図がある。たとえばトゥリーダとの関係を邪推されぬよう、あえて「バロウズを守護した」ことにしたとか――

 仮にそうだとして、意図がわからない。上位存在に、守護する対象を偽るメリットなどあるのだろうか?

 ラルゴは推測と仮定を重ねて、さらに思索を進める。

 ……おそらくバロウズに対する加護も事実なのだろう。その上で、猫の精霊は『トゥリーダに対する加護』を隠そうとした……そう仮定すると、見えてくるものがある。


 ホルト皇国の者は皆、「トゥリーダを庇護しているのは、あくまで魔族オズワルドだ」と認識している。

 あるいは……そう認識するように、誘導された?


(…………魔族オズワルドと、猫の精霊は……すでにつながっている……?)


 思いついた推論を、ラルゴは口に出さない。これは不用意に口に出すべき事柄ではない。

 ここがつながった場合、「リーデルハイン領」「トマト様」「純血の魔族・オズワルド」「キルシュ」「宮廷魔導師ルーシャン」「聖女トゥリーダ」「ネルク王国からの留学生」「バロウズ大司教」「有翼人」、それらのすべてが、水面下で密接に連携している可能性が出てくる。


 もしもこの推測が正解なら……冗談ではすまない。


 ついに魔族の東方侵略が始まった――にしては、やり口がこれまでと違いすぎる。皇国議会や公開放送でのトゥリーダ達の言動は、むしろホルト皇国の現状を守り、サクリシアの影響を薄めようとしているようにも見えた。


 何か――まだ何か、とても重大な要素(※トマト様の覇道)を見逃している気がする。

 それ(※トマト様の覇道)が明らかにならない限り、ラルゴの思考力をもってしても、昨今の国家間の政治をも揺るがす一連の動きの正体を見極められそうにない。


 レッドトマト商国と、聖女トゥリーダと、魔族オズワルド、バロウズ大司教――

 そしてもしかしたら、ホルト皇国の皇家やネルク王国のリーデルハイン領、さらに猫の精霊達までもが関わる『真なる目的』(※トマト様の覇道)……それこそが、この混迷を晴らす鍵ではないかと思われる。


 先だっての皇国議会で、悪友・エレフィンから受けた助言が脳裏をかすめた。


『貴様には才覚はあっても運が足りない』『ここぞって時の生死は運に左右される』『不確定要素の部分を、もっと多めに見積もっておけ』


 人生哲学としては、ラルゴの方針とはあまり合致しない。が、そのまま聞き流すには惜しい説得力もあった。


(不確定要素……か)


 考え込むラルゴをよそに、紅茶を飲み終えたソラネが「では、私はこれで」と席を立った。

 彼女はラズール学園で官僚育成課程を履修中の身である。日々それなりに忙しい。


 ソラネが学園に出向いてすぐ、玄関先で来客を知らせる鐘が鳴った。

 ホテルより広く快適ではあるが、ここは貴族ではなく学者の屋敷であり、つまり大きめながら一般住宅に分類される。来客も貴族の作法などに囚われず、書状なしで唐突に訪れる。


 メイドが接客に立ったが、玄関先から聞こえた声はラルゴの知人のものだった。


「朝から押しかけてすまない。エレフィン・サイモンという者だ。ラルゴ・クロムウェル伯爵がこちらに滞在中と聞いたのだが、会えるかね?」


 ラルゴは席を立つ。不在の可能性もあったというのに、わざわざ朝から本人が来たということは、急ぎでなおかつ内密の話と見ていい。午前中は知り合いの商会へ顔を出すつもりだったが、予定を変更する必要がありそうだった。


 メイドから意向を確認される前に、自ら玄関へ出向く。


「エレフィン、どうした? 急ぎの話か?」


 褐色肌の優男は、軽薄そうな顔を珍しく緊張に強張らせていた。


「おう、いたか。留守なら伝言だけ残していくつもりだったんだが、手間が省けた。内々の相談がしたい」


「……こちらの応接室を借りる。いい話か? 悪い話か?」


「その判断にも迷っている。実は昨日、外交日程の唐突な変更があって、『聖女トゥリーダ』といきなり会えた。アレは……本物だ。本人か、あるいはその周囲の誰かが理外の力を持っている」


「――詳しく聞こう」

 

 人間的にはさほど信用していないが、持ってくる情報の精度は信頼できる。


 そしてエレフィン・サイモンから会談の顛末を聞くうちに――ラルゴ・クロムウェルは「南方諸侯の蜂起の芽」が、近い将来にしおれていく様を幻視した。


 この情勢の変化を、サクリシアが座視するか、それとも新たな火種を放り込んでくるか――

 そこは先方次第だが、両国の最前線に位置する「クロム島」の舵取りが難しいままであることは変わりなく、ラルゴは頭痛をこらえて悪友との情報交換を進めた。

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― 新着の感想 ―
初めて見たですよ。農業戦略(トマト様の覇道)で笑いを取ろうとしてきた作者さんは 怒涛の連打に耐え切れずに笑いましたw
世界は広いようで狭いくらいに縁が繋がるなぁ よほどのことがないと敗戦国はいつまでも敗戦国のままって過酷さのせいか南の伯爵はどっちも別ベクトルで曲者やね 逆に東西の質が落ちるのも順当か
「真なる目的は?」・・・「トマト様の覇道」 「そんなもん解るかーーーー」 とちゃぶ台をひっくり返すシーンを繰り返す読者達の苦悩が見える。
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