25・毛玉捜査網
ウィルヘルム君との会話を進めつつ、俺はこっそりと「じんぶつずかん」を確認した。
本当に魔族かどうかぐらいは確認しないとね!
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■ ウィルヘルム・ラ・コルトーナ(27)魔族・オス
体力D+ 武力C+
知力B 魔力B
統率C 精神C
猫力68
■適性■
暗黒B 火属性B 風属性B 水属性C
■特殊能力■
・身体変化 ・クリスタルサイト ・ダークサイト
■称号■
・風精霊の祝福 ・魔族の貴公子
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おっと、まさかの同年代?
見た目こそ少年、「でも魔族だから実は三百歳!」とか言われても納得するところだが、実年齢は意外と近めのお年だった。いやまぁ、今の俺は0歳だけど。
そして噂の“純血の魔族”ではないものの、魔導師としてはかなり優秀っぽい気配。適性が4つもある!
第三子とも言ってたし、たぶんめちゃくちゃ強いお姉さんかお兄さんがいるわけだが、彼自身も並の人間よりかなり強そうだ。
その後、ウィルヘルム君は肝心の妹さんに関する情報を語り始めた。
「妹の名は“フレデリカ・ラ・コルトーナ”と申します。能力はただの人間の子供と変わりません。転移魔法も使えないため、自力で戻ってくるのは難しい状態です……」
転移魔法とやらについては、俺にはよくわからぬ。が、女の子が独り、迷子になっているという事実がわかれば充分だ。
「場所はこのあたりで間違いないのですか? 範囲はどのくらいを想定すれば?」
ウィルヘルム君が懐から黒曜石の板を取り出した。リルフィ様が魔力鑑定に使っていた“魔光鏡”と同じモノだ。サイズが少し小さいのは、メーカー(?)とか機種(?)ごとの差異だろう。
そこに表示されたのは文字ではなく地図である。地形図以外にも、なんか変な線がいっぱい入ってる。
国境や川ではない。細かったり太かったり、交差してたりごちゃごちゃ集中してたり、渦巻になったり幾何学模様になったり、かと思えば唐突に途切れたり……
赤い点が俺達のいる場所かな?
「こちらに表示されているのが、この付近の地図と“地脈”です。転移魔法は、この地脈を通じて移動する魔法ですので、線上の何処かへ出ることになります。範囲はここに表示されているあたりで間違いないのですが……」
間違いない、と言われても……
……たぶんコレ、かなり広いぞ……?
リーデルハイン邸+隣接する町が、ほぼ点として記されている。
おそらく他の貴族の領地も含まれてるし、土地の大半は山、山、山だ。縮尺はわからんが……少なくとも、一人二人で探索できるような範囲ではない。
精霊さんとの山歩きを思い出して、俺は青ざめる。
……夜の山は恐ろしい。俺には心強い精霊さんがついていてくれたが、あそこに小さな女の子が一人……?
いやいやいや!
「妹さんが迷子になったのっていつですか!?」
思わず声が高くなった。
ウィルヘルム君は驚いたように身を引かせる。
「け、今朝です……あの、昼の間、姿を消して必死に探したのですが、見つからず……その途中で風の精霊様に出会い、ルーク様へ助力を仰ぐようにと、啓示を受けました」
よし、まだ一夜目か! それなら希望はもてる。
「妹さんの特徴を教えてください! 髪の色とか服装とか! あ! 匂いのわかるものとかないですか!? 服とかハンカチがあれば……!」
「い、いえ、そういうものは持ってきていません。家に戻ればありますが……髪の色は僕と同じ黒で、服装は……黒いブラウスとスカートを身に着けています。品は良いので、一般の人々との見分けはつきやすいはずです」
ふむ、黒ずくめの御令嬢……これなら特徴は充分か?
――魔法はイメージが大事。
猫魔法は猫をイメージすれば大抵のことはできそうな気がする。ストーンキャットでだいぶコツは掴んだ。
いま必要なのは探索のための“数”と“速さ”だ。さしあたって戦闘力は必要ない。
「猫魔法、サーチキャット!」
発動と同時に、周辺一帯にぶわりと大きな旋風が生まれた。
その旋風が細かく分裂し、もこもことした風の毛玉を経て――
『にゃーーーーーーん!!』
数百をあっさりと越え、数千匹の小さな猫達へと姿を変える。
おそらく普通の人間には何も見えない。魔力の才をもつウィルヘルム君には見えているようで、そのきれいな紅い眼を見開き、呆然と固まっていた。
「目標、貴族風の黒い衣装を着た、黒髪で迷子の女の子! 捜索開始ッ!」
俺が前足を振り上げるのにあわせて、数千の猫達はそれぞれが更に細かく分裂して数万となり、四方八方へと放射状に飛び出した。
さながら爆発のような勢いである。
数万匹にも及ぶ風の猫達による、名付けて「毛玉ローラー作戦」!
迷子の捜索といえばやはり基本はコレだろう。戦いは数だ!
魔力で構成された無数の猫達が一斉に飛び去った後、ウィルヘルム君が震える声で俺に問いかけた。
「ル、ルーク様……い、今の魔法は……?」
「迷子を捜索する魔法です。それっぽい方が見つかり次第、連絡が来ると思います」
「そんな……! 魔力で合成した存在に、“命令”を付加したということですか!? あんなにあっさりと? 儀式も詠唱も代償もなしで……? しかもあんな大量に!?」
なんだかびっくりさせてしまったらしい……そもそもこちらの世界の魔法の基礎すらよく知らぬ俺としては、何に驚かれたのか、よくわからない。
確かに、ぶっつけで上手く発動してくれたのと、想定以上のその数には俺も少し驚いたが、風の猫達は戦闘能力などを持ち合わせていない。つまり火力は0、数は多くても一体一体は省エネである。
『……にゃーーーーーーーーん…………!』
お。早くも引っかかった!
間延びした猫の鳴き声が脳裏に響くと同時に、その位置と方角が感覚的に伝わった。
これは……二十キロくらい先か? 一分そこそこで二十キロを駆け抜けたとなると、時速1200キロくらい?
……つまりマッハ1、ほぼ音速である。いかに実体がないとはいえ、この速さはとんでもない。
「あっちに反応がありました! 行きましょう!」
まだ驚きから立ち直らないウィルヘルム君の膝を肉球で叩いて、俺は岩石猫を元の小石へと戻し、別の猫を呼び出した。
「猫魔法、ウィンドキャット!」
「うなー」
風が唸り、翼の生えた白い猫がその場に出現する。サーチキャットと違い、こちらはほぼ実体で人にも見える。大きさは猟犬のセシルさんと同じくらい、俺を乗せて飛ぶには充分だ。
ウィルヘルム君は自力で飛べるだろうが、なんか呆然としているのでウィンドキャットさんに首根っこを咥えてもらった。
しゅっぱーつ!
……ウィルヘルム君は子猫のようにおとなしい。むしろ硬直している。
妹さんが見つかりそうでほっとしてしまったのだろーか……?
とはいえ本人確認がまだなので、ここで安心されても困るのだが。
明るいお月様の下、俺を乗せたウィンドキャットは、ウィルヘルム君を咥えたまま、優雅にしなやかに空を駆けていくのだった。