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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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240・呪詛と称号は紙一重


 トゥリーダ様とバロウズ猊下の会談(※土木工事の下見)が終わった後、ルークさんは夕方のうちにメテオラへちょっと顔出しをした。


 捕まえたシノ・ビ達の様子が気になったためだが、特に緊急連絡などはなかったので大丈夫なのはわかっている。冒険者用の宿泊施設も今は利用者がいないので、仮宿舎としてちょうど良いはずだ。


 ……が、宅配先の冒険者用宿舎は無人であった。

 あれ? みんなどこ行った?

 雪の中を歩くのは肉球が冷たそうでちょっと嫌だったので、ウィンドキャットさんを呼んでまたがる。俺もすっかり都会のもやしっ子になってしまったな……(家猫)


 ふよふよと外へ出ると、雪かき中の有翼人さんが二人いた。


「おや、ルーク様?」

「こんにちは! お散歩ですか?」


「どーもどーも、雪かきお疲れ様です! いえ、昨日お預けした、シノ・ビの皆さんの様子を見に来たのですが……」


 有翼人のおっさんが村の中心部を指さした。


「ああ、あの子達でしたら、寄合所で……説明会? だかなんだかで集まってますよ」

「午前中は薪割りやら炊事やら手伝ってくれましてねぇ。器用な子達ですな」


 おお、説明会! 昨日、保護した時に「村のルールとか説明しておいてください!」と村長のワイスさんにお願いしておいたので、たぶんソレであろう。


 さっそく向かうと、寄合所の入口からとてとてとソレッタちゃんが歩み出てきた。

 俺が里に来るとだいたい気づいてしまうという、すごいんだかすごくないんだかよくわからない「猫探知」という特殊能力をこの子は持っている。


「ルークさま! おまちしてました」


 さっそくウィンドキャットさんの背から俺を抱えあげ、まだ新築感が漂う寄合所の中へ。


 ……中ではシノ・ビの皆様が、片膝をついた臣従のポーズで俺を待っていた。

 いきなり重いな!?

 そして村長のワイスさんはいない。あれ? 説明会は?


「シノ・ビの皆さん、昨日ぶりですー。ちょっと様子を見に来ました! こっちで説明会をやっていると聞いたのですが……」


「は! ソレッタ様より、ありがたくも恐れ多き訓示をいただいておりました!」


 カエデさんから良い返事。しかし不穏。

 ソレッタちゃんの訓示? それはいったいどういう内容……?

 なんかちょっと嫌な予感がしたのだが、この場は流す。流して。流せ。


「えー、とりあえず何か問題点とかないですか? あと一~二週間はこちらで生活してもらって、その後は麓におりて、トマティ商会の社宅に移ってもらう予定です。そっちの受け入れ準備がまだできていないので、もう少しお待ちください。たぶんソレッタちゃんとご家族にも、そのタイミングでリーデルハイン領に来てもらう感じかな?」


「はい! たのしみにしてます」


 これはほぼ予定通りの流れなので、ソレッタちゃんも良いお返事。

 メテオラを離れることには不安もあると思うが……いや、ソレッタちゃんはちょくちょくリーデルハイン領にも遊びに来ていたから、それはないか?


 街にはキルシュ先生ご夫妻と、生まれたばかりのルシーナちゃんもいるので、『亜神の加護』を持つ者同士、姉妹のように育ってくれると微笑ましい限りである。


 ところでシノ・ビの皆さんが片膝をついたままな件。


「あの……普通に座っていただいて大丈夫ですよ……? 今日はオズワルド様とか来てないですし、キャットシェルター側にも誰もいませんし」


「は。失礼いたします」


 カエデさんがやけに整った正座をし、他の皆様もこれにならう。数人、片膝を立てて座ったり、横座りになっているのだが、この方達は足が義足だったり負傷中の方。

 俺の意を汲んだキジトラ親衛隊の方々が、それぞれに寄り添いクッション代わりとなってその身を支えてくれた。

 有翼人の方々は円座を使って床に座る系の文化なので、寄合所には椅子があんまりないんですよね……


 支えられた子達は恐縮気味だが、キジトラ親衛隊の方々は「俺に似て」(強調)愛嬌があるので、すぐに慣れるであろう。

 

「……昨日より雰囲気が重くないです? なんかありました?」


 カエデさんが真剣な眼差しで応じる。


「豊穣神ルーク様が起こした奇跡の数々を、ソレッタ様から学びました。聞けばこのメテオラは、一年前までただの森だったとのこと……ルーク様はレッドワンドに虐げられていた有翼人の方々を救い、この理想郷へと導き、そして日々の糧をお与えくださったと――ネルク王国を救い、レッドトマトを建国し、さらには私達のごとき愚か者の手からホルト皇国をも救い……陰謀に荷担したはずの我々を、こうして保護してくださるほどの大器に、我ら一同、感涙を禁じ得ません――この上はこの身を盾とし剣とし、ルーク様の御為に、そしてトマト様の覇道のために捧げ尽くす所存です」


 ……………………。

 言ってることは! そこそこいい感じなのだが! 昨日の今日で何があった!?!?

 何か変なものでも食べ……あっ。ま、まさかワッフルが美味しすぎて精神に変調が……!?


 戸惑う俺の前で、カエデさんはさらに語り続ける。


「先程、ソレッタ様からの訓示をいただき、我々は目が覚めました。我ら人類など、いと尊き猫様の前では塵芥ちりあくたに等しき存在……猫様に支配していただくことが人類の存在意義であり、猫様にこの無価値な生を捧げることではじめて人は救われるのだと……」


 …………おめめぐるぐるしてんな?

 ぼくこれしってる。正気度ロールに失敗して言語野を邪神にのっとられた被害者の手記(※手記ではない)だ……


 ドン引きした猫は、ソレッタちゃんを見上げる。


「……ソレッタちゃん……? このお姉ちゃん達に、何かしたかな……?」


「ルークさまのいぎょう(※偉業)をたたえて、いろんなお話をしました! リルフィさまやクラリスさまからうかがった話とか……あと、エルシウルお姉ちゃんとキルシュせんせいから聞いた話とか……」


 元凶はあのインテリイケメン有能医師かッ!

 キルシュ先生はリーデルハイン領に診療所を構えているが、俺の宅配魔法でたまにメテオラにも出張診療をしてくれている。

 彼は元々、考古学の研究目的でレッドワンドの有翼人集落へ居付き、そこでエルシウルさんに日々の世話をされているうちに恋仲となって結婚した行動派の学者である。

 土属性の魔法が使える上に医療の心得まであり、有翼人さん達からも歓迎されていたようで、ソレッタちゃんとももちろん以前からの顔見知りである。


 ……しかし、かわいい猫さんの愉快なほのぼのエピソードを話した程度で、カエデさん達がこんな状態になるとも考えにくいのだが……?


「おや、ルーク様。いらしていたのですな」


 そこへやってきたのは村長のワイスさん。

 正座したままのカエデさん達を見回し、何か悟ったよーなお顔で俺に一礼した。


「こちらのお嬢さん方はおとなしくしておりました。あ、雪かきや炊事などは手伝ってくれまして……特に問題はなさそうなのですが、その……」


 彼がちらちらと見る先は、俺の頭上のソレッタちゃんと、その足元に寄り添ったテオくん(猫のぬいぐるみ)。

 幼女様は澄まし顔である。テオくんは俺を見上げて香箱座り。寄合所は床があったかいので、居心地が良いのだろう。……ぬいぐるみでも猫は暖かいとこが好きなんやな……


 ワイスさんは幼女とぬいぐるみと俺を順番に見つめ、ぽりぽりと頭を掻いた。


「……その、ソレッタが、大事な話をするからと言い出しまして――ルーク様の素晴らしさを語りだしたのですが、そのうちテオ様が光り始めて、シノ・ビのお嬢さん方はなにかに感動して泣き出してしまって……」


 ワイスさんはそのタイミングで、「村長ー、ちょっとー」と呼ばれてしまい、気にはなったもののこの場を少し離れていたらしい。

 そして俺が着いたらご覧の有様である。


 精神魔法か? サイキックウェーブとか洗脳光線的な何か? 亜神の威光? よくわかんなくてコワい!(本音)


 ……猫力90オーバーのソレッタちゃんの「おはなし」が、俺の分身(だと思われる)テオ君と共鳴し、なんらかのやべぇ力場を作り出したのかもしれぬ。


 ……とゆーか、そうであって欲しい。もしもそういう特殊な理由がなく、カエデさん達が素で「猫様こそ至高!」みたいなことを言い出したのだとしたら、そっちのほうがもっとヤバい。

 これが亜神のやらかしなら「まぁ、わからんでもない……」という小さな怪異で済むのだが、それっぽい理由がないとガチのホラーイベントになってしまう。


 とりあえず甘いものでも食べさせたら正気に戻るかな? と思い、みんなに一個ずつキャラメルを配ってみた。


 目をキラキラさせながら甘味に震えることしばし。


「……あ。えーと……あの、ルーク様……先程は、お見苦しいところを――」


 平伏するカエデさんの頭をてしてしと撫でて、俺は苦笑を漏らした。


「いえいえ、正気に戻って何よりです。急にルーシャン様みたいなことを言い出して何事かと思いました。あ、ルーシャン様ってわかります? ネルク王国の宮廷魔導師様なんですけど」


「は。お名前だけは存じ上げております。名著『猫の飼い方』には、私もたいへん感銘を受けまして、比喩ではなく百度以上は読み返しました」


 ……ん? あの本を……?

 猫的には割と有用な内容ではあるものの、思想性にだいぶ強めのバイアスがかかった「アレ」が愛読書……?

 てか、他国にまで出回ってんの?


「ソレッタ様のお言葉を聞くうちに、あの本に書かれていた真実と叡智がすとんとこの胸に落ちてきまして、その衝撃に恥ずかしながらしばし呆けてしまい……あの、失礼な言動などはありませんでしたでしょうか……?」


 戻ってねぇっていうか元からそっち側の人材か! そういや猫力85だったわ! 90超えてないからうっかり油断してたが、よく考えたら充分な数字である。


 ただ、先程のぐるぐるおめめはやっぱり一種の状態異常だったようで、今はその瞳に理性の輝きがちゃんと戻っていた。


 ……ソレッタちゃんの「おはなし」はなんかヤバそうな気がするな? 猫力90オーバーは、ゆっくりと、確実に、まるでそろりそろりと近づく猫のように周囲を侵食していくのだ……


 実際ほら、ルーシャン様とか謎の地下組織「猫仲間ネットワーク」の顔役やってるし、一見普通に見えるオーガス君ですら発言の端々からたまに狂気が見えるし、例外は女神リルフィ様だけである。内向的なだけ? そういう説もないわけではない。


 ともあれ正気……正気?を取り戻したカエデさん達には改めて楽に座ってもらい、俺もソレッタちゃんに抱っこされてその正面に陣取った。


「さて、皆様の今後の業務については、麓に下りた後、うちの社員さんから改めて説明してもらうつもりですが……その前に、皆様からの疑問点を解消しておこうと思います。質問はありますか?」


「は。聞きたいことは、ソレッタ様やワイス様からあらかたうかがえたのですが……」


 カエデさんは少し戸惑いながら、俺を見つめた。


「……我らシノ・ビは、基本的に、生まれた時から『命令に従う』よう教育されています。ここにいる者達の多くもそれは同じですが……しかしその一方で、『理不尽な命令から逃げる』形で国を出たのも事実です――あ、全員が全員ではなく、仕えている家が潰れたり解雇されたりで路頭に迷った者も多いのですが……私などは、自分の意志で逃げてきた口です」


 俺は相槌を打つ。じんぶつずかん経由で詳細も知っている。


「……そういった逃亡を防止するために、一部の上位のシノ・ビには、あらかじめ呪詛がかけられます。逃げるとその呪詛が発動し……私にも、『紅河の抜け忍』という呪いがかかりました。効果は、他のシノ・ビがある程度まで接近すると一方的に存在に気づかれ、変装していても正体を見破られるというものです。逆にこちらからの知覚は制限されます。抜け忍は殺すのがシノ・ビの掟ですので……任務先で正規のシノ・ビと抜け忍が出会えば、戦闘になります。基本的にはこの呪詛の影響で、不意を打たれての暗殺になりがちですが――」


 あの称号、そういうもんだったの!? 加護や強化じゃなくて呪詛とかあるのか!

 ……いや、リルフィ様の講義でもサラッと聞いたことはあったかもしれぬ。実例にお目にかかる機会がなかったので失念していたが、霊的存在からの加護があるなら呪詛もあるか……


「この呪詛のせいで、いずれルーク様にご迷惑をおかけすることにならないかと……私は今、それを恐れています」


 この称号(呪詛)を持っているのは、カエデさん以外にあと二人。

 新人さんとかまだ未熟な子達には称号がついていない。おそらく「呪詛」も決して簡単にかけられるわけではなく、手間とかリソースの限界などがあるのだろう。あと一応、『称号は霊的存在から付与されるもの』なので、シノ・ビの黒幕には精霊とか悪霊とか、なんらかのヤバい存在が隠れていそうである。


「ふむ。念のためにうかがいますけど……それを消すと何か不都合があったりとかしますか? 自爆装置というか、消したら発動する変なギミックがあったりとか……」


「……いえ? そういう話は聞いたことがありませんが、そもそも消せないものですので……」


 ものは試しである。なんかイケそうな予感もあるので、とりあえず俺は肉球を掲げた。


禰宜猫ねぎねこさん、巫女猫さん、よろしくお願いします!」


『にゃーん』


 地鎮祭にてカルマレック大明神を爆誕させた実績を持つ、お祓いとかが得意そうな神主風、巫女さん風の猫さん達である。たぶんかなり神聖属性だと思われる。これ見よがしに後光とか差してる。俺も拝んどこ。にゃんまいだー。にゃんまいだー。


 ……神道と仏教と猫道がぜんぶごっちゃになってるな?

 ワイスさんは普通に興味深そうで、ソレッタちゃんはお目々をキラキラさせているが、シノ・ビの皆様は困惑している。


 猫じゃらしを捧げ持って、すたすたと歩く禰宜猫さん。ブチ猫である。

 その後ろをするすると歩く巫女猫さん×三匹。白猫である。


 禰宜猫さんはカエデさん達の前で立ち止まると、くるりと反転し……俺のほうを向いた。

 巫女猫さん達はその後ろに座る。


 そして熱く見つめ合う俺と禰宜猫さん……


 ……あ、俺が祭壇役? てゆーか神様役? そういや神主さんも参拝者側に背を向けて祝詞を読むことが多いな?

 神様(※俺)が神官を拝むというよくわからん状況になってしまったが――


『にゃーーん』『にゃあああーーーん』『なーーーー』


 禰宜猫さんの祓詞はらえのことばが高らかに響き、巫女猫さんが合いの手をいれるように歌いだした。

 割と荘厳な雰囲気なのだが、やっているのがまぁ、猫魔法の猫さんなので……やはりファンシーである。

 言葉の意味もわからぬが、なんか俺を讃えている気がしないでもない……自分の分身に自分を讃えさせるのっておかしいな? おかしくない? ご利益以前の問題だよね?


 しかしこんな自作自演じみた儀式でも何故か効果はあったようで、場に清浄な気配が満ち、それに伴ってカエデさん達数名の背中付近から黒いモヤ状の瘴気? 的なものがゆらりと立ち上った。

 猫じゃらしを持った巫女猫さん達が背後にまわり、それをパッパッと無造作に散らしていく。


『にゃーん』


 儀式は終わった。

 禰宜猫さんと巫女猫さん達は深々と一礼した後、スウーッと光の中へ消えていく。今回は打ち上げ(※直会の儀)をやらないらしい。地鎮祭よりだいぶ略式だったしな?


 しかし、効果はてきめんだったようで――


「……お。消えてますね。ちゃんと消えてます。カエデさんの『紅河の抜け忍』という称号、なくなりました!」


 とりあえず『じんぶつずかん』のステータスからは記載が消えた。

 カエデさん達は、それこそ憑き物が落ちたかのように呆けている。


「えっ……呪詛が……消えた……?」

「ちょ、ちょっと待って! いま確認……誰か、誰か魔光鏡持ってない?」

「あります! 鑑定しますね」


 シノ・ビの皆様が慌てふためく中、俺はソレッタちゃんに喉を撫でられてゴロゴロと甘える。ぬいぐるみのテオ君は後ろ足で立ち上がり、眼前でゆらゆらする俺の尻尾にじゃれついておられる。爪がないので引っかかれることはない。


「……ほんとに消えてる……死ぬまで消えないはずだったのに……」

「……呪詛って消えることあるんですか……?」


 精霊さんからの「祝福」系の称号ならば、本人の行い次第でたまに消えることもあると聞く。

 称号という括りである以上、呪詛も条件次第で解除方法はあるのではと推測しているが……そういうのを悪用する人達は不都合な話を隠すだろうから、彼女らが知らぬのは仕方ない。

 しかしトマト様のご加護をもってすれば、人類が意図的に付与できるくらいの呪いなら、この程度は朝飯前……否、新鮮朝採れトマト様の御前であろうと信じていた。


 そんな感じにカエデさん達が抱えていた厄要素を一つ取り除いたところで、改めて猫への忠誠を誓われてしまう。


「この身命を賭して……!」「まぁまぁ、そこは気楽に――」


 という風邪ひきそうな温度感の差はあったが、シノ・ビの皆様は大丈夫そうなので、引き続きもうしばらくメテオラに滞在してもらうことに。温泉も大好評のようである。


「ついでだから」と、今日はルークさんも男風呂(猫用の浅瀬)でひとっ風呂浴びていく!

 メテオラ温泉は数十人以上で入れる大きさな上、この季節のこの時間帯だと「夕焼けを眺めながらの雪見風呂」という超贅沢仕様。

 よく冷えた炭酸水とかをりながらくつろぐと、たいへん具合がよろしい。やはり風呂は命の洗濯である。


 せっかくなので、と一緒についてきた村長のワイスさんが、俺がご提供した炭酸水を飲みつつ、傍らでぽつりと呟いた。


「あのぅ、ルーク様……実は折りいってご相談がありまして」


「はい? なんでしょう」


 畳んだタオルを頭に乗っけた猫と有翼人が、露天風呂の片隅でこそこそと相談……絵面が若干おもしろいのは気のせいではあるまい。


「先日、リルフィ様達がいらした時に世間話でうかがったのですが、ホルト皇国で『米』の生産計画を立ち上げられたとか……?」


「はい! 宮廷魔導師のスイール様が中心になって、学内でしばらく実験後、皇都の外側で空き地を探す予定です。まだ用地選定もできていませんが、浄水宮から湧き出す水には微量の魔力が含まれているため、だいたいどんな作物でも良く育つそうで」


「その米の生産、このメテオラでは不可能でしょうか?」


 ……おや? これは……!


「もしかして興味をもっていただけた感じです?」


「は。ルーク様から下賜していただいた様々な料理によく使われておりますし、様々な可能性を秘めた作物であるとうかがっております。白米としてだけでなく、おにぎり、トマト様リゾット、オムライス、チャーハン、せんべい、カツ丼やハヤシライスなど、皆にもたいへん好評でして……」


 ふむ。メテオラは「基本的になるべく拡張工事をしない」という方針であるが……ドラウダ山地の森林は広大なので、水田の増設分ぐらいなら広げても問題ないし、その想定も込みで設計してある。

 不安要素は村人の労働力と、稲作に関するノウハウの不足か。


「一応、思いつく選択肢は三つあります。一つ目は、今ある小麦畑を潰して水田にする……これは地形とか水はけ、生産性の問題もあるので、あまりおすすめしません。二つ目は、堀の外側にあらたな水田を作る。これはおすすめなんですが、皆様の労働力が不足しそうです。三つ目はリーデルハイン領側で水田を増やし、そこでとれた米をこちらへ運ぶ。現実的な解決手段ですが、購入と運ぶ手間が必要です。どれがいいですかね?」


 ちょっと不思議そうなお顔のワイスさん。


「小麦を米に植え替えるだけでは済まないのですか? 米というのも、麦の仲間だと聞いておりますが……」


 あ。まずそこに誤解があったか。

 同じイネ科ではあるが、麦と米はだいぶ違うのだ……仲間という言い回しは「ネコとライオンは同じネコ科の仲間!」というぐらいの大雑把な解釈である。


「小麦は普通の畑でいいんですが、米は『水田』という水を張った湿地で作るんです。ちょっとノウハウが違いますし、追加の水路が必要になります。またこちらの世界での病害虫とかが、私にもまだわかっていないもので、今ある小麦畑を減らすのは怖いです。ついでに小麦のほうがタンパク質やミネラル、ビタミン、食物繊維などの栄養素が多めでして……なので、まずは小麦をきちんと確保しておきたいですね。あとは、米作りのノウハウをまとめた農業書などがこちらで手に入るといいんですが……」


 その時、板壁を隔てた隣の女湯から、控えめに声が響いた。


「あ、あの……! お話が聞こえてしまって、すみません。お米なら、カーゼル王国の主要作物ですので……技術的なことなら、我々が多少はわかりますが……」


 同じタイミングで入浴していたシノ・ビのお一人が、我々の会話を聞いて声を寄越してくださった。カエデさんではない。確か左腕が義手のアズサさんだったか? オズワルド氏に『ヤンデレに狙われてるよ!』(※意訳)と忠告してくれた対外折衝役の子である。


「えっ。米作りできるんですか!?」

「はい。村では水田の開墾もやっていました」


 思わず声を高くした俺に、女湯から安堵感ただよう声が返ってきた。たぶん『話しかけてもいいのかな……?』と迷った末の声がけだったのだろう。なにせ閑静な環境なので、盗み聞きするまでもなく互いの声が聞こえてしまうのだ。


「カーゼルでは、救国の軍師キリシマ様の偉業を讃えて、『キリシ米』という品種が主に流通しています。こちらの気候で育つかどうかはわかりませんが――」


 南方の米は、ヨルダ様やスイール様からの証言により「おそらく亜熱帯のインディカ米に近いもの」と見当がついている。検証してないけどたぶんそう。

 こちらで育てるとしたら俺が前世で食べていたジャポニカ米なので、気候はむしろ合うだろう。南方とこちらでは育て方も多少は変わるはずだが、それでも有識者がいるのはたいへん心強い。


 というわけで、メテオラの周辺に管理できそうな規模の水田を追加するか、あるいはリーデルハイン領で収穫したものを持ち込むかについては、もう少し検討することになった。まずは雪解けを待ってからでも良かろう。


 その間にアズサさんには「稲作の基本知識」をまとめてもらい、有翼人の方々が思案するための材料としてもらう。これはリーデルハイン領やホルト皇国でも使えるので無駄にはならない。


 人一人、一年あたりの米の消費量を、仮に60キロ前後と仮定した場合――四百人規模の集落では、だいたい24トンぐらいの米が必要になる。

 もっともこれは成人男性が主食にした想定であり、メテオラには女性や子供も多く、他にパンや芋もあるので……実際の消費量としてはその半分前後に落ち着くかもしれない。


 そして田んぼ一町(約100メートル×100メートル)の収穫量が4トン~6トンぐらいのはずだが、土や水が違い、大気にまで精霊さんの魔力が満ちているこちらの世界では、収穫量もけっこう違ってきそうな予感がある。


 もしもメテオラでも生産するなら、まず三町ぐらいから始めてみて、それで足りないようなら五町ぐらいまで増やせるように縄張りをするとしよう。


 メテオラ名物トマト様リゾットを冒険者達に提供できる日も、案外近そうである!


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― 新着の感想 ―
シノ・ビのお姉さんは定期的な猫SAN値チェックが必要ですね。
おい、ルークさん。 レッド・トマトのトップの猫力確認しろよ。 88になってんぞ。
やはり大勢の人達を救ったり養ったりする場合は、戦闘チート能力よりも農業チート能力の方が効果が高いですねぇ もっともルークの場合は、本人に願望や自覚が極めて希薄なだけで戦闘チートもとんでもない高レベルな…
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