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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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239・猫の新たな交易路


 エレフィン・サイモンという褐色肌のイケメン中年貴族に、干し芋を持たせて帰らせた後、我々は次の会談相手である『バロウズ・グロリアス大司教猊下』を迎え、みんなでお茶会をしていた。

 猊下を連れてきた外務省の職員は身内のリスターナ子爵だったので、問題なく同席している。


「ルーク様、先程はご協力ありがとうございました。エレフィン伯爵も、たいそう驚いておいででしたね」


 楽しげに笑うパスカルさんは、まるでいたずら小僧のよう……それでも目だけは底光りしているのが猫的には怖い。


「いえ、たいしたことはしていません! てゆーか、よくバレませんでしたねぇ……」


 さきほど猫がやったことはごく単純。

 竹猫さんに天井カメラでエレフィン伯爵の手元を撮影していただき、俺は木箱の中に隠れて、白紙に同じ数字を書き込み……その後、キャットデリバリーで普通に脱出した。

 つまりトゥリーダ様は数字の予測とか一切していないし、書いた「ふり」だけで実際には何も書いてない。適当にニコニコしていただけである!


「……しかしあんなニセ手品を見ただけで、味方になってくれますかね……?」


 不安を吐露する俺の喉を、パスカルさんがぐにぐにと撫で回した。


「充分です。もう一押しか二押ししても良いですが……彼はおそらく、『トゥリーダ様は未来予知に類した能力を持っている可能性がある』と考えたでしょう。常識的に有り得ないとは思いつつも、『その可能性がある』ことは否定できない。この疑念がある限り、ひとまず、『サクリシアとの今後の距離感』については慎重になります」


 スイール様も干し芋をもっちゃもっちゃと貪りながら頷く。


「未来予知ができる国家元首とかヤバすぎるもんね。迂闊に敵対したら動きを読まれて封じられるし、サクリシアとの陰謀だって見破られて、ホルト皇国側にバレそうだし……だけど、味方につけられたらこれほど心強い相手もいない。しかも現時点でこっちが好意的な態度を見せている以上、あえて敵対するのは愚策だ」


 トゥリーダ様がぽかんと気の抜けた顔をした。


「……え? あの……え? さっきのアレって、そんな意図があったんですか? 『びっくりしましたね』『すごかったですね』で終わりじゃなくて……?」


 陰謀が苦手そうな国家元首に、シャムラーグさんが苦笑を返す。


「そんなわけないでしょう。未来予知はともかくとして、『なんかヤバいことができる』ぐらいの匂わせをすることで、こっちが侮られないようにしたんですよ。ああいう抜け目なさそうなタイプは、不確定要素が出てくるとちゃんと慎重になりますから」


 パスカルさんも深々と頷いた。


「シャムラーグ殿のご指摘通り、今回はエレフィン伯爵に力を見せつけ、『迷わせる』ことが目的でした。彼はホルト皇国に対して強い不満を溜めていますが、かといってサクリシアを盲信できているわけでもない。そもそもサクリシアはそれぞれの商人貴族が連携して動いているだけで、『国としての方針』すら定まっていないのですから、信用できる根拠がない。だからエレフィン伯爵をはじめ、南方の諸侯は決起のタイミングを欲しつつも、開き直って自滅するほどの覚悟はなく――無意識下では『別の選択肢』も模索し続けています。サクリシアよりもレッドトマトと組んだほうが、安全で、効果的で、実入りも大きく、ついでに東西諸侯の弱体化も狙える――そういう状況を自然に作っていけば、こちらになびくでしょう」


 やはりパスカルさんは、こういう搦手からめてで頼りになる――オズワルド氏が彼をレッドトマトに連れてきてくれたのも、まさに新国家でこういう才を生かせると考えたからだろう。


 そのオズワルド氏は本日、こちらに来ていない。昨日のカエデさん達の供述を受けて、「サクリシア側の最新情報を収集してくる……」とのことである。ちょっと背中がすすけていた。

 マルガレーテ・ロッテンハイムなるヤバそうな貴族に関しても、まずはこの情報収集後に対応を検討する予定なのだが……「コワイからあんまり関わりたくない!」というのが猫の本音である。

 しかし『じんぶつずかん』には登録しておきたいので、折を見てカエデさんを連れ出し居場所を確認するつもり。今の時点では容姿のヒントすらないのでサーチキャットさんにも頼れぬ。


「そういやルークさんは、さっきのエレフィン伯爵をどう見たの? 魔力鑑定みたいな感じで、ある程度まで能力がわかるんでしょ?」


 ……んー。こんな感じである。


----------------------------------

■エレフィン・サイモン(38)人間・オス

体力C 武力D

知力B 魔力D

統率B 精神C

猫力51


■適性■

商才B 扇動B 博才C

----------------------------------

 

 おそらく商人としては優秀っぽい。「扇動」とはあまり見ない適性だが、「政治」の高い人はコレも上手そうなイメージがあるので――「政治的な感覚はいまいちだけど、人を扇動する話術はしっかりある」みたいな場合に、こういう限定的な表記になるのではないかと予想する。


 ……裏を返すと、「政治」にはあんまり強くないということか?

 才能に欠けているのか、それとも南方の貴族だから活躍の場がなく、適性を磨く機会がなかっただけなのか……判断に迷うところである。もしも将来、この「扇動B」が消えて「政治B」などに変化するようなら、この推論の正しさが裏付けられるであろう。


 博才は……C(まあまあ)なら、収支がマイナスにはなってなさそうである。普通は胴元にとられて損をするのがギャンブルというものなので、適性がついているならそこそこ強いと見ていい。一緒に麻雀の卓を囲むのはやめておこう。余談ながら、うちの子達はポンもチーもロンもツモも「ニャー」なのでたまに混乱する。


「尖った能力はなさそうですが、貴族としてというより、商人として優秀そうです。人望も意外とありそうな感じでしょうか?」


 統率Bは意外と珍しい。この項目は「戦略眼」とか「智略」とは無関係で、「部下を指揮する力」「指示を正しく伝達する力」「人当たりの良さ、対人スキル」といった、対人関係のノウハウが評価に影響しているっぽい。

 実際、リルフィ様とかジャルガさんはこれがとても低いのだが……リルフィ様は人見知りが激しいのでわからんでもないが、商人として愛想のいいジャルガさんまで低めなのは少し謎である。

 どうも「他人に仕事をふるくらいなら、自分でやってしまう」タイプの人も低めになるようだ。特に工房の職人さんは顕著で、「頑固肌の腕利き職人! 一匹狼!」みたいな人は低め、「大工房のまとめ役! みんなの大将!」みたいな人だと高めである。


 俺の知り合いの中では、フロウガ将爵(現・正弦教団のファルケさん)とバロウズ猊下が「統率A」なのだが……フロウガ将爵の場合、「本来はもうダメになっていないとおかしい組織を、この『統率A』によって無理に延命させていた」可能性もある。はっきり言ってしまえば「良い部下に巡り会えるかどうか」のほうがずっと重要そう。


「人望……は、どうかわからないけど、領民からの人気はあるね。負担を押し付けるようなことをしないし、表面上は気さくだし、領内の商人達をちゃんと儲けさせて、その上で理不尽な商売をしないようにちゃんと手綱も引いている。東西諸侯を嫌っているのも、本人の性根が意外と潔癖だからじゃないかな……で、東西諸侯をちゃんと制御できない皇家に対しても腹を立ててる感じ」


 スイール様が肩をすくめた。


「気持ちはわかるんだけどねー。でもホルト皇国の皇家って結局、東西南北の調停者みたいな立場だし、動かせる兵も直轄領も少ないから……軍事力でいったら東西諸侯の圧勝なんだよね。そうそう無茶はできないから、常に綱渡りしながらバランスとってる感じ。やっぱ軍事力の後ろ盾がないとまともな政治なんかできないよね、っていう残念な現実を、現在進行系で思い知らされてる」


 現状は、東西諸侯の戦力が皇家を圧倒しているため――皇家にもその専横を止める手段がない。各貴族の領地単位での文民統制はできているのだが、国単位ではそれができていない――というより、そもそもホルト皇国は本質的に『小国家の集合体』なのだろう。雰囲気的には中央集権ができているように見えても、実際にはバラバラなのだ。


 建国から四百年近くを経ているわけだし、当時の目論見では「じきにまとまるやろ」とでも楽観視していたのだろうが……現実はむしろ、分断の危機を常に抱えたまま皇家は右往左往させられている。

 そもそも東西諸侯が権益をがっちり掴んで手放さないため、軍事力を持たぬ皇家では是正のしようがないのだ。


「……つまり、オズワルド様やトゥリーダ様のような『外圧』を利用して、国内のパワーバランスに変化を起こさせつつ、皇家がその主導権を握りたい――ということですか?」


 俺の問いに、スイール様がニヤリと悪い顔をした。


「ついでに、バロウズ猊下を庇護する『猫の精霊』様の御威光も借りたいところだろうね。浄水教と皇家は割と友好的だから――バロウズ猊下。これから先、しばらく皇家関係者からの接触が増えると思うよ」


 猊下は戸惑ったように俺を抱え上げた。ごろごろ。


「ルーク様のご意向としては、どのように?」


「んー……ホルト皇国のことはこの国の人が決めるべきだと思いますが、そうは言っても戦争が起きたり、レッドトマトに悪い影響が及ぶような事態は避けたいので……介入が必要ならば、こっそりお手伝いする程度のことはやりたいと思います。とはいえ私の介入が事態を悪化させるようでは本末転倒なので、ここは猫らしく慎重に動きたいですね」


 暴徒鎮圧とかテロの阻止とか、本来は猫の業務ではないのだが……肉球をこまねいて状況の悪化を座視するのも寝覚めが悪い。


 スイール様が発言のために手を挙げる。


「ちょっといいかな? ルークさんは基本的に、『何か緊急事態が起きたら動く』っていう感じでいいと思うんだ。でないと普通に忙しすぎて、精神的にパンクしちゃいそうだから。ルークさんの優先順位としては、第一にクラリス様やリルフィ様達の安全確保、第二と第三に、トマティ商会の業務とレッドトマトへの支援。この二つはたぶん、順位とかつけられないと思う。で……ホルト皇国の内部事情とかサクリシアへの対応とかは、優先順位としてはほぼ圏外だよね? どうでもいいとまでは言わないけど、何か問題が起きない限り、わざわざ首を突っ込む気もないっていう……」


 スイール様の理解度が高くてたすかる。


「その通りです。あと冬の間は特にすることがないのですが、メテオラのサポートも継続していますので……そこそこ忙しいのは否定できません。なので私の意向とかあまり気にせず、猊下やスイール様には、自ら良かれと思う対応を進めていただけると助かります。その上で、定期的に情報の共有ができればと!」


 バロウズ猊下が深々と頷いた。


「わかりました。確かに、ルーク様のお手を煩わせるほどの事態はそうそうないはずです。ここから先は――私やスイール様、それにリスターナ子爵の仕事ですな」


「私はお二人と違って一外交官ですから、たいしたことはできませんよ?」


 ネルク王国担当の外交官、リスターナ・フィオット子爵はそう謙遜したが、スイール様が「いやいや」と真顔で手をひらひらさせた。


「リスターナ子爵の立場、去年までとはだいぶ変わったから、自覚しておいてね? 具体的に言うと、『ネルク王国からの留学生組』の後見人として対応を任されている上に、その留学生組がオズワルド様と懇意で、子爵本人もオズワルド様と普通に会話できる立場だから――これから良くも悪くも注目されると思う。今のうちにベルディナ嬢の身辺警護も考えておいたほうがいいよ。いずれ変なの寄ってくるだろうし、もしもそのタイミングでルークさんの猫仲間が暴れたら、バロウズ猊下に続く『猫の加護』関連でスクープされかねない」


 リスターナ子爵が頬を引きつらせ、深々と一礼した。

 そういやベルディナさんと飼い猫のエルマさんがペット誘拐事件に巻き込まれたのが、そもそもの発端だったな……あれで水蓮会(の下部組織)は猫の怒りを買った。

 あの現場にベルディナさんがいたことは報道されていないし、知っている人もごく少ないはずだが……皇族あたりは「もしや……」と気づいてもおかしくない。


 その後、浄水教の大司教としてのバロウズ猊下と、レッドトマト国家元首としてのトゥリーダ様は、諸々の打ち合わせや相談事を始めた。

 猫はテーブルで毛繕いをしながらこれを聞き流す。


 どちらも「組織」を背負っているため、この場で即決できることはあまりないのだが、まず「方針を共有する」ことはとても大事である。


 机上にはでっかい地図。だいぶ簡略化されているため正確性は怪しいが、街や領地、国境の位置関係はちゃんとわかる。


「レッドトマトとの交易路は、やはり西側諸侯の領地を通らざるを得ませんな……ご存知の通り、レッドトマトの南側の国境線は、険阻な岩山が連なり、断崖絶壁ばかりですので……」


「ええ。もしもこの南側から、さらに川をくだって内海に出られれば、私達も塩や魚の調達に便利なのですが……そういう『境界』として作用する土地だからこそ、強固な国境線として成立しているともいえますよね」


 お二人の会話にスイール様やパスカルさんも加わる。


「行ったことないんだけど、このあたりの山々って高さどのくらいなの?」


「わかりません。目測ですらよくわからないのですが、ある数学者の説では、高い所では八千メートルを超えるのではないかと――」


 ヒマラヤ級じゃねぇか。

 旧レッドワンドの南側は、ホルト皇国以外にも別の二ヶ国と国境を接している。

 歴代の政権が、そちらに侵攻しないでネルク王国にばっかり来ていたのはどういう理由かな、と思っていたが、どうやら地理条件が過酷すぎてまともに行軍できないためだったらしい。


 文鎮代わりに香箱座りで地図を押さえながら、俺も皆様の手元を覗き込む。


「うーん……私の猫魔法で地形とか変えるのは、まずいですかね?」


 リルフィ様以外の皆様が、「何言ってんだこの猫」という視線を俺を向けた。


「……あの、砂神宮の農地開発とは規模が違いますよ? あれもまあまあヤバい規模でしたけど、こっちは道の長さだけでも何十キロになるか……」


「メテオラにつながるドラウダ山地の山道も、なんだかんだで二、三十キロ前後はあったかと思います。土木工事はまあまあたいへんでしたけど、それは土砂崩れの危険性を減らしたり、雨水の流れるルートを精査したり、初めてゆえの試行錯誤があったためなので……岩山ばっかりなら、むしろ工事は楽ではないかと思います。ちょっと今から現地に行ってみません?」


 トゥリーダ様が何度か首をひねった。


「いやいやいやいや……え? いやいやいや……ルーク様? あの、具体的に……どういう工事をされるつもりなんです?」


「岩山を大きな猫さんに変えて、適当な場所で液体っぽく『でろん』と寝転がってもらいます。そのまま魔法を解除すればそこはほぼ平地になります。これで道を作って、埋められない規模の断崖であれば斜度を調整しつつ、スイッチバックで……あー、でも剥き出しの岩場って滑るんですよねぇ。下手に土を持ってきても流れちゃうでしょうし、これは現地を見てみないとなんとも――」


 下見をせずに施工する業者はいない。地形はいかようにも変えられるが、山の形が変わると天候まで変わってしまう可能性もあるし……あと断崖絶壁に沿った道だと、片方は奈落で片方は落石の危険にさらされてしまうので、やはり安全上の懸念も大きい。


 ただ、森林限界をオーバーするほどの「険阻な岩山」ならば、ドラウダ山地と違って草木の勢いは無視できるはずなので……その意味では維持管理がしやすそうである。

 前世日本の酷道・険道界隈を思い起こせば、「ちゃんと工事したけど自然の猛威には勝てなかったよ……」案件がとても多かった。なにせ木の根は強い。草の繁殖力もすごい。雨水が流れ込めば地盤沈下も着々と進むし、土砂が崩れれば重機なしではどうにもならぬ……


「まずは現地の様子を見てきて、ダメそうなら諦めるとゆーことで……どうですかね?」


 猫が提案すると、皆様は顔を見合わせ――本日の会談の残り時間は、急遽、予定を変更し、「土木工事の下見」へと切り替わったのであった。


 §


 皆様をキャットシェルターに放り込み、地図を参考に宅配魔法で国境付近へ移動!

 未知の土地なので細かな場所の指定はできぬが、「だいたいこのへん」という大まかな指定によって送られた先は、まさに岩山の中腹であった。


「さっむ!?」


 ルークさんは全属性耐性により、耐寒性能も高いはずなのだが……しかし「気温の変化」はちゃんとわかる。ホルト皇国の冬は割と暖かいので、この山地の寒さはよけいに堪える。これは普通に氷点下である。


 レッドトマトの南側には、そこそこ高い山がいくつもあるとのことだったが――周囲に雪は全然見当たらぬ。傾向として少雨の土地なので、まともに積もらないのだろう。

 しかし遠くを見ると、雪をかぶった……というより山頂付近が凍りついている山も多々ある。

 俺がいるところはたぶん標高千~三千メートルの間ぐらい。

 山の陰になっているせいで太陽光が当たらず、割とガチめに寒い。皆様にはこのままキャットシェルターにいていただこう。


「猫魔法、ウィンドキャット!」

『にゃー』


 そして俺もさっさとウィンドキャットさんの背中に乗っかる。

 ウィンドキャットさんは飛行時、周囲に風の結界を展開してくれるため、その背は飛行機の機内のように快適である。この結界により落下の心配もないし、雨なども当たらない。


 そのまま上空に飛び上がると、眼下はまさに岩山だらけ――ヒマラヤ山脈の空撮映像から、雪を減らしたような壮大な光景であった。


 ……レッドトマト……とゆーか旧レッドワンドは、国土がそこそこある割に生産力が残念な印象だったが……この人を拒絶するかのごとき岩ばかりの山地を見てしまうと「そりゃこんなとこ住めんわ」と納得してしまう。有翼人さん達の集落もだいぶヤバい印象だったが、それでも砂地に畑ぐらいは作れていたので、このあたりより幾分かマシであった。


 そのまま八千メートル級と思しき険阻な山々を見下ろして南下すると、やがてホルト皇国+他国との、三国を隔てる大河へと至る。

 レッドトマトの国土はここまでなのだが、さらに大河を南下していくと、やがて内海が見えてきた。

 この内海のどこかに、ポルカちゃんとマズルカちゃんが生まれた『クロム島』がある。さらにその向こうがサクリシアだ。

 左右の対岸は見えるのだが、正面、彼方の対岸は見えぬ――

 ここは陸に囲まれた内海とのことだったが、それこそ海のようにでかい。規模感としては、地中海レベルかそれ以上であろう。


 水平線の向こうには他の国があるし、そこには俺の知らぬ多くの人々が住み暮らしているのだ――こうしてみると、世界は広いようで、きちんとつながっているとわかる。


 ……そんな感慨にふけりながら改めて振り返ると、遠くにそびえるはヒマラヤ級の山脈……


 これはちょっと俺の認識が甘かった。「レッドトマトの南側の地形」を少し変えるだけなら、猫魔法でなんとかなるのだが――

 小規模な工事ではまともに使える道を作れず、かといって大規模な工事をするとおそらく気候にまで影響してしまう。周辺国にどんな影響があるかわからない。

 

 この山地は結局、利用できない土地だから戦乱を免れ、人が住めない土地だから開発もされてこなかった、文字通りの未開地なのだ。

 海岸沿いの岸壁に降り立ち、俺は皆様のいるキャットシェルターへ戻った。


「ただいまです! ……いや、すみません。私の認識が甘かったようです。地形を変えるのは可能ですが、影響が予測できないのでやめたほうがいいですね」


 コタツでくつろぐ皆様は、先程まで窓に投影されていた山地の空撮映像に呆けていらした。

 特にパスカルさんは絶句したまま考え込んでおり、バロウズ猊下は引きつり気味だ。

 もちろん、お二人とも俺の猫魔法にびっくりしたわけではない。宅配魔法も空を飛ぶのも経験済みであり、驚いたのはあくまで『あの山地の風景』に対してである。


「……実は私も、話には聞いていたものの……レッドトマトの南側が、あそこまで広大で険阻な山地だったとは初めて知りまして……いえ、人が踏み込める場所ではないとは把握していたのですが……やはり、聞くと見るとでは大違いです」


「……まさしく。それに大河に面した断崖も、私の想定以上でした。あんな直角に切り立った崖が、延々と――旧レッドワンドが天然の要害だとは聞いていましたが、まさかあれほどとは……」


 うむ。大自然の造形は、時に人を圧倒する……俺も前世では海外の絶景紹介番組とか割と好きだったのだが、こっちの世界にはその手の映像コンテンツがほぼないため、こういう風景に触れられる機会そのものがない。

 前世では世界中の観光地の写真や動画が当たり前のように溢れていたものだが、こっちだと絵画や書物の挿絵とかがその代替物なので……なかなか実際の迫力を伝えるのが難しい。しかも空からの景色となると、それこそ魔族の力でも借りないと見られない。


「魔法がある世界なんだから飛空艇とか作れない? せめて気球とか!」とも思ったが、たぶんそれらは魔王軍によって消される技術の筆頭候補である。厄ネタに近づいてはいけない。


 猫はいそいそとコタツに入ろうとしたが、中に入ってしまうと会話ができないので……諦めて天板の一隅(ヒーター仕様)に陣取った。


「地形をいじるのは簡単そうなんですが、天候への影響が不安ですし、大河に出るまでの距離もネックです。たぶん水の確保すら難しいので、交易路として使うのは難しいですし、これなら西側の国境線から普通に荷を運んだほうがマシかと――」


 トゥリーダ様が頷いた。


「実際、レッドトマトの南側は獣とか虫すらほとんどいませんからね……岩石ばかりで植物が根付かないですし、乾燥してるから苔も生えないんですよ」


「でも、一部の高山には雪が積もってましたよね? 雪解け水が下に流れたりは……」


「調査したことはないので、詳細不明ですが……たぶんそれがどこかで地下水になって、レッドトマトの各地にある井戸へ地下水脈でつながっているんじゃないかと思います」


 ……つまり下手に地形を変えると、ただでさえ貴重なレッドトマト国内の井戸が枯れる可能性も……? やはりこの南側の山岳地帯には手を付けるべきではない。勢いで「ガイアキャットさん!」とかやらんで良かった……


 ここでバロウズ猊下が挙手する。


「しかし、河は使えそうです。南側正面の開発は難しいとわかりましたが、大河と岸壁に沿った東南側をもう少し見てみたいですな。国境線も兼ねているこの大河を上流にのぼっていき、あの険阻な山岳地帯を避けて、レッドトマト側に『船着き場』を作れそうな土地を見つけられれば……そこを港にして、内海や南方諸侯の領地とつながることが可能です。つまり西方諸侯の領地を通ることなく、ホルト皇国の沿岸部、さらにはその先にあるクロム島や、内海に接する各国との交易路が開けるわけです。実際に港として稼働させるまでには十年以上かかるでしょうが、そういった『第二の交易路』を用意しておけば、東西諸侯もレッドトマトに強硬的な態度をとりにくくなるでしょう。もちろん今は魔族オズワルド様の御威光がありますので、そんな心配もないのですが……将来、トゥリーダ様が国家元首を退いた後のことを考えると、今のうちから複数の交易路を準備しておくべきかと存じます」


 ……彼はホルト皇国の大司教様なのだが、こっちのことを親身に考えてくれてとてもありがたい……てゆーか、普通に東西諸侯が大っ嫌いなだけかもしれぬ。故ラダリオン・グラントリム氏の親友というお立場だっただけに、自国の貴族に対していろいろ思うところがあるのだろう。


 というわけで、猫は再びウィンドキャットさんにまたがり、レッドトマト側の船着き場にできそうな場所を探して、大河のさらなる上流を目指した。


 ――この日は、そんな先行調査だけで終わったのだが。

 

 それから数日後、上流のレッドトマト側国境のごく一部で、一夜にして謎の大規模地殻変動が起き、河川港の設置にちょうど良さそうな水深を確保した理想的な入江が出現することとなる。

 そこに至る道の整備も含めて、後の『レッドトマト建国史』には以下のように記された。


『初代国家元首、聖女トゥリーダの祈りが天に通じた結果、大地が獣となりて自ら動いた』


 ……嘘っぽい伝承って、たまにホントの話も混ざるんやな、って……(目逸らし)


いつも応援ありがとうございます!

おかげさまでコミックス版の猫魔導師四巻、各所で無事に好評発売中のようです。

この四巻では遂にサーチキャットさん、ウインドキャットさんも登場し、その神々しいお姿に庶務も感涙しながら伏し拝むばかりでした。

サーチキャットさんウィンクしてたりちょっと吊り目気味な子もいたりでかわいい……

ウィンドキャットさんは存在感が明らかに高貴でかわいい……

ストーンキャットさんも三巻に続いてどっしりかわいい……

ルークは野良着で作業したり缶詰作ろうとしたりだんだん社畜の顔が垣間見えてきたな……?(気のせい)


なお四巻の収録範囲内ですが、ニコニコ漫画のほうでも第19話が先日から掲載中です。ご査収ください。

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― 新着の感想 ―
8000メートルの大きな猫さんを期待していたのに・・・ ルークって、時々常識的になるよね。
聖徳太子の超人伝説も当時の中華である隋に日本が対等の独立国である事を認めさせる為の嘘だったという説があるよね。
現場猫:「ヨシ!」
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